551 名前:咆哮哀歌 3-1/4 :2010/05/20(木) 02:29:35 ID:???
548の続き
ネオトピア市の外洋に面した海岸線は切り立った崖が多く、
海水の浸食と隆起を繰り返したために大規模な洞窟が無数に存在する。
ステラ「クロノス~」
その内の一つに、恐れる様子も無く踏み入るステラ。
ケータイ内臓のライトで足元を確かめながら、奥へと進む。
やがて、天井の亀裂から差し込む月明かりに、一匹の大型犬が浮かび上がる。
ステラ「クロノス♪」
ステラの声に、寝そべっていた雑種らしいその犬は、面倒そうに目を開き、起き上がる。
尻尾の先まで入れれば体長は2mほどはあるだろうか。
鼻先がとがった顔は精悍で、落ち着いた物腰は風格すら漂う。
ティターン神族の父、クロノスとは良く名付けたものである。
ステラ「こんばんは、クロノス。 ご飯持ってきたよー」
言いつつ、懐から生肉の塊やハム、ソーセージなどを取り出し、
側においてあった、マジックで「くろのす」と書かれているボウルに入れる。
ステラ「遅くなってごめんね。 さ、どうぞ」
そうして差し出すも、クロノスは近付こうとしない。
ステラ「…」
少し悲しそうに俯いたステラは、地面にボウルを置くと、数歩後ずさる。
彼女が手の届かない所へ腰を落ち着けたのを確認してから、
クロノスはボウルに歩み寄り、鼻先を突っ込んだ。
ステラ「う~~~、まだ側にいっちゃだめ?」
クロノス「…」ガツガツ
ステラ「うぇい…」
目に見えてへこむ少女。
このような洞窟に住んでいるからには野良なのだろうが、
餌を食い散らかすようなこともない所からして躾はしっかりしてあるようだし、
首の付け根辺りから背中の中ほどまで、
金属かセラミックのような光沢を持つプレートが覆っている。
首輪のようなものかと思い、調べようと手を伸ばすと―
クロノス「グルルルゥ…」
唸られて手を引くステラ。
ステラ「……クロノス~。 今日ね、ステラ、シンといっぱいお話したの。
マユとも遊んでー、スティングとアウルはね、アレルヤと遊んでたの。
アレルヤ時々すっごく怖くなるんだー。
オルガとクロトとシャニはいつも一緒。 仲良しさんなの。
ネオはね、マリューにしかられてたの。
くちべに?っていうのが付いてたんだってー。
変だよねー、大人なのにしかられてるの」
552 名前:咆哮哀歌 3-2/4 :2010/05/20(木) 02:30:48 ID:???
ステラ「スウェンはねー、今日もずーっと黙ってた。 おしゃべり嫌いなのかな?
でもね! スウェンの作ってくれるご飯はとってもおいしいの!
ロランの作ってくれるご飯もおいしいけど、ステラはスウェンのご飯が好き!」
しゃべってるうちに盛り上がってきたのか、両手を振り回し、
大きな声を出し始めるステラであったが…不意に、黙り込む。
腰を下ろし、膝を抱く。
ステラ「クロノス~。
こんな所に一人でいて、寂しくない?」
クロノス「…」ガツガツ
ステラ「ステラは、一人はいや。
シンがいて、マユがいて、ネオがいて…みんなと一緒がいいの」
食べ終えたクロノスは、岩陰の水溜り―雨水か、地下水が溜まったものらしい―
で水を飲むと、再び元の場所に伏せ、両目を閉じる。
ステラ「クロノス、おねむ? …また、来るね。 お休みなさい」
立ち上がったステラは、なるべく足音を立てないように、元来た道を引き返す。
しばらくして、ステラの足音が洞窟を出たことを確認したクロノスはやにわに立ち上がると、
壁の亀裂に頭を突っ込んだ。
クロノス「ケッ!ケッ!」
苦しそうにえずく声と、吐瀉物が岩を叩く湿った音が静かな洞窟の中に響く。
食べたばかりの物を吐き出し、その後もさらに胃液を零して、ようやく息を継ぐクロノス。
明らかに嘔吐によるもの以上の憔悴を見せた彼は、突然岩壁に肩口をぶつけ始める。
カチッ!
背負っていたプレートのスイッチが押され、
内臓されていたメカニズムが静脈に薬液を打ち込む。
クロノスは全身の毛を逆立て、地面に爪を立てて全身を襲う苦痛に耐えた。
キン! コロコロコロ…
排出されたカートリッジが乾いた音を立て、洞窟の入り口へと転がる。
しばらくしてようやく落ち着いたのか、孤独な大型犬は倒れるように体を投げ出し、
深い眠りへと落ちていった。
チャリッ…
スウェン「こいつは…」
拾い上げたカートリッジを一瞥すると、不機嫌そうなスウェンの眉間に
はっきりとした皺が刻まれる。
スウェン「お前も…同じ、か」
そのラベルには、見覚えのある――ありすぎる文字が刻まれていた。
553 名前:咆哮哀歌 3-3/4 :2010/05/20(木) 02:32:17 ID:???
♪~
シン「うわっと!」
深夜を過ぎ、静寂が辺りを支配し始めた頃。
突然着メロを奏で始めた携帯に、シンは慌てて飛びついた。
世間一般の10代の少年にはまだまだ寝るには早い時間だが、
生真面目な彼女に合わせて早寝早起きが身に付いてしまってる弟や、
バイト疲れで帰宅早々ベッドに倒れこむ兄などもいて、
あまり騒がしくしないようにという不文律が出来ていた。
シン「? 知らない番号だな…誰だ? (ピッ!)はい、シン・アスカ」
スウェン『
スウェン・カル・バヤンだ。 夜分にすまん』
シン「スウェンさん? どうしたんですか、こんな時間に」
スウェン『少し話したいことがある。 出てこられるか?』
シン「今ですか? ええ、まあ、大丈夫ですけど…」
スウェン『助かる。 君の家の前にいる』
シン「うちに? ちょ、ちょっと待ってくださいね、すぐ行きます!」
どてらを脱ぎ、スタジャンに袖を通して部屋を出るシン。
シン「…お前、何やってんの」
ヒイロ「来訪者の監視だ。 変態たちがこの状況を悪用しないとも限らない」
廊下の突き当たり、表の通りを見下ろせる窓の傍らに、
小さな鏡で通りを監視する弟の姿。
足元にはいろいろと一般家庭にあってはならない物も並んでいる。
シン「さすがに考えすぎ…っていうか、スナイパーライフルはやめような。
スウェンさんって冗談通じなさそうだし」
ヒイロ「………判った。 だが、丸腰で向かうのはやめておけ」
シン「へいへい」
554 名前:咆哮哀歌 3-4/4 :2010/05/20(木) 02:33:44 ID:???
シン「すみません、お待たせしました」
やはり庭先でスウェンを監視していたガンダイバーズを追い払い、
通りの向かいにバイクを止めて腰掛けていた青年に駆け寄る。
スウェン「いや…急に訪ねたのはこっちだから…」
シン「(うわー、ハーレーだー)どぞ、上がってください」
スウェン「いや、長話をするつもりもない。 頼みがあって来た」
シン「え? スウェンさんが…俺に、ですか?」
パイロットとしての“能力”はともかくとして、
場数も人生経験もずっとスウェンの方が上回っている。
ライバル、と言うほど剣呑ではないが、シンの目標としている人物の一人でもあった。
スウェン「…ステラを」
シン「ステラ?」
スウェン「ステラを、護ってやってくれ」
シン「ちょっ、それってどういうことですか!」
スウェン「俺の取り越し苦労かもしれないが…
近いうちに、ステラが傷つくことが起こるかもしない。
その時は、ステラを支えてやってくれ」
シン「それ、“かも知れない”なんですよね?」
首肯するスウェンに、シンは胸を張って応えた。
シン「どっちにせよ、ステラは俺が護ります。 そう、決めたんだ」
決意の表情を見せるシンの姿に、僅かに頬を緩ませたスウェンは、ヘルメットを被り、
大型バイクにまたがった。
スウェン「すまなかった」
短く、それだけを言い残すと、水素エンジン独特のサウンドを残して走り去る。
シン「スウェンさん…ステラ…」
つぶやくシンの頭上を、ようやく帰宅したシーブックのF-91が飛び過ぎた。
最終更新:2014年08月07日 18:49