七作品目です。
前作品の続きです。
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老夫婦とまりさ6
1.
葬式が終わってからの日々は暗いものであった。
お爺さんは日に日に元気を失っていくのが目に見えて明らかであった。
元々強がりな性格のために、会う人会う人に明るく接しようとしていたが、それが逆に心の内面の悲しさを引き立てていた。
まりさも同様に落ち込んでいたが、お爺さんの気力の減退振りをを見ていると落ち込んでばかりはいられないと思いを新たにした。
しかし、まりさはお爺さんを元気づけるにはどうしたら良いかが分からなかった。
大切な人は二度と戻ってこず、楽しかった日々は戻ってこないのだ。
何をしても元に戻すことができないと分かっている以上、慰めをしても無駄なばかりか逆効果にもなることも考えられる。
まりさは途方に暮れた。何も出来ない自分にやるせなさと腹立たしさを募らせるばかりであった。
広くなった家の中で一人と一匹は鬱屈とした毎日を過ごしていた。
そんな日々の中で転機となる電話の音が鳴り響いた。
お爺さんは弱々しくなったその手で受話器を取った。
「もしもし――はい。――…はい。―――――――それは本当ですか!?――――えっ…――――――
――――――――…はい―――…はい――――――――…分かりました。―――――…ありがとうございました―――――」
「御爺様。何の電話でしたか?」
「…昭次が見つかった」
「!それは良かったですね!……御爺様?」
まりさはお爺さんの息子が見つかったことを心から喜んだ。
長年会えなかった息子に会えるというのだから、お爺さんも嬉しいに違いないと思ったのだ。
しかし、お爺さんの顔にはなにやら影がかかっているように見えた。
「……昭次は飼いゆっくり殺し……器物損壊で拘束されてるそうだ」
「…そう…ですか……」
一転して空気は沈黙した。
自分の息子が見つかった。だが何故こんな形で見つかったのだろうか。
以前からゆっくりを殺していたということは知っていたが、人様のものに手を出すとは思ってはいなかった。
しかも今は自分もまりさを飼っている身であるが故に、飼いゆっくり殺しというものがよく分かっていた。
荒んだ環境から脱して、昭次はよく成長しているのではないかと心の内で願っていたが何故こうなってしまったのだろうか。
まりさも悩んだ。お爺さんの息子が見つかったことを喜びたかったが、予想もしない結果に戸惑った。
お爺さんがゆっくりを殺しているということは知っているし、自分の両親も殺されたことも知っている。
しかしそれは人間の世界でのルール上仕方のないことであるということを学び、すでに納得をしている。
だが、飼いゆっくり殺しとは世間一般でも問題とされていることである。
お爺さんの息子がそんなことをして捕まったと聞いて恐れと不安を心に抱いた。
「…飼い主は示談で解決していいと申し出てくれたそうだ」
「そうですか…」
「…次の休みに俺は示談に行ってくるが、お前も来るか?」
「…いえ、やめておきます。飼い主さんに…面目ないですから…」
「そうか…そうだな。分かった。次の休みに留守番を頼めるか利昭に聞いておく」
「はい、分かりました」
話によると、昭次は飼い主と一緒に散歩中の飼いゆっくりをいきなり蹴り飛ばしたらしい。
その飼いゆっくりは身体が四散して即死であり、無惨な光景であったと言っていた。
いくら脆弱な生物であるとはいえ、きちんとした環境で育ったゆっくりがあそこまでなるのは初めて見たとのことである。
供述によると、その日暮らしの生活をしていて生活に不満を持ち、そのストレスを野良ゆっくりで解消していたが、
その飼いゆっくりが幸せそうで、自分より良い生活をしているように見えて衝動的に蹴り飛ばしたということだそうだ。
まりさはその話を聞き、お爺さんの心の内を察したがどう声を掛けていいか分からなかった。
その日は結局有耶無耶に終わってしまった。
2.
休みの日、利昭が家に来てお爺さんはお金を持って示談に行った。
お爺さんの乗った軽トラックが見えなくなると利昭は途端に機嫌の悪そうな顔になった。
「ちっ…馬鹿息子なんか放っておけばいいのに何考えてるんだ…お前もそう思うだろう?」
「えっ…?」
「お前のお爺さんは飼いゆっくりを殺すようなアホのために、わざわざ金を持って行ったんだぞ。
あれだけの金があれば結構なことができるのによ」
「…」
まりさは利昭の顔を見上げた。
汚い物を見るような目つきであり、利昭はさも意外そうな目で見返した。
「…なんか不満そうな顔してるな。何か問題でもあるのか?お前の仲間を殺したんだぞ。
…あぁ、お前の親もアイツに殺されたのに何もくれなかったからか?」
「違います…!お爺さんは息子さんを心配していました!
だからお爺さんが息子さんを大切にしたいということが分かるんです!」
「…ふーん。まあ俺には関係のないことだからいいけどな。
もっと建設的な金や時間の使い方をした方が良いと俺は思うね」
「…」
「さて、お爺さんが帰ってくるまで留守番するわけだ。家に入れさせてもらうぞ」
「…はい」
一人と一匹は家に入った。
まりさはすぐさま自分の部屋へと戻り閉じこもった。
利昭と顔を合わせたくないというのも一つの理由だが、
お爺さんの息子が帰ってきたらどう迎えようかと落ち着いて考えるためであった。
考えは頭の中をぐるぐると駆けめぐり、落ち着きがなく固まることはなかった。
一方、利昭はまりさが見ていないのを良いことに、家の中をあさりだした。
何かを盗むためという訳ではなく、お爺さんが財産をどれだけ持っているかを調べるためである。
利昭は相続を前提に考えており、どれくらいの財産が自分の元へ回ってくるかを検討しようとしているのである。
(…おかしいな)
ところが思うように金目の物は出て来ない。
しっかりと教員を定年まで続けたお爺さんのことである。それなりの財産があっても良いはずなのだ。
(隠しそうな場所は全て調べたはずなのに見当たらない…)
調べていないのはまりさがいる部屋のみであるが、以前来たときにはそこに金目のものは見当たらなかった。
利昭は再度探し回ったが成果は芳しくなかった。
(ちっ…あいつに探りを入れてみるか…)
利昭はまりさの部屋へ向かった。
やや乱暴に扉を開け、そのまままりさに問いただした。
「最近のお爺さんの生活振りはどうなんだ?」
「…お婆さんが亡くなってから気落ちした様子で元気がないようです」
「ふーん…で、たまには美味いモンとか食べてるのか?」
「…?…いえ、冷蔵庫にある物を食べているって感じですが…特に不自由は感じてはいません」
「そうか、まあいいや。たまには美味しいモンでも食べさせてもらえよ」
「はぁ…」
そう言い残すと利昭はすぐさま冷蔵庫へ向かった。
冷蔵庫を覗けばこの家の経済状況も分かるだろうと踏んだのである。
利昭は期待に胸を膨らませ冷蔵庫の扉を開いた。
(…なんだこれは)
冷蔵庫にあるものから分かったのは、この家の経済状況はそれほど良くないということである。
高価な食材は全くなく、安いものばかりであった。
ふとゴミ箱を覗いてみるとスーパーのレシートがある。
そのレシートを見てみても経済状況が良いとは言えないものであった。
(一体どこに金は消えたんだ…?)
利昭はその疑問を残し、まりさと共にお爺さんを迎えることとなった。
お金の消えた先が分かるのはお爺さんが帰ってきてからのことであった。
3.
「…ただいま」
家に弱々しく響いたのはお爺さんの声であった。
まりさと利昭が玄関に迎えに行くとそこには二人の姿があった。
一人はお爺さん。一人は昭次であった。
(この人が御爺様の息子さん…)
(汚い奴だな…)
昭次の格好はお世辞にも評価することはできない格好であった。
体格は情けなく越えた豚のように弛んでおり、髭はだらしなく伸び、髪の毛も脂ぎっている。
服についても言うまでもなく、黄ばんでおり汚らしかった。
離れた位置にいる一人と一匹にもその臭いは鼻を突き、深いになった。
何よりも昭次という人間を決定付けていたのはその目つきであった。
(…)
(クズの目つきだな…)
利己的な利昭でさえも呆れるような、酷い目つきである。
汚れた眼鏡の下のその目はどことなく濁っており、妙に鋭い。
いわゆる悪人の目つきというものより、低俗なものであると形容できた。
「…あ、おかえりなさいませ」
「…おかえりなさい」
玄関には重い沈黙が漂っていた。
おかえりなさいの一言もなかなかでないそんな雰囲気であった。
「…とりあえず上がろうか」
「…」
昭次は黙ったまま家に上がる。
残された靴は汚い上に靴底が破れており、何年もそのまま履き続けていたということが見てとれた。
靴は乱雑に放り出されそのまま放置されていた。
三人と一匹は机を取り囲んで座った。
だが、誰も話を始めようとはしない。
ただただ、時計の音だけが静かに規則的に時間が過ぎるのを告げるだけであった。
その静寂を破ったのは利昭だった。
「お爺さん。これからどうするんですか?」
曖昧模糊とした質問である。
だがこの場においては時を動かすには充分の、精一杯の発言であったと言えよう。
お爺さんは少しの沈黙の後、重い口を開いて言った。
「…昭次はここで俺たちと一緒に暮らすことにした。それでいいんだよな」
「…」
昭次はお爺さんが向けた視線から目を逸らし宙を見た。
お爺さんは肩を落とし、俯いた。
「…昭次が仕事を見つけるまでしばらく一緒に暮らすということになった。それだけは決まった」
「…そうですか」
その後、再び沈黙が空気を支配し始めた。
一旦動き始めた時は再度固まり、何も変わらぬまま時が過ぎていった。
「…寝る」
静寂を打ち破ったのは昭次の一言である。
無愛想で、乱暴に吐き出した物の言い方である。
昭次はのそりの立ち上がり、かつて自分の部屋であったまりさの部屋に向かいだした。
「…布団は隣の部屋に敷いてあるからそこで寝ようか」
利昭が口を挟む。
昭次はこちらを鬱陶しそうに睨んだ。
そしてのそのそと隣の部屋へ向かって行き、襖の向こうへ消えた。
襖の閉まる音と共にまたしても静寂が二人と一匹を包んだ。
だが、それが破られるのは遅くはなかった。
静寂を支配する原因であったものが消えた今、話をするのは容易かった。
「御爺様…昭次さんとはどんな話をしたんですか…?」
「…ろくなことじゃなかったよ」
お爺さんは少しずつ今日の出来事を話し始めた。
昭次とあった時には無念、悔恨、呆然といった複雑な感情が入り乱れたこと。
殺されたゆっくりの飼い主と示談で向き合って話したこと。
昭次が今までどう生きていたかを警察の人から聞いたこと。
昭次がなかなか自分のことを話してくれなくて嘆かわしかったこと。
自分の無力さと情けなさが不甲斐なく思うということ。
お爺さんの声が震えているということがまりさにも分かり、苦々しく感じた。
利昭も最初は面倒くさそうな顔をしていたが、話を聞く内にその表情を同情するものへと変えていった。
お爺さんが話し終わると少しの沈黙を挟み利昭に話しかけた。
「…利昭。今日は留守番させて悪かったな。」
「…いえ。それは別に構いません」
「…さて、今日はもう遅くなってしまったな。泊まっていきなさい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて貰います」
「積もる話はまた明日しよう。まりさももう寝ようか…」
「…はい」
二人と一匹は床に就いた。
それぞれに思いを抱えながらの就寝であった。
お爺さんは今後の昭次のこと。まりさは昭次との暮らしのこと。利昭は財産の相続についてのことを考えた。
暗闇と疲れは眠気を誘い、二人と一匹を眠りに落とした。
音が無くなり、辺りに静寂が満ちた頃、その暗闇の中一人が立ち上がり家を出て行く影が一つあった。
それはかつての習慣のように山へと向かう昭次の姿であった。
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『ふたば系ゆっくりいじめ 1320 老夫婦とまりさ6』
最終更新:2010年07月22日 15:00