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二度と触れ得ぬキョウキノサクラ - (2007/06/01 (金) 15:24:42) のソース
**二度と触れ得ぬキョウキノサクラ 自らを囮にして走る稟と、大好きなお兄ちゃんのために追いかけるさくらによる命懸けのレースは続いていた。 (殺し合いに乗らないってどういうこと!?) 目の前の男を追いかけながら、さくらは先程の叫びに混乱していた。 (だって、さっきまで殺すとか叫んでいたのに) だから、さくらはその真意を確かめたかった。 もしそれが、自分の油断を誘う嘘ならば遠慮なく撃てばいいのだ。聞く価値はある。 それなのに、男はこちらの呼びかけを無視して走り続ける。 身勝手すぎるその行動に、さくらは苛立ちを隠せなかった。 こちらは話を聞くため呼びかけ、銃を撃つのもやめたのに止まる気配がない。 やはり、先程の言葉は嘘だったのだろうか。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「はぁ、はぁはぁ……」 「止まって! 止まってよ!」 少女は必死の形相で稟に迫っていた。 「殺されるのが分かっていて、止まれる訳無いだろう!」 その叫びを無視し、稟はひたすら前を向いて走っていた。 なぜかは分からないが、先程から銃の乱射はなくなっっている。 だからと言って、呼びかけ通り止まって何かされたら遅い。 少女を出来るだけ引き付けるという義務感が、折れそうだった稟の心を強く支える。 それは必ず会おうと約束した蟹沢のため、それにこの島にいるであろう楓やネリネと合流するため。 稟は一度だけ後ろを振り返る。そこには、未だ追いかけ続けてくる少女の姿だけが確認できた。 「あいつは、無事逃げ、切った、ようだな」 万が一蟹沢がこちらを追いかけてきたらと言う不安があったが、どうやら杞憂のようである。 ならば、相手が見失わない程度の速度で走る必要はない。 限界が近づく体に鞭打ち、少女を引き離しにかかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ その頃、カニこと蟹沢きぬは……方向を間違えていた。 「んだよ畜生。あのヘタレ、病院なんか見えてこないじゃないかー」 カニは稟の指示通り、二手に分かれたあの位置から北の病院向けて走ったはずだった。 だが、病院はおろか、明かり一つ見えやしない。 理由は簡単だ。本人は北に向かったつもりが、気付かぬうちに南西に方向修正してしまっていたのである。 「つーか、なんか塩くせーぞおい」 鼻を動かし、匂いのもとを辿り足を運ぶ。すると、目の前には海が広がっていた。 「あり?」 荒々しい波 「病院ねーじゃん」 カニは、未だに自分が南西に向かっていた事に気付いていなかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「ああ、なんかこう、嫌な予感がする」 カニが方向を間違えているのを第六感で感じ取ったのか、稟は徐々に不安になってきた。 嫌なイメージを振り払うため、稟は頭を左右に振る。 「いかんいかん。そんな事より今はこっちだ……しかし、まずったな」 走り続ける稟の目の前には、病院がそびえ立っている。 少女を引きつけ、適当な場所で煙に巻くつもりが見事病院まで引き連れてしまったようである。 幸い少女はまだ遠くに居るため、ここから離れる事も可能である。 だが、思考とは反対に稟の体は休息を求めていた。 無我夢中なうえ、義務感と強い意志からここまで走り続けてきたが、それではもう騙し切れない。 ならば、この病院を上手く利用して少女を追い払う事は出来ないだろうか。 そうすれば、持久戦で消耗する事も無く体を休める事も出来る。 「でも、なにも知らない蟹沢が到着したらまずいよな」 運悪く蟹沢と少女を鉢合わせては、今までの苦労が水の泡になる。 もし何かあったら、せっかく生きる決意をした稟の心がまた揺らいでしまう。 ならばやはり、病院を離れ再び逃走を始めるか。否、そんな事をしたら数分も持たない。 タイムリミットは着実に迫ってきている。稟は覚悟を決め拡声器を握った。 『お~い! 俺は疲れたから病院の上のほうで休んでるからなー!』 病院に逃げ込むにしても、入り口付近でなく屋上の周囲で逃げていれば蟹沢に被害が及ばない。 だからこそ、稟はあえて自らの目的地を少女に伝えた。 『じゃあなちびっ子! 悔しかったらついて来いよー!』 最後にもう一度拡声器で叫ぶと、稟は病院の中へと入っていった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「待てぇ!」 さくらが叫ぶのもむなしく、男は病院の中へ入っていった。 相手の言う事を信じれば、屋上から行けば追い詰める事は出来る。 しかし、思った以上に疲労も強いためか、屋上まで飛び上がる余力がない。 それに、男の言葉が嘘だった場合、屋上から進むさくらを尻目に外へ逃げ出すかもしれないのだ。 ならば同じように正面から入り、下から上へ追い詰めたほうがリスクが少ない。 意を決したさくらも、男の後に続いて病院へと入っていった。 中に入ると、薄暗い非常灯以外の電灯は消えていた。男が消したのだろうか。 どこかに潜んでいるのではないかと警戒しつつ、エレベーターまで進む。 残念ながらエレベーターは動いていない。どうやら階段しか上る手段はない。 もう一つ階段があったが、バリケードが張り巡らされている。 わざわざバリケードを越えて進むとは思えない。さくらは最初に見つけた階段を進んだ。 二階、三階と進んで違和感を覚える。音が聞こえないのだ。 (もしかして、どこかの部屋に隠れている?) 多少は遅れをとったものの、さくらと男にそこまで距離があったとは思えない。 宙に浮いて進むさくらと違い、男には足音がついて回る。 これだけ静まり返った建物ならば、よほど遠くない限り響いて聞こえるはずだ。 さくらが病院に入ったと同時に一番上まで上りきったという案も考えたが、現実的でない。 どこかの病室、または診察室など部屋に隠れた可能性の方が高い。 (もう一度二階から調べてこようかな) だが、隠れていないなら時間のロスだ。下手したら外に逃げられるかもしれない。 階段を見張っているという方法もあるが、長期戦にするつもりはない。 さくらの目的は純一を殺そうとする者を沢山殺す事である。 それなのに、一人に時間をかけすぎるのは効率的ではない。 (とりあえず、この階から見ていくしかないよね) 結局、階段を上るのを止め、近くの病室から調べていく事にした。 ◇ ◇ ◇ ◇ 銃を持った少女が病院に入っていったのを、摩央は身を隠して見ていた。 住宅街で失態を犯した摩央は、場所を変えるため南下していたのである。 地図を確認したところ、無理せず相手を殺す事が出来る場所を発見したからだ。 「病院なら手負いの人間が向かうと思ってたけど、ビンゴみたいね」 先程の少女も、おそらく怪我の治療を目的に訪れたのだろう。 浮いていたような気がするが、薄暗いし目の錯覚だろう。 健康的な相手を殺すのは大変だが、怪我をしているならばグッとリスクも下がる。 ある程度近付いて麻酔銃を撃てば簡単だし、外しても相手は手負いだ。問題ない。 あらかじめ麻酔薬入りの注射をコッキングしておくと、摩央も病院へ足を踏み入れた。 中は薄暗く、目が慣れるのに苦労した。 (電気がついていると思ったけど、あの娘が消したのかしら) 意外と足音が響くため、摩央は注意深く足を運んだ。 一階は外来の患者の診察所がある。だが、少女の足音や声は聞こえない。 (上の階かしら?) 階段の案内板を見るが、二階以降一部を除き入院患者の病室だけしかない。 治療でなく、休息のために立ち寄ったのだろうか。 (私なら、相手に見つかる危険を少しでも下げるため一番上に行くかな) 一番上に居れば、侵入者が来ても時間に余裕がある。 方針が決まると、摩央は忍び足で上の階へ進みだした。 ◇ ◇ ◇ ◇ (ブレーカーを落として正解だったかな) 階段を上る前に、会計カウンターに入ってブレーカーを落としておいた。 明るかった病院は暗くなり、視界がなれるのにやや苦労した。 稟は周囲を確認しながら、最上階である五階で逃げ出す算段を考えていた。 だが五階まで来たものの、予想外のアクシデントに見舞われていた。屋上のドアが開かないのだ。 当初の予定では、屋上に避難用のロープを垂らして、どこかに逃げ去ったよう細工するつもりだった。 だが、屋上のドアには鍵がかかっており、蹴破ろうにも鉄製のドアはビクともしなかった。 (こういった鍵なんかは、事務室とかにあるんだろうけど) おそらく下からはあの少女が迫ってきている。そんな所にわざわざ向かう馬鹿ではない。 だが、鍵がなければ見つかるものまた時間の問題である。 しばらく悩んでいると、稟は一つ閃いた。 (そうだ、病室のシーツを結んで窓から放れば、脱走したように誤解させられるかもしれない) 別に自分が逃げ出すのでないのだから、適当な作りでいい。 近くにあった窓を開け、下との距離を目測する。 (うわ、高いぞこりゃ) そろそろ朝日が昇る時間帯なのだが、廊下は日が差す方向とは逆になっているため未だ暗い。 コンクリートの地面は、薄暗さも相まって不気味な模様に見えた。 (いや、そんな事よりシーツを結ばないと) 運が良い事に、備品室のドアは鍵がかかっていなかった。静かに中へと進入する。 電気をつけられないため暗いが、ドアを開けっ放ししておけば何とか見える。 目を慣らし、シーツの積まれた箱を取り出す。そこから一山抱えて立ち上がる。 (シーツを結ぶにしても、ここじゃ暗すぎる) ドアは開けたまま、稟は向かい側の病室に入り込む。 暗いには変わりないが、シーツを結ぶくらいの軽い作業ならば問題ない。 床に座り込むと、黙々とシーツの端と端を結び始めた。 ある程度結び終えた頃、稟はおかしな音を耳にする。それは、何か擦っているような音。 警戒した稟がそっとドアをスライドさせ廊下を覗くと、少女が歩いてくるのが確認できる。 (もう来たのか! いや待て……違う?) 近付いてきた少女は、今まで稟を追いかけていた少女とは違う。警戒は解かないが、一安心する。 その少女は、備品室の扉が開いているのに気付いたのか早足でこちらに向かってくる。 (気付かれたか!?) だが、少女はこちらに背を向け備品室を覗いた。手に持っていたランタンで室内を照らす。 (あ、馬鹿っ!) 考えるのと同時に、稟は部屋を飛び出し少女の口と体を抑えた。 「んんんんんーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」 (あ、まずったかも) ◇ ◇ ◇ ◇ 備品室を覗いていた摩央は、自分の口と体を押さえられパニックになる。 「んんんんんーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」 必死で抵抗するが、相手もガッチリとこちらを押さえ込んでいた。 とても少女の力とは思えなかった。いや、そもそも手の形が少女とは思えない。 「頼むッ、静かにしてくれ」 それにしても、男のような声の少女である。 摩央が後ろを盗み見ると、どうみてもそれは男だった。 「殺すつもりもなければ、どうにかするつもりでもない」 耳元で小さく囁く、見方によっては一種のプレイのようだ。 相手に麻酔を撃ち込むのも考えたが、失敗する可能性もある。 それに、殺す気が無いというならば反撃の機会はまだあるはず。摩央は静かに頷いた。 「とりあえず、声を出さない事を約束してくれ」 再び頷く。 「良かった。悪かったな」 口と手を離したので距離をとる。見ると男は申し訳なさそうな顔をしていた。 「とにかく謝る。こっちも理由があってな」 そう言いながら、男はこちらに背を向け病室に入っていく。 どうやら、こちらを警戒してはいないようだ。ならば、まだ急ぐ事はない。 「自己紹介がまだだったな。俺は土見稟」 「私は水澤摩央。ずいぶん乱暴ね」 「だから悪かったよ。時間に余裕が無くてな」 「あら、私の体を弄る時間はあるのに?」 「いッ――」 「冗談よ。それより、時間に余裕がないって?」 「あ、ああ。実は……」 稟が言うようには、銃を持った少女(おそらく摩央が見た少女)が稟を追ってきたと言う。 稟もここで待ち合わせている人間が居るため、少女を追い出したい。 そこで、こちらが脱走したと思わせるため、何枚かのシーツを結びロープ状にして放るのだと言う。 「しかし、摩央さんが居るとは思わなかった。ともかく、ここは危険だから隠れていてくれ」 「あら。私も戦えるわよ土見君」 廊下の鉄柱にシーツを結びつける凛の背中に銃を向ける。 そして、何事も無かったかのように麻酔銃を撃った。 「ばいばい。ま、土見君も最後に私の体を触れたんだし、良い冥土の土産になったんじゃないかな」 うつ伏せに倒れ、気を失った稟に冗談を言う。 「さて……と、殺す前に一度試しておきたかったのよね」 支給品である麻酔の他にあった、もう一つの注射器である。 再び注射器を装填しコッキングすると、稟の背中に撃ち込んだ。 そしてしばらく様子を見ていたが、変化が訪れる様子が無かった。 「おっかしいわね。毒薬じゃないのかしら」 もしかしたら、服の上からでは効果がないのかもしれない。 今度は、同じ注射器をはだけさせた稟の胸に撃ち込んだが、やはり効果が表れない。 「遅効性なのかしら……ま、結果が見たいけど目が覚めたら困るし」 デイパックから鉄扇を取り出し、稟の喉に狙いを定める。 「あんまり手は汚したくないんだけど」 鉄扇を広げ、大きく振り下ろす。稟の喉は切り裂かれる……はずだった。 「見つけたッ!」 突然の声で狙いが外れ鉄扇は地面にぶつかる。その反動で、摩央の指が切れた。 指を伝って、血の雫が稟の首にゆっくりと落ちる。 声の発信源を睨み付けると、それは先程追いかけていたはずの少女だった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 五階まで到達したさくらは、曲がり角の向こう側にいた二人を確認して叫んだ。 「見つけたッ!」 ようやく見つけた目標に近付く。だが、よく見るとその様子はおかしかった。 男は地に伏して倒れており、その首には血の跡がある。 「殺したの!?」 「殺してないわよ」 少女の声はさくらの耳に届いていなかった。 (そっか、この男死んじゃったんだ) 殺し合いに乗らないと言っていたが、その結果がこれだった。 別に男に固執はしていなかったが、なにか嫌な気分なのは間違いなかった。 もしかしたら、純一も同じような行動を起こしているかもしれない。 その想像が、目の前に倒れる男と重なり恐怖を覚えた。 と、視界の端で少女が手を後ろに回したのを見た。 「動かないで!」 さくらは銃を構え、少女の心臓を狙う。 「今後ろに隠したものを床に置いて」 しばらく睨み合うと、諦めたのか少女は銃を床に置いた。 「それでこの男を殺したんだね」 「だから、殺してないって言ってるでしょ!」 先程と同じ質問に、少女は怒声を挙げて答えた。 「殺したんだ」 「殺してない!」 「殺したんだ!」 「殺してないわよ!」 「そうやって、今度はお兄ちゃんを殺すんだ!」 「!?」 「お兄ちゃんを殺す奴は……死んじゃええええええええええええええええええええええ!!」 構えていた銃を撃つ。だが、弾切れだったマガジンは軽い音しか鳴らさなかった。 「!」 地面に置いた銃を取り返そうと手を伸ばす少女。 だが、先に気付いたさくらは空になったマガジンを投げつける。 「痛ッ」 怯んだ隙に銃を蹴り飛ばす。そしてデイパックから予備のマガジンを取り出した。 反撃を諦めた少女は、逃げるため縛ったシーツ握り窓に手を掛け飛び降りる。 だが、鉄柱を縛る結び目はあっさりとほどけ、シーツは少女と共に外に放り出された。 「――ぁ」 そしてそのまま、シーツだけがひらひらと地面に舞っていった。 少女の手は、かろうじて窓の外枠に爪を立てている。 ◇ ◇ ◇ ◇ 窓に指をかけ、必死で助けを請う少女に、さくらは困惑していた。 殺すつもりでいた。純一を殺しかねない相手は殺すつもりである。 しかし、いま目の前で泣きながら助けを請う少女が、その決意を揺さぶった。 殺す事が何を意味するのか。さくらはその意味を垣間見ていた。 「いやだ! 帰りたい! 光一……助けてよ光一ぃ」 その言葉にさくらは胸が痛くなる。 (この人も、逢いたい人がいるんだ) 自分も純一に逢いたい。だから、この状況で出るその言葉の意味が理解できた。 そう、こんな時純一はどうするだろう。 常にかったるいと呟く彼は、この状況でどうしただろう。 簡単だ。彼は有無言わず手を伸ばすだろう。 このまま見殺しにするのは、何か大切なものを失う気がした。 さくらは意を決した。 「助けるから!」 「え?」 そう叫ぶと、さくらは少女の左手首を握った。そして、力一杯引っ張る。 「助けて……くれるの?」 「一緒に、探して、欲しい、人が、いるのッ!」 「探す! 何でも手伝うから!」 額に汗を浮かべながら、さくらは懸命に引き続けた。 「お兄ちゃん、純一って、いう、ひと!」 「純一君。あ、あの……私、純一君に会ったの!」 「え?」 思わぬ言葉に一瞬だけ力が抜ける。だが、すぐにまた強く握り締めた。 「お兄ちゃんに、会った、のッ!?」 「あ、朝倉純一君。私が会ったの人がそうなら……会った」 「お兄ちゃん、は、どこ!?」 「そ、それは」 言葉が繋がらない。沈黙が訪れる。 (殺したんだ――違う) (この女はお兄ちゃんを殺した――違う!) (じゃあ、あの男はどうなの――あの男?) (さっきまで追いかけていた男は何で死んだの?――それは……) (あの女が殺したんだよ――言わないで!) (それなのに助けるの?――違う! 何か理由があったんだよ! お兄ちゃんだってきっと生きてる!) (あ~あ。お兄ちゃん死んじゃった――やめてよ!) 「お兄ちゃん……殺したの?」 その静かな問いに、摩央は動揺を隠せなかった。 「こ、殺してない! 本当よ、殺してなんかいないわ!」 「じゃあ、お兄ちゃんはどこ!?」 「わ、分からない」 「どうして!?」 思わず握った手を強めてしまう。 「ゆ、許して……本当に、本当に殺してないの!? 純一君、走っていっちゃったから!」 「どこに!?」 「そ、そんなの分からないわよ!」 少女は再び泣き出してしまった。そこで、さくらも冷静になる。 (お兄ちゃんは死んでないんだ。この人だってそういったよ) 疑心に陥っていた心が落ち着きを取り戻す。 「……約束して。お兄ちゃんを一緒に探すって」 「する! 一緒に探すって約束するから! お願い、お願いします……ぅぅ」 嗚咽を漏らしながら、少女は必死に懇願する。 (この人を助けたら、お兄ちゃんを探そう。そうだ、殺すだけじゃなく仲間を集めるんだ) 殺さなければ助からないと言う、かつての思いは溶けかかっていた。 (みんなでお兄ちゃんを探して、本当に悪い人から守るんだ) なぜ初めからそうしなかったのか、自分の行動に呆れてしまう。 (そして……お兄ちゃん) 自然と顔がほころぶ。この少女も好きな人がいるようだ。恋の話が聞けるかもしれない。 だが、その心とは裏腹に『力』は急激に弱まっていった。 浮いていた体が地に落ち、薄れていた両足の痛みが蘇る。 (そんなッ――) さらに、緊張から汗をかいていたさくらの手は、ずるずると少女から離れ始めていた。 また少女も、指が変色し痛みが堪えられず、力が抜けてしまう。 このままでは、落ちるのは時間の問題だった。 せっかく純一を知るものと会えたのだ、死なせるわけにはいかない。 少女に心配かけまいと、笑顔を作って落ち着かせる。 (そうだ、両手で引っ張れば!) なぜ今まで気付かなかったのか。さくらは銃を手放すと左手も突き出した。 だがそれが結果的に悪い方向に結びついてしまう。 体勢を変えたさくらに対応できず、少女の指は窓枠を手放してしまう。 そして、汗ばんださくらの手から、少女の手首がゆっくりと抜ける。 ――ゆっくりと ――羽のない少女は ――何も理解できずに地面に散った 「いやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 どこかから悲鳴が聞こえる。 さくらは、目の前が真っ白になった。 助けるつもりだった。助けたら一緒に純一を探すつもりだった。 だが現実は少女を地面に叩きつけた。 (どうして最初から両手を差し伸べなかったの?) 心の中で誰かが問いかける。 (本当は殺すつもり? それとも事故? そうじゃなくて自殺かな? でも……) 「違う」 (もう穢れちゃったね) 「あ」 地面に広がる解体図は、なにかを象徴するかのように不気味だった。 自分の手には、まだ少女の温もりがあった。 「ああ」 ふと下を見ると、二人の人間がこちら見ている。いや、睨んでいるのだろう。 その一人が、こちらに向かって何かを叫んでいる。 見られていた。この光景をしっかりと見られていたのだ。 「あ、ああ、ああ」 床に捨てた銃を拾う。そして、窓から飛び立つ。地面でなく、空へ空へと。 「うぁ、ああ。ぁああ」 すぐに思い出せたはずの純一の顔が浮かばない。 泣いても泣いても、大好きな純一が見つからない。 ずっと逢いたいと思っていた純一と自分には、越えられない壁が存在するの事に気付いた。 「―――――――――――――――」 泣きながら、さくらは人を殺した事を受け入れる。 二度と大好きな人に触れられない、穢れた手になった事も。 ◇ ◇ ◇ ◇ 温泉から住宅街を目指していた武と貴子は、予定よりだいぶ遅れて進んでいた。 その理由は、貴子の体力の消耗が激しい事だった。 何度か休憩を挟みながら、ようやく二人は病院まで辿り着いたのだ。 「申し訳ありません。私が体力不足であるばかりに」 「いや、気にする事はないさ。それよりあそこを見てくれ」 「あれは、病院でしょうか」 「地図通りだとそういう事になるな」 「調べていきますか?」 「ん~」 出来れば無駄な時間は省きたいが、万が一仲間になりそうな人間が居た場合、こちらに加えたい。 悩んだ末、武は病院を軽く見てみる事にした。 「ま、病院なら役立つ備品もあるだろうしな」 「ええ。確かにそうですね」 言葉を交わしながら、二人は病院へと近付いていった。 そこで、誰かの叫び声を耳にする。 「武さん!」 「しっ――」 声を挙げる貴子を制し、武は耳に神経を集中して声の出所を探った。 「……て。お……んを…………て」 「する……って……ら……しま……」 「あっちだ」 貴子も頷くと、武の後に続いて走り出した。 二人がその場に到着すると、最上階では一人の少女が片手で窓にしがみついていた。 それを、もう一人の少女が助けているように見える。 (え?) だが次の瞬間、武の予想とは違い建物内にいる少女が相手を突き放したのだ。 「いやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 隣にいた貴子は、地面に叩きつけられた少女の残骸を見て気絶してしまう。 慌てて支えた武は、建物の中に居る少女に目を奪われた。 (笑って……いるのか!?) 遠目でも分かる。あの少女は、突き飛ばした今も笑顔を浮かべていた。 「ふざけるなぁぁ!」 武が叫んでも、少女は顔色一つ変えずに笑い続けていた。 (どうする。逃げるにしても貴子が気絶しているんじゃ動けない) だがその心配を他所に、少女は窓から飛び立った。 「なっ!!」 しかし先程と違い、少女は空を飛んでどこかへと飛び去っていった。 「マジかよ……」 居なくなったのは幸いだが、飛んだ事は脅威だった。 もし本当にあの少女が殺し合いに乗っているのならば、非常に危険である。 「ともかく、まずは貴子を休ませるか」 貴子を背負って、武は病院の入り口をくぐっていった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 二階の病室に貴子を寝かせ、近くのテーブルに「すぐ戻る」と置手紙を残すと、武は五階へ足を運んだ。 あの少女が飛び立った場所を確認しておくためだ。 駆け足で階段を上り曲がり角を曲がると、そこに一人の男が倒れているのを発見した。 急ぎ足で男のもとに駆け寄る。首に血の跡があるが、幸いな事に呼吸は正常だった。 「おい!」 声をかけるが、男はなかなか目覚めようとはしなかった。 その隣に、デイパックと拡声器。そして鉄扇と銃が無造作に放置されているの見付ける。 それを無言でデイパックにしまうと、武は男を背負って歩き出した。 「うお、重てぇ……男なんか背負ってもうれしかないなぁ」 文句を言いながらも、武は丁寧に二階の貴子と同じ部屋まで運んだ。 そして、部屋から何枚かのシーツを抜き取り、一階へと降りていった。 直前まで経営していたのか、一階の売店には物が豊富に備わっていた。 その中にあった線香と菓子折りを二つを手に取ると、周囲を警戒しながら外に出て行く。 武が向かったのは、突き落とされた少女の所だった。 顔が割れ、ゼリー状の物体が地面を這って蠢いている。 少女の遺体を覆うようにシーツを広げ、その横に菓子折りを置き、ライターで線香に火をつけた。 「俺はアンタと会うのは初めてだけれど、祈られてもらうぜ」 数秒間黙祷を捧げると、その場を後にした。 再び病院内に入ったところで、武はようやくブレーカーが下げられている事に気付く。 ブレーカーはすぐ見つかった。場所は、会計カウンターの少し奥だった。 カウンターを乗り越えブレーカーを上げると、病院が一斉に明るくなる。 「ここは電気が生きてるのか」 周囲を確認する武の目が、ロビーの一点に集中する。 メモを見ると、自分たちと同じように行動している旨が記されていた。 「前原圭一……か」 武は有力な情報が得られた事が嬉しかった。 まだ会った事がないが、この前原圭一という男に親近感を覚える。 「そろそろ時間か」 デイパックに入っている時計を確認する。 あのタカノという女の言った事が事実なら、まもなく定時放送が始まる。 その前に、武は二つの問題を解決しなければならなかった。 (貴子は気絶してるし、あの男も目を覚まさない。放送前に起こしたほうがいいよな) この問題は難しい事ではない。もう一つの問題がやっかいなのである。 (このまま住宅街にいくべきか。それとも前原圭一に会うため学校か? それとも合流するため神社か?) 悩みに悩んだ末、結局は貴子が目を覚ましてから考える事にした。 &COLOR(red){【水澤摩央@キミキス 死亡】} 【F-6の病院二階/1日目 早朝】 【倉成武@Ever17】 【装備:投げナイフ2本】 【所持品:支給品一式】 ジッポライター、拡声器、ハクオロの鉄扇@うたわれるもの、 麻酔銃(IMI ジェリコ941型)、麻酔薬入り注射器×3 H173入り注射器×3 【状態:やや疲労】 【思考・行動】 1:住宅街へ行き、脱出のための協力者を探す 2:知り合いを探す。 つぐみを最優先 3:金髪の少女(芳乃さくら)をマーダーとして警戒 【厳島貴子@乙女はお姉さまに恋してる】 【装備:投げナイフ2本】 【所持品:支給品一式】 【状態:気絶】 【思考・行動】 1:住宅街へ行き、脱出のための協力者を探す 2:知り合いを探す 3:金髪の少女(芳乃さくら)をマーダーとして警戒 【土見稟@SHUFFLE! ON THE STAGE】 【装備:なし】 【所持品:なし】 【状態:気絶】 【思考・行動】 基本方針:参加者全員でゲームから脱出、人を傷つける気はない。 1:さくらを病院から追い出す(予定だった) 2:芳乃さくらから逃げる(予定だった) 3:さくらを撒いてから蟹沢と合流するため病院で待機(予定だった) 4:ネリネ、楓、亜沙の捜索。 5:もう誰も悲しませない。 ※シアルートEnd後からやってきました。 【備考】 H173が二本撃たれています。L5の発生時期は次の書き手さんにお任せします。 【F-6の空/1日目 早朝】 【芳乃さくら@D.C.P.S.】 【装備:ミニウージー(残り25/25) 私服(土で汚れています)】 【所持品:支給品一式 なし】 【状態:左足首捻挫、右足首の骨に罅、右足打撲、パニック状態、強い執念(飛行の魔法の根源)】 【思考・行動】 基本方針:環の予知した未来(純一死亡)の阻止。 1:純一に会いたい。けど会えない。 2:純一を探す。 3:純一を殺害しうる相手は容赦なく殺す。 【備考】 ※芳乃さくらは枯れないの桜(ゲーム管理者の一人)の力を借りて魔法を行使できます。魔法には以下の制限がついています。 芳乃さくらの強い想いによってのみ魔法は発動します。 強い想いが薄れると魔法の効果は消滅します。 基本的に万能な桜の魔法ですが、制限により効果は影響・範囲ともに大幅に小さくなっています。 ※芳乃さくらがどの方向に飛び去ったかは次の書き手さんにお任せします。 【D-8 海沿い /1日目 早朝】 【蟹沢きぬ@つよきす】 【装備:なし】 【所持品:フカヒレのギャルゲー@つよきす】 【状態:疲労大】 【思考・行動】 1:病院を見つける。 2:稟のことが心配。 3:鷹野に対抗できる武器を探す。 4:レオの事が心配。 【備考】 フカヒレのギャルゲー@つよきす について プラスチックケースと中のディスクでセットです。 ケースの外側に鮫菅新一と名前が油性ペンで記してあります。 ディスクの内容は不明です。 prev:[[せーらーふくをぬがさないで]] next:[[眠り姫目覚める時――/――皇の策略]]