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ALL HAZARD PARANOIA/オール・ハザード・パラノイア Ⅱ ◆EAUCq9p8Q.





  勝負は一方的だった。
  いや、もはや勝負と呼ぶのもおこがましいかもしれない。
  だだんだんは確かに大きい。大きければそれだけ重量があり、力も強い。
  しかしその分スピードが落ちている。
  身体の大きさも相まって、今のだだんだんはアーチャーにとってはいい的でしかないのだ。

『だだんパーンチ!!』

  だだんだんのマジックアームのような拳を避け、矢を放つ。
  だだんだんの胸が大きく爆ぜた。

『こんのお!!!』

  だだんだんが地団駄を踏むように足を持ち上げる。
  しかしそれも、アーチャーから見れば隙でしかない。
  天上に迫るだだんだんの足めがけて矢を放つ。矢が、だだんだんの足をぐちゃぐちゃに破壊した。

『……つまらない。所詮君はその程度ということか』

  ずだんと大きな音を立ててだだんだんが尻餅をつく。がが、と小さなノイズのような音が走る。
  すでに片足。満足な戦闘はできない。
  しかし、アーチャーは攻めの手を緩めず、天に向かって弓を引いた。
  これはアーチャーの宝具『アポストロスの矢』の対軍用のモーション。

『真名開放……「アポストロスの矢」』

  放たれた矢が、空中で無数の矢に分かれ、雨あられのように降り注ぐ。
  そして、そのすべてがだだんだんの身体に突き刺さった。
  だだんだんが円盤と同じように大げさに爆発する。
  爆発する寸前、だだんだんの口からばいきんまんが吐き出されるのを、アーチャーは見逃さなかった。

『さあ、チェック・メイトだ』

「へえ……へえ……」

  ばいきんまんはすでに息も絶え絶えという様子で這いつくばっている。
  あとは頭目掛けて矢を放てば、それでこの一方的な戦闘は終わる。
  しかし、その時。

「へ、へへへ」

  ばいきんまんは、笑った。
  弓をひく指が止まる。が、がが、またノイズのような音が耳に飛び込む。
  ばいきんまんは寝返りをうち、うつ伏せになる。そして、また、息切れ気味な笑いを続けた。

『……笑う余裕があるのかい。君は、負けたというのに』

「お前、勘違いしてるな……俺様は、まだ負けてない!!!」

  ばいきんまんが背中の羽で飛び上がり、同時に大きな声で叫ぶ。

「やれ、『もぐりん』!!!」

  がが、がががが! どどどどどどど!!
  音を立てて、地面が隆起し、地中から鈍色に光るなにか飛び出す。
  アーチャーがそれを受け止めた瞬間、その正体を理解した。
  それは、地中を掘り進むための道具であり、アーチャーの弱点と行っても過言ではない武器。

「ぶちかませえ!!!」

  地中を穿って飛び出したドリルが、アーチャー向けて射出される。
  一切気配を感知できなかった不意打ちを、アーチャーは身体の中心で受け止めてしまった。

『く、この……』

  螺旋の力で刃先を捩じ込まれ、持ち上げられる、気持ちの悪い浮遊感。
  忌まわしき記憶が蘇ってくる。


―――青春銀河、大・大・大、ドリルキックだ!!―――


  ドリルの衝撃を受け続けるのは、アーチャーの逸話的によろしくない。
  体を捻り、ドリルの軌道をずらし、二度と再利用ができないように矢で破壊しておく。
  空中に投げ出された勢いを殺すため、近場の木を足場にしようと幹を踏みしめる。

「今だ、かびるんるん!!!」

「「「「「かびかび!!!」」」」」

  ばいきんまんの声に応えるように、周囲から無数の掛け声が上がる。
  声と同時に、アーチャーが安定を狙って飛びついた足場が、まるで麩菓子に着地したかのように脆く崩れさる。
  何事かと木を見れば、無数の、色とりどりの小さな何かが木にたかっていた。
  そして、その小さな何かがたかっているところがすべて腐食している。

「かび!」「かびかび!!」「かびかびかぁび!!!」

『かびるんるん、だと……ばいきんまん、よくも……!!』

  ドリルに投げ出された勢いのまま放り出されたアーチャーは、無様に地べたに投げ出される。
  彼が顔を上げた時に見たのは、何故か新品同様の状態に蘇っている、確かにその手その矢で破壊したはずのばいきんまんの愛機だった。

『もっかいだ!! トリモチバズーカ!!!』

  べっべっべっと、小学校の校門での時と同じように、バイキンUFOがトリモチを放つ。
  今度は三発全部命中してしまった。逃れるのには手こずりそうだ。

『悪あがきか、見苦しいな』

  しかし、アーチャーの余裕が続いたのは、そこまでだった。
  トリモチに捕らわれて地べたにへばりつくアーチャー、UFOで中空に浮き上がっているばいきんまん。
  戦っていた二人を覆い隠す、大きな大きな影がある。
  影の正体を見上げれば、そこには、先程よりも数倍大きな『だだんだん』が立っていた。





☆ライダー

  トリモチバズーカは足止めにしかならない。
  ただ、普通の英霊ならば足止めをして空中を逃げれば問題ない、そう考えていた。
  なにせ相手はマントを脱ぎ捨てたのだ。アンパンマンのようにマントで空を飛ぶならば、マントを脱ぎ捨てるはずがない。
  いくら足が速かろうと、空を飛べない相手ならばライダーたちに追いつくことはできない。

  だがライダーは、その考えの甘さをすぐに改めることになった。
  ただの矢程度なら当たらないし、当たってもたかが知れているとタカをくくっていた。
  それが、どうだ。
  見事に機体を撃ちぬかれ、墜落だ。

「やい正義の味方!!!」

「幸子さんですね。ライダーさんは輝子さんを」

  ライダーが言い切るよりも早く、正義の味方のランサーはライダーの提案を理解していた。
  まるで心が読めているようだ、などと思いながらコックピットの上部(半球体ガラス)を開き、輝子を抱えて外に飛び出す。
  そして、空中を力なくふよふよと漂い、UFOが墜落し終わったのを確認してから地上に降り立った。

「へひ、へひ、つ、疲れたぁ……」

「ば、ばいきんまんさんって、飛べるんですね」

  ランサーが、やや驚いた顔でライダーの方を見つめている。
  ライダーはあまり使うことはないが、彼の背中の羽は飾りではない。ちゃんと空を飛ぶ機能を有している。見くびってもらっては困る。

「しかし、どうするかな」

  完全に見誤った。
  本当は森の上空を突き抜けることで追手を巻くはずが、逆に森のなかに落とされてしまった。
  あちらの方が機動力が上である以上、逃げようにもきっと魔力の反応を追われてすぐ追いつかれてしまう。
  魔力の反応を消すためにライダーやランサーが霊体化したとしても、これで完全に魔力の反応を消せるわけではない。
  それに、霊体化している間に輝子や幸子に向けて矢が放たれれば、それだけで二人は死んでしまうだろう。

  むむ、むむむ。顎に手をやり眉間にしわを寄せ、一生懸命考える。
  しかし、ライダーにはどうにもいい案が思い浮かばなかった。

「やい正義の味方」

「なんですか」

「お前、あいつに勝てるか」

  ランサーは、苦々しげな顔をした。
  聞くまでもないことだろう。ランサーは実際、この追跡者にやり込められていたのだ。
  それでなくても森の中は槍を振るうのに適してない。武器もなく、素の戦闘力でも劣っているならば、勝てる見込みなんてない。
  ならばとライダー自身の戦力を見る。
  バイキンUFOは破壊されてしまった以上もう一度使うには相応の魔力が必要だ。
  もぐりんは輝子の家で実体化させてあるので、呼び出せるのはだだんだんだけ。
  戦闘用バイキンメカのだだんだんならば、あの矢を相手にしても時間稼ぎくらいはできるかもしれない。

  大きくため息を付く。
  正義の味方を守るために戦うなんて、なんだか吐きそうだ。
  でも、輝子を守るためでもあるのだからしょうがない。
  だって輝子はライダーのマスターだし、友達の居ない彼を友達の更に上、『親友』と呼んでくれた人物なのだから。

「マスター、あとサチコ。お前ら、そいつと一緒に先に帰れ」

  森のなかを忙しなく見回していた輝子と幸子が、いっぺんに振り向く。
  ランサーは、何かを悟ったような顔でライダーの方を見つめていた。

「し、親友は……」

「しょーがないから! 俺様があいつを、ぎったんぎったんの、めったんめったんに倒してきてやる!
 でも、お前らが居るとジャマだ! 先に帰れ!」

  突き放すように厳しい言葉を浴びせる。
  幸子はカチンと来たようで、「な!」と声を漏らした。
  ランサーは、何かを言おうとして、言うべきか言わないべきか、迷っているような顔だ。
  輝子は……輝子は、複雑な顔をしていた。
  『倒せる』なんて嘘をついてしまっているが、問題ない。ライダーは、嘘とか、卑怯とか、そういう言葉は大好きだ。

「……ライダーさん……」

「ああ、そうそう。家に帰ったら、令呪で俺様を呼べ。そうしたら、俺様も帰るから。じゃあな!」

  それ以上なにも言わず、くるりと背を向け、歩き出す。
  ライダーは、ひょっとすると、負けるかもしれない。
  ただ、幸子を救いたいという願いは叶えてやれるんだし、あの正義の味方がいれば、しばらくは安心だろう。
  それになにより、好き放題にやってくれたアーチャーへの仕返しもある。

「……駄目、だ」

  しかし、彼の歩みを止める声が一つ。
  もう一度大きなため息を付いて振り返れば、そこにはすでに、声の主が居た。

「み、水臭いこと、いいっこなしだぞ、親友……」

「水臭いってなんだ! お前が居たってあいつに勝てないだろ!!」

「で、でも、親友一人でも、か、勝てない……でしょ?」

  どうも、嘘を見抜かれてしまったらしい。
  嘘は得意なはずなのに、なんで見ぬかれてしまったのか、ライダーにも心当たりがない。
  言い返そうとしたがうまい言葉が思いつかずに、顔をしかめると、代わりに輝子が右手を掲げながら言葉を続けた。

「それに、違う……」

「親友一人だと、だ、駄目かも……でも……
 ふ、ふ、ふたり、二人だったら、勝てるかも……親友と、私なら……ゆ、ゆゆ友情パワーで、ヒヒ、フ!」

  右手に刻まれた令呪。『二人なら』という言葉。
  言いたいことはわかる。
  輝子がいれば発動できる宝具が、確かにある。
  だが、あれは……最後の最後の秘密兵器だ。デカいし目立つし魔力消費が激しいので、使わずに隠しておくのが一番だ。

「つ、使おう。今……倒そう、あいつ。
 そ、そ、そうしないと、結局、幸子ちゃんたち、追いかけられ続けるだろうし……」

  しどろもどろになりながら輝子は説明を続け、最後に一言。彼女にしては珍しく、つっかからずにこう言い切った。

「守りたいんだ」

  言い返そうとしたが、やめにした。
  ライダーは知っている。星輝子ってやつは、どんな時でもマイペースを貫き続ける、意外に頑固な少女なのだ。
  このままだと、大事な令呪をもう一画無駄撃ちさせることになってしまうだけだ。
  代わりにまた、ため息を付いて、あとはもう、正義の味方たちに任せることにした。

「あいつらに言ってこい」

「う、うん……」

  輝子が、山の土をおぼつかない足取りで駆けていく。
  できれば止めて欲しいのだが、幸子が輝子の人となりを知っているのなら、きっと無理だろう。


  結局、輝子と二人で戦うことになり、山中でアーチャーを迎え撃つことになった。
  幸子とランサーを見送ったあと、山中二人で頭を突き合わせた。
  交戦前に少しでも作戦を立てておこうと思ったのだが、よくよく整理してみると作戦もクソもないことがわかった。

  ライダーたちの戦法はこうだ。
  ライダーがなんとか時間を稼ぐ。
  輝子はその間隠れており、隙を見て『だだんだん』を令呪の力でエンチャント。
  呼び出した『ジャイアントだだんだん』のケタ違いのパワーと耐久力に任せて相手を倒す。
  単純極まりない。わかりやすすぎる。
  だからこそ、発動できたなら強い。それだけで、勝ちが決まるようなものだ。
  問題は時間稼ぎにある。何とかして一秒でも長く時間を稼がなければならない。
  だだんだんをエンチャントするためには、だだんだんを輝子に預けなければならない。
  そして、ばいきんまんがだだんだんに乗り込まなければ時間稼ぎはできない。

  だが、その問題も、クリアできないわけじゃない。

「いいか、これを発動したら、もう戦うしかなくなるぞ!」

「う、うん……オッケー、だ、だ、だ、大丈夫……」

  輝子が右手を掲げる。

「れ、『令呪を持って命じる』」

  少女の右手になけなしの魔力が集中し、淡い光を放ちだす。

「『バイキン軍団、全軍、用意をすぐに整えて、しゅ、しゅ、出撃だ』ぁっ!! ヒャッハァ―――!!!」

  その命令は鬨の声。
  ライダーに魔力の補佐を与え、バイキンUFOの高速修復を可能にする。
  更に、遠く離れたかびるんるんたちにも、司令が伝わる。
  『魔力ブーストでもぐりんを即時完成させ、輝子のもとに集まれ』と。

「行くぞマスター!! トチるなよ!!」

「フ、フフヒ、フヒヒッハハハハハ!!! 明日も勝あつ!!! ゴウ・トゥ・ヘェェェル!!!!」

  なけなしの準備は終わった。
  あとは、ライダーには『できることならば、相手が善属性じゃありませんように』と願う他なかった。


  ことはうまい具合に進んだ。
  わざとらしくだだんだんを破壊され乗り捨てることで、だだんだんから注意をそらすことに成功。
  もぐりんやかびるんるんでの奇襲で相手の注意を逸らし続け、その間に乗り捨てただだんだんに対して輝子が令呪を用いてエンチャントを発動。
  トリモチ三発で捉え、一時的にではあるが行動も阻害して優位に立てた。

  絶好のチャンスだ。
  これを逃していいわけがない。
  ガラスの向こうにそびえ立つ、巨大な影を見上げる。
  その姿は、『だだんだん』であり、『だだんだん』ではない。
  安っぽい灰色ではなく、重厚な黒鉄のボディ。
  金色の塗装が施され、胸には青い『こころ』が輝く。
  彼こそが、ライダーの最後の最後の奥の手にして、最も強いバイキンメカ、『ジャイアントだだんだん』。

「いけるか、マスター!!」

  はるか上空にある、『こころ』に向かって問いかける。

『いつでもいけるぜぇぇぇぇええええ!!!! デーストロォォオオオイだ!!!!』

  黄昏を切り裂くように、奇声が上がった。
  ジャイアントだだんだんの足が振り上げられる。その動作だけで、周囲の木々数十本がなぎ倒された。
  ライダーはその様子を、不快な脱力に襲われながら眺めていた。
  ジャイアントだだんだんもライダーの宝具の一つ。魔力消費はライダーと、輝子の負担になる。
  現在輝子はライダーの宝具の中に『こころ』として混じっているので、必然的に魔力の負担はすべてライダー任せになる。
  一撃だ。一撃で決めなければ、負担が大きすぎる。

『そんな奥の手があったとは……やはり油断ならないな……』

  しかし、ライダーの声なき焦りとは裏腹に、追い詰められているはずのアーチャーは冷静そのものだった。
  怖気が走る。不快感からではなく、恐怖によって。

『ならばこちらも、遠慮無く……奥の手で行かせてもらう』

  アーチャーはそういうと、トリモチで身動きの取れない身体をなんとか動かし、腕を突き上げた。
  そしてその腕で、円を書くように手のひらを回す。
  するとそこに、どこからか、見慣れぬ赤い光の球が現れた。

『「超新星」……』

  まるで太陽のように輝く赤い光の球が、アーチャーの身体に飲み込まれる。
  ジャイアントだだんだんの超弩級のキックが、トリモチまみれのアーチャーに向かって放たれる。

「やったか!?」

  レバーにすがりつきながら、なんとか外を見る。
  トリモチのあった場所には、なにも残っていない。
  消滅させたのか、と思ったその刹那だった。

『早々にこの姿を使わせるとはね……敬意を表するよ』

  忌々しい声が聞こえた。
  場所は……ジャイアントだだんだんの足の更に向こう。
  そこに立っていたのは、先程までのアーチャーではなかった。
  赤い肌。白い腹。尖った角のようなオブジェクトに真っ黒な手足。
  アーチャーはまるでサナギを破った蝶のように、禍々しい姿から一転鮮やかな姿へと変身していた。

『だからこそ、一撃で決めさせてもらう。宝具開放―――「サジタリウスの矢」』

  赤く染まったアーチャーが地を駆け、空へと飛び上がる。
  遥か高みで見下ろすジャイアントだだんだんの顔めがけて。
  飛び上がったアーチャーは、魔力を纏う。魔力を纏ったその姿はあかあかと燃え上がっているようで、さながら地上に落とされた太陽。
  そして、瞬間。
  コロナのような軌跡を残しながら、急加速をし、ジャイアントだだんだんの顔に強烈無比な一撃を加えた。
  アーチャーの動きが止まって、そこでようやく、ライダーは、その攻撃が『飛び蹴り』だったのだと気づいた。
  それほどまでに、規格外の攻撃。規格外と規格外がぶつかり合い、静寂が訪れる。
  静寂を破ったのは―――アーチャーだった。

『私は、夢へと進み続ける、一本の矢だ』

  大きな音を立てて、ジャイアントだだんだんが崩れ落ちる。
  その首から上は、無残に砕け散っていた。

『何者にも、止めることはできない』

  数百本の木を巻き添えに、ジャイアントだだんだんは地に沈んだ。
  ライダーは、信じられなかった。
  星の侵攻すらものともしなかったジャイアントだだんだんが、一撃で倒されてしまうなんて。

「……マスター」

  呼んでみてもあのやる気満々の奇声は、もう帰ってこない。
  ジャイアントだだんだんの顔は、見るも無残に砕け散っている。
  身体からどんどん力が抜けていく。
  気を抜けば、このまま魔力枯渇で気を失って消滅してしまいそうだ。
  それでも、なんとかこらえていたのは、『ジャイアントだだんだんがまだ消えていない』からだ。
  立ち上がることができれば、チャンスはある。
  一撃食らわせれば、ライダーたちだって勝てる。

『……大きさの分だけ頑丈らしいが、もう一度当てれば、こんどこそ終わりだ』

  しかし、変貌したアーチャーの侵攻はまだ終わっていない。

「かびるんるん!! 死ぬ気で止めろぉ!!!」

「「「「「かびかび!!!」」」」」

  なんとかして、輝子が持ち直すまで時間を稼がなければ。
  バイキン軍団の精鋭であるかびるんるんたちが次々にアーチャーへ向かう。
  ドリルを失ったもぐりんも、かびるんるんたちの操縦によってアーチャーを抑えこもうと動き出す。
  しかし、どれもこれも、足止めどころか、路傍の石程度の役にも立たない。
  アーチャーが軽く腕を震えば、周囲のかびるんるんはすべて消滅した。
  アーチャーが軽く殴れば、もぐりんはたちまちスクラップになった。
  圧倒的なまでの戦力差。
  それはまさに、太陽に、バイキンが挑むほどの、絶望的な状況。

『悪ならば、散り際は弁えるべきだ。ばいきんまん』

  アーチャーが再び、必殺の蹴りの体勢に入った。

『だ』

  だが、そんな絶望的な状況の中で。

『だ、だん』

  一人……いや、一体だけは。

『だ、だん、だん』

  その絶望的な状況を、よしとしなかった。

『だだんだああああああああああああああああああん!!!!!』

『何っ!?』

  首から上のなくなったジャイアントだだんだんが、やたらめったらに拳を振るう。
  蹴りの体勢に入っていたアーチャーに、完全に沈黙したはずのジャイアントだだんだんの拳が突き刺さる。
  その速度、その威力、想定通りの規格外。
  防御が間に合わなかったアーチャーは、体全体で思い切り拳を受け止め、木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされた。

『だだんだああああああああああああああああああああん!!!』

  最初、ライダーには何が起こったのかが全く理解できなかった。
  だが、ライダーは知っていた。
  ライダー自身は見ていない話だが、彼に刻まれた『逸話』が知っていた。
  ジャイアントだだんだんには、『最終的に心を持ち、「こころ」の中に居た者を守った』逸話がある。
  その逸話が、消滅の際に瀕していたジャイアントだだんだんを動かした。
  誰の意思でもない。
  ジャイアントだだんだん本人の意志が、アーチャーの侵攻を防いだのだ。

『こ、の……!!』

  しかし、その意地の一撃も、アーチャーの超耐久を抜いて消滅に追い込むまでは至らない。
  意識のもうろうとしているライダーの目に映るのは、立ち上がろうとしているアーチャーの姿。
  残された時間はもう、ここしかない。
  ライダーに迷っている暇はなかった。
  消えそうな力を振り絞り、UFOを全速力で飛ばす。
  そして、ジャイアントだだんだんの首の上までたどり着き、UFOを乗り捨てる。
  『だだんだん』はそもそも『バイキンUFO』からだって変形できる。
  ならば、『バイキンUFO』を『だだんだん』の頭にエンチャントし直すことだってできるはずだ。

  一切躊躇はしなかった。
  先ほどが勝機ならば、ここもまた大きな勝機だ。
  立ち止まれば、あのアーチャーを倒せず消えるだけだ。

  取り出したのは一本のトンカチ。
  数多のバイキンメカを作り上げてきた、ライダーの唯一の近接武器。
  何もない空間にバイキンUFOを当て、叩き、伸ばし、くっつけていく。

  速く、速く、まだ速く。
  叩く力に、メカの生みの親としての信念を込め、一発一発を叩き込む。

「だだんだん!」

  足が消えかけているが、もう問題ない。
  あとは一発。
  バイキンメカとしての心を打ち込むだけ。



「新しい、顔だあ!!」



  かあん。
  澄み渡るような槌の音が一つ。
  新しい顔に、魂が込められた。






―――

―――






☆星輝子

  輝子には、ここがどこかわからなかった。
  ふわふわと、無重力の中のように、輝子はどこかを漂っていた。

  目が開けられないことを知り、仕方がないから、自分の状況を整理した。
  そこでようやく、自分の状況を思い出した。

  輝子は、負けたんだ。
  ライダーの一番強い宝具、ジャイアントだだんだんを出したのに、負けてしまったんだ。
  ここはきっと、ジャイアントだだんだんの『こころ』の中なんだ。

  考えると、涙が出てきた。
  ライダーに悪いことをしてしまった。
  帰って一緒にごはんを食べようと約束した幸子も裏切ってしまった。
  そしてなにより、幸子を守りたくてあのアーチャーと戦う道を選んだのに、あのアーチャーに勝てなかった。
  不相応な願いだったのかもしれない。
  友達のできたことのない輝子が、友達を守るために戦お撃っだなんて。

  目は開けられないのに、涙は止まらなかった。
  声はあげられないのに、嗚咽はやまなかった。

  まるで行き場を失った迷子の子どものように泣きじゃくった。

     ―― 大丈夫? ――

  堪えられずに泣いていると、そのうち輝子しか居ないはずの『こころ』の中に、誰かがやってきた。

     ―― どうして泣いてるの? ――

  友達を守りきれなかった。
  親友も、守りきれなかった。

     ―― 優しいんだね ――

  せめて、あのアーチャーを倒したかった。
  でも、届かなかった。
  輝子では勝てなかった。

     ―― 大丈夫 ――

  誰かは、輝子の口元に、何かを押し当てた。
  驚いて口を開き、それを食べてしまう。

  口に入れられたものは、アンパンで。
  それは、とてもとてもおいしいアンパンで。
  思わず目が覚めてしまうくらい美味しいアンパンで。

     ―― 元気が出たみたいだね ――

  目を開いた輝子の正面に居た顔の一部を失った『誰か』は、そのまま消えていった。
  それはきっと、『ライダーの宝具と混ざっている』という状況が生み出した、ライダーの逸話が見せたただの幻覚だったのだろう。
  だが、それでも。
  輝子の胸には、言い表せないほどの愛と勇気と、百倍の元気が湧いてきた。





―――
―――





  目を開く。
  立ち上がる。
  身体と同期して草木が揺れる。

『……この期に及んで、小賢しい真似を』

  アーチャーが悪態をつくが、もはや気にならない。

  夢とも現ともわからぬ幻から目を覚ました輝子が思い描いたのは一つ。
  目の前のアーチャーを、幸子たちを襲うであろう『悪者』を倒せる存在。
  それはきっと正義。
  それはきっと誠実。
  それはきっと愛。
  それはきっと、何者にも変えられぬ、光で出来た存在。
  そして当然辿り着く。
  はるか昔、輝子が生まれるずっと前からどんな巨悪にだって立ち向かってきた、日本一やさしい正義のヒーローの姿に。
  そして当然巡り逢う。
  ばいきんまんの逸話の中に居る、切り離せないばいきんまんの『裏側』に。
  顔を取り戻し、心を取り戻し。
  万全とは行かないが。
  戦う力を取り戻したジャイアントだだんだんが、輝子の心に従ってエンチャントされていく。

  背中には空を飛ぶための茶色いマント。
  両手にはボクサーがつけているようなパンチンググローブ。
  胸には、さんさん輝く太陽のような笑顔のマーク。
  身体はアーチャーに負けないくらい真っ赤なスーツで。
  それでも、顔に笑顔は絶やさずに、困った人たちを笑顔に変えてくれる。
  誰かがその名を口にする時、彼は必ずやってくる。
  困った人を助けるため。
  わるいやつらを倒すため。
  希望の光を守るため。
  遠い空からやってくる。

  たとえそれが―――宿敵、ばいきんまんのピンチだろうと。
  彼は必ず駆けつけて、すべての人を守るために力を貸した。

  輝子の愛。
  ライダーの勇気。
  二つの心を体に宿し。
  今再び立ち上がる、『黒鉄の守護者』の名前は―――!


『その姿……「アンパンマン」か……!!』

  アーチャーが憎々しげに吐き捨てる。

『いーや、違うね!!』
『こいつは』
『ジャイアントだだんだん改め……「バイキンアンパンだだんだん」!!』

  その姿こそ、正義の証。
  その姿こそ、輝子とライダーにとっての『破邪顕正』。
  目の前の『悪』を打ち倒し、友情を取り戻す正義の味方。

『フヒヒヒハハハハハハ!!!! ハァッヒフゥッヘホォォォオオオオオオオオオオウ!!!!!』

  黄昏を切り裂く、再びの奇声。
  森が騒ぎ、風が唸る。まるで嵐の前触れのような喧騒が走る。
  バイキンアンパンだだんだんが、拳を大きく振りかぶった。
  言うまでもない。
  そのメカがアンパンマンだというならば、この局面で出す技は『あれ』だけだ。

『ならばもう一度、その顔ごと吹き飛ばすまでだ』

  アーチャーは引かない。
  一度は沈めた相手。引く道理はない。

『宝具開放―――「サジタリウスの矢」』

  アーチャーが再び地上の太陽と化す。
  そして、先ほどとまるで同じように、超加速を伴い、彗星のごとく激烈な飛び蹴りを放った。
  だが、バイキンアンパンだだんだんも引かない。
  一度は負けた相手だが、その拳の一撃にすべてを乗せて迎え撃つ。

『スターライトォォォオオオオオオオオオ!!!!』

  優しい星の輝きが、バイキンアンパンだだんだんの拳を包み込む。
  その拳の一撃は、かつて『全てを滅ぼすおしまいの星(デビルスター)』すら退けた最高の一撃。
  ジャイアントだだんだんとアンパンマン、二者が揃うことで初めて打てるその正義の拳の名は『スターライトアンパンチ』。
  二者を同時にこなすことで、バイキンアンパンだだんだんは、その一撃を、この瞬間だけ、我が物にできた。

『はぁッ!!!』

『アンパアアアアアアアアアアアアアアアアアンチ!!!!』

  拳と蹴りが衝突し。
  一瞬の静寂が生まれ。
  一瞬の静寂の後、爆発的な衝撃波が周囲の木々をなぎ倒した。





―――
―――






  ライダーの宝具である『ジャイアントだだんだん』は、特殊な宝具だ。
  対『星』宝具。
  地球全土に影響をおよぼすのではなく。
  侵略する『星』を押し返した逸話を持つ宝具。
  仮に、空から星が落ちてきたならば、確実にそれを退けることができる、という規格を表した宝具。
  黄金十二宮が一、射手座。その根源はすなわち星の力。
  星の力が衝突しようとするなら、押し返せる。
  そして、『星』を『破壊』する逸話を持っているスターライトアンパンチならば。
  星の力を宿したものならば、その右の拳で破砕できる。
  なぜなら、そういう逸話を持っているのだから。

  また、ばいきんまんはこの聖杯戦争唯一の『ライダー』であった。
  アーチャーに対してこれ以上ないほどの『優勢』を持てるクラスと言わざるをえない。

  簡単なじゃんけん。
  勝負は、もしかしたら、アーチャーがライダーと戦うと決めた時に、すでに決していたのかもしれない。
  アーチャーは終ぞ知ることはない。





☆アーチャー

  裏山から吹き飛ばされ、もと居た小学校の校舎付近まで吹き飛ばされるほどの衝撃。
  アーチャーはその衝撃を耐えることができなかった。
  手放したサジタリウスのスイッチが破砕する。
  これではもう、変身することは出来ない。
  それ以前に、傷だって浅くはない。しばらくすれば、そのまま消えてしまうだろう。


「そうか、私は―――」


  脳裏によぎるのは、一度目の死。
  人間というものは、子どもというものは不思議なもので。
  友情、愛情、勇気、正義、そういった下らない精神の繋がりで、容易に過去の自分を乗り越える。
  限界なんて突破して、目の前に立ちはだかるものをぶち破る。
  そうだった。
  アーチャーの記憶の中の宿敵、『如月弦太朗』がそうだったように。
  星輝子も、ばいきんまんも、そうなのだ。
  あの時、星輝子とライダーは、同乗者二人を守るという『絆』を背負い、こちらに挑んできたのだ。
  その危険性を理解せずに、『手応えがない』などと思ってしまったのは、やはりアーチャーが、絆というものを、心の底で軽視していたから、なのだろう。
  何も成長していないアーチャー自身を理解し、苦々しげに笑う。



「―――また、絆に……負けた、のか……」



  だが、身体が溶けていく中。
  アーチャー・我望光明は、一度目の死同様に、不思議な心地よさに包まれていた。















  さくり。
  消滅しかけていた我望光明の胸に、日本刀が突き刺さる。

「『死者行軍八房』」

  我望光明が、我望光明としての意識の消えるその刹那に聞いた声の意味を知ることはない。


【アーチャー(我望光明) 躯人形化(実質的退場)】






  裏山は、嵐が過ぎ去ったあとのようだった。
  木々がなぎ倒され、禿山と化してしまっている。
  山の麓の民家になぎ倒された木が飛んできたという報告もある。

  その時間、裏山を見ていた人々は、口をそろえてこう言った。
  『巨人が現れ、笑いながら消えていった』。

  だが、消防隊員がその場所を訪れた時には、そこには、巨人なんて居なかった。
  巨人どころか、人の姿も見つけられなかった。
  マイペースで口数の少ない少女も。
  口うるさいくて天邪鬼な反英霊も。
  そこには残っていなかった。


  単純な話だった。
  魔力が尽きた、それだけだ。
  もとより、一般人である輝子に呼び出されたライダーではジャイアントだだんだんを長時間行使できない。
  限界を超え、その結果、当たり前のようにライダーは消滅した。
  ただ、少女たちは、その消滅の間際に掴んだ勝利を見届けていたに違いない。
  なぜなら、裏山の巨人は、消える間際に笑っていたと言うのだから。


  調査を終えて帰る際、消防隊員は、ふと、禿山を振り返ってみた。
  綺麗に一部だけ禿げ上がったその山は、まるでそこに何かが眠ることを示す墓標のようにも見えた。






【星輝子 宝具内でライダーの消滅に巻き込まれ消滅】
【ライダー(ばいきんまん) 魔力枯渇による消滅】





[備考]
※D-1地区裏山にてジャイアントだだんだんの姿が確認されました。
 被害規模やその異形から、おそらくニュースになるでしょう。
 戦闘痕は遠くからでもはっきり見えます。




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最終更新:2016年01月31日 22:49