823クワトロとカミ―ユの話 1/52018/05/25(金) 18:43:42.50ID:qi/1u4+R0
そして、翌日。社宅に訪問者が一人やってきた。
「ほんっとうに、愚弟がご迷惑をおかけしまして…!」
必死に頭を下げるセレーネに対し、クワトロは苦笑した。
「なに、迷惑というほどのことでもないさ。手もかからなかった」
アポリーに押し付けたから当然――とは言うまい。元々面倒見のいいアポリーも割と楽しんでいた節がある。
「………」
一方のカミ―ユは、黙ったままセレーネをきつく睨んでいた。
「じゃ、カミ―ユ。行きましょ」
「嫌だ!」
手を引こうとするセレーネの手を、カミ―ユは拒絶の言葉とともに乱暴に振り払った。
「ロランを見捨てた癖に! 他人の前でばっかり良い家族の顔するなよ!」
その言葉に、セレーネが硬直する。
「カミ―ユ、それは…!」
「姉ちゃんも兄ちゃんも大嫌いだ! 放っておいてよ!」
動揺とともに言葉を紡ごうとするセレーネと、なおも噛み付こうとするカミ―ユをクワトロが制した。
「まあ、二人とも落ち着きたまえ」
「大尉…」
「カミ―ユくん、君はとりあえず部屋に戻りなさい。お姉さんとは私が話をつけておく」
「…いいんですか?」
「いいさ。鍵は渡しておいただろう?」
「はい。わかりました…」
しばらく黙った後、カミ―ユは頷き部屋へと戻った。

「カミ―ユに部屋の鍵、渡してたんですか」
「…うすうす、こうなることは予想がついていたからね。あの嫌がりよう、相当に鬱憤がたまっていたのではないか」
「…はい。ちょっと話、聞いてくれません?」
「構わないよ」
ちょうど、休みであったし。クワトロとセレーネはそのまま外へ出た。
朝帰りしてきた社員のサエグサに、その瞬間を目撃されていたとも知らず。

その後、エゥーゴ社に"クワトロ大尉に美人の彼女がいる"という噂が広がるまで数時間とかからなかった。

824クワトロとカミ―ユの話 2/52018/05/25(金) 18:44:19.60ID:qi/1u4+R0
二人が向かったのは、なじみの店である青い巨星。店長が気を利かせたのか、周囲のテーブルに客はいかなった。
「…今、家の中がガタガタなんです」
「そうだろうな」
あの様子を見れば、誰だってわかろうというものである。
「私やマイ、イオとシローも寮暮らしで、たまに様子は見に来てるんですけどね…兄さんも相当キてるみたいで」
「ストレスに負けるとはな。あのアムロ・レイも一人の人間だったということか」
「シャアさんもね。まさか、普通のサラリーマンやってるなんて」
「私はクワトロ・バジーナだが…シャアという人間も世間が言うほど大した人間ではないということらしい。――それで?」

「弟のロランがいじめられてること、私たちにずっと訴えてたんですけど。そのロラン自身が争いが嫌いな性格で必死に否定してて…」
「…持たんだろう、それは」
「ええ。カミ―ユが家出する少し前にいろいろあって、ようやく事の重大さに気付いた兄さんが怒り狂って…」
「…少し前に街が半壊したというニュースがあったが、まさか…」
「兄さんです。それで結局、ロランは中退…表向きは不登校ですけどね」
「それにカミ―ユ君が怒ったと?」
「見限られちゃったのかもしれません。…カミ―ユの言うことを信じなかった結果がこれだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけど…」
辛そうに笑う彼女に対し、クワトロも顎に手を当て思考する。
「ふむ…」
難しい問題である。自分のことに手一杯な年頃というのはあるものだ。そもそもこういう問題は本来親がどうにかすべきであるのだが、今ガンダム家に両親は不在だという。

しばしの沈黙の後、深刻な顔でセレーネが口を開いた。
「…ねえ、大尉」
「何か?」
「うちの弟、しばらく預かってくれませんか?」
そして、とんでもない提案を寄越してきた。クワトロも内心動揺したが、そこは(元)赤い彗星である。表面上は平静を保っていた。
「…まさか、君にそんなことを頼まれるとは思わなかったな」
「これじゃあ、何もかもダメになる…兄さんはうまく言いくるめておくから、お願い」
「そうは言うが、こちらにも都合がある。それにこれは君の家の問題だ。こう言ってはなんだが、自分たちで面倒を見られないからと他人に押し付けるのは感心しないな」
頭を下げるセレーネだったが、クワトロにだって都合がある。他人様の子供を預かるような責任を負いたくもなかった。

825クワトロとカミ―ユの話 3/52018/05/25(金) 18:45:08.18ID:qi/1u4+R0
「無茶な話だっていうのはわかってる! でも…このまま連れ帰っても、また家出するのは目に見えてる…次も無事に見つかる保証なんかない。だから…!」
「………」
「お金が必要ならどうにか工面するから…お願い! もう嫌なの、親しい誰かがいなくなるなんて!」
意外なほど必死な様子で食い下がり、訴えるセレーネ。彼女にも何か連想させる出来事があったのかと思わせる必死さだった。
色々な都合や道理を考えれば、どんなことを言われても突っぱねるべきなのだろう。クワトロ自身も断るつもりだった。
「…わかった。しかし私も寮暮らしだ。いちおう掛け合ってはみるが…期待はしないでほしい」
――しかし、口から出たのは肯定に近い気休めのような言葉だった。

「ありがとう…」
「ああ。何かあれば連絡する。…君も忙しいだろう、そろそろ戻り給え」
「はい…本当に、ありがとうございます…!」
「ふぅ…」
普段の姿はどこへやら。目に涙など貯めて礼を言うセレーネを見送って、クワトロは一人ため息をついた。
昔馴染みの妹とはいえ、こんな安請け合いをするなど自分らしくない。ただ――どうにも、カミ―ユをあのままにしておくのが嫌だったのだ。
「やってみるさ」
言い聞かせるように、クワトロは一人呟いた。

「うー…」
部屋に戻ると、机に向かって何やら呻いているカミ―ユの姿が見えた。見れば、ノートに何やら書いているようだ。
「どうした、カミーユくん」
「あ、大尉。おかえりなさい」
カミーユのノートを覗き見ると、数学(算数かもしれない)の問題が書かれていた。
「宿題か?」
「はい」
「これはな――」
問題の解き方について解説すると、カミーユが感嘆の声を上げた。
「わかったかな?」
「はい。ありがとうございました!」
「本職の教師というわけではないから、うまく教えられたかどうか不安でね」
「そんなことないですよ! すごくわかりやすかったです!」
興奮しながら言うカミーユを見て、クワトロはどこか懐かしい気持ちになった。

826クワトロとカミ―ユの話 4/52018/05/25(金) 18:47:01.87ID:qi/1u4+R0
(…そうか)
生き別れの妹アルテイシア――今ではすっかり関係も冷え込んでしまっているが――彼女と一緒に暮らしていた時だ。
幼い彼女のお守りをしたり、一緒に遊んだり、勉強を教えてやったり。放っておけなかったのは、無意識のうちに彼にアルテイシアの姿を重ねていたからかもしれない。
「たいい、大尉!」
「…ン、なんだね」
「どうしたんですか、ぼーっとして」
「なんでもない。気にしないでくれ」
感傷に浸るなど、何年振りだろうか。

「…そうだ、君のことなんだが…しばらく預かることになるかもしれない」
「本当ですか!?」
目を輝かせて言うカミ―ユ。家がそれほど嫌だったのかと、クワトロは内心で複雑な思いを抱いた。
「ただ、社長に許可を取る必要がある。それでだめなら諦めてほしい」
「…わかりました」
そう言うと、カミ―ユは目に見えて落ち込んだ。どうやら、懐かれているらしい。嬉しいやら懐かしいやら、やはり複雑な気分だった。
しかし、この感覚は悪くなかった。

時計を見ると、もう七時を回ろうとしていた。
「もうこんな時間か。そろそろ食事に行こうか」
「はい!」


数分後。
「うわぁ…」
エゥーゴ社社宅"ラーディッシュ"の食堂。この時間は多数の社員が夕食を求めてやってくるのだ。
「やあ、クワトロ大尉」
「ブレックス社長」
お盆を持ってやってきたのは、エゥーゴ社社長のブレックス・フォーラだ。
警戒心は薄いものの政治的駆け引きに長けており、その手腕により小さなエゥーゴ社を守り抜いてきた。
「その子は…まさか君の子か?」
「まさか。私をいくつだと思っているのですか」
「…三十代前半くらいだったかな?」
「………」
確かに、両親が亡くなってから苦労の連続だったせいか老けていると昔からよく言われていた。
酷い時には見た目と実年齢が十歳違うなどと言われたこともある。しかし、当人はまだ二十八歳。三十路と言われるのは少しショックだった。

827クワトロとカミ―ユの話 5/52018/05/25(金) 18:49:17.33ID:qi/1u4+R0
そんなクワトロを見て、ブレックスは破顔した。
「そんなに暗い顔をしないでくれ。冗談だよ、冗談」
「冗談に聞こえないから恐ろしいのです」
「それで、君の子でないのならその子はなんなんだ?」
「知人の弟です。…さあ、挨拶を」
クワトロは足元のカミ―ユをせっついて、挨拶を促す。
「はじめまして。カミーユです」
「はじめまして。私はブレックス・フォーラ。このエゥーゴ社の社長だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします…」
ブレックスは右手を差し出し、カミーユはおずおずとその手を握り返した。握手を済ませるとブレックスはクワトロを見た。
「事情があって、世話を頼まれまして…寮に置いていただくことはできませんか」
「ふむ…まあ、仕事の邪魔にならなければ構わないが」
そう言うと、ブレックスは視線をカミーユに移した。
「約束、できるかな? できなければ、君を家に帰さなければならなくなってしまう」
「………はい」
家に帰されるのは嫌だ。そう思ったカミーユは大人しくうなずいた。
「いい子だ」
「ありがとうございます!」

それから、カミ―ユはラーディッシュで暮らすことになった。必要なものはほとんどカミ―ユが持っていたし、残りも彼の家族が持ってきた。
社員たちの受けもよく、たまに会社にも顔を出すマスコットのような存在として会社をにぎわせた。――トラブルを起こして叱られることも多かったのだが。


書き忘れたけど772の続きです。相変わらず続くかは未定


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最終更新:2019年07月15日 22:14