※当作品はオンラインゲーム「Deco Online」に関する2次創作です。
また、この作品は「Deco Online」公式の世界観や設定を踏まえた上で、更に独自の世界観や設定を加えておりますので、公式のものと合致しない部分もありますことをご了承ください。
なお、この作品は非公式であることをご承知願います。
大海『あー、疲れた…。』
ミレナの拠点、市街地に辿り着いて、ナイトである大海はやっと一息ついていた。
「蛮族の国」と敵国レインに言われ続けるミレナだったが、その首都とも言えるこの市街地は、いろいろと最新の技術が集まっている。敵対国であるレインのものから、国とは言えない規模の土地…村を指すことが多いが…そういった村々のものも集まるのだから、一番ミレナでは穏やかで文明的な土地と言える。
もっとも、それだけに人が多くて、「常に知らない顔があり、一度見た顔を再度見ることは叶わない」とも、市街地にたまに訪れる商人たちから言われていたが。
そのぐらいに人は多く、行き交いが激しければ、人の顔を覚えるのは面倒になる。それを皮肉込みで表現したに過ぎないが、少なくても顔見知りに会えば声をかける、というのは日常的な光景だ。
だから、大海を見つけた女性は、大海に声をかけてくる。
ミスルティ『おじさん臭いねー、マスター。』
大海『うっ…。その声はミスルティ?』
ミスルティ『正解ですよ。』
大海が見上げた先に居た女性は、笑顔だった。
無意味に大きなリボンなどしているのが特徴的だったが、彼女の髪の黒色に合わないような桃色のリボンである。大海としては、黒に映えるようなリボンの色にしていないのはもったいないと常日頃から感じていることだ。
ライトグリーンのリボンぐらいでも、桃色のそれよりはマシなはずだ。というより、大海の本心として、ミスルティにはライトグリーン辺りのリボンに変えて欲しい。
もっとも、ミスルティの場合はリボン以上に似合わないものを持っているので、そんなことはどうでもいいのかもしれない。
ミスルティ『もっとも、マスターをマスターと呼ぶのは私ぐらいでしょうけれど。』
大海『相変わらず、似合わない剣だねぇ。』
疲れていたから、大海はミスルティの話を切ってしまう。
リボン以上に彼女の魅力を殺いでいるのは、彼女が持つ大きな剣だ。
ミスルティ『見慣れればそれほどでもありませんよ?』
言われた女性、ミスルティは自分の身長に近いほどの大きな剣を持っているのだ。
時代が時代なら、あるいは場所が場所なら、クレイモアや斬馬刀とか言われそうな代物である。男性でも扱えない者が多い大剣で、とてもではないが、女性が扱えるような武器ではないはずだ。
大海『重くないの、それ。』
ミスルティ『重いですよ。だから、両手をそえていますでしょう?』
大海『そうだけど…。』
ミスルティ『私は剣だけが重いですし。…私からすると、ナイトなマスターは防具類全てが重そうですよ。』
大海『それもそうなんだけど。』
剣は鉄が中心である。だから必ず、見た目よりも重くなる。
まして身長ほどの剣となれば、女性が両手で持てる重量ではないだろう。男性でさえ、背丈ほどある剣を持てる者はそう居ないはずだ。
それと同じように、全身を強固な鎧で固めるナイトも非常に動きが鈍くなる。ミスルティが言うまでもなく、男の大海でもこの鎧の重さというものは辛い。ナイトである大海は今、正規装備である鎧の重量で動けなくなるのがそろそろか、というほど疲労していた。
だから大海の本音はミスルティとの会話もさっさと終わらせて眠りたい。そこに集約される。
大海『ミスルティ、今日は狩り終わり?』
ミスルティ『はいなー。マスターは?』
大海『俺も今日は終わりかなぁ。んじゃ。』
ミスルティ『ちょ、マスターっ。』
大海『どわっ。』
背を向けたところまではよかったが、ミスルティの行動を読めなかったのが大海の失敗だった.
ミスルティが、大海の背中に抱きついてきたのだ。
これで倒れたりしたら、ミスルティに怒られる。
そう、怒られるのだ。ミスルティは、理不尽にも「私は軽いんですから、転ばないでください」とか言うのだ。既に何度か経験済みだから、わかりきっていた。
それは嫌なので、大海は何とか踏ん張って倒れずに済んだ。
ミスルティ『寂しい…。』
大海『あのなぁ…。俺は新参者連れて、今更…アレ…、そうキラガス。キラガスとかマロンだかガロンだか狩ったりで、気は萎えるし無駄に全力でやったし、で疲れてるんだぞ?』
自分より弱い相手を倒すのは余裕だと思われがちだが、実際はそうでもない。
身体的疲労ではなく、精神的疲労のほうが酷いのだ。狩ったところで、ためになるようなことがないからだ。
まして、大海自身には自分より弱いものをいたぶる趣味がないから、自然と精神的疲労が大きくなる。
もう少しわかりやすくすれば、相手にならないほどに弱いモンスターを狩ることは、数百匹単位の蟻を潰す作業に似ていた。疲れるだけで、得した気分にはならない。人によっては違うかもしれないが、蟻を潰したところで、人は成長しない。その事実は変わらない。
ミスルティ『マロン…? 果物ですか?』
大海『あ、いや、こっちの話。ガロンだ。』
キラガスにしろ、ガロンにしろ、大海の敵ではない。防具、武器を捨てて素手で殴り合っても、絶対勝てるだろう。そういう手合いは、本当に疲れる。
ミスルティ『それはそうとして、アレとか言うのは記憶力、やばくなってます?』
大海『憐れんだ目で見るなよ…。』
疲れきった様子の大海だが、それでもミスルティを支えているのはさすがだった。
そういう真面目さが、ミスルティのわがままを許しているようなものだということを、大海は自覚していない。
ミスルティ『マスターは頑張り屋さんですからねぇ。』
ずるずる。
大海『っていうか、マスターって止めない? 恥ずかしいんだけど。』
ミスルティ『私は恥ずかしくないです。マスターは人の上に立てる器ですよ。自信を持ってください。』
ずるずるずる。
大海『俺はそんなんじゃないんだけどなぁ…。』
ナイトとしてそれなりに戦果を出してきた大海が最近、よく言われる言葉だった。
何もミスルティだけではなく、周囲の人からパーティーのリーダーを頼まれることもあったし、ギルドのマスターにならないか、と言われるのである。
大海自身としてはそういうのは肌に合わない、と思うので逃げているのだが、それでも言われることが多かった。
理由を聞いても、人によって回答が違うのも、大海がその薦めを受け入れられない理由のひとつだ。曰く、カリスマだから、女殺しだから、回避も防御もできる両利きナイトだから、何か偉いっぽいから、壁としてデコイをしてもらっても損失感がなくて使い捨てできそうだから。そんな理由を言われても嬉しくない。
ミスルティ『…どこまで行く気でしょう?』
大海『お前次第だ。』
ずるずるずる、ずる。
ミスルティが半ば背中に乗っかっている状態で、大海はさっきから少しずつ歩いていた。
ミスルティ『うーん、このままだとナイトの宿舎手前まで、ですかね?』
大海『そうさな。』
スレイヤーと言われる職の人間であるミスルティは、ナイト専用の宿舎には入れない。
ミスルティ『…まだ、記憶は戻りませんか?』
引きずることも、引きずられることも気にしないようにミスルティと大海の会話は続いた。
大海『…あぁ。戦闘技術、この世界のこと、自分がミレナでナイトをやっている、そんなものだけさ。…ミスルティに拾われる前の記憶は無い。』
ミスルティ『そっかぁ。』
この2人の出会いは、最近である。
1ヶ月ほど前、ミスルティが狩りで遠征していた場所に大海が倒れていたのだ。
軽い火傷、それから怪我。どちらも治癒された跡があって、どうも不自然だった。
跡と言ったのは、完全な治癒はできていなかったからだ。本当はもっと重度の火傷、重体の体であったのだろうと予想できる程度の治癒が施されていたのである。しかも、それが故意であることは見て取れた。
そのぐらいのレベルの治癒ができるぐらいなら、もっとマトモに治せたはずで、少なくても、治癒したままで大海を放置しているというのは不自然すぎた。
ミスルティ『まぁ、運が良かったよね。』
大海『全くだ…。』
強いモンスターが現れるようになってしまい、本当に人が来なくなった土地でのことだ。火傷、怪我。然る後に衰弱が待っている。ミスルティが見つけていなければ確実に大海が死んだことは容易に予想できた。
大海『…感謝してるよ。レイにも、ミスルティにも。』
倒れていた大海をミスルティが担いで近くの村に戻り、そこに居たスナイパーのレイに、応急処置として回復の矢をあるだけ大海に撃ち込ませたのだ。レイが居なければ、大海は衰弱で死んでいただろう。レイに回復されてから、すぐに市街地にある病院に担ぎ込まれて、ようやく大海は生き残ることができた。
大海『…で、いい話はいいんだけど、いつまで俺にくっつく?』
ミスルティ『んー。マスター次第です。』
大海『ったく…。そっちのギルドはどうしてるんだよ。』
ミスルティ『…あー、聞きたくありません。聞こえません、マスター。』
大海『おい…。』
概ね、ミレナは今日も平和なのである。
…レインという敵国さえなければ。モンスターさえ闊歩しなければ。難民というものにさえ、気を向けなければ。
そんな「なければ」が前提な、上辺の平和でしかないのが今のミレナという国だ。大海もミスルティも、そこは熟知している。
大海(レインはいいんだ。国があれば対立するか、協力するしかない。それが対立しただけのことだから…。)
国同士の協力は、戦争中であるレインとミレナの間にも無いこともない。国境の緩衝地帯では互いに牽制をしながら、そこに現れるモンスターを討伐している。公然の秘密ということでミレナ城の城下町であり、ミレナの首都でもある市街地ではレインの品物が一部だけだが流通しているし、レインの首都である市街地にもミレナの物品は並んでいるのだと聞く。他にも、協力しあっているところはある。
それなら戦争する必要がない、と見えるかもしれないが、そうはいかないのだ。
クライス大陸、というひとつの大陸の中では、レインとミレナというふたつの国は大きすぎるからだ。どちらかが属国や併合できるようなバランスであればよかったのに、両国ともに大きすぎて、どちらかがどちらかの傘下に入る、ということを互いに許容できなかった。
第一、レインはミレナから追放された者たちが形成したような国家である。そのレインは数度、ミレナという国を崩したこともあり、互いが互いの存在を許せなくなっていることが最大の理由だろう。それで未だに戦争状態が続いていて、互いの国家を維持するためだけに必要最低限の、場合によっては必要最低限未満の協力しかしないのだ。その協力が、両国の頭を悩ませているモンスターの討伐に代表される、いくつかの項目だけという話だ。
大きすぎる国は、敵が無ければ存続できない。が、敵だけが居ても持続しない。そういう事情で、ふたつの大国で協力しあいながら、敵対しているという奇妙な関係になっている。
大海(大体、来訪者の俺等は生き残ることができて、自分たちの世界に戻れるならそれでいい。この世界の戦争なんて、そんなに問題じゃぁ、ない。)
大海はこの世界、このクライス大陸出身ではない。こことは違う、異世界からここに現出した“来訪者”と呼ばれる人間らしい。何でクライス大陸に来ることになったのかもわからないのに、自分が居た世界に戻るためにはクライス大陸を散策する必要があると説明された。それだけなら面倒なだけの話なのに、このミレナとレインの戦争の所為で、散策が難しくなり、戦力という実力を要求されることになってしまった。
その結果、来訪者の多くは保護された国の軍に所属することになっていた。それが大海にとっては面倒だった。しかし、このレインとミレナの戦争はどうでもいいのだ。
実際、大海はミレナ軍に所属しているが、その任務の大半はモンスター討伐で、戦争の匂いを感じることは少ないから、あまり気にならない。戦争は他人事、と割り切れる。
大海(モンスターもどうでもいい。原生生物だから、不必要に縄張りに侵入しなければ安全だし、普段なら仕掛けなければ何もしてはこない。)
モンスター討伐も、結局のところ、両国の領土拡大が大きな目的だ。一般人の居住区周辺の防衛でモンスター討伐を行うこともあるが、来訪者の多くが任されるモンスター討伐の実に80%近くが、領土拡大のためのモンスター討伐である。
モンスターにとっては実に迷惑な話である。そして、そのことについてはモンスターの方がまだ常識的であった。人間から仕掛けなければ、多くのモンスターは人間に襲い掛からなかったのだ。やられたらやり返すが、それは攻撃してきた犯人だけを狙うために、親の敵とばかりに人間全てを攻撃してくるわけではない。。中には人間を見つけると、条件反射のように襲い掛かるモンスターも居たが、それはモンスターの中では圧倒的な少数派だ。
自分の都合でモンスターに襲い掛かる人間と、やられたときだけ人間に反撃してくるモンスター。来訪者である大海には、人間よりもモンスターの方が良識的に見えた。
大海(問題は…難民だな…。)
来訪者の多くは不思議なことに、戦闘能力が高い。それこそ、訓練を終えて実戦配備される寸前の軍人並に、だ。
だが、中には戦闘能力が低く、軍に所属して面倒を見ても、戦果が期待できない者も居た。しかし、そもそも来訪者の数が多ければ、当たり前の話だが、その受け入れにも限界がある。
そこで、レインもミレナも戦果に期待できなさそうな来訪者を国外追放するようになっていた。「訓練したらいいじゃないか」という話もあるが、それならわざわざ来訪者を軍に要れる必要はなく、普通のクライス大陸出身者を雇えばいい。ミレナにしてもレインにしても、軍の上層部を生粋のクライス大陸出身者にするのが精一杯で、その他の部分には来訪者が多く組み込まれているのが現状である。
要するに、レインでもミレナでも、軍人不足だった。それを助けるように来訪者が多く現れたのは事実である。昔、軍人が多く居た頃は、来訪者はそれこそ稀人だった。
国の持つ軍人不足という問題と、戦闘能力が高く即戦力になり得る来訪者。その需要と供給のバランスがあったからこそ、レインやミレナは来訪者を受け入れていたのだが、供給である来訪者の数が急激に増えたので、即戦力にならなさそうな来訪者は受け入れなくなったのだ。
過剰な供給とは言え、記憶を所々失っている来訪者は、望んでクライス大陸に来たわけではない。それを、「戦力が無いから」というだけで放り出すのだからたまらない。
本当ならば大海は来訪者だか不明だったが、ミスルティに回収されて全快してから戦力考査を受けさせられた。「多分来訪者だから」という、よくわからない基準で、だが。だから、大海は自分が来訪者なのか、そうでないのか、そこのところを自覚できずに居る。
大海の場合、問題のその来訪者に関する入国考査は通常1日で決まるはずなのに、7日もかけられてしまった。別に、大海の戦闘能力は高水準であったので、すぐにミレナに入れると思っていたミスルティなどには心底心配させてしまったらしいが。
大海(俺はそれでも受け入れられたからいいけど…。わけのわからない異世界なんぞで放り出されて、追い出された国の敵対国に亡命しようとしたらそれさえ断られて…難民化した人たちは…。)
それが最近、難民同士が集団を形成して、遂には軍を組織したらしい。“らしい”というのは、まだ公表されておらず、軍機に当たる事項なのだが、その難民の集団と難民軍から、何かの要求がミレナ国議会とレイン国議会に書状が提出された、ということを大海が知っているからだ。知っているだけで、事実確認がまだ途中であるために、確証が無いから“らしい”としか表現できない。
しかし、集団化した難民と、難民軍ができるのは大海からすると不思議ではない。異世界で生き残るためには、そうでもしなければ生きていけないということがわかるからだ。
同じ来訪者としては、ミレナ軍ではなく、難民軍に入りたい、と大海は少なからず思っている。もし、公言でもしたら、国家反逆罪でその場で死刑にされるかもしれないことだ。
大海(だけど…。まだ…死ねない。ミスルティにもレイにも、恩返しができていないし…。…智里を元の世界に戻してあげないといけない…。それには国レベルの情報網が要る…。)
ミスルティには拾ってもらった恩を、レイには回復してくれた恩を返したい。文字通り、「命」を助けてもらったわけだから、どのぐらい返せばいいのか、なんてわかるはずもないが、それでも返したいと思っている。
智里は、来訪者の子どもで、戦闘能力なんてもちろん無いから、本来なら追放されるはずの子だ。それを、とあるきっかけで大海が面倒を見ている。来訪者の出身世界なんて同一じゃないだろうから、智里は大海とは違う世界の出身かもしれない。しかし、来訪者として面倒を見る側になった以上、智里を元の世界に戻すまでが「面倒を見る」ことだと思っていた。
元の世界に戻るための方法を模索するには、ミレナという国が持つ力は必要ということもあり、大海はミレナから離れられない。
大海(この3人が、俺が難民軍に行けない理由…。)
勝手な大海の思い込みだが、それこそ今、ミスルティがしがみついているのと同じような枷だと感じてしまう。本気で難民軍に行きたいなら、棄てても構わない感情だろうに、それができないのが大海で、それは見方によってはミレナに居る方が安泰だから、という甘えだろう。
ミスルティ『マスター、私って重いですか?』
大海『…重いな。』
いろんな意味で、と付け足すつもりで居たのに。
重いな、と言った瞬間にはミスルティが自力で立っていて、大海の腹部目掛けて大剣をフルスイングしていた。
…刃を立てず、寝かせていたので、「斬る」のではなく「叩く」感じだ。
大海『ぐぁっ。』
もっとも、斬ろうとしたところで、大海の鎧を切断する程の膂力はミスルティには無いのだが。それでも、普段の大海なら、この一撃にも耐えることもできただろう。踏ん張ることができたはずだ。
ただ、今日の大海は非常に疲れていて、堪えることができなかった。ドカッ、と吹き飛ばされて、無様に地面を転がる。
ミスルティ『え…。マ、マスター!?』
自分で思っていた以上に大海が酷い状況になったので、ミスルティは慌てて大海のところに駆け寄る。
流石に人目を引いてしまって、「痴話喧嘩か?」というような声もちらほらと聞こえたが、それに構っている心理的余裕は、今のミスルティに欠けていた。
大海『うぅ…。』
ミスルティ『どれだけ疲労困ぱいなんですか、マスター!』
そう言いながら、大海の肩を掴みながらミスルティは訊く。少し乱暴だが、そうでもしなければ大海の返事は得られないと判断したからで、実際、大海は乱暴でもそうされなければ、意志を繋げないほど疲れていた。
大海『一昨日から…、カイの奴とエリザベス・フォン・紫藤の刀剣展示を見に行ってから…。』
ミスルティ『…羨ましい。』
大海『へ?』
ミスルティ『…いえ、何も。』
大海は何ともないように言っていたが、エリザベス・フォン・紫藤と言えば、刀剣専用の鍛冶師としては珍しい女性でありながら、その腕はミレナでも屈指という人だ。
つい最近まではスレイヤー専用のものを作っていたのだが、今ではナイトやマーシナリーのものまで作成している。スレイヤー専任だった頃から需要は高いのだが、彼女は個人でやっているので、供給が追いつかない。小さい鍛冶屋ひとつで頑張っている所為だ。
そんな彼女の刀剣展示、というのも実は招待制であって、呼ばれた人の中から彼女が次に刀剣を作る相手を選んでいる、というのは有名な話だった。そんなわけで、彼女の刀剣展示に行く、というのはミスルティにとっては羨ましかった。
ミスルティも一度だけエリザベスの作った“刀”というものを見たことがあったが、あれは正に実用と美を兼ね備えたものだ、と素直に感激したぐらいだ。アレは、是非ともスレイヤーの正規装備品にしてもらいたいとも思う。
ただ、エリザベスはどうも気紛れな性格らしく、愁紀というスレイヤーに作ったらしい“断剣”なるものを見たときは、絶望に近いものを感じた。正直な感想は、『ナマクラな鉄板』であり、刀剣とは呼べない代物だったからで、スレイヤーの究極的な目標である一撃必殺を不可能なものにしていた。どれだけの技量や膂力を誇っても、斬鉄ができない欠陥品だったが、作成者であるエリザベスや所有者である愁紀曰く、「素晴らしいまでに使用者(俺)に合わせた芸術品」だと言う。それなのに、愁紀はその断剣をモンスター討伐にたまに使うぐらいで、対人戦や戦争には振るっていないのだから、ミスルティとしては「玩具か失敗作のどちらか」としか思っていないわけだが。
まぁ、刀剣展示に行くのが羨ましいのはそれだけではない。何せ、エリザベスという人は顔を表に出すことが少なく、せっかく作ったものさえ、彼女御用達の仲介人を通してしか販売しない。作るときでさえ排他的に過ごし、売るときでさえ人前に出てこないため、彼女は「顔を見せない鍛冶師」としても有名だからだ。一部では“シコメ”なのではないか、と噂をされるぐらいだったのだが、刀剣展示をするようになってからは、その場にだけは顔を出すようになっていた。刀剣展示に招待された人は自慢こそすれ、彼女については語ることがなかったため、ミスルティも気にしているところだ。できれば大海に彼女の詳しい容姿や言動などは訊きたいところだが、今のタイミングでは難しいな、とミスルティは話を進めてもらうことにした。
ミスルティ『どうぞ?』
話を続けてください、という意味である。
大海『エリザベスさんに名前を訊かれたから答えたら、何かもう凄い騒がれて、そのまま、俺の武器を作ってくれるって言うから…。彼女の鍛冶部屋に連れ込まれてから…えっと、まぁ、そんなことで今まで起きっぱなしだな。』
言ったことでどれだけ酷い状態なのか、自覚できたのだろう。
見る間に大海の顔色は青ざめてくる。
話を途中で切ったのも、後ろめたいことがあるわけではなく、話すことが面倒になったからだ。
ミスルティ『って、マスター。休みましょうよ…。』
大海『でも…。今夜は…ユーティーに剣を渡さないと…。』
そう言っている間にも、大海の頭は舟を漕ぐようにうつらうつらと揺れている。
ユーティーというのは、マーシナリーの特殊部隊、「戦鬼の徒」の隊長で、女性だ。
どういうわけか、彼女は自分で剣を購入したり選択せずに、大海に代理で買ってもらったものを受け取るようにしていた。
ミスルティ『私の前で他の女性の話ばかりとは…。マスター、嘆かわしいです。』
大海『…いや…。だってお前…。最近、ギルドに出向していて会わないじゃんか…。』
もう大海は目を閉じて会話していた。目を開ける、ということすら重労働なのだろうが、ちょっとおかしい光景だ。
目を閉じたまま、大海は息も殺し始めた。本格的に辛くなったので、身体の機能を弱めているのだということは、ミスルティにもわかったので、もう大海にはこのままでも寝てもらうほうがいいと判断できた。
ミスルティ『マスター、寝ても構いませんよ? 私がナイト宿舎まで運びますから。』
大海『…もう、いいや。』
女性に運ばれる、ということが世間体の問題で嫌だったが、大海は受け入れたかのように、口も閉じた。そしてそのまま、内臓の動きまでも鎮静化させる。一種の仮死状態だが、ヨガや瞑想でやるものと一緒で、そうした方が短時間でも充分な休憩を取ることができる。大海のこの技術は、数少ない“覚えていること”のひとつだ。
ミスルティ『ふっふっふ…。って、ちょっ…。』
沈んでいく、という自覚の中で、ミスルティの慌てた声が聞こえた。
??『退いて…ミス…が…。』
ミスルティ『ふざけ…ずっと見ていたわけ…。』
??『そう…タイミング……だから、…が…。』
ミスルティ『わからな…私の…権利執行…。』
??『なら…身体に………。』
ミスルティ『望むと…加減…。』
大海(何、レイ…?)
聞き覚えのある声がミスルティと言い合っている、と思ったのも長続きしなかった。
あっという間に意識が沈み、大海は気絶するように眠りに入った。
ここでもう少し起きていたら、大海の次の寝覚めも良くなっていただろうに、大海は眠気に逆らわなかった。それが原因で、大海が目覚めたときには悲劇、いや喜劇かもしれないが、それが展開されることとなる。
…その話は別のときにでもしよう。
そんな3月5日のミレナでのヒトコマ。
ここから更新したんだよっ
大海が起きたときには、何故か、女性のマーシナリーであるユーティーが大海の部屋の椅子に座って眠っていた。
何事だろう、と思って部屋から出ようとしたところで、部屋の前にある廊下には力尽きたようにボロボロになった状態の女性スナイパーであるレイと、女性スレイヤーのミスルティが倒れこんでいた。
力量差がありすぎるから、レイがミスルティを圧倒できるはずなのに、両者ともに負傷度合いが似たり寄ったりだ。
大海『…何、これ?』
ミスルティとレイが居るのは昨日の曖昧な記憶には残っていたが、ユーティーが居ることだけは理解できない。呆然と、廊下に出るでもなく、部屋に戻るでもなく、微妙な位置で立ち尽くした。
大海(っていうか、何でナイトの宿舎なのに…。)
レイはスナイパー、ミスルティはスレイヤー、ユーティーはマーシナリー。ナイト専用の宿舎である、この建物に入る権限が無い顔ぶれだ。隊長クラスであるユーティーなら、場合によっては、この宿舎に入ることはできるのだが、その場合とは有事のことだ。
有事で入ってきたなら、大海の部屋で寝ることは考えられない。
大海『…どうしろっての…。』
バタン、と隣の部屋のドアが開く音がした。確か隣は、この宿舎の管理人だったはずだ。
ニナ『…島袋大海。』
大海『は、はいぃぃっ!?』
一番会いたくなかった、宿舎の長であるニナ・フレウ・バスターフィールドが出てきたのだから、大海は声を裏返しながらも返事をする。
「何でさっさと自室に篭らなかったんだ」という自分への罵倒を胸に、だ。
ニナ『…。貴様、後で“それ”の説明をしてもらうぞ。』
転がっているレイとミスルティを見ながら、冷たい声と表情でニナが告げる。
2人とも、この宿舎に居ること自体が問題なのだが、戦闘でもしたかのように見えることが余計に深刻だった。
宿舎内で私闘は、禁止事項のひとつである。
大海『あ、は、はい…。』
いそいそと大海は部屋に下がった。もちろん、ミスルティもレイも廊下に放置する。
そして急いでドアを閉じる。ニナの言動から、まだユーティーが居ることはバレてないと確信できたからだ。
ユーティー『くっくっく、大変だな、汝れ。』
大海『…全くだ。』
口調がはっきりしているから、ちょっと前からは起きていたのだろう。ユーティーが笑いを堪えながら声をかけてきた。
ユーティー『…あぁ。我なら、汝れから剣の引き渡しがあるということで、許可は得ている。ニナは我が居ることを承知しているからな?』
えらく芝居がかった言葉遣いをしているが、それさえ直れば、軍でなくてもやっていけると大海はユーティーを評価していた。
外見は美人だろう。黒髪で、膝近くまで達する長髪。細身の長身は猫を思わせた。マーシナリーとしての腕は男性もかくや、というレベルだったし、戦果も凄まじい。楽器にも明るければ、声楽でも学んでいたのか歌も上手だった。マーシナリーの鎧からはあまりわからないかもしれないが、かなり強くさらしを巻かないと鎧が着れないぐらいに胸はあったし、本人は鎧を着用する度にそのことで愚痴を漏らしていた。
ただ、顔付きは性格でも出たのだろうか、切れ長の目に代表されるように、綺麗な作りをしていても、温かみを感じるのは少し難しく、どこか鋭かった。
クールビューティーと評しても構わないだろう。
そのユーティーなら、来訪者だからと言って軍に入らなくても、ミレナの貴族に、あるいは王族に気に入られることは難しくないと思えた。そうして結婚できれば、来訪者して元の世界に戻ることが不可能になるかもしれないが、ミレナという国で戦闘という危険に晒されることもなく、安泰に暮らせただろう。
…言葉遣いさえ、まともなものになれば、そんな道も選べるのに。その思いがあるから、大海はユーティーに言葉遣いを直すように言うのだが、ユーティーは聞いてくれない。
大海『えー…。本当? どうしよう…。っていうか、どうしてくれるんだよ!』
ユーティー『して、我の剣は?』
大海の抗議は無視して、ユーティーは自分の用件だけを伝えてくる。
あまり得物に頓着しないユーティーは、大海に自分用の剣を選んでもらっていた。来訪者でありながら、マーシナリーの特殊部隊隊長を務めるユーティーなら、自分の剣を特注する権利だって持っているのだが、その権利を使うこともなく、ユーティーは大海に剣を購入することを頼んでいた。
そのことから、ユーティーと大海が親しい関係にあるのではないか、と推測する人間も居るが、事実はそうではない。
理由は単純で、ユーティーと大海が他数名とモンスターハントをしていたとき、ユーティーが剣を2,3本もダメにした上で、他人から剣を借りてハントをしていたからだ。剣をダメにするペースが酷く早かったので、ユーティーの剣の強度を気にした大海が調べさせてもらったのだ。そうすると、ユーティーは安物の剣を購入していて、自分の腕に見合ったものを買っていなかった。そこで、大海がユーティーに見合う剣を購入すると言ってしまったのが運の尽きだった。
強打癖とでも言うのか、ユーティーはどれだけ強度を誇る剣を与えても、2,3回の戦闘でダメにしてしまう。
おかげで、ユーティーは大海の元に2,3日に1回というペースで大海に会うことになっていた。
大海『うん…。これ。』
床に置いてあった1ダースもの本数のある剣から、2本をユーティーに渡す。
ユーティー『ふむ。…助かるな。』
大海『いいけどね…。』
ユーティー『アテにしているぞ、大海?』
そう言って、大海が示した金額を、ユーティーは剣の代金として手渡した。
大海『今度は自分で買ってよね…。』
ユーティー『そう連れないことを言わないで欲しいものだな。我は汝れと会うこと、楽しみにしているのだが?』
こういうことを外でも言うから、俺なんかを恋人にしているんじゃないかって誤解されるんだ。そう大海は思うが、もちろん口にはしない。
口にするのは、違うことだ。
大海『そうやってからかうのはやめてください。本気で受け取ってしまって、剣以外にもケーキと紅茶まで準備したくなりますからね。』
言い返したぞ、と思うときには、もうユーティーはレイとミスルティを跨いで廊下に出ていた。
ユーティー『ふん? まぁ、そういうことにしておいてやろう。』
わざわざ振り向いて、あまり見せない笑顔で言ってくるのだからたまったものではない。
美人なのに、綺麗な笑顔ではなく、可愛く見えてしまう笑顔で来るのだ。こんな笑顔は、初めて見た。
ユーティー『ふん、こういうのが好みか。』
その直後にこのセリフだ。
大海『な!?』
ユーティー『からかっただけだ。また頼む。』
そう言うと、ユーティーは行ってしまう。
大海『…。はぁ…。疲れた…。』
レイとミスルティが起きるまでは、ニナのところに行かなくていいか。そう結論付けて、大海はまたベッドに倒れこんだ。
そんな3月6日のミレナでのヒトコマ。
また、この作品は「Deco Online」公式の世界観や設定を踏まえた上で、更に独自の世界観や設定を加えておりますので、公式のものと合致しない部分もありますことをご了承ください。
なお、この作品は非公式であることをご承知願います。
大海『あー、疲れた…。』
ミレナの拠点、市街地に辿り着いて、ナイトである大海はやっと一息ついていた。
「蛮族の国」と敵国レインに言われ続けるミレナだったが、その首都とも言えるこの市街地は、いろいろと最新の技術が集まっている。敵対国であるレインのものから、国とは言えない規模の土地…村を指すことが多いが…そういった村々のものも集まるのだから、一番ミレナでは穏やかで文明的な土地と言える。
もっとも、それだけに人が多くて、「常に知らない顔があり、一度見た顔を再度見ることは叶わない」とも、市街地にたまに訪れる商人たちから言われていたが。
そのぐらいに人は多く、行き交いが激しければ、人の顔を覚えるのは面倒になる。それを皮肉込みで表現したに過ぎないが、少なくても顔見知りに会えば声をかける、というのは日常的な光景だ。
だから、大海を見つけた女性は、大海に声をかけてくる。
ミスルティ『おじさん臭いねー、マスター。』
大海『うっ…。その声はミスルティ?』
ミスルティ『正解ですよ。』
大海が見上げた先に居た女性は、笑顔だった。
無意味に大きなリボンなどしているのが特徴的だったが、彼女の髪の黒色に合わないような桃色のリボンである。大海としては、黒に映えるようなリボンの色にしていないのはもったいないと常日頃から感じていることだ。
ライトグリーンのリボンぐらいでも、桃色のそれよりはマシなはずだ。というより、大海の本心として、ミスルティにはライトグリーン辺りのリボンに変えて欲しい。
もっとも、ミスルティの場合はリボン以上に似合わないものを持っているので、そんなことはどうでもいいのかもしれない。
ミスルティ『もっとも、マスターをマスターと呼ぶのは私ぐらいでしょうけれど。』
大海『相変わらず、似合わない剣だねぇ。』
疲れていたから、大海はミスルティの話を切ってしまう。
リボン以上に彼女の魅力を殺いでいるのは、彼女が持つ大きな剣だ。
ミスルティ『見慣れればそれほどでもありませんよ?』
言われた女性、ミスルティは自分の身長に近いほどの大きな剣を持っているのだ。
時代が時代なら、あるいは場所が場所なら、クレイモアや斬馬刀とか言われそうな代物である。男性でも扱えない者が多い大剣で、とてもではないが、女性が扱えるような武器ではないはずだ。
大海『重くないの、それ。』
ミスルティ『重いですよ。だから、両手をそえていますでしょう?』
大海『そうだけど…。』
ミスルティ『私は剣だけが重いですし。…私からすると、ナイトなマスターは防具類全てが重そうですよ。』
大海『それもそうなんだけど。』
剣は鉄が中心である。だから必ず、見た目よりも重くなる。
まして身長ほどの剣となれば、女性が両手で持てる重量ではないだろう。男性でさえ、背丈ほどある剣を持てる者はそう居ないはずだ。
それと同じように、全身を強固な鎧で固めるナイトも非常に動きが鈍くなる。ミスルティが言うまでもなく、男の大海でもこの鎧の重さというものは辛い。ナイトである大海は今、正規装備である鎧の重量で動けなくなるのがそろそろか、というほど疲労していた。
だから大海の本音はミスルティとの会話もさっさと終わらせて眠りたい。そこに集約される。
大海『ミスルティ、今日は狩り終わり?』
ミスルティ『はいなー。マスターは?』
大海『俺も今日は終わりかなぁ。んじゃ。』
ミスルティ『ちょ、マスターっ。』
大海『どわっ。』
背を向けたところまではよかったが、ミスルティの行動を読めなかったのが大海の失敗だった.
ミスルティが、大海の背中に抱きついてきたのだ。
これで倒れたりしたら、ミスルティに怒られる。
そう、怒られるのだ。ミスルティは、理不尽にも「私は軽いんですから、転ばないでください」とか言うのだ。既に何度か経験済みだから、わかりきっていた。
それは嫌なので、大海は何とか踏ん張って倒れずに済んだ。
ミスルティ『寂しい…。』
大海『あのなぁ…。俺は新参者連れて、今更…アレ…、そうキラガス。キラガスとかマロンだかガロンだか狩ったりで、気は萎えるし無駄に全力でやったし、で疲れてるんだぞ?』
自分より弱い相手を倒すのは余裕だと思われがちだが、実際はそうでもない。
身体的疲労ではなく、精神的疲労のほうが酷いのだ。狩ったところで、ためになるようなことがないからだ。
まして、大海自身には自分より弱いものをいたぶる趣味がないから、自然と精神的疲労が大きくなる。
もう少しわかりやすくすれば、相手にならないほどに弱いモンスターを狩ることは、数百匹単位の蟻を潰す作業に似ていた。疲れるだけで、得した気分にはならない。人によっては違うかもしれないが、蟻を潰したところで、人は成長しない。その事実は変わらない。
ミスルティ『マロン…? 果物ですか?』
大海『あ、いや、こっちの話。ガロンだ。』
キラガスにしろ、ガロンにしろ、大海の敵ではない。防具、武器を捨てて素手で殴り合っても、絶対勝てるだろう。そういう手合いは、本当に疲れる。
ミスルティ『それはそうとして、アレとか言うのは記憶力、やばくなってます?』
大海『憐れんだ目で見るなよ…。』
疲れきった様子の大海だが、それでもミスルティを支えているのはさすがだった。
そういう真面目さが、ミスルティのわがままを許しているようなものだということを、大海は自覚していない。
ミスルティ『マスターは頑張り屋さんですからねぇ。』
ずるずる。
大海『っていうか、マスターって止めない? 恥ずかしいんだけど。』
ミスルティ『私は恥ずかしくないです。マスターは人の上に立てる器ですよ。自信を持ってください。』
ずるずるずる。
大海『俺はそんなんじゃないんだけどなぁ…。』
ナイトとしてそれなりに戦果を出してきた大海が最近、よく言われる言葉だった。
何もミスルティだけではなく、周囲の人からパーティーのリーダーを頼まれることもあったし、ギルドのマスターにならないか、と言われるのである。
大海自身としてはそういうのは肌に合わない、と思うので逃げているのだが、それでも言われることが多かった。
理由を聞いても、人によって回答が違うのも、大海がその薦めを受け入れられない理由のひとつだ。曰く、カリスマだから、女殺しだから、回避も防御もできる両利きナイトだから、何か偉いっぽいから、壁としてデコイをしてもらっても損失感がなくて使い捨てできそうだから。そんな理由を言われても嬉しくない。
ミスルティ『…どこまで行く気でしょう?』
大海『お前次第だ。』
ずるずるずる、ずる。
ミスルティが半ば背中に乗っかっている状態で、大海はさっきから少しずつ歩いていた。
ミスルティ『うーん、このままだとナイトの宿舎手前まで、ですかね?』
大海『そうさな。』
スレイヤーと言われる職の人間であるミスルティは、ナイト専用の宿舎には入れない。
ミスルティ『…まだ、記憶は戻りませんか?』
引きずることも、引きずられることも気にしないようにミスルティと大海の会話は続いた。
大海『…あぁ。戦闘技術、この世界のこと、自分がミレナでナイトをやっている、そんなものだけさ。…ミスルティに拾われる前の記憶は無い。』
ミスルティ『そっかぁ。』
この2人の出会いは、最近である。
1ヶ月ほど前、ミスルティが狩りで遠征していた場所に大海が倒れていたのだ。
軽い火傷、それから怪我。どちらも治癒された跡があって、どうも不自然だった。
跡と言ったのは、完全な治癒はできていなかったからだ。本当はもっと重度の火傷、重体の体であったのだろうと予想できる程度の治癒が施されていたのである。しかも、それが故意であることは見て取れた。
そのぐらいのレベルの治癒ができるぐらいなら、もっとマトモに治せたはずで、少なくても、治癒したままで大海を放置しているというのは不自然すぎた。
ミスルティ『まぁ、運が良かったよね。』
大海『全くだ…。』
強いモンスターが現れるようになってしまい、本当に人が来なくなった土地でのことだ。火傷、怪我。然る後に衰弱が待っている。ミスルティが見つけていなければ確実に大海が死んだことは容易に予想できた。
大海『…感謝してるよ。レイにも、ミスルティにも。』
倒れていた大海をミスルティが担いで近くの村に戻り、そこに居たスナイパーのレイに、応急処置として回復の矢をあるだけ大海に撃ち込ませたのだ。レイが居なければ、大海は衰弱で死んでいただろう。レイに回復されてから、すぐに市街地にある病院に担ぎ込まれて、ようやく大海は生き残ることができた。
大海『…で、いい話はいいんだけど、いつまで俺にくっつく?』
ミスルティ『んー。マスター次第です。』
大海『ったく…。そっちのギルドはどうしてるんだよ。』
ミスルティ『…あー、聞きたくありません。聞こえません、マスター。』
大海『おい…。』
概ね、ミレナは今日も平和なのである。
…レインという敵国さえなければ。モンスターさえ闊歩しなければ。難民というものにさえ、気を向けなければ。
そんな「なければ」が前提な、上辺の平和でしかないのが今のミレナという国だ。大海もミスルティも、そこは熟知している。
大海(レインはいいんだ。国があれば対立するか、協力するしかない。それが対立しただけのことだから…。)
国同士の協力は、戦争中であるレインとミレナの間にも無いこともない。国境の緩衝地帯では互いに牽制をしながら、そこに現れるモンスターを討伐している。公然の秘密ということでミレナ城の城下町であり、ミレナの首都でもある市街地ではレインの品物が一部だけだが流通しているし、レインの首都である市街地にもミレナの物品は並んでいるのだと聞く。他にも、協力しあっているところはある。
それなら戦争する必要がない、と見えるかもしれないが、そうはいかないのだ。
クライス大陸、というひとつの大陸の中では、レインとミレナというふたつの国は大きすぎるからだ。どちらかが属国や併合できるようなバランスであればよかったのに、両国ともに大きすぎて、どちらかがどちらかの傘下に入る、ということを互いに許容できなかった。
第一、レインはミレナから追放された者たちが形成したような国家である。そのレインは数度、ミレナという国を崩したこともあり、互いが互いの存在を許せなくなっていることが最大の理由だろう。それで未だに戦争状態が続いていて、互いの国家を維持するためだけに必要最低限の、場合によっては必要最低限未満の協力しかしないのだ。その協力が、両国の頭を悩ませているモンスターの討伐に代表される、いくつかの項目だけという話だ。
大きすぎる国は、敵が無ければ存続できない。が、敵だけが居ても持続しない。そういう事情で、ふたつの大国で協力しあいながら、敵対しているという奇妙な関係になっている。
大海(大体、来訪者の俺等は生き残ることができて、自分たちの世界に戻れるならそれでいい。この世界の戦争なんて、そんなに問題じゃぁ、ない。)
大海はこの世界、このクライス大陸出身ではない。こことは違う、異世界からここに現出した“来訪者”と呼ばれる人間らしい。何でクライス大陸に来ることになったのかもわからないのに、自分が居た世界に戻るためにはクライス大陸を散策する必要があると説明された。それだけなら面倒なだけの話なのに、このミレナとレインの戦争の所為で、散策が難しくなり、戦力という実力を要求されることになってしまった。
その結果、来訪者の多くは保護された国の軍に所属することになっていた。それが大海にとっては面倒だった。しかし、このレインとミレナの戦争はどうでもいいのだ。
実際、大海はミレナ軍に所属しているが、その任務の大半はモンスター討伐で、戦争の匂いを感じることは少ないから、あまり気にならない。戦争は他人事、と割り切れる。
大海(モンスターもどうでもいい。原生生物だから、不必要に縄張りに侵入しなければ安全だし、普段なら仕掛けなければ何もしてはこない。)
モンスター討伐も、結局のところ、両国の領土拡大が大きな目的だ。一般人の居住区周辺の防衛でモンスター討伐を行うこともあるが、来訪者の多くが任されるモンスター討伐の実に80%近くが、領土拡大のためのモンスター討伐である。
モンスターにとっては実に迷惑な話である。そして、そのことについてはモンスターの方がまだ常識的であった。人間から仕掛けなければ、多くのモンスターは人間に襲い掛からなかったのだ。やられたらやり返すが、それは攻撃してきた犯人だけを狙うために、親の敵とばかりに人間全てを攻撃してくるわけではない。。中には人間を見つけると、条件反射のように襲い掛かるモンスターも居たが、それはモンスターの中では圧倒的な少数派だ。
自分の都合でモンスターに襲い掛かる人間と、やられたときだけ人間に反撃してくるモンスター。来訪者である大海には、人間よりもモンスターの方が良識的に見えた。
大海(問題は…難民だな…。)
来訪者の多くは不思議なことに、戦闘能力が高い。それこそ、訓練を終えて実戦配備される寸前の軍人並に、だ。
だが、中には戦闘能力が低く、軍に所属して面倒を見ても、戦果が期待できない者も居た。しかし、そもそも来訪者の数が多ければ、当たり前の話だが、その受け入れにも限界がある。
そこで、レインもミレナも戦果に期待できなさそうな来訪者を国外追放するようになっていた。「訓練したらいいじゃないか」という話もあるが、それならわざわざ来訪者を軍に要れる必要はなく、普通のクライス大陸出身者を雇えばいい。ミレナにしてもレインにしても、軍の上層部を生粋のクライス大陸出身者にするのが精一杯で、その他の部分には来訪者が多く組み込まれているのが現状である。
要するに、レインでもミレナでも、軍人不足だった。それを助けるように来訪者が多く現れたのは事実である。昔、軍人が多く居た頃は、来訪者はそれこそ稀人だった。
国の持つ軍人不足という問題と、戦闘能力が高く即戦力になり得る来訪者。その需要と供給のバランスがあったからこそ、レインやミレナは来訪者を受け入れていたのだが、供給である来訪者の数が急激に増えたので、即戦力にならなさそうな来訪者は受け入れなくなったのだ。
過剰な供給とは言え、記憶を所々失っている来訪者は、望んでクライス大陸に来たわけではない。それを、「戦力が無いから」というだけで放り出すのだからたまらない。
本当ならば大海は来訪者だか不明だったが、ミスルティに回収されて全快してから戦力考査を受けさせられた。「多分来訪者だから」という、よくわからない基準で、だが。だから、大海は自分が来訪者なのか、そうでないのか、そこのところを自覚できずに居る。
大海の場合、問題のその来訪者に関する入国考査は通常1日で決まるはずなのに、7日もかけられてしまった。別に、大海の戦闘能力は高水準であったので、すぐにミレナに入れると思っていたミスルティなどには心底心配させてしまったらしいが。
大海(俺はそれでも受け入れられたからいいけど…。わけのわからない異世界なんぞで放り出されて、追い出された国の敵対国に亡命しようとしたらそれさえ断られて…難民化した人たちは…。)
それが最近、難民同士が集団を形成して、遂には軍を組織したらしい。“らしい”というのは、まだ公表されておらず、軍機に当たる事項なのだが、その難民の集団と難民軍から、何かの要求がミレナ国議会とレイン国議会に書状が提出された、ということを大海が知っているからだ。知っているだけで、事実確認がまだ途中であるために、確証が無いから“らしい”としか表現できない。
しかし、集団化した難民と、難民軍ができるのは大海からすると不思議ではない。異世界で生き残るためには、そうでもしなければ生きていけないということがわかるからだ。
同じ来訪者としては、ミレナ軍ではなく、難民軍に入りたい、と大海は少なからず思っている。もし、公言でもしたら、国家反逆罪でその場で死刑にされるかもしれないことだ。
大海(だけど…。まだ…死ねない。ミスルティにもレイにも、恩返しができていないし…。…智里を元の世界に戻してあげないといけない…。それには国レベルの情報網が要る…。)
ミスルティには拾ってもらった恩を、レイには回復してくれた恩を返したい。文字通り、「命」を助けてもらったわけだから、どのぐらい返せばいいのか、なんてわかるはずもないが、それでも返したいと思っている。
智里は、来訪者の子どもで、戦闘能力なんてもちろん無いから、本来なら追放されるはずの子だ。それを、とあるきっかけで大海が面倒を見ている。来訪者の出身世界なんて同一じゃないだろうから、智里は大海とは違う世界の出身かもしれない。しかし、来訪者として面倒を見る側になった以上、智里を元の世界に戻すまでが「面倒を見る」ことだと思っていた。
元の世界に戻るための方法を模索するには、ミレナという国が持つ力は必要ということもあり、大海はミレナから離れられない。
大海(この3人が、俺が難民軍に行けない理由…。)
勝手な大海の思い込みだが、それこそ今、ミスルティがしがみついているのと同じような枷だと感じてしまう。本気で難民軍に行きたいなら、棄てても構わない感情だろうに、それができないのが大海で、それは見方によってはミレナに居る方が安泰だから、という甘えだろう。
ミスルティ『マスター、私って重いですか?』
大海『…重いな。』
いろんな意味で、と付け足すつもりで居たのに。
重いな、と言った瞬間にはミスルティが自力で立っていて、大海の腹部目掛けて大剣をフルスイングしていた。
…刃を立てず、寝かせていたので、「斬る」のではなく「叩く」感じだ。
大海『ぐぁっ。』
もっとも、斬ろうとしたところで、大海の鎧を切断する程の膂力はミスルティには無いのだが。それでも、普段の大海なら、この一撃にも耐えることもできただろう。踏ん張ることができたはずだ。
ただ、今日の大海は非常に疲れていて、堪えることができなかった。ドカッ、と吹き飛ばされて、無様に地面を転がる。
ミスルティ『え…。マ、マスター!?』
自分で思っていた以上に大海が酷い状況になったので、ミスルティは慌てて大海のところに駆け寄る。
流石に人目を引いてしまって、「痴話喧嘩か?」というような声もちらほらと聞こえたが、それに構っている心理的余裕は、今のミスルティに欠けていた。
大海『うぅ…。』
ミスルティ『どれだけ疲労困ぱいなんですか、マスター!』
そう言いながら、大海の肩を掴みながらミスルティは訊く。少し乱暴だが、そうでもしなければ大海の返事は得られないと判断したからで、実際、大海は乱暴でもそうされなければ、意志を繋げないほど疲れていた。
大海『一昨日から…、カイの奴とエリザベス・フォン・紫藤の刀剣展示を見に行ってから…。』
ミスルティ『…羨ましい。』
大海『へ?』
ミスルティ『…いえ、何も。』
大海は何ともないように言っていたが、エリザベス・フォン・紫藤と言えば、刀剣専用の鍛冶師としては珍しい女性でありながら、その腕はミレナでも屈指という人だ。
つい最近まではスレイヤー専用のものを作っていたのだが、今ではナイトやマーシナリーのものまで作成している。スレイヤー専任だった頃から需要は高いのだが、彼女は個人でやっているので、供給が追いつかない。小さい鍛冶屋ひとつで頑張っている所為だ。
そんな彼女の刀剣展示、というのも実は招待制であって、呼ばれた人の中から彼女が次に刀剣を作る相手を選んでいる、というのは有名な話だった。そんなわけで、彼女の刀剣展示に行く、というのはミスルティにとっては羨ましかった。
ミスルティも一度だけエリザベスの作った“刀”というものを見たことがあったが、あれは正に実用と美を兼ね備えたものだ、と素直に感激したぐらいだ。アレは、是非ともスレイヤーの正規装備品にしてもらいたいとも思う。
ただ、エリザベスはどうも気紛れな性格らしく、愁紀というスレイヤーに作ったらしい“断剣”なるものを見たときは、絶望に近いものを感じた。正直な感想は、『ナマクラな鉄板』であり、刀剣とは呼べない代物だったからで、スレイヤーの究極的な目標である一撃必殺を不可能なものにしていた。どれだけの技量や膂力を誇っても、斬鉄ができない欠陥品だったが、作成者であるエリザベスや所有者である愁紀曰く、「素晴らしいまでに使用者(俺)に合わせた芸術品」だと言う。それなのに、愁紀はその断剣をモンスター討伐にたまに使うぐらいで、対人戦や戦争には振るっていないのだから、ミスルティとしては「玩具か失敗作のどちらか」としか思っていないわけだが。
まぁ、刀剣展示に行くのが羨ましいのはそれだけではない。何せ、エリザベスという人は顔を表に出すことが少なく、せっかく作ったものさえ、彼女御用達の仲介人を通してしか販売しない。作るときでさえ排他的に過ごし、売るときでさえ人前に出てこないため、彼女は「顔を見せない鍛冶師」としても有名だからだ。一部では“シコメ”なのではないか、と噂をされるぐらいだったのだが、刀剣展示をするようになってからは、その場にだけは顔を出すようになっていた。刀剣展示に招待された人は自慢こそすれ、彼女については語ることがなかったため、ミスルティも気にしているところだ。できれば大海に彼女の詳しい容姿や言動などは訊きたいところだが、今のタイミングでは難しいな、とミスルティは話を進めてもらうことにした。
ミスルティ『どうぞ?』
話を続けてください、という意味である。
大海『エリザベスさんに名前を訊かれたから答えたら、何かもう凄い騒がれて、そのまま、俺の武器を作ってくれるって言うから…。彼女の鍛冶部屋に連れ込まれてから…えっと、まぁ、そんなことで今まで起きっぱなしだな。』
言ったことでどれだけ酷い状態なのか、自覚できたのだろう。
見る間に大海の顔色は青ざめてくる。
話を途中で切ったのも、後ろめたいことがあるわけではなく、話すことが面倒になったからだ。
ミスルティ『って、マスター。休みましょうよ…。』
大海『でも…。今夜は…ユーティーに剣を渡さないと…。』
そう言っている間にも、大海の頭は舟を漕ぐようにうつらうつらと揺れている。
ユーティーというのは、マーシナリーの特殊部隊、「戦鬼の徒」の隊長で、女性だ。
どういうわけか、彼女は自分で剣を購入したり選択せずに、大海に代理で買ってもらったものを受け取るようにしていた。
ミスルティ『私の前で他の女性の話ばかりとは…。マスター、嘆かわしいです。』
大海『…いや…。だってお前…。最近、ギルドに出向していて会わないじゃんか…。』
もう大海は目を閉じて会話していた。目を開ける、ということすら重労働なのだろうが、ちょっとおかしい光景だ。
目を閉じたまま、大海は息も殺し始めた。本格的に辛くなったので、身体の機能を弱めているのだということは、ミスルティにもわかったので、もう大海にはこのままでも寝てもらうほうがいいと判断できた。
ミスルティ『マスター、寝ても構いませんよ? 私がナイト宿舎まで運びますから。』
大海『…もう、いいや。』
女性に運ばれる、ということが世間体の問題で嫌だったが、大海は受け入れたかのように、口も閉じた。そしてそのまま、内臓の動きまでも鎮静化させる。一種の仮死状態だが、ヨガや瞑想でやるものと一緒で、そうした方が短時間でも充分な休憩を取ることができる。大海のこの技術は、数少ない“覚えていること”のひとつだ。
ミスルティ『ふっふっふ…。って、ちょっ…。』
沈んでいく、という自覚の中で、ミスルティの慌てた声が聞こえた。
??『退いて…ミス…が…。』
ミスルティ『ふざけ…ずっと見ていたわけ…。』
??『そう…タイミング……だから、…が…。』
ミスルティ『わからな…私の…権利執行…。』
??『なら…身体に………。』
ミスルティ『望むと…加減…。』
大海(何、レイ…?)
聞き覚えのある声がミスルティと言い合っている、と思ったのも長続きしなかった。
あっという間に意識が沈み、大海は気絶するように眠りに入った。
ここでもう少し起きていたら、大海の次の寝覚めも良くなっていただろうに、大海は眠気に逆らわなかった。それが原因で、大海が目覚めたときには悲劇、いや喜劇かもしれないが、それが展開されることとなる。
…その話は別のときにでもしよう。
そんな3月5日のミレナでのヒトコマ。
ここから更新したんだよっ
大海が起きたときには、何故か、女性のマーシナリーであるユーティーが大海の部屋の椅子に座って眠っていた。
何事だろう、と思って部屋から出ようとしたところで、部屋の前にある廊下には力尽きたようにボロボロになった状態の女性スナイパーであるレイと、女性スレイヤーのミスルティが倒れこんでいた。
力量差がありすぎるから、レイがミスルティを圧倒できるはずなのに、両者ともに負傷度合いが似たり寄ったりだ。
大海『…何、これ?』
ミスルティとレイが居るのは昨日の曖昧な記憶には残っていたが、ユーティーが居ることだけは理解できない。呆然と、廊下に出るでもなく、部屋に戻るでもなく、微妙な位置で立ち尽くした。
大海(っていうか、何でナイトの宿舎なのに…。)
レイはスナイパー、ミスルティはスレイヤー、ユーティーはマーシナリー。ナイト専用の宿舎である、この建物に入る権限が無い顔ぶれだ。隊長クラスであるユーティーなら、場合によっては、この宿舎に入ることはできるのだが、その場合とは有事のことだ。
有事で入ってきたなら、大海の部屋で寝ることは考えられない。
大海『…どうしろっての…。』
バタン、と隣の部屋のドアが開く音がした。確か隣は、この宿舎の管理人だったはずだ。
ニナ『…島袋大海。』
大海『は、はいぃぃっ!?』
一番会いたくなかった、宿舎の長であるニナ・フレウ・バスターフィールドが出てきたのだから、大海は声を裏返しながらも返事をする。
「何でさっさと自室に篭らなかったんだ」という自分への罵倒を胸に、だ。
ニナ『…。貴様、後で“それ”の説明をしてもらうぞ。』
転がっているレイとミスルティを見ながら、冷たい声と表情でニナが告げる。
2人とも、この宿舎に居ること自体が問題なのだが、戦闘でもしたかのように見えることが余計に深刻だった。
宿舎内で私闘は、禁止事項のひとつである。
大海『あ、は、はい…。』
いそいそと大海は部屋に下がった。もちろん、ミスルティもレイも廊下に放置する。
そして急いでドアを閉じる。ニナの言動から、まだユーティーが居ることはバレてないと確信できたからだ。
ユーティー『くっくっく、大変だな、汝れ。』
大海『…全くだ。』
口調がはっきりしているから、ちょっと前からは起きていたのだろう。ユーティーが笑いを堪えながら声をかけてきた。
ユーティー『…あぁ。我なら、汝れから剣の引き渡しがあるということで、許可は得ている。ニナは我が居ることを承知しているからな?』
えらく芝居がかった言葉遣いをしているが、それさえ直れば、軍でなくてもやっていけると大海はユーティーを評価していた。
外見は美人だろう。黒髪で、膝近くまで達する長髪。細身の長身は猫を思わせた。マーシナリーとしての腕は男性もかくや、というレベルだったし、戦果も凄まじい。楽器にも明るければ、声楽でも学んでいたのか歌も上手だった。マーシナリーの鎧からはあまりわからないかもしれないが、かなり強くさらしを巻かないと鎧が着れないぐらいに胸はあったし、本人は鎧を着用する度にそのことで愚痴を漏らしていた。
ただ、顔付きは性格でも出たのだろうか、切れ長の目に代表されるように、綺麗な作りをしていても、温かみを感じるのは少し難しく、どこか鋭かった。
クールビューティーと評しても構わないだろう。
そのユーティーなら、来訪者だからと言って軍に入らなくても、ミレナの貴族に、あるいは王族に気に入られることは難しくないと思えた。そうして結婚できれば、来訪者して元の世界に戻ることが不可能になるかもしれないが、ミレナという国で戦闘という危険に晒されることもなく、安泰に暮らせただろう。
…言葉遣いさえ、まともなものになれば、そんな道も選べるのに。その思いがあるから、大海はユーティーに言葉遣いを直すように言うのだが、ユーティーは聞いてくれない。
大海『えー…。本当? どうしよう…。っていうか、どうしてくれるんだよ!』
ユーティー『して、我の剣は?』
大海の抗議は無視して、ユーティーは自分の用件だけを伝えてくる。
あまり得物に頓着しないユーティーは、大海に自分用の剣を選んでもらっていた。来訪者でありながら、マーシナリーの特殊部隊隊長を務めるユーティーなら、自分の剣を特注する権利だって持っているのだが、その権利を使うこともなく、ユーティーは大海に剣を購入することを頼んでいた。
そのことから、ユーティーと大海が親しい関係にあるのではないか、と推測する人間も居るが、事実はそうではない。
理由は単純で、ユーティーと大海が他数名とモンスターハントをしていたとき、ユーティーが剣を2,3本もダメにした上で、他人から剣を借りてハントをしていたからだ。剣をダメにするペースが酷く早かったので、ユーティーの剣の強度を気にした大海が調べさせてもらったのだ。そうすると、ユーティーは安物の剣を購入していて、自分の腕に見合ったものを買っていなかった。そこで、大海がユーティーに見合う剣を購入すると言ってしまったのが運の尽きだった。
強打癖とでも言うのか、ユーティーはどれだけ強度を誇る剣を与えても、2,3回の戦闘でダメにしてしまう。
おかげで、ユーティーは大海の元に2,3日に1回というペースで大海に会うことになっていた。
大海『うん…。これ。』
床に置いてあった1ダースもの本数のある剣から、2本をユーティーに渡す。
ユーティー『ふむ。…助かるな。』
大海『いいけどね…。』
ユーティー『アテにしているぞ、大海?』
そう言って、大海が示した金額を、ユーティーは剣の代金として手渡した。
大海『今度は自分で買ってよね…。』
ユーティー『そう連れないことを言わないで欲しいものだな。我は汝れと会うこと、楽しみにしているのだが?』
こういうことを外でも言うから、俺なんかを恋人にしているんじゃないかって誤解されるんだ。そう大海は思うが、もちろん口にはしない。
口にするのは、違うことだ。
大海『そうやってからかうのはやめてください。本気で受け取ってしまって、剣以外にもケーキと紅茶まで準備したくなりますからね。』
言い返したぞ、と思うときには、もうユーティーはレイとミスルティを跨いで廊下に出ていた。
ユーティー『ふん? まぁ、そういうことにしておいてやろう。』
わざわざ振り向いて、あまり見せない笑顔で言ってくるのだからたまったものではない。
美人なのに、綺麗な笑顔ではなく、可愛く見えてしまう笑顔で来るのだ。こんな笑顔は、初めて見た。
ユーティー『ふん、こういうのが好みか。』
その直後にこのセリフだ。
大海『な!?』
ユーティー『からかっただけだ。また頼む。』
そう言うと、ユーティーは行ってしまう。
大海『…。はぁ…。疲れた…。』
レイとミスルティが起きるまでは、ニナのところに行かなくていいか。そう結論付けて、大海はまたベッドに倒れこんだ。
そんな3月6日のミレナでのヒトコマ。
