兄弟の次男シローは、街にある警察署、通称08署にMSパイロット警官及び第一MS
隊指揮官として配属されている。
その08署の署長であるリリ・ボルジャーノは、ある調査結果資料-といっても市民に
協力してもらった簡単なアンケートなのだが-に再度目を通して、その形よい唇から、
長めの溜め息を漏らした。
『市民の皆さんの所有しているMSの記入と、警察のMS隊に対しての
コメントをおねが
いします』
名前:パプティマス・シロッコ 性別:男 職業:保育園経営
所有MS:THE・O
一言:THE・Oは私自らが私のために開発した究極のMSであり、そのTHE・Oある
かぎり、警察の助けなど必要ない。私さえその気ならば、貴君ら俗人のMS隊など、
今すぐにでも壊滅させることが可能だということをお忘れなく。
名前:
ドズル・ザビ 性別:男 職業:幼稚園園長
所有MS:ビグ・ザム(MA)
一言:このビグ・ザムがある限り、そこらの不届き者などに、我が幼稚園をやらせはせん!
やらせはせんぞ!
名前:
ハマーン・カーン 性別:女 職業:教師
所有MS:キュベレイ
一言:このハマーンとキュベレイ、見くびっては困る。警察という俗物どもの世話になる
つもりなど毛頭ない。
名前:
カロッゾ・ロナ 性別:男 職業:パン屋経営
所有MS:ラフレシア(MA)
一言:ふはははは、怖かろう、このラフレシア。家庭の問題だからな、一家を守るという
ことは。警察の手は煩わせんよ。
名前:
カテジナ・ルース 性別:女 職業:花屋店員
所有MS:ゴトラタン
一言:警察? とち狂って、お友達にでもなりに来たのかい!
名前:プル 性別:女 職業:小学生
所有MS:キュベレイmk-Ⅱ
一言:プルプルプルプルプル~~~
名前:チャン・ウーフェイ 性別:男 職業:特になし
所有MS:ガンダムナタク
一言:警察権力、貴様らは正しいのか!正しいのかと聞いている!!
……
シローは、ドアをノックしてリリの許可をえてから、署長室へ入室した。そこには第二
MS隊指揮官であるギャバン・グーニーが、署長のリリと談笑している姿があった。おそ
らくギャバンも自分と同様の理由で呼び出されたのだろう。
リリ「シロー、よく来てくれました。ココアとコーヒー、どちらがいいかしら」
シロー「コーヒーでおねがいします」
リリ「そう。コーヒーはインスタントだけれど、ココアはディアナ印の最高級品なのに」
世界は広いが、署長が部下に最高級ココアかインスタントコーヒーかを問う警察署はこ
こだけだろう。シローはココアを飲む気分ではなかったので、最高級という言葉に引きずら
れながらも、コーヒーを選択した。
リリ「マリガン、コーヒー入れてきてちょうだい」
マリガン「リリ様、私は小間使いではありませんよ」
リリ「少しぐらいの手間なんだからいいじゃないの。あなたが有能な副署長だってことは
わたくしがいちばん存じておりましてよ」
副署長のマリガンは、「ギャバンのときもそういって私にいれさせたじゃないですか」と、
不似合いな金髪たてロールのかつらを揺らしてぶつくさ言いながら、それでもリリに言わ
れたとおりにコーヒーを入れに立ち上がった。リリの紫色の瞳が輝けば、逆らえないのが
マリガンだった。
リリ「座ってシロー。配布しておいたあのアンケートはもう読んであるでしょう」
シロー「はい。一般の市民が強力なMSを手にする傾向がますます進んでいますね」
ギャバン「ふん。MSが強力だからなんだというんだ。要は気合だ、気合なんだよ」
隣のギャバンが、いかにも気に入らないという口調で吐き捨てた。警察を軽視するよう
なコメントに腹を立てているのだろう。ギャバンのように露骨に態度に出しはしないが、
シローにもやはりその思いはある。
リリ「それにしても、MAまで一般の市民が所有するなんて、物騒な世の中よね」
ひとごとのように軽く口にするのはリリの癖だ。シローはもう慣れてはいるが、初対面
の人なら署長の責任感を疑ってしまうだろう。もちろんリリは決して責任を放棄するよう
なことはないのだが。
リリ「第一MS隊の陸戦型ガンダムなんて、機械人形のなかでもかなり旧式よね」
シロー「自分達としては愛着もあるんですが、正直厳しいですね」
機械人形とはMSの別称で、一部の人間が好んで使っている言い方だ。ギャバンやマリ
ガンはよく使い、シローの弟のロランもたまにその言い方をする。ロランはハイム家のお
嬢さんに影響されたのだろう。
ギャバン「うちのボルジャーノンみたいに、中身を新しくすればいいんだよ」
第二MS隊のボルジャーノンは見た目こそ旧式中の旧式であるザクだが、内部は全て最
新式に変更されており、いまだ旧式のRX-79(G)そのままであるシローたちのMSを
遥かに凌駕する戦闘力がある。その結果現在は第二MS隊が主力になっており、フォロー
に回されてばかりのシローの部下たちは結構な不満を抱えている。近頃は隊員をなだめる
のが、立派にシローの仕事の多くを占めているのだ。
シロー「できればそうしてほしいな。もう隊員たちに、『しょうがないだろ、弱いんだから』
なんて言いたくないんだ。カレンなんか、相当イライラしてる」
リリ「お金があればそうしてあげたいのだけれど、そのために予算をさくのは、現状では
不可能なのよ」
シロー「そうですか。なんとかしていただけないですかね。隊員たちの不満、結構きてる
んですよ。この前も、ハイザックを暴走させてた高校生にまでからかわれました
からね」
シローは、上司のマリガンがわざわざ入れてくれたコーヒーの湯気にくすぐられながら、
あの屈辱を思い出して苦笑した。マリガンが、なんで私が部下にコーヒーを入れねばなら
んのだ、と、口をへの字に歪めながら着席する。もっともといえばもっともな不満だな、と
シローはひそかに苦笑の理由を付け足した。
マリガンの着席を潮に、リリはシローたちをわざわざ呼び出した本題に入った。ミーテ
ィングの議題は、いかに市民のMS犯罪を抑制するか、それがかなわず犯罪行為が行われ
た場合はいかに対処するか、である。いずれにせよ、旧式と侮られるシローたちの陸戦型
ガンダムでは、高い効果を期待するのは難しいといわざるをえない。
シローは頬杖をつきながら、いっそ兄弟たちの強力なガンダムタイプを徴収してしまお
うか、とさえ思った。うちに残すのは、洗濯に活躍しているロランのターンAぐらいにし
て。もっともあれこそ、たった一機で地球上の文明を滅ぼしかねない、一番危険なMSな
のだが。
リリ「まあ、結局は現状のMS隊をうまく活用していくしかないのよね。シロー、お金の
めどがついたら、貴方たちのガンダムも中身を最新式に入れ替えます。それまでは
なんとか今の機体で頑張ってちょうだい」
シロー「はい、署長。わかりました」
簡単な敬礼と共に答えたシローだったが、その内心では、『そうはいってもな』というつ
ぶやきを、こっそりもらしていた。
終わり。
最終更新:2018年11月13日 23:31