385 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 1投稿日:2006/12/28(木) 05:14:23 ID:???
そこは毎度おなじみラインフォード邸。そしておなじみ陸ガン部隊。
「キンケドゥが来たぞ! 撃ち方構え! ……てぇーっ!!」
銃弾の雨を浴びせられても、その二機は構わず向かってくる。
「ダメです警部、やっぱりあのマントをどうにかしないと!」
「くっ…だが、それには圧倒的な力で破らなければ…!」
とやっている間に、黒い一機が陸ガン部隊に飛び込んで――
ザシュッ! バズッ! ブシュッ!
りくがん は ばらばらに なった!
386 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 2投稿日:2006/12/28(木) 05:15:50 ID:???
「……なあ、トビア」
「はい、キンケドゥさん」
「手加減という言葉を知ってるか?」
「知ってますけど、やれるかどうかは別問題です」
「…………」
きっぱりした答えに、キンケドゥは片手で頭を抑えた。
ここは窃盗団アジト。たった今一仕事を終え、キンケドゥとトビアは
ガンダムを降りたところである。
自分の目的を果たしたキンケドゥことシーブックは、今後のことを考え、トビアの育成に力を注いでいた。最近の仕事にトビアを連れて行くのはそのためである。
だが、ひとたび戦闘をトビアに任せると…
『どけーっ! 加減なんか利かねぇぞっ!!』
で、後に残るのはジャンクの山。
「ムラマサブラスターが破壊力高すぎるってのもあるんだろうが…」
二人が見上げるのはキンケドゥ・ルミナス。この機体が装備しているのはムラマサブラスター、十四本のビームサーベルを一つにした、七支刀のような武器である。
破壊力は抜群。普通のビームサーベルでは受け止めることも出来ないだろう。しかしその分エネルギーの消費は激しく、何より『強力すぎる』のである。
最も接近戦が基本である分、ヴェスバーよりも余程取り回しの利く武器ではあるが…
「俺達の目的は盗みであって、警察を倒すことじゃないんだ。むしろやりすぎたら、後々に響いちまう」
「分かってますけど…」
トビアは唸って黙り込んでしまう。それを見て、キンケドゥは一つ息をつくと、ぱん、とトビアの背を叩いた。
「ま、少し考えてみろ。それだけ
ガンダムを使えるなら、慣れるのも早いさ」
「はいっ」
にっと笑い、キンケドゥは戦利品『ローラ専用天然オパールネックレス
その他』を持って、分析班に向かっていく。
トビアはキンケドゥの背を見送ると、もう一度自分の愛機を見上げた。
ルミナス――クロスボーン・ガンダムX3は未だに黒い塗装をされている。X2が直るまでの緊急処置だ。
それはつまりX2が直ったら、ルミナスの、ひいては自分の出番がなくなるかもしれないということでもある。
MS戦が三度のメシより大好きというわけではないが、活躍の場が減るのは寂しかった。
この後も実働部隊にいるためには、X2が直るまでにX3を使いこなせるようにならなければ……
「スランプか、トビア君」
「あっ、ザビーネさん」
声をかけてきたのはザビーネだった。愛機が壊れたというのに相変わらず冷静だな、と思う。
あまり積極的に話す相手ではないが、ふとトビアは話を聞いてみたくなった。心配してくれたのだというのはトビアにも分かったのだ。
「スランプってほどじゃないと思うんですけど…。ザビーネさん、仕事のときって、何か心がけていることあります?」
「心がけていること?」
ふむ、とザビーネは顎に手をやった。
「…今回のポーズはポジションから外れていないか、とか」
「いや様式美の問題以外で」
「では、貴族に相応しく華麗に戦えているか、とか」
「だから様式美は…」
「様式美ではない! これは私の信念だ!」
「と、とにかく、外見以外でお願いします」
「……では、キンケドゥを警察部隊にぶち落としたい衝動を何とか抑える、とか」
「ダメじゃないですかザビーネさん! 仲間を裏切っちゃあ!」
387 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 3投稿日:2006/12/28(木) 05:20:04 ID:???
トビアとザビーネが話しているのを見て、キンケドゥはふっと笑みを浮かべた。
弟分が考えながら脱皮しようとしているのが分かるのだ。
「何にやにやしてんだよ、キンケドゥ」
「ちょっと嬉しくてさ」
「坊やが悩んでるのが?」
「いや、悩んでること自体じゃなくて」
苦笑してキッドに答えながら、キンケドゥは考えを巡らす。
トビアにはもう少し器用になってもらいたい。仕事のたびに警察を壊滅させては、他の犯罪の取締りにまで影響が出てしまう。
何よりそのうち警察も自身以外――サーペントテール等――に応援を頼むのを恥と思わなくなるかもしれない。
実のところ警察の縄張り意識には、助かっている部分が大きいのだ。
「なんとか加減を身につけさせないとな… それが出来ないなら、いっそ…」
「いっそ?」
「……いや、なんでもないよ」
「ふ~ん」
キッドは頭の後ろで手を組んだ。視線の先には、漫才コンビのようにボケとツッコミをしているトビアとザビーネだ。
あいつらいいコンビなんだな、と漠然と思う。
いちいち突っ込んでいるのがトビアであることは意外だが。
「なあ、キンケドゥ」
「ん?」
二人はトビア達に目を向けながら会話する。
「お前、最初から器用だったよな?」
「そんなわけないだろ。最初はビルギットさん…学校の先輩に迷惑かけ通しだったさ」
「それでもさ。MSに慣れるの、やたら早かっただろ」
「……モニカさんのおかげだよ」
「だーからF91だけのことじゃなくて。普通のMSでもさ」
「そう…なのかな…」
ザビーネが何事か講義している。素直に聞いていたトビアだが、そのうち昇竜拳で派手に突っ込んだ。
「で、思うに、だ。お前が器用なのは、家庭環境に原因があると見た」
「兄弟多すぎってことか? それじゃガロードだって」
「
ガンダム坊やこそ器用の極みだろ」
「……それもそうか」
388 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 4投稿日:2006/12/28(木) 05:33:47 ID:???
吹っ飛んだザビーネが頭を抑えながら起き上がる。トビアは手をぶんぶん振り回しながら盛んに何かを言っている。
「珍しいな、お前がガロードを褒めるなんて」
「
ガンダム坊やのことは俺も認めてるの! 面と向かって褒めたら、あいつ簡単に調子に乗るから褒めないだけ」
「はは、お前に言われちゃ世話はないな」
ザビーネが手櫛で髪を整えながら立ち上がる。トビアがぺこぺこと頭を下げる。
「まあガロードの場合、昔のことも関係してんだけどな…」
「何か言ったか?」
「なんでも。でも確かにあれだけ兄弟がいれば、それなりに器用にもなるか…」
今度は二人は座り込み、床に指で何かを描いていた。ザビーネが一つずつ指を打ち、何かを言っている。そのたびにトビアはふむふむと頷く。
「一回うちで生活させてみるかな…ロランやアムロ兄さんを説得できればこっちのものだ」
「ばれないようにしろよ、もう疑われてないと思うけどさ」
「分かってる」
床の絵の話は終わったのか、ザビーネが何か言いながらランスを持って突きを見せる。トビアが何も持たない手で真似をする。
「ところでキッド」
「あん?」
「あの二人、あんなに仲良かったっけ」
「俺に聞くなよ」
今度はトビアが実際にランスを持って突きをする。
すっぽ抜けて修理中のX2の足に突き立った。衝撃で、ハシゴで修理作業をしていたウモンがバランスを崩した。持っていた部品がX2を固定している部品に当たった。
固定部品が外れた。
ドン、ガラガラガラガッシャーン…
「……ある意味、あれは才能かもしれないな」
「大味なのが持ち味ってか?」
「あいつは怪盗より強盗とか海賊の方が合ってるのかもしれない」
「
ガンダム使っといて強盗じゃないなんて言うなよ」
「分かってる。ニュアンスの問題さ」
ハシゴから落ちたウモンと、愛機にとどめをさされたザビーネが、トビアを説教している。
ぺこぺこ頭を下げるトビアを見ながら、キンケドゥは弟分の未来の可能性を思い描いていた。
389 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 5投稿日:2006/12/28(木) 05:35:16 ID:???
その日の夜。
「……というわけで、うちに泊まることになったトビア君だ。さ、自己紹介を」
「は、はいっ! 明日までいさせていただきます、トビア=アロナクスです! よろしくお願いします!」
アムロの紹介に続いて挨拶をするトビア。元気な奴だな、また弟が増えた、などなど兄弟からは思い思いの声が上がる。
トビアもトビアで、目の前の男十四人に圧倒されている。
(すごい光景だな…)
一人一人もかなり個性的だ。かろうじて似ているといえる顔は、コーディネーターだという二人…キラとシン、と言ったか。それからシーブックともう一人…カミーユという人だろうか?
くるくると目のやり場を動かしていると、ふとシーブックと目が合った。
シーブックが、にっ、と笑う。何かほっとした。
「分かっているとは思うが、トビアは普通の家庭の子供だ。お前たち、くれぐれも怪しい道に引きずり込むなよ」
「ひっでーっ! アムロ兄、俺たちを何だと思ってるのさ!」
「ジュドー、お前を例にするなら、ジャンク屋で稼いでいる上に学校に行っていない!」
「ぎくっ」
「じゃあ僕は?」
「キラ、お前は朝食を必ず奪われる…のはまだいいが人間関係が怪しい、特に最近シンに嫉妬しすぎだ!」
「ぎっくぅ」
「へへ、言われてやんの、キラ兄」
「シン、お前も一々キレてゴッドフィンガーもどきを撃つな! ドモンよりも引き金が軽いとは何事だ!」
「ぎぎっくぅ」
「全くだ。力を持つならまずその使い方を知れ!」
(うわあ、ドモン兄貴、自分が馬鹿にされたこと気付いてねぇよ)
(しーっ、ガロード兄さん、聞こえたらまた暴れるよっ)
「他にも盗撮してたり女にだらしなかったり女装趣味だったりすぐMS持ち出したり事あるごとに自爆したり…」
「あ、あの、アムロさん、僕は皆さんの生活を体験したくて来たわけですから…」
「トビア!」
口を挟んだトビアの肩をアムロはがしっと掴む。
びくっと怯んだトビアに顔を突きつけ、アムロは心底からの言葉を吐いた。
「普通ってのはなぁ…とってもいいことなんだぞ…!」
((アンタが言うかよメカフェチの
エロ大名!!))
そう思っても口にする者はいない。
390 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 6投稿日:2006/12/28(木) 05:36:56 ID:???
「じゃあまずは家の案内だが…」
「はーいアムロ兄! 俺がやるっ」
ぱっと手を上げたのは、確か先程一番に文句を言った少年だ。茶色がかった黒髪、おそらく自分とそう年も変わらないだろう。
「ジュドー、さっきも言ったが怪しい道には…」
「大丈夫だって! 俺はこれでも面倒見いいんだからさ」
それを聞いた明るい茶色の髪の少年、頭に『!?』を浮かべるが、アムロはそれに気づかなかったらしい。いや、気づいていながら無視したのだろうか?
「じゃあ頼むぞ、ジュドー」
「おっまかせ!」
ジュドーはニカッと笑って頷いた。
「俺ジュドー=アーシタ、十二男の十四歳! よろしくな、トビア!」
「よ、よろしくお願いします、ジュドーさん!」
「おいおい、固いなぁ。敬語なんて使うなよ、俺たちそんな年違わないだろ?」
「え、ええ…」
「ほら、力抜いた!」
「はいっ」
「はいじゃなくて、おう!」
「お、おう!」
「よし! リラックスしろよ、この家でカチコチになってたら、明日のお天道様は拝めないぜ!」
「は…おうっ!」
「よっしゃ! じゃあ一階から案内するぜ!」
391 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 7投稿日:2006/12/28(木) 05:38:17 ID:???
アムロの部屋
「す、すごい機材だね…」
「あんま入るなよ? 仕事の関係とかでフル作動してるし、他にも個人的な研究とかしてるらしいし」
「わ、分かった(これ、CROSS-BONESのアジトより凄いんじゃないか?)」
ドモンとヒイロの部屋
「ダンベル? 銃火器!?」
「ここもあんま入るな、っつーか絶対入るなよ。俺達だって入りたくないんだからさ」
「どうして?」
「ん~、例えば…よっ(ゴミを投げ込む)」
「あ、何を…」
ドッカーン
「ってなわけで、一触即発なのさ」
「ゲホゲホ… わざわざ爆発させなくても…」
シーブックとシローの部屋
「あ、ここは普通だ」
「何しろシーブック兄とシロー兄の部屋だからさ。影薄いコンビで平和なわけ」
「影薄い? シーブックさんが?」
「あ、お前はシーブック兄の後輩だっけか。クラブでどうよ、シーブック兄」
「ど、どうって」
「影薄くて後輩に忘れられてたりとかしない? イベントのときにいなくても気付かれなかったりとか…」
「そんなことないっ! むしろシーブックさんがいないと、俺たちはどうなるか分からないんだっ!」
「うおっ!?」
「ジュドーはシーブックさんのこと分かってないんだよ! すごくいい人で、俺たちを引っ張ってくれて、俺のことも面倒みてくれて…!」
「わ、分かった分かった! 悪かったよ! ほら、次行くぞ!(シーブック兄、外じゃ結構評価高いんだな…)」
392 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 8投稿日:2006/12/28(木) 05:39:33 ID:???
カミーユとロランの部屋
「ち、チリ一つ落ちてない…」
「カミーユ兄が神経質の上に、家事担当のロラン兄の部屋だからさ」
「すごい清潔…あ、女の人の写真が」
「触るなよ? 汚したり割ったりしたら殺されちまうぜ」
「ああ、それは分かるな。俺もベルナデットの写真を割られたら怒るよ」
「そんなもんか? 俺はよくわかんねーけど」
「ジュドーは好きな子いないの?」
「好き…ねぇ…好きなことは好きなんだけど、恋人って感じじゃないんだよなぁ」
「恋すれば分かるよ。大事な人はどうしたって守りたいって思えるようになるんだ」
「……お前、尽くすタイプだな? シーブック兄と気が合う理由が分かったよ」
「???」
ジュドーとガロードの部屋
「ここがジュドーの部屋かぁ」
「おう、それとガロード兄もな」
「汚いね」
「へへ、よく言われる」
「足の踏み場もないって言われないか?」
「ロラン兄にはしょっちゅう呆れられてるなぁ」
「ガラクタばっかりだし…ジャンク屋ってホントなんだね」
「貴重なパーツとかあるからな。入るなよ」
「入りたくても入れないよ、足場がないんだから」
コウとアルの部屋
「うわっ、
ガンプラばっかり」
「ある意味すげーだろ。これ全部コウ兄とアルが作った奴」
「よっぽど暇なんだね」
「……お前、さりげなく毒舌か?」
「あれ、でも部屋の半分できっちり分かれてる…こっちが
ガンダムで、あっちがザク?」
「ああ、コウ兄は
ガンダム派で、アルはザク派なんだよ。いやジオン派かな?
うちの中でアルだけジオン派なもんだから、よく喧嘩もするんだよな」
「はあ…(海賊派とかないのかな)」
393 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 9投稿日:2006/12/28(木) 06:53:54 ID:???
ウッソとキラの部屋
「うわ、パソコンばっかり」
「通称PC小僧の部屋っつってな。ウッソとキラは俺たちよりすげぇハッカーなんだ」
「ハッカー!?」
「っとと、変な意味に取るなよ! 腕のいいプログラマーってことさ。ウイルスの撃退とかお手のものだし」
「へえ…すごい(アシスタントに来てくれないかな)」
(危ねー、さすがに盗撮サイトやってるとは言えないもんな、犯罪一歩手前だし)
シンとシュウトの部屋
「けほっ…なんか古びた部屋だね」
「通称開かずの間だからな」
「……何だそりゃ」
「説明しよう! シン兄は生体ミラージュコロイドという特殊能力を持っている! 俺達兄弟にすら知覚されず生きてきて十五年、最近やっと発見されて今に至るのだ!
で、シン兄が透明人間やってたころに、俺達が絶対開かないと思ってた部屋がここ」
「…けほ…シュウト君は?」
「ラクロアに行ってたんだよ。その間は部屋なし。帰ってきたから、ちょうどシン兄と相部屋になったわけ」
「げほげほ…じゃあどうして未だに埃っぽいのさ?」
「それ、多分埃じゃなくてキノコの胞子だぜ」
「ええーっ!?」
「シン兄、あれで薬に詳しくてさ。自分でキノコ育てて成分とったりして…ありゃ、トビア? どこ行った?」
洗面所
「げほげほごほ…」
「そんなに神経質になるなよ。これくらい普通だろ?」
「ど、どこがだよ…」
「おい、ジュドー!」
「あれ、シン兄、どうしたの」
「どうしたの、じゃない! お前俺の部屋のドア開けただろ! せっかく育ってたキノコが全滅しちまったじゃないか!」
「勘弁してくれよ、トビアの案内してたんだからさ」
「う? …そ、そうか…」
「すみません、シンさん」
「ふん、気をつけろよっ!」
「あのさーシン兄、あそこシュウトの部屋でもあるって分かってる?」
「ああ、分かってるぞ? シュウトはちゃんと窓を通って入って来る」
「へ?」
「窓なら角度的にキノコにも問題ないんだよ」
「や、そうじゃなくて、シン兄たちの部屋、三階…」
「キャプテンに上げてもらってるから大丈夫だ」
「あー、その手があったか!」
「キャプテン?(頭領?)」
「あ、キャプテンの紹介はまだだな。ついてこいよ、トビア」
「うんっ」
394 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 10投稿日:2006/12/28(木) 06:59:57 ID:???
玄関
「ガンダム!?」
「モビルシチズンだよ。アムロ兄の会社で開発したロボット。あ、ロボットっつっても心はちゃんとあるからな」
「よろしく、トビア」
「しゃべったー!
ガンダムがしゃべった!」
「いやだから
ガンダムじゃなくて…」
「確かに私はキャプテン『
ガンダム』だが、モビルスーツではなくモビルシチズンだ。この家の警備を任されている。会話機能つきなので、そこまで驚く必要はない」
「うわあああ、解説されたー!」
「と、トビア?」
「このようなリアクションは予想外だ。
どうすればいい、ジュドー」
「いや、俺に聞かれてもなぁ」
とまあ、そんなこんなで兄弟家一周は終わった。
驚いてばかりで疲れたが、面白い家だとトビアは思う。
「で、お前、どこで寝る?」
「え? あ、えーと、どこでもいいよ。その辺の隅っこでも」
「何遠慮してんだよ。お前は今日明日は俺達の兄弟なんだからさ。図々しく押しかけろよ」
「いいの? ええと…それじゃ…」
と話していると、ドモンとヒイロがやってきた。どうやら湯上りらしく、ほかほかと体から湯気が立っている。
「寝る部屋なら、俺達の部屋を使っていいぞ」
「え? どうしてさドモン兄」
「俺はこれから夜行でファイト会場に向かわねばならん。ヒイロはリリーナ嬢の護衛だそうだ」
ジュドーとトビアは顔を見合わせた。確かに部屋は一つ空くが…
「ドモン兄さん、そろそろ時間だ」
「お、すまん。では行ってくる」
二人は出て行った。
しかしいくら空いている部屋とは言え、正直あの危険地帯で寝たくはない。明日のお天道様が永遠に拝めなくなるかもしれないのだ。
「……別の部屋で寝ていいかな?」
「いいよ。まだ死にたくないだろ」
「そりゃもう」
考え込むトビア。
今まで回ってきた部屋の中で、まともそうなのはシーブックとシローの部屋、カミーユとロランの部屋だ。あとの部屋は何か危険な匂いがする。
まず間違いなくシーブックとシローの部屋では安眠できるだろうが…せっかく来たのだから、別の兄弟と触れ合ってみたい。
「じゃあ、カミーユさんとロランさんの部屋で」
「よっしゃ!」
そのとき、ジュドーが妙な笑みを浮かべた。
トビアは気付いたが、自分の気のせいだろうと思ってしまった。
「そうだ、今日風呂はどうする?」
「一応着替えは持って来たけど。入れるなら入らせてもらいたい…いい?」
「おう、誰かと一緒に入ることになるけど、いいな?」
「(あ、そうか、十五人もいるからな…)もちろん」
395 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 11投稿日:2006/12/28(木) 07:04:36 ID:???
風呂
「あ、トビア兄ちゃんにジュドー兄ちゃんだ」
「よーシュウト、コウ兄。入るぜ」
「どうぞ。早くかけ湯してくれ、俺たちも陸に上がりたいから」
「はいよっと。ほらトビア、桶」
「ありがと」
ざっぱざっぱと湯船のお湯を被る。温まったところで、コウとシュウトと入れ替わりで湯船につかる。
「よし、それじゃシュウト、頭下げろ」
「えー、やっぱりやるの?」
「十にもなって嫌がるなよ。セーラちゃんやリリ姫ちゃんたちに嫌われちゃうぞ、それでもいいのか?」
「それはダメ!」
「だったら、ほら!」
「は~い…」
「へ~、コウ兄が女を持ち出して話つけるなんて珍しいな」
「そうなの?」
「(ぼそぼそ)実はコウ兄はまだ…」
「おい、聞こえてるぞ、ジュドー!」
「いけね」
(まだ…何だろう?)
わしゃわしゃわしゃ…と、コウがシュウトの髪を洗う。
トビアは昔を思い出した。
小さい頃は、ギルと一緒に風呂に入ったこともあったっけ。
もっと小さい頃は、今は亡き本当の両親と…
「コウ兄、そろそろいってもいいか?」
「どーぞ、でも悪戯はやめろよ?」
「分かってるって! 上がろうぜトビア…トビア?」
「うん?」
「どうしたんだ、お前」
「なんでもないよ! えーと、ジュドーの髪を俺が洗えばいいか?」
「あ、それなら頼むわ。俺がコウ兄の髪洗うから」
「おうっ」
男四人並んで、前の人の髪を洗う。髪が終わったら、今度は背中だ。
「い、いでででっ!? おいトビア、やりすぎ!」
「あ、あれ? ごめん、力入れすぎた!」
「頼むぜ、まったく」
そのうちコウがシュウトの背中を洗い終わったので、今度はシュウトが最後尾のトビアの髪を洗いに来た。
「それじゃシュウト、いきまーす」
「よろしく、シュウト…っ…!」
ガキィッ!
「あっ!?」
「~~~~っ!」
「わーっ、ご、ごめんトビア兄ちゃん!」
「だい、大丈夫だよ、シュウト…」
「シュウト、お前また力いっぱいやったな!?」
「ごめんなさいジュドー兄ちゃん!」
「と、トビア、早いところ冷やせ。ほら冷タオル」
「すみません、コウさん…」
396 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 12投稿日:2006/12/28(木) 07:06:35 ID:???
就寝
先にジュドーと話した通り、トビアはカミーユとロランの部屋に泊まることにした。
「それじゃ、よろしくお願いしますね」
「分かりました。では、僕のベッドを使ってください」
「ええっ!? そんな、いいですよ! 押しかけたのは僕なんですから!」
「いいよ、ロラン。トビア、俺のを使え」
「ええーっ!?」
「カミーユ!? 一体どうしたんですか、そんな優しいこと言うなんて!」
「俺だって成長するんだよ! ほら、トビア」
「でも、本当にいいんですか? カミーユさんはどこで寝るんです」
「俺は、そこだ」
言ってカミーユが指したのは、部屋の真ん中だった。二つのベッドのちょうど中間に当たる。
「床じゃないですか!」
「余計な気を使うなよトビア。明日までお前は俺の弟なんだからな」
「カミーユさん…」
「ロラン、お前はベッドで寝ろよ。お前がもし風邪引いたら、誰がウチの家事やるんだよ」
「……素直じゃないですね、カミーユは」
ロランは笑って、おやすみ、と言って眠った。すぐさま寝息を立て始める。カミーユはそっとロランの頭に毛布を被せた。
トビアもカミーユのベッドに潜り込んだが、申し訳がない。くるりと寝返りをうつと、毛布一枚で床に寝るカミーユの姿が見えた。
「カミーユさん…」
「…………」
「僕、ちょっと詰めますから、一緒に寝ませんか?」
「…………」
「……寝ちゃったのかな」
「いや、起きてるよ」
「あ、すみません」
「別に気にするなよ。俺にとってはこれが日常なんだ」
「え?」
「もうそろそろ来る頃だからな…トビア、今から起きることは、ロランには秘密だ。お前は頭から布団被ってろ。朝まで絶対起きるな」
「は、はい」
何が起こるのか分からなかったが、有無を言わさぬものを感じる。トビアは布団をすっぽり被った。
それから少ししただろうか。
すうっと、窓を開けるような音がした。
びくっとした。泥棒だろうか。鍵はちゃんとかけたはずなのに。
トビアは起きようとして、『朝まで絶対起きるな』というカミーユの言葉を思い出した。
(妖怪でも来てるのか?)
昔よくギルに聞かされた話を思い出す。
悪い子のところには、枕返しという妖怪が夜にやってくる。枕を返された人は、一晩中悪夢に苦しむという。
自分は『悪い子』だ。普段の生活は置いといて、裏で盗賊をやっているのだ。
どきどきどきどき…
自分の心臓がやけにうるさい。
397 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 13投稿日:2006/12/28(木) 07:09:33 ID:???
「カミーユは気付いていない…チャンスだ、グエン」
「よし、今夜こそローラをハァハァ…む、もう一人いるぞ」
「ああ、それはトビアという少年だ。今日は泊まることになっている」
「なるほど。しかし客人を床に眠らせるとは」
「いや! ロランがそのような冷たい仕打ちをするはずがない。きっとロランは自分が床に寝て、客人をベッドに寝かせたのだ」
「おお! さすがはローラ!」
「それでは…ハァハァ」
「うむ…ハァハァ」
(な、何なんだよこの人たち!)
どう聞いても男の声だ。それにローラ? ここにいるのはロランとカミーユと自分だ、ローラという人はいない。
そういえば、とトビアは思い出す。
何度となくラインフォード邸に忍び込む怪盗キンケドゥ、もといシーブック。標的にしているのは大抵グエン卿のコレクション、それもローラ=ローラに関するものだ。
ファッション誌で話題になっているというシルバークィーン、ローラ=ローラ。彼女がここにいる? そんなはずはないのだが…
「ローラァァ!」
「今夜こそ王子様が迎えに…!」
「誰が王子様ですって?」
石よりも冷たい声がした。
空気が凍りついたのを感じた。
ゴキッ、ゲシ、グシャッ…
「か、カミーユ…何故お前が床で寝ているのだ…」
「あなた方の考えることなんて簡単に読めるんですよ、クワトロさん…いや、シャア=アズナブル」
「は、謀ったな、カミーユ…」
ドガシッ! ガラガラガラ!
シーン……
「トビア。その気配、起きてるな? そのまま寝ろ。今のは夢だ。悪い夢だ。忘れろ」
それっきり何も聞こえなくなった。
トビアは震えながら目を閉じた。
これは夢だ。悪い夢だ。枕返しが見せた夢だ。
「おはようございます、トビア。…どうしました?」
「いえ…なんでもないです…」
翌朝、寝起きのロランを見たとき、トビアは『ローラ=ローラ』の真相を悟ってしまった。
カミーユは夜中の戦いで疲れたのか、まだ床で毛布に包まっていた。
398 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 14投稿日:2006/12/28(木) 07:15:08 ID:???
朝ご飯…の準備。
「助かります。いつも朝食の用意をするのは僕だけですから」
「ええっ!? 十五人分全部ロランさんが!?」
「キャプテンも手伝ってくれるときはあるんですけどね。最近は警備が忙しいみたいで」
「はあ…じゃ、今日くらい僕に色々言ってくださいよ。やれることは手伝いますから」
「ありがとう、トビア。それじゃあこの魚を焼いてくれますか? 表面が焦げてきたらひっくり返してください」
「はいっ」
… … … …
「…トビア、僕、『表面が焦げてきたら』って言いましたよね?」
「ご、ごめんなさい」
四尾の秋刀魚は、見事に黒焦げになっていた。
「えーと、それじゃあ、お皿の用意をお願いできますか?」
「あ、はい!」
「中くらいのお皿を十三枚お願いします。あと小さなお皿を二枚」
「はいっ!」
… … … …
「トビア、それ、大きいお皿…」
「ああっ、道理で数が少ないと…」
「えーとそれじゃ……洗い物を頼めますか」
「は、はいっ!」
… … … …
「トビアーっ! 水出しすぎ、洗剤も使いすぎです! もっと節約して!」
「す、すみませんっ!」
「え、ええっと…じゃあ、ちょっとキャプテンを応援してきてくれませんか。そろそろキャプテンの対決があるころですので」
「はい…」
朝の玄関先。青空に筋雲がさわやかだ。
だが目前の光景はどうだろう。
赤いジャンクともはや誰なのかもわからないほどの
ミンチを目にし、トビアは気絶した。
399 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 15投稿日:2006/12/28(木) 07:16:23 ID:???
「おーい、起きろトビア」
「うう…キ…」
「シ ー ブ ッ ク !」
「はっ!?」
慌てて飛び起きれば、目の前にいるのはキンケドゥ…ではなくシーブックだ。
何がどうしたのかとあたりを見れば、いつの間にやら自分は家のなかにいた。しかも今自分が寝ているのは、先日もお世話になったソファである。
「お前は玄関先で気絶したんだよ。キャプテンが家の中に運んだんだ」
「ああっ、そうだ、玄関先に
ミンチが…ううっ」
思い出して気持ち悪くなるトビア。それを見たシーブック、
(
ミンチに慣れてないとこんなもんなのかな…)
と、自分達の異常さを噛み締める。
「ま、とにかく起きたんならいいや。朝ご飯だぜ」
「は、はい…ハンバーグないですよね…」
「安心しろ、今日は焼き魚だ。でもロランの奴、珍しく失敗したみたいでさ。四尾くらい真っ黒焦げの魚があって」
「それは僕が食べます」
間髪入れずに宣言するトビア。きょとんとしたシーブック、しかし何か悟ったのか、それ以上の追求はしなかった。
その代わり、最大の懸念事項を確認する。
「トビア、お前早食いに自信あるか?」
「え? …まあ、それなりには」
「それなりかぁ。ま、自分の身は自分で守れよ」
「ああ、争奪戦になるんですね」
「そういうこと」
「大丈夫ですよ。うちでも毎日ゴハンは争奪戦ですから」
その見通しは甘かった。
400 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 16投稿日:2006/12/28(木) 07:17:18 ID:???
台所・朝食
「ローラの料理はやはり美味い! おかわりであーる!」
「だ、誰ですかこの人!」
「ギム=ギンガナムさんだよ。うちの食卓に意味もなくやってきて、意味もなくキラの分を食べて帰ってく人」
「それって窃盗じゃ」
「ああ、一度捕まったよ。それからは米味噌醤油持参で来てる」
「じゃあどうしてわざわざキラさんの分を?」
「さあ…ギンガナムさんの分を用意しておいても、必ずキラの分を取るんだよなぁ」
「…キャプテンさんは…?」
「ギンガナムさんは客人認定されてるからセーフ」
「いやこの場合アウトでしょう」
と顔を上げた直後。
「
うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁ」
「お、俺のサンマがぁ! いつの間にかキラ兄の口にぃぃ!!」
「よせシン、落ち着け!」
「放してくれコウ兄! いつもいつも俺の朝食!」
「俺のサンマあげるからいいだろ!」
「コウ兄のは真っ黒焦げのハズレサンマじゃないか! 俺のは焼き加減絶妙なアタリサンマだったのに!」
(あああ、ごめんなさいごめんなさい)
「で、でも同じサンマだぞ? いいじゃないか食べられないより食べられた方が!」
「炭を食えってのか、アンタって人はー!」
「し、シーブックさん、これヤバイですよ、シンさんの右手が燃えてますよ!」
「ああ、いつものことだから」
「いつもぉ!?」
「トビア、自分の分確保したか?」
「は、はい」
「じゃああと十秒以内に全部食べろ」
「はっ!?」
わけも分からぬまま急いでかきこむトビア。味も何も関係ない。
黒焦げサンマを口に入れたところで、タイムアップとなった。
「ひぃっさつ! パルマフィオキーナァ!!」
どんがらしゃ!
食卓は崩壊した。
「シン! 腹立ちまぎれに食卓を壊すなんて、そんな弟をもった覚えはありませんよ!」
「け、けどよロラン兄! 今のはキラ兄がよけたからで!」
「だ、だって朝から食卓を
ミンチで汚すなんて、そんなの許せないじゃない!?」
「あー、キラ、シン、長くなるなら外で、な?」
「言われなくてもやってやるさコウ兄! キラ兄、表に出ろ! 今日こそはアンタの
ミンチ記念日だ!」
「ふざけないでよね、いくらやったってシンが僕に勝てるわけないだろ!」
「トビア、どこまで食べられた?」
「ご飯がまだ残ってました…サンマも半分以上…でも味噌汁はここに」
「上出来だ。お前、この家でも生き残れる素質あるよ」
「あんまり嬉しくないです…」
とやっている脇で、
「ご馳走様である!」
全ての発端であるギンガナムは暢気に合掌していた。
401 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 17投稿日:2006/12/28(木) 07:30:49 ID:???
居間
「またキラとシンか…」
「シロー兄さん、ずるいよ。さっさと退避しちゃって」
「まあそう言うなシーブック」
コートを着て、出勤前にニュースをチェックしているのはシローだ。
(この人が、アマダ警部…)
「トビア」
「は、はいっ!」
思わず背筋がしゃんとなる。それを見たシローは笑っていた。
(愛嬌ある顔だな…)
いつも見ている『アマダ警部』は、眉間に筋を立てて怒鳴っている姿か、執念を纏ったEz-8であるから、シローの普段の姿に違和感を覚えるのも仕方ない。
「どうだった、よく眠れたか?」
「あんまり…変なことがあって」
「変なこと?」
「変態が来て、ローラローラって言って、カミーユさんがドカバキゴスッて」
「……ああ、それは変な夢だな。忘れろ」
シローは視線をはずして言った。目が据わっている。
隣を見れば、シーブックも額に片手を当てていた。
よく分からないが言われたとおり忘れよう、と味噌汁の残りを飲んでいると…
『次のニュースです。
昨日の夜、またも怪盗キンケドゥが…』
「!!☆?▼♪!?」
もろに気管に入れてしまった。
「くそ、キンケドゥめ…って、大丈夫かトビア」
「げほ、ごほごほ…だ、大丈夫っ…ですっ」
シローが背中をさすってくれる。トビアは味噌汁のお椀をテーブルに置いて、思いっきり咳き込んだ。
「す、すみません」
「気にするな」
シローがほっと笑顔を見せる。いい人だ、とトビアは思った。
こっそり隣を見ると、シーブックが笑いをかみ殺したような顔をしていた。
402 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 17投稿日:2006/12/28(木) 07:39:36 ID:???
『キンケドゥは最近新兵器で警察部隊を薙ぎ払っているんですよねぇ…。どうも手口が怪盗より強盗に近くなってきましたね』
ぎょっとしてTVを見れば、映っているのはムラマサブラスターを振るう黒い
ガンダム。
黒く塗装したX3だ。乗っているのは――紛れもない自分だ。
なすすべもなくジャンクにされていく陸ガン部隊。逃げ惑うパイロット達。
呆然とTVの映像を見ているトビア。シーブックが横目でちらりと見てきたのにも気づかない。
「兄さん、今回の被害は?」
「全MS大破、カレンが
ミンチになった」
ぞくりとした。
「サンダースのトラウマが復活してきたみたいでな…」
「トラウマ?」
「あいつ、配属される部隊が自分を残して全滅するっていうジンクスを持ってたんだ」
「? でも、サンダースさんも落とされてるんだよね?」
「ああ、だからまだいいんだが…同じような状況を何回も経験するとな…」
「そう…か…」
二人の声は暗い。
トビアはTV画面を見ることができなかった。
お椀の中の味噌汁に目を落とす。ワカメと豆腐の上に、色のない自分の顔がぼんやりと映っていた。
『次のニュースです。先日話題となったクライン社とダイクン社の提携ですが…」
ギィィィィ……
そこに不気味な音を立て、アムロが部屋から出てきた。
「……クライン社が…ダイクン社と…ハロが…僕のハロ…ボクガハロヲイチバンウマクツクレルンダ」
「なんとー!?」
「あ、アムロ兄さん! 正気に戻ってくれ!」
「な、な、な…」
目が完全に逝っている。髪はぼさぼさ、服もだらりとして、何か臭う。昨日の長兄の面影はカケラもない。
「どうなってるんですか、この人本当にアムロさんなんですか!?」
「いや、たまにこうなるんだよ、兄さんは」
「だからって一晩でこんなに!」
「はっはっは。情けないな、
アムロ君」
『うわあっ(なんとー)!?』
気がつけば、居間にもう一人の男が現れていた。
金髪にノースリーブの服、サングラス。見たことのない男だが、その声には聞き覚えがある。
アムロは逝った目のまま、金髪の男を見止めたらしい。
「…何しにここに来た」
「君を笑いに来た。そう言えば君の気は済むのだろう?」
勝ち誇ったように、にやりと笑う金髪の男。ふるふると拳を震わせるアムロ。
緊迫した空気が流れていた。TVの声など気にもならない。
トビアも、シーブックも、シローも、息を呑んで成り行きを見守っていた。
……が。
403 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 18投稿日:2006/12/28(木) 07:40:44 ID:???
『か、カミーユ…何故お前が床で寝ているのだ…』
『あなた方の考えることなんて簡単に読めるんですよ、クワトロさん…いや、シャア=アズナブル』
「あーっ! 昨日の変態!」
夜の騒動を思い出し、思わず声を上げてしまう。
金髪の男はびくりと顔を引きつらせたが、努めて平静にトビアを見た。
「なんのことかな。私はクワトロ=バジーナだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「でもカミーユさんは、クワトロさんがシャアだって言いました」
「と、トビア君…寝ていたのではなかったのか…」
認めてしまったのがシャアの運の尽きである。
いつの間にやらアムロの手には、携帯用ビームサーベルが握られていた。
「なるほど。つまりお前にはこうされるべき理由があるんだな」
「いや違う、落ち着けアムロ」
「今日は気が立っていてな、ちょうどストレス発散をしたかったんだ」
「そんなに
ミンチが見たいか」
「見たくはないがロランのためだ」
「嘘だ! 今の貴様はエゴによって動いている」
「エゴの塊の貴様が言うか!」
――調理中――
「ふう、すっきりした」
と、ビームサーベルのスイッチを切ったアムロ、目に生気を取り戻し、溌剌としている。
あまりの変わりようにあんぐりと口を開けていると、アムロは昨日と同じ笑顔を向けてきた。
「おはよう、トビア」
「お、おはようございます…」
「アムロ兄さん、早く風呂に入った方がいいよ。またコーヒー漬けになってたんでしょ」
「そうするよ、シーブック。おや休日出勤かシロー」
「ええ、昨日の始末書が残ってますからね…では行ってきます」
『行ってらっしゃい』
アムロとシーブックがシローを送り出す。
トビアはアムロの携帯ビームサーベルを見た。次に、元シャアだった物体を見た。
見事に
ミンチだった。
トビアは気絶した。
404 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 19投稿日:2006/12/28(木) 07:46:37 ID:???
というわけで、トビアは心配したアムロの一声で自分の家に帰ることになった。
「でも、
ミンチに耐性はついた気がします」
「つかなくていいんだけどな…」
苦笑するシーブック。
玄関には今家にいる兄弟たちがずらりと並んでいる。昨日と同じく壮観であった。
「な~んだ、もう帰っちゃうのかよ。もうちょっといればすぐ慣れるぜ?」
「ごめん、ジュドー」
「大げさなんだよ、今生の別れでもあるまいし。家近くなんだろ?」
「へーへー、俺はカミーユ兄みたいに悟っちゃいませんよっ」
「ジュドーはきっと寂しいんだよ、せっかく仲良くなれるかもってところだったから」
「あ、ちょっとコウ兄!」
ジュドーが慌てる。トビアは照れくさくなって頭をかいた。
「これ、おみやげ。うちの畑でとれたんだ」
「僕らもちょっと手伝ったんだよ。ね、アル兄ちゃん」
「うん!」
とウッソ・アル・シュウトがくれたのは、とれたての野菜である。ほうれん草とジャガイモ。
「でも、もらっちゃったら家計が…」
「そのくらいで赤字に食い込むほどではありませんよ」
ロランがにこにこと笑う。
「それより、ご家族の皆さんでおいしく食べてください」
「……ありがとうございます!」
「んじゃ俺は秘蔵のジャンクを…」
ガラクタにしか見えないものを取り出そうとするガロード。
「い、いえ、そこまでしてもらっては」
「つーかガロード兄、それ俺の!」
「は? こりゃ俺がキッドから買ったジャンクだぜ?」
キッドから?
ひょい、と見てみると、何か見覚えのあるパーツだった。いや、見覚えどころのものではなく――
(X2のブランドマーカー起動装置!?)
結局トビアはガロードからジャンクをもらい受け、その足でアジトに直行。盛大にキッドを絞った。
そのうちやってきたキンケドゥやザビーネも参加して、キッドは
ミンチになったが、トビアはもう特に調子悪くもなんともならなかった。
405 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 20投稿日:2006/12/28(木) 07:47:32 ID:???
その後――
「手加減が分かった、って、本当に大丈夫なんだろうな?」
「はい! 任せてくださいキンケドゥさん!」
「撃ち方構えっ! バストライナー砲も準備!」
『了解!』
毎度毎度のラインフォード邸、毎度毎度の陸ガン部隊。ただし今回は、別部隊ホワイトディンゴから降ろしてもらった一丁のバストライナー砲が装備に加わっている。
白と黒の
ガンダムが月をバックにプリティでキュアキュアなポーズを取り、そのまま黒が突っ込んでくる。
「てぇーっ!」
シローの号令にバストライナー砲が火を噴く。が、黒は熱線をさっと避け、あのデタラメな超巨大ビームサーベルを起動させた。
ザッ、と音を立て、バストライナー砲が斬られる。
陸ガン部隊は警戒した。またジャンクにされるかという恐怖感もあったし、新兵器があっけなく落ちたという失望もあった。
だが…
ブゥ…ン…
何を考えたか、黒は巨大ビームサーベルの光を消したのだ。
とまどう陸ガン部隊。
だが、直後。
ドガッ! バキッ! ガスッ!
りくがん は がれきに なった!
406 名前:番外編・トビアの兄弟家一日体験記 21投稿日:2006/12/28(木) 07:48:40 ID:???
「あー、トビア」
「はい、キンケドゥさん」
「手加減ってどういう意味か知ってるか?」
「力を抑えて戦うって事ですよね」
「間違ってはいないが…」
きっぱりした答えに、キンケドゥは片手で頭を抑えた。
ムラマサブラスターを起動させずに、鈍器のように使うとは…正直予想外である。確かに強力すぎることはないし、むしろハンデと言って良いくらいであるが…
「ビームじゃどうしても強すぎるんですよ。シャアさんも
ミンチになっちゃってたし」
そう無邪気に言う弟分を見て、キンケドゥは第二案を実行することにした。
「トビア」
「はい」
「お前、今度からヒートダガー使え」
「ええっ!?」
その後、ムラマサブラスターの使用許可が下りるまでに三ヶ月を要した。
トビアが最終的に『てかげん』を覚えられたかどうかは不明。
追記
後日、ダイクン社はクライン社と提携して新型ハロの開発に成功した。しかし生産されたハロ全てに強制盗撮機能がつけられていたことがナナイの極秘調査で発覚、すぐさま販売禁止の上処分となった。
処分までに集められた画像はダイクン社の社長のプライベートコンピュータで見つかり、シャアはナナイ初め重役たちから袋叩きにあったらしい。
その夜、兄弟家では長兄が上機嫌であり、五男と七男は平穏な夜を過ごしたそうな。
おわり
最終更新:2019年03月29日 09:37