苦労をするのはいつだって良識ある常識人(前)  ◆0RbUzIT0To



今日これで何度目になろうかという溜息を吐き、乙女は足を抱えて顔を埋めながら月を見上げていた。
彼女の外見的特長は……一言で言えば中性的であった。
蒼色を基調とした服に、短めに揃えられた髪型……被っているシルクハットは何とも言い知れぬ魅力を醸し出しており、
特に目を引くのはそのオッドアイの瞳である。
彼女――蒼星石は再び溜息を吐いて半ば諦めたように両方共に色の違うその瞳を閉じた。

どうしてこんな事になったんだろう、と考える。
昨日はいつものように翠星石と共に真紅の元を訪ね、いつものように騒ぐ翠星石達を適度に収めつつ、
いつものように時間になればマスターの元へと帰り、いつものようにご飯を食べていつものように寝ていたはずだ。
それが何故か起きた時には知らない人達の前に連れてこられていて、殺し合いを命じられた。
まるで意味がわからない。
頭を抱えながら、これからどうしたものかと更に考える。
これがアリス・ゲームというのなら――まだ、話はわかる。
自分達の姉妹とローザ・ミスティカを賭けて争い、それを集めて完璧な少女――つまりアリスとなり、自分達を作り出した父と再会をする。
いつの日か来るべきその日が来てしまったというのなら、自分は迷いながらもそれに乗るだろう。
父の願いは自分達姉妹の願いでもあるのだから、父が望むアリス・ゲームをする事を否定はしない。
例え双子の姉……翠星石と道を違う事になろうと、だ。

しかし、これはアリス・ゲームではない。
殺し合い相手は殆どが人間――少なくとも、あの大広間にいた多くの者は人間だろう――であるし、自分達の姉妹だけが相手ではないのだ。
無関係な人を巻き込む争いは、薔薇乙女の誇りを傷つける事となる。
あの主催者が言っていた何でも望みを叶えるという言葉に少しだけ突き動かされもしたが……。
彼がその約束を守るとも限らないし、そもそもそんな事でアリスになったところで父が喜ぶとも思えない。
出来る事ならばこの状況から逃げ出して、皆と一緒にいつもの日常へと戻りたいと思っていた。

先ほど名簿を確認してみた所、翠星石や真紅の名前を発見した。
ここにいるのが自分だけではないと安堵する反面、不安を覚える。
不安とは即ち――翠星石と真紅が、何か仕出かさないかという点についてだ。
翠星石にしろ真紅にしろ性根は決して悪くは無い……長い付き合いなのだから、蒼星石はそれを知っている。
だが、この場にいる他の人たちが果たしてそれをわかってくれるだろうか。
翠星石はあの通り素直になれない性格であるからして、何かと自分の本心とは違う言動を取って他人を怒らせる事が多々ある。
よく知っている蒼星石なら苦笑で済むような事だとしても、こんな状況ではそれが命取りにならないとも限らない。
真紅にしても傲慢で高飛車な態度を取って他者を怒らせてしまう可能性は多分にある。
二人ともがこの状況を鑑みて、その態度を少しでも改めるような性格であるならば蒼星石もこれほどまでに心配はしないのだが……。

「そんな事、ありえないもんね……」

薔薇乙女一の常識人と呼ばれる彼女はアッサリとその可能性を否定して、深く深く溜息を吐いた。

不安の種はまだある……というよりも、こちらの方が本題といえよう。
その不安とは即ち――薔薇乙女の第一ドール、水銀燈の名前が名簿に載っている事である。
以前真紅の腕を千切られた際の戦いにおいて彼女は自分達が倒したはずだが、しかし、彼女の名前はここに載っている。
無論あの時ローザ・ミスティカも何も奪ってはいないのだから、彼女が復活をする可能性は高かった。
しかし、だとしてもこれは一体どういう事だろうか。
彼女が復活をしていたのだとしたら、彼女は必ず自分達にちょっかいを出してくるはずである。
にも関わらず、水銀燈を破ったあの日から昨日までの日常において彼女が自分達の前に姿を現す事はなかった。
この争いに参加させられる直前に復活をしたのだろうか?
だとするならば少しばかり彼女に同情する気持ちも芽生えるが――しかし、油断は出来ない。
彼女の性格からして自分達と手を組む事などはありえないだろう。
むしろこの期を幸いとして、自分達を襲ってくる可能性の方が明らかに高い。
警戒をしておかなければと頭の片隅に記憶しながら……蒼星石は再びその目を見開いた。

自分のやるべき事は……真紅と翠星石を見つけて、一緒に帰る事だ。
早目に合流をしなければ二人とも誰の怒りを買って壊されてしまうやもしれない。
そうなる前に三人が集まり、nのフィールドを通ってこんな場所からは早々に脱出をする。
その時にもしも他に自分達の世界に帰りたいという人がいたとするならば――まあ、連れて行っても問題はないだろう。
あくまでも優先するのは自分達の身ではあるが、さりとて帰りたいという人物を放っておくほど蒼星石も無慈悲ではない。
アリス・ゲームをする為にも、出来る事ならば水銀燈も誰かに壊される前に脱出して欲しいのだがこれは彼女の判断力に任せるしかないだろう。
自分達がさっさと脱出してしまえば、後に残った水銀燈も自分達がここにいない事に気づき諦めて元の世界に戻ってくれるはずだ。

地図を見てみるとこの島がかなり大きなものである事がわかる。
その中から真紅と翠星石を探し出すのは難しい事なのだろうが、それでもやらなければならない。
全員が生きて脱出し、日常に戻る為には自分の力が必要不可欠。
自分であまり動きたがらない真紅や頭があまりいいとは言えない翠星石を迎えに行けるのは自分だけなのだから。

そうと決まれば早く移動するに限る。
こうして座り込んでいる間にも真紅や翠星石が危険な目に合っているかもしれないのだから。
しかし、蒼星石は体育座りをしたまま決して動かなかった。
動きたくない訳ではない――単に動けないのだ。

「何でこんな所に……」

ぼやく様に呟きながら蒼星石は再びその膝に顔を埋める。

それもそのはず――彼女は今、見世物となる動物が入れられる檻の中にいた。

それは不運としか言いようの無い事態であった。
あの惨劇があった場所から離れて、気づいた時にはこの檻の中にいた。
檻の鉄棒は頑丈で蒼星石が幾ら揺すってもびくともしない。
飼育員が出入りに使うのであろう奥にあった厚い扉にはしっかりと鍵がかかっており開ける事は不可能。
ならば強硬手段で、と自分の唯一の武器である庭師の鋏を呼び出そうとしたのだが……。

「レンピカ……」

何故か自分の呼びかけに、いつも共にいるはずの人工精霊は答えてくれず鋏は取り出せなかった。
レンピカもおらず庭師の鋏も呼び出せない、丸腰同然の状態である。
蒼星石は真紅や水銀燈のように薔薇や羽を使った攻撃などは出来ない。
これがもし真紅や水銀燈ならば――或いはそれらを使って鉄棒をぶち破る事も出来たのかもしれないが、それも蒼星石には無理なのである。
急がなければならないのに動けないという焦燥を感じつつ、蒼星石は再び溜息を吐く。
もしかしたらこのままずっとこの檻に閉じ込められたままなのだろうか。
当然なのだろうがこの檻の中には鏡なんて無いし、nのフィールドを使っての自力での脱出は不可能だ。

「……ううん、諦めちゃ駄目だ。 何か……何かきっと方法があるはずだよ……」

つい弱気になってしまった自分の心を奮い立たせるように呟くと、蒼星石はデイパックの中身を確認し始める。
そういえば地図や名簿は確認したものの、あの主催者が言っていた支給品というものをまだ確認していなかった。
参加者の武器をバラバラにして渡したというのだから運良く庭師の鋏が入っているかもしれないし、
仮に無かったとしても、ここから脱出出来るような役立つアイテムもあるかもしれない。
期待に胸を躍らせながら中身を確認していくが……残念な事に、その中には庭師の鋏やその代わりになりそうなものなど全く入っていなかった。
あまりの自分の不幸さに若干涙目になりつつ、蒼星石はそれらを静かにデイパックの中に戻していく。
ただ、脱出の役には立ちそうに無いものの、先ほどから感じていた夜の寒さを多少緩和出来そうなものがあったので、それだけは残しておいた。
支給品の確認も終わり、本当にどうしようかと悩み始めた時。
微かではあるものの、誰かの足音が檻の外から聞こえてきた。

空耳かと思ったものの、その足音はゆっくりと……しかし確実にこちらに近づいてきている。
思わず蒼星石は鉄棒へ駆け寄り、凄い勢いで張り付いてその音のする方向に目を向けた。
張り付いた時に勢いをつけたせいで若干顔面に痛みを感じていたが、それを押し殺して蒼星石は見る。
角度の問題で見えにくいものの、確かにそこには人がいた。
背格好は大体ジュンと同じくらいだろうか……辺りが薄暗く、距離も離れている為に顔はわからなかったが、それは間違いなく人である。
思わず頬が緩み、ほっと一息つく。
あの人に扉の鍵を開けてもらおう、探してもらえれば鍵はすぐに見つかるはずだ。
そう考えながら、蒼星石はその人物に声をかける。

「おーい! すみませーん!!」

声を張り上げ、手を鉄棒の間から伸ばして懸命に振る。
するとその人物は一瞬驚いたように身を震わせ立ち止まったが、数秒かするとこちらに再びゆっくりと近づいてきた。
やっと助かる、これで皆を探しに行けると内心喜びながら蒼星石はその様子を見守っていた。
近づくにつれてその人影は徐々にわかりやすいものとなり、その顔のつくりもようやくわかるようになる。
そしてその顔を確認すると同時に、蒼星石は一瞬ビクりとした。

その少年は――やはり、ジュンと同じくらいの背格好をしている。
服装はポピュラーな学生服であり、肩からデイパックをかけて左手でそれを支えながら右手は後ろの方へとまるで何かを隠すかのように向けていた。
そこまでなら別に蒼星石も驚きはしない、ならば何が蒼星石を驚かせたかというと――それは単純に、彼の顔が原因であった。
その少年はどことなく蛙を思い起こさせるような、そんな醜い顔をしていた。
ニキビが浮かび、唇は分厚く、目はぎょろっとしており……それは不細工というよりも、人に嫌悪感を与えるような顔。
そんな顔を見て一瞬蒼星石は驚きはしたものの、すぐに失礼だと思い直して心の中で謝罪しつつその少年に言う。

「あの、いきなりで凄く申し訳ないのですが、助けてくれませんか?
 見ての通り、こんな所に閉じ込められて困っているんです。
 ここの扉の鍵があれば出られると思うんですけど……あ、申し遅れました。 ボクは蒼星石って言います」

と、自分の状況を身振り手振りを交えながら話していく。
その説明の言葉が若干早口で大声になってしまったのは、どこか底知れぬ不安を感じていたからだろうか。
とにかく、あまり少年の方を見ないまま蒼星石は助けて欲しい旨を説明し続け、その話がようやく終わりかけた時。
少年が柵――動物を見ている子供が興奮して近寄り過ぎないようにする為のもの――を乗り越え、自分との距離を詰めているのを横目で見た。

ぎょっとして更に注意深く見れば、少年はその顔――とても醜悪で、出来ればあまり見たくはないと蒼星石は思った――に笑みを浮かべていた。
このままではマズいと感じ取り、咄嗟に蒼星石は鉄棒から離れようと後ろに下がる。
しかし蒼星石が奥まで行くよりも早く、少年は鉄棒へと駆け寄った。

「イヒッ、どこへ行こうと言うのかな、"ソーセーセキ"くん。 出られないと言ったのはつい先ほどの事だろうに」

更にその顔に笑みを浮かべながら――たちの悪いことに、その顔は笑みが浮かぶと更に醜悪になるように出来ているらしい――少年は言葉をかける。
そして檻の隅で震えながら少年を見る蒼星石に対して拳銃――少年の支給品で、ワルサーP-38という代物――を鉄棒越しに向ける。
如何に蒼星石といえど、銃弾を食らってはただでは済まない。
必死にそれを下ろすように、と涙ながらに訴えるものの少年にとってその訴えの声はただの雑音でしか無く煩そうにしながら顔を顰める。

「お、お願いだか――」

蒼星石が全てを言い終わる前に、ワルサーの銃口が音を立てて火を噴いた。
一発、二発、三発、と続けざまに弾丸が発射される。
その手つきはどこか手馴れている様子であった。
というのもこの少年、エアガンを集めるのが趣味という何とも"高貴"なご趣味を持っているもので。
このワルサーという銃についても、実物を扱った事はないもののそれなりの知識は得ていたのだ。
加えて言うならば、これとはタイプが違うといえど、実銃を扱った事があるという点もその命中精度に一役買っていたのかもしれない。
計三発の弾丸が蒼星石の心臓部付近へと着弾し、そうして蒼星石は後ろ向きにどうっ、と倒れた。
その様子を見て更にニヤけながら、少年は檻の後ろに回りこもうと歩みを進める。
蒼星石の持っていたデイパックを回収する為だ。

「感謝して欲しいものだなぁ"ソーセーセキ"くん。
 君の望んでいた通り、鍵を開けてあげるのだから。 イヒッ イヒヒッ」

不快な笑い声を漏らしながら更に歩みを進めようとした――その時。

「待ってください、そこの君!」

少年の背後から何者かの声が聞こえ、咄嗟に振り向く。
距離にして50mほど離れた場所に、その声の主は立っていた。
肩で息をしている様子からして、走ってこの場に駆けつけたのであろう。
恐らくは銃声を聞いたから――舌打ちをして、少年は右手に持っていたワルサーをそちらに向けて発砲する。
声の主は驚いたように建物の影に滑り込み、銃弾から逃れた。
更にもう一発牽制射撃をしてから、少年は考える。
相手に武器は無いようだがあのように建物の影に隠れられては銃弾を当てる事は出来ない。
近づくにもリスクが大きすぎる。
多大なリスクを犯してまで声の主を殺す事はない、彼に武器は無いのならばここで殺さずとも何れ死ぬだろう。
無茶をしてここで死んでは元も子もないのだ。


――折角生き返ったというのに、死んでたまるものか。

そう、少年は一度死んでいた。
高性能な防具に高貴なる武器を携えて、今の状況と似たようなゲームをして死んだのだ。
あの時は油断をしていた為にゲームを途中退場してしまったが――しかし、今自分はこうしてここにいる。
はじめはあの出来事が夢かと思ったが、まさかあんなリアルな夢を見るはずもない。
ならば何故生きているのかとここに来てからずっと考えていたのだが――すぐにそれもやめた。
どちらにせよ自分は今生きている、とするならば、今はそんな事を考えるより先にやるべき事があるのだから。
やるべき事とは無論、このバトルロワイアルに優勝する事である。

両手をぎゅっと握り締め――折れていたはずの指も、何故か治っていた――少年は考える。
名簿を見た限りでは、自分と同じクラスの連中も何人か呼ばれているようである。
その中で一番注意しなければならない人物は誰かというのは、既に少年にはわかっていた。
桐山和雄――自分を殺した張本人である。
普段からの嫉妬に加え、殺されたという憎しみも多分にはあったが……しかし、それを押し殺して少年は考える。
彼にまともに立ち向かうのは無謀に過ぎる、例えこちらにどれだけ優れた武器があったとしても勝てそうにない。 ……悔しいが。
ならば、出来るだけ彼から逃げるようにすればいい……幸か不幸か、このゲームの参加者は以前の時に比べて断然に多い。
その中の一人になるのは恐らくはかなり低い確率なのだろうが――それは桐山にとっても同じ事。
これだけの人数と戦えば桐山とて無傷でいられるはずはない。
自分はなるべく桐山に会わぬように行動し、しかし参加者をなるべく減らしつつ戦力を養い――最後まで残る。

「イヒヒッ」

その為にもここで死ぬ訳にはいかない。
蒼星石の支給品は少し惜しかったが、少年――織田敏憲――は最後にもう一発牽制射撃をすると駆け出した。
何も心配する事はない、支給品に恵まれ、早速参加者を一人殺害し、そして自分には一度実戦経験があるのだ、これで優勝出来ぬはずがない。
事実、以前のゲームでは油断をしたが為に死んでしまっただけで本当ならば優勝出来るほどの頭脳と腕を持っていたのだから、今回こそきっと上手くいくはずだ。
……自分が生き返ったというのも、神というものが自分をここで死ぬには惜しい人材であると判断しての事かもしれない……何故なら。

――高貴な神は、高貴な俺の生存を望むのだから♪

【一日目深夜/B-8 道路付近】
【織田敏憲@バトルロワイアル(漫画)】
[装備]ワルサーP-38(3/9)@ルパン三世
[所持品]支給品一式、ワルサーP-38の弾薬(20/20)@ルパン三世、ランダム支給品(確認済み)0~2
[状態]健康
[思考・行動]
1:無理の無い範囲で殺せそうな参加者を殺していく
2:出来れば桐山とは会いたくない
※死亡後からの参戦です


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織田敏憲 012:苦労をするのはいつだって良識ある常識人(後)
蒼星石
橘あすか



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最終更新:2010年06月12日 01:32