翌朝、私は学校へと続く長い登り坂を歩いていた。
両親は昨日のことを心配して、休んでもいいと一応は言ってくれたけど
休んだ理由が鼻血を噴いて貧血で倒れた。というでのは笑い話にされるだけだし
なによりも学校でその噂が広がるのは避けたかったから、私は意地でも登校すると決めていた。
しかし、妹は私の気持ちも知らずに昨日の出来事を『ここだけのナイショの話』として友達に喋っている。
「えぇーー!!ウッソのオチンチ…」
「シッ!いい?この事は他の人に喋っちゃ駄目なんだから!分ってるわよね?スージィ」
「うん。けどさ…ウッソの…プププッ……やっぱり我慢できない…。プププッ」
「ウッソ、それは本当のことなの?」
「………」
私のうしろには友達に『ここだけのナイショの話』を耳打ちしている妹のマルチナと
腹を抱えて笑うのを我慢しているスージィ=リレーンと
膨れっ面をして黙り込んでいるウッソ君と
そのウッソ君に不安そうな顔つきで寄り添うように歩くシャクティ=カリン達が居る。
「マルチナさぁ~ん!」
「おはよう。ウォレン」
「あ、ウォレン。昨日ね、ウッソの家で……」
目を爛々と輝かせたスージィが、ウォレン=トレイスに『ナイショの話』を話そうとしたけど
それは妹にたしなめられてしまう。
「もぅ。スージィったら!!ナイショの話って、言ったでしょ!」
「あ、ごめん。マルチナ…」
「なになに?何なのさ?…ウッソの家でなにかあったの?」
「男子には教えません!」
「え~っ、そ、そんな~ぁ……。僕だけ仲間外れなの?……そうだ、ウッソは知ってるんだろ?ねぇ、教えてよぉ」
「………」
「黙ってないでさぁ。何があったか教えてくれてもいいだろう?ねぇ、ねぇ…」
「……ウォレンには関係無いよぉ!!だ、黙っててよぉ!!!」
昨日の晩のことをウッソ君が自分から話したい筈が無い。
だって…自分のカワイイモノを見られちゃったんだから、それは言えないわよね。
「なんだよ、ケチ…。ねぇ、シャクティは知ってるよね?」
「私は…」
この調子じゃ、昨日の出来事は妹を通じてみんなに広まるのも時間の問題と思った方がいいだろう。
マルチナ……この子はなんてお喋りなの!少しは姉である私の体面というモノを考えて欲しい。
朝、あれだけ私が口止めしたのに。朝からペラペラ、ペラペラと…。
182 名前:エリシャとお風呂とシーブックと投稿日:03/10/24 01:39 ID:???
学園の正門を通り、校舎の離れている妹達と
別れた私は
高等部校舎の自分の下駄箱の前で、上履きに履き替えていた。
妹が…マルチナが…どれだけ喋ろうとも、未だ今朝の時点では高等部のクラスまで伝わらない筈。
さぁ、ここで気持ちを入れ替えなきゃ。いつもと同じように教室では振舞わないと。
昨日の晩の、私に起った最悪な出来事を悟られないようにしなきゃ…。
と、自分自身に言い聞かせていた時に、オデロ=ヘンリークが朝の挨拶をしてきた。
「おっはよう!エリシャさん。さっき、ウォレンから聞いたよ。
昨日、ウッソん家で倒れたんだって?今日、学校に来て大丈夫なのかよ?」
「あ…それは…。その、たいした事ないの。心配しないで、マルチナが少し大袈裟に言い過ぎなのよ」
「ふ~ん、そっかぁ。俺、エリシャさんが倒れたって聞いて、心配しちゃってさぁ。
元気なら問題ないけど、ま、今日はあんまり無理すんなよな」
なぁ~にが、今日はあんまり無理すんなよな、だ…。
元々、昨日はアンタが原因でマルチナが怒っちゃって、それでウッソの家に行く羽目になったんだから!
けど、オデロ君はどこまで話を聞いているんだろ?
「あの…何処まで、聞いているの?」
「何が?」
私はオデロ君が昨日の事を何処まで知っているのか?探りを入れてみる事にした。
「昨日の事…」
「ああ、ウッソん家で貧血おこして倒れたんだろ?」
「それだけ?」
「ん?…他にあるのかよ?……あっ、そうだ!」
「…え!?」
「ウッソの作った園芸部の当番表を見て、妹さんが怒ってるってヤツだろ?…あれはさ、俺じゃなくて……」
ホッとした。オデロ君のこの調子だと
昨日の夜、私がウッソ君の家で貧血で倒れた。という事実は知っているものの
何で貧血を起したのか?までは知らないようだ。マルチナもそこまで馬鹿じゃないみたい。
ウッソ君が自分からアノ話をするとは思えないし…。男子に伝わるには時間がかかりそう。
あとは女子かな。スージィは少し心配だけど…シャクティは口が堅いし
とりあえず、今のところは安心していいだろうと思えた。
183 名前:エリシャとお風呂とシーブックと投稿日:03/10/24 01:41 ID:???
「妹さんはさ、俺がウッソに指図したとか、なんとか言ってるけど…そ、そんな事、この俺がする筈……」
私は早く教室へ行きたかった。が、それに構わずオデロ君は園芸部の当番表の事で
自分の身がいかに潔白であるか?と延々と弁解し続けている。
聞きたくもない話を聞かされ続けた私は少しイライラしてしまう。
それに重要なのは、どれだけオデロ君が自分で自分のことを弁護しても
私はオデロ君を黒だと思っているし、事実、それが正解なんだろう。という事だ。
いい加減ウンザリしていた私は
「ごめんなさい。今日は私、教室が遠いから…その話はあとで…」
と言い残し、その場を去ろうとしたら、反対側の下駄箱から男子と女子の会話が聞こえてきた。
あれ!?……男子の方は聞き覚えが…。夕べの…ま、まさか!?
「放課後、待っているわね」
「分ったよ。演劇部の部室に行けば良いんだろ?」
声の主であるセシリー=フェアチャイルドとシーブック=アノーの二人が私の目の前を横切った。
「あ……」
「……お、おはよう」
私に気付いた
シーブック君は挨拶をしてきた。ど、ど、どーしよう?
なんて返事すればいいの……。昨日のことを謝る?……
昨日の晩、廊下で倒れた私を支えてくれたのはシーブック君だ。って妹からは聞いているけど
あのあと、私はシーブック君にお礼を言ってない。
けど、けど……それって、シーブック君は自分の裸を見た私が。それで興奮して鼻血を噴いたとか思ってるんじゃ?
や、事実だし…も~ツイてないなぁ。朝から会うなんて……と、兎に角。なんか言わなきゃ!!
「き、昨日は…その…あの…すいませんでした」
「う、うん」
シーブック君は私から少し目を反らすと、恥ずかしそうに鼻を掻いていた。
私は…というと、顔から火が出るんじゃないのか?ってぐらいに顔を真っ赤にしていた筈。
まともに彼の顔を見れない…。もう、嫌だなぁ…絶対、変な子って思われている。
「……」
「……」
会話が途切れ、何も喋らないまま、赤面して突っ立っている私と
無言のシーブック君は授業開始の5分前に鳴るチャイムの音によって救われた。
もう少しチャイムが鳴るのが遅かったら、私の心臓は張り裂けていたかもしれない。
184 名前:エリシャとお風呂とシーブックと投稿日:03/10/24 01:42 ID:???
今日の選択科目は工科だ。今時は…と言っても、やはり工科を選択する女子は少なくって
このクラスだと私を含めても2、3人しか女の子が居ない。私の場合は父の仕事の関係で
ハイランド(地上へ電力を送電している発電衛星)での生活が長かったから
そんな環境だと機械に接することも多くって、私は高等部に上がった時に自然な流れで工科の授業を選択していた。
結局、私の心配は取り越し苦労に終わる。
昨日の『
ガンダム兄弟宅』で私が巻き起こした出来事はクラスの誰にも知られていなかった。
工科のクラスには彼、シーブック君も居るんだけど…。どうやら友達には喋っていないみたい。
今日、最後の授業はコズモ=エーゲス先生のクラスだ。
この授業が終わると今日も終わる。今日は色々と疲れた。授業が終わったら寄り道をせず
真っ直ぐ家に帰ろう…部活も休もうかな。とか、私が考えていたら終了のチャイムが聞こえてきた。
キーンコーン♪カーンコーン♪……
「ようぉし、終わりだ。今日終わらなかった奴は次の授業までに仮題を提出しろ。いいな?…あと、今日の日直は?」
日直?…って、あ、私のことだ。
「はい!」
「このプロジェクターとスクリーンを工科準備室に片付けておけ。鍵は後で職員室に返しに来い」
「あ、あの…工科準備室って何処に
あるんですか?…私、工科の専攻じゃなくて
選択でこのクラスを取ってるだけだから、準備室とか行った事ないです…」
「ム、そうか…じゃあ他に工科の奴を…」
「俺が行きますよ!コズモ先生」
「サムか?ま…、いい。案内してやれ」
私は工科生徒、サム=エルグが自分から進んで名乗りあげたのを初めてみた気がした。
185 名前:エリシャとお風呂とシーブックと投稿日:03/10/24 01:45 ID:???
私はサム君と一緒にプロジェクターとスクリーンを片付ける事になったんだけど
あれ?サムとシーブック君が話してる?…なになに、何かあるのかな?
「おい、サム。準備室には俺が行くから代わってくれよ。あの日直の子にさ、用事があるんだ」
「なんだよソレ?お前、まさか?」
「そんなんじゃないよ。あの日直の子は俺の弟と同じ部活やってて
それについて…ちょっとした話があるだけで、特別な事とかは何もないし」
「シーブックの都合は分った。けど、ここは譲れないね。女子と近づく折角のチャンスだぜ」
「なぁ、サム。お前は少し急ぎ過ぎんだよ。あんまりガッツクと女子に嫌われるんだぞ」
「そんなの余計なお世話だ。そりゃ、お前はセシリーと上手くやってるかもしれないけどな!
俺等は、唯でさえ男子ばっかの中で女子が少ないんだ…こうでもしないと」
「ここで代わってくれたらさ。後で彼女の事、弟のツテでちゃんと紹介させるから。
そっちの方がチャンスも広がるかもしれないだろ?頼むよ」
「気に食わないけど、そうかもな……じゃ、代わるよ」
「悪いね」
「おい、弟に俺のこと、絶対紹介させろよ。忘れんなよな!」
シーブック君がサム君の肩を叩いたと思ったら、シーブック君が私の前まできて
教材のスクリーンを担ぎ始めた。え?…
「俺がサムの代わりに準備室を案内するよ。行こうか」
ええ……!?私は呆気に取られて、何も聞けないまま、プロジェクターの台車を押して
シーブック君のあとを追うことしか出来なかった。
最終更新:2018年12月03日 11:59