ジオンの将兵達にとって、本当に大変なのはここからだった。撤退命令はかなりはやい段階で出されていたが、無線の通じない地下に突入した者たちは、ほとんどが死ぬまで戦わざるをえなかった。地上に出られたわずかなMSも、相変わらず四方八方から飛来する敵弾に次々に倒された。作戦本部は彼らを回収するため、ありとあらゆる手段を講じた。
アマゾンの支流に、一機のコムサイが着水していた。そのコムサイに水中から複数の公国軍MSが接近し、開かれたハッチに直接浮上する。コムサイに収容されたMSからパイロットが飛び降り、仲間と握手を交わして喜ぶ。だが、せっかく回収したMSはそのまま水中に破棄された。積載量に限りのあるコムサイで一人でも多くの味方を回収するため、MSは棄てていくことにやったのだ。水中に没していく各々の愛機に、パイロットたちが敬礼を捧げる。
一方、アマゾンをさらに下流にくだった地点では、ポツンと置かれた連邦軍の飛行場がジャブロー防衛司令部からの連絡を待っていた。公国軍のガウ編隊から敵MSが降下したとの報告はこのさびれた飛行場にも届いていたが、その後はまったく連絡がつかなくなった。
先程公国軍のガウを撃ち落とした一機の
コアファイターが着陸し、パイロットが戦いの様子を飛行場の兵士達に説明した。このパイロットこそ、
シン・アスカであった。彼はミサイル等の補給を頼みに着陸したのだ。飛行場の整備兵たちはこれに快く応じた。防衛司令部からの命令がない以上、他にできることもなかったのだ。飛行場に所属していた戦闘機部隊はガウとドップの迎撃に出撃して行ったきり、戻っていなかった。
「それで、ジャブローは無事なのか?」
飛行場の主任がシンにきいた。
「どうにか守り抜いたみたいです。敵はたぶんもう退却に移っています。」
再びコックピットにおさまり、シンが答えた。
「そうか。一安心ってとこだな。」
主任がそう言った途端、一人の整備兵が叫んだ。
「東の空から大型艦がくるぞ!ありゃ、ザンジバル級だ!」
見ると、木々の合間に確かに巨大な機影が確認出来た。刹那、ザンジバル級が飛行場を狙って射撃を開始した。
「総員退避!!」
主任が叫び、整備兵たちが蜂の巣をつついたように走り出した。だが、シンはコックピットに座ったままだった。
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06/23 17:39 W51S(e) [270]エルザス
269
「何をしてるんだ!君もはやく逃げろ!」
主任がシンに言った。
「この機体があるのに逃げられないんだよ!戦わなきゃ!」
シンがそう答えた瞬間、コアファイターのすぐ近くで砲弾が炸裂した。衝撃が二人を襲ったが、奇跡的に怪我はなく、コアファイターも健在だった。
「離れて!コアファイター、出撃する!」
シンはそう言って、キャノピーを閉じた。主任は慌てて退避壕のほうに駆けてゆく。滑走路にでたコアファイターにさらに多くの砲弾が集中するが、飛行場の対空砲が射撃を開始し、ザンジバル級の照準を狂わせた。だが、当然無傷という訳にはいかない。ビシリ、という嫌な音が図上から聞こえて、チラリと上を見てみると、真っ赤に焼けた砲弾の破片がキャノピーに突き刺さっていた。もしあれが貫通していたら、シンの頭蓋は粉々に砕かれていたに違いない。シンは視線を戻して軽く息を整えた。今に見てろ、かならず礼をしてやる…!
どういうつもりなのか、ザンジバル級は滑走路にまっすぐ進入するコースをとっていた。すなわち、シンの真正面に。
ザンジバル級はぐんぐん高度を下げ、コアファイターとの距離はあっと言う間に縮まる。その間もザンジバル級は砲弾をバラまき続けて、飛行場の対空砲を沈黙させてしまった。
「こいつ、なんのつもりだ!」
シンは毒づき、一か八か、スロットルを全開にした。ザンジバル級は目と鼻の先だが、シンは構わず操縦悍を引いた。コアファイターの機首が上を向き、一瞬、ザンジバル級の操縦席の男と目があった。そのまま激突するかと思われた次の瞬間、コアファイターはザンジバル級の上を飛び越えていた。コアファイターはそのまま加速し、ザンジバル級はそのまま着陸した。
「新手なのか?!」
シンはザンジバル級を凝視したまま叫んだが、その船体からMSが出てくるような様子はなかった。ザンジバル級は滑走路の端まで行き着くと、管制塔に主砲を乱射しつつ、180度向きを変えた。その時、森の中から小さな機動兵器が飛び出して来た。その紅いKMFには、シンも見覚えがあった。
「オデッサにいた奴か!こいつッ!!」
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06/23 17:40 W51S(e) [271]エルザス
270
シンはコアファイターを旋回させ、機首を紅いKMFの方に向けた。だがその瞬間、ジャングルから大型の戦闘機らしきものが飛び出して来た。
「
フラッグか!チィッ!」
その黒っぽい機体もまた、オデッサで遭遇したMSなのであった。フラッグは戦闘機形態でコアファイターに接近してきた。KMFより先にこちらと戦うしかないらしい。コアファイターは加速しながらフラッグの真後ろにつこうとするが、敵とて素直に背中を取られるはずはなかった。そこから先は、三次元の機動が連続する熾烈なドッグ・ファイトとなった。大地と空が何回も入れ代わり、飛行場の施設が視界の隅を右へ左へ駆け抜けてゆく。双方が何回かミサイルを発射したが、いずれも空振りに終わった。あまりに激しい機動を続けたせいで、さすがのシンも気分が悪くなってきた。どちらが上でどちらが下かもわからなくなりつつある。だが、辛いのは敵も同じはずだ。先に集中力を切らしたほうが負ける。そして、絶対に負けられない戦いが、そこにはあった。
「このォォォォォォォォ!!」
シンは絶叫しながらスロットルを全開にした。フラッグとの距離が詰まり、ミサイルが発射された。だが、フラッグはこれもよけた。また距離が離れて、フラッグは地面に向かってゆるく下降して行った。その行く先には、三機のフラッグが散開して飛行場を制圧していた。そして紅い奴を始めとするKMFが、ザンジバル級の格納庫に入ろうとしていた。
「やっぱり退却するつもりか!やらせるかよ!!」
シンは降りていくフラッグに追いすがった。フラッグはそれに気づいたのか、加速しながら機首を起こし始めた。だが、これなら追い付ける。フラッグと、の後ろについたコアファイターは天空に半円を描いて上昇に転じた。そして機首が真上を向いた瞬間、フラッグが一瞬止まったように見えた。加速度が足りず、失速したのだ。
「そこォッ!」
シンがミサイルを撃とうとした瞬間、フラッグは機首を右に振ってクルリと向きを変えた。
「なっ?!」
気がついた時には、フラッグはコアファイターの真横につけていた。しかも、その機首の大口径ライフルは、コアファイターにピタリと狙いを定めていた。シンは次に何が起こるのかを瞬間的に悟った。やられる…!
「…ッ!!」
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06/24 08:16 W51S(e) [272]エルザス
271
だが、フラッグはライフルを撃たなかった。ミサイルも撃たなかった。フラッグはそのままコアファイターの横を落下していき、飛行場に向かっていった。シンはどうしていいかわからず、その様子をただ唖然として見ていた。ふと気づくと、飛行場に向かって大型のコムサイが接近しつつあった。コムサイはそのまま滑走路に着陸し、ザンジバル級の横につけた。飛行場を制圧していたフラッグ三機と、たった今シンを見逃した一機が合流し、コムサイに向かう。
味方を回収し、そのまま戦場を離脱してゆくザンジバル級とコムサイを、シンはただ呆然として、怒りと恐怖がいり混じった瞳で見送っていた。ザンジバル級とコムサイが地平線の向こうに消えて、シンはようやく機体を着陸させようと思った。通信は沈黙していた。このあたりに味方がいる様子はなかった。主任はどうなっただろう…?
コアファイターは無事に滑走路に降り立った。管制塔からの指示もなかった。基地の施設は徹底的に破壊されていた。コアファイターが滑走路の端まで来た時に、シンは初めて叩き潰された退避壕を目にした。入口付近に、主任らしき死体が無惨な姿で転がっていた。
シンの瞳から涙がこぼれた。
キャリフォルニアベースへと向かうコムサイで、グラハムは一人腰かけて思索にふけっていた。出撃したフラッグのうち、ジョシュアを始めとする何機かが脱出の途中で敵の砲台の餌食になった。残ったフラッグパイロットはグラハム、ダリル、フェイト、アルフの四人だけになってしまった。にも関わらず、ガンダムを討つことはできなかった…。
不意に
ダモクレスのゼロから通信が入った。
「言っておかなければならないことがある。格納庫エリアに突入した時のことだ。
シャドームーンの奪取に成功し、すでに退却のタイミングだったのに、なぜガンダムに攻撃をしかけた?」
「私の使命はガンダムを討つことだ。
黒の騎士団が交わした密約のことは承知していなかった。私は自分の役割に責任がある。」
「だが、あやうくフェイトが落盤の下敷きになるところだったんだぞ。あのような独断先行は認められない。今後ああいった行動はは謹んでもらう。」
「…了解した。」
ジャブローの戦艦ドックでは、すでに修復工事が始まっていた。
ブラックハウスが被った損害は極めて軽微で、作戦中であれば修理をしないで戦い続けるであろう程度だったが、ドック入口付近の施設はぐちゃぐちゃになっていた。主にトレインのレールガンとナノハの
レイジングハートによる射撃の結果であったが、その傍らに転がるグフの残骸はナガモンの狂気じみた所業によるものだった。目の前で
ナンジが死ぬのをまざまざと見せつけられてしまった彼女を、クルーの全員が心配していた。
黒猫と乃人はナガモンの気持ちを楽にしてやりたいと思い、彼女の部屋を訪れた。これまでの見事な戦いっぷりと日頃のクール態度からして、ナガモンはすぐにでも平静さを取り戻すだろうと思われた。だが、二人が目にしたのは、暗い部屋のベッドの上で体育座りをして泣きじゃくる、か弱い乙女の姿だった。暗闇の中で、涙に濡れた淡い青と黄色のオッドアイが綺麗に光っていた。伏し目がちなその表情から、今回の出来事が彼女にとっていかに大きな影響をあたえたかが伺えた。黒猫と乃人は顔を見合わせた。そして二人してベッドにのぼると、左右からナガモンに抱きついた。ナガモンは相変わらず嗚咽を繰り返していたが、二人が彼女をずっと抱きしめているうちに段々と落ち着いてきたらしかった。不意に嗚咽が止んだかと思うと、黒猫と乃人を交互に見てから、彼女は言った。
「気持ちワルイなまったく…」
いつものナガモンがかえって来たようだ。黒猫は嬉しくてナガモンを押し倒した。乃人はナガモンに抱きついたままだ。
以下、めくるめく乙女の戯れが続いたが、彼女達は気づいていなかった。帰ってきたシンがナガモンを見舞いにやって来ていたことを。そして開きっぱなしのドアのところで、立ち尽くしていたことを。
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06/24 11:32 W51S(e) [274]エルザス
あずにゃんと京はゴップに呼ばれていた。ツムギに連れられて彼の部屋に入ると、宇宙軍のティアンム提督が退出するところだった。反射的に敬礼し、ティアンムは答礼しながら去って行った。
「ご苦労二人とも。かけてくれ。」
ゴップが穏やかな調子で言った。あずにゃんと京がソファに座る。ゴップは自分の執務机からファイルを取り出して、二人の向かいに座った。ツムギは早くもお茶をいれに行っている。
「先の戦闘では、ご苦労だった。まさかこのジャブローに敵が直接殴りこんでくるとはな。どうやらホワイトベースがつけられたらしい。まぁ、とにかく狙われたのがジャブロー中枢ではなく戦艦ドックのエリアだったことは不幸中の幸いと言えるかもしれん。おかげで宇宙への侵攻作戦は延期せずにすむ。」
不幸中の幸い、か。
京は内心で呟いていた。この初老の将軍は、この戦いでどれだけの兵士が死んだか、果たしてわかっているのだろうか。いや、人数の問題ではないのだ。その『不幸中の幸い』とやらで兵士達がどれだけ必死でぶつかりあったか、その死にゆく者たちがどんな思いだったか、それが大事なのだ。この男は、きっとそれを理解していない。
「君たち
ブラックハウス隊も尊い犠牲を出しながら、奮闘してくれたと聞く。本当に良くやってくれたな。」
尊い犠牲、ときたか。
京は天を仰ぎたい衝動にかられたが、実際にはうつ向いた。
確かに死んだナンジの犠牲は尊い。その言葉は間違ってはいない。しかし、この釈然としない感覚はなんだろう?
彼の戦死にはもっと大切な意味があった、そういうことだろうか。いや、死は死だ。すべての終わりだ。そこに意味を付与したところで死者にとっては関係ない。では彼の死とは一体なんだったのだ?いや、戦争で死ぬということは、一体どんな意味を持つのだ?なぜみんなこの戦争で命を散らせてゆくのか。
その時、京は気づいた。自分には戦争で死ぬ覚悟がないということに。急に胃がひっくり返って、血の気が手足からサッと引いていくような気がした。それは自分に対しての失望であったし、怒りでもあった。ナンジの死を『尊い犠牲』で片付けられない理由もわかった。それは自分にはできないことを成すものに対する、単純な畏怖だったのだ。
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06/25 08:37 W51S(e) [275]エルザス
ハァ、と息を吐いていた。思わず漏れたため息にゴップが話を止めた。
「なにか?京大尉?」
「あっ、いえ、申し訳ありません。少し疲れていて…」
「まぁ、無理もないな。あれだけの激戦の後だ。紅茶でも飲んでゆっくりしてくれ。
で、ナカノ少佐、ブラックハウスの配属についてなにか質問は?」
「ティアンム艦隊の先鋒というのはわかりました。しかし、ブラックハウス単独では敵艦隊相手にはどうにも…」
「おおっとこりゃいかん。大事なことを忘れてた。ブラックハウス隊には新たな艦艇とMSが配属される。この書類を見てくれ。」
ゴップはファイルから一枚の紙を取り出した。
「ブラックハウス隊には、
トラファルガー級空母アースラ、ルナツー工廠から新型MS3機が追加される。パイロットは二人追加。シン・アスカ少尉にはヤラナイカを降りてもらい、新型に乗ってもらう。ヤラナイカはジャブローが預かる。新型MSはルナツー工廠の実験機らしいが詳細は追って知らせる。それとアフリカから一緒だったタチバナ小隊だが、宇宙仕様の
セイバーフィッシュに乗り換えて引き続き一緒に戦ってもらう。」
「ち、ちょっと待ってください。空母を擁する戦隊の指揮なんて、私には無理ですよ。」
あずにゃんが遮ったが、ゴップは問題ないとでもいいたげにあずにゃんを見た。
「ブラックハウス隊全体の指揮はアースラのリンディ・ハラオウン大佐がとることになっている。やり手の艦長だよ。君も、京大尉も彼女にはいろいろ教わるといい。
それから、今ブラックハウスに配備されているMSは宇宙仕様への弱冠の改良が加えられる。今頃物資が届いているはずだ。出撃までにはまだ多少の時間があるが、ブラックハウスは宇宙に出るのは初めてだからな、準備は万全にしておくように。」
「了解しました。」
ゴップはファイルを差し出し、あずにゃんがそれを受け取った。京はゴップをまっすぐ見て言った。
「質問してもよろしいですか?」
「なんだね?」
「最初の目標は、ソロモンですか?それともグラナダ?」
ゴップは少し黙って、考えているような仕草をとった。と、身を乗りだしていかにも秘密の話という体勢になった。京とあずにゃんも前に乗りだす。
「…クルーにはまだ知らせちゃいかんぞ。最初はな、ソロモンだ。」
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06/25 08:38 W51S(e) [276]エルザス
275
U.C.0079、 12月2日。ホワイトベースを始めとする4隻の戦艦が、ジャブローから宇宙へと発進しつつあった。連邦軍の宇宙反攻主力艦隊から敵の目をそらすため、これらの戦艦は囮部隊として選ばれたのである。宇宙を目指すホワイトベースの横を、フラミンゴの群れが飛んでゆく。ホワイトベースの行く末を心配するのでもなく、不吉な予兆を示すのでもなく、フラミンゴの群れはただただ無害であった。それを見るクルー達は何を思うのだろうか。そんなことを考えながら、京はあずにゃんとホワイトベースを見送っていた。南米のジャングルに沈む夕焼けが美しい。いつまでも見ていたいが、そうもいかない。ブラックハウスを含む主力艦隊の発進も、この数時間後に迫っているのだ。ブラックハウスが宇宙にでるのは初めてだから、何かと準備をしなければならない。京はあずにゃんの方を向いて言った。
「艦長、そろそろ。」
「そうですね。ブラックハウスに戻りましょう。」
あずにゃんは落ち着いた声で答えた。
ジャブローの戦いを経て、あずにゃんは変わった。それまでのどこか頼りない部分がなくなり、ゆらぎのない信念が感じられるようになった。それは決して人を威圧するような気配ではなく、そっと素肌に触れるような優しい気配だった。
一方で京自身は、かつての厳格な態度に乱れが生じ始めていた。軍人が命令に従うのは当然、それはいい。だがそもそも、この戦いの意味を、戦争を始めた当事者たちは理解しているのだろうか。当事者とは、ジオンのことを言っているのではない。宇宙移民の独立を認めなかった、偏狭なる地球連邦のことである。
昨日、ナガモン中尉のことが気になって彼女の部屋を訪ねた。部屋には黒猫と乃人もいて三人でじゃれあっていたが、そのわりに彼女たちの話題はシリアスだった。
「なぜ戦うのか?」
彼女たちはそれについて語っていたのだ。京はその質問を受けて答えに詰まった。ひとまずそれが命令だからだと答えたが、自分でも納得していないことは口調から明らかだったろう。京はその後すぐにナガモンの部屋から退散した。戦う理由がわからない自分がひどく惨めに思えた。
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06/26 15:47 W51S(e) [277]エルザス
276
ブラックハウスのドックに戻ると、ノドカがあずにゃんを待ちわびていた。
「BlackCat、WhiteCat、
ブラックサンの宇宙用装備を持って来たわ。マスタースパークのスラスターもね。もうSOS団に引き渡したけど、出港まであまり時間もないし、私たちも装着を手伝うわ。」
「ありがとうございます先輩。助かります。」
「どういたしまして、それじゃね。」
ノドカは格納庫の方へ走って行った。
「間に合うでしょうか。MS4機の、しかも不慣れな新型装備の取り付け作業ですが…」
京はあずにゃんに言った。
「MKⅡさんにもハルヒさんたちを手伝うよう頼んでおきました。ブラックハウスだけの遅延で艦隊の発進を遅らせるわけにはいきません。頑張ってもらわないと。」
あずにゃんの口調からはさしたる危機感を感じられなかった。確かにブラックハウスの整備班は優秀だが、万が一間に合わなかった場合を考えなくていいのだろうか。
京の心配をよそに、あずにゃんはさっさと歩いて行ってしまった。京は慌ててその後を追いかける。
「宇宙に上がった後、我々とアースラとの合流ポイントはどこですか?」
「サイド6へ向かう途中になると思います。艦隊の先鋒がサイド6へ向かうことで、攻勢の目標がグラナダであるように見せかける作戦らしいですね。ブラックハウスは宇宙に不慣れだからその行程でみっちり訓練します。その時は副長には艦隊砲撃戦訓練の指揮をとってもらいます。」
「了解しました。」
艦橋では、お馴染みのクルー達がすでに発進準備を整えていた。通信担当のはちゅねがあずにゃんに報告する。
「ジャブロー防衛司令部からの連絡です。
『現在ジャブロー周辺に敵影なし。すでに敵は囮部隊を追って宇宙への離脱準備に入りつつある模様。ティアンム艦隊主力の発進は予定通り行う。』
以上です。」
「ご苦労さまです。ジョーンズさん、航法装置の設定は?」
舵を握る男がむっつりと黙ってまま頷いた。すでに終わっている、という意味らしい。
「あとはMSの改造作業ですね。最悪の場合は宇宙に上がってからやるしかありませんね。」
「しかし艦長、宇宙に上がった所で敵のパトロールに出逢ったらどうします?その場合だせるのはレイジングハートとコアファイターだけということになりますが。」
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06/26 23:12 W51S(e) [278]エルザス
277
「かなり厳しい状況になりますね。一刻もはやくアースラと合流するほかありません。」
あずにゃんの答えに、京は黙りこくってしまった。少し無責任すぎるのではないか?つまり逃げの一手ということではないか。
そんな京の考えを読み取ったのか、あずにゃんが言葉を継いだ。
「大丈夫ですよ京さん。これまでの経験で、ブラックハウスが只の戦艦とは違うことは敵もわかっています。そう安易に攻撃してくるとは思えません。」
「だといいのですが…」
そして数時間後、ティアンム艦隊主力はジャブローを発進した。ジャングルの巨大なハッチから大型艦が次々に打ち上げられる。艦隊の大多数は、垂直方向に離床して一直線に宇宙を目指した。一方ブラックハウスは通常よりやや艦首を上げた姿勢で、斜めに上昇してゆく。クルーたちはノーマルスーツを着て、シートベルトで自分の体をしっかり固定していた。
舞い上がった連邦軍艦隊は、まもなく真空の海へと漕ぎ出す。その大海の向こうで何が待っているのか。はっきりとわかっている者は一人もいなかった。彼らの眼前には、ただただ藍く、果てしない空間が広がっていた。
最終更新:2010年11月02日 22:33