64式7.62mm小銃を感情に任せてぶっ放してやる!
それで目の前のアメリカかぶれのクイーンビーは肉塊だ。何しろ小銃。7.62mmの大きさの弾丸が合わせて52mmの薬莢内炸薬のエネルギーで発射される。そしてそれは連発されるのだ。当然人体が耐えられるものではない。目の前の金髪は胸部から弾けて、反動で照準が上に向いていくと同時に頭まで挽肉にしていくだろう。あとには主を失った下半身が転がり、返り血を浴びたアンツィオの隊長がこちらを見るだけ。
撃ってしまえばいい。エリカは思った。隊長を殺したというのなら、それは正当な権利だ。
そもそも今日は予定外のことがあってイライラしていたのだ。いきなり殺し合いをしろとこんなところに拉致されるわ、指示通り殺そうとしたら、もじゃもじゃ頭にしたり顔で諭されるわ。げろ吐いて落ち込んでたら友人は死んでる、あのあれ、……みほ、元!副隊長は死にたがってるわ。何やら恥ずかしい内面を吐露させられて、立ち向かう気にさせられて。いろいろあってここに来たら、みほの仲間は無残。隊長は死んだ。何がどうなっているのか。せっかく、秋山某のように善い子になろうとしていたのに。
だから撃ってしまえ。14人死んでいるのだ。相手は憎い人の仇。おまけにそれをアピールしている。他の乗っている連中でもこれほど殺してよいですよと言われた奴はいないだろう。ちょっとばかり気晴らしの弾丸をばらまいてもバレやしない。
「まだ撃たないの?」
撃つわ! だからそれ以上口を開くな。さっきまで散々悩んで狂って無様を晒してきたのだ。またここに来て同じことを繰り返すなど冗談ではない。撃って挽肉。焼いてソーセージ。好物はハンバーグ。もう小銃は構えている。さっさと行動したいものだ。あれだけの醜態を見せてみほに慰めてもらったのに、ここに来て引き金引けずに芋を引くような女。そんな奴、もう人間じゃないだろう。
怒ればいい。怒り狂えばいい。感情のままで、一時のテンションで引き金を引くだけだ。それで終わり。
死んだ隊長のことを思い出せ! 西住まほはどんな人だった。どんなに偉大で素敵で、賢くって優しい人だった。こんな所で死んでいい人じゃ決してない。今後も偉業を重ねていくだろう人、ただそこにいるだけで皆の中心に立てる人。どんなにきつい時でも顔色を変えずに皆を引っ張ってくれている人。──そんな人をこいつは殺したんだぞ! どんなことをしても許される、むしろ銃殺なんて一瞬で死んでしまうだけ生温い。もっと苦しめて生まれたことを後悔させるようなことをしてやる。そうしたって誰も咎めない。大罪人なんだ!
引き金を引く!引き金を引く、引き金を引く。引き金を引く。引いて、殺す。目の前の女を。殺す。物言わぬ物体にする。一回の動作でそれができるのだ。さあ、さあ、さあ!
「それとも──撃ちたくないの?」
クスリと笑うその口元に、瞬間的に怒りが沸騰する。
撃つ。撃って殺す。ここまでやられてるんだ。煽られて、見透かされて馬鹿にされてるんだぞ!
アンツィオのアレの時から何も変わっていない。何を学んだんだ。変われる気になっていたのか?
逸見エリカは眦が裂けるのではないかと思うほど目を吊り上げた。口元からは嚙み締められた歯がギリギリと音を立て、身体は感情でブルブルと震えた。しかし、それでも指は動かない。殺意が行動に繋がらない。
なぜ、動かない。動けない?
なぜか
西住みほの顔がエリカの脳内に浮かぶ。そう、これはみほのためでもある。肉親が理不尽に死ぬなんて、殺されるなんて、あってはならない。彼女の悲しみや怒りは、私には想像もできないほど大きい。それを思えば指を動かすぐらい簡単なはずだ。指の動きの結果がどのような無残さを引き起こそうが、指くらいは引けるはず。
なのに──なんで。なんで?
「西住まほが──ここでどういう風に生きて、たかだか6時間で死んだのか──詳細、知りたくない?」
「────ッ!」声にもならない怒りが口から漏れだそうとする。指先は動かない。殺してやる──殺してやるッ!
「もう、いいよ」
冷静な声が遮った。さっきまで口をハクハクさせていたアンツィオの隊長だ。「逸見、ありがとう。助かったよ」視線をエリカに送って礼を言う。「彼女は知りたがってるみたいだけど? 命の恩人の頼みは聞いてあげたら?」
「お前はそんな露悪的な奴じゃない」たとえ乗ってしまったとしても。
ケイの表情が、取り繕った陽気そうなものからつまらなさそうなそれに変わる。
「さっきまであわあわしてた癖に」もっと早くそういう態度になって欲しかったわ。
「こういうことを言い出すってことは、エリカの銃を無手で打開する手段はない、そうだろ」
「まあ、そうね」「ごめんなさい。それで撃たれたら積みだから、つい挑発するような言動を取っちゃった」まあ、まほは殺したけれど。
アンチョビがエリカに気遣わしげな視線を送る。彼女にとっては煩わしかった。視線を外したケイがアンチョビを色の見えない目で見つめる。厄介な敵を見定めるように。
アンチョビは歯を食いしばった。今自分が最後の分水嶺に立っているように感じた。ここで彼女たちを──ケイとエリカを止められなければ、もはや自分は流されて、暗い陥穽の中で死んでしまうように思えた。
(もう、振り回され続けていたらそれこそお終い)
今の危うい均衡はエリカの小銃が保っている──クソッ! アンチョビは凶器が抑止力になっている現状に身震いする。均衡を崩す要因は3点、エリカの銃、エリカの殺意、ケイが落とした銃。
エリカが銃を撃てない状況になれば、ケイはすぐさま銃を拾いに走る。弾き飛ばされた銃が打てる状況にあるのかはわからないが、もし打てる状態だったなら、今のケイは躊躇しないだろう。たちまち二人射殺されておしまいだ。
エリカの殺意は、さっきからケイが煽っている彼女の殺意は、幸いなことに、引き金を引けるほどには高まってはいない。現状ならば、致命的な一線を越える一言か、本当の生命の危機に陥るまでは彼女はケイを撃とうとしないだろう。さすがはまほの副隊長だ──アンチョビは、小さく嘆息した。
しかし、問題は、そのエリカが理性を見定められつつあるということだ。アンチョビは表情を厳しくする。さっきからの挑発的な言動は、ケイの命を懸けたギャンブル。すなわち『エリカは銃を撃つことができない』に一点掛けしている。撃てないことが分かったのに、今すぐに走り出して銃を拾わないのは、リターンを最大にするためだ。エリカの思考に"この程度では私は人を撃つことができない"そういう心理的枷を嵌めさせようとしている。銃を拾いに行ったときに、あるいは拾ってからの銃撃戦が起こってから、そこでエリカがより躊躇するように。
相手の感情と命を懸けた危うい橋を渡っている。
(でも)
そう、それができるということは、つまり心からケイは信じているのだ。
「エリカが撃たないって、信じてるんだな」
「……もう撃たれてるんだけどー?」
「私を助けるためなら撃てるけど、丸腰の相手は撃たない。……お前もそういう奴だっただろ」
「決めつけは感心しないわね。そんな奴だったら初めから小梅を殺さずにみほに乗ってると思わない?」
アンチョビがため息をつく。「今からでも殺し合いを、やめろよ……」
「無理に決まってるじゃない。沈む船に乗る気はないの」
「それに、」
「そっちの子はどうするの? 赤星小梅を殺したけれど、やっぱり正義のために戦います」
命を懸けて──、そんなのあの子の命はなんだったんだって話にならない? ねえエリカ。
エリカが歯を割ってしまいそうなほど噛み締める。それでも撃たない。アンチョビも振り返らずに言葉を続ける。
「なんで、赤星小梅を殺したんだよ」
「まほのことは良いの? アンチョビ、ねえエリカ」
エリカは怒りを必死に抑える。言いなさいと言うのが精いっぱい。交渉の主導権を取られたことがこの上なく情けない。それでも、小梅の話を聞きたい。みほからの視点ではわからないこともある。そして、少しは引き金が軽くなるかもしれないから。
簡潔な状況が語られる。みほとの合流と誘い、拒否からの戦闘。小梅の横入とその死。
「簡単なこと。彼女たちは現実を見てなかった。目先の道徳で微睡んで、生きる努力を怠った。私は生きていたいから自分にできる最善の行動を取ろうとした。それが赤星小梅の死の経緯」
「────っにしては、みほを逃がしたみたいじゃない」「あなたの殺しもバレた。まったく最善手じゃないわね」
「そうね」ケイがかぶりを振る「私も熱に浮かされたわ。でも今にして思えばそのおかげで私も生きている──かも」
だって、と続ける。
「みほが生きている限り、あなた、引き金を引けないんじゃない?」
エリカが大きく目を見開く。ああ、図星?
「皮肉なものね。みほを逃してしまったから私の所業はバレたけれど、巡り巡ってそれがあなたの殺意を押しとどめてくれている」
「ねえ、あの優しい子、どうしてた? 天才だけあってナイーブだから落ち込んで動けなかったでしょ?」
「あの軍神を序盤に動けなく出来たんだから、あの子を殺した甲斐も──」
もういい。殺す。引き金はいまだに動かない。なら関係ない。コイツを殴る。そのまま殴り殺す。少なくとも、黒森峰でずっと悩み続けてそれでも戦車道を続けてきたあの少女をこんな風に愚弄することは決して許せない──。
「わかった。もうやめろ!」
「ああ、殴りかかるのは良いけれど、銃は置いた方がいいわよ。片手がふさがってるあなたくらいなら制圧するのに訳はないわ」
「せめて両手でかかってこないと、ね」
「ケイ!」
ハーイ。クソ、また怒りが空回りする。こんなに簡単に揺さぶられてしまうのか。クソッ命はこちらが握っているのに、どうしてこんなにやりたい放題される。
「どうする? 次はまほの話でもする?」
「……聞きたいことがある」
なあに? ケイの余裕の表情は剝がれない。エリカはまた歯噛みする。こんな奴を生かしておけない。引き金が引けさえすれば、こんな奴なんか。
アンチョビは奥歯を深く噛み締めた。二人を止める。特にケイを止めなければならない。それには、ケイの態度をどうにかして崩す必要がある。
(さっきの杏みたいに……)
杏とは違う方法で。
彼女の心の隙をついて揺さぶる。それができなければ、死は直近に迫るだろう。
(やるしかない……!)
あるいは皆の心を傷つけるかもしれない。それでも、実際に傷つけ合うよりはましだから。死んでしまえば、もう二度と会えないから。
ケイはアンチョビの眼を覗き込んだ。何の気もなしの行動で、挑発混じりのちょっとした行為だった。そのせいで、ケイは心の片隅に触れられた気分になった。
それは、彼女の緊張と意志をない交ぜをにした目が、何か確信を掴んだような色に変わっていたからだった。心の奥底が警鐘を鳴らし始めている。
(何?)
「お前、最善手を撃ったって言ってたよな」
ええ──心底を透かすことなく答える。ただの殺人犯の煽り述懐から何を掴んだというのか?
(この子のことだから、どうせ内心の良心のことでしょう?)
言われたところで、茶化すなり、未だ固まらぬ覚悟を罵るなりすればいい、のだが。
「こちらに気づいていない西住みほに話しかけ、殲滅戦の話をして同盟を持ち掛け、拒否されたから襲った」
アンチョビの眼が力を帯びていた。あるいは本気で心を揺さぶりに来ているのだとケイは感じる。と同時に困惑した。彼女がどういう糸口で自分を揺さぶってこようとしているのか、まるで見当がつかなった。
「おかしくないか、ケイ。殲滅戦に乗ると初めから決めていたのなら。」
チリチリとした感覚がケイを襲う。負けるものかと力を込める。
「お前は、有無を言わさず西住みほを殺すべきだっただろ」
ケイの表情が困惑に変わった。意図していない発言に思考が停滞する。彼女の意図が分からない。となりの逸見エリカが怪訝な様子でアンチョビを見ている。
「ええ、っと伝わってない? エリカ、知っているわよね。みほを誘ったけど拒否されたって」
「……そもそも、なんでお前は、西住みほを誘っているんだ?」
こちらの殺意に気が付いていないあの天才を。最大の障害を除く一番のチャンスじゃないか。
本当にアンチョビが言っているのか? ケイは疑問に思った。アンチョビは必死に嫌悪感で引き攣りそうになる顔を止めながら、一心に返答を待っている。
「怖いこと言うのね」精一杯茶化すように言う。「あなたも内心乗り気だったの?」「まあ、いいわ。どうもこうも話した通り」「私は先輩から殲滅戦について聞いていた」「その背後の権力にも」「それがわからない西住みほじゃないでしょ?」
一旦言葉を切って、アンチョビを見返す。顔色は変わっていない。
「いきなりこんな殺伐とした場所に引き込まれた女子高生。どんな心持かなんてわからないけれど。彼女は精神的にあまり強い方じゃない。彼女が──みほが乗る可能性も十分にあったはずよ」
「つまり、西住みほが殲滅戦に乗るかもしれないから、彼女に同盟を持ちかけた、ってことだな」
「ことも何も初めからそういう話──」
「なあ、ケイ。お前、あの子の何番目だと思う?」
「……はあ?」
何の話をしているのかとケイは思わず素の反応を漏らした。彼女にしかわからない話をしているのかと疑った。あるいは彼女の独り善がりの理論によるものだろうか。
アンチョビは構わず続ける。
「一番目はまほだろうな。それ以降はは彼女と同じチームの子たち。独自に付き合いのある同級生もいただろうし、特別可愛がってる後輩だっていただろうな」
「私たちは10番前後にいるかも怪しい。……最初、みほの学園の子が殺されたとき、あの場には明らかに大洗の奴の方が多かった」
「彼女と協力体制を築くにしろ、同じチームになるにしろ。彼女が選ぶ三人の枠には入れない可能性が高い」
もちろんお前も三人の枠に西住みほを入れられないかもしれない。そうだろ?。ケイは……拍子抜けした。まさかこの程度のことで自分を揺さぶろうとしていたのか?
いささかの失望の念を隠しながら答える。
「そうね、どちらかが見切った時点で同盟は解消。殺しあうことになったでしょうね」
「でも、みほ。あの子なら優しいから」茶化すように加えようとした軽口をアンチョビは遮った。「彼女はこの場にいる誰よりも集団戦の才能がある、ってことは軍神なんて言っているお前なら知っているだろ」
「……ええ」
「彼女に同盟を持ちかけるときに、可能性を考える。最後には彼女と戦うことになるって、彼女とこんな何でもありな戦場で戦って、勝つ算段があるのかを」
「それは考えたわ。ここは殺し合いの場よ。あとで戦うことになってもなるべく能力の高い者と組んで生存可能性を高めることの方が先に来る。そして、私には彼女と戦って勝つ自信が十分にあったわ。」
あなたと違ってね、アンチョビ。そんなジャブのような嫌味はあっさりと黙殺された。
「そうだな、お前だったら勝てるかもしれない。けれど負ける可能性も否定できないだろ? そしてその可能性は時間を追うごとに増えていくはずだ。彼女が人を殺せるようになったら……そしてそれに慣れたら。彼女の下に装備が集まったら。彼女が自由に人を動かせるようになったら……」
「可能性の問題に過ぎないわ」「そう、可能性だ。そしてそれをお前は重視する」
「ケイ、お前は結構、慎重だからな」
「あなたに何が──」言い募ろうとした瞬間、アンチョビが懐古の色を浮かべていることに気が付いた。そして言った瞬間に帰ってくるだろう言葉も。"分かるよ。一緒に戦車道やって、競い合ってきた仲間だからな"決め顔で言ってくるだろう言葉をどうしても、死んでも聞きたくなくて、ケイはその先を言わなかった。
「サンダースって大集団のリーダーだから。決して臆病じゃない。むしろ果敢だ。でも、責任の重さを知ってるから軽挙妄動なんて絶対にしない」
「そんなお前ならわかるだろう。後で彼女と本気で戦うより、その時点で彼女を殺した方が安全だって」
「裏切りの可能性なんて──」言い始めたところで、ケイは自分が後手に回されていることに気が付いた。さっきまでアンジーに振り回されていた少女に主導権を握られている。苦い顔をして首を振った。アンチョビはそれを見ていた。
「考慮に入れている同盟だったわ。それでも彼女の能力が惜しかった。……彼女のことはみんなが知っている。乗っているなら、それを利用してみほを包囲することだってできる」
「そうだな。そうなんだよ。ケイ。西住みほのことは皆が知っていて、彼女の能力も性格もみんなが知っているんだ」
「何が言いたいの……?」
「彼女が乗ると決めてもきっと時間がかかる。そして相手もまた彼女を説得する。殺し合いから降りろって」
そうなったら、分かるだろう。最悪の可能性が。
「みほが優しいって言ってたよな」「……ええ、」「もっともあり得る最悪はみほが人を殺す前に寝返ること、その段階で殺し合いから降りられたら、あいつは責任を感じてお前を止めようと全力で来るぞ。仲間と一緒に」
「現にそれでお前は彼女を殺せなかったんだ」
「こんなこと、口にするのもおぞましいけれど、乗るとするなら西住みほは最優先で殺さなくちゃならない相手だった」
怒りがいくらか落ち着いて、それでもケイを睨み続けていた逸見エリカは、ケイが態度を取り繕えなくなっていることに気が付いた。
そんなエリカを横目でチラリと盗み見ると、彼女は。
「……講釈お疲れ様。それで、何が言いたいの。気が動転してたから馬鹿な判断をしたって言いたいわけ?」
本当に取り繕うことをやめた攻撃的態度。しかし──さっきよりやりやすくなったようにアンチョビは感じた。そして彼女は言っている。気が動転していた、と。──つまり、そういうことなのだ。命の危機に瀕したときに出る行動は、その人の本質……などでは絶対にないが。しかし、動物的本能に近い行動ではある。そのときその瞬間は命を守る行動をとらなければ、生命の危機からは逃れられないから。
「そうだな。気が動転していたんだ。ケイ」
だから、総合力では誰よりも勝る目の前の隊長はそういう行動をとったのだ。
「だからみほを同盟に誘ったとき、お前はもう一つミスをした」
「……その上から目線のお説教を聞いてあげる。続けて」
アンチョビを睨むケイの視線は些か鋭さを欠き始めている。必死に萎える攻めっけを押さえながら、首もとの枷を指で叩きつつ彼女は口を開いた。
「お前は説得材料として殲滅戦の知識を出した。それは私も間違ってないと思う」
少なくともこの場のほとんどはそんな権力が後ろにいることを知れば怯むだろう。
「けれど行き過ぎだよ。情報の出所を明かすのは」
「それは──」
そのとき、ケイは気が付いた。なぜアンチョビが首輪を叩いてるのかを。
「……私たちの抵抗なんて見透かされている。私たちは見張られているんだ」
「それだけの権力。殲滅戦を終えたのなら夥しい数の死を闇に葬ることができる」
そう、葬ったし、葬られてきた。
ケイが眼を見張った。ついで頭痛を押さえるように頭に手を置く。彼女らしくない行動で、彼女らしくない感情。その顔に浮かんでいるのは後悔だった。
(そんな機密を漏らした奴がどうなるかわかるだろう)
彼女は気が付いた。あの時、生き残るためにとった行動は、ひょっとして、親愛なる先輩を、死に──
アンチョビはその姿を見て、苦虫を噛み潰したような表情をした。
「……やっぱりお前は私なんかより賢いよ」そして、誇り高い。
「そんなお前がこの殲滅戦が始まってそういう行動をした」
「気が動転してた。殲滅戦のことを知識として知っていた。初めにみほに出会って、彼女を同盟に誘った」
エリカからケイの瞳が左右に揺れるのが見えた。彼女にとって驚くべきことだった。あのアンツィオの隊長がサンダースのケイを動揺させているというのは。
「……彼女の意思を確かめた」
「だから、何が──っ!」
アンチョビの眼に声を荒げる彼女の姿が映る。彼女のこんな姿、見たことはない。いつも見てきた彼女は、常に陽気で、誰よりも大きくて、そして細やかな気配りを忘れない。その大きな背中を追いかけたくなるような人だった。
「なあ、ケイ、お前」
そんな彼女は誰よりも早く、この場に適応しているように見えた。
「お前、本当は」
いつもより冷たく、いつもより鋭く。作り上げられた態度は誰よりも大人に見える。
「本当は……」
しかし、そんな態度は彼女の本質ではないのではないか。彼女も私たちと同じく、本当は……。
本当は、怖かったんじゃないのか。
「……………は?」
「この殲滅戦が始まって、それを知識として知っていたお前は怯えた。敵はあまりにも強大であることを知っていたから」
「そのとき、西住みほが現れた、当然今までのことが思い返される。みほはどんなに巨大な敵でも立ち上がってくれる人だ」
「当然、そんな相手を殺そうなんてとても思わないだろう」
その後、出どころまで明らかにして殲滅戦の情報を伝えている。そのときはまだケイは自分の内心に気が付いてなかったのかもしれない。そして不幸なのはケイがとても優秀で、西住みほと話している間に冷静さを取り戻してしまったこと、速やかに現実に適応しようとしたことだ。
すなわち、殲滅戦に。
「一番最初のお前は純粋に助けを求めていた。だから西住みほに話しかけて、彼女に同盟を持ちかけたんだ」
「────」
この少女、戦略能力は中の上、戦術は上の下。部下の統制は取り切れていない。慕われてはいるけれども、容易に部下の暴走を許し、その独断が始まれば流されて勢いのままに破滅する。ただ真面目で人柄がいいだけの少女。
(そう思っていたのに)
強い。彼女は人の心の機微、他者の共感を探る能力が抜群に優れている。彼女の善性から来ているものだ。彼女は私を、私の能力を信じ切っている。性格に共感を抱いている。だから、私が取るはずだった行動を辿ることができて、人々それに共感したくなる。その期待に答えたくなる。
実際は何もかもが彼女の言っている通りでは決してないのだろう、彼女が脳内で補完している要素は多々ある。それでも一度彼女の言葉に共感させられてしまえば、心のどこかにそうだったかもが染み付く。心地のいい理由に納得させられる。彼女の信頼が相手に信じ込ませようとする。
(さっきまで全くそんなことは考えてなかったはずなのに)
彼女の言に心揺さぶられつつある。必要に迫られて殺しあいに乗り、必要に迫られて人を殺した。でも、本当のお前は違うんだろう?
(──~~~っ!)
認められない。shit! 駄目だ。このことについて考えたら、殺す理由は蟻地獄だ。彼女の言は正しい、誰も殺しあいなんてしたくない。しかし、国の権力が裏にいる以上、……そんな物わかりのいい理屈に……
(……すべて、あのときみほを殺すことが出来なかった私のミスね)
西住みほを殺せなかったから、赤星小梅から手痛い反撃を食らい、大集団に溶け込むことも出来なくなり、
ノンナに後れを取りかけ、角谷杏に圧倒され、逸見エリカに手こずらされ、アンチョビに心揺さぶられている。
アンジーを見ればわかる。さっさと環境に適応したと思い込んでいたが、実際はしがみつくことで精いっぱいで、しみついた性分としがらみが失策を作り、そして現在の遅れとなって襲い掛かってきている。
(でも)
そう、殺しあいに乗ったのは私の意思だ。みほを殺そうとして、小梅を殺したのは紛れもない自分の意思だ。殺意は私の意志で、その責任は私が取らなければならない。初志を貫徹し、生き残りを目指す。取ることが出来る行動はそれ以外にあり得ない。
そして、彼女の理屈を通すとするならば。
「待って」逸見エリカが口を開いた「そんな理屈が正しいとするなら、」視線に殺気が混ざる。ケイをつり上がった視線が貫く。「小梅は何で死んだの」
「それは──」アンチョビが言葉を濁した。
そして、ケイはそれを見逃さなかった。
「……赤星小梅は、私の癇癪で死んだことになるかもね」薄ら笑いをどうにか張り付け、「みほが思った通りの答えを返してくれなくて、癇癪を起こした私は彼女を殺そうとした。」「それに情けなくあたふたしたみほは、失策を重ねて、小梅を盾にして生き延びた」「あなたが言いたいのはこういうこと?」
状況が巻き戻る。先ほどまでの膠着状態に。
「──違うって、自分でも──」
ただ、先ほどまでと違うのは。
(やっぱり、あなたは危険ね。アンチョビ)
今は、エリカの銃よりも、アンチョビの人柄の方が。
アンツィオの隊長の何が優れているのか、何が危険なのか。ケイが気が付いたこと。
そして──アンチョビによって揺さぶられたことが、どうしようもなく。
(ひょっとしたら正しいのかも)(でも、あなたが言う私は)
私じゃないわ。絶対に認められない。
寛容ぶって許容しようが、どんな信頼を口にしようが──。
(自分の心を決めつけられることは許せない!)
「ねえ、」ケイがアンチョビの胸ぐらを掴む。掴まれた彼女は全く反応が出来なかった。
「人の心を随分勝手に推し量ってくれるものね──ドウーチェ!」
ケイがアンチョビのことを見る。エリカからも見えた。ケイはこれまでに見たことがない表情をしている。いつもの陽気な顔は完全に鳴りを潜めている、まほ隊長と親しく話していた、あの鉄面皮の隊長の頬を緩めさせたあの雰囲気が──一瞬で毛を逆立たせるものに変わっている。
プラウダのノンナのかくやというような絶対零度の空気を纏っている。ケイ隊長の誰も知らない冷たい表情。こんな顔ができるのかとエリカが驚く。そしてそれはアンチョビに直接ぶつけられた。
アンチョビは凍り付いた。2,3秒も言葉も出せず、左右に眼球が動く。致命的な隙を晒す。それでも一校の隊長、何とか気力を振り絞る。殺し合いをやめさせる。この場を治める。信念から体を奮い立たせて、言葉を絞り出そうとして──。
彼女の動きは滑らかだった。滑らかで速くて、そして、強い。
「えっ?」(はあ?)
誰も何も反応をすることが出来なかった。それほどまでにスムーズに力強い動きだった。
エリカが気が付くと、アンチョビが飛んできている。
ケイはアンチョビの虚を完全につき、意識していない体幹を簡単に崩し、滑らかな円を描いてそのままエリカに向かって彼女の小柄な身体を投げつけた。
「──チッ!」
舌打ち一つ漏らしたエリカはここでは迷わない。前に走ってアンチョビを受け止めれば隙ができる。彼女はアンチョビとケイを視界に入れたまま、右後方に向かって飛ぶ。銃口はケイに向けたまま、次の動きは逃さないと言うように。
その甲斐あってケイは、さっき吹き飛ばされた銃に向かい、2、3歩進んだところで動きを止める。同時に投げられたアンチョビが誰にも受け止められず、アスファルトの固い地面に落下する。ウゲッと息が引き攣ったような苦痛の声が漏れる。
まずい。エリカは考える。距離を取られた。さっきよりも遠い位置。小銃なんて撃ったことがない自分には当てらるのかもわからない位置だ。しかも銃を拾いに走られたら阻止できるか怪しい位置。何をやっているんだ。赤点未満だ。15点。
ケイはまたエリカを見る。さっきまでの氷の麗人のような雰囲気は引っ込めている。それでもどこともない恐ろしさの名残をエリカは感じて身震いした。さっきの表情が彼女の脳内にトラウマのように焼け付いていた。
エリカはまた歯を噛み締めた。呑まれてどうする! 顔を張りたくてしょうがない気持ちを必死に抑え、またケイを睨みつける。睨みつけて、引き金にかかった指を意識して、そして──。
「駄目よ。エリカ、エリ~?」エリカで略称だからやっぱりエリカでいいわね「動くんじゃないわよ!」ケイは肩を竦める。さっきとの態度とはずいぶん違う。余裕を持っている。距離を取られたから、命の危機が遠のいたから?「自分を悟らせちゃ」ケイは微笑んでいた。嗜虐的に。
「やっぱり、撃てないでしょう」
金髪の彼女の微笑は慈愛と侮りを含んだものに変わっている。なめるんじゃない。エリカは銃口を下に向けて引き金を引いた。タタタッ。銃弾を射出する音が鳴り、生命を脅かす威力の反動がエリカの腕に掛かる。危うく何処へ飛んでいくかもわからない状態になる前にトリガーから手が離れた。
ケイはこっちを見ていなかった。悠々と吹き飛ばされた銃に向かって歩いている。
「あんまりいじらない方がいいわよー。危ないから」
(アンツィオのコックと同じこと言うんじゃないわよ!)
エリカの顔は紅潮している。目はもはや普段の面影を残していないほど険しい。視線で人が殺せているならケイはエメンタールチーズのようになっているはずだ。意志は腹の底から溢れていく怒りで一杯だ。一歩の距離にいたなら、それこそ虎のようにとびかかり嚙みつくことまでしていただろう。
しかし、銃口だけが向かない。向いても引き金が引けない。あのときと同じだ。アンツィオのランニングガキに馬鹿にされたときみたいだ。いや、それ以上か。目の前の人殺しを殺せない。目の前の殺人少女を傷つけることだけがどうしても出来ない──。
(変われたんじゃなかったの?)ここで西住みほと出会って。(強くなれたんじゃなかったの)西住みほにすべてさらけ出して。(戦えるようになったと思ったのに)彼女の名前をやっと呼んで、約束したのだ。帰るんだって。
不意にエリカは周囲を見渡した。あのとき落とした64式の部品が、未だにどこかに行って見つからないように思えた。
「無理しなくていいわ。人間、そっちの方が健全だもの。いきなり人に向かって銃を撃てる人はアブノーマル。人を殺せない方が普通。あなたの方が正しいわ。エリカ」
ここでそれじゃ死ぬだけで。ケイは取り落としたS&W M500に到達した。屈んで銃を拾い上げながら、「だから、これを吹き飛ばされたときはびっくりしたのよ。エリカ。あなたが殲滅戦に乗ったか、アンジーみたいな人になったかと思って」
「馴れ馴れしくっ……人の名前を呼ばないで!」
「sorry♪」ケイは茶目っ気たっぷりに笑った。「私、フレンドリーなの。……人の本質なんて、そう簡単に変わるものじゃない。ましてや数時間で」言いながら、彼女の手元で銃が整備される。撃たれる。エリカは感じ取った。命の危機だ。撃て。目の前の敵を殺せ! 「優しいのね」あの銃が無事に撃てる状態になったら終わり。たちまち銃弾が飛んでくる。「いえ──」くそ! どうか壊れていてくれ。銃身が歪んでくれ。どうか。どうか──。「臆病なのかしら?」
「臆病なんかじゃない!」
血を吐くような叫びが場を遮り、ケイとエリカは同時の声の主の方を見る。声の主──アンチョビはよろよろと立ち上がる。痛みに顔を歪ませながら。
「勇敢なんだ! 撃てないんじゃない。撃たないんだよ……!」
お前にならわかるはずだろ。お前はいつも優しくって高潔だったじゃないか。撃たないのは死なせたくないからだって、分かっているのに。なんで分からないふりをするんだよ。
エリカは瞳孔を瞬かせる。眼球の奥から何かが抜けていく感覚。霞がかっているような視界が少しずつ晴れていく感じがする。
視界の端にネジが映った気がした。
「勇敢、ねえ……」
ケイは銃を弄る手を止めない。また嗜虐性を含んだ微笑みを浮かべる。その顔をやめろと、アンチョビは言う。お前はそんな顔が似合うような女じゃないだろ!
「急にイタリア男みたいなこと言うのね。良いの、チヨミー?」
あ、チヨミっていうのはあなたの愛称ね。かわいいでしょ。
「この銃どうやら撃てるみたいよ。もう少ししたら」
shot! ケイは銃のジェスチャーをしてアンチョビに向ける。
「勇敢、勇敢。チヨミ。あなたたちが撃たないのは一向にかまわないけれど──私は撃つわよ」
赤星小梅はそれで死んだって言ってるじゃない。ケイがまた表情を消した。常に陽気で人懐っこい雰囲気の彼女が、無表情で冷酷にアンチョビを見る。アンチョビは少し体を震わせる。目の前の少女の見たこともない態度、それは威圧的で恐ろしいもので──(でも)普段は一切見せなかった表情である。アンチョビは考える。こんな表情をする。そんな烈しさをお前持っているのに、誰にもそれを見せないようにしていた。それがお前の優しさだろ。
「そういえば、あなたのところの参謀、カルパッチョだっけ。死んだわね」
ケイは冷たい態度を崩さない。アンチョビの表情が険しくなる。
「彼女はどういう風に死んだのかしら。死ぬときに何を考えたのかしら。『ドゥーチェ』。あなたはどう思う?」
慇懃無礼にケイはアンチョビの渾名を呼ぶ。やっぱり可愛くないし、アメリカ贔屓の私がドゥーチェ呼びなんてあんまりシャレにならない。やっぱりチヨミの方がいいわ。
「ドゥーチェ、助けてえ。ドゥーチェ、助けてえ。あなたは言う。撃たないのが勇敢。哀れ脳漿炸裂ガール。ドゥーチェは勇敢だったぞと死体を褒めました。撃たないのが勇敢ならしょうがない」
「彼女は生きていたかったし、誰よりもあなたに助けられたかったでしょうに」
「っ! やめろ! カルパッチョのことは──」
「あなたの方がよく知っている。私はよく知らないわ」
もっとも、あなたはアンジーにくっついてその子のことを探しもしなかったようだけど。
ケイがアンチョビを見つめる。アンチョビはやっとのことで視線を逸らすことを耐えた。
「カルパッチョのことは、……ッ悲しいよ。どうしてって思うよ。でも」
鋭い眼光がアンチョビに飛ぶ。ケイが口を開く。
「それで済ませるの? あなたの大事な部下なのに。かけがえのない命なのに」
あなたは冷たいわね。優しくて高潔な私と違って。皮肉気に顔を歪めて笑う。アンチョビは一瞬だけ頭を抱えた。「どうしてだよ……」そして、叫ぶ。
「どうしてそんなひどいことが言える! カルパッチョが死んだことをそんな駄々っ子みたいに。人を傷つけることに使うな、銃を撃つことの正当化に使うなっ!」
「駄々っ子なのはあなたでしょう! アンチョビ! 薄っぺらい人道主義者!」
必死になって睨んで叫んだアンチョビの言葉は、優しい彼女の日常の正論で、相変わらず今いる場所がわかっていない言葉で、どうしようもなくケイを苛立たせた。
少なくとも、現状を理解しているなら、殺人犯を相手に取るべき行動は口先だけの性善説を説くことではなくて、武力を持って抵抗して、場合によっては制圧することだろう。それを分かっているアンジーは誰よりも早く行動した。
(ねえ、アンチョビ、あなた)
本当に説得できると思っていたの? 殺し合いの舞台で、殺意を持って人一人殺した人間を。
だとしたら、彼女は……どこまで子供なのか。
「
カチューシャがあなたを睨んでいたのは、あの子もあなたの根底を見抜いたから」
「他人を道義的正しさだけで走らせて、失敗しても結果の責任を取らない。皆悪くないで終わり」
「無責任、おまけに怠惰。あなた、アンジーと一緒にいて何をしたの? あれだけの能力があって、あれだけの決断ができる子と」
ケイの言葉は鋭く、言われるたびにアンチョビは苦しそうに顔を歪めて瞬きをした。ケイの目的は再びアンチョビを立ち上がれなくすること。もしも逃がしたとしても大規模な集団形成なんて作らせない。彼女の活力を奪うため、だけではない。
(まだこの銃は使えるみたいね)
銃の点検が終わった。有無を言わさずに銃を向ける──。よりも前に言葉を紡ぐ。根こそぎ彼女を否定する言葉を。
「あなたが彼女たちの足を引っ張って時間を無駄にしたせいで、何処かのカルパッチョは死んだ。あなたが物事を先送りにし続けたせいで、アンジーはあなたたちに見切りをつけた」
「結果アンジーはカチューシャを殺した。撃つな殺すなというならあなたがさっさと拡声器で呼びかければよかったのに」
ケイはアンチョビを見る。瞳が濁ってせわしなく当てもなくさまよっている。何かを言おうとして声が出せないでいる。ぶつけられているのだから当然かとケイは思う。エリカは動かない。銃口と姿勢はそのままで、どこか思索に浸っている。
銃を撃ってさっさと殺せばいいのに。(結構イラついてたのね)イラつき、反論、それから、悪意。
悪意、悪意。そう、悪意か。
結局のところムカつくのだ。14人死んでいる。自分たちも生き残れるかわからないそんな状況下。心を折らないままで──どこまでも正しい、地に足がつかない、甘い甘い理想論を唱え続けられる。この少女が。私は大人になってさっさと現実に適合した。アンジーは状況判断だけでカチューシャを切り捨てた。この子はそれでも殺すなと言い続ける、言い続ける──だけ。
「カチューシャが死んだのはあなたのせい。もっともあなた内心喜んでいたんじゃない?」
許せない。
「そんなわけない」
「自分に批判的な奴をアンジーが代わりに殺してくれた。やった! 私はいつまでも綺麗なままでいられる」
許せない。
「ちがう、」
「皆に優しい私でいられる。杏、殺すな! 福田、やめろ! エリカ、撃つな!」
自分だけ綺麗でいようだなんて。それだけで現状を変えようだなんて。
「そんなこと、思うわけないだろォ!」
「そうかもしれない。私から見たあなたがそうなだけね。でも──」
ケイが銃を構える、まっすぐにアンチョビの脳天に狙いを定める。
「本当がどうでももう関係ないの。あなたが死んで終わり。エリカを巻き込んでね」
間違ってるから、消えて。
ここまで来て、アンチョビの眼に怯えの色がようやく浮かんだ。やっと死を意識したのか。ケイは呆れる。本当に人の好さは筋金入りだ。だからこそ優しい彼女を否定する。否定して、殺せない彼女たちを殺す。私の方が─現実的だもの、仲間たちと生き残るために最善の行動を取っている。だから勝って生き残れる。それだけの話。
「怖いの? まほはそんなところは微塵も見せなかったのに」
「間違ってるわね。あんなに強いまほよりあなたの方が長く生きるなん「分かった!」……?」
分かった、分かった! 分かったわ!
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『西住まほさんは本当に優れた人でした。』
『怜悧な頭脳と鉄の意志』
『戦車道の隊長かくあるべし、そんな常套句を体現している方でした』
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最終更新:2023年09月15日 05:37