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オープニング ◆Ok1sMSayUQ




 重く、だるいまどろみから、直枝理樹はようやく起き上がることができた。
 見回す。四畳半一間ほどの部屋の中にある、皮製の椅子の上で理樹は眠っていた。
 目の前には一昔前のブラウン管のテレビがあった。机らしきものに置いてあるものはそれだけで、他には何もない。
 さらに首を動かし、辺りを窺う。蛍光灯は一本で明かりは頼りなく、窓もなにもなかった。後ろに扉が一つあるのみである。
 暗いわけだ、と理樹は思った。思い浮かべたのは囚人の居座る部屋というものだったが、なぜここにいるのかも分からない。
 眠る前の記憶もぼやけていて、はっきりとは思い出せない。いや、『落ちた』こと自体は覚えていた。

 ナルコレプシー。眠り病と言われる疾患を、理樹は小さなころから患っている。
 突然前触れもなく眠りに落ちてしまうという、それだけのものなのだが、これが実に厄介なものだった。
 授業中。寮にいる間。理樹の都合に関係なく眠気はやってきて、自分をすとんと落としてゆくのだ。
 救いといえば、いつだってすぐに駆けつけてくれる仲間が、今はいることだったが……
 そこまで考えて、理樹は仲間達はどこにいるのだろうと思った。

 リトルバスターズ、という集団に理樹は属している。大仰な名前がついてはいるが、別に組織立った行動をするわけではない。
 友達同士で適当に集まり、面白おかしいことをやっていこうという集まりに過ぎない。
 そもそもリトルバスターズという名前だって自分達が子供のころにつけたものを今でもなんとなく使っているだけだ。
 悪を滅ぼす、正義の味方。そんなことを言っていたような気がする。
 ただ、差し出された手のひらの大きさは間違いなく正義の味方だった。ひとりでしかなかった自分の手を引っ張り、友達と過ごす生活の楽しさを教えてくれた。
 彼らがいなければ、きっと今の自分はなかっただろう。笑うことだってできなかったはずだ。
 恐らく、今回も倒れたところを一番ガタイのいい井ノ原真人あたりが運んできてきてくれたのであろうが……それにしても、ここはどこなのだろう。
 学校でも寮でも、こんな場所には見覚えがない。それに運ぶなら保健室に決まりきっているはずなのに。
 悪戯にしても意図が全く見えず、流石に理樹も不信感を覚える。
 とりあえず外に出てみるかと椅子を立ちかけたところで、唐突にブラウン管のスイッチが入り、モニターに人影が映った。

「おはよう。よく眠れたかな、諸君」

 抑揚のない平板な声。それだけで嫌な印象を覚えた理樹だったが、もっと異様なのは背中越しに見える二対の翼だった。
 まるで天使を思わせるような白い羽。作り物なのか、それとも本物なのか。動かないゆえに判別はできなかったが、コスプレにしては仰々し過ぎる。
 声からして、男なのだろうか。ふ、と見た目だけは二枚目な男が椅子に腰掛け、顎を手の上に乗せる。
 まるで演説でも始めるかのような姿だった。

「まずは私の話を聞いていただきたい」

 相変わらず平板ではあるが、有無を言わせない強制力のようなものが感じられた。
 暗闇を想起させる真っ黒な瞳に射竦められた理樹は出て行こうという気になれず、再び椅子に座り直す。
 ぎし、と音を立てた無駄に豪奢な作りの椅子の感覚が、妙に空々しかった。

「さて、まずは諸君をこんな狭いところに押し込めてしまった無礼をお許し願いたい」

 理樹はひとつの事実に気付いた。
 諸君? そういえば、一言目にも言っていた。
 このブラウン管越しに話しかけられているのは自分だけではない。
 ここには、恐らくこの近くで、同じように言葉を聞いている複数人の人間がいる。
 つまりそれは……複数の人間による、何かしらのイベントが起こることを示唆していた。
 棗恭介の差し金だろうか。リトルバスターズのリーダー的存在である男の姿を理樹は思い浮かべた。
 年齢のわりにどこか子供染みていて、奇抜な発想で様々な遊びを計画してくれる、一緒にいて飽きない人間。
 不思議な魅力があるし、頭も運動神経もいい、理樹にとっては憧れの存在であり、また一番親しい兄貴的な存在でもある。
 しかし恭介ならばここで出てくるのは自分だろうに、と理樹はまた不可解に思った。
 目立ちたがり屋の恭介がここで代役など使うはずがない。なんだかんだ言って自分も一番楽しむように計画を組むのが恭介だ。
 だとしたら……恭介とこの男は、無関係なのか?
 理樹の考えを悟ったかのように、男が笑みを深める。
 その姿に、理樹は何故だかゾクリとした怖気を覚えた。

「それでは本日の催しを説明させて頂こう」

 いや、直感といっても良かった。
 遊び。そんな生易しいものではない。
 もっと凶悪な、人を地獄の底に貶めるようななにかが始まるのではないか。
 次第に呼吸が荒くなってきているのに理樹は気付いた。
 そんなはずがないと思ってはいても、頭の中を駆け巡る予感を打ち消すことができなかった。
 しかしゆっくりと、残酷に、丁寧に――男は地獄の釜を開いた。


「諸君には、殺し合いをしてもらう」


 恐らく、自分を含め、この言葉を聞いた全員が絶句し、何も考えられなくなっていたに違いない。
 部屋は無音だった。男の言葉を咀嚼するための時間であり、これから始まる地獄を理解するための時間だった。
 殺し合い? そんな、まさか。
 犯罪。人権無視。そんな言葉が過ぎるが、同時に意味がないとも悟ってしまっていた。
 なぜならここには何もないから。
 守ってくれる法は、ここには存在していなかった。

「まずはこの遊戯における法を説明させて頂こう。諸君には最後の一人になるまで殺し合いを続けてもらう。最後の一人になれば遊戯は終了。
 何らかの手違いで全員死亡するようなことがあればその時は優勝者はない」

 あまりにも簡単で、単純で、残酷なルール
 自分と同じように声を聞いている人間を殺す。
 殺さなければ、いけないのだ。

「所定の時間に達すれば扉が開く。近くに鞄があるので持って行きたまえ。殺し合いのために用意した道具と武器が入っている。
 もっとも、武器は個人によって差があるが、これは男女の差をなくし、遊戯を公平にするものだと思って頂きたい」

 理樹は扉の方を見る気にはなれなかった。
 武器を使って、殺し合い。
 映画や漫画の中でしか見たことのないような影像が頭の中を駆け巡る。
 嘘だと言いたかったが、喋り続ける男の圧力は凄まじく、有無を言わさない真実性があった。
 夢なんかではない。これは、現実……

「殺し合いは扉を開けた瞬間から始まる。安心したまえ、時間差をつけて開くようにしてあるし、
 この近辺で戦闘が起こった場合その者は失格とする。つまり、死ぬのだ。開始早々殺されることはないと思っていい」

 もっとも、数十分後の未来は分からぬが、と付け加えた男に、理樹は反論する気も起きなかった。
 この殺し合いは思いつきなどではない。きっちりと計画され、周到に準備され、万全の体勢で始まったショーなのだ。

「言い忘れていたが、人数は120人いる。そのため出発地点もある程度分けてある。
 不運にも友人や家族、兄弟と分かたれてしまうこともあるだろうが、そこは了承していただきたい」

 理樹はこのショーの残酷性を思い知った。
 赤の他人同士で殺し合いをするのではない。
 見知った友人や、家族、兄弟が参加者の中に含まれているのだ。
 どこの誰とも知れぬ人間ではなく、昨日まで一緒にいたような近しい人間を。
 リトルバスターズの面々の姿を思い浮かべ、彼らもここにいるのだと悲しい直感が理樹を覆った。
 殺しあわなければならない。井ノ原真人や、宮沢謙吾、棗恭介や、棗鈴。それに他の、みんなと。
 嫌だ、と呟こうとしても、声すら出なかった。
 既に自分達はこの男に支配されている。

「ここは島となっている。逃げ出すことは不可能だと思った方がいい。それでも、万が一、逃げ出そうなどと思う者がいれば――」

 そこで男の言葉が途切れ、画面が切り替わった。
 画面には一人の女の姿が映し出されている。
 冗談じゃない、こんな馬鹿げた真似、今すぐやめなさいと気丈に叫んでいるこの人の姿を、理樹は知っていた。
 震える声で、理樹もまた叫んでいた。

「寮長……!?」

 理樹の通う学校には男子寮と女子寮があり、それぞれ生徒の中から寮長を選ぶことになっている。
 画面に映し出されたのは女子寮の寮長。あーちゃん先輩と呼ばれ、親しまれている人だった。
 彼女もここに連れてこられていたのか。愕然とする思いがあったが、それ以上にどうして彼女が映し出されたのか分からなかった。
 妙に最後を濁した男の言葉も気になる。全身の毛穴から嫌な予感が立ち込め、理樹を震えさせた。
 駄目だ。やめろ。やめてくれ……!
 声にならない声は、画面から聞こえてくるピピピという電子音によって中断される。
 発信源は紛れもなく寮長だった。無論気付いていないわけがなく、戸惑うように自らを見回す。

 ピピピ。ピピピ。

 無機質に鳴り続ける電子音に紛れるようにして、男の声が再開した。

「諸君には首輪が付けられている」

 そこでようやく、理樹は自らの首に枷がされていることに気付いた。
 硬い感触。ひやりとした感覚に、理樹はこの首輪がただの首輪でないことを直感した。
 そして電子音。恐らくは、あの音の発信源は、首輪……!

「寮長っ! 逃げてください!」

 画面に向かって理樹は叫んでいた。
 最悪の事態――『失格』を予期したからだった。
 しかし、所詮見る側でしかない理樹の声は聞こえるはずがない。
 寮長が聞こえるのは男の声だけだった。

 ピピピ。ピピピ。

 電子音は加速する。
 気丈だった顔から一変して、彼女の顔が不安に染まる。焦りが出てきている。
 こんな寮長の顔、一度だって見たことはなかったのに……

「首輪はこちらの意志で、いつでも爆破させることが可能だ。もし我々に対して反抗的な行動を取れば――」

 爆破。その単語を聞きつけた寮長の顔色が青褪め、ぽかんと一点を見つめていた。
 未来を、電子音が加速した先の未来を知ってしまったからだった。
 人が殺されようとしている。こんな小さな画面の中で。たった一人で。
 しかもただの、見せしめのためだけに。
 寮長が何を間違ったことを言った? わけもわからないまま、それでも勇気を振り絞って叫んでくれていたのに。
 それまでの恐怖も忘れ、全身の血液を沸騰させた理樹は画面に飛びついていた。

「やめて! やめてよっ! お願いだ、こんなことやめろぉぉぉぉっ!」

 あは、と。
 どこか諦めたような、あっけらかんとした笑いを寮長は浮かべていた。
 ドジっちゃったなー。それくらいの感覚で。
 呆然と画面を見返した理樹に応えるように、寮長が謝るように手を合わせた。
 なんで謝るんです? 悪いのは寮長じゃない。寮長じゃないのに……!

『ごめん。ちょっと調子乗りすぎちゃった。みんな、こんなことにならないようにし――』

 ボンッ!
 クラッカーか何かが破裂するような、そんな軽い音。
 たったそれだけの音がしただけなのに……寮長の首が裂け、赤い血を、ホースから撒くように噴出させて、
 死んでいた。

「あ、あ……」

 全身から力が抜け、椅子にずるりと落ちる。
 何もできなかった。言葉を伝えることさえ……
 殺し合いは本物である。それを証明するためだけに、寮長は殺されたのだ。

「――こうなることを、忘れないでいただきたい」

 男の声に、理樹は何の感慨も持てなかった。
 ただ殺し合いは本物であり、寮長が死んだという事実のみが理樹の頭にあった。

「さて、そろそろ開演の時間だ。それでは諸君」

 しかし、絶望の余熱は、すぐにあるものへと変わる。
 自分の言葉は伝わらなかった。伝えられなかった。それなのに、言葉が欲しいはずの寮長が、逆に。
 言葉を伝えてくれていた。ドジを踏むな、と。
 いつもの寮長らしいさっぱりとした言葉で。
 泣かなかった。怒りもしなかった。今はただ体を動かさなければならないという思いがあった。
 ショックを受け入れるだけの時間は、後に作ればいい。
 今はただ、死んではならない。無事にゲームを、開始しなければならなかった。
 扉がゆっくりと開く。理樹は視線を上げ、男の最後の言葉を聞いた。

「――生きてみせろ」


 言われなくたって。


 生きてやる……!


 猛然と椅子から立ち上がり、扉の前にあったデイパックを引っ掴み、理樹は走り出した。
 これから始まる、絶望のゲームへと向けて。


【あーちゃん先輩 死亡】
【残り120人】





【ゲームスタート】
【時刻:1日目午後12時】
【主催者:ディー(うたわれるもの)】



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最終更新:2011年08月30日 20:37