ニギメダナ貳話『寮ヲ出発ス』


 ヤンは私の唯一無二の親友である。本名はヤン・ヒョンウという。
彼は、私が中等学校二年生の時に私の通っていた地元の中等学校に転校してきた。
同じ学級であり、同じ海苔養殖の家だということもあり我々はいつの間にか仲良くなった。
中等学校に入ってから一人であった私にヤンという友人が出来たのは嬉しいことであった。
 彼はかなりの生物オタクであった。特に海水魚の知識に関しては群を抜いており、
海苔の養殖場へ行く途中の船の上では、海中を覗いて、
海の中にいる魚の名前を呟いていたことを思い出す。
              ◆
 「あれ、チャグルじゃねぇか。何でこんな所に?」
「ヤンこそ何故」
「言ってなかったっけ、俺の兄ちゃんはここの部長なんだ」
「なんだと?」
 そうして長い前髪を真ん中で分けている眼鏡の男が現れた。
まさか彼がヤンの兄だったとは。
「海苔倶楽部の入部希望者はお前だけか?」
「そうみたい…ですね」
「そうか。今年は二人だけか。まあ去年は一人も居なかったからましか」
「あの、ヤンのお兄さんなのですか」
「ああ。そうだ。俺はヤン・ヒョウス。海苔倶楽部の部長だ」
 その後少しやりとりしてから私は海苔倶楽部の活動場所、船着き場の小屋へ連れて行かれた。
そこには先ほどの三人の他にもう三人いた。
「こいつらが新入部員だ。こっちが俺の弟のヒョンウ。こっちはヒョンウの友人のチャグル君だ」
「よろしくお願いします」
我々は口をそろえて言った。
「二人しかいないが去年よりはましだろう」
 その後、簡単な挨拶があった。
先ほどヤン達と来た水も滴るいい男はサグ・ヨムルムといい、三年生らしい。
彼の実家も海苔の養殖場を営んでいるらしい。
小屋の窓際に佇んでいる男はキムジェ・ペクサンといって、サグ氏の親友だそうだ。
背が高く、ヤンの兄と同じくらいであった。
もう一人の椅子に座っている少し太り気味な男はセジュ・チュンジュンといって、二年生らしい。
ちなみにセジュといえば有名な財閥である。
 これらの面々が海苔倶楽部のメンバーであった。
              ◆
 その後の我々の活動は海岸の清掃や貝殻糸状体の入った水槽の温度調整および水の交換、
新しい貝殻の収集などであった。
貝殻糸状体とは何か。海苔の果胞子(最初期の種)は生長するためにカキなどの貝殻にへばり付く。
我々はそれを人工的にやっているわけなのだが、
まあとにかくその果胞子が付いた貝殻を“貝殻糸状体”と呼ぶのだ。
私は実家が海苔の養殖場なのでそのくらい知っていて当たり前である。
 その海苔の果胞子をカキの貝殻に付ける作業は3月に行われる。
私が入学したのは4月だからまだ経験していなかった。実家でもその作業は親がやっていたが
私はぼーっと見ているだけで当時は未だ実際にやったことはなかった。次の年が楽しみであった。
 しかしそれ以上に楽しみにしていることがあった。その年は“キンジョン海苔”を育てる予定であった。
キンジョン海苔とはナムシン王国でも最高級の海苔である。
そのブランドは世界的にも有名なほどだ。それを我々海苔倶楽部が育てるのである。
ああ、なんと名誉なことであろう。この栽培に成功したら学内でも有名人になれるやもしれぬ。
麗しき乙女達がその超美味な海苔を目当てに大勢やってくるだろう。
              ◆
 「よし、準備は出来たか」
実質的部長のサグ先輩が叫んだ。
部長の、ヤンの兄のヤン・ヒョウスは当時四年生であった。
つまり神学校受験をひかえているのだ。つまりこんなところでのんびりとキンジョンへ
旅行している暇などないのであった。旅行…ではないか。
我々はキンジョン海苔の果胞子をキンジョンのとある養殖場からもらいに行くのだ。
「おいみんな、出発するぞ!せっかくの夏休だ。途中でチャグやシャングリラ(香格里拉)に寄るから
そこで温泉にでも入ってのんびり行こうぜ」サグ先輩が言った。
 そしてヤンが質問した。
「先輩、どうやってキンジョンに行くんですか。もしかして北部横断鉄道なんて使いませんよね」
「もちろんだ。途中でチャグやシャングリラに寄ると言ったじゃないか。
チャグから中央横断鉄道で行く。お前は北部横断鉄道が嫌いなのか?」
「いえ、北部横断鉄道を使うと海からすぐ離れちゃうじゃないですか。
チャグへ行くならその間に海岸へ出てそこで魚でも探して…うへへ」
「何言ってる。ここからチャグへは星東鉄道で、途中下車なんかせずに一気に行くんだぞ。
それにチャグに行っても温泉に入ったらそのまま宿へ行って、次の日にはすぐ出発の予定だ」
「えー。じゃあ僕温泉入りません。海に行きます」
「チャグって工場とかたくさんあるんだろ?そんな汚れた海に魚なんているのか?」
「あー。どうなんでしょうね。僕公害とか全然知らないから」
そこで私が頭を突っ込んだ。
「ファンシャンユ(背光魚)とかバイユ(白魚)とか結構いるらしいぞ。お前は俺よりも詳しいんだろ」
「え、マジで、それならチュシャンユ(本光魚)とかバイシャユ(白小魚)もいるな。後は・・・」
「先輩、あいつが喋り出すと止まらないんです。無視しましょう」
「ああ。分かった。では出発するぞ!」
そうして我々は学生寮を手発した。


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最終更新:2011年06月04日 19:10