空憂 愛のキャラクター説明2

Disease Drager


 毎日がつまらなかった。
 ここはまるで牢獄のように感じる。

「『お嬢様』」

 黒服が私を呼んでいる。

「なに?」
「会長がお呼びだ」


 ・
 ・
 ・ 


 ――『お嬢様』、お呼び「だ」、か。

 いくら何でもこの言い方は無い、と前から思っていた。
 ここに来て、もう半年が経つ。
 この屋敷にいる誰もが、私に対して敬語を使わない。それでいて、形の上ではお嬢様と呼び、豪華な部屋を与えている。
 堅苦しいのは嫌いだ。
 だけど、この人間は誰もが、蔑むような目で私を見ている。

 目の前には老人がいた。実際にはモニターがあり、そこに老人が映し出されているだけだが。
 老人のその態度こそ、まさにこの屋敷に仕える人間全ての、私に対する態度の全てを代表しているのだ。
 彼は私にとって曾祖父にあたるらしいが、私は彼を曾祖父と思ったことはない。
 私にとって、こいつはただの老人だ。
「何か御用ですか?」
 私は白々しくそう尋ねる。なぜ呼ばれたのか、そんなことは分かっている。
『いや、用というほどのものじゃないさ』
 老人は好々爺のような笑みを浮かべていた。他者を欺き続けているうちに、その表情が、顔に貼りついてしまったのであろう。こいつは、好々爺などでは決してないと、私は断言できる。
 モニター越しでしか会話をしないという点でも、信用するに値しない。
『さすがのワシにも我慢の限界というものがある』
 老人は優しげな声でそう続けた。
 小娘と思って、私を侮っているのが毎度毎度見え見えだった。
「我慢も何も、私をここに閉じ込めているのは、あなたではないですか?」
 はっきり言って、こんなやり取りは茶番だ。

 私は両親に捨てられ施設にいた。
 施設での生活はそれなりに楽しかったし、友達も多かったから、不満があってもそれほど辛くは無かった。
 だが、ある日、私は魔人として覚醒する。
 それ以来、世界が一変した。やつらが、私の前に現れた。
 会長と呼ばれる老人と、黒服の一味。私の曾祖父を名乗り、私の存在を知っていながら、今の今まで私の存在を黙殺していたやつ。
 もし私が魔人でなかったら、もし私の能力が老人の役に立つものでなかったら、老人が私に接触することはなかっただろう。
 老人は私の能力を、具体的に知りたがっている。それゆえに、老人は私を施設から追いやった(引き取った)。そして、私をこの屋敷に閉じ込めている。

 老人は小さく息を吐く。
『一つ覚えておくがいい』
 老人の目がカッと開き、その眉間にしわが走った。
『ワシはワシの役に立たない人間は必要としない。役に立たない道具を長く置いておくつもりはない』
 老人がそう言い終えると同時に、モニターは暗転した。
 黒服が私の肩を掴む。
「終わりだ。行くぞ、『お嬢様』」
「いい加減、その『お嬢様』っての、本当に止めてくれないかな? バカにされてるみたいでイヤなんだけど」
 私は声を荒げてそう訴えたが、黒服の答えは無言だった。


 ◇


「みずっち、おっは!」
 私はみずっちの部屋を訪ねていた。 
 老人はみずっちの養父だった。私と同じように、みずっちも老人に引き取られ、ここに閉じ込められている。
 だが、老人はみずっちを愛してはいない(私についても同様だが)。
「おはよう、愛ちゃん」
 みずっちは何も知らない。
 私の能力のことも、老人の思惑も。
「具合、大丈夫?」
 みずっちは病気だった。それも深刻な病で、治療は難しいらしい。
 老人はみずっちの養父なのに、莫大な資産が有るくせに、みずっちを治療しようとはせずに、ただ彼女を囲い込んでいる。
 もし私が自分の能力で、みずっちを治療すれば、みずっちは助かる。けど、そんなことをすれば、老人の思い通りになってしまう。
(ごめん、みずっち)
 私は彼女のこけた青白い手を見て、罪悪感に駆られる。

 みずっちは日に日に弱っていく。
 老人はみずっちを決して助けはしないだろう。老人は私を試しているんだ。
「あんたは、どうしたらいいと思う?」
 無駄だとわかってはいても、つい黒服に話しかけてしまう。
 黒服はやはり答えない。
 予想はしてても、やはりムカつく。
「ねえ、あんたしゃべれないの!? それともしゃべらないの!?」
 そう、声を荒げたが、黒服は何の反応も見せなかった。 

 そうこう悩んでいる間にも、みずっちはどんどんやつれていく。
 このまま、放っておいたら、きっと。

 ・
 ・
 ・

「会長がお呼びだ」
 黒服が部屋に入ってきて、私にそう告げた。
「はいはい」
 いい加減、このやり取りにも飽きる。

 いつも通りに不平を言いながら、黒服にモニターの前まで連れて来られた。モニターの電源が入る。すると突然、黒服は無言で、私に対して踵を返した。
「どこ行くの?」
 驚いてそう呼び止めるが、黒服は返事をせず、そのままどこかへ行ってしまう。
 来るなと言っても、いつもはついて来るというのに……。何か怪しい。
 モニターに視線を向けると、老人がいつものように笑っていた。
 もはや、あの笑顔だけで腹立たしい。
「何か御用ですか?」
 私は尋ねる。
『いや、今日は一人かい?』
 見てれば分かるだろ。
 そう思うが、それを口には出さなかった。こいつは分かってて言ってるんだ。恐らく何かを企んでいるに違いない。
「何か用ですか?」
「いや、何。たまには曾孫の顔でも拝みたくなってな」
「はぁ。そうですか、なら帰ります」
 こいつと話すことはない。
 私は老人に背を向けた。何が『曾孫の顔を拝みたい』だ。黒服の後を追おう。嫌な感じがする。
 そう思ったのもつかの間、老人が私を呼び止めた。
『そんなに慌てなくてもよい』
 私は首だけ振り返り、老人を不審の眼差しを向けた。
 私の疑念を見て取ったのか、老人はほっほと気が抜けるような笑いを上げる。そして言った。
『あの娘のところへ行くつもりなら、お前が行くまで、何も起こらんさ』
 その言葉で背筋が凍るのを感じる。私は、一目散にその場から去り、みずっちの部屋へ向かう。

『言ったはずだろう? ワシはワシの役に立たん人間はいらん、と』

 部屋を出る間際、そう言って笑う老人の声が聞こえた。

「みずっちッ!」
 私はみずっちの部屋のドアを勢いよく開ける。

「早いな、『お嬢様』」

 そこには黒服がいた。

「な、なにしてんの……?」

「見て分からないか?」

 黒服の口元が邪悪に歪む。
 目の前にはみずっちがいた。みずっちは、シーツをぎゅっと握り締め、目に涙を湛えながら私を見つめた。
「み、みずっち……?」
「近づかない方がいい」
 駆け寄ろうとする私に対し、黒服はそう告げた。やけに饒舌だ。こんなにしゃべるこいつは今まで見たことがない。

 黒服は二丁の銃を両手に携えていた。
 一方は、みずっちの右の肩に向けられ、もう一方はみずっちの口腔に突っ込まれている。

「ふ、ふざけんな……! みず――」

 私が声を上げた刹那、その言葉を遮って、銃声が室内に鳴り響く。

「――――ッ!!」

 みずっちがくぐもった悲鳴を上げた。
 みずっちの肩から、どくどくと鮮血があふれ出していく。

「や、やめろよッ!! みずっちは――」

 再び、私の声を遮って、銃声が鳴り響いた。
 弾丸が、今度はみずっちの左掌を貫く。
 その痛みにみずっちはもがき、黒服の腕の中で暴れ出す。
 それに対し、黒服は舌打ちをし、次はみずっちの左足へと銃口を向けた。
「大人しくしていろ。まだ撃たれ足りないか?」
 みずっちはその言葉に、ぴたっと硬直し、ガタガタと震えながら目を瞑る。

「……ふ、ふざけんなよ……!」

 私は黒服を睨んだ。
 そんな私を見て、黒服はにこりと笑った。こんな風にこいつは笑うのか。それは、あの老人と同じ笑みだった。

「さあ、こいつを治してみろ」
 黒服は私に迫る。
 わ、私は……後ずさった。

「そ、そんな能力、私には……無い……!」
 なんとかそう搾り出す。 
 だが、当然黒服は、そんな言葉では引き下がらない。
「そうか、なら、こいつには死んでもらうしかないな」
 黒服はそう言って、みずっちの口腔に突っ込まれている銃の引き金を引いた。

「…………運がいいな。一発目は外れだ」

 みずっちの頬を伝う涙が、私の胸を締め付けた。

「や、やめてよッ……! みずっちは関係ないでしょ?」

 三度目の銃声が鳴り響いた。

「あ……あぁ……」
 見ると、みずっちの左足も血に染まっていた。

「み、みずっちが、死んじゃうょ……! や、やめてよッもう!!」

 私の制止を無視して、男は無言で、みずっちの右足にも銃口を向け、発砲した。これで四度目。すでに、みずっちに意識は無く、彼女は白目を向いていた。

「ぁあ……、や、やめ……!!」

 動揺する私を、黒服は鼻で笑う。
「病床の身とはいえ、こいつも魔人だろ? この程度じゃ、死にはしないさ」

「……ふ、ふざけんなよッ!」
 いくら何でも、こんなに撃たれて血を流したら、いくら魔人でも死んでしまう。
 ただでさえ、みずっちは病気が身体が弱ってるんだ。

「ふざけてるだって? そう思うのは自由だが、このままじゃぁ、こいつはもう時間の問題だな」
「……クッ……」

 為す術がない。

「何をうな垂れている。証明すればいい。『お嬢様』のその能力が、本物なら、こいつでな」 

 黒服は不敵な笑みを浮かべた。
 こいつは、このまま私が何もしなければ、間違いなくみずっちに止めを刺すだろう。

 みずっち。
 死なせたくない。
 こんな死に方させたくない。

 だけど、いまさら?
 私はみずっちを助ける手段を持っていながら、今まで何もしてこなかったのに?
 みずっちはそんな私をどう思うだろうか? 最低なやつだって、思うに違いないんだ。
 男がみずっちの首根っこを掴み、歩み寄ってくる。

「私はッ……!!」

 言いかけて止まる。

「私がどうした? 殺すのか?」

 男がみずっちの首ねっこを掴み、私の眼前に突きつける。
 みずっちの血が私の頬にかかった。

 その瞬間だった――みずっちの顔と、ぱぱの死に顔が重なる。

 怖い。
 ようやく気づく。何が私をここまで躊躇わせるのかを。
 私は自分のこの能力を、他者に使うことで、いったいどのような事が起こってしまうのかを、本能的に知っている。

 だけど、私はそれ以上に、みずっちを失うことが恐ろしい。ずっとずっと恐ろしい。

 私は、こんな苦しんで、こんな酷い死に方をするみずっちを見たくない。
 みずっちと、もっと一緒にいたい。 
 その気持ちは、嘘じゃない。誤魔化しなんかじゃない。
 私は、みずっちが好きだから、みずっちを助けたい。



「……そんなに見たいなら、見せてあげるよ」
 気づけば、私はそう言っていた。
 恐ろしさが互いに鬩ぎ合うあまりに、私はやけになっていたのかもしれない。

「そうだ、それでいい」
 黒服は笑う。そして、みずっちの口から銃を引き抜いた。
 私はみずっちを黒服から庇うように抱き寄せる。

「みずっち」

 彼女の胸にそっと手を添えた。

 みずっちの周囲は彼女の血で真っ赤に染まっている。
 病院に行ったところで、もはやどうにかできる状態ではなく、だが、このままでは間違いなく失血で死んでしまうだろう。
 それでも、私が能力を使えば、きっと助けることはできる。だけど、どう助ける?
 ちらりと黒服の方を見る。
 黒服は未だにこちらへ銃口を向けている。

 私はみずっちの胸の中に、手を埋めていく。
 しかし、個人的には少し気味の悪い光景だと思うが、それを見ても黒服は、表情一つ変えない。
「ねえ、一つ聞きたいんだけど」
 手を埋めながら、黒服に尋ねる。
「なんだ?」
「私は自分が魔人だと明かした覚えはないんだけど、どうして私が魔人だって気づいたの?」
 私の疑問に、黒服はふんっと笑った。
「会長は『お嬢様』が施設に引き取られたときから、自分にとってお嬢様が有用な存在となるか否かを調査していた」
「調査って……」
「その調査を通して得られた、あらゆるデータを総合的に判断した結果、会長は『お嬢様』を魔人と判断したのさ」
 道端で倒れていた小動物とかに、能力を用いたことがあった。
 みずっちにはそのことを話したが、彼女がこいつらと通じているとは思えない。
 誰も周囲にはそのときは、いなかったと思うが、こいつらがずっと調査していたというのなら、そのころから私を影から見張っていたのかもしれない。当時は、こんなことになるなんて思わなかったし、ありえるかもしれない。
 しかし、そんな昔から見張られていたかと思うと、気分が悪い。
「…………私にはさ、プライバシーも無いの?」
 私はあの老人のことが嫌いだったが、殺意までは覚えていなかった。しかし、今なら、私はあの老人を何の躊躇いもなく殺せると思う。
「で、その後、どうするんだ?」
 黒服が尋ねる。
「病魔を見つけたら、それを掴んで、この手を引き抜く。そこからが、始まり……」
 だとは思う。
 実のところ、私は人に対して、自分の能力が発動したことがない。
 具体的に、どのような手順を踏むのかについては、魔人として目覚めたとき、頭の中にイメージとしてすうっと湧いては来たけど。
 どんな化け物が引っかかるか検討もつかない。
「いた」
 意外と簡単に見つかった。二匹いる。
 しかし、この、嫌な感じは……。
「早くしろよ。死んじまうぞ」
 黒服は私を急かす。
 いったい誰のせいだと思っているんだ。私は男を睨んだ。
 ただでさえ蒼白だったみずっち顔には、もはや生気すら感じない。
 クソッ。
 私は、みずっちの中にいた"何か"を、思い切り引きずり出した。

「あッ?」

 黒服がぽかんと天井を見上げた。

 ――夜があった。

 一瞬のうちに、そこは夜へと変わる。

「――え――……!?」

 夜と一緒に、宙空には、二つの巨大な目玉が浮いていた。それは、ぎょろぎょろと視線を動かし、私と黒服を見比べる。
 こいつらが、みずっちの中にいた、病魔……?

 常世のごとき"闇"の病魔と、巨人のごとき"目玉"の病魔。

 私が今まで見てきた病魔とは何かが決定的に違った。
 過去に私が助けた小動物たちの中にいたのは、握れば潰れる様な病魔たちばかりだった。
 だけど、こいつらは明らかに、それらとは決定的に何かが違う。
 悟る。こいつらは『不可避の死』だ。

 みずっちの怪我は、すでに手後れだった。
 みずっちの病は治すのが困難だった。もしかすると、みずっちはこの病で死ぬ運命だったのかもしれない。

「うおぉおお……!」

 黒服が銃を掲げた。そして、その目玉に対して発砲を試みる。
 パシャンッとそれは、まるでゼリーのように弾けて、周囲に肉片を散らした。二つの眼窩が床の上に転がる。
 黒服は緊張からか息を荒くしている。
 だがその眼窩の奥から、神経の束がにゅっと顔を出し、新たな目玉を形成していく。
「クソッたれがッ」
 黒服は携えていた銃を投げ捨て、懐に手を伸ばす。
 ――手榴弾。

「あ」

 私はそう声をあげた。
 まさか、この部屋ごと爆破する気か。

「や、やめ――」

 だが、私が黒服を制するよりも早く、手榴弾とともに黒服の身体が闇に飲み込まれる。黒服の身体が宙に浮いて行く。
 私はただ、それを見ていることしか出来ない。
 闇の中で、黒服が悲鳴を上げていた。バキバキッと音がし、彼の身体がありえない方向に折りたたまれていく。
 肉の塊となったそれは、ぼたぼたと床の上に落ちていった。
 全身が恐怖のあまりガクガクと震えた。本能的に分かる。今迂闊に動けば、間違いなく殺される。「夜」は未だにこの場を支配していた。
 暗闇が延々と広がり、目玉はこちらを見ている。

(こんな得体の知れないやつ、どう対処しろって言うんだよ) 

 掌に汗が滲む。
 このままじゃ、きっと、私もこいつに――。

 そう思った瞬間だった。
「グギャァァアアアッ――!」
 突如、闇の中から獣のような悲鳴が轟く。それは化け物が発した断末魔の叫びだった。 
 真っ黒な液体が四方八歩に飛散する。

 恐らく、あの黒服が持っていた手榴弾が、化け物の中で炸裂したのだろう。
 まるで霧が晴れていくかのように、闇がすうっと晴れていく。
 後に残されたのは二つの黒い球体だけだった。恐らく、あの目玉の病魔は、あの黒い体液を、間近で浴びてしまったのだろう。
 その二つの球体は、まるで何かを探すかのように宙を彷徨いながら、ぎょろぎょろと視線を走らせていた。

(もしかして、目が見えていない?)

 私は目を伏せ、押し黙った。
 自分の心臓の音だけが、どくんっどくんっとはっきり聞こえる。どれほど時間が経っただろうか、私はちらっと視線を上げる。

 息を呑む。あの球体が、自分のすぐ目の前に浮かんでいた。
 じっと、まるでこちらを伺っているかのように動かない。

(ごめんなさい)

 私は再び目を伏せ、固く目を閉じる。
 震えはまだ続いていた。怖い。 
 早く、早くどこかへ行って欲しい。私には病魔に対抗する手段は無い。
 今、こいつは大人しくしているが、もし迂闊なことをすれば、きっと私もあの黒服と同じ目に合うだろう。

 私はひたすら耐えた。

 ――――。

 そのとき、誰かの囁くような声が聞こえた。
 私は、恐怖のあまり目を開けることができない。

 ――――。

 その声は微かであるが、確かに私の耳元で囁かれている。
 気が遠くなるような、そんな気がした。
 逃げ出したいという衝動に、身体が支配されていく。

 それでも、私は逃げなかった。
 すると、しだいにその囁き声は遠のき、やがては聞こえなくなった。 

 恐る恐る目を開ける。球体の影はもうなかった。
「お、終わった……」
 腰が抜ける。
 今の今まで、心臓を掴まれていたような気さえする。

「……みずっち」

 みずっちは何事もなかったかのように、すやすやと眠っていた。
 ベッドからは血の跡も無く、蒼白だったその顔にも生気が戻っている。

 恐らく、あの病魔は転移を行ったのだろう。
 病魔を取り除く方法は二つある。一つは、物理的に排除する方法。もう一つは病魔自身に、宿主を替えさせる方法である。
 前者はまさに実力行使であり、後者は対話によって行う。
 だが、一度物理的に排除しようとした病魔に、対話は通じない。もちろん、小型の病魔であれば、こちらの実力を持って、話を聞かせることはできるが、今回は私の方が圧倒的に実力不足だった。
 宿主の死とともに、病魔たちも消滅する。
 顕現させられた直後は、基本的に血が上っている彼ら病魔であるが、冷静に考えれば、病魔たちは宿主とともに滅びるよりも、宿主を次々に替えていった方が、長く存在できる。
 今回、あの"夜"の病魔の体液によって、あの目玉の病魔は視界は封じられていた。
 それによって、我に返り、自ら転移を行ったのかもしれない。
 転移の対象に私を選ばなかったのは幸いであるが、もし、あのとき動いていれば、恐らく私に転移していたことだろう。

 私はほっと胸を撫で下ろすと同時に、傍らの遺体にも意識が向けられる。
 そこに転がっていた死体は、ミンチのようにぐちゃぐちゃに捏ね繰り回されていた。
 いくらなんでも、ここまですることは無いと思う。
「あんたは、これで本当に良かったの……?」
 その問いに答える声は無い。
 あの老人の手先とは言え、この黒服はずっと私の側にいた。死人だからと美化するつもりはないけど、その死に対して、何らかの感情は抱くだろう。それもこんな死に方をしてしまっているなら、なおさらだ。
 それに、私はこいつの死の前の行動に対しても、いまだに納得ができていない。

 あの得体の知れない病魔を前にしても、黒服は攻撃を一切躊躇しなかった。
 懐から取り出した手榴弾についてもそうだ。まるで、こうなることが、はじめから分かっていたかのように黒服は所持していた。
 普段から所持していたとして、それはあまりにも物騒だ。むしろ、黒服たちは常日頃から、あのような武器を携帯しているのだろうか。
 だとすれば、何のために? 考えるまでも無い。人を殺すためだ。
 どうして、あんな老害のために、彼らはそこまでするのだろうか。私には到底理解できないし、したくもない。


「みずっち」
 みずっちはそのうち目を覚ますだろう。
 恐らく、私の関係はどちらに転ぶかは分からないけれど、間違いなく何らかの変化があると思う。
 あの老人が用済みのみずっちに対して、何をするかも分からない。なにせ、こんなことを企み、それを黒服に実行させるようなやつだ。どんな恐ろしい考えを持っていても不思議ではない。

 みずっちの頬を撫でた。
 もう黙っていることはできない。老人の出方しだいでは、みずっちも今回のように当事者になることもあり得るのだ。
「ごめんね、みずっち」
 みずっちが目を覚ましたら、全てを打ち明けよう。
 もし、それで、みずっちが私を拒んでも、それは仕方が無いんだ。

 今まで、ごめん。


 ・
 ・
 ・


 こんなタイミングで、いや、こんなタイミングだからだろう。
 みずっちの本当の両親が、みずっちを引き取りたいと言ってきたらしい。
 老人からすれば、みずっちの役割は終わった。だから彼女をこれ以上、囲っておく意味がないということだろう。
 私の想像とは裏腹に、老人はずいぶんと穏便な対応を取ってきた。
 それは良いことなのだが、私は、みずっちに、今まで自分が隠していたことを打ち明けてしまっていた。
 あの老人のこと、私の能力のこと、そして、あのとき、病室で何が起こったかを。
 だけど、みずっちは今まで通りに接してくれた。
 私にはそれがありがたくもあり、苦しかった。

「寂しくなるね」
 私がそう言うと、みずっちは笑う。
「同じ学校なんだから、これからもずっと一緒だよ」
「そうなんだけどさ……」
 ずっと一緒に暮らしてきたのに、離れ離れで暮らすのはやはり寂しかった。
 我ながら自分勝手なことを考えている。
 そんなことを考えていると、みずっちがむっと眉間に皺を寄せた。

「――……?」

 頬に平手打ちを食らう。
 私はぽかーんっとした表情で、みずっちを見る。
「これで、お相子だよ」
 みずっちはにこりと笑った。

 私は友達面をしながら、ずっとみずっちを見捨てようとしてきた。それなのに、みずっちはそんな私を許そうとしてくれている。
 私は自分が恥ずかしくなり目を伏せた。
 そんな私の肩を、みずっちはそっと抱き寄せる。

「そんな悲しい顔しないでよ。私まで悲しくなっちゃう」

「……だってェ」
 声が上ずった。
 卑怯だ。そんなことを言われたら。

 私はみずっちの胸に顔をうずめた。
 みずっちの柔らかな手が、震える私を優しく受け止める。

 ――みずっち、ありがとう。

Life Clock Eater


 死にかけの老人がいた。
 老人の頭の中に埋まっていく私の腕。もう、これ以上は限界だった。
「もう、いいじゃん」
 私は老人に対し、そう声をかけた。
 老人は死を恐れている。死を恐れるその老人の手には、強大なチカラがあった。
 地位や名誉、社会的栄光の維持。その強すぎる我欲が、老人に死を恐れさせている。
 老人はそのチカラを行使して、様々な病を克服し、延命を繰り返してきた。しかし、さすがにそれにも限界がある。
 今、老人が患っているのは、"老衰"だった。もはや、老人に未来は無く、未来は老人を前に閉じきっている。
 にも係わらず、老人の周りを固めている者たちの誰一人として、老人にそれを直視させようとはしない。
 それどころか、老人のその傲慢な考えを支持し、自らそれを実行している。

 黒服の男が私に銃口を向けた。
「減らず口を叩くな」
 老人の周りを固めているその黒服の男たちこそ、老人の持つ魔人能力。

 ――王の守衛 -ロイヤル・ガード-。 

 老人は彼らをそう名づける。
 老人の能力により召喚された彼ら"黒服"は、どのような手段を用いても、忠実に老人の欲望を実行してきた。
 彼ら黒服たちは、老人にとって、さぞかし使い勝手の良い駒であっただろう。
 生きた人間よりも信用でき、生きた人間では到底できないような願いを忠実に実行し、その実行のためには手段を選ばない。
 もし、この能力が無かったとしたら、この老人に今ほどの強大なチカラはあっただろうか。
 そして今、自らに迫る死に、ここまで恐怖することがあっただろうか。

 老人が死を恐れる理由。それは、老人とともに消滅するであろう黒服たちのためでも、愛する妻やわが子のためでもない。
 もちろん、国や会社に対する大義名分のためなどでも決して無い。
 老人は、死を目の前にしてもまだ、自らのチカラに縋り付いているに過ぎないのだ。いや、彼には、もうそれ以外に縋るものは無いのかも知れない。

 老衰は逃れられない明確な死の形の一つであり、老人自身が生きてきた証でもある。
 それを老人は切り捨てようとしていた。
 それがどのような意味を持つのか、私なんかにはもちろん分からない。けれど私なんかでも、それがとても悲しく、寂しいことであるというのは感じられる。
 だけど、私に何ができるというのだろう。少なくとも、私は老人の支えとなるつもりはない。結局はただの同情に過ぎないのなら、老人が望むようにしてあげるのが、せめてもの救いではなかろうか。
「……どうなっても、私は知らないからね」
 そう私は念を押す。
「構わん」
 老人はいいから早くやれと言わんばかりに、即答した。
「……」
 私は自分の腕をさらに老人の奥深くへと埋めていく。
 そして、その先にあったものを探り当てた。
 一瞬、引き抜くか引き抜くまいか躊躇うが、すでに覚悟は決まっていた。
 いずれこのときが来るのは、容易に想像がついていた。

 私は老人の中にいる何かを、この手に掴み、思い切り老人の内部から引き抜いた。
 その瞬間、老人の身体が、私の目の前から消える。そして、そこに現れたのは、小さな赤ん坊だった。
 私は辺りを見渡す、そこには黒服も、そして病魔の姿も無い。
 赤ん坊の泣き声だけが、ただ響き渡っていた。

(何も起こらない?)

 そんなことを思った刹那――。
 身を引き裂かれるような吐き気と悪寒、そして激痛が全身を駆け巡った。

(何かが、いる……)

 私は悶えながら、自分の胸に左手を埋めた。
 この身に起きた異変の元凶を探し当てようとまさぐる。

 ドコダ。

「……ァグッ…ッ…!」

 自分の身体の中を、あちこち探り回すというのは、やはり余りいい気分はしなかった。
 しかし、今はそんなことを言ってられない。

 目を閉じ、意識を内に向けた。

 探り回している左手の中で、何かが蠢いてるのを感じる。

(そこ、か……!)

 すっと腕を身体から引き抜き、もう一方の手で、左手を貫く。
 身体に手を埋めたときと同じように、右手は容易く、左手をすり抜けた。
 その瞬間、何かが右腕の中を駆け巡った。無数の筋が、指先から肘にかけて走る。

「……な、に…これ…ッ……?」

 腕に走った筋が、まるで目のように細かく裂けていく。裂け目の内側で、影のような黒い何かが蠢いていた。
 恐る恐る覗き込むと、文字通り「少年の顔」が、そこにはあった。
 まるでそれ自体が心臓であるかのように、腕の中で、その顔は膨張と収縮を頻繁に繰り返している。

「……!」

 腕の中で蠢いていたその顔と目が合う。その顔は口元をニッと歪ませた。
 身体の異変は、まるで何事も無かったかのように去っていた。しかし、先ほどとは異なる気持ち悪さが、全身を這っている。

 ――選択を与える。

 それは、突然、私に問いかけた

「せ、選択?」

 私は思わず聞き返す。
 顔は言葉を続けた。

 ――このまま我々に食い殺されるか、我々と同化するか。

「な、なにそれ……!? 冗談じゃないッ!」

 こいつは恐らく、老人から引き抜かれたと同時に、私の中に転移したのだろう。
 しかし、同化? こんなことを病魔に問われたのは初めてだった。
 私は面食らう。
 同化というと、この病魔と一体化するということだろうか。
 こいつは、少年の顔を持ってはいるが、あの老人の中から引き抜いたモノだ。その正体は、恐らく"老衰"。

 私の返答に対し、それは顔をしかめた。

 ――我々はお前の死だ。

 ――我はお前の中に巣食う死の種。彼はお前の中で朽ちる生の花。

 ――我はヒトの死であり、老い。

 ――我を引きずり出したのはお前だ。よって我は、お前を新たな寝床に選んだ。

 ――我はお前を内から蝕む。彼がお前を蝕むよりも早く、我はお前を食らい尽くすだろう。

 ――我はお前に選択を与える。

 ――我を受け入れるか?

 あまりにも唐突過ぎて言葉が出ない。そんな選択を、今この場でしろというのか。
 こいつの話を信じるとすれば、やはり、推測通り、あの老人から病魔を引きずり出したときに、こいつは私の中に潜り込んだのだろう。
 そして恐らく、こいつは、私自身の身体が老いによって、衰弱するよりも早く、私を死に追いやると言っている。

「そんなこと、急に言われても困る」

 そう告げる。
 しかし、顔は理解できないと言わんばかりに、私の言葉を鼻で笑った。 

 ――その台詞をお前が吐くか? 我が兄弟たちもお前の行動に対し、同じようなことを感じていた。勘違いしもらっては困るが、我が兄弟がお前を今まで宿主と選ばなかったのは、我が兄弟が卑しく愚かであったことを言わざるを得ない。だが、我は、我が兄弟とは違う。

「別に、私の意志でやっていることじゃないよ」

 ――お前には死という選択もあった。しかし、お前はそれを拒否した。

 死が、選択?

「意味、分からない」

 ――我は"老い"。"逃れられぬ死"。我が死ぬときは、お前が死ぬときだ。

「あんたが何の抵抗もしなければ、あんただけを私は殺せる」

 今までがそうであったように。

 ――残念だがそれは無理だ。我は兄弟たちとは格もその質も違う。我は老い。我は時の流れを映し出す鏡。我はお前が老人と呼ぶ、その男の刻んできた時間そのものであると同時に、お前自身であり、お前自身の業だ。我を切り離せば、お前はお前で無くなる。お前の時は我が掌握している。

 私は、老人であったものに目を向けた。そんな姿になってまで、私にこんなものを残すなんて。
「……」
 本当に、私が私で無くなるかどうか。
 やってみなければ分からない。
 だけど、こいつと同じように、赤ん坊に還元されてしまうのはごめんだ。
 その可能性を無視して、それを試すにはリスクが大きい。

 ――お前は我兄弟を含め、あらゆる犠牲の上に生きている。今さら、悩む必要はあるまい。

「同化するって、具体的に、なに?」

 ――我を食客として受け入れればいい。

「それって、私を老いによって、取り殺しはしないってこと?」

 ――そうだ。

「私は、何をすればいいの?」

 ――糧をよこせ。

「具体的に言ってよ」

 ――お前の能力で、我をヒトの身体の中に差し入れろ。さすれば、我はそのものの死期を早め、我が糧とする。

「……身代わりを差し出せってこと?」

 ――そうだ。誰でもいい。何なら、あの娘でも構わん。

「あの娘?」

 ――おまえがみずっちと呼んでいる娘だ。

「イヤだ」

 ――誰でもいい。誰でも。ただ、この一回きりではないぞ。お前が生きている限り、我は糧を必要とする。さぁ、時間が無い。最初の糧とするものを早く選べ。

『誰でもいい』
 その言葉に、ふと視線を落とした。
 赤ん坊が無垢な笑みを浮かべている。
 こいつを差し出せば……?
 顔がにやりと口元を歪ませた。

 ――赤子を選ぶか。それもいいだろう。我は誰でも良いのだ。

 あの老人だったもの。
 あの老人だった。いや、形が変わっただけで、これはあの老人だ。

 私はこいつにずっと支配されていた。
 そして、これから先も、ずっとこいつの業を背負い込ませれることになる。
 それなのに、こいつは全てを清算して、これからまた、新たな人生を築いていくのか。
 それって、私にとってどうなの?
 それってさ、私にとって、何の関係もないよ、ね。

 そっと、私は赤ん坊を抱き上げる。
 その小さな胸に、私はそっと歪なこの右手を置いた。

 ――良い選択をした。

 あぁ。
 嬉しそうに赤ん坊は笑ってる。

 右手が赤ん坊の中に沈んでいくのを見ていて、先ほどのこいつの言葉の意味が、少しだけわかったような気がした。

 死なない選択。

 私は私自身が、望む、望まざるに係わらず、そういう選択の繰り返しの中で存在している。
 そう、今までも、これからも。

病魔のニジュ


「ニジュちゃん」
 みずっちが微笑んだ。
「あんま、可愛がらないでよ。調子に乗るから」
「そんなことないよねぇ」
 みずっちはデレデレだ。みずっちはそう言ってニジュを撫でる。
 ニジュは私の中に潜む病魔の片割れ。
 正確には、ニジュはまだ病魔ではない。
 本来、私の能力では、病魔になる前の病魔までも同時に引きずり出すことはできない。
 恐らく、こいつの片割れである老衰の病魔を引きずり出したとき、こいつも一緒に具現化されたのだろう。

 私の中に潜む、老衰の病魔は、私の中の時を掌握したと言っていた。
 恐らく、この事を指しているのだろう。老衰の病魔とニジュは繋がっている。
 老衰の病魔を排除すれば、ニジュも私の中から排除されてしまうのだろう。

 老衰の病魔は自分自身を"老い"または"死の種"と呼び、ニジュを生の花と呼ぶ。ニジュも好かないが、あいつはニジュ以上に好かない。
 推測するに、ニジュはこれから先、後何十年かすれば、あいつと同じように老いの病魔と化すのだろう。

『ボクは調子に乗らないもん』

 ニジュはみずっちに擦り寄った。まるで、子どもだ。実際、子どものなりをしてはいるのだが。
 私が引きずり出した病魔たちは、皆が基本的には異形であり、体表は漆黒に包まれていた。しかし、ニジュは違う。
 恐らく、まだ病魔と化してはいないからだろう。みずっちはそれをいい事に、ニジュを弟みたいに可愛がっていた。

「……片割れはどうしてんの?」

『寝てるー。お腹いっぱいみたい』

「……そう」
「愛ちゃんさ、また暗い顔してるよ」
 みずっちがむすっと言った。
 私は頬を膨らませる。
「だってェー! みずっち、ニジュばっかり可愛がってさー。私のことあんま見てくれない!」
 そう声を上げると、ニジュは私を尻目に、みずっちにしがみつく。
『へへーん。みずちゃんは、ボクのものだもん』
「……」
 私は拳をぎゅっと握り締める。
 わなわなと拳が震えた。
「まぁまぁ、愛ちゃん落ち着いて」
 みずっちは私を宥める。
 しかし、私の気は治まらない。
「こいつッ! いっつもいっつもさ、私とみずっちの間に入ってきてッ! 私だってさすがに我慢というものにも限界が――」
 そう声を荒げた私の耳元に、みずっちがさっと囁いた。
「この子がお昼寝してるとき、私の家でケーキでも食べよ」
「……まぁ、みずっちがそう言うならさァー」
『ボクもお話にいれてぇー!』
 ニジュは内緒話をされたのが悔しいのか声を上げた。
(早く疲れて眠ってしまえ)
 私は心の中でそう悪態をつく。
 だけど、今日は、一日中笑顔でいられそうだった。

 ――さぁ、起きろ。

 重い瞼を擦りながら、起き上がる。

 ――起きろ。

「…………一晩くらいゆっくり寝かせてよ……。……こっちはさぁ、あんたと違って一睡もしてないんだけど……」

 ――それは、我には関係のないことだ。

「昨晩は三人も殺しておいて、まだ殺し足りないの?」

 ――確かに猶予はまだまだあるが、あるからと言って、ただ惰眠を貪るわけにもいくまい。

「惰眠って……。私にとっては貴重な睡眠時間なんですが」

 ――我には関係のないことだ。

「あんた、そればっかじゃん」

 ――さぁ、行くぞ。

 私は右腕を前に翳す。右腕に無数の切れ目が走り、その切れ目の中から、ゲル状の黒い物体がぼたぼたと溢れ出る。
 まるで生き物のように、それは床の上をのたうちながら、一箇所に集まっていく。そして、たちまちのうちに少年の姿を形成していった。

「……その現れ方ってさあ、いっつも思ってたんだけど、はっきり言ってすっごく気持ち悪いよ」

 親切心でそう言ってやる。しかし、無視された。

 ――今宵は、誰を食らう? 手はず通り呼び出してはいるのだろう?

「一応は、ね」
 こいつに言われた通り、どうでもいい同級生を二、三人ほど学校に呼び出してはいる。

 ――可能な限り、我がお前を守ってやるゆえ、そう案ずるな。

 ――隙あらば、お前はその右腕で、我が種を糧に差し込め。

 ――隙は我が作ろう。

「はいはい。もうちゃっちゃと終わらせよう。このままじゃ、寝不足で死ぬよ」

 学校に来てみる。
「あれ、どこだ?」
 しかし、待ち人の姿が見えない。
「ねえ、ってどこだよ」
 あいつの姿も見えなくなっていた。
 あいつは闇にとけるような色をしているので、別に見つからなくても不思議ではないが。
 誰のために私がこんなことをしているのかを考えると、あいつの姿が見うけられないというのは、妙に気に入らない。
「おーい」 
 暗闇に呼びかけてみるが、返事はない。
 待ち合わせ時間を間違えただろうか、と考えていたところ、背後から何者かに押し倒される。
「うふぅ……! ぐへへ……!」
 耳元に生暖かい吐息がかかる。
 ああ、恐らく今日呼び出したクラスメイトの一人だろう。
 あまりの気持ちの悪さに、現実感を覚えることを無意識が拒否していた。
 まるで、そうするようにプログラムされた人形のように、私は機械的に右腕をクラスメイトの胸に当てていた。
「ごくろうさん」
 とりあえず、労いの言葉だけかけてやる。そして、クラスメイトの中へと何の躊躇いも無く差し込んだ。
 その刹那、クラスメイトの姿が消える。
 あいつの声が頭の中に響いた。

 ――まず一人だ。

 その言葉を聞いた途端、先ほどの状況に現実感が湧いてくる。
「『まず一人だ』っじゃなくってさ。私さ、今! 思いっ切り襲われてなかった!? 何で傍観してたのさ!?」

 ――ふん。命に別状はあるまい? 糧が性交目的であることは、襲いかかる前の段階で分かっていた。その性的な昂りと所持していた道具でな。

「分かってたなら教えてよ! こっちだって心の準備ってもんがあるんだからさァ!」

 ――虚けが。糧の目的が性交のみなら、我が出るよりも、お前が直接処理した方が事は早かろうが。

「虚けって……。私の気持ちなんてものは、所詮、あんたにとっちゃ考慮するほどの価値もないってこと?」

 ――さぁ、次だ。

「……本当、あんたって好かないや」


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最終更新:2011年08月08日 12:32