249 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 二の一投稿日:2006/12/23(土) 02:11:04 ID:???
雪は積もるほど大きなものではなかった。はらはらと舞い降りては、触れるたび溶けて消えていく。
それでも、闇夜を硝子色の欠片が舞う光景は美しかった。
……もっとも、帰路を急ぐシーブックに、そんなことを感じている余裕はない。

ゾンド・ゲーに加え、X2もなくなっている――

それをキッドから聞いたときは、思わず「なんとぉ――!?」と叫んでしまった。
確かにザビーネからは『しばらく店に出られない』と連絡を受けてはいた。理由は『黒パンの修行のため諸国を周る』というもの。
だが、ならば何故X2を持ち出す必要があるのか。
表の生活であれば、ベルガ・ギロスで十分である。というかX2を使っては足がつく。

トビアとザビーネに一体何があったのか
ザビーネにも電話をかけてみたが、やはり通じなかった。
二つの機体の反応は既にロストしている。手がかりはない。
キッドも珍しく焦ったようで、全力で探すと言っていたが……

250 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 二の二投稿日:2006/12/23(土) 02:12:19 ID:???
「ただいま」
「おかえりシーブック。脈拍が通常より32.75%速くなっているぞ。どうした」
「な、なんでもないよ…」
「なんでもないと言う時ほど何かあることはない。気になることがあるなら相談することだ」
「ン… ありがとう。でも本当になんでもないんだ」
そう言って、キャプテンに笑顔を見せる。この程度で誤魔化せるものではないと分かっていたが、キャプテンはそれ以上追及しなかった。
純粋に心配してくれたのだろう。それが今のシーブックには辛い。
家族への秘密とは、ここまで神経をすり減らすものだったろうか。今までが上手くいっていたせいで、自分達の活動が綱渡りであると忘れていたのか。
疲れた表情で、シーブックは家に入る。玄関は暗い。ドアの向こうから、光と喧騒が洩れてくる。
ふと、自分が別の世界に取り残されているような気がした。急に冬の寒気を自覚したか、震えが来る。
そこに――
『シーブック兄ちゃん、おかえりー』
ボーイソプラノのユニゾンが響いた。
ドアを開けて、アルとシュウトが出てくる。屈託のない笑顔だった。居間の光が玄関に差し込んでくる。
「……ただいま、アル、シュウト」
シーブックは、微笑んだ。

251 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 二の三投稿日:2006/12/23(土) 02:13:20 ID:???
『今日の午後から降り始めた雪は、明日には降り止むでしょう』
「なーんだ、まだ積もらないんだ。雪球戦争ごっこしようって約束してきたのに」
「僕も雪ウサギ作ろうってセーラちゃんと約束してきたのに」
「まあまあ。これから寒くなりますから、近いうちに遊べますよ」
ロランのなだめる声が聞こえてくる。年少組二人はロランの手伝いをしていたようだ。感心しつつ、シーブックはパンをテーブルに置く。
「ロラン、うちのパンの余り置いとくぜ」
「いつもありがとう、シーブック」
鍋に向かっていたロランが振り返って微笑む。何気ないいつもの仕草だが、シーブックは何か救われる思いがした。
「うわあ、今日はたくさんあるね」
早速アルがパン袋を覗き込んでいた。僕も僕も、とシュウトも袋を覗き込む。
「お夜食に出来ますね。今日はアムロ兄さんもシロー兄さんも夜勤ですから」
「兄さんたちいないのか。ドモン兄さんはファイトシーズンだし… じゃあ僕らが最年長? …あ、コウ兄さんがいたか」
「シーブック、酷いですよ。いくら兄さんの影が薄いからって」
ロランが少し眉をひそめる。確かに、とシーブックは頭を掻いた。地味で存在感が薄いのを気にしているのは自分も同じだ。
「ところで、どうしたんです、こんなたくさん。カロッゾさんがサービスしてくれたんですか?」
「違うよ、今日はお客さんが全然来なくってさ。そろそろかきいれ時だってのに」
「え、カロッゾパンもそうなんですか!?」
ロランがきょとんとした顔をする。シーブックは目を丸くした。
「カロッゾパンも、って、まさかドンキーも?」
「ええ、キースが愚痴ってるんですよ。カロッゾパンにお客さんが流れたんじゃないかって疑ってましたし」
「俺はドンキーを疑ってたんだけど…」
この辺でのパンの需要は、ドンキーとカロッゾパンがほぼ二分している。そのどちらにも客が来ていないということは、クロスボーン・パンガードが巻き返しているのか、あるいはスーパー等の業者パンに流れているのか。
「あ、そういえばセーラちゃんが言ってたんだけど」
シュウトが口を挟む。いつの間にやらクロワッサンを両手に二つずつ確保している。
「スーパーですごく安いスポンジケーキが売られてるんだって」
「むぐむぐ…ドロシーも言ってたよ、それ。今年はスポンジケーキが安いから、パン屋で買うより自作するって…モグモグ」
コッペパンに食いつきながらアルが言う。
「スポンジケーキ?」
「七号サイズで…モグモグ…99円だって」
「なんとー!? 価格破壊だぞ、それじゃ! メーカーはどこだ!?」
「モグ…っと… なんだっけ、シュウト」
「えーと、『ジュピター』だよ、確か」
「あ、そうだ。それ!」
シーブックとロランは顔を見合わせた。
ジュピターとは、最近日昇町に進出してきたコロニーの製パン企業である。薄利多売をモットーに、今日もスーパーやコンビニにパンを展開しているはずだ。その安さと品質は上陸前から噂になっていたほどで、主婦や一人暮らしの学生などは嬉しい悲鳴を上げている。
兄弟家ではシーブックやロランがパンを調達してくるので、わざわざパンを買うことはほとんどない。そのため印象が薄かったのだが…

252 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 二の四投稿日:2006/12/23(土) 02:14:39 ID:???
ジュピターの破格の安さは夕食時にも話題になった。
「そうなんだよな。普通の企業であれだけやられちゃ、ファーストフードの立つ瀬がないよ。ヘンケン店長も焦っちまって、『こうなればミンチ道を極める!』とか言ってさ」
「ティファもしょんぼりしてたよ。お客さんが全然来ないって。そうか、ジュピターのせいでティファが…!」
「でも安いっていいことじゃないの? シャクティはさ、大喜びでジュピターのパンを買い込んでるよ。これで年が越せるって」
「そういや大学の購買にもやたら安いパンが並んでるんだよな。生協よりも安いなんて、気味悪くて買ったことないけど」
「コウ兄さんの判断はおそらく正しい。過度の値下げには裏があると見るべきだ。表だけを見て油断すれば、死ぬぞ」
「死ぬなんてそんな大げさな。だって、たかがパンでしょ?」
その一言が始まりだった。
『キラァァァ!!』
十七歳トリオ(シーブック、カミーユ、ロラン)の怒声が食卓に響く。
「な、何、兄さんたち」
「たかがパンと馬鹿にするなッ! 職人がどれほど魂を込めて焼いているか考えたことがあるのかお前はッ!!」
「で、でも、死ぬなんてこと」
「食料は力だ! 食料はこの世界を支えているものなんだ! それを、そうも見下すのは、酷いことなんだよッ!!」
「そ、そこまで!?」
「誰が好き好んで食糧危機を起こすものか!」
「考えてみろ、ウチの食卓事情はほぼロランが握っている! 例えばロランが食事に手を抜いたらウチはどうなると思う!」
「けしからーん! 考えただけでおぞましい! 何のために小生がこうして毎日ローラの料理を食べに来ていると思っている!」
「いつの間に来てんだよアンタ! つーかキラ兄の分を取るな!」
「ほう、食のなんたるかも分からない兄を庇うというか少年!」
「キラ兄はどーでもいいが、回りまわって俺が被害に遭うんだよ!」
「心配いりません。食事を大事にしない人とは、僕は誰とでも、たとえ兄弟とでも戦います! 今晩はキラはご飯抜きです」
「ええーっ!?」
「よし、ならギンガナムさん、思う存分やってくれ。むしろ、やれ!」
「おお、少年から正式な許可が出るとは! 我が世の春が来たぁ!!」
「そんじゃ兄貴の玉子焼きもーらいっ」
「俺もドサクサに唐揚げゲット!」
あっという間にキラの夕食がなくなっていく。
「言っておくがキラ! 俺の持ってきたパンで空腹を満たそうとは思うなよ! パンを馬鹿にする奴はパンに泣け!」
うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁ
「お、おいシーブック、それにカミーユもロランも、その辺にしとけよ。キラだって悪気があったわけじゃ」
「それじゃあコウ兄さんも食事抜きでいいんですね?」
「……ゴメンナサイ」
「うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁ」
と兄が泣いている隣で、年少組はと言えば、
「ウッソ兄ちゃん、いいの?」
「いいの。食べ物に感謝の心を忘れた罰だよ。シャクティがどれだけ苦労してるか」
「でも可哀想だよ、キラ兄ちゃん。ヒイロ兄ちゃんにツッコミ入れただけなのに」
アルが同情の目をキラに向けていると、おもむろにシュウトが箸を動かし始めた。
「どうしたの、シュウト」
「キャプテンにご飯あげてくるんだ」
と言いつつ、ご飯が半分残った茶碗に自分の玉子焼きと唐揚げを一つずつ乗せ、最後にほうれん草のおひたしを添える。
「それ、シュウトの分のご飯じゃないか。第一キャプテンはご飯なんて…」
「僕はさっきクロワッサンもらったから、大丈夫だよ」
「シュウト、僕の玉子焼きもあげる。僕もコッペパンもらったし」
「ありがと、アル兄ちゃん」
一通り確保したシュウトは、こっそりと席を立ち、部屋を出て行った。
なんとなく弟達の目的が分かったウッソは、甘いと叱るべきか優しいと褒めるべきかを迷って、結局何も言わなかった。


自分の部屋に戻ったキラは、涙ながらに弟達の心を噛み締めることになる。
「兄さん、いっつもギンガナムさんに朝食取られてるのに、どうして食べ物を粗末に考えるのさ」
「粗末に考えたことなんてないよ… ただパンで死ぬなんて大げさだって思っただけで…」
「……兄さん、シャクティの食料事情知ってるでしょ? 品質って凄く問題になるんだよ?」

253 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 二の五投稿日:2006/12/23(土) 02:18:44 ID:???
その頃シャクティは、山ほど買い込んだジュピター製のパンを風呂敷に包んで背負い込み、帰路を急いでいた。
各コンビニ、スーパー、個人商店を廻り、最も安いパターンで買ったのだ。久しぶりに達成感がある。
詰め込みすぎたせいで、バランスを崩せば一斉にパンが風呂敷からはじけ飛ぶこと請け合いだが、家につくまでの辛抱だ。
今日の食事は豪勢…とにやけながら、雪の夜道を歩いていると…

「う…うぅ…」

道の脇からうめき声が聞こえてきた。ふとシャクティは足を止め、声の方角を見る。
金髪の少年がズタボロになって倒れていた。声さえなければゴミと勘違いして素通りしていたところだ。
駆け寄ってみる。傷だらけだ。体も冷えている。
家に連れて行こうとして、自分が大荷物を抱えていることに気がついた。二つも荷物を担ぐことは出来ない。
五秒ほど迷って、シャクティは自分の家へと駆け出した。

十分後、シャクティは手ぶらになって引き返してきた。少年を背負い、再び夜道を駆ける。
日々の労働と祈りとで、割と力持ちなシャクティでも、濡れた人間は重かった。
ウッソや彼の兄弟に応援を頼んだ方がよかったか、と今更思うが、これ以上この少年を置いておくと冗談抜きでえらいことになりそうで…

「おや、シャクティじゃないか」

そこにかかったのは、シャクティもよく知っている声だった。


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最終更新:2019年03月22日 21:03