ALL HAZARD PARANOIA/オール・ハザード・パラノイア Ⅰ ◆EAUCq9p8Q.
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――
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―――世界のどこかで、誰かがつぶやいた。
「嵐が来るよ」と。
― ALL HAZARD PARANOIA ―
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―――
「聖杯が欲しいか」
突如現れた男は、藪から棒にそう尋ねた。
男の体にはサーヴァントとしての存在を示すクラス名が浮かび上がって見えている。
魔術師のクラス。キャスター。だがおかしい、クラス名とともに見えているステータスは、与えられたクラスと矛盾している。
ステータスに、魔術師としての基本能力である魔力が存在していない。
先ほどの一言といい、このステータスといい。そして何が面白いのかにやけたままの顔といい。
何から何まで胡散臭い、それがフェイト・テスタロッサの魔力なき魔術師への第一印象だった。
「バルディッシュ、サイズフォーム」『Scythe Form』
構えていたバルディッシュを近接戦闘形態であるサイズフォームへと変更する。
ステータスを見るに、魔術師のクラスにふさわしく、戦闘能力は皆無に近いらしい。
ならば当然、ここで斬って捨てる。
胡散臭いキャスターを切り捨てれば、それだけで脱落者が一人増えるのだ。
魔力を大きく消費しているが、その程度ならば造作も無い。飛んで火に入る夏の虫、というやつだ。
夕闇を切り裂くような眩い閃光で刃が作り上げられる。
出来上がったのは、まるで死神が持っていそうな鎌。魔力で形作られたそれは、当たれば、さしものサーヴァントも痛いでは済まない。
「ま、待ってください! 武器なんて―――」
無謀にも間に割り込もうとした外ハネの少女を超速ですり抜け、バルディッシュを振りかぶる。
少女は後回しでいい。所詮サーヴァントではないならば対処の方法はいくつでもあるのだから。
キャスターは動きについてこれていないのか、それとも単にバルディッシュを侮っているだけか、微動だにしていない。
どちらにしろ、都合が良かった。
一撃で首を跳ね飛ばし、また一歩、聖杯に近づく。愛しいあの人の夢へと―――
振りかぶった鎌が、風を食い破りながらキャスターの首めがけて放たれる。
その時、キャスターの口が、たしかにこう動いた。
『プレシア・テスタロッサ』と。
バルディッシュを振りぬくことは、できなかった。
フェイトはバルディッシュの光の刃を、彼の首筋すれすれで止めてしまった。
キャスターはまるでそうなることを最初から知っていたかのように不敵に笑い、そして三度、同じセリフを繰り返した。
「何度も聞かせるな。お前は聖杯が欲しいか、と聞いている」
どるん。
三度目の問いの丁度その時だった。
三人だけの校庭に、唸るようなエンジンの駆動音が響いたのは。
どるん、どるん、どるん。
念入りに、念入りに、スターターロープが引かれ続ける。
乱入者の気配に、フェイトはバルディッシュをキャスターに突きつけたまま目をきった。
視線の先に、先程まで居なかったはずの人物が立っていた。
黒ずくめの格好に、目ぶかに被ったフード。そして手に携えているのは大きなチェーンソー。
更にその姿に、幾つもの情報が重なって見える。クラス名はバーサーカー。狂戦士のサーヴァント。
ステータスは……目の前の胡散臭いキャスターよりも、フェイトのサーヴァントであるランサーよりも高い。
何者かは分からない。ただ、その人物の危険性は一発で理解できた。
そこに来て、ようやく自身の短慮に気づき、歯噛みする。
いくら勝つためとはいえ、あれだけ目立つ戦闘は迂闊だった。
あれだけ目立てば、いわゆる『やる気』の主従を引き寄せてしまってもおかしくない。目の前のバーサーカーもその類なのだろう。
短慮な自分が苛立たしい。そばで忠言をくれるアルフが居ないのが口惜しい。
どぉるるるるるるるるるるるるる。
バーサーカーの携えているチェーンソーにエンジンがかかりきる。
胡散臭いキャスター程度ならばフェイト一人でも対処が可能だが、目の前のバーサーカーはフェイトのキャパシティを大きく超えている。
自身のランサーを出すことを考えたが、ランサーを出したところで戦況は変わらないだろう。
ランサーは近接戦闘には向いていない。
先ほどのアサシンとの一戦だって、相手の行動に陰りがなければ宝具を放つことすらできずにランサーのほうが負けていた。
宝具を使えば立ち向かうこともできるかもしれないが、宝具を使えるほど魔力が残っていない。
バルディッシュでの戦闘はバルディッシュ側の魔力補佐があるからまだいいが、サーヴァントを用いた戦闘はそうはいかない。
フェイトに全ての負荷がかかる。もし今また、『残酷な天使の運命』のような大技を繰り出せばフェイトが魔力を供給できずにそのまま倒れてしまうだろう。
そんな無様を晒せば、いい的だ。
少なくともこの周辺にはチェーンソーのバーサーカー、胡散臭いキャスター、小学校に潜んでいる『死神様』を名乗ったエプロンドレスの少女・キャスターが存在している。
さらに、このバーサーカーのように先ほどのフェイトたちの戦闘を見てこの周辺によって来る主従もいるだろう。
そこまで考えを巡らせれば、方針はすぐに定まった。
じゃりと音を立ててバーサーカーが一歩を踏み出す。
「ひ」と、名も知らぬ少女が声を上げた。それが合図だった。
「バルディッシュ、デバイスフォーム!」『Device Form』
キャスターに突きつけていたバルディッシュをサイズフォームからデバイスフォームに変換。
チェーンソーを構えたバーサーカーに光弾を放つ。
これで倒せるとは思っていない。しかし、目くらまし程度にはなる。
万全ではないこの状況、バーサーカーとの戦闘は避けるしかない。
校門前の舗装道路に光弾が着弾し、衝撃波を撒き散らし、瓦礫片と煙を巻き上げる。
胡散臭いサーヴァントの方から舌打ちの音が聞こえた。
逆の方からは甲高い声で「ひゃいっ!?」という、場違いな可愛らしい悲鳴が聞こえた。
瞬時に左右を確認すれば胡散臭いキャスターは顔を守るように片腕を持ち上げてバーサーカーの方を睨みつけ、少女は座り込んで両腕で頭をかばっていた。
どちらも即座に動き出す様子はない。
光弾を放ったフェイトだけが、そのまま意識を集中して宙へと浮き上がろうとする。
どぉるるるるるるるるるる――――――!!!
煙幕の向こうから、斜めに構えたチェーンソーで二度、三度と舗装道路を削りながらバーサーカーが飛び出してきた。
進行方向からして狙いはまっすぐにフェイト一人だ。
迫るバーサーカーを前に、空へと舞い上がる。チェーンソーはフェイトのバリアジャケットの裾を払い、大きく空を切った。
バーサーカーは体勢を大きく崩した。追撃の千載一遇のチャンスのように思えたが、飛び込まない。
果たして、
チェーンソー男は二拍も間をおかずにすぐに体勢を整えた。
もし、無策に突っ込んでいたらきつい一太刀を浴びることになっていただろう。
少しだけ冷静になれているのを確信しながら、さらに高くへと舞い上がる。
空中を移動できるというのは戦闘においてそのままアドバンテージになる。それが自由移動が効くというならばなおさらだ。
相手が空中に対する戦法を持たないかぎり逃げれば不可侵の領域となり、攻撃に転ずれば即座に不可視の堅牢な砦と化す。
しかし、バーサーカーはそのアドバンテージすらも、狂化による身体能力の向上でやすやすと乗り越えた。
チェーンソー男は、空を飛ぶでも、遠距離用の攻撃に切り替えるでもなく、ただ、跳び上がった。
その跳躍は、やおら舞い上がったフェイトをゆうに超えるほど高い。もはや人が至った英霊と呼ぶよりは、その枠を超えた一個の怪物と呼ぶに相応しい。
夕暮れで真っ赤に染まった小学校の校舎を背負い、バーサーカーが宙を舞う。
そのチェーンソーの軌道の先には、当然フェイトの身体があった。
フェイトは構えているバルディッシュを握りしめ、再び魔力を注ぎ込む。
飛行が安定した速度を出せるようになるまではまだ数秒要する。その一撃は、なんとしても届かせてはならない。。
『Photon Lancer』
フェイトはその数秒のために空に光球を展開し、槍のように尖らせて放った。数本の槍が跳び上がったバーサーカーの脚に、肩に、突き刺さる。
しかし、バーサーカーは止まらない。
身をよじることもなく真正面から光の槍を受けきって、唐竹割りの構えでチェーンソーを持ち上げている。
「バルディッシュ!!」『Yes Sir』
間一髪サイズフォームに切り替えて、チェーンソーを受け止める。
魔力の刃とチェーンソーの歯、二つが一瞬咬み合って耳障りな音をかき鳴らす。
均衡は一秒も保たれない。フェイトが力負けし、バルディッシュが弾かれてしまう。
空中で体勢がぐらついたフェイトの身体をチェーンソーが掠める。受け止めた分だけ歯がずれて、必殺の唐竹割りを往なしきったようだ。
チェーンソーを避けた勢いそのままに、更に高みへと飛び上がろうとするフェイト。しかしバーサーカーはまたしても逃亡を許さない。
「なっ―――!?」
バーサーカーは超人的な身のこなしで身体をねじり、腕を伸ばし、今にも飛たたんとするフェイトの脚をその豪腕で握りしめたのだ。
フェイトの飛行は魔力による飛行なので地面に引きずり降ろされるようなことはない、だが、片足に大きく負荷がかかれば安定した姿勢を保つことは難しい。
更に言えば、脚を捉え逃げ道を塞いだのが見敵必殺のバーサーカーである以上かかるのは負荷だけでは済まない。
どるるるるん。どるるるるん。
フェイトが掴まれた右足を見れば、そこには、片手でチェーンソーを垂れているバーサーカーの姿が目に入った。
ぶらり、ぶらり、チェーンソーが揺れる。それはまるで振り子のように。
瞬間、『片手でチェーンソーを振り上げてフェイトを切断しようとしている』と察したフェイトは、すぐに次の行動に移った。
「こ、のっ!!!」
フェイトの策は単純だった。
飛行に回していた魔力を切り、逆に地面へと向かう推進力に変えたのだ。
結果、バーサーカーはチェーンソーを跳ね上げるよりも早く、地面にたたきつけられる事となった。
バーサーカーが地面を大きくバウンドし、ごろごろと転がっていく。
フェイト自身も勢いがついているため、空中で急ブレーキをかけるも体勢維持ができずに地面に投げ出されそうになってしまう。
しかし、そこを支える者があった。
「無茶ばかりするのね」
「……大丈夫」
口数の少ない青髪の少女―――フェイトのサーヴァント、ランサーだった。
すわ落下という瞬間に、ランサーが実体化して彼女を受け止めたのだ。
ランサーの身体に衝突した衝撃と、現界に要した魔力と、蓄積された疲労とダメージで少し気を失いそうになって持ち直すまでに数秒。
小学生であることを鑑みれば、それはかなり早い立て直しだっただろう。
しかし、相手はそんなことを一切考慮していなかった。
どるるるん、どるるん。
見れば、もうすぐ近くまでバーサーカーが迫っていた。
心なしか、寄ってくる速度は遅い。ひょっとするとランサーを警戒しているのかもしれない。
ランサーがフェイトをかばうように立ち上がり、ロンギヌスの槍(真名を解放していないので魔力は極限まで抑えられている)を取り出した。
ランサーの臨戦態勢を見て身震いしたのはフェイトだ。ランサーでは勝てる相手ではないというのは確定的に明らかであるし、宝具を放てばフェイトの魔力は尽き果ててしまう。
「駄目、ランサー!」
「知っているわ……マスター、令呪を」
『令呪を』。続く言葉は想像がついた。
おそらくは『令呪を用いて魔力ブーストをかけるよう命令をくだせ』ということだろう。
そうすれば一時的にとは言え魔力に補佐を得て、もう一度くらいはあの超級の宝具を花てるかもしれない。
令呪は有限。できれば無駄撃ちはしたくない。
だが、ここで撃たねばまた襲いかかられてダメージを無駄に積み上げるだけだ。
即時判断を終え、令呪に魔力を巡らせながら、命令を紡ぐ。
「……令呪を持って命じます! ランサー、目の前のバーサーカーを―――」
「伏せて!」
魔法の呪文は、乱入者の叫びと降り注ぐ魔力の矢で遮られた。
幸子は、もう何がなんだかわからなかった。
掲示板の書き込みを見て、小学校の前まで来てみれば、武器を構えたフェイト・テスタロッサが居た。
彼女と命がけの交渉を行おうとした矢先、変な男性(キャスターらしい)が邪魔をしてきた。
しかもあろうことか、こんなにもカワイイ幸子を小蝿だなんて言い放って。
それだけで幸子としては許せなかったのだが、抗議の声を上げることはできなかった。
キャスターを見た瞬間、フェイトの眼の色が変わったのだ。
そして、手に持っていた武器らしきものの形が変わった。
まるで死神の鎌みたいだと思い、もしあれがあたってしまえばと想像すると、足が震えた。
幸子を動かしたのは、彼女らしい『虚勢』だった。
聖杯戦争を止めなければならないという正義と呼んでいいのかわからない心で奮い上がり、ヤケクソ気味に足を踏み出す。
カワイイからってフェイトが止まってくれるかどうかは分からないが、それでも、フェイトはすぐには幸子を襲わなかったという事実がある。
無差別に目についた人物を襲っているわけではない。
ならば、話をする余地はあるということだと判断した。
「ま、待ってください! 武器なんて―――」
一歩をヤケクソで踏み出し、続く足は勢いで駆け出し、フェイトとキャスターの間に立ち塞がる。
しかし、フェイトは幸子をすり抜け、キャスターの方へと行ってしまった。
フェイトを止められない。フェイトは止まらない。
あのキャスターという男は、ここで死んでしまう。
やはり聖杯戦争は止められないのだろうかという諦観にも似た絶望と。
刃を持ったフェイトがすり抜けた瞬間、内心、自分は死なずにすんだとほっとしてしまったという当たり前の感情を抱いてしまった幸子の胸を締め付ける。
二秒、三秒。聞こえるはずの斬撃の名残は、まだ幸子には届かない。
おそるおそる振り返ってみると、フェイトの刃はキャスターすれすれで止まっていた。
もしかして、声が届いたのか?
幸子が尋ねるよりも早く、再び事態は急変した。
物々しい音とともに現れたのは、黒いフードの、おそらく男性(バーサーカー、と見える)。
物騒なことに、チェーンソーのエンジンを掛けながらこちらに歩いてきている。
どるん。どるん。どるん。どぉるるるるるるるるるるるるる。
チェーンソーが高速回転をし始めたのを見て、幸子は悲鳴を抑えきれなかった。
「ひ」
フェイトの武器は、死神の鎌のようであると思ったが、現れ方から刃の色までほとんどすべてが現実離れしていて恐怖が薄かった。
だが、あの男の持つチェーンソーは、いやらしいほどにリアリティに溢れていた。
小梅と、輝子と、三人で見たパニックホラー映画を思い出す。
映画の中の怪人は得てして、ああいう武器を振りかざして、無辜の人間を襲い、殺すのだ。
バーサーカーは何も言わずに、ただチェーンソーの音だけを響かせながら歩き続ける。進行方向は、幸子たちの方だ。
フェイトの前に飛び込むときには蛮勇に任せて動いた足も、今度はガクガク震えるばかり。
真っ白になった頭でバーサーカーを見つめていると、やはり想定外の衝撃が走った。よくわからない光の弾が、バーサーカーに向かって放たれたのだ。
「ひゃいっ!?」
反射的に頭をかばって座り込む。
数秒経って、「この程度の自衛では意味が無いんじゃないか」と気付き飛び退った時には、また幸子を置き去りにして事態が動いていた。
飛び退り、煙幕の中にバーサーカーの影を追うが、地上にはバーサーカーの姿も、フェイトの姿も見えない。
エンジンの駆動音を頼りに空を見上げれば、二人は、空を飛んでいた。
正確にはフェイトが宙に浮き、そのフェイトの足をバーサーカーが掴んでいる、というような状況だった。
キャスターはそれを見上げて「ぶんぶん五月蝿い奴らだ」などとぼやいているが、どう考えてもそういう状況じゃないだろう。
思わず突っ込みたくなるが、言葉が出てこない。
ようやく出てきたのは、声にもならない程度の音量の声、言葉としての意味も曖昧な言葉だった。
「な、んですか、これ。なんなんですか、これ」
幸子のカワイイ頭はすでにフットー寸前だ。
しかし、幸子の頭に注ぎ込まれるガソリンは、まだまだ止まらない。
「さ、幸子、ちゃん……!」
一日ほどしか離れてないのに、懐かしく思えるその声に、振り向く。
そこには、中学校の制服を着た、見知った少女が居た。
「輝子、さん……」
名前が、自然と口から溢れる。
どこかおぼつかないフォームで、マイペースな彼女には似合わない小走りで、幸子の方に駆け寄ってきている少女は。
見間違うはずがない。カワイイ幸子の友達の、
星輝子だった。
煮えたぎっていた幸子の頭が、ぐるんと一回かき混ぜられる。
輝子が何故ここにいるのか。自分の居場所を知っているのか。
どうでもよかった。ただ、足が動いた。
駆け寄ってくる輝子の手を掴み、そのまま明後日の方向へ駆け出そうとする。
ここに居るのは危険だ。ここには、フェイトもいるし、バーサーカーも居る。
フェイトとの交渉は後日に回さなければならなくなるが、交渉の機会と親友の命となんて、天秤にかけるまでもない。
幸子に手を引かれたせいでバランスの崩れた輝子を支えようと、彼女の身体に手を回す。
その時、空がひときわ眩しく光った気がした。
「伏せて!」
放たれた声に、立ちすくみ、思わず言われたとおりに身を低くする。
刹那、幸子の隣に何かが落ちてきて、地面に大穴を穿った。
何かはかなりの量が空から落ちてきているらしく、あちこちから音が聞こえてくる。
悲鳴を上げることもできない。もう死んだ、と本日三回目の走馬灯が頭をよぎる。
幸子の頭上から音がする。突き刺さったわけではない。鋭い何かが、同じく鋭い何かに弾かれた。そんな音だ。
音が止み、地面の冷たさから生を実感して、音の正体を辿ってそろそろと顔を上げる。
そこにはまた見知らぬ人物が立っていた。
その人物が何者か、何故幸子を守ったのかに見当はつかない。
ただ、その見知らぬ人物は、幸子と同じくらいに可愛らしく。
真っ白なコスチュームも相まって、悪をくじく素晴らしい正義の味方のように、夕闇に映えていた。
☆ランサー
取り逃がした少女……
江ノ島盾子と同等の邪悪な存在、蜂谷あいと彼女のサーヴァントであるエプロンドレスのサーヴァント。
桜色のステッキを持った魔法少女。桜色の髪をしたセイバー。
二組から大きく距離を取り、二組の追撃に備えもう一度実体化して周囲の『心の声』に注意を払う。
するとすぐに、いくつもの声が聞こえてきた。
(フェイト・テスタロッサを利用して聖杯戦争に付け入りたい)
(聖杯戦争を止めたい。クリエーターを見返すために仲間がほしい)
(これ以上戦えば消耗して敗北は免れない。逃げたい)
(
雪崎絵理を殺したい)(邪魔者は殺さなければならない)
ランサーの魔法は、昔から考えれば大きく変わってしまった。
今ではもう、相手が困って居なくたって声を聴き、思考を先読みすることができる。
それは願望であったり、無意識下での反射的判断であったり様々だが、『キックを避けられたくない』『本当のパスワードを知られたら困る』程度の心の声すら聞き逃さなくなった。
そんな能力が、先ほどの四人(鉢屋あいの心の声は聞こえなかったので正確には三人、だが)以外の声をキャッチした。
誰かがいる。聖杯戦争に関わっている誰かが四人、この近くに。
それを裏付けるかのように電動鋸を回すようなけたたましい音と、何かが爆裂するような音が聞こえてきた。
更に新たな声が二つ。その戦闘のすぐ近くに一つと、少し離れたところに一つ。
近い方の声は、よほど困っていたのか、かなり鮮明に捉えることができた。
(きらりさんと、幸子ちゃんが居たら困る)(二人が危ない目にあってたらいやだ)。
その声に、ランサーの拳を握る力が強くなる。
諸星きらりのことを真に願う参加者がここにも居る。
双葉杏以外にも、確かに存在している。
それはとても喜ばしい事実だ。
だが、その事実を反芻するたびに、頭のなかにあの自信満々な絶望の塊のような少女の笑顔と笑い声がこだましてくる。
そして、離れた場所から聞こえる、小さいが力強い、もう一つの声。
(マスターを変えたい)(参加者を減らしたい)。
相反する二つの声が鳴らすのは、これ以上ないほどの『危険人物』の到来を示す警鐘だった。
危険人物の心の声が、(視界に捉えている五人に不意打ちに気づかれては困る)という声に変わる。
聞こえた心の声の数は、その不意打ちを企む誰かを除いて五つ。
ランサーが勘定に入れられていないのは、おそらく不意打ちをしようとしている人物の視界にランサーが入っていないからだろう。
ランサーが見つかっていない以上、逃げるのは簡単だ。霊体化して霞のように消えてしまえばいい。
だが、ランサーの心は、ランサーの正義はそれを良しとしなかった。
もとより、『すべてを守る』という馬鹿げた願いを持って英霊にたどり着いた魔法少女だ。
今まさに襲われようとしている人間を、しかも他者を思いやる心を持った人間を、見捨てることなんてできない。
ルーラを取り出し、一気に駆け出す。
そして攻撃が行われるよりも早く、声を上げる。
「伏せて!」
飛び出した瞬間、ぱたぱたと不慣れそうに走っていた白髪の少女が何事かとこっちを向き、薄い髪色の少女は何も言うことなく素早く白髪の少女の体ごと地面に伏した。
少女たち二人の方に駆け寄り、空から降り注ぐ魔力の矢を弾き飛ばす。
少女たちの心の声が聞こえる。
(死にたくない)(聖杯戦争を止めたい)
(幸子ちゃんを守りたい)(きらりさんがいたら困る)
その二人が、先に存在していた五人の中でも特に守らなければならないと思った二人だったことがわかり、ルーラを握る力が強くなる。
降り注ぐ矢の軌道は心の声ではつかめていない。つまり『範囲内に無作為に矢をばらまく宝具』なのだろう。
一本でも逃せば、この二人が死ぬ。
ランサーは魔法少女の持てる超人的な集中力と反射速度を持って、すべての矢を叩き落とした。
次の波が来ないことを確認し、一息をついて、他の声の方をちらりと確認する。
金と黒の衣装を身に纏った少女(通達で見た、フェイト・テスタロッサだ)と槍を携えた少女は、辛くも全弾凌ぎ切ったという様子だ。
両者ともに、身体の至る所に矢がかすめたであろう、生々しい傷が残っている。
NPCと見間違えそうな男性は、ただ苛立たしそうな表情で、『危険人物』の心の声がした方向を眺めている。
その体には一切傷がない、それどころか動いた様子すらない。矢に当たらないスキルを持っているのかもしれない。
最後の一人、フードを被った大男は、体中に魔法の矢を突き刺したまま、『危険人物』の方へ駆け出していた。
どるるるるる、どぅるるるるるる。
チェーンソーの駆動音の合間に、しゅぱっという軽い音が響く。
そして、フードの大男は、喉に大きな風穴を開けてそのまま地面に倒れてしまった。
『フェイト・テスタロッサのサーヴァントが一人と、もう一人、隠れていたか』
ランサーの卓越した動体視力が捉えたのは、『矢』だった。矢があのフードの男の喉を貫き、一撃で倒してしまったのだ。
そして、矢の放たれた方向は、先ほどの危険人物の方向。
『早速で悪いが、私は君たち全員を撃破しなければならない。それが、私のマスターの依頼でね』
降り立ったのは、黒と金の身体に、頭頂には太陽を模したような冠を飾った、異形の存在。
ローブのようにも見える黒に金のマントを棚引かせながら、怪物はゆっくりゆっくりと歩み寄ってきている。
サーヴァントであるランサーにはその正体を見ることはできなかったが、それでもそのクラスだけは想定できた。
放たれた矢の嵐。そしてフードのサーヴァントを撃ちぬいた一弓。
アーチャーのサーヴァントに相違ないだろう。
アーチャーの左手についた弓のような篭手に魔力が集まる。
次いで聞こえる心の声は(フェイト・テスタロッサに避けられると困る)というもの。
それを矢を放つ予備動作だと察知したランサーの行動は早かった。
一気に駆け出し、ルーラを振るう。
しかし魔法の国製のルーラの一太刀はアーチャーの身体には届かない。
アーチャーが脱ぎ捨てたマントを使ってルーラの軌道を逸らしたのだ。
アーチャーの真の姿が衆目にさらされる。マントの内側に眠っていたのは、眠るような黒と燃えるような赤。
『気忙しいねえ。後で相手をしてやるから、少しは静かにしていたまえ』
(腹への一撃を避けられたら困る)
ルーラを往なされてバランスを崩したこともあり、声を聞いてからの反応が追いつかない。
拳がランサーの腹を叩いた。
その拳撃は、ランサーが今まで受けてきた中でも最上級の威力。
崩れかけたところに、アーチャーの蹴りが突き刺さる。
ランサーは、まるで戦闘に不慣れな魔法少女のように、ただ暴力に晒されて、威力に任せて舗装道路をごろごろと転がるしかなかった。
(目の前のサーヴァントに矢を避けられては困る)
次に聞こえてきた心の声は、またしてもランサーを狙ったもの。
転がる勢いで起き上がり、横に飛び退る。次の瞬間には、ランサーが横たわっていた場所に大穴が空いていた。
『ほう、勘がいい。では、これならどうかな』
まるで必死で走り回る子どもをのんびり眺めているかのような抑揚での物言い。
その物言いとは打って変わって、放たれるのは殺すための連撃。
息つく暇もないほどの速度で矢が次々と放たれる。
心の声による先読みで次々に避けるが、矢とランサーの距離は迫っていく。
あわや着弾か、というところで、アーチャーの弓は突如その目標を変えた。
放たれる矢。空中から聞こえる小さなうめき声。何かが落ちる音。誰かが逃げようとして撃たれた、ということだろう。
『逃げられると思ったのなら、それは少々、私を見くびりすぎだ』
余裕綽々という風貌そのままに、圧倒的な戦力で立ちはだかるアーチャーに、再び肉薄しようと体勢を立て直す。
誰かが近接戦を挑んだならば、アーチャーは弓を撃つ隙がなくなる。
まずは、この圧倒的な敵を退けるのではなく、他の者達の撤退の手助けを行う。
心の声による先読みと、同等の反応速度を持つランサーならばそれが可能だ。
しかし、ランサーが走りだすことはなかった。
心の声が聞こえた。
しかも、この状況で、また新たな心の声が。
(動き回られると困る、マスターとサチコを連れて帰れない)
(どっちがサチコだったっけか、分からない)
誰かが、『マスター』と『サチコ』を連れて帰ろうとしている。
この場にいるマスターはおそらく三人、白髪の少女、髪色の薄い少女、そしてフェイト・テスタロッサ。
そして『サチコ』とは、白髪の少女の心の声にあった名前。
導き出されたのは、その心の声の主が、先ほどランサーが守った二人を助けにきたという事実。
『えーい、面倒だ!! 二人まとめてまとめて連れて帰ればそれでいいだろ!!!』
突如聞こえる大きな声。
空を見上げれば、そこには、『何故か見覚えのある』謎の円盤が浮いていた。
『ハァッヒフゥッヘホォ―――――――――!!!!』
いやに聞き慣れた雄叫びが、六人の頭上から放たれた。
『な、に』
その声と、空を漂う円盤に呆気にとられたのは、襲撃者であるアーチャーもまた同じだった。
『信じられないものを見るような目』で、その円盤を眺めている。
『喰らえ、トリモチバズーカ!!』
その一瞬の虚を突いて、円盤の下部からノズルが飛び出し、べっべっべっと三つの白い粘着質な何かを吐き出した。
アーチャーの身体に一つが着弾する。
アーチャーが余裕の態度を崩し、その姿のままで固まった。
動きが鈍い。本当に『トリモチ』をぶつけられたかのようだ。
『掃除機ノズルアーム!』
続いて円盤から、掃除機のノズルに似た長細いジャバラが伸びた。
ノズルは『マスター』と『幸子』を吸い、ついでにランサーも吸い上げた。
掃除機を吸い上げられるごみはこんな気分なんだろうか。なんて、くだらない考えが一瞬頭をよぎる。
そして、一瞬の後には、ランサーは円盤の内側に居た。
幾つかのボタンとレバーしかないそのコックピットは、やはり『なぜか見慣れた』ものだった。
「さっさと逃げるぞ!!」
「ライダー、あ、あの三人も……」
「定員オーバーだ!! 文句言うなよ!! マジックハンド!」
声と同時に、ライダーと呼ばれた異形の英霊が円盤内のボタンをぽちりと押す。
すると左右二本のマジックハンドが伸び、右手で地面に横たわっていたフェイトと彼女の英霊を、左手で男性を捕まえた。
そして、彼らを宙に持ち上げて、円盤は速度を上げ始めた。
◇
ランサーにとって、その光景は、魔法少女の存在以上に奇異なものだった。
ランサーが魔法少女になるよりもずっと前、それこそ物心がつくよりもずっと前。
およそ日本中の子どもが見ていたと思われるアニメを、ランサーも当然のように楽しんでいた。
顔がアンパンの正義の味方と、バイキンがモチーフの悪役が、毎週毎週戦うアニメ。
その中の登場人物、彼の乗り物である円盤。果たしてそれこそが既視感の正体だった。
ランサーはアニメや歴史にそれほど詳しくはない。だが、その英霊の名前は、間違えようがなかった。
ランサーの胸にあふれている謎の感動をよそに、ライダーと、彼のマスターは話を続ける。
「なんか似てたから二人とも回収したが……どっちかがサチコってやつでいいんだな」
「ふ、ふ、さすが、親友」
「なあにが『さすが親友』だい! 俺様があとちょーっとでも悩んでたら、お前ら全員穴だらけだったんだぞ!」
白く長い髪の少女(ライダーのマスター)は、とても楽しそうにこの円盤の主であるライダーの肩をたたいた。
ライダーは、ぷりぷり怒りながらもレバーの操作に余念がない。
円盤での移動が目立つからか、一旦森の方へ進路をとっているようだ。
コクピットのガラス越しに外の三人を見つめる。風の影響などは受けていなさそうだ。
思い返せば、ランサーの知るライダーのUFOは、よくキャラクターを掴んで移動していたが、風圧などは一切無視できていた。その逸話が現れたのかもしれない。
「あ、あの」
そこでようやく、『幸子』が声を上げる。
その様子は、ネッシーやツチノコ以上に信じられないものを見た、というようで。
「貴方……
ばいきんまん、ですよね? マスター、って、輝子さんの、サーヴァントなんですか?」
しばしの沈黙。そして、ライダーの大きなため息。
「だーから、俺様嫌だったんだよ。一発でバレちゃうんだもの!」
肯定。ついでに言えばランサーの予想も、あたっていた。
いや、これだけわかりやすいフォルムの悪役を、見間違えるほうがおかしいのだが。
画面の中だけの世界一有名な悪役が、同じ聖杯戦争に呼ばれている、なんて思ってもみなかった。
ランサーは今一度、聖杯戦争と言うものへの認識を改め直した。
「お前がサチコか?」
ライダーが幸子に問いかける。幸子はまだ狐につままれたような顔をして、ただ二度ほど頷いた。
それを確認すると、ライダーは次に、しらっとした眼でランサーの方を見つめてきた。
そこまで来て、ようやく自分も助けられていたのだということを思い出したランサーは、姿勢を正して頭を下げた。
「あ、あの、ありがとう……」
「よせやい! お礼なんか言うな! 俺様、そういうのいっちばん苦手なんだ!!」
しかし、謝辞の言葉はライダー本人の言葉でかき消されてしまう。
そしてライダーは、少し不機嫌そうな声で続けた。
「それにお前、正義の味方だろ! くっそう、お前が幸子じゃないってわかってたら、置き去りにしてたのに!」
言われてみれば、幸子と呼ばれた少女と、ランサーの髪色はよく似ていた。
自分が助けられた理由が『幸子と似ていたから』というあまりにも偶発的すぎるものだということに、思わず身体の力が抜ける。
しかし、ランサーの心の方は、脱力とは程遠い状態だった。
正義の味方、という一言が、ちくりとランサーの心に突き刺さる。
思い出すのは、またしても、自身のマスターの言葉と、自身のこれまでの振る舞い。
苦しんだ心が絞られ、膿汁のように苦々しい言葉を一言だけこぼす。
「……私は、正義の味方なんかじゃ」
「いーや、俺様が言うんだから間違いない! お前は正義の味方だ!
そんな見た目で、他のやつ助けるようないかにも~なやつが、正義の味方じゃないわけないだろ!」
しかし、ライダーはまたしても、ランサーの言葉を断ち切って、自身の意見を突きつけた。
ランサーは、やはり、苦い思いしかできなかった。
しばらく、沈黙が流れる。
輝子も、幸子も、ライダーも、何も喋らなかった。
輝子はライダーの背中越しに、ガラスの向こう側に広がる景色を鼻歌交じりで楽しんでいる。
幸子はそわそわしているように見える。ひょっとしたら、先ほどのランサーとライダーのやりとりで、萎縮させてしまったのかもしれない。
少しばかりの沈黙に、心の膿の臭いが混ざる。
ランサーは、感じるはずのない膿の臭いに少し居心地が悪くなり、つい口を開いてしまった。
「……あの、ライダーさん」
「なんだぁ?」
「悪って、なんなんですか」
ランサーが一言喋ると、ライダーはすぐに簡素な返事を返した。
昔見た彼はこんなに職人気質だっただろうか、と考えながら、ランサーは遠回しに、先ほどのばいきんまんの『正義の味方』という言葉について、問いなおす。
ランサーは、時々正義と悪がわからなくなる。
魔法の国から見れば、魔法少女狩りは正義であり、また同時に悪でもあった。
彼女の心の中の正義に従っても、なじられこそすれ賞賛されることはない、不確かな正義の元で戦い続けていた。
ここに来て、その不確かな正義は再び揺れることになった。
自殺した少年を殺したのは誰か。
鉢屋あいを殺すのは本当の正義か。
善と悪は、しょせん人の目盛りにすぎない。命に貴賤をつけたのはランサーであり、正義ではない。という江ノ島盾子の言葉。
ならば、ランサーの正義とは、ランサーの信じてきたものはなんなのか。
自身の弱みを見せるようなことは、生前のランサーならばしなかった。
しかし、ひょっとすると、目の前の『あく』の大御所ならば。
世界一純粋な人間に向けた『あく』である彼ならば、ランサーの抱える自己矛盾について、何かの解決策をもたらしてくれるのではないだろうか。
ライダーの性格をしっかり理解したうえで、そう判断した。
それはもしかしたら、ランサーにすこしばかり残っていた『なにかへのあこがれ』と、一方的であるかもしれないが幼少期を一緒に過ごした相手への理屈を超えた信頼感がそうさせたのかもしれない。
「なんだあ、お前、そんな簡単なことも知らないで正義の味方やってるのか!」
そんなランサーの心の中もつゆ知らず、ライダーはすぐに答えを出した。
「いいことするやつが正義! まじめとか、他の人のためとか、俺様そういうのぜえんぶ大っ嫌い!!
その反対が悪! だから俺様は悪の味方なんだ! わかったか!」
それは、とても単純な理屈だった。
幼児に向けられた、包み隠さぬ本質的な『正義』と『悪』だった。
まるで赤鉄を槌で叩いたかのように。
ランサーのなかに、単純な理屈が響く。
事態が複雑になればこんな単純な理屈は通用しないというのは理解している。
だが、それでも。その単純な理屈は、ランサーの心に折り重なっていた澱を雪いでくれるようだった。
「あの」
続くランサーの一言に、ライダーが応えるよりも早く。
円盤の外から爆音が響き、バイキンUFOの右のマジックハンドがちぎれ飛んだ。
数秒後に、同じように左のマジックハンドも吹き飛んだ。
一撃目の襲撃で気を取り戻したランサーの眼が、マジックハンドを吹き飛ばした『何か』を捉える。
それは、先ほどのアーチャーの『矢』に相違なかった。
「ちっ、追ってきやがったか!!」
ライダーは舌打ちをして、レバーをきつく握り直し、操作する。
その操作に従って、UFOは不規則に進路や高度を変える。
進路を変えるたびに、UFOの端から鈍い音が上がる。先ほどと同じように、矢を乱れ打っているのだろう。
すれすれのところですべてが機体そのものに着弾しないのは、距離のためか、逃げ続けているためか、ライダーの腕前か。
ががんと音を立ててUFOの円盤部の装甲が跳ね上がる。
じわじわと、着弾箇所が中央へと寄ってきているのは、ランサーでなくとも気づけることだった。
「だ、だ、大丈夫なんですか!? これ、大丈夫なんですか!?」
「しるか!!」
幸子の悲痛な叫びに応えるライダーの声にはもう余裕はない。
ライダーがUFOの高度を大きく下げる。
直後、今までで一番大きな爆音がUFO内を包み込んだ。
☆アーチャー
円盤の胴体を貫いたのを確認し、矢を撃つための安定した走りから追いつくための全力の走りに切り替える。
現れたのが宇宙の象徴のような『未確認飛行物体』でなければ、隙を作ることもなかった。
放たれたのが単なる攻撃ならば余裕を持って防げた。
だが、あの瞬間のあの行動はアーチャーにとってはまさに最悪と言わざるをえない一手だった。
とはいえ、十分に注意していれば対処することもできたはずだ。
我ながら酷く油断したものだと思ったが、それもこの一撃で六割ほど取り戻せた。
残りの四割は、撃ち落とした二つのマジックハンドとともに置いてきた。フェイト・テスタロッサを見失うのは痛手だが、倒せる人数は多い方がいい。
令呪としての価値があるフェイトを捨てたとマスターが聞けばなじるかもしれないが、伝えなければいいだけだ。
円盤がふらふらと高度を落としているところに、ダメ押しで矢を二発打ち込む。
すると、円盤は面白いほどに大きな音を立てて爆発した。
あれほどの爆発ならば中に乗り込んでいる四人は無事ではないかもしれない。
だが、念には念を入れておく。
生き残られてアーチャーについて触れ回られて、アーチャーの有利は揺るがないだろうが、聖杯戦争では何が起こるかわからない。
殺せる時に殺しておくべきだ。
ひょっとして、令呪を持ったままのマスターが一人でも生き残っていれば、フェイトの討伐令による令呪一個を上回る、令呪三個を得ることができる。
『そうすれば、あの気難し屋なマスターも、笑ってくれるかもしれない』
忠誠心ではない。
たんなるご機嫌取りだ。
あと数十時間を円滑に過ごすための、処世術にすぎない。
アーチャーにとって最も警戒しなければならないのは、、まずマスターの持つ絶対遵守の『令呪』。
もし、対魔力の低い
我望光明状態で令呪を使われれば、アーチャーは従うしかなくなる。
行動に変な制限を加えられて、うっかり負けましたでは笑えない。
そんな状況を作り出さないように先手を打っておくのは大事なことだ。
◇
爆発の火花で、木が燃えている。
周囲には、紫色のブリキとガラスの混ざった円盤の残骸が広がっている。
そして、燃え盛る木の側に、彼はいた。
深い紫色でで、三頭身の身体。頭には二本の触覚、背中には羽と尻尾。
21世紀日本由来の英霊である以上、アーチャーも彼の真名を間違えるはずがなかった。
『嬉しいね、まさか、君と会うことができるなんて。
光栄だよ、『日本一UFOに乗った英霊』……ばいきんまんくん』
「俺様はお前のことなんか知らないぞ。わかったらあっちいけ!
くそ、あいつら、俺様一人置いて行きやがって!」
クラス不明のサーヴァント・ばいきんまんは悔しそうに地団駄を踏んだ。
その姿も、アーチャーの知っている彼に相違ない。
『残念だよ。君を殺さなければならないなんて』
「こいつめ、もう勝った気でいやがるな!」
『君程度には、私の夢は止められないよ』
「へーんだ! 俺様、日本一諦めの悪い悪役だもんね!!」
ばいきんまんが天に向かって手を突き上げる。
「こぉい、『だだんだん』!!!」
瞬間、空が光り、木々を超えるほどの背丈のロボットが現れた。
鈍く輝くブリキのロボットは、やはりアーチャーもよく知る宝具。『だだんだん』。
アーチャーは、アニメの中からまるでそのままなその英霊の振る舞いに笑ってしまった。
アニメのままの英霊を、武力によって討伐する。
聖杯戦争だとはいえ、これを笑わずにいられようか。
『素晴らしい……君は実に、「ばいきんまん」だ!!』
アーチャーが飛び上がり、だだんだんの拳が唸る。
最終更新:2016年01月13日 09:31