「第二連合艦隊全艦、全速力で突撃!要塞まであと一押しよ!」
アースラの艦長、リンディ提督がついに最終躍進の命令を下し、第二連合艦隊の残存艦隊は残る力を振り絞って突進していった。
先頭に立つのはラピュタと
ブラックハウス、そしてナガモンたちのMSだ。
「敵の防衛ラインは完全に崩れたわ!敵は退却を開始している模様!」
パチュリーの
リトルデーモンから通信が入り、ナガモンと黒猫は要塞までの距離を見やった。
要塞のごつごつした表面はすぐそこにまで迫っている。そこまでにはもう数機のザクが残っているだけだ。
敵の艦艇はNフィールド方面へと動いていた。
「ユーノ、敵の主力は脱出を開始したようだ。あとを追うか?それとも要塞に突入?」
ナガモンがアースラのユーノに通信を繋いだ。
「こちらユーノ!リンディ提督は要塞の陥落を最優先にしてる。逃げた敵は放っておこう。要塞が落ちればこの戦争は終わりだ!」
戦争の終わり。
今までとてつもなく漠然としていた夢みたいな事柄が、急に現実味を帯びてきていた。そうだ、この要塞さえ落とせば、戦争は終わる。
もう誰かを失わなくて良い。
ナガモンはそう思い、要塞までの最後の進出にかかった。黒猫があとについてくる。二人ならば戦い抜ける。そう確信していた。二人のあとに、
ブラックハウス隊の他のMSが続く。
「メインエンジンをやられました!制御不能です!」
「左舷デッキからも出火、弾薬庫に誘爆した模様!」
エイミィとユーノが相次いで叫び、クロノは背後のリンディを振り返った。彼女は静かな視線を前方に向けていた。遙か遠く、ラピュタとブラックハウスがついに要塞にたどり着こうとしていた。
「アースラの役目は終わったわね。クロノ、総員退艦を発令して。あなたが全員を連れてランチで脱出しなさい。」
「提督はどうするつもりですか?」
クロノの質問にリンディは答えなかった。ただ、その目がすべてを物語っていた。
「今まで、ご苦労さまでした。」
リンディはただそう言っただけだったが、クロノは自分の母が何を考えているかを知っていた。リンディは艦長席から立つと、クロノたちに敬礼をしてから艦橋を出て行った。艦橋の目の前ではまだ対空砲が敵を狙っていたが、クロノはそんなものに目もくれなかった。彼はただ答礼をしたままの姿勢で彼女を見送った。
おそらく母は自分の部屋で船と運命を共にするだろう。その覚悟に自分のわがままで泥を塗るつもりはない。自分の任務は、ただ全力を尽くしてアースラのクルーを生還させることだけだ。このかけがえのない仲間達を、全員無事に脱出させる。それが母の最後の命令であったのだから。
「ユーノ、エイミィと協力してランチの準備を。」
「わかった。だけど、リンディ提督は…」
「いいんだ、あの人はあれで。提督なりのけじめだと思ってくれ。多くの部下を失った、一人の提督として。」
「クロノくん…」
「エイミィも、さあ早く。」
「うん…」
ユーノとエイミィは最後まで心配そうな目でクロノを見ていたが、連れだって艦橋を出て行った。他のクルーも二人に続く。誰もいなくなった艦橋で、クロノは全艦放送のスイッチを入れた。
「達する。こちらは、副長のクロノだ。リンディ提督はアースラの総員退艦を命じられた。繰り返す、総員退艦。この船は放棄する。乗組員はすみやかに右舷デッキに集合し、点呼を終えたあとで脱出用のランチに搭乗せよ。負傷者に手を貸してやれ。一人も残していくんじゃない!以上。」
クロノは伽藍とした艦橋を見渡した。もはや制御を失ったアースラの前方では、
レイジングハートがランチの護衛のために周囲を警戒していた。ナノハの守りがあればランチも無事に脱出できるだろう。
クロノはぼんやりとそう考え、艦橋をあとにした。そしてまず、独房へと向かった。
アララギとヒタギは、目の前に広がる悲惨な光景に戦慄をおぼえていた。突然デッキの壁面が割れたかと思うと、そこから火花が飛び散って弾薬が誘爆を起こしたのだ。結果、まだ整備兵が走り回っていた格納庫まで爆煙が押し寄せ、二人の目の前で同僚が黒焦げになって死んでいった。
二人とも、どうして自分が無事でいられたのかまったくわからなかった。二人はディステニー用の弾薬に信管を挿入する作業にあたっていた。その弾薬が誘爆を起こす可能性だって十分にあった。だが、そうはならなかった。その代わりかはわからないが、もっと安全な仕事をしていた整備兵が何人も死んでいった。
知らないうちに、アララギはヒタギを抱き寄せていた。自分が恐ろしいと感じたからか、それともヒタギにこの惨状を見せたくなかったからかはわからない。それでもアララギは、大して背丈の変わらない恋人を無理矢理に抱き寄せていた。そして、その悲惨な光景に彼女が背を向けるようにしていた。
「アララギ君、苦しいわ。」
あくまでもクールな声でヒタギが言った。
「ごめん。」
謝っておきながらもアララギは彼女を離さなかった。心なしかヒタギは震えているようにも感じられた。
「離して、アララギくん。」
「ダメだ。」
「どうして?」
「離したくないから。」
「答えになってないわ。」
「そうだな。センジョウガハラはなんで離して欲しいんだ?」
「震えているのがアララギ君にばれるのが癪だからよ。悪い?」
「いや。だからこそ離したくない。」
「そう。じゃあこうしていましょう。確かに、今の私にはアララギ君の助けが必要だから。」
そういってヒタギは目を閉じた。ショッキングな光景だった。戦場の悲惨さは、兵士であれば誰彼構わず襲いかかってくるものだ。
そこへクロノがやってきた。
「君たち、そんなところで何してる!?総員退艦だ!一緒に来い!!」
クロノはフェイトも連れていた。彼女もまた不安げな表情を隠せない。ヒタギはそんなフェイトを見ながら言った。
「あそこにも、助けが必要な娘がいるわね。」
「あぁ。」
「行きましょう、アララギ君。」
「あぁ。」
「私の恋人は、困っている人がいるとそれが誰であってもすぐに飛んでいって、助けに駆けつけてくれる、そんな人よ、アララギ君。」
「…そうだな。」
アララギはヒタギを抱きしめていた腕をとき、彼女の手を握った。
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11/11 18:51 URBANO BARON(e) [454]エルザス
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「ランチは右舷から発進する。急ごう。」
クロノが先頭に立ち、そのあとをアララギとヒタギ、そしてフェイトが続く。
アララギは不安げな表情のフェイトを振り向くと、言った。
「心配はいらない。クロノ副長は立派な人だから、捕虜だからって酷い扱いをしたりはしない。それに優秀な軍人だから、ランチでもうまいこと戦いから脱出してくれるさ。」
「あ、はい。」
相変わらず不安げな表情は変わらないが、フェイトはさほど未来を悲観してはいないらしい。むしろ自分以外の誰かを心配しているようにも見えた。
「大丈夫か?やっぱり、恐いよな。僕だって、捕虜になってたら…」
そんなフェイトの様子を敏感に感じ取って、アララギは更に彼女に言葉をかける。
「あ、いえ。みなさんのことは信頼しています。だけど…」
「だけど?」
「たぶん、私の仲間が、すぐ近くまで来てるんです。そんな感じがして…」
「君の仲間ってことは、ジオンが?」
「…はい。」
「副長、聞きました?」
「あぁ。だけどランチが沈められることはない。ナノハが護衛についてくれるはずだ。だけど君の仲間が無事で済むとは思えない。」
クロノはフェイトを振り返りもせずにそう言った。
「副長!」
アララギが非難の声をあげたが、クロノは気にしていない様子だった。フェイトの表情はますます暗くなった。彼女ならきっと、自分より他人が傷つくことの方がつらいに違いない。クロノもそのことはわかっているだろうに、彼の言葉はあまりに辛辣だった。
彼は過ぎ去ってゆく廊下のとあるドアを注視していた。艦長室だった。たぶんリンディはここにいるはずだ。
一瞬足を止めて、彼女を無理矢理にでもランチに乗せようかとも考えた。だが、やめた。クロノは艦長室のドアの前を黙って通り過ぎた。覚悟を決めた提督の邪魔はしない。たとえそれが母との今生の別れを意味するとしても、自分は彼女の軍人としての名誉を重んじたい。
クロノ達はまもなく右舷デッキに到着した。エイミィが駆け寄ってきて、負傷者も含めてクルー全員がランチに乗り込んでいると報告した。
「でも、リンディ提督が…」
エイミィはクロノをじっと見つめて言った。だが、クロノはそのことについてはまったく語らなかった。
「捕虜の扱いに十分気をつけて欲しい。彼女に何かあったらアースラは最後の最後で汚点を残すことになる。」
「わかりました。」
「よし。では、出発しよう。」
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11/11 18:56 URBANO BARON(e) [455]エルザス
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クロノが最後に乗り込み、大型のランチ三機が同時にアースラを離れた。自然と、クロノは右手を額につけ、敬礼していた。他のものが一斉にそれにならい、挙手の礼が揃った。レイジングハートのコックピットで、ナノハもアースラに向かって敬礼していた。
慣れ親しんだアースラの船体が離れていく。左舷からあがった火の手は次第にその範囲を広げ、爆発した後部メインエンジンからも炎がわき上がっていた。
次の瞬間、アースラはメインエンジン付近から大爆発を起こした。王城を思わせる形状の艦橋は潰された紙箱のようにひしゃげ、主砲塔の一基が根本から吹き飛んだ。艦内では小爆発がひっきりなしに起こっているらしく、舷側に穿たれた無数の破孔から繰り返し火の粉が吹き出てきた。
まもなくその船体は爆煙に完全に包まれて見えなくなり、アースラは第二連合艦隊旗艦としての役割を終えた。そして、一人の提督が船と運命を共にした。
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11/11 18:58 URBANO BARON(e) [456]エルザス
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アララギとヒタギは、二人して手を取り合いながら爆発するアースラを眺めていた。ランチから見るアースラはもうまったく別の物体になってしまっている。自分たちの乗っていた船がばらばらになっていく様は、どこか奇妙であった。ついさっきまで、あの船には自分たちと仲間が乗っていたのだ。その船がどんどん遠のいていく。それはやけに非現実的で、自分が今どんな視点からそれを見ているのかわからないような感覚にとらわれる。
まだ自分はあの船に乗っている。そんな自分を見下ろす自分、それがいまここにいる。そんな気分だった。何かを置いてきてしまったような気がして、アララギは目の前にいるヒタギをじっと見つめた。置いてきてはいない。彼女はちゃんとここにいるのだから。
横に視線を移せば、捕虜のフェイトが不安げな表情で窓の外を見つめていた。彼女の仲間が近くにいるらしいが、まだ現れていなかった。その出現を警戒してか、さっきからレイジングハートの動きが活発になっていた。ナノハはちょくちょく位置を変えながらランチを守っていた。
「アララギくん。」
ヒタギが不意にアララギを呼んだ。
「どうした、センジョウガハラ?」
その雰囲気がいつにもまして凛としていたので、アララギは若干の不安を感じながら答えた。彼女の声がこういうトーンの時、たいてい彼女は自分たちにとって重大なことを言ってのけるのである。
「さっき私は、あなたにプロポーズしたわよね?」
「あ、あぁ。」
「そしてあなたは、それを承諾したわよね?」
「あぁ。」
「いまここで、結婚しましょう。」
「それは『いまここで』しなければならないものなのか?」
「そうよアララギくん。もはや一刻の猶予もないの。」
「だけど、あいにく指輪なんて持ってないし…なにしろ急だったから。」
「あら、反対しないのね。」
「しないよ。もう戦争は終わるだろうけど、まだ僕たちが生きてここから脱出できると決まったわけじゃない。一刻の猶予もないっていうのはそういうことだよな?」
「物わかりがよくて助かるわ。いつもと違ってね。」
「余計なお世話だ。」
「指輪なんてなくていいのよ。仲人と二人の愛があれば結婚なんて簡単なことだわ。」
「仲人は必要なんだな。」
「そうよ。結婚を証明してくれる人がいなければ、私たちが結婚と叫んだところで子供の口約束と変わりはしないわ。」
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11/12 00:59 URBANO BARON(e) [457]エルザス
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「じゃあ、誰に仲人を頼むんだ?」
「クロノ副長が妥当でしょうね。ついでに神父役もやってもらって、今ここで結婚式をしましょう。」
「なんだかいろいろ飛ばしてるような気がするけど…まぁいいか。待ってろ、クロノ副長を呼んでくる。」
アララギはそう言い残し、ランチのコックピットにいるはずのクロノを呼びに行った。
あとに残されたヒタギは、自分を見ているフェイトの視線に気が付いた。驚嘆と尊敬の入り混じった視線だった。
「あ、あの、結婚するんですか?」
「あら、聞いていたのね。」
「はい。お、おめでとうございます!」
「ありがとう。」
あくまでクールに受け答えるヒタギを前に、フェイトは自分の気持ちをなんと表現していいものか迷っていた。
なぜ今このタイミングで結婚なのか。まだランチは戦場を脱出できていないのだ。窓の外では今も激しい戦いが繰り広げられ、時々すぐ近くを幾筋ものビームが飛び交っていった。はっきり言って、いつ死ぬかわからない状況なのだ。にもかかわらず、ヒタギはアララギと結婚するのだという。アララギもアララギで、あっさりとそれを受け入れてしまった。あらかじめ合意は成り立っていたようだが、それにしても今は結婚なんてしている場合ではない。
そう思う一方で、フェイトはヒタギの行動力を憧れてもいたのである。自分に素直に生きる。簡単に見えて、案外難しいことだ。それをヒタギはいともたやすく、なおかつクールにこなして見せた。こんなひとになりたいと思った。
いろいろなことが頭を駆け巡ったが、結局フェイトがヒタギにした質問は少女たちの恋愛にとって一番重要なポイントについてだった。
「あの、ヒタギさんは、アララギさんのどこがそんなに好きなんですか?」
フェイトには恋愛らしい恋愛の経験がなかった。恋心をいだくとはどういうことなのか、まるで分らなかった。だからこの道の先輩に訊こうと思ったのだ。何を以て人は人を好きになるのか。恋愛の原点がどこにあるのか。
もっともフェイトが先輩だと思ったヒタギにとっても、恋愛の経験というのはアララギが初めてだったのだが。
「優しいところ。可愛いところ。私が困っているときにはいつだって助けに駆けつけてくれる王子様みたいなところ。」
至極あっさりとした口調で、ヒタギはそう答えた。それを聞いたフェイトは自分の頬が紅潮するのを自覚していた。なんという大胆。そこまではっきりと答えられるとは思っていなかったのだ。
頬を染めて絶句したままのフェイトと、彼女を見つめてわずかに微笑しているヒタギのもとに、アララギがクロノを連れて戻ってきた。
「戦況はまだ流動的なんだぞ!こんなことをしている場合じゃないんだ!」
クロノは不機嫌を装っていたが、アララギとヒタギの手をとるとさっさとそれを重ね合わせた。
「じゃあ、僕がいう質問にそれぞれ答えてくれ。すぐにでも終わらせよう。フェイトも立ち会ってくれ。」
アララギとヒタギ、そしてフェイトが強くうなずいた。クロノは努めて厳かに語り始めた。
「ただいまより新郎コヨミ・アララギ、新婦ヒタギ・センジョウガハラの結婚式を執り行います。この結婚が、二人の歩む道を強い光で照らしてくれることを心から願います。」
クロノはアララギのほうに向きなおり、さらに続ける。
「新郎、アララギ・コヨミ。あなたは新婦ヒタギ・センジョウガハラをいま妻にしようとしています。あなたはその健やかなる時も、病める時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り固く節操を守らんことを誓いますか?」
「誓います。」
真剣な眼差しでアララギが答え、クロノは軽くうなずいてからヒタギのほうを向いた。
「新婦、ヒタギ・センジョウガハラ。あなたは新郎コヨミ・アララギをいま夫にしようとしています。あなたはその健やかなる時も、病める時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り固く節操を守らんことを誓いますか?」
「誓います。」
ヒタギは表情一つ変えなかった。「当然」といった様子だ。
「それでは、結婚を宣言します。新郎新婦は、神と会衆との前において夫婦たるの誓約をなせり。
この男女の夫婦たることを宣言す。それ神の合わせ賜いし者は人これを離すべからず。」
奇妙なのは、クロノがこれらのセリフをすらすらと暗誦して見せたことであった。そのおかげで結婚式は順調に進んだ。
「それでは、誓いのキスを…」
クロノがそう言った時も、二人は戸惑う様子をほとんど見せなかった。ヒタギはアララギを信頼し切った様子で目を閉じ、アララギは彼女と唇をそっと重ね合わせた。爆発音が外から聞こえてきた。それと同時に唇が離れ、 二人は幸せそうに微笑み合った。
「どうか二人は共に愛し合い、許しあい、重荷を分かち合っていかなる試練をも乗り越えてください。おめでとう。」
「おめでとう!」
クロノが神父役を終え、フェイトが祝福を述べた。
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11/12 01:06 URBANO BARON(e) [459]エルザス
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戦場の真っ只中とは思えない光景だった。
だが、ここが戦場であったからこそ、誰がいつ死ぬかわからない場所だったからこそ、二人は結婚式を強行したのかもしれない。二人がともに生き残れるとは限らない。二人がともに死ぬかもしれない。なによりつらいのは、片方だけが残されたときだが。
最終更新:2010年12月23日 19:35