異形の花々(2)
◆
「おーい皆集まれー!写真撮るぞー」
自分たちの恩師である増田の声が、暗い校庭に響いた。
料理をつまみ、近況を語り合い、各々がそれぞれ思い思いの同窓会を送っていた塾生たちは、しかしその声を受けて一斉に集まりだす。
会の終わりを察し先生の服を涙で濡らす他の塾生の背中を見やりながら、修二は「変わらないな」と思った。
増田先生も、他の塾生たちも、それにこの流星塾も、何もかもが昔過ごしていたあの頃のままだった。
神道が酔うと昔と同じように「流星塾の絆は永遠だ」なんて騒いで、里奈や真理達しっかり者な女子が、それを戒める。
それを何となく後ろで笑ってる西田や太田がいて、結局新井や徳本らが神道に乗っかって収集つかなくなって、先生に叱られて、皆で形だけの反省をする。
そんな変わらない光景に、ともかく昔と何も変わらない、とても楽しい会だったなと感傷に浸りつつ、修二は締めの挨拶を待っていた。
「――ちょっと待って!写真より先にー、先生に渡すものがありまーす!」
唐突に、晴子が大きな声を出して注目を集めた。
個人的な贈り物かな、とすっとぼけたことを思ったのは一瞬だけで、周囲の異様な喧騒でそうではないことは、すぐに理解出来た。
「ようやくかよ、マジでいつ渡すのかと思ったわ」
「晴子―、早く早く!先生待ち侘びちゃってるよ」
何となく抱いた嫌な予感が見事的中するように、女子数人が先生へと何か厚紙のようなものを手渡す。
びっしりと書き込まれた寄せ書きらしいそれが、間の抜けた感謝の言葉と共に和やかな雰囲気で譲渡される瞬間に寒気を覚えているのは、恐らくその場で自分だけだったに違いない。
何故か。自分はそんな寄せ書きを書いた覚えなんて、一ミリもなかったからだ。
こうして同窓会に来ているのに、皆とも話して増田先生に感謝の言葉を伝えたかったのは、俺も同じなのに。
思わず抱いてしまった疑問に由来する底冷えするような震えが、夜風と共に身体を抜けていく。
飲み物の殆ど入っていないコップが軋み、酔いによるものではない前後不覚が自分を襲う。
まさか。抱いた疑惑が、どうしても大きくなっていく。
もしかして誰も……俺が書いていないってことに気付かなかったのか?
本当に誰も、俺の存在を……気付いてもいなかったって言うのか?
焦りと困惑に喉の水分が蒸発したように枯渇していくのを感じながら、修二はただ事の顛末を見守るように恩師を見つめる。
最後の希望を託すようなその瞳はしかし、当の増田本人に気付かれることはない。
まるでテレビの向こうの出来事を見つめるようにただ見ているだけしか出来なくなった修二は、一心に待ち続けていた。
「おいお前ら、修二の名前がないじゃないか」、「ごめんね三原君、タイミング合わなかっただけでさ」――そんな風に、自分を認めてくれる声を。
されど、待てども待てども恩師はこちらに気付く様子を少しも見せることもなく、ただ寄せ書きの内容にその瞳を潤わせていた。
「皆、本当に……本当にありがとう!」
全体にざっと目を通したのだろう、すっかり目を赤くした増田は誤魔化すように周囲に向け笑顔と大きな声で応えた。
それに対する反応は様々だ、釣られて泣く者、増田の涙を笑う者、そして――自分の名前に遂に恩師さえ気付かなかったという絶望に、ただ一人打ちひしがれる者。
「俺たち流星塾生の絆は永遠だぁぁぁぁぁ!!」
いつにも増してあまりに虚しく聞こえる気がする神道の調子のいい言葉が、やけに頭に残っている。
だけれども、それ以外の記憶は如何せん覚束ないままで、そこから後どうやって自宅へ帰ったのかの記憶は、あまりよく覚えていない。
◆
流星塾の同窓会を終えてからの修二の生活は、前にも増して虚しいものだった。
絆だ友達だとそんなのは幻影に過ぎないんだと、ただ手元に残る確かな保障としての日銭を稼ぐ為、ひたすらバイトに打ち込んだ。
手に出来るのは本当に些細なものだ。やりがいもないし、バイト先での新しい友人関係なんてものも築く気すらなかった。
だがそれでも、かつて同じ父を持ったというだけの小さな繋がりが齎す絆に縋って一生を過ごしていくよりはずっとマシなように思えたし、少なくともそうして貯金残高が徐々に増えていくのは嬉しかった。
継続の甲斐あって辛うじて興味のあったバイクも買えたし、今の生活に何の不自由もない。
ただそうやって金を貯める為に働き続けるような、灰色の日々を漫然と過ごしていたある日のこと。
かつての流星塾生の一員である高宮から急に、自分に向けて連絡があった。
「三原か!?悪い、伝言聞いたらすぐ折り返してくれ。父さんが俺たちに助けを求めてる。詳しい事情は電話で直接話す」
矢継ぎ早なその伝言を聞いて、どうしようもなく迷った自分がいた。
流星塾の面々にはもう未練も貸しも何もないが、父さんは別だ。
自分を救ってくれたあの優しい父さんが、自分たちに助けを求めているのだというなら、相当の事情に違いない。
親孝行を望んでも、ただ優しく「お前たちは生きていてくれればそれでいい」と笑うだけだった父さんに、何かをしてやれるなら。
そうして受話器を持ち上げて、しかしすぐにそれを置いた。
――別に俺がやる必要もないじゃないか。きっと誰か別の奴がやるさ。
抱いた思いは、昔と変わらぬ事なかれ主義故のものだった。
そうだ、助けるなんて言ったって、俺は結局何もできないじゃないか。
知識だって全然ないし、ただ慌ててしまうだけなら、誰かもっとマシな奴が俺の代わりに頑張ればいいじゃないか。それに、バイトだってあるし。
そんな、言ってしまえば逃げの為の思考故に、高宮と話せる機会は、それきり一生なくなってしまった。
それを知ったのは、それから少しした後に伝言に残されていた、神道の言葉からだった。
「三原、いきなり悪い。実は……高宮が死んだ」
無視の出来ないそんな言葉から始まった神道の伝言は、次々に驚きの展開を迎えていった。
高宮が告げていた父さんの助けが必要な出来事とは、巷に現れ始めたオルフェノクと呼ばれる怪物に関してだったこと。
一方で父さんはカイザと呼ばれるベルトも彼に渡しており、真意は不明だが恐らくはそれによってオルフェノクを倒すよう願っていただろうこと。
だがそう信じてカイザに変身した高宮の命は、その解除と共に失われたこと。
しかしそれでもカイザがなければオルフェノクに対抗できない為、対策を立てる為にかつての流星塾生に連絡して合流を呼びかけていること。
短い時間ですらすらとそれを告げる神道の声はあまりに慣れており、恐らくそれを告げるのは自分で数人目なのだろうと思った。
「なぁ頼む三原。流星塾生の絆で、化け物を倒そう。父さんの為にも」
その言葉を最後に、伝言は終わった。
聞き終えてから数分の間、自分の身体は動かなかった。
人間に紛れ込んでる化け物がいて、それを倒せるのは自分たち流星塾生だけだって?
冗談じゃない、というのが正直な感想だった。
それに変身するだけで死んでしまうベルトで戦えだなんて、死んでくれっていうようなものじゃないか。
今度は、受話器を持ち上げすらしなかった。
流星塾の絆なんてものが薄ら寒く思えるようになったというのも勿論、唯一信じていた父さんすらも、自分たちに死ぬかもしれない戦いを望むような人だったのだと思ってしまったから。
それに自分の命をわざわざ捨てるような事をしなくても、いつも通りの日常を送っていればきっとこの事態もいつの間にか終わるはずだと、そう思ったから。
だから自分はまた伝言を無視して、そして神道の声を聴くのも、それが最後になった。
それから先は、何かあれば里奈が伝言を残してくれた。
一度も返事を返さなかったというのに、里奈は協力してくれとも言わず、まるで日記をつけるように事ある毎に連絡を寄越した。
西田や犬飼、晴子ら流星塾生だけでなく、増田先生までオルフェノクとの戦いの中で死んでしまったこと。
真理のもとにもう一本のカイザギア改めファイズギアが送られており、それを無事に扱える乾巧という青年とも協力が出来たこと。
そして忌むべきカイザギアも、同窓会に来なかった塾生である
草加雅人が使いこなせた為に彼の持ち物となり、オルフェノクとの戦いの展望はかなり希望を持てるものになったこと。
残る最後のベルト、デルタが沙耶に送られており、それが及ぼす精神の変調により塾生の数人がおかしくなってしまったこと。
幾度も残された伝言によってどうしようもなく事態を把握してしまっていた修二は、しかしそれでも連絡を返すことはしなかった。
どうせ自分が何かを言ったところで、きっと無意味だろうと思ったから。
現に自分が何もしなくてもベルトを使いこなして化け物を倒す強いヒーローは乾という青年と草加がいるらしいし、今更のこのこ出ていったところであっさり死ぬだけだろう。
そんな無駄死にはごめんだと、碌に伝言を聞くつもりもないはずなのにしかし、何故か毎回伝言を欠かさず聞いている自分がいた。
きっとそれは自分が関わらなくても事態が好転していくに違いないという自分の仮説を確かめる為なのだと、そう自分自身さえ納得させながら。
だがそうしてどこか他人事のつもりで耳にしていた伝言はあの日、突然自分に向け確かな圧を含んで降り注いできた。
「三原君、あのね、落ち着いて聞いて。真理が……真理が意識不明の重体で――」
それは、
園田真理が戦いの中でオルフェノクの攻撃を受け意識不明になったという突然の連絡。
西田や高宮や増田先生……今までもその死を知っていた知り合いは山ほどいたはずなのに、修二にとって彼女が負傷したというその報は、今までのどれに比べてもずっと重くそして信じがたいものだった。
だって園田真理は自分にとって、いつだって目の前で起きている問題を解決してくれた正義のヒーローその人だったのだから。
父さんがベルトを送ったというのに何の疑問も抱かないほど、当然のようにいつだって主役の座にいた彼女は、きっと何があっても無事に生き続けるのだろうと、そう修二は漠然と思っていた。
そして、気付く。今までの自分は、結局の所テレビの中で繰り広げられるヒーローショーを見ていたのと何も変わらない気持ちで里奈の伝言を聞いていたのだという、その事実に。
それに気付いた途端に、修二はどうしようもない吐き気と動悸が身体の奥底から湧き出てきたのを自覚する。
今まで聞いてきた人の死は、決して他人事のそれではないのだ。
電話口に告げられた死者の名は、決してただの記号でなく自身が長年接してきた彼ら一人一人だったのだと。
そして同時に、園田真理のようなヒーローに頼り切っていても解決出来ないほど、事態は考えているよりずっと残酷で、現実に起きていることなのだと。
瞬間、今まで無視を続けてきた事が信じられないとすら思える速さで、修二は里奈に電話をかけていた。
もしかしたらこれは自分に対する手の込んだ悪戯だったのではないかと、真理の無事を確認したい一心で。
そして彼は間もなく――全てが真実だったことを知る。
オルフェノクも、ベルトも、戦うライダー達も、そして――それからすぐに、突然殺し合いへ連れてこられたということも。
◆
「……うじ、修二、起きて」
「う……あ……」
身体を揺すられるような感覚と共に、修二は微睡みからその思考を起こした。
徐々に明るさを増しつつある空の青をその目に映しながら酷く気怠く呼吸して、全身に残る鈍痛に気付く。
呻くように息を吐いてゆっくり寝ていられる状況ではなかったと理解すると同時、彼は声の主へ呼びかけようと自身の胸に手を当てた。
「そっちじゃ……ないよ、修二……」
心の中に憑依しているはずの魔人へ声を伝えようと念じるが、しかし返ってきたのは先ほどまでの脳に直接響くようなそれではなく、自身の鼓膜を叩く空気の振動だった。
「……リュウタ?」
まさか、と思いつつ、声の聞こえた方へ振り向く。
何故自分に憑依していたはずの
リュウタロスの声が、耳に直接響くのか。
答えはあまりに当然で、そして今の修二にとってはあまりに残酷なものだった。
「よかった……気付いた……」
ようやく見つけた声の主は、確かに自身もよく知るリュウタロスに違いない。
だがその身体はいつもの鮮やかな紫を失い、ただどこにでも存在する白い砂が身体中の至る部位から漏れ出ていた。
「リュウタ!」
思わず駆け寄り、横たわる彼の身体を抱き起こそうとする。
だがそれは叶わない。背中を支えようとした修二の手はリュウタロスの身体をすり抜け、自身の手は砂と共に虚空を掴んだ。
そして同時、どうしようもなく気付く。これが、恐らくは彼と話せる最後の瞬間なのだということに。
「なん、で……なんでこんな……」
半ばパニックに陥り取り乱しながら、しかし修二にはこの状況が何故生み出されたのか嫌でも理解出来ていた。
元を正せば、そもそも乃木に首を掻き切られたあの瞬間に、リュウタロスの命は既に風前の灯火だったのである。
それをイマジン固有の能力たる憑依によって無理矢理修二に取り憑き一旦の安寧を得ただけで、結局は首輪の制限も絶体絶命の状況も何も打開出来てはいなかったのだ。
修二は知るよしもないが、この場における首輪の固有能力を制限する能力を思えば、恐らく彼がイマジンとしての憑依能力で以て誰かに取り付けるのも10分が精一杯だっただろう。
そしてそんな短すぎるタイムリミットが、村上の攻撃によるダメージで変身解除と同じく強制的に縮められてしまった。
纏めてしまえばそんな何てことのない、しかし何より残酷な答えが、今こうしてリュウタロスがその命を絶やそうとしている事の理由であった。
「修二、麗奈のこと……よろしくね」
「何死ぬみたいなこと言ってるんだよ、やめろって!」
死に際に未練を託すようならしくないリュウタロスの言葉に、修二の絶叫が響く。
その顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡らし、彼の身体から溢れ続ける砂を止める為に身体を押さえるが、しかし流れ落ちる砂は収まることを知らない。
自身の抵抗がどうしようもなく無意味だと悟り残酷な現実に再び大きく吠えて、それから修二は涙で赤く染まった瞳で死にゆく魔人を見た。
「リュウタ……待ってくれよ……、お前が死んだら俺は一体、どうすればいいんだよ……」
それは最早、懇願とも言うべき情けない呼びかけだった。
この会場に来てからずっと、彼と共に行動をしてきたというのに。
彼に見限られないように頑張ってきたし、彼に恥じない自分でありたいと自分を無理矢理奮い立たせてきたというのに。
そんな彼が死んでしまったら、これから自分は何を支えにこの残酷な世界を生きていけばいいというのか。
されどそんな泣き言を述べた修二に向けて、リュウタロスは失望するでもなくただいつものように無邪気に笑った。
「ううん、僕がいなくても……修二はもう、大丈夫だよ。だってあの時……あんなに格好良かったじゃん」
「リュウタ……」
思いがけない言葉に、修二は思わず息を呑む。
リュウタロスの口から、自分を格好良いだなどと評する言葉が出てくるとは思っていなかったのである。
認められた。自身より精神的に幼く不安定だったはずの彼に自分がそんな風に思われていたという事実に、修二はしかし今までの何時よりも承認欲求が満たされたような心地を覚えた。
リュウタロスはどこまでも純粋な存在だと言うことを、修二は既に知っている。
故に、自身に向けたその言葉が単なる場を収めるための気休めではないことも、一番よく分かっているつもりだ。
弱い自分に呆れ、特訓と称し無理矢理なトレーニングを課した彼が、今の自分を格好良いと言ってくれた。
ただそれだけの些細なことが、それでも修二にとっては掛け値なしに嬉しかったのである。
だが、悲しみと喜びという自身の相反する感情を整理しきれず言葉を失った修二に対し、リュウタロスはまるで何事もないように悪戯っぽく微笑みかけた。
「ねぇ修二、僕らってさ、結構楽しかったよね。答えは聞いて――」
――それが、最後の言葉になった。
別れの言葉を言い切らぬうちに、言葉を紡ぐ為の口も、ピースサインを作っていた手も、全て砂へと溶けて消えたのだ。
温い風が、背中を撫でかつてリュウタロスだった砂をどこかへと運んでいく。
それをどうしようもなく見つめながら、修二は何かを手繰り寄せるようにその山へと腕を潜らせる。
されど、その手は何も掴むことは出来ず。
ただ砂に塗れ白く染まった手だけが、涙に滲んだ視界に映っていた。
【リュウタロス@仮面ライダー電王 死亡確認】
【電王の世界 崩壊確定】
【残り14人】
◆
「ハァッ!」
気合いと共に、トリガーを引き絞る。
それによって火花と共に放たれた弾丸が、デルタの横面を掠め虚空へと消えていく。
同時、自分のそれと合わせるように穿たれたラルクの矢もまた直撃には至らず、彼らはただ一人しかいないはずの敵の接近を再び許すこととなった。
「フン!」
低い声と共に、デルタが自身の得物であるデルタフォンのグリップをラルクへ強かに打ち付ける。
短く苦痛の嗚咽を漏らし数歩下がった彼に向けて、間髪入れずに狙い澄ましたデルタの銃口が火を噴いた。
身体から火花を散らしまた数歩後退したラルク。
彼を庇うようにギャレンがデルタへと弾丸を放つが、しかしそれすら見抜いていたとばかりに彼は一瞬で身体を翻し弾丸を躱す。
超至近距離で行われた神業にギャレンが動揺する一方でデルタが放った光弾は、全てギャレンの身へと着弾した。
結果、今までの攻防の全てにおいてこちらの攻撃は一切の戦果をもたらさず、敵の攻撃だけが全てこちらのダメージとして与えられたという状況になったことを、ギャレンの鎧を纏うフィリップは冷静に、しかし戦慄と共に分析していた。
これまでの状況から一転、自分たちを裏切り敵となった村上の力は、端的に言って自身の想定を遙かに超えている。
というよりダグバとの戦いのそれなどと比べても明らかに強すぎる今のデルタの実力は、単に出し惜しみをしていたとして説明出来る領域ではない。
むしろ、先ほどあのオルフェノクにもたらされた謎の力によって自身の知るそれとは別次元に強化されたのだという方が、よりしっくり来る。
とそこまで考察を深めて、しかし今は理屈よりも戦闘自体に集中すべきかとギャレンは再びラウザーを握る手に力を込めた。
とはいえ、先ほども述べたとおりこちらの戦力に対して敵の強さが飛び抜けているのは最早自明の理だ。
或いは一発逆転を狙えうるだけの力を持つキングフォームも、橘の語ったジョーカーのカードが紛失した為に不可能であり、ラルクも先のダグバとの戦いによるダメージが尾を引いているようで、如何せん動きにキレがない。
正直かなり分の悪い戦いであると思うが、それで諦めていい戦いではないことも、ギャレンには分かっている。
そして同時、碌な連携も見込めず個々の戦力も及ばないこの不利な戦況を覆すには、一発逆転に賭けるしかないという事実も、強く理解していた。
ようやく考えの纏まった彼は、チラと後方のラルクを見やる。
歴戦の彼とて正攻法で勝ち目はないという考えは同じだったらしく、ギャレンの思考を読み取ったようにただ黙って小さく頷きを返した。
対するデルタも二人の不自然なアイコンタクトを確認したが、しかし自信の表れからか挑発するようにただその手を拱いた。
そして同時、皮肉にもそれを合図として、ギャレンとラルクが同時にデルタへ向け弾丸と矢を放つ。
案の定それらは全て敵への有効打にはなり得ないが、それで怯むはずもない。
デルタが反撃へと移るより早く、ギャレンは懐から取り出した一枚のカードをラウザーへと走らせていた。
――RAPID
ダイヤのスート4、ラピッドのカードを読み込んだギャレンラウザーが、一気呵成に弾丸を吐き出す。
それまでの射撃能力を大きく上回る連射性能で掃射されたその弾丸の雨は、幾ら身体能力の向上したデルタとて到底躱し切れるものではない。
例え狙いの正確でない乱射と呼ぶべきギャレンの攻撃であっても、デルタは反撃どころか身動きすら封じられその場でよろめいた。
――SPINNING DANCE
ギャレンの合図を待つより早く、既に三枚のコンボをラウズし切っていたラルクが宙へと舞い上がる。
一方のデルタも刹那遅れて自身に必殺を為さんとするラルクに気付くが、しかしもう回避が叶う間合いではない。
身体全体で超高速の螺旋を描いて、ラルクがデルタへと迫っていく。
皮肉にもかつてデルタと同じオルフェノクをこの場で葬ったその一撃は、立ち尽くすデルタへと容赦なく突き刺さり、瞬間突き抜けた。
だがラルクに手応えの感触はない。それも当然のことだ、彼が貫いたのはデルタではなく、彼が生じさせた薔薇の山だったのだから。
「何……ッ」
思わず目を見開き風に舞う赤い薔薇を振り向いたラルク。
そんな彼を迎えたのは、予想だにしなかったデルタの鋭い拳だった。
「相川始!」
絶叫を放ったギャレンに対して、デルタは容赦なく光弾を放つ。
それによって火花を散らしたギャレンの鎧がいよいよ限界を迎え、地に倒れるフィリップ。
一方で、思わず怯んだラルクもまた、デルタのストレートキックを胸に受けその姿を相川始のものへと戻していた。
「フフフ……」
余裕を含んだ笑みでデルタが二人を見下す。
直撃の瞬間にローズオルフェノクの固有の能力によって回避し反撃を行った。
そう言えば極めて単純なことだが、それが可能になったのはオルフェノクとして完全覚醒した故に能力を行使するのがより容易になった為だった。
改めて完全覚醒した自分に、もといオルフェノクという種に敵はないと確信したデルタが、そのまま目前に倒れ伏す二人を手にかけようと手を伸ばした、その瞬間。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
あまりに暑苦しい絶叫が、こちらへと向かってくるのをその耳で捉えた。
また邪魔が入るのか、と僅かな苛立ちと共に振り返れば、そこにいたのは一人の青年がその腰に銀のベルトを浮かび上がらせる光景。
青年はベルトをなぞるように左拳を握り、右腕は空を切るように真っ直ぐ伸ばす。
戦意を高揚させるような待機音と共にベルトを起動させた青年は、大きく跳び上がりそして叫んだ。
「変身ッ!」
瞬間、青年の身体は赤く染め上げられ、着地と同時放たれた拳がデルタを大きく後退させた。
戦いに敗れた二人を庇う様に立つ、この混戦に突如現れた赤い戦士。
初めて出会ったはずの彼の姿にしかし、倒れ伏す二人はそれぞれ見覚えがあった。
「クウガ!?」
「何?じゃあこれが本当の……」
今現れた仮面ライダーの姿に、思わずフィリップが叫ぶ。
その戦士は二人にとっては割り切れない忌むべき過去の、その悲劇の主人公とでも言うべき
五代雄介と同じ姿をしていたからだ。
かつての温かい人の心を持ち、笑顔の為戦った五代を知るフィリップが
門矢士や
海東大樹から聞いたもう一人のクウガを連想する一方で、究極の闇に沈んだ傀儡である五代しか知らぬ始は、初めて見る本来の戦士クウガの姿に驚嘆の意を覚えていた。
だが当のクウガ本人には二人の事情など知るよしもない。
何故自分の名を知っているのか、と疑問を抱き振り返りかけるが、相対するデルタが自身を敵と認め、構え直したのを受けて戦場へと向き直る。
「はああぁぁぁぁ!」
話は後だ、と背中で語るように駆け出したクウガは、再びその拳を振り抜きデルタを捉えようとする。
見え透いた動きは無駄だとばかりにその拳はデルタに軽く流されるも、反撃に飛んできた蹴りは自身の左腕で受け止める。
相応の実力を認めたか、デルタが称賛の意を含んだ声を漏らすのも気にせず放たれたクウガの肘鉄は遂にその身体を捉えるが、されどその後退際にデルタは自身の得物へと手を伸ばしていた。
「ファイア」
――BURST MODE
装着者の指示を受け連射機能を発動したデルタムーバーが、次の瞬間クウガへ向けて光弾を連射する。
とはいえクウガもまた、その反撃は予想の範囲内。ベルトを青く輝かせ、俊敏性に優れたドラゴンフォームへと変身して素早く跳び上がることで、蜂の巣になることを回避した。
そのまま空中でマイティフォームへと戻ったクウガは無事に着地するが、次なる攻撃の手は未だ浮かばない。
デルタの実力はただでさえかなりのものであるのに加え、射撃能力さえ有している。
どうにかしてペガサスボウガンへ変形させられる何かを手に入れられればいいが、そう甘いことも言っていられないだろう。
であれば不利であるのを承知な上でタイタンフォームで突っ切るべきか、と決死の覚悟を決めようとしたその瞬間、思いがけぬ幸運が彼へ舞い降りた。
見知らぬ青年の声が、自分の名前を呼ぶ。
一目見て自分をクウガと呼んだ声だ、と気付くのと同時、彼が放り投げた銀の何かが目についた。
その形状、そしてそれを自分へ投げ渡した青年の意図を察したその瞬間に、クウガは自身の霊石の色を赤から緑へと変化させていた。
「超変身!」
掛け声と共にペガサスフォームへと変じたクウガが、青年から投げ渡された銀の何か――ZECT-GUN――をその手に掴む。
瞬間、モーフィングパワーの発動によりZECT-GUNは質量保存の法則さえ無視して巨大なボウガンへと変形する。
同時、一瞬にして敵に遠距離用の武器が出来てしまったことに舌打ちを漏らしたデルタが光弾を発射するが、その全てはクウガの研ぎ澄まされた五感によって正確に見切られ糸を縫うような最小限の動きのみで躱されてしまう。
「なっ……」
思わず驚きにデルタが手を止めクウガを仰ぎ見たその瞬間を、彼は逃さない。
刹那の隙を突き弦を引き絞ったクウガは、そのままデルタへ向けブラストペガサスの名を持つ空気弾を放った。
対するデルタもそれに気付くが、彼が有効な回避策を講じるより早く、空気弾はデルタの腕を正確に打ち据えていた。
「――ッ!」
射られた腕に走る痛みが、デルタの腕から得物たる銃をはたき落とす。
何故自身の身体そのものを狙わず武器を狙ったのか、そんな疑問が浮かぶが、答えはすぐに示された。
「はああぁぁぁぁぁ――!」
気合いの声と共に、赤に戻ったその右足を燃え上がらせ、デルタへ向けて一直線に駆け抜けるクウガ。
反撃をせねば、と反射的に腰に手を伸ばしてすぐ、既にデルタフォンが手元にないことに気付いたデルタには、もう反撃の手段は残されていなかった。
「――うおりゃあああああぁぁぁぁぁ!!!」
飛び上がったクウガはそのまま、滾る正義を乗せて右足を伸ばす。
マイティキックの名を持つその必殺の一撃は、まるで吸い込まれるようにデルタの胸へと着弾し、その身体を大きく吹き飛ばした。
「ぐあぁ!」
その身からデルタの鎧を消失させ、地を転がるローズ。
変身が解除されたというのにオルフェノクの姿のまま現れた目の前の敵にクウガは困惑に目を見開く。
だが、当のローズ本人はそれがさも当然とでも言う様に堂々と立ちあがっていた。
王に認められ真にオルフェノクとして覚醒したものは、今まで捨てきれなかった人間としての姿を捨て去る。
その素晴らしき恩恵は大ショッカーの首輪によって齎された、人としての姿を強いる制限にも打ち勝ち、村上にとっての所謂通常の姿をオルフェノクのものとしたのであった。
いつまでも変わらぬ自身の灰の肌を見て高揚した感情を抱いたローズは、そのままデルタギアをデイパックに収め新たなドライバーを腰に迎え入れる。
見覚えのあるそのベルトにクウガが警戒を深める一方で、ローズは手に取った端末にシークエンス起動の為のコードを打ち込んだ。
――5・5・5・ENTER
――STANDING BY
軽快な待機音声が周囲に鳴り響く中、ローズはファイズフォンをベルトに装填する。
それによって赤いフォトンブラッドがその身を包み、彼の身体は黒と銀の鎧に赤いラインを走らせたライダーズギアの一種、ファイズのものへとその姿を変えていた。
再び纏った鎧を馴染ませるように手もみした後、ファイズは腕に取り付けられたアタッチメントから黒と赤のメモリーを抜き出しベルトのものと入れ替える。
――COMPLETE
電子音声と共に、ファイズの身体が光り輝き変化する。
一方で、敵が何をしようとしているか理解したその瞬間に、クウガは自身のベルトへとその手を伸ばしていた。
「超変身――!」
――START UP
アマダムがクウガの意思に応えその身に紫の鎧を纏わせるのとほぼ同時、アクセルフォームへの変身を完了したファイズもまた、能力による超加速を開始する。
瞬間クウガの身に襲い掛かるのは、おおよそ常人の1000倍と言われるスピードで行動することが可能になったファイズの息もつかせぬ連撃だった。
タイタンフォームに変じ機動力の衰えたクウガにとって、黒と赤、残像でしか捉えられないファイズの軌跡を相手にしては、まともな防御もままならない。
――TIME OUT
僅か10秒のタイムリミットが終わりを告げファイズの身が通常のそれへと戻るその瞬間、クウガは遂に膝を折った。
防御力の優れるタイタンフォームと言えど、一方的に嬲られるだけのその10秒間は、最早永遠にも近い苦痛を齎したのである。
連戦に次ぐ連戦による疲労とダメージが限界を迎え、その身を不完全を表す白へと変え地に横たわったクウガを鼻で笑いつつ、ファイズはその目の端に未だナイトと交戦するオーガの姿を映した。
王たる彼がオーガの鎧を纏ってもなお倒せぬだけの実力を持つほどあのナイトが強いのかと一瞬戦慄するが、されど数秒見ていただけでそれが勘違いなのだと気付く。
というのもオーガと戦うナイトは幾度となくその膝を折り、その構えすらも覚束ないほどに既に満身創痍だったからだ。
つまりはただただひたすらに彼がタフなだけだと断じて、その根性を断ち切るためファイズはオーガの援護をしようとその歩をゆっくりと進めていった。
「――小野寺ユウスケ!無事か!?」
ファイズが自分たちへの興味を失い立ち去っていくのを受けて、フィリップはグローイングフォームとなり倒れ伏すクウガへと駆け寄った。
苦痛と共に呻き荒く呼吸するその姿はあまりに痛ましかったが、その変身を解かないのは恐らくまだ戦う意思は持っているということなのだろう。
その覚悟は見ていて辛いものがあったが、同時に変身を解いて楽になってくれと言えるだけの力を持たない自分の無力が、それ以上に苦しかった。
ともかく自分に出来る事だけはしてやろうと、肩を貸しクウガを立ち上がらせたフィリップは、彼を治療するためにGトレーラーへその足を向けた。
「ありがとう……えっと、君は……?」
「僕はフィリップ。君のことは門矢士と海東大樹から聞いて知っている。五代雄介とは違う、もう一人のクウガだと」
「えっ、五代さん……?」
士や海東はともかく、五代の名を知っているという事実にクウガは些か前のめりに問いを投げようとするが、彼の口が再び開かれるより早く、突如目の前に現れた男の声が、二人の会話を遮っていた。
「お前が、もう一人のクウガか」
二人の行先を塞ぐように立った男に、見覚えはない。
もう一人の、という口調からして彼も五代を知るものなのだろうと察することは出来るが、彼の自分を見る目は、一条は勿論このフィリップという少年のものとも何処か違う気がした。
「相川始、今は彼の治療が先だ。そこをどいてくれ」
「一つ聞かせろ、お前は何のために戦っている」
「相川始!」
フィリップの非難を込めた声を無視して、始と呼ばれた青年は自分に誤魔化しの許されない鋭い瞳を向ける。
投げられた問いの唐突さに面食らったのも勿論だが、それ以上にフィリップの怒声を受けても一切揺らがないところを見ると、理由は分からないながらも彼は自分の答えを聞かない限り動かないつもりでいることは明快だった。
何のために戦うのか。何度も問われ、そして自問自答したその問いの答えをしかし、既に揺らがぬものとして自分が持っていることを、クウガは理解していた。
「俺は……決めたんだ。皆の笑顔を守る為に戦うって。もう……一人しかいない、戦士クウガ……いや、仮面ライダークウガとして」
「……そうか」
五代の遺志さえ継いで戦う。かつて一条にも誓ったその言葉を再び確かめるように口にすれば、それを聞いた始は思案に沈むような顔をしたまま道を譲るようにその身を翻す。
訝しむように彼を見つつ、されど今はそれ以上にやるべきことがあると先を急ぐフィリップに引っ張られながら、クウガは不思議な気持ちで始の背中を見つめていた。
(皆の笑顔を守る……か)
一方で、ただ一人その場に残された始は、もう一人のクウガ――小野寺ユウスケに述べられた、彼が戦う理由を反芻するように繰り返し考えていた。
笑顔を守る。まるで抽象的で、それでいて夢見心地で要領を得ず笑ってしまうような絵空事。
だがそれを言うクウガの声音は、決して付け焼刃のそれではなく、そして同時にどこまでも真剣なものだった。
きっと、自分が今しがた抱いたような批判や嘲笑など、幾らでも受けてきたに違いない。
だがそれでも、彼はその夢を一心に信じ続け戦い続けてきたのだろう。
クウガとして、いや或いはただ一人の人間小野寺ユウスケとして、それが自分の叶えるべき夢だと、胸を張って言い続けてきたに違いない。
(きっとお前もそうだったんだろうな。五代雄介……)
次いで思いを馳せたのは、無表情のそれしか知らぬクウガ、五代雄介のこと。
金居の持つ何らかのアイテムや力によって操られた為に、ただの傀儡として戦いに明け暮れ、そして死んでいった一人の青年。
自分にとっては無表情で不気味だという印象しか残っていない彼もまたクウガだというのなら、きっともう一人のクウガたる小野寺ユウスケと同じように、誰かの笑顔を守ろうと戦っていたのかもしれない。
世界が滅ぶという大ショッカーの脅迫と、それに伴うただ一つ勝ち残った世界だけが得られる安寧の甘い蜜。
それらに踊らされ、そして同時避けられない状況だったとはいえ、一人の仮面ライダーをただの強大な力として利用し死に追いやってしまった事実に、始は今更ながら苦虫を噛むような心地を覚えた。
後悔ではない、考え足らずの苦悩でもない。だが仮面ライダーとその敵という形で彼の力を確かめられなかったことは、今なお始の心に杭のように突き刺さっていた。
(だが俺に、何をしてやれる。所詮俺は死神だ。世界を守るため、仮面ライダーと並び戦うなど、俺には……)
緑の血に濡れた己の手を仰ぎ見て、始は何ともしがたい不快感にその拳を握る。
自身の中に流れる血は、温かい人間の赤ではない。
人を襲いその力を示そうとしか思わない化け物のそれだ。
こんな自分が仮面ライダーたちのように誰かをまともに守れるなどと、やはり幻想ではないのか。
誰も答えられないその疑問と苛立ちに、始が再び陥りそうになった、しかしその時。
虚空から自身の足元に向けて、何か固い金属が投げつけられた音を耳にした。
「……これは」
危険はないらしいことを把握し、足元に転がる銀色のそれを拾い上げる。
彼が目を見開いたのは、ZECTの文字が中心に刻まれたその銀色のベルトが彼にとっても見覚えのあるものだったからだ。
――『これは、木場さんの形見なんだ』
以前ジョーカーの男――左翔太郎が自身に対しデイパックの中身を説明する中で現れた一つのベルト。
自身が殺した木場勇治という男が持っていたというそのベルトを、無念の感情と共にその下手人たる自分に故意なく見せたあの時の光景。
その抱くべきでない居心地の悪さ故、妙に記憶にこびりついたその瞬間が、今何故かフラッシュバックしてしまっていた。
「まさか……」
妙な直感と共にふと目を配らせれば、視線の先に茶と緑の二色を持つバッタ型ガジェットが、自身の答えを待つようにこちらを見つめていた。
始は知らないが彼の名はホッパーゼクター、近くに自身の資格者たり得る存在がいることを察知し、間宮麗奈のデイパックから抜け出して始の元へ来たのである。
彼が始を自身に相応しいと感じたのは彼のジレンマに苦悩する性格故か、それとも彼の命を救った葦原涼がもう一基のホッパーゼクターに選ばれた存在であったためか、或いは――。
そのどれであるかは不明であるものの、とにかく確かなことは、始がホッパーゼクターに見初められたという、その事実が存在することだった。
「戦えというのか、お前の力で……」
ゼクターの意図を察した始は、再び自身の手に握られたベルトを見る。
これを使えば、また自分は戦えるだろう……恐らくはそう、仮面ライダーとして。
果たしてこのベルトを自分が使っていいものだろうか、思案した彼の耳に、遠くから一人の男が痛みに苦悶する声が届く。
振り返れば、そこにはオーガとファイズに良いように甚振られるナイトの姿があった。
持ち前のタフさすらもう限界に近いらしく、既にその身体は今にも倒れそうなほど傷だらけだ。
同時、その光景を前に思わず自身の手に力が籠るのを実感して、始は自身の感情に驚愕した。
そして気付く。自分は許せないのだ、善良なはずの誰かが悪に蹂躙されるその光景に、義憤とでも言うべき感情を抱いているのだと。
何故だとか、いつからだとか、そんな理屈の一切を無視するほどどうしようもなく、そんな不条理を黙ってみていられない自分がいることを、始は自覚していた。
キュイン、と先ほどよりずっと自身に近寄ったゼクターが、催促するように鳴く。
自分は既に準備が出来ている、お前はどうだ。
そんな声すら聞こえてきそうなゼクターの姿と、またその身から大きく火花を散らし地を転がるナイトの声を耳に、始は全ての躊躇いをかなぐり捨てるように勢いよく立ち上がった。
その腰にバックルを装着し、跳び上がったホッパーゼクターをその右手に受け止める。
これから先は、言い訳など通用しないただの自己満足だ。
自分が気に食わないというだけの理由で合理にかけ離れた選択をし、好んで自分の世界の勝利を遠ざける行いをする。
だがそれでいい。もしこうして戦えるのが今だけなのだとしても、それでも始はこの場に来て初めて、心から胸を張って戦える気がした。
「変身」
小さく呟き、右手に握ったホッパーゼクターをバックルへ装着する。
それによって発動する変身機能は、彼の身体を変えていく。
自身の信じる正義を為すための鎧、その力を彼に齎すために。
――CHANGE PUNCH HOPPER
電子音と共に灰色に輝く双眸。
仮面ライダーパンチホッパーへと変身を完了した始は、その背中に風を感じた。
まるでその誕生を祝福するような追い風に自然と駆け出す足を乗せて、彼は悪へ向け一直線に走り出す。
――『世界を救うために……行けよ、人類の味方……仮面ライダー』
どこからか聞こえた気がしたそんな声は、すぐに風に呑まれて消えた。
最終更新:2019年12月10日 20:48