264 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 五の一投稿日:2006/12/23(土) 02:36:20 ID:???
シーブックがカロッゾパンについたとき、昨日と打って変わって店には人だかりが出来ていた。
どうしたのかと近づいてみれば、集まっているのは客ではない。
カメラやマイクを持ったマスコミと、それを見る野次馬である。
「ちょ、何やってんだよ!」
シーブックが人の波をかき分けると、いきなり数十本のマイクが目の前に突き出された。
『デイリー○○です! 怪盗キンケドゥがこの店を隠れ蓑にしているという噂をご存知ですか?』
「な!?」
『ニュー○の森です、ここのアルバイトの学生が窃盗団のリーダーだという情報がですね…』
「ま、待て! 誤解だ、通してくれ!」
『一言、どうか一言!』
(ええい、埒が明かない!)
迫ってくるマイクとカメラに背を向け、とりあえずは逃げの一手だ。これでは店に入れても後が怖い。再び人の輪をかき分け、できるだけ遠くに…
「あ、あなた、ロランの兄弟の!」
と、そちらを見れば、いるのはいつぞやの記者である。
「フランさん!? あなたまで来てるんですか!?」
「当然でしょ!」
と言いながら、フランはメモ帳とシャーペンを持って近づいてくる。
シーブックは一つ溜息をつき、フランの腕を掴むと、そそくさとその場を離れていった。
マスコミと関わる気はないが、ここで彼女から逃げると、またややこしいことになりかねない。大声で自分の名前を叫ばれたり、うちにまで追いかけてきたりされては…。
「あ、足速いわね」
「理不尽に追い立てられればこうもなります!」
「…怒ってる?」
「怒らない人がいますか!?」
「そ、そんなに怒鳴らなくたっていいじゃない」
少ししょんぼりした声。ふと、やりすぎたかと思う。シーブックは歩調を緩め、裏路地に入ったところで立ち止まった。
振り向けば、フランは多少の上目遣いになっている。
(これでジャーナリストって言われてもな)
とはいえ、ここで決着しておかなければ、彼女は追って来るだろう。基本的に真面目なのは確かなのだ。
「どうしてこんなことになってんですか?」
呆れたように問いかけてみる。フランは思い直したのか、胸を張った。
「キンケドゥの正体が匿名でリークされてきたんだもの。確かめなきゃマスコミの一員とは言えないわ」
「匿名リークって…まさか」
「そう!」
言って、フランはシーブックにだけ聞こえるほどの声で問いかけてきた。
「あなたがキンケドゥって本当?」
「違いますっ!」
力いっぱい否定する。しかしフランは引き下がらない。

265 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 五の二投稿日:2006/12/23(土) 02:37:31 ID:???
「あのとき(part7参照)はキンケドゥがあなたのロケットを盗んだんだと思ってたんだけど…よく考えてみれば、あなたがキンケドゥだと考えることもできるのよね」
(今更になって気付くのかよ!)
「でもこれ、あんまり信用も出来ないの。リークってのは情報操作が目的だから」
「そう…なんですか?」
「そうよ。上司からの受け売りだけど」
フランの上司。
シーブックはぼんやりと、カイ=シデンのことを思い出した。直接会ったことはないが、アムロからはよく話を聞いている。ジャーナリストの原点を常に見据えている人だという。
(真っ当なジャーナリストなら、盗賊なんてしなくても、合法的処置でリィズを救うことが出来るんだろうか)
考えて、すぐさま打ち消す。
合法の名の下に非道がまかり通るのが裏社会だ。それらに喧嘩を売るなら、こちらもそれなりの掟破りをしなければならない。
そうやって、自分たちも裏社会の一員になっていくのだが…。
「それでさ、あなたは本当にキンケドゥじゃないわけ?」
フランの声に我に返る。
「違いますよ。どうして僕がそんなことしなきゃならないんですか」
「それなんだけどねぇ…」
余裕のある顔で、フランはメモ帳をめくる。
嫌な予感がした。
シーブック君、あなた、小さい頃にアノー家に預けられてるわよね。君のミドルネームもそこから取ってる」
「ええ…それが何か?」
「リィズ=アノー、知ってるわね?」
「知ってます。妹のようなものです」
「彼女と連絡は取ってる?」
「いいえ」
「じゃあ、今彼女がどうなってるか、知ってる?」
「…………」

266 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 五の三投稿日:2006/12/23(土) 02:39:47 ID:???
沈黙するシーブック。空気を読めず、フランは続ける。
「あなたが去って間もなく、とあるお偉いさんがアノー家に来た。確かモニカ博士の学術論文の件だったわね。彼はアノー家に忘れ物をしていった。それはそれは見事な宝石を、ね」
「…………」
「三日後、再び彼はアノー家に来た。宝石をなくしたと言って。でもアノー家のどこを探しても見つからない。代わりに見つかったのは、宝石売却の契約書」
「…………」
「アノー家の人々には覚えのない話だったけど、契約書は本物、判子も本物。さらに代金と見られる高額の紙幣も発見され…裁判沙汰一歩手前までいった」
「…………」
「裁判になったら、母モニカ博士は大学からも企業からも追放される。博士のバイオコンピュータ理論は芽の出ないまま終わってしまう。それを聞いたリィズさんは…」


   ドッ


一瞬フランは何が起こったのか分からなかった。
気がつけば自分の胸倉を掴まれ、壁に容赦なく叩きつけられている。
誰に? もちろん目の前の少年に。

「いい加減にしろよ…!」

低い声。瞳は苛烈。顔色は真っ赤で、自分を掴み壁に押し付けている手は小刻みに震えている。静かながら体中から怒気を発している姿は、今まで得てきたどの『シーブック=アノー』の情報にも当てはまらない。

「あんただって知られたくないことの一つや二つあるだろ…? 人の秘密を暴いて悦に浸って… それがジャーナリズムかよ… カイさんはそう教えてるのかよ…!?」

やりすぎた、とフランは悟った。
シーブックがキンケドゥであろうとなかろうと、自分の身内の不幸を得意げに話されては腹も立って当然だ。
「ご、ごめんなさい…」
震える声で謝る。自分がやったことへの罪悪感もあるが、何より目の前の少年が恐ろしかった。このまま殺されるのかもしれないとさえ思った。
だが、予想に反して、手はあっさりと外される。
膝が崩れ落ちそうになるところをなんとかとどまり、息を整える。
怖かった。
そこにメモ帳が突き出される。それを見て初めて、自分の手からメモ帳が消えていることに気がついた。
顔を上げると、シーブックが真っ直ぐ睨み付けていた。青緑の瞳が燃えている。
「し、シーブック君、あたし」
「持ってけよ」
低い声に言葉を遮られる。
「持ってけ。リィズ関連のページは全部破っておいた」
「えっ」
「今度面白半分でリィズに…アノー家に手を出してみろ…そのときは…!」
そのときは殺す。
そう言われたような気がして、フランは腰砕けになった。無様に尻餅をつくが、情けないと思うことすら出来なかった。
目の前の少年は、自分を一瞥すると、裏路地を去っていった。背中越しにメモ帳を放り投げて。
しばらくフランは動くことが出来なかった。

267 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 五の四投稿日:2006/12/23(土) 02:40:38 ID:???
シーブックは、裏路地を出ると、深く息をついた。これでフランは当分手を出してこないだろう。
別に演技をしたわけではない。今回は本気で腹が立った。素直に感情に従っただけだ。
だが…
(落ち着いたら、フォロー入れとかないと…な)
そう思ってしまうあたり、まだまだ自分は『優等生』の『甘ちゃん』なのであろう、と自嘲する。


結局この日は、カロッゾパンに行くことができなかった。
マスコミが始終張り付いていて、従業員である自分はおろか、客も寄れなければ話にならない。
セシリーが店を閉めるのを遠目に見、シーブックは心が痛んだ。

カロッゾパンの売り上げは更に落ち込んでいく。
そしてとばっちりを受け、ドンキーベーカリーもまた。
カロッゾパンに多少なりとも関わったことがあるという、それだけで攻撃されているのだ。



予報通り、一日中曇り。
少年の心を象徴するかのように、暗く重い空であった。


link_anchor plugin error : 画像もしくは文字列を必ずどちらかを入力してください。このページにつけられたタグ
カイ・シデン カロッゾベーカリー キンケドゥ・ナウ シーブック・アノー セシリー・フェアチャイルド フラン・ドール 怪盗キンケドゥ クリスマス決戦編 長編

+ タグ編集
  • タグ:
  • キンケドゥ・ナウ
  • シーブック・アノー
  • 怪盗キンケドゥ クリスマス決戦編
  • 長編
  • カロッゾベーカリー
  • セシリー・フェアチャイルド
  • カイ・シデン
  • フラン・ドール
最終更新:2019年03月22日 21:14