236 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 1/13 :2011/04/30(土) 01:59:09.00 ID:???
【―― 汚名(2)】
ジャンク屋組合が所有する、海上に浮かぶマスドライバー――ギガフロート。
ガロードとレイラの二人は、ここから宇宙に帰還する予定だった。
「それじゃあ予定していた積み荷は無しと」
「悪い! 料金はそのまま払うからよ」
「ならウチの積み荷を運んでくれないか? 積み荷分の料金は払うからさ」
ギガフロートの職員と話していた所に割り込んできた、リック=アレルと名乗るバルチャーの提案に、ガロードは飛び付く。
ただ地球に降りて宇宙に上がるだけの結果に終わってしまっただけに、赤字分の補填はどこかでしたいと考えていたのだ。
ガロードはここぞとばかりに、少年に料金の値段を"ふっかけた"。商魂なかなか逞しい。
「おいおい聞いたか? また出たってよ、シーバルチャー」
「ギガフロート、移動させた方がいいかもな」
「つーか、この辺りはトリロバイトが配備されてるから安全って話じゃなかったのかよ」
「トリロバイトなら沈んだらしい」
「バルチャーのガルグイユに群がられてフジツボみたいだったってよ」
「ガルグイユか……あれもアッチコッチに売られまくってるよな」
「水中用MSでコクピットに浸水するって事故があったからな。二束三文で売られているのさ。
あれに乗っているのは貧乏国か、バルチャーの鉄砲玉ぐらいだろ」
「潜水服来てコクピット乗ってるんだっけ?」
「ま、シーバルチャーに関しては、ジャンク屋組合が賞金をかけたらしいからな。その内治まるだろ」
ジャンク屋達の噂話を耳にしたガロードが、バルチャー退治に名乗りを上げるまであと30秒。
× × × × ×
「レイラ、ムチャすんなよ。ペスカトーレなんだから」
「ペスカトーレだから、向こうだって追っかけてくるんでしょ」
シーバルチャーのMSを背後に背負い海中をフルスロットルで疾走するペスカトーレの中で、レイラは通信に答えた。
ジャンク屋組合の倉庫にあったバイアランとペスカトーレを借りたガロードとレイラは、シーバルチャー退治に繰り出していた。
「あんま話しかけないでよ。水中なんて初めてなんだからさ!」
シーバルチャーの船を挑発するように周回し、彼らが追ってきたら予定地点まで逃げる。
レイラのペスカトーレが予定地点を通り過ぎた時点で、ガロードは用意していたビームネットを展開する。
「こういうのって追い込み漁ってやつ?」
「それだと私が捕まる方になるじゃないか!」
ガロードの考えた作戦は見事に成功し、ガルグイユがビームネットに次々と激突して行動不能に陥っていく。
正直、ガロードもここまで上手くいくとは思っていなかった。
と、シーバルチャー艦からガルグイユとは別のMSのシルエットが飛び出してきた。
「ちくしょー! やぁぁってくれたなぁぁぁぁ!! 先生、お願いします!」
「ヒャッハー!!」
237 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 2/13 :2011/04/30(土) 02:01:01.91 ID:???
「何だよアレ?! エビガンダム!? ボクサーじゃなくて!?」
「ありゃ確か……ネオデンマークのMFだ!」
「ネオデンマークって、あのハンス=ホルガー!?」
「ハンスの兄ちゃんが海賊なんてするかよ! どうせガンダムファイター崩れだろ!」
国家代表になれなかったガンダムファイターは色々だ。
元々門下生を持っている流派だったり、スポンサーがついていたり、国元で格闘技のリーグのプロだったり
そういうファイターだけではない。一攫千金を狙ったゴロツキのような人間も予選には参加してくる。
そこで目を付けられて格闘家の道を開ける者も居れば、ただゴロツキに戻る奴も居る。
中には、MFを持ち逃げする人間もいた。
ネオフランスのジャン=ピエール・ミラボーの事件などは、広く知られている。
「活け作りにしてやるぜ!! 腐ってるから食えないだろうけどな!」
「ガロード!!」
「ヒッハー!!」
海中から跳ね上がるエビガンダムは、その両手のハサミでバイアランを掴まえようとする。
ハサミあるならそれエビじゃなくてザリガニじゃね?という質問はしてはいけない。
しかし普段からガンダム・ザ・ガンダム――最強のガンダムファイターである兄・ドモンを見ているガロードには、
そのエビガンダムの動きはあまりにも遅く、稚拙過ぎた。
だいたい、水中用MFなのに空中に飛びだしたのは愚かとしか言い様がない。
そんな頭だからガンダムファイターになれないのだろう。
「いっくぜぇ!! バイアラン・スラッシュタイフーン!!」
「ブッハー?!!」
「先生がやられたー! ちくしょう、覚えてろよー!!」
ハサミもスッパリ切り落とされて、正真正銘のエビになった用心棒の姿に
シーバルチャーの艦長は船を回頭させる。もちろん、網に捕まった部下は見捨てるつもりだ。
だが
「はいはい、賞金首ゲットー♪」
MSを失い、丸裸になった船は、海中から現れたハイゴックに取り押さえられてしまったのだった。
獲物を横取りされたガロードは、オープンチャンネルでハイゴックのパイロットと連絡をとった。
「ちょ、おい待てよ! そいつはコッチの獲物だぞ!」
「賞金首は早い者勝ち、これってハンターの常識でしょ?」
バイアランの通信モニターに映った目のやり場に困る衣装の女は、後ろめたさ一つ無く、白い歯をガロードに向けた。
「ま、キミの言い分もわかるよ。私だってできるもんなら賞金の半分ぐらいは呉れてあげたいけどさ……
私、お金が無いと困るんだよ。母親が病気でね……よよよ……」
「ガ、ガロード……」
238 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 3/13 :2011/04/30(土) 02:03:17.02 ID:???
「騙されるなっての!! コイツは有名な賞金稼ぎのキャロル=ヨンファンだぞ」
「たっは♪ 坊やってどっかの修行馬鹿と同じで結構単純そうだと思ったんだけどなー」
「同業者の名前ぐらいは知ってるって」
「あらら、有名になるとやりづらいわね」
ハイゴック乗りの賞金稼ぎ、キャロル=ヨンファン。
かつては軍に所属していたが、半年で脱退。その後賞金稼ぎとして名を馳せる。
良く言えば奔放、悪く言えば強欲、青髪のその女は悪びれもせずにケラケラと声をたてた。
「で、どうする? 一戦交える?」
「………」
「多分、依頼元は同じでしょ、ジャンク屋組合。報奨金8:2で手打ちにしない? あ、私が8ね」
「6:4ならいいぜ。俺って優しいだろ?」
「魚雷散撒いたほうが安いよ、それじゃ」
「7:3、それ以上は譲れないぜ?」
ガロード達の予定の中には本来、シーバルチャー狩りは無かった。その為、時間は余りかけられない。
ギガフロートから船が出るまでの小遣い稼ぎであるのに、小遣い稼ぎに時間を取られて
宇宙船に乗り損ねたら本末転倒だ。だからガロードも譲歩した。
「OK、交渉成立ね。ハイゴックの方が馬力あるから、ガルグイユの方は私が運ぶわ」
「んじゃバルチャー艦の方、コッチに寄こせよ。総取りで持ち逃げされちゃ堪んないからな」
「信用ないわねぇ……」
「いきなり嘘ついた奴を信用できるかよ」
ガロードはバルチャー艦に降り、シーバルチャーを拘束した上で、ギガフロートに連絡を入れた。
後は自動操縦で船をギガフロートに向けるだけだ。
キャロルのハイゴックはレイラからガルグイユを掴まえたビームネットを受け取っている。
取り敢えず一段落、赤字もなんとか防げたかとガロードが腕を伸ばすその目の前で、
レイラのペスカトーレがハイゴックに足蹴にされる。
「何っ!?」
「またまた賞金首ゲット!」
ハイゴックの手の中にレイラを見つけたガロードは、艦の中から叫ぶ。
「キャロル、どういうつもりだよ!!」
「賞金稼ぎが賞金首を掴まえて怒られる筋合いなんてないわよ!」
「レイラが賞金首!?」
「知らないで組んでいたの? 御愁傷様。裏切りはこの世界では良くあることって割り切ってね♪」
レイラと自分と、二重の意味を込めてキャロルは舌を出した。
同時に、艦に賞金首としてのレイラのデータが贈られてくる。
「そういうことだから、ちゃお♪」
離脱するハイゴックを追う手立てがガロードには無い。
船を全速力で動かすには自動操縦では無理だ。だが自動操縦を切ったところで、一人では追いかけられない。
バイアランに乗り込んで発進する頃には、キャロルの姿を見失っているだろう。
完全に出し抜かれた形だ。ガロードは拳を船の舵に叩きつけた。
そしてモニターに映るレイラの賞金首としての犯罪履歴には……
- ネオジオン社の備品の強奪
- 同社MSへの攻撃
- 同社倉庫への破壊活動
- 輸送船への攻撃
- オーストラリア沿岸の略奪
身に覚えの無い行為まで彼女の罪状に上がっていた。
239 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 4/13 :2011/04/30(土) 02:05:33.63 ID:???
【―― 依頼】
「婚約者を捜して欲しい?」
「ええ。名前はアンドル=パークウェスト……お願いできるかしら、キングゲイ=ナァ?」
「キンケドゥ=ナウだよ……。レイチェル=エイファス、君のお父さんは有名な武器ブローカーの筈だ」
「それでも捜せなかったのよ。蛇の道は蛇、より深い藪の中を進むなら、より大きな蛇に頼むしかない。そうではなくて?」
海賊クロスボーン・バンガードの表向きの会社、ブラックロー運送の一室で
キンケドゥ=ナウことシーブックは、依頼人の説明の続きを聞いた。
曰く、彼女もある程度のことは掴んでいるらしい。
彼女の婚約者は軍人で、さるプロジェクトに参加していた。
しかしそのプロジェクトは軍の暗部中の暗部であり、彼女の力では探りきれない部分なのだと。
「今、仲間は他の依頼で出ていて、俺しか動けないんだ」
「貴方だけでも構いません。お礼は弾みますわ」
……そういう意味で言ったのではなかったのだが。
危険に飛び込むからには、それに見合った準備と戦力がいる。
自分一人で戦える相手じゃないと、シーブックは言いたかった。
「そのプロジェクト……どうやら人体実験をしていたみたいなのです。彼、もしかしたら……」
人体実験の被験者になっているかも知れない……
そういう理由なら、彼女が焦る理由もよく分かった。
シーブックは彼女から視線を逸らす為に天井を見上げた。
レイチェルの金色の髪が、セシリーを思い出させたからだ。
そんな連想をした時点で、自分はこの依頼を受けてしまうだろうな、という予感はすでにあったのだが。
240 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 5/13 :2011/04/30(土) 02:18:31.47 ID:???
【―― 兄弟(1)】
「そういうことって、僕じゃなくてヒイロ向きだと思うんだけど」
「ヒイロの奴、捕まらないんだよ。頼むよ、キラ兄」
「もうちょっとでミクとネルとハクの調教終わるのに……」
弟から連絡を受けたキラは、部屋に在るパソコンの一台をネットに繋ぐ。
片手でボーカロイドの調教をしながら、片手でハッキングを行う様はスーパーコーディネーターの名に恥じないものだ。
やってる内容は存分に恥じてしかるべきものなのだが、そんな世間の目にも屈しないのもまたスーパーコーディネーターの強さだ(多分)
「レイラ=ラギオール……うん、確かにブラックリストに載ってるね。
申請人は……セツルメント国家議会のジャック=ヘイル中佐?」
「セツルメント国家議会? ネオジオン社じゃなくて?」
「オーストラリアの被害でしょ? 今、共同でプロジェクトをやってるんだって」
「ふーん……でもなんか引っ掛かるなぁ」
電話の向こうで考え込む弟に、キラは珍しくアドバイスをした。
「考えるより行動するのがガロードじゃない?」
「キラ兄……」
「あ、でも少しは考えなよ? 何してるか知らないけどさ、もう暫く家に帰ってきてないでしょ。
ウチの兄弟じゃよくあることとはいえ、長引きすぎるとアムロ兄さんやロラン兄さんが沸騰しちゃうかも」
「う……わかった、何とか早く家に帰れるように頑張る」
「その言い方、アムロ兄さんに似てきたかも?」
長兄であるアムロは、ロンドベル社の仕事と家庭の板挟みになって、よくそんな事をロランに言っていたとキラは覚えている。
なんとなく、成長したガロードがティファにそんな事を言っているのを想像して、キラは声を押し殺して笑った。
アイドルの仕事に忙しいラクスと、自宅で仕事も趣味もできる自分だと逆になるな、とまで考えていると
その様子にガロードはむくれて(といっても電話越しのキラは見えないが)電話を切った。
「……セツルメント国家議会、か」
もう一台、パソコンをハッキング用に回すと、キラはセツルメント国家議会のサーバーへと潜っていった。
241 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 6/13 :2011/04/30(土) 02:20:39.05 ID:???
【―― 胎動】
『ちょっと待ってください。ゼブラゾーンへの攻撃なんて本気ですか?』
「不法居住者を取り締まるべき警察の言葉とは思えないな、トキオ=ランドール刑事」
ジャックは不愉快そうに、通信モニターの若者を見下ろした。
「警察が動かないから、我々がやろうというのだよ?」
『しかし……』
「我々は実際に被害を受けたんだ!!」
モニターの先でジャックが机を叩いている。しかし、トキオはこの類の威嚇には反感しか抱かないタイプだ。
その反感を喉の奥に押し込めて、トキオは冷静に聞き返した。
『本当に、ゼブラゾーンの住人が……レイラがやったというんですか?』
「ふっ、監視カメラの映像がフィクションだと? ハリウッドにネオジオン社の子会社があるという話は聞かないが?」
『そうではなく……その、強奪事件だけでなく、他のも全て彼女がやったと?』
「輸送船が攻撃され、その救助に向かって手薄になった倉庫を狙われた。これが別々の事件だと!
それでも君は現職の刑事なのか! これは明かに、ゼブラゾーンの住人による我々へのテロ行為だ!!」
『ですが、なぜ宇宙に住むかれらが地上に降りてまで……』
「知らんな。宇宙に閉じこもっている間にイカれてしまったのだろう。もういいかな、ランドール刑事?」
通信機のスイッチを切ると、ジャックは堰を切ったように笑い出した。
近くにいた副官が眉を顰めたが、それ以上は何も言わない。下手に口出しをすれば鉄拳が飛んでくるからだ。
いつ止むとも分からないジャックの歓声は、通信機の内線ランプが打ち切った。
「中佐、賞金稼ぎがレイラ=ラギオールを捕獲したという連絡が」
「そうか。ふふふ……駒は揃い始めているということだ」
セツルメント国家議会軍の正式MSであるブグが並ぶ倉庫を見下ろしながら、ジャックは立ちあがった。
× × × × ×
鼻孔をくすぐるオーストラリアの風は、錆の匂いがした。
それは錆びた鉄を思わせる色の大地がそうさせているのではなく
まさに錆びた鉄そのものが近くにあるからだろう。
MSのハンガーとは名ばかりの、古いトタンの小屋でデュオはぼやいた。
「気乗りしねーなぁ……」
「当たり前だ、お前は部外者なんだ。それに協力しろとは言ってない。
レイラがお前とした契約はソーラーパネルの設置と警護だろう。今回の攻撃に参加する必要はない」
そのデュオの呟きを、ゼロは切り捨てる。
まだ全快とは言い難いその身体を押して、彼は今回の作戦に参加する気らしい。
「やられたらやりかえす。そうしなきゃ、守れないものだってある」
「汚れた奴は、守ったモンに触れないんだぜ?」
「……構わない」
ガンダムmk-Ⅱ試作0号機の整備をするゼロの背中に、デュオは不快なものを感じた。
あるいはそれは同族嫌悪だったのかも知れない。
242 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 7/13 :2011/04/30(土) 02:22:22.63 ID:???
「ゼロ兄ちゃん、また出撃するの?」
ゼロと一緒に暮らしている
強化人間の子供が、小屋の入口で二人を伺っている。
緑色の髪の少年は、敵意を振りまく普段からは想像できない程、優しげな表情を子供に向け、子供を迎え入れた。
「眠れないのか? もうすぐレイラも戻ってくる。レイラが居れば怖くないだろ?」
デュオの仕事を引き継いで、宇宙でソーラーパネルを集めていたレイラ=レイモンドは
まさか地上がこんな事態になっているとは想像もつかないだろう。
子供を寝室に送り出すゼロを眺めながら、完全に貧乏籤だとデュオは自嘲した。
「強化人間は……」
「ん?」
「そのトラウマすら利用された。このオーストラリアの大地に居れば嫌でも思い出すんだ……」
子供が開けた扉を閉じたゼロは、その錆びたトタンの扉を見つめながら呟いた。
ゼロには、敵意を振りまく狂戦士の一面と、同じ仲間を守ろうとする優しい少年の他に、もう一つ顔を持っている。
ガラスのように脆く、軋みをあげて震える弱者の顔を。
「宇宙が、落ちてくるんだ……
アイツらは、ボクは……夜になるとうなされるんだ、その悪夢に。
そうして、ベットリとした寝汗で目が醒めると、夢だった事に安心する」
「………」
「ここに居れば思い出すだけなのに、どうして戻ってきたんだろうって後悔する時もある。
それでも、ここしかないんだ……ボク達には記憶がなくて、ボク達のルーツは、あのコロニー落としだけだから
多分、ここでボク達は生きていたんだ。
オーストラリアが人の住める場所になったら、ここに住んでいた人が戻ってくるかも知れない。
そしたら、ボク達を知っている人が、居るかも知れない……っ!!」
心の内を吐露したゼロは、自分の饒舌さに気づき石のように押し黙った。
デュオは何も言わない。
その夜、それ以上の会話は二人の間に存在しなかった。
そして朝を迎える。
コロニー『ゼブラゾーン』を攻撃する為、オーストラリアの戦士達が宇宙へと向かう朝を。
243 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 8/13 :2011/04/30(土) 02:24:14.44 ID:???
【―― 交渉】
ガロードがゼブラゾーンの住人に土下座し、ネオジオン社・ネオジャパン・セツルメント国家議会の宣戦布告を受けてから一時間。
コロニーのミラーを全て提供するなら軍を引く、という条件は到底受け入れられない。それはコロニー住民に死ねというものだ。
『いいんですか、ガロード。DXを使うということは、ここに貴方が居ると宣言するに等しいのですよ』
「俺のせいでこうなったんだ。逃げるわけにはいかねえよ」
リーアムからの通信に、ガロードは凛乎と答えた。しかしその顔からは焦燥が隠しきれていない。
ゼブラゾーンを背に、漆黒のガンダムが宇宙を睥睨する。
サテライトキャノンを使えば、まだ交渉の余地があるかも知れない……
ガロードはGコンを強く握りしめた。
その雄々しい姿が、利用されるとも知らずに。
× × × × ×
唾を飲んで緊張で渇いた喉を潤すガロードは、モニターに映る光に気付いた。
カメラをズームに切り替える。その機影は、セツルメント国家議会のMS・ブグであった。
「一機だけ?」
ミノフスキー粒子が撒かれていて、レーダーは効きにくい。
だがその機体は赤色十字の光を発し、向かってきた。
それが戦闘の合図だとは考えにくい。
「こちらはセツルメント国家議会軍所属、ジャック=ヘイル中佐だ」
「その中佐さんが何の用だよ」
「はっ! あのDXに乗っているのが貴様のようなガキとは、不釣り合い極まりないな!
どうしてこうも、価値が分からない奴に限って力を持っているんだ!?」
停戦の交渉ではないらしい……ガロードは銃爪をいつでも引けるよう、呼吸を整えた。
だが、ジャックのプグの手の中にあるものを認めた時、ガロード一瞬息をするのを忘れた。
「レイラ!?」
人間が缶ジュースを握っているような縮尺で、ブグの手に収まっている円筒状のカプセル。
鉄の塊に見えたその表層は実はCG映像であり、それが解除されると
強化ガラスの中にぐったりとしたレイラが収まっていた。
映像を拡大すると、彼女が呼吸をしているのが分かる。最悪の事態には至ってないらしい。
ガロードが僅かに安堵したその虚を突き、ジャックはDXと接触する。
振動回線で二人だけの密談……ジャックの不遜を形にしたような声がガロードの耳に響く。
「ふっ……このガキが大事か? やはり価値を知らんな!!」
「人質を取るのかよ!!」
「その反応、やはりこのガキには人質の価値があるらしい!」
「あったりまえだ!! 人の命ってのはな、安くはないんだよ!!」
一つ目の巨人が、遥か後方を指さす。
「人質の保証をして欲しければ、サテライトキャノンを使って貰おう」
244 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 9/13 :2011/04/30(土) 02:33:22.80 ID:???
「何!?」
「狙うのはセツルメント国家議会軍のMS輸送船だ。中身のMSはダミー、操縦も無人だから安心しろよ」
「い、意味が分からねえぞ!? それでオッサンに何の得があるんだよ!」
「私が求めているのはYESかNOだ!! 10分以内に返答をだせ!! このことは他言無用だ、いいな!」
「ぐっ!」
DXのコクピットが揺れる。
ジャックは、DXを蹴り飛ばした反動でゼブラゾーンの宙域を後にした。
「ガロード、今のブグ、何を言ってきたのですか?」
リーアムの質問にガロードは答えない。
ただ虚空を見つめ、唇を噛むことしか、彼には許されていないのだ。
それが自分の軽率な行動の結果であるが為に。
「……撃つしか……ないのか……っ!」
× × × × ×
「ジャック中佐が最終通告から戻ったようです」
「そうか。回線つなげ」
ムサカのブリッジで指揮を執るギュネイは、その強い語勢とは裏腹に
何か、自分が取り返しの付かない過ちを犯しているような、そんな気分に襲われていた。
それは強化人間としての発達した勘であったのかも知れない。
「中佐、首尾の方はどうだ?」
「いかんな。パネルの引き渡しを全体の15%にまで引き下げたんだが、聞く耳もたなかったよ」
「そうか……できれば、こんな盗人まがいのことはしたくないのだが……」
「ネオジオン社のホープは優しいな。連中にされたことを思い出してみろ」
「………」
素直に社長であるシャアに連絡し、指示を仰ぐべきだったのではないか?
そんな後悔がギュネイの中に鎌首をもたげて襲いかかってきた。
まだ開戦の狼煙が上がっていない今なら……
ギュネイは手元の通信機に手を伸ばした。
だが、そのギュネイの意想は、目の前を駆ける銀色の本流に掻き消された。
246 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 10/13 :2011/04/30(土) 03:00:29.85 ID:???
【―― 死神】
時間はやや遡る。
出立を控えた朝、ゼロの家で強化人間の子供達と一緒に食事をとったデュオは
子供達が家事や畑仕事に出、ゼロと二人きりになった後、
昨日の夜以来久々に言葉を交わしあった。
「もう一度言ってみろ……っ」
「何をだ?
お前が情けねぇからレイラだって俺を頼ったんだろ、ってところか?
強化人間の欠陥品が参加したところで足手まといにしかならねぇ、ってところか?
オーストラリアは空気も汚ねえし、水も不味いし、人の住むところじゃねぇ、ってところか?
あのガキ共が売れるまで待ってるんだろ?御苦労さん、ってところか?」
否、ぶつけたと言った方が正しい。
デュオは一方的にゼロを罵倒しただけだったし、それにゼロは拳で応じたからだ。
「デュオォォォ!!」
「っ!!」
デュオの頬にゼロの拳が突き刺さる。
肉体も強化されている彼の一撃は、デュオの意識を刈り取りそうになった。
が、デュオもガンダムパイロットとして並ならぬ訓練を受けてきた人間だ。
「悪ぃな、こういう時って"一回は一回"なんだとよ」
「ぐっ……お、お前……」
「悪かったな。全部嘘だ。ここは良いとこだよ。
だから、ここに住むお前は汚れちゃなんねえんだ」
頭に血が上っていたゼロは「反撃」という行為に対する備えを怠っていた。
デュオのボディーブローがゼロの身体を浮かび上がらせ、そして地に沈めた。
「戦いなんてのは、俺みたいなドブ臭い奴がやりゃあいいんだよ……」
× × × × ×
デュオ=マックスウェルにとって、宇宙空間に浮かぶコロニーは守るべき存在である。
コロニーの為に戦う事に躊躇いはせず、裏切られても恨まず、その身を削ることを厭わず……
彼の故郷の思い出は、決して楽しい事ばかりではなかった。
盗みを働かなければ餓死していたし、疫病が流行っても薬は無かった。家などなく、コロニーを転々とした。
差別もあったし、人が死ぬのだって当たり前のように見てきた。だから彼は、神は居なくても死神は居ると知っている。
それでも……コロニーには優しい人達がいた。ドブ臭い自分を受け入れてくれる馬鹿な連中だった。
だからコロニーの為に戦うコトを選んだ。
紆余曲折を経てプリベンターの仕事をする傍ら、ヒルデやガロード達とジャンク屋を営む今でもそれは変わらない。
247 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 11/13 :2011/04/30(土) 03:01:51.02 ID:???
「何やってんだよ、俺はァ……」
ゼロの代理としてゼブラゾーンへと向かうムサカに乗り込んだデュオは
その自問自答を何度繰り返したか分からない。
「なんでコロニーに攻撃しなくちゃなんねえんだよ、くそっ!!」
彼はゼロ=ムラサメを見捨てられなかった自分の甘さ故に、自分の基本方針に反する行動を起こしている。
どうしようもないジレンマにデュオは壁を叩いた。
もしここに彼の同僚のカトルがいればそれは甘さではなく優しさだと慰めてくれるだろう。
優しくなくては生きている意味なんてないのだと語る少年である。
尤も、そうやって労ってくれるのはカトルぐらいなもので、ヒイロや五飛ならなんて言うか分かったものではない。
トロワは面倒見はよいが、かといって積極的に擁護してくれはしないだろう。
「でもゼロは見捨てられないしよ……」
その選択肢を選んだら、今度はヒルデやガロードに張り倒されるだろう。
どこまで言っても貧乏籤である。引いたのは自分だが。
「それに、どーにもキナくせえんだよな……」
それは冷静な分析というよりは、勘であった。
彼はその勘に従い、同僚であるヒイロに連絡し、今回の件の裏を探って貰うことを依頼したが、未だ報告は帰ってこない。
もうすぐジャックが最後通告から帰ってくる時間だ。
最初の「コロニーのソーラーパネルを全て提供」という条件は成立しないという事は承知の上。
交渉を有利にするためであり、本当の要求は「ソーラーパネルの内の15%の提供」である。
それだってコロニーで暮らす人間からすれば横暴な話であるが、先に仕掛けてきたのが向こうで、さらに不法居住者という立場なら呑まざるを得ないだろう。
デュオは好まないやり方だが、落としどころとしては妥当な所だと踏んでいた。
それで収まればいい、と。
彼にゼブラゾーンが電力を僅かでも失えない状況や、ジャックの暗躍を知る術は無い。
そしてサテライトキャノンの光が、セツルメント国家議会軍の輸送船を焼き払った。
248 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 12/13 :2011/04/30(土) 03:03:10.06 ID:???
【―― 戦場(1)】
ゼロの目覚ましは火薬の音だった。
夢の中で、ゼロはおかしいと思った。
いつも夢から覚める時は青い空を宇宙が飲み込む光景、真っ赤な炎で全てが焼け消えていく光景だった。
断続的に聞こえてくるこの銃声は、強化人間として兵士になった自分が聞いてきた……
「MSの…攻撃、だと?」
ベットの上から跳ね起きたゼロは、窓の外を確認する。
セツルメント国家議会軍MSブグ――本来友軍である筈のそれが、自分たちが作り上げてきたエネルギープラントを攻撃していた。
「どういう……くっ!!」
疑問を後回しにし、ゼロは駆け出した。
子供達を安全な場所に避難させなければならない。
そして戦わなければならない。
ネオジオン社もネオジャパンも、ゼブラゾーンに向かってMSを出した為に防衛のMSが圧倒的に足りてない。
自分を気絶させて休ませたデュオは、おそらく自分の代わりに宇宙へ上がったのだろう。
ゼブラゾーンに向かってMSを出したのはセツルメント国家議会も同じ筈だが、なぜこれだけの部隊が残っているのか、それは疑問に思う。
ゼブラゾーン攻撃を言い出したのはジャックであると聞いた。そのセツルメント国家議会がMSを割かないでいれば
ネオジオン社やネオジャパンが不審に思う筈である。しかし、最初からゼブラゾーンとオーストラリアの両方に攻撃できる程の数を持っていたとは考えにくい。
もし準備していれば、それに周りが気づいた筈だ。最初からこのオーストラリアの地にMSの部隊が眠っていたという事でもない限り。
だが疑問は後だ、とゼロは切り捨てる。
「ボクには力がある……この力で、みんなを傷つける奴は全部倒してやる!!」
【―― 兄弟(2)】
「モビル・ウェポン計画」
「モビル・ドールと競合していたプロジェクトだな」
トレーズ=クシュリナーダは自分を訪ねてきた珍客にローズティーを用意した。
甘い薫りが漂うルビー色のそれは、紅茶に詳しくない人間でも口を付けずには居られない魅力があったが
その客人――ヒイロは、目もくれず、トレーズに話の続きを促した。
「結果的に市場でシェアを得たのはMD(モビルドール)だったのは説明するまでもないだろう」
「世論の平和路線を受け、途中で兵器から作業用のプログラムに変更したのが功を奏したようだな。
尤もMDが使われるのは大型建設などで、自律型のロボットという分野では
モビルシチズンの方が遥かに大きなシェアを誇っているが……」
MDを開発したロームフェラ財団の代表でもあったトレーズは、紅茶の香りを楽しみながら問うた。
「その後MW(モビルウェポン)がどうなったか知っているかな?」
× × × × ×
「世間的にはMDと同じくMWは作業用のプログラムが組み込まれたモノが流通している。
でもセツルメント国家議会のプログラムは、ロームフェラのそれに比べて劣っていて
業界シェアは微々たるもの……完全にセツルメント国家議会は敗北した形になった」
249 名前:TOWARD THE COUNTRY (ep.02) 13/13 :2011/04/30(土) 03:04:24.66 ID:???
キラはパソコンに向かって一人呟いた。
相手が居るわけではないが、自分の作業を口に出すのはキラの癖だ。
そうすることで確認の意味があるのも事実だが、ブツブツとモニターに向かって話す姿はあまりお近づきになりたくない。
「でもセツルメント国家議会は軍用として自律型の機械人形を作ることを諦めては居なかった」
セツルメント国家議会の行政部から軍部まで片っ端からサーバーを漁った結果、
キラが見つけ出したのがこの「シナプス―MW計画」であった。
× × × × ×
「あくまでウェポン――兵器を名乗り続けたのは、そういう意味だったのだよ」
「ではセツルメント国家議会は戦闘用プログラムを完成させたのか?」
「現在、MDに使われているのはビルゴよりもトーラスの方が多い。理由は……わかるだろう?」
トレーズの問いかけをヒイロは正確に理解した。
非戦闘目的で作られるならば、機械である事を前提としたスペックや武装は必要ない。
逆を言えば、機械が操縦するMSを作るのであれば、戦闘プログラムだけではなく
それに見合ったMSが必要となるだろう。
ヒイロがリーオーに乗っても、戦闘力に頭打ちがあるように。
ガンダムに素人が乗っても、その性能を十二分に発揮できないように。
「先に完成したのはMSの方だ。名称は"レイ"。詳しい性能までは分からないが、
戦闘指揮官用に、人間が操縦できるタイプも存在しているらしい」
× × × × ×
それはオーストラリア近海でギラドーガを屠った二つ目のMSだった。
尤もモニターで設計図を見るキラに、そこまで見通すことを求めるのは理不尽であろう。
「戦闘プログラムには実際の軍人のデータが用いられた。
名前はアンドル=パークウェスト……更にデータにプロテクトがかかってる?」
キラはプロテクトの解除コードを探り始めた。
開始して3分、解除コードの検索を諦めたキラは、プロテクトシステム自体にアタックを仕掛けていた。
さらに12分後、システムの破壊に成功したキラは、データのインストールを急いだ。
流石にシステムそのものを破壊すれば、自分が侵入したことがバレるだろう。
その前に得るものだけ得て、撤退しなければ危険だった。
「まったく、面倒なことに巻き込んでくれるよ」
自分から首を突っ込んだ事なのだが、キラの中ではガロードのせいになっているらしい。
「今度ガロードにラクスとのデートに協力してもらうからね」
アイドルであるラクスとの逢瀬には色々と障害がある。
その障害を越えるのには人手が居る。またの名を囮、人柱とも言うが。
その役割はだいたい、アスランとかダコスタ君あたりがするのが相場だ。
「えっ…? アンドル=パークウェストはプロジェクトの途中で死亡?
摘出された脳からマシンサイボーグ"シナプス"としてMWの戦闘プログラムそのものとなる……!?」
サーバーからの撤退と、その中にあった衝撃の事実。
その時キラはその二つに気を取られていて、背後の兄の存在に気がついていなかった。
最終更新:2015年02月21日 21:18