324 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の一投稿日:2006/12/23(土) 13:46:45 ID:???
「マザー・バンガードまで持ち出すとはな…!」
高級住宅の一室で、男は呻いた。
窓の外には雪が舞う。黄昏の色を無粋にも割って進むのは、荘厳で派手な戦艦マザー・バンガードだ。
あれから五日経った今日、クリスマスセールの宣伝と称し、日昇町パン連盟は本年二度目のパントーナメントを行っている。
いつものように地下に止めたまま設備のみ利用するのではなく、今回は船を実際に航行させての大会だ。
入場無料のお客さん大歓迎。もちろんマスコミには大々的に宣伝している。行かなかった一般の人々も無邪気に見上げている。その暢気さが男を苛立たせた。
ジュピターを――ドゥガチを焚きつけてパン業界を潰そうとしたのも自分。マスコミに圧力をかけたのも自分。全てはあの鉄仮面とキンケドゥを潰すためだ。
なのにあの盗賊どもは、ドゥガチを説得して、『平和的に』『合法的に』解決してしまった。
全く腹立たしい。
テレビをつければ、そこにはパントーナメントの中継だ。
『いよいよ日昇町パントーナメント開催間近となりました! ここで各チームの方々にお話を聞いてみましょう。
 まずはカロッゾパンチームのセシリーさん』
『こんにちは』
『さてセシリーさん、先日の話で恐縮ですが、戦艦を持ち出したのは何故ですか?
 これではカロッゾパンがキンケドゥに関係しているという疑惑がより深まるのではないかと思いますが』
『関係ないものはないのですから、疑惑の深まりようもないでしょう。
 先日私がこの船を動かしたのは、ただ一つ、ジュピター社長クラックス=ドゥガチにお会いするためです』
何が関係ない、だ。
男はリモコンでテレビを消した。マスコミは派手な戦艦に食いついている。これ以上やっても、世間の関心を元に戻すことは難しい。
何しろカロッゾパン=キンケドゥの説には根拠がないのだ。
情報源は一本のリーク。一時の火をつけることは出来ても、絶えず燃やし続けることは出来ない。
そして彼の手元に残っている『燃料』は、火をつければ自分までも燃やしてしまう危険なものだ。

325 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の二投稿日:2006/12/23(土) 13:48:53 ID:???
コンコン、とノックの音がした。
「入れ」
「失礼いたします」
振り向きもせずに答えれば、女メイドの声とドアの開閉音。
窓ガラスに映るメイドを見ながら、男は問いかけた。
「何か用事か」
「はい。玄関にこれが」
メイドが寄ってくる。男は振り向くと、メイドの手にあるものを見て――目を剥いた。
「く、CROSS-BONESだと!?」
「はい」
男は女の手のカードをひったくるようにした。カードがひらりと宙を舞い、床に落ちる。
身をかがめるメイドを制し、男は自ら腰をかがめて拾った。

  『本日、あなたに奪われたものを取り返しに参ります キンケドゥ=ナウ』

(奪われたもの!? それはこちらの台詞だ!)
「いかがいたしましょう」
「暢気な! す、すぐに警察を呼べ!」
「よろしいのですか?」
「何がよろしいか、だ! これは奴らの犯行予告だぞ、知らんわけでもあるまい!」
「しかし、今警察に踏み入られては、不都合が起こるのではないかと…」
あくまで冷静なメイド。男は癇癪を爆発させた。
「お前が案じる必要はない! 警察だ!!」
「はい」
メイドが一礼し、去ろうとする。その後姿を見ながら、男はあることに気付いた。
何故、こんなただの下女が、『警察に踏み入られては不都合』だと知っている?

326 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の三投稿日:2006/12/23(土) 13:50:39 ID:???
「待て、貴様!」
メイドは駆け出す。一目散に外に。
舌打ちをし、男はメイドの後を追った。
キンケドゥの変装か、それとも単に男の秘密を知っているだけか。どちらにしろ見逃すわけにはいかない。
男は部屋を出た。廊下にメイドの姿はない。
どこだ。どこに行った。
「警備兵! 私だ。これより何人も外に出すな。たとえ私でも、だ!」
携帯通信機で指示を出し、男は宝物庫へと急ぐ。
秘密を知っているだけの下女であれ、本物の怪盗であれ、まず狙ってくるのはそこしかない。
地下に行く。非常扉を開け、階段を駆け下りる。
焦る。焦る。焦る。こうしている間にも宝は奪われているかもしれない。
いくつの踊り場を抜けたことか、走り続け、足を踏み外し、五段分派手に転落した。頭蓋やら足やら体やら痛む。
二度と階段など使うものか、戻ったらエレベーターをつけてやる、と固く心に誓い、宝物庫の扉に手をかけた。
鍵は開いていた。
はっとして自分の腰に手をやる。鍵がない。
いつの間に盗られた!?
焦りはピークに達していた。男は扉を開けた。
扉の奥の警備レーザーは生きている。これを通過して行ったか?
いや、鍵を開けただけで引き返して、自分が警備装置を解除するのを待っているのかも…
と、考える男の目に、あるものが映った。
レーザー通路のど真ん中に、白い布。
よく目をこらせば、奥に行くにつれ、白い布――おそらくはメイドの衣装――が点々と落ちている。
(行ったのか!)
奴の正体はキンケドゥだ。間違いない。レーザーを潜り抜けるときに衣装が邪魔になったのだろう。
男は急いで警備システムを全解除し、通路の奥へと駆けて行く。
奥の奥、宝物庫の扉にたどり着き、男は開けようとした。だが開かない。
まだ鍵がかかっている!

327 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の四投稿日:2006/12/23(土) 13:52:32 ID:???
「ここだよ」

声は後ろからかかった。
振り向いたところに、腹に一撃を入れられる。
たまらず男は体を折り曲げ、尻餅をついた。宝物庫の扉に寄りかかる形になる。
「気絶するなよ。あんたにはまだ吐いてもらわなきゃならないことがある」
なんとか顔を上げれば、そこには声の主。青い髪、白い覆面、黒いノーマルスーツ。
「貴様…キンケドゥ…!」
男は憎々しげに睨み付ける。だがキンケドゥの青緑の瞳も負けてはいない。
「まさかあんたが裏で糸を引いてたとはな。ドゥガチ社長に聞いて驚いたぜ。
 一度手入れを受けておいて、まだ懲りなかったのか?」
「黙れッ…! 貴様らのせいで…ここまで地位を戻すのにどれほど私が苦労したと…」
「自業自得だろうが。不正で得た金だ、あるべき場所へ返すのは当然のことさ」
「盗賊がそれを言うのか!」
男が吠えたのとほぼ同時だった。

カンカンカンカンカンカン……

複数の靴音が響いてくる。
『キンケドゥは既に内部に侵入している! 急げ!』
シローの声だ。男はぱっと生気を取り戻した。
「警察か! これで貴様も終わりだな、キンケドゥ!」
だがキンケドゥは冷たく言い放つ。
「終わるのは俺じゃない。お前だよ」


「裁きの時間だ。ジレ=クリューガー」



328 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の五投稿日:2006/12/23(土) 13:54:18 ID:???
シロー達が08署の人々と共にその部屋に飛び込んだとき、先客が二人いた。
ガシャッとサーチライトを当てる。尻からへたり込んでいる壮年の男と、立っている仮面の男。
前者は屋敷の主人であるジレ。後者は…見間違えるはずもない。
「キンケドゥ! とうとう追い詰めたぞ、観念しろ!」
シローの声を合図に、一斉に警官たちがキンケドゥに銃を向ける。
今度こそ、と思った。この部屋には出入り口は一つしかない。その、ただ一つを自分達が塞いでいる以上、逃げ場はない。
しかしキンケドゥは悠然として立っている。口元には笑みさえ浮かんでいる。
「各員! 油断するなよ。奴はどんな隠し玉を出してくるか分からないぞ」
『はっ!』
「警戒しなくても結構ですよ、シロー警部」
『!?』
キンケドゥが声を発した。
能動的にキンケドゥがしゃべる。初めてのことだ。
キンケドゥは、ぱちん、と指をはじいた。明かりがゆっくりとついていく。部屋の全貌が明らかになり、ジレは呻いた。
部屋の中には大きな機械、機材、紙の束。少し奥まったところに金庫と宝物類。
キンケドゥとジレは部屋の真ん中にいる。まるでシロー達を待ち構えていたかのように。
「今回は、あなたに協力するつもりで来たんです」
「俺に協力だと!?」
眉をひそめるシロー。だが銃口はキンケドゥに向けたままだ。
「そう。協力。…俺は以前、この男の屋敷に忍び込み、裏金工作で得た金――それで買った宝石を盗んだ。覚えていますか?」
「忘れるはずがない。俺とお前が初めて会った事件だ」
「では、その後、この男がどうなったかは?」
「…………」
今度はシローは露骨に顔をしかめた。キンケドゥは続ける。
「金がどこから出たのか、裏帳簿の存在、情報操作による事実隠蔽――様々な裏が明らかになり、この男の権威は失墜した。
 俺が犯行を予告したことで、あなたがた警察の目は…」
「黙れッ!」
シローが強く遮る。


329 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の六投稿日:2006/12/23(土) 13:56:14 ID:???
「何であろうと、お前が盗人であることには変わりない!」
「……そうですね」
シローは意外な言葉を聞いた気がした。キンケドゥは自分に酔っているのだと思っていたのだ。
でなければ、わざわざ予告状まで送りつけて、怪盗を気取るだろうか?
「怪盗なんて気取っていても、俺達のやっていることは犯罪。
 そう、俺達はアウトロー、社会の規範に外れた存在です。許されることじゃない」
「今更何を言う…観念したのか? 言っておくがお前の罪は、そんな一言二言で消えるものじゃないぞ」
「そんな下心はありませんよ。これは、まあ…懺悔のようなものです」
「だったら刑務所に神父でも呼んでやる。大人しくお縄につけ」
「それでは意味がないんですよ。今ここで、あなたに聞いてもらわなければ」
「俺に?」
キンケドゥは笑っていた。勝ち誇った笑いではない。いつもの余裕のある笑みでもない。
自嘲である。
「俺は社会の裏に喧嘩を売るため、望んで裏に入った。怪盗という形で、戦いを挑んだんです。
 隠れた犯罪を暴き、誰も知らない被害者を助けるためにね。
 だが竜を狩らんとする者は、自らもまた竜になる。俺は裏を憎みながら、自ら裏に染まっていった」
「子供だな」
「まったくです」
ひょい、とキンケドゥが肩をすくめる。
「しかし覚えていてもらえませんか。表の人間には見えない、裏で泣いている者がいるということを」
「そんなことは言われなくとも…! だからこその俺達警察だ!」
シローの指に力が入る。
「誰もがお前のように法を無視して行動に出れば、秩序はあっけなく崩れてしまう!
 考えてみろ、一般人が容易くMSを動かせるこの時代、法がなければどんなことになるか!」
「ええ、その通り」
「分かっているならっ!」
「それでも、警察では間に合わないこともある」
「くっ…!」
「気がついたときはもう遅く…法を利用され、騙され、嘆きを聞く者は誰もいない…
 そんな人々を助けたい。――助けたかった」
シローは目をしばたかせた。今、奴は何と言った?
「『助けたかった』、だと?」
「ええ」
ふうっ、とキンケドゥは息をついた。
「俺はもう、疲れました」
「……え?」
「裏にいることに疲れたんです」
「…………」
「あらぬ人々に疑いをかけ、無駄な騒ぎを起こすことにもね。それこそ俺が嫌っていたことなのに」
日昇町パン連盟への疑惑を言っているのだ、とはその場にいた全員が悟った。

330 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の七投稿日:2006/12/23(土) 13:58:01 ID:???
「あらぬ人々だと!?」
新たな声が上がる。
シローが声のした方を向くと、そこにはへたりこんだままのジレがいた。胸糞の悪くなるような笑みを浮かべて。
「は、ははは! 自分のことを棚に上げてよくも言う!
 シロー=アマダ警部、この男の正体を聞きたくないか? キンケドゥ=ナウの正体を!」
「何!? あなたは知っているのか、クリューガーさん!」
「知っているとも。以前私は素顔を見たのだ!」
ジレは、ぴっとキンケドゥを指差した。

「奴の本名はシーブック=アノー! そう、アマダ警部の実の弟だ!」

「馬鹿を言うな! 貴様!」
間髪入れずシローが怒鳴った。先日弟を疑ったばかりなのだ。
そして弟への疑惑が消えたばかりだ。今更蒸し返されるようで、酷く気分が苛立つ。
「事実だよ、警部!」
だがジレは勝ち誇ったように言い放つ。
「警部自身も疑っているのではありませんかな? あまりにも自分達の動きが読まれていると!」
シローの表情が固まる。
自分を通じて警察の情報が流れていたと考えれば? 自分の性格を知っていて、犯行を夜勤に合わせていたのだとすれば?
キンケドゥの話をすれば必ず食いついてくるのは? キンケドゥが出た次の日にシーブックが寝坊するのは?
ゆっくり、ゆっくりとキンケドゥに目を移すと、キンケドゥは落ち着いた様子で、シローを見据えていた。
仮面の奥から覗くのは青緑の瞳。
(同じだ。シーブックと同じ瞳の色、それに青い髪)
思えば…声も低いことは低いが、似ていないか?
一度消えたはずの疑惑が、胸の内で広がっていく。
「お前… シーブック…なのか…?」
「……違う、と言われて信じますか?」
「それは…」
問い返されて言葉に詰まるシロー。キンケドゥ本人の言葉がどれほど信用に足るものか。

331 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の八投稿日:2006/12/23(土) 14:00:16 ID:???
ジレがゆっくりと体を起こした。反撃できるという意識が、彼に力を取り戻させていた。
「その顔を晒せば早い事だ!」
叫ぶや否や、ジレはキンケドゥに掴みかかった。
不意を突かれ、キンケドゥの対応が一瞬遅れる。ジレの右手が覆面に伸びる。
「っ!」
声にならない叫びを上げ、キンケドゥは咄嗟にしゃがみこんでジレの手をかわした。
カウンターでジレの顎に掌底を打ち込む。
「がはっ…!」
急所に入れられ、ジレは二、三歩よろめき後ずさると、仰向けに倒れこんだ。
そのとき偶然か意図してか、ジレの腕が部屋の機械のスイッチに触れた。

ヴィィィィン……

まるで電気鋸を稼動させたかのような音が響き渡る。
「しまった!」
はっとするキンケドゥ。
「なんだ、この音は」
「警部! ヤバイっすよ、これ!」
「エレドア?」
「反応を見るまでもありません、この音は――」

『バグだ!』

エレドアとキンケドゥの声がハモった。それと同時に、機材の影から何かが飛び出してくる。
シルエットは、鋸の歯がびっしりとついたフリスビー。
「逃げましょう! あいつは人を感知して殺すためだけの機械です!」
「何だって!? 全員退避、ドアを閉めて…!」
指示を出そうとしたとき、シローの目にはキンケドゥとジレの姿が飛び込んできた。
フリスビーを迎え撃とうとするキンケドゥ。気絶したままのジレ。
自分達がこの部屋を出て扉を閉めるとする。残された二人はどうなる?
「くそっ!」
シローは部屋に飛び出した。気絶したジレの元に駆け寄ろうとする。
「警部!?」
「先に出てろ! 俺はクリューガーさんを…」
言いかけたところにバグが額めがけて飛んでくる。
「くっ!?」
間一髪で横っ飛びにかわすと、バグは扉にぶち当たった。
とっさにサンダースが扉を閉め、バグをかわしたのである。
バグは扉に回転体当たりを仕掛けながら、ギリギリギリと耳障りな音を立てた。


332 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の九投稿日:2006/12/23(土) 14:01:57 ID:???
扉を削る音が聞こえてくる。廊下側で再度扉を開けようとしていたサンダースは慄然とした。
「あの甘ちゃんが!」
隣ではカレンが扉に拳を打ち付けている。開けようにもあちらから押されているので開けられない。
ガン! ガン! ガン!
警官達に反応して、バグが扉へ何度も体当たりする。鉄製の扉が徐々にではあるが変形していく。
「こ、これじゃ扉が壊れちゃいますよ!」
「破られるか、開かなくなるか…どちらにしろ最悪だ!」
「ええい、くそっ!」
カレンが扉を殴りつける。

「やらせるかよ…!」
一方部屋の中ではシローが体制を立て直そうとしていた。
立ち膝で構え、銃の撃鉄を降ろし、円盤に向けて撃つ。
チュイン! キィン! ギッ! キン!
六発連射、四発命中。的がフリスビー大の上に動いていることを考えれば驚異的な命中率であった。
だがバグは止まらない。高速回転で銃弾を弾いているのだ。目標をシローに変更し、襲ってくる。
「まだ動くのか!?」
咄嗟に引き金を引くが、弾は出ない。六発全弾、先程撃ちつくしている。
あっ、となった。普段ならやらないような初歩的なミスだ。相手の異様さに呑まれたか!
目前に鋸の歯が迫り――
「あなたという人は!」
声と同時に、横手から飛来物。キンケドゥが手近にあった金庫を投げつけたのだ。金庫が円盤を跳ね飛ばす。
「キンケドゥ!?」
「早く! これくらいであれは止まらない!」
確かに、あの神経に障る音は止んでいない。ギリギリギリギリと、まるで怒ったかのようにますます回転を早めている。
シローは素早く立ち上がり、バグから距離を取った。キンケドゥに並ぶ形だ。
「一応、礼は言っておくぞ」
「どうせならこれを止めた後で聞きたいですね」
シローは口元に笑みを浮かべた。銃弾を装填する。
「無論、死ぬ気はない! 殺させる気も!」
「だと思いましたよ!」
バグが二人めがけて飛んでくる。
シローが撃った。命中。止まらない。もう一発。外れる。もう一発。命中。止まらない。もう一発、命中――
「くそ、銃は効かないのか!?」
「いいえ、十分! 失礼しますよ!」
言うが早いか、キンケドゥはシローを突き飛ばした。足に仕込んだアポジモーターの瞬間加速付きだ。
完全に不意を打たれ、シローはまともに飛ばされる。
「なっ…」
「黙って! こいつは声に反応します!」
はっとした。そういえばこの部屋にはジレもいるのに、この円盤は彼を狙う素振りを見せない。彼が気絶しているからなのか。
キンケドゥは構えた。両腕を大きく広げる。
「さあ、来い! 奇跡を見せてやろうじゃないか!」
覆面から覗く口元には、あの不敵な笑み。
(……まさか、キンケドゥ!?)
次の瞬間――


333 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の十投稿日:2006/12/23(土) 14:03:39 ID:???
バン!

シローの予想通り、キンケドゥは自分の手でバグを上下から挟み込んだ。
高速回転する円盤を無理矢理止めているので、ギシギシミシミシと耳障りな音がする。
シローは一瞬目を疑ったが、すぐに正気に戻る。
世の中には弟ドモンのような非常識な人々がいるのだ。バグを止める人間がいたところで、驚くには当たらない。
だが、キンケドゥは完全に止められたわけではなかった。バグはまだ回転している。
ノーマルスーツの手のひら部分が摩擦で焼けていく。煙が立ち始めた。
「キンケドゥ、無茶だ!」
「黙って下さい警部!」
少しずつ、少しずつバグがキンケドゥに近づいていく。キンケドゥの力よりもバグの推進力の方が僅かに勝っているのだ。
(どうする…ここから撃ったらキンケドゥまで…)
第一、撃ったとてバグを破壊できるとは思えない。
(どうにもできないのか、俺は!)
歯噛みするシロー。そうしている間にも、バグはキンケドゥの額に近づいていく。
ビッ…ビリッ…
ついに覆面が削られ始めた。キンケドゥの表情が歪む。目元が険しくなる――青緑の瞳が!
「シーブック!!」
シローが悲鳴のように叫んだ。瞬間――

「なんっとぉぉぉ――っ!!!」

あの奇声を上げ、キンケドゥはバグを思い切り床に叩きつけた。力のベクトルを強引に曲げ、床に垂直に。
案の定、バグは床を切り裂いて、半分埋もれた。回転が止まる。
キンケドゥはナイフを引き抜いた。また回転が始まる前に――!
「これで…ゲームオーバーだ!」
渾身の力でナイフをバグに突き立てた。
ルナ・チタニウムのナイフは、シローの銃撃で磨耗したバグの装甲を突き抜けた。
爆発が起きた。


334 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の十一投稿日:2006/12/23(土) 14:05:00 ID:???
『警部ーっ!』

08署+警官隊の面々が変形した扉を強引にこじ開けたのは、爆発の直後だった。
まず目に入ったのは、銃も構えず呆然としているシロー。
次いで、顔に手を当てて肩で息をするキンケドゥ。
そして煙を出している、地に埋もれた何か。
最後に倒れたままのジレ。
何があったのかはすぐに想像できた。

はあ、はあ、はあ、……
キンケドゥの息遣いは荒い。バグを力づくで押さえ込み、また小規模とはいえ爆発に巻き込まれたのだ。
ダメージは少なくない。
それに――
「それが…お前の素顔なのか…」
呆然とした声が響いた。それがシローの声だと分かるのに、少々時間がかかった。
キンケドゥは、観念したように息をつくと、顔に当てていた手をゆっくりとどけた。

その場にいた全員が息を呑んだ。
爆発に巻き込まれたせいで、覆面は、バグで切り裂かれた部分から大きく破られている。
半分以上素顔が露出していたのだ。先程から顔を手に当てていたのは、なんとか素顔を隠すためだったのだろう。
露出した両目がシローを見る。
屈辱と、諦めと、申し訳なさが混じったような……なんとも言えない瞳だった。

335 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の十二投稿日:2006/12/23(土) 14:08:46 ID:???
「シーブック=アノー…… 俺も彼を見たときは驚きました。若い頃の俺に瓜二つでしたからね。
 奥手で彼女になかなか手を出せないところなど、見ていて歯痒くなるほどに同じです」

確かにシーブックに似ている。
青緑の瞳、青い髪。だが引き締まった顔の筋と、何より目つきが違う。
シーブックの目は柔和だが、キンケドゥの目は鋭く、固い。歴戦の猛者にしかできない目だ。
シローは思った。シーブックが戦場に出て十年も戦えば、この男のような逞しい顔になるのだろう、と。
御免被りたい未来であるが。

キンケドゥは、もう一つ息をついた。
「俺の顔をいつ見られたのかは、自覚がありません。ですがこの顔であれば、シーブック=アノー君――警部の弟さんに疑いがかかるのも当然。
 俺自身彼に興味が沸いて、一度盗みを働いたこともありましたしね」
「あのロケットのことか」
「ええ。あのときも、学校生徒たちには迷惑をかけました」
三度目の溜息。
そのまま沈黙が流れる。
「それじゃあ…本当にお前は、シーブックじゃないのか」
「彼は今頃パントーナメントに参加中でしょう。カロッゾパンチームの一員として」
はっとするシロー。エレドアを見ると、彼は素早くカメラ類を操作し、ラジオ音声を出していた。

『選手宣誓! カロッゾパン代表、シーブック=アノー君!』
『はいっ!
 宣誓! 我々パン職人一同は、この手にパン・ザ・パンの栄誉を掴むために!
 日頃の修練の成果を十分に発揮し! 食材への感謝とお客様への感謝を忘れず!
 職人の誇りと! 熱意と! 店の威信をかけて! 全力で勝負することを、ここに誓うっ!!』

「シーブック…」
地下なので雑音が酷いが、紛れもなくシーブックの声だ。シローには分かる。
「…よかったですね、警部」
「ああ…!」
カレンの声に、シローは妙な笑顔を浮かべた。
一度は弟を信じたのに、クリューガー氏の戯言に惑わされた。
先程などはキンケドゥを『シーブック』と呼んでしまった。
すまない、シーブック。
よりによってこんなコソドロとお前を一緒にするなんて。

336 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の十三投稿日:2006/12/23(土) 14:09:45 ID:???
バキッ!

「ぐあっ!?」
「エレドア!?」
「だ、大丈夫っす、警部。記録機材がやられただけで」
「記録機材!?」
「さすがに映像や声を残すつもりはありませんから」
そう言うキンケドゥの手には、いつの間にかナイフが数本握られている。
シローは慌てて拳銃を握り直そうとするが、手元にはない。キンケドゥの素顔を見て驚き、取り落としていたのだ。

「警部。今回のカロッゾパンへの疑惑は、このジレによるリークです。カロッゾパン…いや、カロッゾ=ロナに恨みを持つ、この男の」
「何だって!?」
驚いてジレを見れば、いつの間にかジレは起き上がっていた。あんぐりと口を開け、キンケドゥを見ている。
「この男には、まだまだ裏がありますよ。……あとは警部、あなたがたにお任せしましょう」
「わ、私は関知していない」
「今更どう言い訳する? 声を殺し、息を殺し、気絶した振りをしてバグをやり過ごそうとしたのに。いくら金をばら撒こうが圧力をかけようが、お前はここで終わりだ、ジレ」
「私は関知していないと言っている!」
「くどい」
呻くジレを一言で切り捨て、キンケドゥはナイフを仕舞い込んだ。代わりに出したのは…
「これは返してもらうぞ」
見事なブルーダイアモンドだ。光を照り返し、妖しく煌めく。
「き、貴様のものではあるまい…!」
キンケドゥは目を伏せた。侮蔑するように。
「そうだな…ならば…」
奴は誰を侮蔑している?

「『盗賊』は『盗賊』らしく、いただいていく!」



337 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の十四投稿日:2006/12/23(土) 14:10:39 ID:???
その瞬間、全ての電気が消えた。ブレーカーが落ちたのだ。
「くっ!? ミケル、サーチライト!」
「はっ…ダメです、つきません!」
「ちぃっ、エレドアっ! 熱源センサーを!」
「無理です、さっきのナイフでカメラ類は全部オシャカになって!」
「なんだと!? …なら、全員出入り口を固めろ! 俺達がここにいる限り、奴は脱出できない!」
『はっ!』
しばらくして電気が復活した。予備が働いたのだ。
だが、部屋の中にはジレがいるだけで、キンケドゥはいない。
(そんな馬鹿な!)
「け、警部、キンケドゥが…」
「落ち着け!」
不安げな部下を叱咤し、シローは指示を飛ばす。
「ここの警備兵に連絡だ、猫の子一匹出すなと! お前たちは屋敷中を捜索!」
『はっ!!』
警官たちが地上に戻っていく。
シローは彼らを背に、一人部屋に残り、ジレに近づいた。
「ジレ=クリューガー」
「ぐ…」
「署まで任意同行を願う」


338 名前:怪盗キンケドゥ・クリスマス決戦編 十五の十五投稿日:2006/12/23(土) 14:11:46 ID:???
開会式の後、キースはシーブックの肩を軽く叩いた。
緊張していたのだろう、シーブックは大げさなほどにびくついた。
やけにそれがおかしかったが、今は敵同士と思い、顔を引き締める。
「今回は負けないからな」
「……望むところだ」
振り向いたシーブックは、にやりと笑った。
この場にそぐわぬほどの腕白な笑顔だった。
「おい、声割れてないか? 風邪でも引いてんじゃないだろうな? コンディション悪い状態で勝っても嬉しくないぜ」
「だ、大丈夫だって!」
ぶんぶんと手を振るシーブック。
やけにリアクションが大きい。やはり緊張しているのだろう。
「お前、宣誓って慣れてるかと思ったんだけどなー。ま、よろしく頼むよ」
「あ、ああ」
再度肩を叩き、キースが去っていく。その背中を見てシーブックは息をついた。
と思えば、今度はセシリーの登場だ。
「あなた、何やってるの!」
セシリーはシーブックの腕を掴み、自分の陣地へと引っ張っていく。
(可能な限り接触はしない! ばれたらどうするのよっ!)
(す、すみません、セシリーさん)
小声で会話する二人。観客席からは、気の強いガールフレンドにリードされる少年に見えているだろう。
それはシーブックを知る者にしてみれば、自然な光景であった。
だが…
(できれば素顔でベルナデットと来たかったな… キンケドゥさん、まだ何も終わっちゃいません。早く戻ってきてください!)
シーブック、いやシーブックに変装したトビアは、切にそう願っていた。
キッド特製の小型ボイスレコーダーを握りしめながら。


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最終更新:2019年03月22日 22:17