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博物館戦争(前編) - (2007/07/26 (木) 23:07:25) の1つ前との変更点
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**博物館戦争(前編)
高嶺悠人と衛は、新市街の細い裏路地をひたすらに走り続けていた。
途中で思わず転びそうになる衛の手を握りしめ、悠人は思う。
(こんな事ならば、衛に「ローラースケートを脱いだほういい」なんて言わなければよかった)
だが、それを後悔しても仕方が無い。
今の二人は襲撃者から逃げる真っ最中なのだから。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
話は二人の逃避行から少しばかり前、定時放送の時にさかのぼる……。
「うそ……」
定時放送で死者の名前が呼ばれ終えた直後、衛は思わず体を起こした。
その顔は青ざめており、唖然とした表情を浮かべている。
「衛、どうした?まさか!?」
「今……四葉ちゃんの名前が呼ばれた……」
震える声で搾り出すように呟く衛。
悠人もそれが何を示すのかすぐに察したが、再度衛に問い直す。
「落ち着け衛!四葉ちゃんという子は、お前の知り合いなんだな?」
「そう……だよぉ……」
「そうか……(違うな、衛の様子からして恐らくは親友あるいは姉妹なんだろう)」
そう言ったあと、衛はうなだれたまま悠人に体を預けてくる。
悠人にすがりつき涙を流す衛。
声を上げて泣いてもかまわないはずなのに、それでも耐えようとする衛の姿から「四葉」という子と、衛の仲が親密なのは悠人でも想像がついた。
(考えてみれば、衛の知り合いが参加していてもおかしくなかった……もっと早く気が付いていれば……)
思えば、アセリアやエスペリアの事は気にしていたものの、衛の知り合いについては、衛本人の口から名前が出た涼宮遙ぐらいしか気にしてなかった。
しかし、他に衛の知り合いがいるなら早く保護しなければならないだろう。
悠人は衛の頭をなでながら、少しでも落ち着かせようと話しかける。
「教えてくれ。その四葉ちゃんという子以外にも衛の知り合いが参加しているのかどうか」
「うっ……ううっ……咲耶ちゃんと……千影ちゃん……」
衛の口から出た名前を聞くや、悠人はまだ拡げていた名簿に目を走らせる。
(いた……「咲耶」と「千影」……これが衛の知り合いか)
(先ほどの死亡者に彼女たちの名前は含まれてなかった。ということは、まだどこかで生きているわけだな)
二人の名前を確認した悠人は、再び衛に話しかける。
「衛、今からでも遅くない。一刻も早くその咲耶ちゃんと千影ちゃんという子を探し出して保護しよう」
「ぐす…………えっ?」
「四葉ちゃんという子については遅すぎたと思う。だけど、これ以上犠牲者を増やすわけにはいかないから」
「悠人さん、ありがとう……」
悠人の言葉が多少は慰めにでもなったのだろうか、衛は涙を拭うと少しだけ笑ってみせた。
(強い子だな……普通ならもっと大声をあげて泣いても可笑しくないのに……)
無理して笑って見せようとする衛の姿を見て、悠人は思わず胸が締め付けられそうになった。
しかし、衛の話を聞いた以上は此処を離れて当初の予定通り新市街へ向かわなければならない。
悠人と衛は、すぐさまディパックを手にするとすぐにハイキングコースを下り始めた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
朝の新市街は、真っ暗な中をランタン片手に歩き回った時と比べ、町の様子がハッキリと分かる。
あの時間帯では見えなかったり気付かなかったものが、今はよく見えた。
(だからと言って、何かが大きく変化したわけじゃないけどな……)
悠人は衛の手を握り、新市街の大通りを歩く。
猫の子一匹いない市街地は、朝方とはいえ静まり返っており不気味なほどだった。
「衛、大丈夫か?」
そんな中、悠人は衛の様子を気にして声をかける。
精神的には落ち着いているみたいだが、その表情はどこか沈んでいる。
いや、だからこそ悠人も余計気になっていた。
「うん、大丈夫だよ悠人さん……(悠人さん、ボクの事気にしてくれてありがとう……)」
「そ、そうか。それならいいんだ(こりゃ早く衛を落ち着かせられる場所を探さないといけないな)」
他愛のない会話だが、今の二人にはそれだけで十分過ぎた。
衛は悠人の言葉に笑顔を作って応え、悠人にはその笑顔が自分に気をきかせて無理して笑っている様に感じられた。
そして、衛は強く思う。
(遙あねぇが死んだとき「もう泣かない」って決めたけど、四葉ちゃんが死んだって知った時泣いちゃった……)
(でも悠人さんが、咲耶ちゃんや千影ちゃんを探してくれると言ってくれた。悠人さんにも会いたい人がいるかもしれないのに)
(それに、四葉ちゃんが死んで一番悲しいのはきっとあにぃだから。今、ボクが泣いたらいけないんだ)
(決めた。二人と無事会えて無事に帰れたら、咲耶ちゃんや千影ちゃんと一緒にあにぃを慰めてあげよう。それが一番なんだ)
(そうだよね。遙あねぇ、四葉ちゃん……)
衛は心の中で今は亡き二人の顔を思い浮かべ、そしてもう一度「今はまだ泣かないんだ」と誓う。
何かが飛来する音がしたかと思えば、衛の後ろから爆発音と衝撃が響いたのは、その直後だった。
思わぬ出来事に、衛は前へ躓き、地面へ倒れそうになったところを悠人に支えられる。
悠人の顔を見ると、彼も何が起こったのかという表情で爆発音の起きた場所を見ていた。
「い、一体何が……っ!!」
爆発の起きた箇所を見た悠人は。思わず眼を見張った。
つい先ほどまで衛が歩いていた場所の後方、オフィスビルの壁面が爆発物でも叩きつけられたかの如く派手に壊されていた。
外壁表面のタイルはおろか、その下地であるコンクリートも破壊されて鉄筋が露出している。
それを見て悠人は、自分たちが狙われた事を一瞬で悟った。
(俺達を狙った狙撃か!)
すぐさま、衛を抱きかかえた悠人はオフィスビルの谷間である路地に駆け込んだ。
そして、自分の後方に衛を隠すと、身をかがめて様子を伺い自分たちを狙った相手を探す。
(あの壁の壊れ方からすると、相手はバズーカ砲かミサイルでも撃ってきたのか?どっちにしてもこのままじゃ危険だ)
(どこだ、どこから狙ってきた…………あれか!)
眼をこらした悠人は、物体が飛んできた方向からおおよその見当をつけ、そして自分たちを狙った相手を遂に特定した。
大通りの中央分離帯、その植え込みを挟んだ反対車線――距離にして10数メートル程向こう――に停車する車が一台。
そのボンネットの上から不自然に突き出している一本の棒……。
いや、違う。
それは、二脚に支えられたライフルの銃身だった。
そして、その向こう側にいたのは青い長髪の少女と、栗色のショートカットの少女……。
(あの二人か、あの二人が狙ってきたのか……まずいっ!)
しかし、悠人に考える余裕は与えられなかった。
相手もこっちに気が付いたのか、その銃口をこちらにずらしてきたからだ。
すぐに危機を察知した悠人は、衛のいる位置まで走って後退する。
直後、先ほどまで悠人のいた辺りから道路側へ出た辺りにライフルの弾が命中し、歩道の石畳を無残に吹き飛ばした。
「衛、逃げるぞ!」
「うん!」
悠人は衛の手をとると路地を走り、ビルの反対側を目指した。
圧倒的に不利なこの状況を打開するには一旦逃げるしかない。
それが最良の選択だった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
二度目の狙撃で歩道に生じた爆煙が薄れる頃、当の襲撃者たちは傍目から見ればにぎやかそうな
――その内面は煮詰まったヘドロの如くドロドロした感情がうずまく――会話をしていた。
「二発とも外れちゃいましたね。ネリネさん、言い出したからには一発目で殺してください」
「こんな大きな銃、私が扱えるわけがありません。音夢さんはその程度のこともお分かりになってなかったのですか?」
「ふ~ん、でもネリネさんは『銃を貸して欲しい』って言っただけですよね。それならどの銃を貸りたいのか具体的に言えばよかったじゃないですか」
片や、射撃後の反動により痛みが残る右肩をさするネリネ。
片や、貸した九十七式自動砲をディパックにしまいながら、ネリネに言い返す朝倉音夢。
その会話を聞きつつ、唯一車から降りなかった女性、小町つぐみは二人の行動に呆れながらも運転席で今後の事を考えていた。
(おバカさんと言っても、ここまでバカとは思わなかったわ……。それよりも、あの逃げた二人をどうするのかしら)
そもそも、悠人と衛への襲撃は二人を発見したネリネが言い出した事であり、三人のスタンスの違いが生んだ結果でもあった。
定時放送のチェック後、新市街の大通りを車で走っていた時、ネリネは遠方から通りを歩く悠人と衛を発見した。
こちらの様子に気が付く感じもなく、近寄ってくるわけでもない二人に、今奇襲を仕掛ければ間違いなく殺れると
判断したのがネリネであり、それに乗ったのが音夢だった。
もともとネリネのスタンスは、稟を探す途中で発見した人間は皆殺しにするというものであり、
音夢も殺す事でメリットが得られるなら殺人を躊躇しない、というスタンスだったから奇襲が
実行に移されたのもある意味当然だった。
一方でつぐみは、二人の殺人を黙認していたからこそ何も言わなかった。
むしろ、殺人の成功より、二人を牽制させる好機と捉えていたから、何も言わなかったというのもある。
奇襲が成功すれば単に参加者が消えるだけであるからそれでよし、失敗したら失敗したで
二人が今以上にいがみ合えば、それで色々と立ち回りやすくもなる。
だからこそ、裏方に徹する事としていたつぐみは判断を二人に委ねた。
結果として、大通りを歩く二人の移動地点を予想して先回りし、音夢がネリネに銃を貸したところまではよかったが、
奇襲は完全に失敗し、逃げられたというわけだ。
もっとも、つぐみには「狙撃」という二人の銃の腕からすれば、成功の見込みが薄い方法ではなく
「ギャング映画の如く、後方から車を寄せて近づき、追い越しざまに拳銃を至近距離で乱射する」というプランを立てていたが、
敢えてその方法を二人に教えるつもりは無かった。
彼女達三人は、目的の為に互いを「利用する」という立場にあるが、そこに「友情」や「信頼」という言葉は一切存在しない。
つぐみにすれば音夢もネリネも、いつ自分の寝首をかくか分からぬ人間である。
彼女にすれば、そんな人間に効率の良い人の殺し方をレクチャーしてやる気は、さらさら無かった。
だが、奇襲が失敗した以上、自分達の事があの逃亡した二人から他の参加者へ伝わるのは確実であり、
放置すれば車内にいた自分はともかく、音夢とネリネにとっては色々と厄介なことになるのも事実だ。
だからこそ、つぐみは次の手を考え、車外の二人に声をかけた。
「そんなことよりいいのかしら?逃げた二人を放って置いても?」
「「あ!」」
つぐみの一言を聞いて事の重大さに気が付いたのか、同時に声をあげた音夢とネリネは、すぐさま助手席と後部座席に乗り込む。
「すぐ追いかけて下さい!まだ兄さんを見つけてもないのに邪魔されたら!」
「あの二人は見つけ次第殺さないといけませんから、逃げた方向に向かってもらえますか」
「なら、東へ向かう事になるわね」
すぐに車は走りだした。
二人が逃げた「東」に向かって。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「どうやら、行ったみたいだな」
車が東に向かって走り去り、そのエンジン音が徐々に小さくなるのを確認した悠人は、先ほど逃げたビルの路地から衛と共に姿を現した。
「悠人さん、上手くいったみたいだね」
「ああ、でも戻ってくる可能性もあるから、すぐここから移動した方がいいな……」
二人は東に向かって逃げたが、実際には本当に東のエリアへ移動したわけではなかった。
ビルの路地を抜けて移動したのは事実だったが、路地を抜けたところでオフィスビルの裏口から
建物の中に進入し、あたかも猛スピードで東へ移動したかの様に見せかけたのだ。
それに、悠人もあの車に乗っていた人間を騙しきれるとは思っていない。
時間稼ぎぐらいは出来るだろうけど、そこまでだと考えていた。
(しかし、車を使う参加者がいるとは思わなかった。こりゃ気が付いたらこっちに戻ってくるのも時間の問題だ)
その場を離れつつ、悠人はこれからの事を考える。
(あの時確認できたのは青い髪と栗色の髪の少女、あと窓ガラスでよくわからなかったが、運転席にも一人乗っているみたいだったな……)
(そうなると、最低でも襲撃者は三人か……。いや、あの車のサイズからして四、五人は乗っている可能性があるということか)
(最悪2対5という事になったら市街地を動き回るより、どこかに立てこもって戦う方がいいかもしれない。そうなったら)
ここから近くてそれなりの広さがあり、加えて罠を仕掛けたりしやすい場所……。
そうなると選択肢は一つ――博物館――しかなかった。
「衛、博物館へ行くぞ。結構走らなきゃならないけど、いいか?」
「うん!」
衛が頷くや悠人は衛の手を引いて一気に走り出す。
二人が目指すは博物館!
博物館に到着するや、二人は博物館の敷地へ入る北側の入り口である正門の鉄製扉を閉めて、扉に付属していた南京錠をかけた。
これで、襲撃者が車両ごと敷地内に進入することは不可能になったわけだが、コレだけでは終わらない。
悠人は館内に入ると、衛へ扉に鍵をかけ、窓のカーテンやブラインドを閉めるように言って、自分は館内を一通り見て回った。
博物館の中には自分たち二人しかいない事を確認した悠人は衛を手伝い、作業を終えると博物館1Fの一室
――職員用の事務室――へと入った。
(まさか、あの時の探索がこんな形で役に立つとは思わなかった)
悠人は薄暗い博物館の中、唯一照明の点灯している事務室で、夜明け前の暗い博物館をランタン片手にくまなく歩き回った事を思い出す。
あの時の探索では誰とも会えなかったが、今ではあの行動も無駄にならなかったと思える。
一方、悠人の隣では衛がさすがに疲れたのか、椅子に座ってへたり込んでいた。
そんな衛を見ながら、悠人は襲撃者が来たときの事を考える。
(遅かれ早かれ、連中がここに俺達がいる事に気づくのは間違いない。問題は、襲撃してきた人間とどうやって戦うかだ)
(あれを使うしかないのか……)
思わず、森の中で回収した刀と拳銃2丁が入ったディパックに眼がいく。
予備の弾もあり、戦い方次第では自分と衛だけでも襲撃者を全滅、あるいは戦闘不能に出来るかもしれない。
そこまで考えて悠人は頭を振る。
(ダメだ。相手が乗っているとはいえこっちが相手の土俵に上がるわけにはいかない。それに、衛に人殺しはさせたくない)
衛がこの島で起きている現実を見ても自分を見失わないのはいい。
しかし、乗って無くとも人殺しをさせていい理由などあるはずがない。
(一体どうすれば……ん、待てよ)
そこで悠人はある事に気づいた。
それは夜明け前に気が付かなかった事で、ごく当たり前だからこそつい先ほどまで気づかなかった事。
(考えてみればこの建物は電気が生きているんだ。だとしたら……)
悠人はすぐに事務室と繋がっている給湯室へ向かい、シンクの蛇口をひねる。
思ったとおり、蛇口からは水が出た。
それを見た悠人の頭にあるアイデアが閃く。
上手くいけば、相手を殺さず戦闘不能にする事が出来るかもしれない。
悠人は振り向くと、まだ休んでいる衛に声をかける。
「衛、疲れているところを悪いけど、もう一働きしてくれないか」
「悠人さん?」
「いいアイデアを思いついたんだ。実は……」
悠人は衛にそのアイデアと必要な下準備を教えると、自分はそれに必要なものを作るため、事務机の上にあったカッターナイフを手に取る。
それからまた暫くの時間が経過し、必要な準備が終わる頃、建物の外から車の音が聞こえてきた。
「丁度いいタイミングで来たな」
悠人はそう呟き、博物館の二階へと駆け上がる。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
博物館の正門前に、つぐみ、音夢、ネリネの三人を乗せた車が到着したのは最初の襲撃からかなりの時間が経過してからだった。
ここまで時間を浪費したのは、音夢とネリネの二人が「嵌められた」と気づくのが遅れたことと、
一番最初に気づいていたつぐみが何も言わなかったことが大きな原因だった。
(それにしても思った通りね)
車から降りる二人には眼もくれず、閉じられた通用門を見てつぐみは思う。
「思った通り」というのは、逃げた二人にハメられた事でもなければ博物館へ逃げ込んだ事でもない。
相手が思った以上に頭の回る――自分はともかく音夢やネリネ以上に――という事についてだった。
うすうす感づいてはいた。
あの時、逃走したとはいえ足で車の追跡を振り切れるはずがない。
そうなったら、むしろ一直線に逃げるより、途中で車の進入できない脇道を通って来た方向を引き返したと
考える方が正しく、まだ「C-3」エリアにとどまっていると考えてしかるべきだった。
加えて、その逃走がただやみくもに逃げるだけのものでなく、むしろ「戦術的撤退」だったのならば
逃げた側は、自分たちが戦いやすい場所をあらかじめ設定しているともとれる。
そうして考えると、この博物館にあの二人が逃げ込むのは必然と言えた。
彼女が警戒したのは、車両用の通用門が閉じられているにも関わらず、その横にある小さな人間用の通用門が開いている事だった。
逃げ込んだ人間が、逃走用に開けておいたとも考えられるが、この場合はむしろ「こちらを誘っている」とつぐみは考えた。
つまり、中にいる人間は建物内に入った者を撃退する策を持っていると考えるべきであり、迂闊に入っていいものではない。
にも関わらず、つぐみは音夢とネリネにその事を告げなかった。
自分たちが嵌められたと最初に気づいたときと同じように。
重ねて説明するが、彼女たちは互いを利用するというだけの関係にあり、そこに「仲間への気遣い」なんてものは一切ない。
最初に嵌められたと気づいた時も、彼女はただ二人の言うがままにハンドルを切っていただけである。
下手に気づいた事を言って双方から睨まれるより、気づかなかった事で互いに罵り合ってくれた方が自分にとっても都合がいいからだ。
そして今、博物館に到着し、これから内部に侵入しようとする二人に忠告をしないのも同じこと。
二人が建物内にいるであろう、逃走した二人によって返り討ちにあって消耗するか互いの感情をむき出しに殺しあってくれるのもよし。
少々早いが、いずれは機を見て捨てる事を考えればここで放り出すのも悪くはない。
(それに、顔が割れてないというのもあるわ)
そう、つぐみは三人の中で唯一逃走した二人に顔が割れてない。
だから、自分が音夢やネリネと一緒に建物内へ入って一戦交えることへのメリットも感じてなかった。
「つぐみさんは入らないのですか?」
そんな彼女の思考を中断させたのは音夢の声だった。
しかし、ネリネは傍にいない。
「私は行かないわ。それよりネリネはどうしたのかしら?」
「ネリネさんなら、さっさと裏口の方へ回っていきましたよ」
そういえば裏口というものがあったわね、と正面の敷地全体図を見ながらつぐみは思う。
槍しか武器のないネリネの事、大方裏口から逃げようとする二人を狙うつもりなのだろう。
だが、こういう場でも協力いや互いを利用しようとしないところに音夢とネリネ双方の不仲がはっきりと分かる。
(もっとも、あれだけ最悪の出会い方をしたら、別行動をとってもおかしくないわ。そのほうが私にも都合がいいんだけど)
「ところで、音夢はネリネと一緒に行かないのかしら?裏口へ」
「自分から殺すと言っておきながら失敗する人なんかと、一緒に行動したくありませんね」
「そう、それならせいぜい彼女を囮なり弾除けにでもすることね」
自分が音夢と最初に出会ったときに言われた台詞を放つつぐみ。
それを聞いた音夢も、「ええ、そのつもりですよ」とでも言わんばかりの表情を返すと、通用門の方へ向かおうとした。
が、そこで足を止めて振り返る。
「中に入らないとして、つぐみさんはどうするんですか?」
「手持ち無沙汰になるのも何だから、東に行くわ。車も手に入ったことだし」
「へ~、逃げるんだ。いい身分ですね」
「何とでも言えばいいわ。でも、お兄さんを連れて来たら話は別でしょう?」
「それは、そうですけど……」
「安心なさい。次の定時放送にはここへ戻るわ。その頃にはここでの戦闘も終わっているでしょうし」
不満ありありながらも、音夢が自分の主張を承諾した事を確認したつぐみは「ネリネにも伝えといて」と言い残して車を東に向けて走り去る。
それを見届けるまでもなく、音夢もまた通用門をくぐって博物館の敷地に侵入した。
つぐみが戻った時、純一を連れて来ずに自分の探している武という人物や、ネリネの探している稟という人物だけ
連れてきた時は、役立たずと判断して容赦なく撃ち殺すという感情を秘めて。
一方、裏口へ回ったネリネは、博物館の敷地の角を曲がったところでその歩みを遅くしていた。
音夢がそうであるように、彼女もまた最初から一緒に手を組んで戦うつもりなど更々なかった。
だが、ネリネはこれを一つのチャンスと考えていた。
(お二人が正面から入って苦戦すればいいのです。そして中の人間を排除して疲労したところを……)
(その為には、同じタイミングで裏口から入って挟み撃ちにする必要はありませんね)
そう思うと、自分はわざと遅れて到着したほうが都合がいい。
当初の計画と多少変わってしまうが、そんなものは稟を助ける事からすれば瑣末なことに過ぎないのだから。
(せいぜい頑張る事ね。お二人さん)
車のハンドルを握りながら、つぐみは心の中でほくそ笑む。
「正午には戻る」と音夢には言ったものの、それは嘘と事実が半々に交じり合ったものだった。
確かに、二人が探している朝倉純一、土見稟の両名を発見したら博物館前に戻るのは事実だ。
しかし、自分が探してる倉成武を最初に発見したときはこの限りではない。
武と合流すればあの二人に用はない。
いずれは切り捨てるのなら、それが早かろうと遅かろうと同じ事。
それに自分たち三人は「互いを利用しあう」だけであり、そこに「四六時中行動を共にする」などという取り決めはないし、
二人が切り捨てられた事に自分への殺意を露わにしても、気にするつもりは無い。
(その時は容赦なく殺すけどね)
そこまで考えたつぐみはアクセルを踏み込むと更に東へ向かって車を走らせる。
とりあえずの目的地は住宅街、そして病院だ。
【C-3市街地東側 新市街/1日目 時間 朝】
【小町つぐみ@Ever17】
【装備:スタングレネード×9】
【所持品:支給品一式 天使の人形@Kanon、釘撃ち機(20/20)、バール、工具一式】
【状態:健康(肩の傷は完治)】
【思考・行動】
基本:武と合流して元の世界に戻る方法を見つける。
1:ゲームに進んで乗らないが、自分と武を襲う者は容赦しない(音夢とネリネの殺人は黙認)
2:車で東へ移動し武、朝倉純一、土見稟の捜索を行ない、これを発見したら保護して正午には
博物館前へ戻る(ただし、最初に倉成武と合流したときはこの限りにあらず)。
3:音夢とネリネを利用する(朝倉純一と土見稟の捜索に協力)
4:音夢とネリネが利用できなくなったら捨てる。
【備考】
赤外線視力のためある程度夜目が効きます。紫外線に弱いため日中はさらに身体能力が低下。
参加時期はEver17グランドフィナーレ後。
※音夢とネリネの知り合いに関する情報を知っています。
※車はキーは刺さっていません。燃料は軽油で、現在は少し消費した状態です。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「一人が裏に回って……もう一人が正面から、車が走り去ったということは襲撃者は二人か……」
博物館の2F、悠人はその窓の一つから正面側の様子を伺っていた。
カーテンをわずかにまくって見たところ、どうやら車から降りたのは二人だけ。
そして一人が敷地の外から左側に回りこんだという事は、裏口と正面の両方から攻めて来ると悠人は判断した。
走り去った車の移動先が気になるが、当面は攻めてきた襲撃者への対処が先だ。
そして、人数が二人だけというのは悠人を多少は安堵させた。
最悪5人を相手にすることも覚悟していたが、二人ならば1Fに仕掛けた罠で何とかなるかもしれない。
もっとも、その安堵も一時のもので油断しているわけではない。
ここで気を引き締めなければならないからだ。
(万一の時は「あそこ」に退いて「保険」を使うしかないな。衛の持っていたアレも役に立つだろう)
そう考えているうちに、表の襲撃者は通用門をくぐって敷地に侵入して来るのが見える。
すぐさま悠人は1Fに下りて、衛と最後の打ち合わせをした後、あらかじめ準備しておいたポジションについた。
(佐祐理さん、あなたもバカですね。私と一緒にいれば死なずに済んだんです)
博物館の正面玄関を目指す音夢は途中、第一回放送で呼ばれた死者の名前を思い出す。
兄である純一が生き残ったのはうれしかったが、反面殺そうと思っていた芳野さくら、白河ことりの名前が呼ばれなかったことに舌打ちしていた。
そして、倉田佐祐理。
自分は彼女へ泥棒猫である二人の殺害に協力するよう言っただけ。
にも関わらず、彼女はこう言って自分のもとから逃げていった。
「そうですか。なら佐祐理は――三つ目の選択肢を選びます!」
そう告げて――。
その後、彼女がどのような道をたどったかは音夢が知る由もない。
だが、三つ目の選択肢の果てが「死」だったとあっては笑うほかない。
彼女がどのような最後を遂げたかは知らないが、あの別れ際の言葉と「死」というギャップに音夢は冷笑を浮かべていた。
そうしているうちに、建物の正面玄関へとたどり着く。
ドアノブを引いてみるが、どうやら鍵をかけられているらしく、ドアはびくともしない。
恐らく窓や裏口も鍵がかかっている、と判断した音夢はデザートイーグルをディパックから取り出し、両手で構えてドアノブへ向けて発砲した。
建物の外から銃声が響くのを聞きながら、悠人は所定のポジションについて待ち構えていた。
あの音からして、かなり大きい銃を使っているなと思いながら、悠人は右手に今日子のハリセンを握り締め、左手のカッターナイフを握り直す。
しかし、これで襲撃者と正面から戦うわけではない。
これらは襲撃者を欺くための道具に過ぎない。
あとは自分の演技力とタイミングだけにかかっている。
(衛、うまくやってくれよ……)
悠人は、ここからは姿の見えない仲間に向かって心の中で呟く。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
正面の扉を開き、続いて展示場へ通じる扉を開いた音夢は展示場へ踏み込んだ瞬間、盛大派手に足を滑らせて転んだ。
先ほどまでとは異なる床の感覚についてこれず、大きな音を立てて尻餅をつくハメになる。
「いたたたた……なんですかこれ~」
痛む尻を押さえながら、音夢は床の冷たい感触に気づく。
館内が暗くて分からなかったが、自分はどうやら水に足をとられたらしい。
よく見ると展示場の入り口から奥に向かって延々と水が撒き散らされている。
それも相当の広範囲にわたってだ。
まさか、床掃除の途中で誰かが投げ出したわけでもあるまい。
音夢は訝しげに思いながらも、取り落としたデザートイーグルを拾い上げて展示場の奥へ進む。
大理石の床の上へぶちまけられた水に途中何度も足をとられながら奥へ進んでいくと、展示場の中心付近に人影があった。
デザートイーグルを構えなおしつつ、音夢は人影のある地点にまで近づく。
できればもう一丁の拳銃S&WM37を使いたいところだったが、残りの一発はさくらかことりに叩き込む為のものだ。
――それならば出来るだけ接近して撃つしかない。
そう考えた音夢は、その人影に出来るだけ接近を試みる事とした。
(そうだ。そのままもっと接近しろ……)
悠人は姿勢を変えることなく、正面から来る栗色の髪の少女を待ち構える。
先ほどからここに待機していたおかげで暗がりでも目が利き、相手がどのような格好なのかよくわかった。
白いワンピースに身を包み、肩から二つのディパックを下げ、右手に大型の拳銃を手にした少女。
しかし、そんな彼女に美しいという感情は抱けない。
相手は最初の狙撃で、自分ではなく衛を狙った。
最初の一発が衛の頭があったぐらいの高さで、ビルの壁面に命中した事からも明らかだった。
悠人には、むしろ彼女が人間の姿をした悪魔にすら思える。
そんなことを考えながら悠人は、少女がかなり近づいたのを確認し予定通り声をかけた。
「やあ、よくここまで来たね」
相手の姿を見て、更にその声を聞いた音夢は思わず拍子抜けした。
距離にして5メートルほど離れたところに立つ男は右手にハリセンを持ち、左手にはカッターナイフを握っている。
その貧弱な武器を見て思わず笑いそうになったが、それ以上に相手の第一声を聞いて気が抜けた。
まさか、殺し合いの場でここまで平凡な挨拶をする人間もいないだろう。
そう思った音夢は少しだけ相手のペースにあわせてやろう、と思った。
「ええ、随分と苦労しましたよ。まさか、東に逃げたと思ったら逆方向、それもこんなところへ逃げ込んでいたとは思いもしませんでした」
「それは悪かったよ。こっちとしても殺されるわけにいかなくてね」
「それもここまでですね。私は今からあなたを殺しますから」
単純にそう言った直後、音夢は男に向かって発砲する。
直後、館内に派手な銃声が響く。
飛び出した銃弾は悠人の左太腿をかすめてそのまま直進し、床に当たって砕け散った。
「痛ぅ……」
(やっぱこの距離なら当たるか……でも直撃じゃなくてよかった)
思わず、その激痛で仰向けに倒れこむ悠人。
倒れるとき左手のカッターナイフを床に落としたが、これは演技の内だ。
そして、冷静に自分の太腿を観察し、その出血具合から致命傷ではないことを確認する。
悠人は知らないが、音夢の持つデザートイーグルは「ハンドキャノン」の異名を持つ大口径銃だ。
もし直撃していたなら、悠人の左足は太腿から下が吹き飛んでいただろう。
思ったより手ごわい相手かもしれない、という考えが脳裏をよぎる。
(両手で構えても、持て余すみたいですね。この銃は……)
一方、発砲した方の音夢は悠人が倒れた事に満足していたが、一方で腕の痛みに顔をしかめていた。
銃の反動は、扉のドアノブを破壊する為何発か撃った事で確認済みだったが、いずれも1メートルを切る至近距離で発砲し命中させたものだ。
加えてここまで撃った反動の為に、両手首がジンジン痛みを発している。
今の距離で撃っても外すだけだろう。
何より、先ほどの発砲でも反動で思わず足が滑って転びそうになった。
次に発砲する時、水に足を取られて転ぶのは勘弁だ。
(ですが既に手傷は負わせました。どうやら動けないみたいですね)
あるいは気絶したかもしれない、と考えた音夢はデザートイーグルを右手に構えつつ左手でディパックからコンバットナイフを取り出す。
もし気絶しているのならば、接近してあの最初に殺した二人みたくメッタ突きにしてしまえば済む事だ。
着替えたせっかくの服が再び血にまみれるのは嫌だが……。
(まったく動きませんね。本当に気絶しているのでしょうか)
これだけ自分が水音を立てて接近しても、倒れた男は動く様子一つ無い。
そして、男が連れていたはずの子供の姿が何処にも見えない。
大方どこかに隠したのか逃がしたのかだろうが、攻撃を受ける可能性が無いことから無視してもいいだろう。
そんな事を考えているうちに、音夢は水のついた床を抜けて男の手前に接近する。
念入りにデザートイーグルを構えつつ、男の直前まで近づく。
呼吸音を確認してみたが、半開きの口から音は聞こえていない。
(完全に気絶しているみたいですね。それなら……)
音夢はディパックヘデザートイーグルを放り込み、ナイフによるトドメをする為
コンバットナイフを両手で握り振りかぶる体勢に入ろうとする。
その時、閉じられていた悠人の眼がカッと見開かれた!
「えっ!?」
予想してなかった事態に、思わず音夢の手が止まる。
悠人はそれを見逃さなかった。
「ふんっ!!」
上体を一気に起こし、音夢へ頭突きをお見舞いする悠人。
一瞬の出来事に、物事が把握できなかった音夢は、その一撃をモロに受けることとなる。
「うぶっ!!」
次の瞬間、打撃音と激痛が音夢を襲う。
突然喰らった鼻への一撃により、音夢はナイフを取り落とし両手で鼻の辺りを押さえて二、三歩後ずさる。
それを見た悠人は、音夢の手前の地面を右手に持っていたハリセンで叩き、すぐに床を転がりその場を離脱する。
ようやく顔を上げた音夢が悠人の動きを眼で追おうとした直後に、それは起こった。
電撃が地面を走る!
直後に大理石製の床が爆発した。
そして――
音夢の聴覚は爆音に。
視覚は閃光と黒煙に。
味覚と嗅覚はホコリと煙の臭いに。
感覚は衝撃と体に直撃する大小の石片に制圧された。
「きゃああああああっ!!」
何が起きたか分からぬ音夢は衝撃で吹き飛ばされ、再び水つきの床へ――今度は仰向けに大の字の姿で――倒れこんだ。
それを確認した悠人は、すぐさま声を上げる。
「衛、今だ!」
どこからかカチッという小さな音がする。
仰向けの姿勢から、まだ何が起こったのかわからない音夢を、先ほどとは比べ物にならない激痛が襲ったのは、その直後である。
「い、一体何が……ッ!いやあああああああああああああああっ!!」
一瞬、音夢の体が透けて全身の骨が見えたのは気のせいだろうか?
悠人は、わけも分からず体を痙攣さえながらもがき苦しむ音夢の様子を見ていたが、すぐに「もういいぞ」と声をあげた。
「衛、もう出てきていいぞ」
「悠人さん!うまくいったね……ええっ!」
隠れていた衛が悠人の前に駆け寄る。
衛の手には電気コード――片側がビニールの被覆を剥ぎ取られ銅線がむき出しになった――が握られていた。
だが、悠人の足の出血を見て衛は驚く。
「傷、大丈夫!?」
「ああ、まだ痛むけど大丈夫だ。その電気コード借りるよ」
衛から受け取った電気コードを傷口の上にくくりつけて止血しながら、悠人は思う。
(成功してから言うのも何だけど、ここまでうまくいくとは思わなかった)
悠人が考えた作戦――それは、襲撃者を感電させて気絶させる――というものだった。
床に撒き散らした水は電気を通すための導体であり、悠人が持っていたカッターナイフはコードへ細工する為に使った物、元からの支給品とは当然異なる。
衛が隠れていたのはコードをコンセントに差し込む役を担当していたからであって、悠人が倒れても演技と知っていたから、我慢強く合図を待っていた。
最後のライトニングブラストハリセンは、襲撃者が水のついてない床まで抜けた時にそれを押し戻すため用意したものだった。
もっとも、悠人にすれば自分を囮にする必要があったわけだからかなりの危険があったが、相手に撃たれたこと以外はこっちの策に引っかかってくれたおかげで成功した。
周到な準備、あらかじめ予想しておいた通りの襲来、相手を欺く為の悠人の演技、そして絶妙のタイミングで電気を流した衛との連携プレー。
これら全部が揃ってこその勝利だった。
「その女の人、死んじゃったの……?」
ピクリとも動かない音夢の様子が気になったのか、衛はおそるおそる悠人に聞いてみる。
「ああ、確かめてみるけど……」
悠人は音夢に近づき、彼女を指先で軽くつついてみる。
「……っ……ぅぅ……」
小さなうめき声が聞こえ、胸がかすかに上下するのが分かる。
どうやら気絶しているだけみたいだ。
「……気絶しているだけみたいだな」
「よかった~。死んじゃったかと思ったよ」
悠人の言葉に思わず安心する衛。
それを見て悠人は少しだけ苦笑した。
(自分を襲った相手でも負傷すれば心配するというのは、悪い事じゃない)
だが、それもつかの間の事。
裏口に回った襲撃者がいつ現れるか分からない。
表から来た彼女と同じタイミングで現れるのではないかとも思ったが、違ったみたいだ。
(どういう事だ?まあいい、それよりどこかに身を隠すべきだ)
そう思った悠人は、衛を連れて保険として仕掛けを施した「地下1F」へ向かった。
博物館の地下階は展示品の収蔵庫や資料室、物置になっている部屋が複数あり、その突き当たりに機械室がある。
その一室に二人は隠れた。
「あれ?悠人さん、すぐ逃げないの?」
「いや、まだもう一人来るかもしれないんだ」
「それじゃあ、さっきみたいにまた電気でやっつけたら……」
「無理だな。一人あの様にした以上もう一人は警戒するだろうし、同じ手は二度も通用しない」
そうそう同じ手が通用するとは悠人も思っていない。
先ほどは銃について相手が多分素人だった事と、こっちの演技に騙された事で成功した部分も大きい。
何より、もう一人が銃に詳しければ次は完全にオダブツだ。
「じゃあ、ここでいなくなるまで隠れているの?」
「それもいいかもしれないけど、むしろここにおびき寄せたほうがいい。衛の持っていた『アレ』が役に立ちそうだからね」
そう話しているうちに、上から足音が響いてくる。
どうやら、話していたもう一人が到着したらしい。
|080:[[はばたく未来]]|投下順に読む|081:[[博物館戦争(後編)]]|
|080:[[はばたく未来]]|時系列順に読む|081:[[博物館戦争(後編)]]|
|069:[[淑女の嗜み]]|小町つぐみ|081:[[博物館戦争(後編)]]|
|068:[[せめて、安らかに/高嶺悠人の推理/衛の誓い]]|高嶺悠人|081:[[博物館戦争(後編)]]|
|068:[[せめて、安らかに/高嶺悠人の推理/衛の誓い]]|衛|081:[[博物館戦争(後編)]]|
|069:[[淑女の嗜み]]|ネリネ|081:[[博物館戦争(後編)]]|
|069:[[淑女の嗜み]]|朝倉音夢|081:[[博物館戦争(後編)]]|
**博物館戦争(前編) ◆/P.KoBaieg
高嶺悠人と衛は、新市街の細い裏路地をひたすらに走り続けていた。
途中で思わず転びそうになる衛の手を握りしめ、悠人は思う。
(こんな事ならば、衛に「ローラースケートを脱いだほういい」なんて言わなければよかった)
だが、それを後悔しても仕方が無い。
今の二人は襲撃者から逃げる真っ最中なのだから。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
話は二人の逃避行から少しばかり前、定時放送の時にさかのぼる……。
「うそ……」
定時放送で死者の名前が呼ばれ終えた直後、衛は思わず体を起こした。
その顔は青ざめており、唖然とした表情を浮かべている。
「衛、どうした?まさか!?」
「今……四葉ちゃんの名前が呼ばれた……」
震える声で搾り出すように呟く衛。
悠人もそれが何を示すのかすぐに察したが、再度衛に問い直す。
「落ち着け衛!四葉ちゃんという子は、お前の知り合いなんだな?」
「そう……だよぉ……」
「そうか……(違うな、衛の様子からして恐らくは親友あるいは姉妹なんだろう)」
そう言ったあと、衛はうなだれたまま悠人に体を預けてくる。
悠人にすがりつき涙を流す衛。
声を上げて泣いてもかまわないはずなのに、それでも耐えようとする衛の姿から「四葉」という子と、衛の仲が親密なのは悠人でも想像がついた。
(考えてみれば、衛の知り合いが参加していてもおかしくなかった……もっと早く気が付いていれば……)
思えば、アセリアやエスペリアの事は気にしていたものの、衛の知り合いについては、衛本人の口から名前が出た涼宮遙ぐらいしか気にしてなかった。
しかし、他に衛の知り合いがいるなら早く保護しなければならないだろう。
悠人は衛の頭をなでながら、少しでも落ち着かせようと話しかける。
「教えてくれ。その四葉ちゃんという子以外にも衛の知り合いが参加しているのかどうか」
「うっ……ううっ……咲耶ちゃんと……千影ちゃん……」
衛の口から出た名前を聞くや、悠人はまだ拡げていた名簿に目を走らせる。
(いた……「咲耶」と「千影」……これが衛の知り合いか)
(先ほどの死亡者に彼女たちの名前は含まれてなかった。ということは、まだどこかで生きているわけだな)
二人の名前を確認した悠人は、再び衛に話しかける。
「衛、今からでも遅くない。一刻も早くその咲耶ちゃんと千影ちゃんという子を探し出して保護しよう」
「ぐす…………えっ?」
「四葉ちゃんという子については遅すぎたと思う。だけど、これ以上犠牲者を増やすわけにはいかないから」
「悠人さん、ありがとう……」
悠人の言葉が多少は慰めにでもなったのだろうか、衛は涙を拭うと少しだけ笑ってみせた。
(強い子だな……普通ならもっと大声をあげて泣いても可笑しくないのに……)
無理して笑って見せようとする衛の姿を見て、悠人は思わず胸が締め付けられそうになった。
しかし、衛の話を聞いた以上は此処を離れて当初の予定通り新市街へ向かわなければならない。
悠人と衛は、すぐさまディパックを手にするとすぐにハイキングコースを下り始めた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
朝の新市街は、真っ暗な中をランタン片手に歩き回った時と比べ、町の様子がハッキリと分かる。
あの時間帯では見えなかったり気付かなかったものが、今はよく見えた。
(だからと言って、何かが大きく変化したわけじゃないけどな……)
悠人は衛の手を握り、新市街の大通りを歩く。
猫の子一匹いない市街地は、朝方とはいえ静まり返っており不気味なほどだった。
「衛、大丈夫か?」
そんな中、悠人は衛の様子を気にして声をかける。
精神的には落ち着いているみたいだが、その表情はどこか沈んでいる。
いや、だからこそ悠人も余計気になっていた。
「うん、大丈夫だよ悠人さん……(悠人さん、ボクの事気にしてくれてありがとう……)」
「そ、そうか。それならいいんだ(こりゃ早く衛を落ち着かせられる場所を探さないといけないな)」
他愛のない会話だが、今の二人にはそれだけで十分過ぎた。
衛は悠人の言葉に笑顔を作って応え、悠人にはその笑顔が自分に気をきかせて無理して笑っている様に感じられた。
そして、衛は強く思う。
(遙あねぇが死んだとき「もう泣かない」って決めたけど、四葉ちゃんが死んだって知った時泣いちゃった……)
(でも悠人さんが、咲耶ちゃんや千影ちゃんを探してくれると言ってくれた。悠人さんにも会いたい人がいるかもしれないのに)
(それに、四葉ちゃんが死んで一番悲しいのはきっとあにぃだから。今、ボクが泣いたらいけないんだ)
(決めた。二人と無事会えて無事に帰れたら、咲耶ちゃんや千影ちゃんと一緒にあにぃを慰めてあげよう。それが一番なんだ)
(そうだよね。遙あねぇ、四葉ちゃん……)
衛は心の中で今は亡き二人の顔を思い浮かべ、そしてもう一度「今はまだ泣かないんだ」と誓う。
何かが飛来する音がしたかと思えば、衛の後ろから爆発音と衝撃が響いたのは、その直後だった。
思わぬ出来事に、衛は前へ躓き、地面へ倒れそうになったところを悠人に支えられる。
悠人の顔を見ると、彼も何が起こったのかという表情で爆発音の起きた場所を見ていた。
「い、一体何が……っ!!」
爆発の起きた箇所を見た悠人は。思わず眼を見張った。
つい先ほどまで衛が歩いていた場所の後方、オフィスビルの壁面が爆発物でも叩きつけられたかの如く派手に壊されていた。
外壁表面のタイルはおろか、その下地であるコンクリートも破壊されて鉄筋が露出している。
それを見て悠人は、自分たちが狙われた事を一瞬で悟った。
(俺達を狙った狙撃か!)
すぐさま、衛を抱きかかえた悠人はオフィスビルの谷間である路地に駆け込んだ。
そして、自分の後方に衛を隠すと、身をかがめて様子を伺い自分たちを狙った相手を探す。
(あの壁の壊れ方からすると、相手はバズーカ砲かミサイルでも撃ってきたのか?どっちにしてもこのままじゃ危険だ)
(どこだ、どこから狙ってきた…………あれか!)
眼をこらした悠人は、物体が飛んできた方向からおおよその見当をつけ、そして自分たちを狙った相手を遂に特定した。
大通りの中央分離帯、その植え込みを挟んだ反対車線――距離にして10数メートル程向こう――に停車する車が一台。
そのボンネットの上から不自然に突き出している一本の棒……。
いや、違う。
それは、二脚に支えられたライフルの銃身だった。
そして、その向こう側にいたのは青い長髪の少女と、栗色のショートカットの少女……。
(あの二人か、あの二人が狙ってきたのか……まずいっ!)
しかし、悠人に考える余裕は与えられなかった。
相手もこっちに気が付いたのか、その銃口をこちらにずらしてきたからだ。
すぐに危機を察知した悠人は、衛のいる位置まで走って後退する。
直後、先ほどまで悠人のいた辺りから道路側へ出た辺りにライフルの弾が命中し、歩道の石畳を無残に吹き飛ばした。
「衛、逃げるぞ!」
「うん!」
悠人は衛の手をとると路地を走り、ビルの反対側を目指した。
圧倒的に不利なこの状況を打開するには一旦逃げるしかない。
それが最良の選択だった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
二度目の狙撃で歩道に生じた爆煙が薄れる頃、当の襲撃者たちは傍目から見ればにぎやかそうな
――その内面は煮詰まったヘドロの如くドロドロした感情がうずまく――会話をしていた。
「二発とも外れちゃいましたね。ネリネさん、言い出したからには一発目で殺してください」
「こんな大きな銃、私が扱えるわけがありません。音夢さんはその程度のこともお分かりになってなかったのですか?」
「ふ~ん、でもネリネさんは『銃を貸して欲しい』って言っただけですよね。それならどの銃を貸りたいのか具体的に言えばよかったじゃないですか」
片や、射撃後の反動により痛みが残る右肩をさするネリネ。
片や、貸した九十七式自動砲をディパックにしまいながら、ネリネに言い返す朝倉音夢。
その会話を聞きつつ、唯一車から降りなかった女性、小町つぐみは二人の行動に呆れながらも運転席で今後の事を考えていた。
(おバカさんと言っても、ここまでバカとは思わなかったわ……。それよりも、あの逃げた二人をどうするのかしら)
そもそも、悠人と衛への襲撃は二人を発見したネリネが言い出した事であり、三人のスタンスの違いが生んだ結果でもあった。
定時放送のチェック後、新市街の大通りを車で走っていた時、ネリネは遠方から通りを歩く悠人と衛を発見した。
こちらの様子に気が付く感じもなく、近寄ってくるわけでもない二人に、今奇襲を仕掛ければ間違いなく殺れると
判断したのがネリネであり、それに乗ったのが音夢だった。
もともとネリネのスタンスは、稟を探す途中で発見した人間は皆殺しにするというものであり、
音夢も殺す事でメリットが得られるなら殺人を躊躇しない、というスタンスだったから奇襲が
実行に移されたのもある意味当然だった。
一方でつぐみは、二人の殺人を黙認していたからこそ何も言わなかった。
むしろ、殺人の成功より、二人を牽制させる好機と捉えていたから、何も言わなかったというのもある。
奇襲が成功すれば単に参加者が消えるだけであるからそれでよし、失敗したら失敗したで
二人が今以上にいがみ合えば、それで色々と立ち回りやすくもなる。
だからこそ、裏方に徹する事としていたつぐみは判断を二人に委ねた。
結果として、大通りを歩く二人の移動地点を予想して先回りし、音夢がネリネに銃を貸したところまではよかったが、
奇襲は完全に失敗し、逃げられたというわけだ。
もっとも、つぐみには「狙撃」という二人の銃の腕からすれば、成功の見込みが薄い方法ではなく
「ギャング映画の如く、後方から車を寄せて近づき、追い越しざまに拳銃を至近距離で乱射する」というプランを立てていたが、
敢えてその方法を二人に教えるつもりは無かった。
彼女達三人は、目的の為に互いを「利用する」という立場にあるが、そこに「友情」や「信頼」という言葉は一切存在しない。
つぐみにすれば音夢もネリネも、いつ自分の寝首をかくか分からぬ人間である。
彼女にすれば、そんな人間に効率の良い人の殺し方をレクチャーしてやる気は、さらさら無かった。
だが、奇襲が失敗した以上、自分達の事があの逃亡した二人から他の参加者へ伝わるのは確実であり、
放置すれば車内にいた自分はともかく、音夢とネリネにとっては色々と厄介なことになるのも事実だ。
だからこそ、つぐみは次の手を考え、車外の二人に声をかけた。
「そんなことよりいいのかしら?逃げた二人を放って置いても?」
「「あ!」」
つぐみの一言を聞いて事の重大さに気が付いたのか、同時に声をあげた音夢とネリネは、すぐさま助手席と後部座席に乗り込む。
「すぐ追いかけて下さい!まだ兄さんを見つけてもないのに邪魔されたら!」
「あの二人は見つけ次第殺さないといけませんから、逃げた方向に向かってもらえますか」
「なら、東へ向かう事になるわね」
すぐに車は走りだした。
二人が逃げた「東」に向かって。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「どうやら、行ったみたいだな」
車が東に向かって走り去り、そのエンジン音が徐々に小さくなるのを確認した悠人は、先ほど逃げたビルの路地から衛と共に姿を現した。
「悠人さん、上手くいったみたいだね」
「ああ、でも戻ってくる可能性もあるから、すぐここから移動した方がいいな……」
二人は東に向かって逃げたが、実際には本当に東のエリアへ移動したわけではなかった。
ビルの路地を抜けて移動したのは事実だったが、路地を抜けたところでオフィスビルの裏口から
建物の中に進入し、あたかも猛スピードで東へ移動したかの様に見せかけたのだ。
それに、悠人もあの車に乗っていた人間を騙しきれるとは思っていない。
時間稼ぎぐらいは出来るだろうけど、そこまでだと考えていた。
(しかし、車を使う参加者がいるとは思わなかった。こりゃ気が付いたらこっちに戻ってくるのも時間の問題だ)
その場を離れつつ、悠人はこれからの事を考える。
(あの時確認できたのは青い髪と栗色の髪の少女、あと窓ガラスでよくわからなかったが、運転席にも一人乗っているみたいだったな……)
(そうなると、最低でも襲撃者は三人か……。いや、あの車のサイズからして四、五人は乗っている可能性があるということか)
(最悪2対5という事になったら市街地を動き回るより、どこかに立てこもって戦う方がいいかもしれない。そうなったら)
ここから近くてそれなりの広さがあり、加えて罠を仕掛けたりしやすい場所……。
そうなると選択肢は一つ――博物館――しかなかった。
「衛、博物館へ行くぞ。結構走らなきゃならないけど、いいか?」
「うん!」
衛が頷くや悠人は衛の手を引いて一気に走り出す。
二人が目指すは博物館!
博物館に到着するや、二人は博物館の敷地へ入る北側の入り口である正門の鉄製扉を閉めて、扉に付属していた南京錠をかけた。
これで、襲撃者が車両ごと敷地内に進入することは不可能になったわけだが、コレだけでは終わらない。
悠人は館内に入ると、衛へ扉に鍵をかけ、窓のカーテンやブラインドを閉めるように言って、自分は館内を一通り見て回った。
博物館の中には自分たち二人しかいない事を確認した悠人は衛を手伝い、作業を終えると博物館1Fの一室
――職員用の事務室――へと入った。
(まさか、あの時の探索がこんな形で役に立つとは思わなかった)
悠人は薄暗い博物館の中、唯一照明の点灯している事務室で、夜明け前の暗い博物館をランタン片手にくまなく歩き回った事を思い出す。
あの時の探索では誰とも会えなかったが、今ではあの行動も無駄にならなかったと思える。
一方、悠人の隣では衛がさすがに疲れたのか、椅子に座ってへたり込んでいた。
そんな衛を見ながら、悠人は襲撃者が来たときの事を考える。
(遅かれ早かれ、連中がここに俺達がいる事に気づくのは間違いない。問題は、襲撃してきた人間とどうやって戦うかだ)
(あれを使うしかないのか……)
思わず、森の中で回収した刀と拳銃2丁が入ったディパックに眼がいく。
予備の弾もあり、戦い方次第では自分と衛だけでも襲撃者を全滅、あるいは戦闘不能に出来るかもしれない。
そこまで考えて悠人は頭を振る。
(ダメだ。相手が乗っているとはいえこっちが相手の土俵に上がるわけにはいかない。それに、衛に人殺しはさせたくない)
衛がこの島で起きている現実を見ても自分を見失わないのはいい。
しかし、乗って無くとも人殺しをさせていい理由などあるはずがない。
(一体どうすれば……ん、待てよ)
そこで悠人はある事に気づいた。
それは夜明け前に気が付かなかった事で、ごく当たり前だからこそつい先ほどまで気づかなかった事。
(考えてみればこの建物は電気が生きているんだ。だとしたら……)
悠人はすぐに事務室と繋がっている給湯室へ向かい、シンクの蛇口をひねる。
思ったとおり、蛇口からは水が出た。
それを見た悠人の頭にあるアイデアが閃く。
上手くいけば、相手を殺さず戦闘不能にする事が出来るかもしれない。
悠人は振り向くと、まだ休んでいる衛に声をかける。
「衛、疲れているところを悪いけど、もう一働きしてくれないか」
「悠人さん?」
「いいアイデアを思いついたんだ。実は……」
悠人は衛にそのアイデアと必要な下準備を教えると、自分はそれに必要なものを作るため、事務机の上にあったカッターナイフを手に取る。
それからまた暫くの時間が経過し、必要な準備が終わる頃、建物の外から車の音が聞こえてきた。
「丁度いいタイミングで来たな」
悠人はそう呟き、博物館の二階へと駆け上がる。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
博物館の正門前に、つぐみ、音夢、ネリネの三人を乗せた車が到着したのは最初の襲撃からかなりの時間が経過してからだった。
ここまで時間を浪費したのは、音夢とネリネの二人が「嵌められた」と気づくのが遅れたことと、
一番最初に気づいていたつぐみが何も言わなかったことが大きな原因だった。
(それにしても思った通りね)
車から降りる二人には眼もくれず、閉じられた通用門を見てつぐみは思う。
「思った通り」というのは、逃げた二人にハメられた事でもなければ博物館へ逃げ込んだ事でもない。
相手が思った以上に頭の回る――自分はともかく音夢やネリネ以上に――という事についてだった。
うすうす感づいてはいた。
あの時、逃走したとはいえ足で車の追跡を振り切れるはずがない。
そうなったら、むしろ一直線に逃げるより、途中で車の進入できない脇道を通って来た方向を引き返したと
考える方が正しく、まだ「C-3」エリアにとどまっていると考えてしかるべきだった。
加えて、その逃走がただやみくもに逃げるだけのものでなく、むしろ「戦術的撤退」だったのならば
逃げた側は、自分たちが戦いやすい場所をあらかじめ設定しているともとれる。
そうして考えると、この博物館にあの二人が逃げ込むのは必然と言えた。
彼女が警戒したのは、車両用の通用門が閉じられているにも関わらず、その横にある小さな人間用の通用門が開いている事だった。
逃げ込んだ人間が、逃走用に開けておいたとも考えられるが、この場合はむしろ「こちらを誘っている」とつぐみは考えた。
つまり、中にいる人間は建物内に入った者を撃退する策を持っていると考えるべきであり、迂闊に入っていいものではない。
にも関わらず、つぐみは音夢とネリネにその事を告げなかった。
自分たちが嵌められたと最初に気づいたときと同じように。
重ねて説明するが、彼女たちは互いを利用するというだけの関係にあり、そこに「仲間への気遣い」なんてものは一切ない。
最初に嵌められたと気づいた時も、彼女はただ二人の言うがままにハンドルを切っていただけである。
下手に気づいた事を言って双方から睨まれるより、気づかなかった事で互いに罵り合ってくれた方が自分にとっても都合がいいからだ。
そして今、博物館に到着し、これから内部に侵入しようとする二人に忠告をしないのも同じこと。
二人が建物内にいるであろう、逃走した二人によって返り討ちにあって消耗するか互いの感情をむき出しに殺しあってくれるのもよし。
少々早いが、いずれは機を見て捨てる事を考えればここで放り出すのも悪くはない。
(それに、顔が割れてないというのもあるわ)
そう、つぐみは三人の中で唯一逃走した二人に顔が割れてない。
だから、自分が音夢やネリネと一緒に建物内へ入って一戦交えることへのメリットも感じてなかった。
「つぐみさんは入らないのですか?」
そんな彼女の思考を中断させたのは音夢の声だった。
しかし、ネリネは傍にいない。
「私は行かないわ。それよりネリネはどうしたのかしら?」
「ネリネさんなら、さっさと裏口の方へ回っていきましたよ」
そういえば裏口というものがあったわね、と正面の敷地全体図を見ながらつぐみは思う。
槍しか武器のないネリネの事、大方裏口から逃げようとする二人を狙うつもりなのだろう。
だが、こういう場でも協力いや互いを利用しようとしないところに音夢とネリネ双方の不仲がはっきりと分かる。
(もっとも、あれだけ最悪の出会い方をしたら、別行動をとってもおかしくないわ。そのほうが私にも都合がいいんだけど)
「ところで、音夢はネリネと一緒に行かないのかしら?裏口へ」
「自分から殺すと言っておきながら失敗する人なんかと、一緒に行動したくありませんね」
「そう、それならせいぜい彼女を囮なり弾除けにでもすることね」
自分が音夢と最初に出会ったときに言われた台詞を放つつぐみ。
それを聞いた音夢も、「ええ、そのつもりですよ」とでも言わんばかりの表情を返すと、通用門の方へ向かおうとした。
が、そこで足を止めて振り返る。
「中に入らないとして、つぐみさんはどうするんですか?」
「手持ち無沙汰になるのも何だから、東に行くわ。車も手に入ったことだし」
「へ~、逃げるんだ。いい身分ですね」
「何とでも言えばいいわ。でも、お兄さんを連れて来たら話は別でしょう?」
「それは、そうですけど……」
「安心なさい。次の定時放送にはここへ戻るわ。その頃にはここでの戦闘も終わっているでしょうし」
不満ありありながらも、音夢が自分の主張を承諾した事を確認したつぐみは「ネリネにも伝えといて」と言い残して車を東に向けて走り去る。
それを見届けるまでもなく、音夢もまた通用門をくぐって博物館の敷地に侵入した。
つぐみが戻った時、純一を連れて来ずに自分の探している武という人物や、ネリネの探している稟という人物だけ
連れてきた時は、役立たずと判断して容赦なく撃ち殺すという感情を秘めて。
一方、裏口へ回ったネリネは、博物館の敷地の角を曲がったところでその歩みを遅くしていた。
音夢がそうであるように、彼女もまた最初から一緒に手を組んで戦うつもりなど更々なかった。
だが、ネリネはこれを一つのチャンスと考えていた。
(お二人が正面から入って苦戦すればいいのです。そして中の人間を排除して疲労したところを……)
(その為には、同じタイミングで裏口から入って挟み撃ちにする必要はありませんね)
そう思うと、自分はわざと遅れて到着したほうが都合がいい。
当初の計画と多少変わってしまうが、そんなものは稟を助ける事からすれば瑣末なことに過ぎないのだから。
(せいぜい頑張る事ね。お二人さん)
車のハンドルを握りながら、つぐみは心の中でほくそ笑む。
「正午には戻る」と音夢には言ったものの、それは嘘と事実が半々に交じり合ったものだった。
確かに、二人が探している朝倉純一、土見稟の両名を発見したら博物館前に戻るのは事実だ。
しかし、自分が探してる倉成武を最初に発見したときはこの限りではない。
武と合流すればあの二人に用はない。
いずれは切り捨てるのなら、それが早かろうと遅かろうと同じ事。
それに自分たち三人は「互いを利用しあう」だけであり、そこに「四六時中行動を共にする」などという取り決めはないし、
二人が切り捨てられた事に自分への殺意を露わにしても、気にするつもりは無い。
(その時は容赦なく殺すけどね)
そこまで考えたつぐみはアクセルを踏み込むと更に東へ向かって車を走らせる。
とりあえずの目的地は住宅街、そして病院だ。
【C-3市街地東側 新市街/1日目 時間 朝】
【小町つぐみ@Ever17】
【装備:スタングレネード×9】
【所持品:支給品一式 天使の人形@Kanon、釘撃ち機(20/20)、バール、工具一式】
【状態:健康(肩の傷は完治)】
【思考・行動】
基本:武と合流して元の世界に戻る方法を見つける。
1:ゲームに進んで乗らないが、自分と武を襲う者は容赦しない(音夢とネリネの殺人は黙認)
2:車で東へ移動し武、朝倉純一、土見稟の捜索を行ない、これを発見したら保護して正午には
博物館前へ戻る(ただし、最初に倉成武と合流したときはこの限りにあらず)。
3:音夢とネリネを利用する(朝倉純一と土見稟の捜索に協力)
4:音夢とネリネが利用できなくなったら捨てる。
【備考】
赤外線視力のためある程度夜目が効きます。紫外線に弱いため日中はさらに身体能力が低下。
参加時期はEver17グランドフィナーレ後。
※音夢とネリネの知り合いに関する情報を知っています。
※車はキーは刺さっていません。燃料は軽油で、現在は少し消費した状態です。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「一人が裏に回って……もう一人が正面から、車が走り去ったということは襲撃者は二人か……」
博物館の2F、悠人はその窓の一つから正面側の様子を伺っていた。
カーテンをわずかにまくって見たところ、どうやら車から降りたのは二人だけ。
そして一人が敷地の外から左側に回りこんだという事は、裏口と正面の両方から攻めて来ると悠人は判断した。
走り去った車の移動先が気になるが、当面は攻めてきた襲撃者への対処が先だ。
そして、人数が二人だけというのは悠人を多少は安堵させた。
最悪5人を相手にすることも覚悟していたが、二人ならば1Fに仕掛けた罠で何とかなるかもしれない。
もっとも、その安堵も一時のもので油断しているわけではない。
ここで気を引き締めなければならないからだ。
(万一の時は「あそこ」に退いて「保険」を使うしかないな。衛の持っていたアレも役に立つだろう)
そう考えているうちに、表の襲撃者は通用門をくぐって敷地に侵入して来るのが見える。
すぐさま悠人は1Fに下りて、衛と最後の打ち合わせをした後、あらかじめ準備しておいたポジションについた。
(佐祐理さん、あなたもバカですね。私と一緒にいれば死なずに済んだんです)
博物館の正面玄関を目指す音夢は途中、第一回放送で呼ばれた死者の名前を思い出す。
兄である純一が生き残ったのはうれしかったが、反面殺そうと思っていた芳野さくら、白河ことりの名前が呼ばれなかったことに舌打ちしていた。
そして、倉田佐祐理。
自分は彼女へ泥棒猫である二人の殺害に協力するよう言っただけ。
にも関わらず、彼女はこう言って自分のもとから逃げていった。
「そうですか。なら佐祐理は――三つ目の選択肢を選びます!」
そう告げて――。
その後、彼女がどのような道をたどったかは音夢が知る由もない。
だが、三つ目の選択肢の果てが「死」だったとあっては笑うほかない。
彼女がどのような最後を遂げたかは知らないが、あの別れ際の言葉と「死」というギャップに音夢は冷笑を浮かべていた。
そうしているうちに、建物の正面玄関へとたどり着く。
ドアノブを引いてみるが、どうやら鍵をかけられているらしく、ドアはびくともしない。
恐らく窓や裏口も鍵がかかっている、と判断した音夢はデザートイーグルをディパックから取り出し、両手で構えてドアノブへ向けて発砲した。
建物の外から銃声が響くのを聞きながら、悠人は所定のポジションについて待ち構えていた。
あの音からして、かなり大きい銃を使っているなと思いながら、悠人は右手に今日子のハリセンを握り締め、左手のカッターナイフを握り直す。
しかし、これで襲撃者と正面から戦うわけではない。
これらは襲撃者を欺くための道具に過ぎない。
あとは自分の演技力とタイミングだけにかかっている。
(衛、うまくやってくれよ……)
悠人は、ここからは姿の見えない仲間に向かって心の中で呟く。
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正面の扉を開き、続いて展示場へ通じる扉を開いた音夢は展示場へ踏み込んだ瞬間、盛大派手に足を滑らせて転んだ。
先ほどまでとは異なる床の感覚についてこれず、大きな音を立てて尻餅をつくハメになる。
「いたたたた……なんですかこれ~」
痛む尻を押さえながら、音夢は床の冷たい感触に気づく。
館内が暗くて分からなかったが、自分はどうやら水に足をとられたらしい。
よく見ると展示場の入り口から奥に向かって延々と水が撒き散らされている。
それも相当の広範囲にわたってだ。
まさか、床掃除の途中で誰かが投げ出したわけでもあるまい。
音夢は訝しげに思いながらも、取り落としたデザートイーグルを拾い上げて展示場の奥へ進む。
大理石の床の上へぶちまけられた水に途中何度も足をとられながら奥へ進んでいくと、展示場の中心付近に人影があった。
デザートイーグルを構えなおしつつ、音夢は人影のある地点にまで近づく。
できればもう一丁の拳銃S&WM37を使いたいところだったが、残りの一発はさくらかことりに叩き込む為のものだ。
――それならば出来るだけ接近して撃つしかない。
そう考えた音夢は、その人影に出来るだけ接近を試みる事とした。
(そうだ。そのままもっと接近しろ……)
悠人は姿勢を変えることなく、正面から来る栗色の髪の少女を待ち構える。
先ほどからここに待機していたおかげで暗がりでも目が利き、相手がどのような格好なのかよくわかった。
白いワンピースに身を包み、肩から二つのディパックを下げ、右手に大型の拳銃を手にした少女。
しかし、そんな彼女に美しいという感情は抱けない。
相手は最初の狙撃で、自分ではなく衛を狙った。
最初の一発が衛の頭があったぐらいの高さで、ビルの壁面に命中した事からも明らかだった。
悠人には、むしろ彼女が人間の姿をした悪魔にすら思える。
そんなことを考えながら悠人は、少女がかなり近づいたのを確認し予定通り声をかけた。
「やあ、よくここまで来たね」
相手の姿を見て、更にその声を聞いた音夢は思わず拍子抜けした。
距離にして5メートルほど離れたところに立つ男は右手にハリセンを持ち、左手にはカッターナイフを握っている。
その貧弱な武器を見て思わず笑いそうになったが、それ以上に相手の第一声を聞いて気が抜けた。
まさか、殺し合いの場でここまで平凡な挨拶をする人間もいないだろう。
そう思った音夢は少しだけ相手のペースにあわせてやろう、と思った。
「ええ、随分と苦労しましたよ。まさか、東に逃げたと思ったら逆方向、それもこんなところへ逃げ込んでいたとは思いもしませんでした」
「それは悪かったよ。こっちとしても殺されるわけにいかなくてね」
「それもここまでですね。私は今からあなたを殺しますから」
単純にそう言った直後、音夢は男に向かって発砲する。
直後、館内に派手な銃声が響く。
飛び出した銃弾は悠人の左太腿をかすめてそのまま直進し、床に当たって砕け散った。
「痛ぅ……」
(やっぱこの距離なら当たるか……でも直撃じゃなくてよかった)
思わず、その激痛で仰向けに倒れこむ悠人。
倒れるとき左手のカッターナイフを床に落としたが、これは演技の内だ。
そして、冷静に自分の太腿を観察し、その出血具合から致命傷ではないことを確認する。
悠人は知らないが、音夢の持つデザートイーグルは「ハンドキャノン」の異名を持つ大口径銃だ。
もし直撃していたなら、悠人の左足は太腿から下が吹き飛んでいただろう。
思ったより手ごわい相手かもしれない、という考えが脳裏をよぎる。
(両手で構えても、持て余すみたいですね。この銃は……)
一方、発砲した方の音夢は悠人が倒れた事に満足していたが、一方で腕の痛みに顔をしかめていた。
銃の反動は、扉のドアノブを破壊する為何発か撃った事で確認済みだったが、いずれも1メートルを切る至近距離で発砲し命中させたものだ。
加えてここまで撃った反動の為に、両手首がジンジン痛みを発している。
今の距離で撃っても外すだけだろう。
何より、先ほどの発砲でも反動で思わず足が滑って転びそうになった。
次に発砲する時、水に足を取られて転ぶのは勘弁だ。
(ですが既に手傷は負わせました。どうやら動けないみたいですね)
あるいは気絶したかもしれない、と考えた音夢はデザートイーグルを右手に構えつつ左手でディパックからコンバットナイフを取り出す。
もし気絶しているのならば、接近してあの最初に殺した二人みたくメッタ突きにしてしまえば済む事だ。
着替えたせっかくの服が再び血にまみれるのは嫌だが……。
(まったく動きませんね。本当に気絶しているのでしょうか)
これだけ自分が水音を立てて接近しても、倒れた男は動く様子一つ無い。
そして、男が連れていたはずの子供の姿が何処にも見えない。
大方どこかに隠したのか逃がしたのかだろうが、攻撃を受ける可能性が無いことから無視してもいいだろう。
そんな事を考えているうちに、音夢は水のついた床を抜けて男の手前に接近する。
念入りにデザートイーグルを構えつつ、男の直前まで近づく。
呼吸音を確認してみたが、半開きの口から音は聞こえていない。
(完全に気絶しているみたいですね。それなら……)
音夢はディパックヘデザートイーグルを放り込み、ナイフによるトドメをする為
コンバットナイフを両手で握り振りかぶる体勢に入ろうとする。
その時、閉じられていた悠人の眼がカッと見開かれた!
「えっ!?」
予想してなかった事態に、思わず音夢の手が止まる。
悠人はそれを見逃さなかった。
「ふんっ!!」
上体を一気に起こし、音夢へ頭突きをお見舞いする悠人。
一瞬の出来事に、物事が把握できなかった音夢は、その一撃をモロに受けることとなる。
「うぶっ!!」
次の瞬間、打撃音と激痛が音夢を襲う。
突然喰らった鼻への一撃により、音夢はナイフを取り落とし両手で鼻の辺りを押さえて二、三歩後ずさる。
それを見た悠人は、音夢の手前の地面を右手に持っていたハリセンで叩き、すぐに床を転がりその場を離脱する。
ようやく顔を上げた音夢が悠人の動きを眼で追おうとした直後に、それは起こった。
電撃が地面を走る!
直後に大理石製の床が爆発した。
そして――
音夢の聴覚は爆音に。
視覚は閃光と黒煙に。
味覚と嗅覚はホコリと煙の臭いに。
感覚は衝撃と体に直撃する大小の石片に制圧された。
「きゃああああああっ!!」
何が起きたか分からぬ音夢は衝撃で吹き飛ばされ、再び水つきの床へ――今度は仰向けに大の字の姿で――倒れこんだ。
それを確認した悠人は、すぐさま声を上げる。
「衛、今だ!」
どこからかカチッという小さな音がする。
仰向けの姿勢から、まだ何が起こったのかわからない音夢を、先ほどとは比べ物にならない激痛が襲ったのは、その直後である。
「い、一体何が……ッ!いやあああああああああああああああっ!!」
一瞬、音夢の体が透けて全身の骨が見えたのは気のせいだろうか?
悠人は、わけも分からず体を痙攣さえながらもがき苦しむ音夢の様子を見ていたが、すぐに「もういいぞ」と声をあげた。
「衛、もう出てきていいぞ」
「悠人さん!うまくいったね……ええっ!」
隠れていた衛が悠人の前に駆け寄る。
衛の手には電気コード――片側がビニールの被覆を剥ぎ取られ銅線がむき出しになった――が握られていた。
だが、悠人の足の出血を見て衛は驚く。
「傷、大丈夫!?」
「ああ、まだ痛むけど大丈夫だ。その電気コード借りるよ」
衛から受け取った電気コードを傷口の上にくくりつけて止血しながら、悠人は思う。
(成功してから言うのも何だけど、ここまでうまくいくとは思わなかった)
悠人が考えた作戦――それは、襲撃者を感電させて気絶させる――というものだった。
床に撒き散らした水は電気を通すための導体であり、悠人が持っていたカッターナイフはコードへ細工する為に使った物、元からの支給品とは当然異なる。
衛が隠れていたのはコードをコンセントに差し込む役を担当していたからであって、悠人が倒れても演技と知っていたから、我慢強く合図を待っていた。
最後のライトニングブラストハリセンは、襲撃者が水のついてない床まで抜けた時にそれを押し戻すため用意したものだった。
もっとも、悠人にすれば自分を囮にする必要があったわけだからかなりの危険があったが、相手に撃たれたこと以外はこっちの策に引っかかってくれたおかげで成功した。
周到な準備、あらかじめ予想しておいた通りの襲来、相手を欺く為の悠人の演技、そして絶妙のタイミングで電気を流した衛との連携プレー。
これら全部が揃ってこその勝利だった。
「その女の人、死んじゃったの……?」
ピクリとも動かない音夢の様子が気になったのか、衛はおそるおそる悠人に聞いてみる。
「ああ、確かめてみるけど……」
悠人は音夢に近づき、彼女を指先で軽くつついてみる。
「……っ……ぅぅ……」
小さなうめき声が聞こえ、胸がかすかに上下するのが分かる。
どうやら気絶しているだけみたいだ。
「……気絶しているだけみたいだな」
「よかった~。死んじゃったかと思ったよ」
悠人の言葉に思わず安心する衛。
それを見て悠人は少しだけ苦笑した。
(自分を襲った相手でも負傷すれば心配するというのは、悪い事じゃない)
だが、それもつかの間の事。
裏口に回った襲撃者がいつ現れるか分からない。
表から来た彼女と同じタイミングで現れるのではないかとも思ったが、違ったみたいだ。
(どういう事だ?まあいい、それよりどこかに身を隠すべきだ)
そう思った悠人は、衛を連れて保険として仕掛けを施した「地下1F」へ向かった。
博物館の地下階は展示品の収蔵庫や資料室、物置になっている部屋が複数あり、その突き当たりに機械室がある。
その一室に二人は隠れた。
「あれ?悠人さん、すぐ逃げないの?」
「いや、まだもう一人来るかもしれないんだ」
「それじゃあ、さっきみたいにまた電気でやっつけたら……」
「無理だな。一人あの様にした以上もう一人は警戒するだろうし、同じ手は二度も通用しない」
そうそう同じ手が通用するとは悠人も思っていない。
先ほどは銃について相手が多分素人だった事と、こっちの演技に騙された事で成功した部分も大きい。
何より、もう一人が銃に詳しければ次は完全にオダブツだ。
「じゃあ、ここでいなくなるまで隠れているの?」
「それもいいかもしれないけど、むしろここにおびき寄せたほうがいい。衛の持っていた『アレ』が役に立ちそうだからね」
そう話しているうちに、上から足音が響いてくる。
どうやら、話していたもう一人が到着したらしい。
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