684 名前:光の翼(8) 1/5 :2015/09/23(水) 08:39:33.77 ID:QARkYVFF0
ウッソは機体が地面へと堕ちたことを確認する。ザンスパインが下敷きになったからか、落下の衝撃は意外と少なかった。
そのあとあちこちいじってみたが、反応なし。兄さんたちに怒られるんだろうなあ。ウッソは内心で苦笑した。
「でもまあ、いいか」
シャクティたちを守れたのだ。それくらいなんともない。
機体から這い出し、動かなくなったザンスパインのコックピットからパイロットを引き上げる。落下の衝撃で気絶していたらしい。
近くの川の水を浴びせて、目を覚まさせる。
「貴様は…」
「大人しくしててください。頭でも打ってたら大変ですよ」
「私を助けて、恩でも売ったつもりか。…そんなことをしたって、貴様が姉の仇ということに変わりはないというのに」
「だから、僕はそんなことをしてませんよ」
「嘘をつくな! お前が、お前がマリア姉さんを殺して、我が帝国を破滅に導いたのだ!」
「あなたの言うマリアさんは、ここではまだ生きています」
「馬鹿なことを! マリア姉さんはあの日、エンジェル・ハイロゥで貴様に…!」
「呼びましたか?」
まるで男の声に呼ばれたようにひょっこりと現れたのは――ザンスカール社社長、マリア・ピァ・アーモニアだった。
「マリアさん!?」
「…馬鹿な」
なぜこんなところにいるのかと驚愕するウッソと、まったく違う意味で唖然としていたのはクロノクルだった。
「ね…姉さんなのか…?」
「………そうですか。あなたもクロノクルなのですね?」
まるですべてわかったと言うように、マリアがうなずいた。
「あ、ああ…」
「あなたがどのような世界からやってきたのかはわかりません。しかし、私のせいで辛い思いをしたのでしょう…」
「そ、そんなことはない! 僕は姉さんのためならどんなことだって!」
「その気持ちはとてもありがたく思います。けれどこの世界の私は、あなたに何かを望むつもりはありません」
「え…」
「私は…ここで生きるマリア・ピァ・アーモニアは。今、とても満ち足りた生活を送っていますから
 あなたは、あなたの幸せを掴んでください。あなたの世界の私も、それを望んでいると思いますから…」
「姉さん…」
「マリア姉さぁぁぁぁん! …くそ、どこへ行ったんだ!」
「落ち着きたまえ、クロノクル君。戦闘は終わっているんだ」
「しかし心配なことに変わりは…マツナガさんも、心配ではないのですか」
「もちろん心配だとも。だが…そうだな、なんとなく無事な気がするのだよ。戦士の勘というかな」
「戦士っていうか、寿司屋…」
「働く者は皆すべからく戦士だよ。そう、太古の昔からな」
遠くから聞こえたのはクロノクルと寿司屋『白狼』の大将シン・マツナガの声。いなくなったマリアを心配して探しに来たようだ。

685 名前:光の翼(8) 2/5 :2015/09/23(水) 08:40:48.05 ID:QARkYVFF0
「アニメの私か。あの様子だと、街の連中も鎮圧されたか…」
どこか遠い目をしながら呟いたクロノクルに、マリアは語りかける。
「あなたは、どうするのですか?」
「罪を償おうと思う。…あなたたちにこれ以上迷惑はかけない」
「そうですか。どうか、お元気で」
マリアはふわりと微笑んだ。
「ありがとう、マリア姉さん」
クロノクル(マンガバン)も微笑み返す。憑き物が落ちたかのような穏やかな笑顔だった。
そして、マリアは自分を探しに来た二人の声がする方向へ去って行った。
「クロノクル、マツナガさん。私はここですよー」
「姉さん!」
「マリアさん!」
「なんでこんな時に出かけたんだ姉さん! 今日は町中大騒ぎで、どれだけ心配したと思ってるんだ!?」
「出かけた方がいいような気がしたのです。実際、出かけてよかったと思っていますよ」
「何を言っているんだ!」
「敵わんな…しかし、マリアさん。こういう時の外出は危険だ。せめて護衛などは付けてほしい。
 あなたの身に何かあれば大変だ」
「ご心配をおかけしたようで…ごめんなさい」
「良いのです」


「ウッソ」
次第に遠くなっていく声を聴きながら、クロノクル(マンガバン)は口を開いた。
「なんですか?」
「すまなかった。私は…」
「僕なんかより、ほかに迷惑かけた人に謝ってくださいよ」
「…ああ。約束しよう」
「絶対ですよ」
安堵とともにどっと疲れが押し寄せてきた。視界が反転して――ウッソはそのまま意識を失った。

  •  ・ ・

ウッソが目を覚ますと、見慣れぬ天井が見えた。
「ウッソ! 目が覚めたのか!」

起き上がり周囲を見渡してみると、テクスの診療所にいることに気が付いた。ウッソが目を覚ましたことに気付き、近くにいたオデロたちが駆け寄ってくる。

686 名前:光の翼(8) 3/5 :2015/09/23(水) 08:42:45.99 ID:QARkYVFF0
「ウッソ、水飲むか?」
とにかく、猛烈に喉が渇いていた。それを察したのか、トマーシュが水の入ったコップを差し出してきた。
「飲みます…」
それを受け取り一気に飲み干すと、意識もだいぶはっきりとしてきた。
「ありがとうございます。ところでねみんな、なんでここに…」
「友達が倒れたら見舞いに来るのは当たり前だろ?」
「ちょっと待ってろ、先生に伝えてくるから。ほら、みんな行くぞ」
「えー、あたしも行くの?」
「行くんだよ」
あわただしく出ていくオデロ達を見送ると、ウッソは腹部にのしかかる重さに気が付いた。
見ると――シャクティが寄りかかって眠っていた。よくわからないが、ずっと看病してくれていたのだろうか。
「………」
目の前の少女の髪をなでる。自分の見舞いに来れるということは、彼女の家を守り切れたということ。
安堵していると、テクスが部屋に入ってきた。
「目が覚めたようだな」
「テクス先生。僕は…」
「クロークルという人が、意識を失った君を運んできたんだ」
「そうなんですか…」
おそらくはマンガバンがクロノクルに迷惑をかけないために偽名を名乗ったのだろう。少々お粗末ではあるが。
「君は二日ほど眠っていた。原因は過労だな」
「過労ですか」
あの戦い、思ったより体力の消耗が激しかったらしい。パイロットは体力も大事だとシローが言っていたが、こういうことだったのかと納得する。
「あの、ウッソが目を覚ましたと聞いたのですが…」
部屋に入ってきたのはアムロだった。
「やあ、アムロ」
「テクス先生。ウッソは――」
「いたって良好だ。話したいこともあるだろう。私は部屋に戻るとするよ」
「ありがとうございます、テクス先生」
「兄さん、来てくれたんですか」
「当たり前だろ。…さて、色々話すことはあるんだが。とりあえず歯を食いしばれ」
「えっ」
ごぎん、と鈍い音が医務室内に響く。アムロの拳骨がウッソの頭に叩き込まれていた。アムロの言葉を理解するのが遅れてしまい、舌を思い切り噛んだ。

687 名前:光の翼(8) 4/5 :2015/09/23(水) 08:45:33.36 ID:QARkYVFF0
「いった…! いきなり何するんですか!」
「クロークルという人から事情は聴いた。そして、コア・ファイターに残っていた戦闘記録も見させてもらった」
V2ガンダムは動作不良を起こして動かなくなっていたが、記録装置は無事に残っていたのだろう。
「う…」
「一人で勝手なことをして! 俺たちがどれだけ心配したかわかっているのか!?」
「ごめんなさい…」
さすがに申し訳なく感じて謝罪すると、アムロは嘆息した。
「まあ、いちおう無事だったし、理由が理由だったから今回はこれでよしとするが…こんなことは二度とするな」
「はい…あの」
「どうした?」
「マンガ…いや、クロークルさんから事情、聞いたんですよね?」
「聞いたぞ。誤解によって彼がお前に殺意を抱いて光の翼にかかわる一連の事件を引き起こしたことも
 シャクティの家を壊すと脅してお前と決闘したことも。そしてお前がそれに勝ち、誤解を解いたこともな」
「それで…クロークルさんはどうなったんですか?」
「お前の治療費と機体の修理費を払って警察に出頭したよ。本人は、どんな罰でも受け入れるつもりだそうだ
 あれだけの騒ぎを起こしたんだ、下手をすれば死刑かもしれない」
「…そうですか」
「残念そうだな。お前を殺そうとした相手だっていうのに」
「せっかく改心したのに死刑だなんて。なんか、嫌じゃないですか」
「お前らしいよ。…安心しろ、首謀者は別にいたらしいからな。ハロ長官のとりなしもあって
 賠償金だけで済んだそうだ。――金額は目が飛び出るレベルのものだったらしいが」
「ハロ長官が?」
「ああ。シローが怒り狂って大変だったぞ。…首謀者でなくとも一連の騒動に加担してたんだから当たり前だけどな。
 説明を求めても『君に言ったところで信じない』の一点張りだそうだ」
ハロ長官はクロークルが妖怪であることを見抜いていたのだろうか。相変わらず、底知れない人物だ。ウッソは苦笑した
「でも、よかった」
何度目かもわからない安堵の吐息を漏らすと、アムロが口を開いた。
「そうだ、シャクティにちゃんとお礼を言っておくんだぞ」
「え…」
「俺たちの代わりに、ずっとお前のそばで看病してくれたんだ」
「シャクティが?」
「大変だったんだぞ。何回断っても『私の家のためにこうなってしまったから』って譲らなくてな」
「…そうですか」
「それじゃ、俺はこれで帰るよ。また来るからな」
「はい。ありがとうございました」

688 名前:光の翼(8) 5/5 :2015/09/23(水) 08:47:41.90 ID:QARkYVFF0
「…おっと、言い忘れてた」
「?」
「無茶は評価できないが…強くなったな。ウッソ」
ぽん、とウッソの頭に手を乗せてアムロが言った。
「…ありがとうございます!」
「ん…ウッソ…?」
アムロが去って少しして。寄りかかっていた少女が体を起こした。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「ウッソ!」
目を覚ましたシャクティは――いきなり抱きついてきた。
「うわっ!? しゃ、シャクティ!?」
「馬鹿! なんであんな無茶なことをしたの!」
「僕があいつと戦わなきゃシャクティの住む家も、畑だってメチャクチャに…それに、もし家にシャクティがいたら」
「私だって…逃げるくらいのことはできる! カサレリアなんて…建物や畑なんて、時間をかければ元に戻せるでしょう!
 でもあなたは…ウッソは一人しかいないじゃない!」
肩に熱い滴が落ちてきて、ウッソは気付いた。――シャクティが泣いている。
「う…」
「…心配…したんだから…! お母さんみたいに…ウッソもいなくなるんじゃないかって…!」
涙声で言うシャクティに、ウッソははっとした。シャクティは育ての母を病で亡くしているのだ。ベッドの上のウッソを、同じく病室で亡くなった母と重ねていたのかもしれない。年相応と思えない行動を繰り返していても、シャクティは11歳の少女なのだ。
この前見た夢を思い出す。そして、その時に交わした約束も。
「…あの時、約束したじゃない。シャクティをぜったい一人ぼっちになんてしないって。心配させてごめんね」
シャクティを抱き返す。その後しばらく、シャクティが泣きやむまでそれは続いた。


「………大変なものを見てしまった」
オデロ達がその様子をドアの隙間から覗き込んでいることも知らずに。


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最終更新:2017年05月24日 21:03