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ALL HAZARD PARANOIA/オール・ハザード・パラノイア Ⅲ ◆EAUCq9p8Q.





☆ランサー


  ランサーは見たことがないが、きのこ栽培業者の作業場はこんな感じなのだろうか。
  湿度が高く、薄暗い。空気が閉じ込められたままで、いかにも健康に悪そうだ。
  家中にきのこの原木が追いてあり、どの原木にもきのこが山のように生えている。
  とても特徴的な家の壁際、部屋の主が使っていただろうベッドに、連れて帰ってきた少女を腰掛けさせる。

「かびかび?」

  部屋の主のサーヴァントの使い魔、赤錆色のかびるんるんは不思議そうな顔でこちらを見つめたが、ランサーの連れて帰ってきた少女を見ると何度か頷いて離れていった。
  おそらく、サーヴァント経由で友人として紹介されていたのだろう。
  部屋の主の友人である少女輿水幸子の方を見る。
  少女は、とても切羽詰まった表情をしていた。
  無理も無いことだ。友人を一人、戦場においてきたのだから。

「き、きのこを!」

  幸子が振り返り、突然声を上げた。
  声もやはり、平静を保てていない。裏返ってしまっている。

「きのこを、採って、待ちましょう」

  何度かの深呼吸の後に、幸子はようやく、その短い一文を言い終わった。

「約束ですから……いつ帰ってきてもいいように、いっぱい、採っておきましょう」

  それは、場違いな提案などではなく。
  心の底から無事を祈るための願掛けや、平静を保つための自己暗示に近い一言だった。


  ライダーが残って戦うと宣言したあと、彼のマスターである少女・星輝子だけは憮然とした表情でライダーの方に歩み寄った。
  会話の内容は分からない。
  だが、ランサーの頭には心の声が届いてくる。

(ライダーを一人で置いていけない)

  ライダーは先程からずっと(輝子たちに残っていてもらっては困る)と考え続けている。
  そこに輝子が近づきライダーと二人小声で二言三言交わすと、ライダーの心の声が切り替わった。
  (できればマスターを説得してほしいが)
  ランサーが事態について予測を立てるよりも早く、輝子が待ちぼうけていた二人のもとに帰ってきた。

「残るよ、私」

  まるで天から降ってきたような唐突な一言に、ランサーも幸子も、待っていた時とはまた別の意味で言葉を失った。
  輝子は詰まりながらも言葉を重ねていく。
  ライダー一人では足止めにも不安が残る。
  だが、マスターと一緒にいることで発動できるものすごく強い宝具がある。
  だから輝子も残ってアーチャーを倒す。
  その提案に異を唱えたのは、当然、輝子の友人である幸子だった。

「そんな、そんな、危なすぎます! 輝子さんが、そんなこと、しなくてもいいじゃないですか!!」

  気づかれないように声は抑えているが、それでも心の底から絞り出したことがわかる悲痛な叫びだった。
  ランサーの頭のなかで、心の声が反響しだす。
  (輝子さんをおいていけない)(幸子ちゃんに残られては困る)
  二つの声は、お互いに、お互いのことを思いながら、ランサーの頭のなかを満たしていった。
  ランサーは、どちらに声をかけることもできなかった。
  本来ならば、ライダーと幸子の意見を尊重し、輝子を連れて帰るべきなのだろう。
  だが、輝子の心の声は、目の前に居る彼女の姿からは想像できないほど強く大きい。それだけ、強く思っているのだ。
  ライダーの主として、幸子の友達として。二人の無事を心の底から祈っているのだ。
  その思いを蔑ろにする権利は、異物であるランサーには存在しない。
  だが、だからといって置いていっていいわけがない。それは理屈ではなく、ランサーの魔法少女の信念に基づく選択だ。
  ランサーは、ライダーに向かって自身の選択を掲げる。

「ライダーさん」

「なんだ」

「私も……残って戦います」

「はぁ? 駄目だ駄目だ!」

  その一言は、それまで聞いたライダーのどんなセリフよりも重かった。
  あからさまになセリフとはまた違う、ほんとうの意味で、突き放そうとしている言葉だ。
  ライダーはランサーの瞳から目をそらさずに、どこか怒気すら感じさせながら続ける。

「いいかよく聞け! お前は正義の味方で、残っていいことしたいかもしれないが、俺様にとっちゃあ、そんなの、余計なお世話なんだよ!
 お前が居ても何も変わらない! 邪魔なだけだい! だから、お前はできることだけやってりゃいいの!」

  一歩踏み出そうとしていた心を、頭から抑えこまれた気分だった。
  ランサーはずっと、後悔したくないから、自ら選び、戦って、戦って、戦い抜いてきた。
  だが、ライダーはそんなランサーに、戦うなと言ってくる。
  引きたくはなかった。ここで引けば、ランサーはきっと後悔するとわかっていたから。
  だが、ライダーの心の声が、しゃかりきに踏み出そうとしていたランサーの心をまた抑えこむ。

  (マスターの願いが果たせずに終わったら困る)
  (サチコを守れなかったらマスターが悲しむ。それもなんか困る)
  (ガンコなマスターは無理かもしれないが、ランサーがサチコを連れて帰ってくれなきゃ危ない。困る)
  (なんとかして、ランサーとサチコを一緒に逃さないと困る)

  『それでも残ります』と言おうとして開きかけた口は、ついに言葉を結ぶことはなかった。
  ライダーの心の声に、ランサーは、言い返すことができなかった。
  ライダーの声を聞き、遅まきながら、ようやくランサーも理解した。
  輝子も、ライダーも、別に死にに行きたいわけじゃない。ただ、選んだんだと。
  昔々に姫河小雪が後悔し誓ったように、彼らもまた、自分たちが後悔しない道を選ぼうとしていたのだ。
  このやり取りも、選んだ道にランサーたちが居ればきっと後悔することになると分かっているから、輝子もライダーもランサーたちを返そうとしているだけにすぎない。
  ランサーが残れば、きっと二人を後悔させることになる。
  ランサーが帰れば、きっとランサーは後悔する。
  どちらを選んでも誰かが後悔を背負うことになる。どちらもが後悔しない道は、もう残っていない。

「……私にできることって、なんなんですか」

  ただの一言でぐちゃぐちゃになってしまった頭の中から、どうしようもない問いが溢れる。
  ランサーの問いかけに、ライダーはしばし間を置き、こう答えた。

「俺様にはぜえんぜえん関係ないけど、マスターは、サチコを守りたいんだとさ」

  彼の口から出たのは、ライダーの思いではなく、ライダーのマスターである輝子の願い。

「正義の味方は、俺様じゃなくて、そういうことを手伝うもんだろ!」

  続いたのは、不器用な彼なりの依頼。そして、何度目かの『正義の味方』という呼び名。
  頭の中でひしめく泥の中に、正義の味方という肩書は、眩しすぎた。
  ライダーはぽん、とランサーの肩を叩く。

「心配するな! 俺様すーっごい強いから! ぜぇったい勝つ!
 UFOを壊したあいつを、空の星に変えてやる!」

  何も答えられずに黙りこむ。
  そして、魔法少女の思考能力でたっぷり数十秒をかけて、結論を出した。
  ランサーは結局、『他人のための』魔法少女だった。
  困った人に力を貸したい魔法少女だった。人々を幸せにしたい魔法少女だった。
  だから最後には、自分が後悔しないではなく他人に後悔させないが上回った。
  ランサーは、唇を噛み締め、拳を握りしめ、後悔するであろう道を選ぶことに決めた。
  叩かれた肩が、少し重く感じた。

「じゃ、じゃあ! ボクも残って―――!」

「それは……駄目」

  なぜだかいたたまれなくなり、幸子たちの方を向く。
  そこでは、丁度ランサーとライダーのやり取りと同じように、輝子がきっぱりと幸子の言葉を切り捨てていた。

「幸子ちゃんが居ても、危ないだけだ……わ、私と、ライダーは、大丈夫。
 だから……幸子ちゃんは、そ、そっちの人と、帰ってて」

「そうだそうだ! お前が居たら、踏み潰しちまうかもって、集中できなくなるんだよ!」

  輝子の言葉に乗るように、ライダーが手を払いながら突き放す言葉を加える。
  幸子の顔はもう真っ赤だった。
  言葉と感情がうまく組み合わさっていないように、口を開いて、言葉が出せずに止まってを繰り返している。
  そして、数秒後、撥ね付けるようにこう怒鳴った。

「……じゃあ、勝手にすればいいじゃないですか! もう、知りませんから!」

  幸子は踵を返した。傍目に見てもはっきりわかるくらいに、捨て鉢だ。
  輿水幸子という少女は、そういう少女なのだろう。
  輝子もそれを分かっているようで、ただ、力なく笑っていた。

「いいか、マスター」

「う、うん……」

  身を翻して、森の奥、アーチャーの追ってきている方へと歩を進め始める。

「……知りませんから。もう」

  幸子の言葉が嘘だなんて、心の声が読めなくてもわかった。

「あ、そうだ。ふたりとも」

  声に止められ、振り返る。
  振り返った先にあったのは一切陰りのない輝子の笑顔だった。

「キ、キノコがさ……」
「ライダーのおかげで、キノコが、いっぱいできたんだ……
 か、帰ったら……幸子ちゃんと、ランサーさんと、ライダーと、小梅ちゃんも呼んで、キノコづくしにしよう。
 きっと、いい思い出になるから……だから、先に帰って、き、キノコ、収穫……」

  その喋りは、追われている途中からずっと変わらない。平静そのものという語り口だった、
  幸子は何かを言おうと口を開き、そのまま口を一文字に結んで俯き。
  そして、静かに、答えをこぼした。

「や、約束ですよ……約束破ったら、タダじゃおきませんからね。すっごく、本当にすっごく怒りますからね」

「フ、ヒ……怒られるのは、やだな……頑張ろ」

  幸子が顔を跳ね上げる。大粒の涙が宙に舞った。

「そうですよ! 頑張って下さいよ! 待ってますからね!」

「任せて。頑張るの、結構、得意……かも……フフ」

  輝子は、やはり笑っていた。
  困った人から聞こえる心の声は、ライダーからも、輝子からも、聞こえなかった。


  あれ以降、追跡の手はぱったりとやんだ。
  振り返って確認することはできなかったが、きっと輝子たち二人が足止めしてくれているのだろう。

「大丈夫ですよね」

  黙々とキノコをもいでいた幸子が口を開いた。

「か、勝つ方法があるって言ってましたもんね! 約束だって、しましたし……」

  別れる前にはあんなことを言ってしまったが、幸子も幸子でてるこの事を心の底から思っているのだ。
  そこはランサーにもちゃんと分かっている。
  それにランサーには、今も幸子の悲痛な叫びが聞こえていた。

  (早く会いたい)(無事に帰ってきて欲しい)

  一人だけでもランサーの頭を埋め尽くせるほどの心の声。
  もしかしたら、人間体であったとしても聞こえるかもしれないほどの思いの強さだ。
  気休め程度にしかならないだろうとはわかっていたが、ランサーも一言だけ、輝子の勇気に心を添えておいた。

「大丈夫ですよ。ライダーさんは、意外と強いから」

「……そう、ですよね」

  返答に元気はない。
  なにか別の言葉をかけるべきかと考えていると、ついにその時は来てしまった。

  きのこの原木を囲んでいたかびるんるんが、突然消えた。
  数十体居たかびるんるんたちが、全く同じ瞬間に消えてしまう。
  かびかびという小粋な鳴き声がやみ、突然の静寂が訪れる。

「あ、ああ……」

  幸子が、かびるんるんたちの居た場所にうずくまった。
  ランサーにも理解できた。
  たった今、かびるんるんたちの主であるライダーが消滅したのだ。
  それが意味することは、すなわち―――

「なんで、なんで……っ!」

  問いかけに続く言葉はない。
  きっと、様々な感情が渦巻いているのだろう。心の声は、嵐のように吹き荒れている。

  ランサーは鳴り止まない心の声たちを聞きながら、やはり、後悔していた。
  もっとなにか、方法があったのではないか。何かが違えば救えたのではないだろうか。
  選んで後悔するのは、何度目だろうか。分からない。
  ただ、後悔すると分かっていて選んだのは、きっと初めてだ。
  後悔はやはり深く、黒く、強い。
  ランサーの胸には、ライダーとのやり取りが今なお残っている。
  ライダーに言わせるなら、幸子を連れて帰った行いは『いいこと』だし『正義』なんだろう。
  でも、彼の純粋な善悪の価値観だけでは、ランサーの後悔は割り切ることができない。
  結局ランサーは輝子もライダーも守ることができなかった。それでもまだ、ランサーは『正義の味方』なんだろうか。
  ランサーにはわからなかった。

「思い出、一緒に作るって、言ったじゃないですか!」

  幸子が、震える声でようやく絞り出した言葉は。
  否定でもなく、怒りでもなく、届かず消えた希望の残滓。
  その一言を言い切ると、幸子は、堰を切ったように泣き出した。

【C-2/マンション・星輝子の部屋/1日目 夕方】

【ランサー(姫河小雪)@魔法少女育成計画】
[状態]疲労(中)、絶望(微)、ストレス
[装備]
[道具]ルーラ、四次元袋、キノコ
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:出来る限り犠牲を出さずに聖杯戦争を終わらせる。
0.―――
1.輿水幸子に対応
2.江ノ島盾子たちのところに戻るべきか否か
3.江ノ島盾子と蜂屋あいの再会時に蜂屋あいのサーヴァントを仕留める。
4.出来ることなら、諸星きらりに手を貸してあげたい。

[備考]
木之本桜&セイバー(沖田総司)、フェイト・テスタロッサ&ランサー綾波レイ)、
 蜂屋あい&キャスター(アリス)、キャスター(木原マサキ)、バーサーカー(チェーンソー男)、輿水幸子を確認しました。ステータスは確認していません。
※江ノ島盾子がスキル『困った人の声が聞こえるよ』に対応していることに気づきました。蜂屋あいの心の声が聞こえません。
※諸星きらりの声(『バーサーカーを助けたい』『元いた世界に帰りたい』)を聞きました。
 彼女が善人であることを確信しました。

【輿水幸子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、恐怖(微)、深い悲しみ
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]キノコ
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:―――
0.―――
[備考]
※ランサー(姫河小雪)、フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、
 キャスター(木原マサキ)、バーサーカー(チェーンソー男)を確認しました。ステータスは確認していません。
※商店街での戦闘痕を確認しました。戦闘を見ていたとされるNPCの人となりを聞きました。
※小梅と輝子に電話を入れました。
※『エノシマ』(大井)とメールで会う約束をしました。
 また、小梅と輝子に「安否の確認」「今日は少し体調がすぐれないので学校を休む」「きらりを見かけたら教えて欲しい」というメールを送りました。






☆アサシン

  『死者行軍八房』は万能な宝具ではない。死者を一時的に操ることはできるが、いくつもの制約が存在している。
  たとえば、武器の復元が出来ないというのもそのうちのひとつだ。壊れてしまった武器は壊れてしまったままになる。
  死体についても損壊部分が殺した瞬間即座に戻ることはない。クロメが手ずから修復をしない限り自然治癒などは起こらない。
  それはこの場、聖杯戦争において英霊の持ち寄った宝具についても同じだ。
  壊れてしまったものは壊れたまま。
  瀕死と思わしき状態で倒れているサーヴァントを見つけて、都合がよいと近づき、死体が大きく損傷しては意味がないと思って喉への一突きでとどめをさしたのだが。

「……ハズレか」

  ため息を付いて手に入れた躯人形を眺める。
  その姿には確かに見覚えがある。高等学校の上に居たあの英霊だ。
  ただ、その人物に特殊能力が残っているようには思えない。
  彼の目の前で弾けたスイッチのような何かこそが宝具だったのだろう。
  性質的には『悪鬼纏身インクルシオ』や『修羅化身グランシャリオ』の鍵のようなものだったに違いない。
  と、すると、この英霊の能力はその宝具がなければ人並み程度の力しか振るえないことになる。
  スキルがいくつかあるようだが、身体能力は人間並み。ハズレもいいとこだ。

「ハズレでも、ようやく手に入れた人形だし、大切に使ってあげないとね」

  ぱき。
  しゃく。
  ぽりぽり。
  お菓子を食べながら刀を仕舞う。サーヴァントだったモノは、なにも言わずに八房の中に消えた。

「さて、私はやることやってやったけど……あっちはどうかな」

  思うのは、自身のマスターである山田なぎさのこと。
  小学校の屋上の戦闘から、今後発生する乱戦の気配を察知して、横から掻っ攫った少女を渡してそのまま押取り刀で駆けつけた。
  あの脱落マスターの処遇にかんしてはマスターに一任してある。
  戦闘中の様子を確認する限りでは、身のこなし、反射速度、どれも歳相応の無力な少女だ。
  いくらなぎさが荒事に慣れていないとはいえ、体格で優っている相手に一方的にやり込められることはないだろう。
  心配はまったくない。
  だが、とても楽しみなことは一つある。

「ようやく、初めての覚悟の見せ所がきた。どの程度なんだろうね、マスターの言う覚悟って」

  出会い頭の威勢のいい啖呵を思い出す。
  威勢だけは立派だったが、実際のところはどうなのか。
  クロメは、なぎさに特に期待していない。
  所詮昨日までなまっちょろい世界で生きてきた少女だ。
  口でなんと言っていようと、踏ん切りをつけられないことまで織り込み済みだ。
  もし宣言通りに『なんでも』して、令呪を奪っていたならば、それもよし。
  駄目だったなら発破かけのいい機会になる。
  覚悟とやらが上っ面だけでたたらを踏むようなら、なぎさの目の前であの少女を躯人形に変えてあげればいい。
  あの脱落マスターを躯人形にしたところでさしたる使い道はないだろうが、仲の良さそうだった少女のもとに武器を持たせて送り込めば、負傷の一つは稼げるだろう。
  人形二つ。まだまだ本調子とは行かないが、動きがやっとそれらしくなってきた。
  聖杯への期待か、久方ぶりの戦場の興奮か、やや上向きになった調子に乗せて、こうつぶやく。

「……言ったとおりだ。嵐が来るよ、マスター」

  なぎさの言葉を借り、戦場に添える。
  見上げた向こう、山の奥に見えた巨人の姿はもうない。
  どこぞの誰かが戦って、負けて死んだか、勝って引いたか。
  どちらにせよ、あの巨人と小学校での戦闘は、大きな波紋を起こすだろう。
  参加者たちは必ず何らかの反応を起こし、動き出す。
  参加者が動き出せば、ようやく、暗躍がしやすくなる。そこからが、アサシンの本領の見せ所だ。
  賽はようやく投げられた。
  まずはもう少し、周辺を見ておこう。
  戦闘の噂を聞いてようやく集まった主従が居れば、気配遮断を利用して顔を覚えるいい機会になる。
  ここからが、アサシンの聖杯戦争の幕開けだ。






  夢を見ていた。
  いつものように木之本桜とともに、学校で過ごす夢だ。
  夢のなかの小学校は平和だった。
  死神様なんてものは、噂も残っていない。
  隣を向けば、シニカルな表情のサーヴァントが立っている。
  そんな、とっても寂しい夢だ。

  目を覚まして、泣いていたのに気づいた。
  そして、アサシンが消えてしまったことを思い出して、再び嗚咽がこぼれた。

「起きたの」

  唐突に声がかけられる。
  顔を上げれば、目の前には一人の少女が立っていた。
  そこで知世はようやく自分の置かれている状況に気づいた。
  手首足首を縄で縛られて、椅子に座らされている。身動きが一切取れない。
  先程まで屋上に居たところからの突然の状況の変化に頭が真っ白になってしまうが、それでも、頭のなかに張り付いたあの笑顔は忘れない。
  夢うつつの中においてしまいそうだった少女のことを思い出す。
  死神様。
  あの青い服のサーヴァントが、死神様だった。
  やはり死神様事件には黒幕が居た。サーヴァントが関わっていた。
  だが。
  ぽたりと一つ、大粒の涙がこぼれ落ち、小学校の制服を濡らす。
  死神様のせいで、知世のサーヴァント・アサシンは戦うことになり、結果として消滅してしまった。
  知世の指示に従い。
  知世を守るために。

「あ、の!」

  自分のせいでという深い後悔に苛まれながらも顔を上げる。
  そして、身動きがとれないままの身体で身を乗り出し、椅子ごと転けそうになりながらも少女に食らいつく勢いで話しかける。
  これではあまりにも、知世を手伝ってくれたアサシンが報われなさすぎる。
  せめて一矢だけでも、あの『死神様』に報いたい。
  悪びれもせず、ただ無邪気に災厄を振りまいた『死神様』に、目に物を見せてやりたい。
  でも、知世にはもうその力は残っていない。
  知世がアサシンの犠牲によってようやく手に入れたのは、死神様の姿とクラス名だけ。他にはもうなにもない。

「お願いします! 貴女が何方かは知りません! でも、でも、私を攫うということは、聖杯戦争の参加者の方だと思います!
 手伝ってください! 私、死神様を……あのサーヴァントを、どうしても倒したいんです!」

  知世はまた、泣いていた。だがその涙は、別離を悲しむ涙ではない。
  言うならば優しさの涙。失ったものを思い、守るべきものを思うからこそ流れる涙。
  名前も知らぬ少女(とは言っても、知世よりはずっと年上だ)は少し黙って見つめたあとで、ようやく口を開いた。

「話してみてよ、それから考えるから」

  死神様について、知っていることをすべて語った。
  小学校に蔓延している呪術の噂。
  魔女狩りのような一方的な私刑。
  その裏に居る一体のサーヴァント。
  屋上での戦闘についても、全て語った。
  フェイト・テスタロッサ。
  死神様のクラス名はキャスター。
  助けに来てくれた友人。
  暗転する意識。
  聖杯戦争に直面してから、ここに至るまでの全てを、少女の前にさらけ出した。

「……」

  少女は、少し黙って考えているようだった。
  知世はもう一度、ろくに身動きも取れない身体で頭を下げて頼み込む。
  お願いします、お願いしますと。
  そうして頼み込んでいると、少女はゆっくりと口を開いた。

「迂闊だね」

「えっ……」

「『誰かは知りません』って、それって、あたしがその『死神様』のマスターかもしれないってことでしょ」

  少女は、つらつらと語る。表情は全く変わっていない。
  その少女の一言に、知世は生き肝を抜かれるような気持ちだった。
  もし少女の言葉が正しいのならば、知世の運命は決したようなものだ。
  これからは、死神様事件の被害者のような結末を迎えるしかない。
  震える声で尋ねる。

「貴女が、そうなんですか」

  少女は、椅子に座らせられている知世と目を合わせるように、少しだけ身をかがめ。
  そして肯定でも否定でもない一言で答えた。

「もしあたしが本当に死神様なら、正体を教えるような真似、するもんか。
 あんたはつくづく迂闊だ。だからいいようにしてやられるんだ」

  返す言葉がなかった。
  塩を塗るような一言が、じくりじくりと知世の心の傷に響く。
  知世が何も言えず俯いていると、その様子を見て、少女はまた一言続けた。

「まあいいよ。手伝ってあげるよ」

  それは、知世が一番望んでいた答え。
  だが、知世が顔を上げて礼を言うよりも早く、言葉が重ねられていく。

「ただし、条件がある」
「まず、令呪全部だ。令呪を全部くれたなら、手伝ってやる。
 それに、手伝うだけだ。勝てないと思ったら勝手に引き上げるし、勝てると思ったらあんたがどう言おうと勝手に戦わせてもらう。それでもいいなら……」

「構いません!」

  迷うことなんてなかった。
  もう失ってしまった権威など何の役にも立たないのだから、交渉の材料になるというのならば捨てる勢いで渡してみせる。
  倒すというのだって、構わない死神様はすでに無辜の児童を数多く屠っているのだ。今更申し開きの余地もない。
  少女はやや面食らったように言葉に詰まったが、返答を聞いて数秒待ち、そして知世を縛っていた縄を解いた。
  椅子に固定されていた身体が自由になる。
  そうして初めて、知世は生きた心地を取り戻した。

「あの、一ついいでしょうか」

  縛られて固くなってしまった身体をほぐしながら、少女の方を向く。
  少女は、ノスタルジーにひたるように空を見上げていたが、やや間を置いて振り向いた。

「お名前……伺ってもよろしいですか」

  突然の出会いで、お互い名前も知らない。
  連絡先も、できることなら交換しておきたい。
  それより、そもそも知世はどうするべきかを考えなければならない。
  少女の側でアシストできるようにしておいた方がいいのか。
  別行動で情報収集に勤めればいいのか。
  そういうことも、目の前の少女と決めておく必要がある。

「……『なぎさ』」

  つっけんどんな少女は一言だけ返した。
  苗字か、名前かはわからなかったが、深く追求することなく、頭を下げて挨拶を返す。

「大道寺知世です……その、よろしくお願いします。なぎささん」

  大道寺知世の聖杯戦争は、まだ終わらない。





☆山田なぎさ


  気分が悪い。
  頭に血がめぐっていない。貧血の時はこんな感じなんだろうな、と思う。
  躊躇は捨てた。そのはずだ。
  しかし、現実ってのは思った以上に厄介だった。
  少女の柔らかな睫毛は、涙に濡れていた。
  眠りながら泣いている。
  彼女に何が有ったのかはわからない。
  サーヴァントを失い脱落したとだけアサシンからは聞いている。
  そこに泣くほどの何かがあったかどうかまでは聞いていない。
  ただ、少女は。
  可愛らしい人形のように椅子の上で眠りながら、さめざめと涙を流し続けていた。
  その光景に、へばりついていた記憶の澱があたしの脳内を汚し始める。

  突き放されて、子どもみたいに泣きじゃくる少女の記憶。
  体中痣だらけで。
  歩くこともままならない。
  それは、誰かの暴力のせいで。

  なんでもすると誓った。そのはずだ。
  その誓いは、少なくともあたしの中ではとても大きなもので、何事にも変えられない信念だ。
  でも、その誓いに待ったをかける何かもまた、心の奥に存在していた。
  無抵抗の人間に暴力を振るうのか。
  自分の勝手で実の娘を、海野藻屑を虐げていたあの男と、海野雅愛と同じ存在になってしまうのか。

  あの男が今のなぎさと同じ状況に立ったなら、きっと悪びれもせずに、目をぎらつかせながらこう言ってのけるだろう。

『こいつは負けたんだ。負けた人間から何をもらおうと、僕の勝手だろう。
 誰にも口出しする権利はない。死んでないだけありがたく思うべきだ』

  それは実弾だ。
  この世界を生き抜くための力だ。
  反吐が出るほどに実弾で。
  この上なく無慈悲で。
  だけど、だからこそ、誰も選べない道。
  きっと、『なんでもする』とは、そういうことだ。
  自分の夢のために『なんでもする』とは、あの男のような判断をすることだ。
  あたしが選ぶのは、あの身の毛もよだつような精神異常者と同じ道、なのだろうか。
  フラッシュ・バックのように蘇る、居心地の悪い記憶たち。
  たまたますれ違ったアーケードで出会い、自分に正義があるように語る海野雅愛。
  それより昔の、海野雅愛に突き放されてらしくなくおいおい泣きじゃくる海野藻屑。
  それらが浮かぶたび、なんとも言えない気持ちになった。

  縄で縛り付けた人間を一方的に甚振ればもう戻れない。
  あたしは、海野雅愛の同類になってしまう。そんな気がした。
  だからあたしは、結局、なんでもはできなかった。

  少女は目を覚ますと、何故かあたしに協力を申し出てきた。
  死神様。
  小学校で流行っているおまじない。
  おまじない、なんてのは態勢を整えるための上っ面の名前。
  その正体は、自分の勝手な理屈と理想を押し付けて、他者を一方的に嬲り殺すための儀式。
  脳裏に浮かんだのは、血まみれの黒い毛と、汚らしい文字。
  どこまでも、忌々しい思い出だ。
  どれだけ捨てようと思っても、あたしの中につきまとい続けるつもりらしい。
  海野藻屑と別れて以来、不意に思い出すのはいつだってあいつら二人のこと。
  これじゃあ気持ちの悪いストーカーみたいだと自分のことながらあきれてしまう。
  本当に、嫌になる。

  死神様について、少女のサーヴァントが消滅した戦いについてを少女から聞く。
  有益な情報が多かった。
  朝方通達で確認したフェイト・テスタロッサが小学校にいるということ。
  小学校には『死神様』を含めてもう数人の主従が居るということ。

  そして、協力についても、なぎさは条件付きで承諾することに決めた。
  報酬は令呪三つ。フェイト・テスタロッサを探すよりも効率がいい。
  相手の姿と戦闘を一度見ている大道寺知世から情報を引き出せば、今後の立ち回りに役立つ。
  大道寺知世によれば、彼女の友人も聖杯戦争に関わっている可能性があると聞く。大道寺知世を利用して近づけば、不意を打ってサーヴァントを奪えるかもしれない。
  それに、これはあたしの方にだけ決定権のある一方的な協力だ。嫌ならすぐにやめられる。
  ただ奪うよりも実入りがいい。
  無体を行って得られるかどうかも分からない令呪よりも、この契約の方が有効に使えるはずだ。
  協力と呼ぶには一方的に有利すぎる条件を突きつけたが、少女は二つ返事でその条件を飲むことを誓った。

  少女の腕と足を固定していた縄を解きながら考える。
  もし、死神様ってやつを倒せたら、あたしはあの男の呪縛から逃れることができるのだろうか。
  全くもって非現実的かつ非効率的な発想に、頭が痛くなる。
  そんな空想的な考えは、らしくない。
  あたしが選んだのは、もっと実弾的な利益だ。
  でも、アサシンがあたしの決断をどんな風に受け取るのかは、考えたくなかった。

  強い風が吹く。
  飼育小屋の外の雲は、家に帰る人の波のように、急ぎ足で動いていた。




  実弾は、知らずのうちに、嵐の中へと放たれる。



【D-2/小学校/一日目 夕方】

【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中
[装備]『死者行軍八房』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.戦闘の発生に注意しながら索敵。
2.機会を見てマスターのもとに帰る。その時のマスターの様子次第で知世を躯人形に。
3.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
4.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。
[備考]
双葉杏をマスター(仮)として記憶しました。
 江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)を確認しました。ランサーはスノーホワイト状態だったため変身前の姿は知りません。
 側にサーヴァントの居なかった大井・星輝子はスルーしています。
※八房の骸人形のストックは一(我望光明)です。
※気配遮断が相まってかなり見つけられにくいです。同ランクより上の索敵持ちで発見の機会を得られます。
※英霊を躯人形にした際、武器系宝具の再現には幸運値判定が入ります。
 幸運値E以下の英霊ならば武器は再現可能、クロメの幸運値を令呪で一時的に上げて相手を殺せばそれ以上でも再現可能です。
 判定はあくまで『宝具クラスの武器が再現できるかどうか』であるため、呪文や体質、逸話昇華系宝具ならば幸運判定なしで再現することが可能です。



【D-2/中学校 飼育小屋/一日目 夕方】

【山田なぎさ@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康、若干憂鬱(すぐに切り替え可能)
[令呪]残り三画
[装備]携帯電話、通学カバン
[道具]
[所持金]中学生のお小遣い程度+5000円分の電子マネー
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、海野藻屑に会う。
1.大道寺知世を手伝う……?
2.お人好しな主従と協調するふりをして、隙あらばクロメに襲わせる。
3.ただし油断せず、慎重に。手に負えないことに首を突っ込まないし、強敵ならば上手く利用して消耗させる。
[備考]
※掲示板を確認しましたが、過度な干渉はしないつもりです。
※暴力に深層心理レベルで忌避感があることに気づきました。
※令呪三画を報酬に大道寺知世に協力を約束しました。


【大道寺知世@カードキャプターさくら(漫画)】
[状態]深い後悔、手首足首などに縛られた痕
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金] たくさん
[思考・状況]
基本行動方針: 街の人達を守る
1.アサシンくん……
2.『なぎさ』に『死神様』事件について協力してもらう。
[備考]
※死神様について
  • 小学校の生徒を自由に操れる『青い服のキャスター(≒死神様)』が裏側に居ると知りました。
※サーヴァントを失ったため、ルーラー雪華綺晶に狙われています
※令呪三画を報酬に山田なぎさに協力を申し込みました。







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最終更新:2017年03月01日 07:53