異形の花々(1)
「ジェアア!」
威勢のいい掛け声と共に、カッシスの腕から生える鋭利な刃が弧を描いてアークへ迫る。
瞬間莫大な量の火花と共にあたりに響いたのは、両者の腕と腕が接触したことによる爆発音にも似た衝撃だ。
自身の研ぎ澄まされた刃がアークの皮膚に文字通り歯が立たないことにはもう驚く様子もなく、カッシスはその腕越しに物言わぬ敵対者を睨みつける。
だがそれも、そう長くは続かない。
両者の均衡を保つように二人の丁度真ん中で停滞していた互いの腕が、グググと音を立てカッシスに向けて傾きはじめる。
屈辱と驚愕に顔を顰めるカッシスに対し、対峙するアークの瞳は自身の優位に喜ぶこともなくただ無感情に光を照り返していた。
やがて、押し切られ自身の刃に身を切り裂かれる屈辱を抱いたカッシスの顔面に、強かなアークの拳が飛ぶ。
残る片腕で防御することも叶わず吹き飛び、緑の血を吐いて思い切り地面を転がるが、しかしその瞳からは未だ戦いに対する余裕は消えてはいなかった。
都合数度目にもなる攻防が、相手の実力をより正確に推し量れるだけの情報をカッシスに与えていたのである。
(パワーとスタミナは奴の方がやはり少しばかり上か。だが戦術の妙と速さに関しては比べるまでもない)
口中に塗れた血を無理矢理飲み込み、敵が一部自分より優れていることを認めながらも、カッシスはやはり大局的な自身の優位を信じて疑わない。
笑みを零しその腕を刃から人型の五本指へと変形させた彼は、その両手に闇を集わせる。
無論アークへと暗黒掌波動を放つためだが、それより早くアークの掌から青い光弾が飛んでいた。
見た目にはさほどの迫力を感じえないそれではあるものの、アークの桁外れの実力からすればその余波だけで仮面ライダーを変身解除に追い込むだけの威力を持つ。
直撃を受ければ今のカッシスと言えど大ダメージは免れないが、彼もただそれを享受するだけの愚か者ではない。
暗黒掌波動の準備を行っていない左腕を盾状のものへと変化し、攻撃を真正面から防ぎきっていた。
光弾が続くこと二発三発。まるで目の前で花火が上がっているような爆発音に苛まされながらも、カッシスは反撃の準備を完了する。
瞬間、今までただ凌ぐだけの盾に過ぎなかった左腕を剣へと変化させ光弾を両断したカッシスは、そのまま右腕に集わせた闇をアークへ向け一気に放った。
唸る闇の奔流が灰色の巨躯を黒に覆い尽くし、勝利を確信したカッシスの笑い声が響き渡る。
だがそれを一瞬で打ち砕いたのは、光輝く触手を無数に伸ばし闇の中からその姿を現したアークの神々しいまでの存在感であった。
触手を含めおおよそ2m強はあろうかという体躯のアークを見上げ思わず呆気にとられたカッシスのもとに、再び光弾の雨が降り注ぐ。
しまったとばかりに両手を盾に変化させ直撃は防ぐも、周囲への爆撃は凌ぎきれない。
インパクトと共に隆起する地面と舞い上がる砂ぼこりに巻き込まれて、カッシスはその場から身動きを封じられてしまう。
ダメージ自体は大きくないものの、クロックアップをしても逃げ切れる可能性の薄い弾幕の中で、さてどうしたものかとカッシスが逡巡した、その瞬間だった。
「うおりゃあああああああ!!!」
雄叫びと共に、見覚えのある青い双角の戦士が勢いよく飛び出してくる。
忌むべきマスクドライダーシステムの一種、ガタック。戦いの神との異名を持つそれの参戦を、しかしカッシスは冷ややかな瞳で見やる。
乃木にとっては生身でも御しうるだけの取るに足らない実力しか持たない存在だ、大きな期待が出来ようはずもない。
だがアークへ向け一直線に駆け抜けるガタックには、そんな失望など関係ない。
両肩に備え付けられた双剣を無数の触手へとそれを同時に投げつけ、アークに僅かばかりダメージを与えた。
恐らくガタックからすればそれ以上アークの攻撃が激化すれば仲間に被害が向かいかねないという危惧から来る妨害行為に過ぎなかったのだろうが、アークは自身に触れた新たな外敵へと意識を向ける。
それはほんの一瞬、しかもガタックがアークの放った光弾に蹂躙され吹き飛び、切り裂かれた触手が回復するまでの僅かな時間だけだったが、それでもその一瞬でカッシスには十分だった。
自身に向けた攻撃が止んだその一瞬で、カッシスは既に自分だけの高速移動空間へと退避する。
クロックアップを発動し体制を立て直しながら、勿論この絶好の機会を防御だけに使い切る愚を犯しはしない。
その両手を剣へと変化、そのまま飛び道具としてライダースラッシュを連続で発動し、アークを支える触手を完膚なきまでに両断する。
出来れば最後はそのまま暗黒掌波動で勝負を決めたいところであったが、時間切れだ。
通常の時間軸へと強制的に弾かれる感覚を味わいながら、カッシスは目の前でバランスを崩し崩落する灰色の巨躯を嘲笑と共に眺める。
残念ながらどこまでも感情が存在しないアークは自身の優位を崩されてなお何も言わず立ち尽くしており張り合いがなかったが、まぁそれも仕方あるまい。
楽しむには楽しめたのだし、そろそろ自分の実力も分かってきたところだからこの遊びも終わりにするかと再びカッシスが歩き出そうとしたその瞬間だった。
意識の外、まるで期待していなかった方角から、吹きすさぶ疾風と燃え盛る烈火が押し寄せてきたのは。
◆
「じゃあお前は今俺に憑いてるから辛うじて生きてる……ってことか?」
一人野原に立ち、どこへともなく声を発する一人の青年、
三原修二。
傍から見れば明らかに異常な彼の振る舞いに、応える存在は周囲に誰もいない。
しかし彼は決してただの狂人ではない。何故ならその声に呼応するもう一つの声は、確かに彼の中に存在しているのだから。
『まぁ、そんな感じ』
自身の中に響いた声が、しかし明らかに今の事態を把握できていない声音をしていることに気付いて、修二は深く溜息を吐いた。
この声の主は、
リュウタロスという怪人だ。修二と長い時間を共に過ごした、異形ではあるが心優しい少年である。
そんな彼が何故修二の中にいるのかと問われれば、それは彼の生来の性質によるものであった。
リュウタロスに曰く、先の乃木による攻撃によって致命傷を受けた彼は、このままでは実体を保っていられなくなると判断し憑依体へと変化。
以前同じように消滅の危機に瀕したキンタロスが、良太郎に憑いたことで絶体絶命の危機を回避したという経験を思い出し、そのまま身近な生身の人間である修二に憑依したとのことであった。
当然修二は身体の支配を奪われることを嫌がり彼を追い出そうとしたのだが、それはまずいと一足早く身体の主導権のみ彼に明け渡したリュウタロスの機転によって間一髪消滅を免れ、こうして説明の時間を得たのである。
『ねー修二―、僕の事情はもう分かったでしょ?早くあっち行って戦おうよー。修二は身体貸してくれるだけでいいから!』
「お前そんな簡単に言うなよ。身体を貸すとかなんか怖いし、それに――」
言葉に詰まった修二は、そのまま激しくぶつかり合う四人の戦士へと視線を移す。
乃木というワームに、自分たちを呆気なく下したオルフェノク、そしてそれらと戦う赤と青の仮面ライダー。
怪人らは勿論のことながらそれに一歩も引くことなく戦い続けている仮面ライダー達の威圧も、修二にとっては初めて目にするような凄まじいものだ。
果たして自分がリュウタロスに身体を任せて戦いに行ったとして、碌な戦果を挙げられるものだろうか。
或いは中途半端な味方がいたところで、逆に足手纏いとして迷惑になってしまうだけではないのか。
『ちょっと修二!聞こえてるんだけど?中途半端ってどういうこと!』
「ちょ、悪かったよリュウタ!だからちょっとやめてくれって!」
自身の身体の中で喚き暴れるリュウタロス。
理屈は分からないながらも実際に叩かれたような錯覚を覚えた修二はその場で一人身を捩り抗議するが、周囲に誰もいない状況でのそれは非常に奇妙な様子であった。
ともかく、自身の中の葛藤がノータイムでリュウタロスへと伝わってしまう状況に些かの疲労感を覚え始めた修二は瞬間、戦場から少し離れた場所に倒れる一つの影を見つけた。
「え、あれって――」
思考がきちんと纏まる前に、修二は思い切りその影に向け勢いよく駆け出す。
俯せに倒れ呻き続ける二角の青い戦士の下へすぐさま追い付いた彼は、脇目も降らずその身体を抱き起こしていた。
「小野寺さん!大丈夫ですか、小野寺さん!」
「え、その声……三原、さん?」
果たしてそこに倒れていたのは、先ほど麗奈を助けると戦場へ向かっていたはずの
小野寺ユウスケ――彼が変身したガタックの、見るも無残な満身創痍の姿であった。
美しい青の鎧に走る裂傷はこの短い時間で彼が受けた戦いのダメージを端的に表し、仮面から漏れる荒い息遣いは激しい消耗を如実に示している。
誰が見ても戦慄を禁じ得ないようなその惨状に息を呑んだ修二の一方で、ガタックは修二の肩に手を回し、何とかといった様子ながらその足を真っ直ぐ地に突き立てていた。
「……行かなきゃ」
ぜぇぜぇと息を吐きながら、彼はそれでもその足を戦場へと向け一歩また一歩と進めていく。
明らかに戦える状況ではないその幽鬼のような足取りを見て、思わず修二は彼の肩を引き留めていた。
「待って小野寺さん!そんな傷じゃ――」
「このくらい、何てことないさ。もっとキツイ時も……たくさんあったし」
「――なんで」
まるでこのダメージさえ日常の一部であるかのように、ガタックは儚げな笑みを浮かべる。
その笑い声があまりに優しくて、彼の身に刻まれた傷との剥離に修二は言葉を詰まらせる。
“何故その傷で動けるのか”ではなく、“何故その傷で動こうとするのか”、そんな思いが込められた修二の困惑に対し、彼はただゆっくりと振り返った。
「もし自分がやれることをやらなくて誰かが傷ついたら、きっと俺は後悔する。それが嫌だから、俺は戦うんだ」
先ほどまでの諦観を含んだような儚い声とは違う、はっきりした口調。
それで以て述べられた、彼なりの戦いにかける思いを耳にして、修二は息を呑む。
自分が傷ついたりするのが楽しいわけではなく、それよりも嫌なことがあってそれを避けたいから、戦うというのか。
戦いたいがために戦うのだとばかり認識していた仮面ライダーの異なる一面を前に、修二は自分の中にある価値観が変化しつつあるのを感じていた。
「ぐあぁ!」
ふと、遥か彼方戦闘を繰り広げる龍騎とナイトが、苦痛に歪んだ声を上げた。
目を見やれば、二人の戦士がそれぞれ強敵たる怪人たちの猛攻を前に地に転がっており、まさしく絶体絶命と言って過言ではない状況であった。
「……行かなくちゃ」
ガタックが、小さく呟く。
これ以上話している時間はないとばかりにその両手に得物を構えた彼は、修二に背を向けて走り出す。
先ほどまでの満身創痍ぶりはどこへやら、堂々とした様子で戦場へ駆け抜けていくガタックの背中を見やりながら、修二はその拳を握りしめていた。
『修二!僕らも行くよ!』
瞬間、脳内にリュウタロスの声が響く。
それに伴う様にランスバックルを取り出し構えながら、修二は先ほどのガタックの言葉を思い出していた。
もし自分にやれることをやらなくて誰かが傷ついたら。
浅倉を前に戦ったとき確かに自分の思考に存在していたもので、今だってガタックが一人戦いに向かおうとしているのをじっと見ていられないという思いはある。
もしも……もしもこんなちっぽけな感情が自分には敵わないと思っていた仮面ライダー達が持つ普遍的なものなのだとしたら。
もしも未来の自分がデルタとして戦うのに得た感情なのだとしたら。
自分と未来の自分の間の壁は、案外小さなものなのかもしれないと、修二は思った。
「あぁ、行こう。リュウタ」
それに今は、自分の中に心強い仲間だっていてくれる。
まだ自分には仮面ライダーとして戦う為の心構えは、少ししか分かっていないけれど。
それでもそんな自分の心の弱さを彼が補ってくれるなら、自分は戦える。
ワイルドのカードを挿入したランスバックルが、彼の腰に巻き付いていく。
再び瞳を紫に染めたR修二がそれを開き発生したオリハルコンエレメントへ飛び込めば、そこにいたのは名の通り槍を持つ一人の戦士であった。
戦える心を持たない修二と、戦える身体を失ったリュウタロス、二人の声が重なり生まれた一人の仮面ライダーが、今確かな戦意を持って戦場へ向けその双眸を輝かせていた。
◆
「だあッ!」
ナイトサバイブの振るう剣が、アークオルフェノクの二の腕に受け止められる。
まるでダメージに繋がった様子のない目の前の巨躯に思わず戦慄を覚えた彼の顔に目掛け、アークの裏拳が飛ぶ。
すんでのところでバイザーを盾のように用いてダメージを軽減するも、しかしそれで衝撃を殺し切ることは出来ず、ナイトの身体は易々と吹き飛ばされてしまう。
無様に地を転がった彼が起き上がりその瞳に映したのは、同じように片膝をつき肩を上下させた龍騎の姿であった。
思いがけない背中合わせの状況に、互いの視線の先にはどちらもかつてないほどの強敵。
思わず脳裏に絶体絶命の言葉が浮かぶような絶望的な状況を前に、しかし運命は彼らをまだ見捨てることはしなかった。
――MIGHTY
――RIDER KICK
絶望立ち込める戦場の中へ、二つの異なる電子音声が鳴り響く。
何事か、状況を把握するため振り返ろうとしたカッシスとアークへと、怒声と共に放たれた鋭い一撃がそれぞれ突き刺さった。
「グォ……!」
呻きよろめいた両者の前に降り立つのは、それぞれ緑と青を朝日に照り返す戦士の姿。
小野寺ユウスケの変じるガタックと三原修二が持っているはずのランス、勇ましい両雄が立ち並ぶ姿だった。
「麗奈、大丈夫!?」
何故逃がしたはずの修二がここに、という困惑を声に出すより早く、龍騎のもとへ駆け寄るランス。
だがその声は修二のものに非ず、されど彼女にとっては聞き覚えのある、少年のような高い声だった。
「その声、リュウタロス……?お前、生きていたのか」
「えへへー、イェイ!」
何故三原修二もここにいるのかだとか、何故憑依しているのかだとか、そんな疑問を吐く気すら失せるほど無邪気な彼のVサインを見て、龍騎は脱力したようにかぶりを振った。
どちらにせよ今はそんな些末な事象を問いただしている状態ではない。
不意の必殺技によって敵の体制を崩せこそしたが、結局のところあの強敵たちにおいてはそれすらもさほどのダメージに伝わったとは考え難い。
そんな麗奈の危惧を証明するように、4人の戦士の前でアークとカッシスがゆっくりと立ち上がる。
警戒の色を深める彼らに対し、あろうことかカッシスは高く笑い声を響かせた。
「ククク、全く面白いねライダー諸君。幾ら数を束ねて向かおうと、君たちは所詮強者たる俺の餌に過ぎないのだよ」
瞬間、気合と共にカッシスが力を籠めると、先ほどランスに突かれた箇所に留まっていたエネルギーが彼のレイピア状に変形した右腕へと集っていく。
何事か、驚きに身を硬直させた仲間たちの中で、一人敵の手の内を把握する龍騎は素早く手札を切っていた。
――GUARD VENT
響く電子音声に呼び起こされドラグランザーがその巨体で以て4人を覆い庇うのと、カッシスがその腕を振るうのはほぼ同時だった。
放たれた禍々しい衝撃を、全て龍騎の従者たるドラグランザーが受け止める。
瞬間、最上級のミラーモンスターの献身あってなお殺し切れなかった一撃の凄まじい余波が彼らを蹂躙する。
訪れた数舜の沈黙の中、ドラグランザー越しに宿敵を睨みつける龍騎とカッシス。
互いが互いを逃れられぬ障害と捉えている今、最早それ以上の言葉は不要だった。
「――ハァッ!」
暴風が止まると同時、龍騎は従者の背から敵へ向け飛び出す。
ドラグセイバーツバイとなったバイザーを勢いよく振り下ろせば、その一撃は軽々しくカッシスのレイピアに受け止められていた。
「乃木、怜治ィィィィィ!!!」
「来い、間宮麗奈ァァァァァ!!!」
怒号と共に互いの名を叫び剣を交わす両者の間に他者が入り込む余地はなし。
それを誰ともいわずに理解したナイトら三人の仮面ライダーたちは、残る一人の強敵へと新たに目を向けた。
「……」
向けられた敵意に気付いたか、灰色の巨躯はゆっくりと三者へとその身体を向き直す。
無言であるはずなのにこれ以上ないほどの威圧感を誇るアークを前にして、彼らは誰も愚鈍であるなどと誤った認識を抱くことはない。
その動きの緩慢さが反射神経の不足からではなく余裕から来るものだと正しく理解して、目の前の強敵へ再び彼らは息を呑んだ。
◆
一台のトレーラーが、朝日を背に道路に停車する。
傷つき疲弊した三人の男を乗せた鉄の箱が、まさしく東西を隔てる橋へと間もなくその四脚を及ばせようという距離において止まったのは他でもない。
これから及ばんとしたその橋の上において、何らかの集団が恐らくは戦いを繰り広げているものと推察できたからだ。
「何か見えるかい、村上峡児」
一応エンジンを止めることなく運転手席においていつでも発進できるように準備を整えたフィリップが、助手席でカイザポインタへ目を通す村上へと声をかける。
すぐさま加勢してもいいのにわざわざこうして視察を行う理由は、一つに戦況の正確な把握のためだ。
誰が敵で、誰が味方なのか、そうした理解が曖昧なままで戦況をかき乱しても、却って仲間の気苦労を増やすだけ。
それに時間こそ経ったとはいえあのダグバと戦った疲労もいまだ完治とは言い難く、下手に手を出せばこちらがやられてしまう可能性も高かった。
かといって敵が誰であれフィリップに彼らを見殺しにする選択肢はないのだが、直接自分たちが戦いに赴くべきかトレーラーを用いた怪我人らの救助役に徹するべきかという身の振り方を判断するのは、決して悪手ではないと思えた。
「……まさか」
「どうした村上峡児?何があったんだ」
されど、その判断を委ねた当の本人は、ポインタを目から離し僅かに放心したように目を伏せた。
常に冷静沈着を絵に描いたような村上の珍しい動揺にフィリップは些か違和感を抱いたが、しかしこちらの懸念に気付いたか村上はいつもの表情を取り戻して向き直る。
「……いいえ、何でもありません。それよりも、あちらにいるのは貴方に聞いた左翔太郎さんの特徴によく合致すると思うのですが、確認いただいても?」
「な、翔太郎が!?本当か――――ッ!?」
思いがけぬ名前に平静を取り乱し、村上の手からカイザポインタを半ば奪い取るように受け取ろうとしたフィリップは、不意に腹部に強い衝撃を感じた。
仲間との、しかも狭い運転席の中でのやり取り故どうしても生じた隙が生みだしたその衝撃の正体が、他ならぬ村上が放った握りこぶしだったのだと気付くのと同時、フィリップは腹部に走る痛みによって強制的にその意識を刈り取られていた。
「……ふん」
力なく自身に傾れかかったフィリップを退けながら、村上はネクタイを締めなおしGトレーラーの助手席を後にする。
先ほどカイザポインターを通し見たあのオルフェノクは、恐らく単に同種というだけではないという確かな存在感を村上に訴えかけていた。
本能からか直感からか、“彼”が今までの自分が探し求めていたオルフェノクの繁栄に不可欠な我らが王なのだと、村上は半ば確信していた。
なれば、それまで築いていたコミュニティを裏切り王に尽くす選択肢を取ることは、村上にとって全く難しい選択ではない。
これまでにないほどの清々しい心地を抱いて、村上は戦地へと歩んでいく。
仮初の仲間と共に、最後に一滴残った彼自身の人間性をも置き去りにしながら。
◆
「ハァァ!」
ダークバイザーツバイが、空を切りアークへと迫る。
幾度となく受け止められたそれがまたも何の効果も見せぬままその灰の肉に飲み込まれるも、その一瞬がナイトへの反撃に繋がる前にガタックとランスの一撃が飛ぶ。
ナイトのそれと同様にどちらの攻撃も意味を持たずに火花だけをその場に残すが、しかしそれで攻撃を諦めるわけではない。
少なからずアークがその状況を疎ましく思い振り払おうとする勢いに任せて後退した彼らは、アークが続けざま光弾を放とうとするその瞬間に勝利の隙を感じていた。
「小野寺!今だ!」
「クロックアップ!」
――CLOCK UP
ナイトの合図に伴って、ガタックは自身の腰のクロックアップスイッチを強く叩きつける。
一人だけ高速の瞬間に飛び込んだ彼は、アークが自身に対する対抗策を講じるより早く、彼の懐に駆け寄りその両の手に携えた得物を重ね合わせていた。
「ライダーカッティング!」
――RIDER CUTTING
凄まじいタキオンの収束と共に、彼の持つガタックダブルカリバーが電子音声を放つ。
ダブルカリバーの間に生まれたエネルギーの奔流は、僅かな猶予さえ与えずアークの身体へと到達する。
一般の怪人であれば文字通り一刀両断に伏すことが出来るだけのそれは、しかし王たる彼の身体を前には些か役者不足だったが、それでも必殺の一撃には違いなくアークの動きを阻害する役割は十分に果たせていた。
――CLOCK OVER
高速空間を自分から終了させ、通常の時間軸へと帰還したガタックは、そのまま死力を尽くしてダブルカリバーを頭上へと掲げる。
それに伴いガタックの頭上を超えて持ち上げられたアークが、拘束を脱する為その力を行使するより早く、彼らの次なる手札は既に切られていた。
――MIGHTY
「やあああぁぁぁぁ!!!」
幼い声の気合と共に、緑の軌跡が宙へ舞いあがる。
ランスが構えたインパクトスタップの一槍は、無防備に構えたアークの胸元へ直撃し衝撃と共に大きくその身体を吹き飛ばした。
――FINAL VENT
そして勿論、この一世一代のチャンスをここで逃すはずもなく、ナイトが切り札を切ったことを示す電子音があたりへ響いた。
怒涛の連撃が効いたか、些か動きの鈍ったアークへとダークレイダーが放つ拘束弾が到達する。
それによって一切の抵抗を不能にされた王へ向け、一直線に突き抜けるは二輪駆動へと変形を果たした従者に跨るナイトの姿だ。
瞬間、その背に纏うマントが靡いたかと思えば一瞬のうちにそれは彼の全身を包み込み、まさしく疾風の名に恥じぬ勢いで以て加速を開始する。
無論ナイトの視界も閉ざされるが、それを意に介す必要もなくこの一撃で勝負は決まるだろう。
――ナイトの必殺技が直撃するその寸前、唐突にその場に生じた青い光弾が彼らの想定を全て覆すまでは、それは誰の目にも明らかな事象のはずだった。
「ぐああっ!?」
苦痛の悲鳴と共に、爆風によって持ち上げられた身体を地に打ち付ける三人の仮面ライダー達。
一発逆転を賭けた会心の戦略は無に帰し、ナイトのファイナルベントも消滅した為に二度同じ手を打つことは出来ない。
敗北の絶望が再び大きく目前に迫ってきたのを感じながらも、それでも諦める事はせず戦況の把握のため立ち上がった彼らが見たのは、あろうことかこちらに向けその手を翳す生身の人間であった。
彼は誰なのか、何故彼がアークではなく自分たちを攻撃したのか、そして何故生身のままこれほどの攻撃を行うことが出来るのか。
一切の理解が追い付かず困惑した彼らを置いて、突如現れたスーツの男はそのまま無防備にアークへとその足を進めていく。
「おいアンタ、何やって……」
素性の怪しい相手でも構わず呼び止めようとするナイトの声を無視して、男――村上はアークの前に迷いなく辿り着く。
彼はそれから立ち尽くすアークを恍惚の表情で数瞬見上げた後、忠誠を誓う様にその片膝をついた。
「あぁ、我らが王よ――会いたかったぞ。オルフェノクに永遠を齎し滅びから救うというその力、今この私に見せてみろ――!」
跪き見上げるだけの立場のはずながらも興奮と畏敬の入り混じった複雑な感情を吐き出す村上。
その口調は些か高圧的なものであったが、しかし王はそれを意に介する様子もなく、その巨大な掌で村上の頭を鷲掴みにした。
「ガアアァァァ!」
アークの掌から何らかのエネルギーが生じると同時、村上は悲痛な絶叫を上げる。
傍から見れば拷問のようにしか思えないそれを前にナイト達は立ち上がろうとするが、しかし身体は動かず。
どうしようもなく見届ける他なくなった彼らを前にして、いつしか迸るような強い光は村上の身体からも放たれ始めていた。
「おぉ……そうか。これが……これがオルフェノクの……ハハハ、ハハハハハハハ!!!」
昂る感情と共に叫んだ村上から発せられる光が一層の輝きを見せ、それを最後に収束していく。
瞬間、強い光に眩んだ瞳をゆっくりと開いたライダー達がその双眸に映したものは――まさしく人としての姿を捨て、完全なるオルフェノクへと覚醒したローズオルフェノクの姿だった。
「素晴らしい……いい気分だ。これで私は、本当に人間を捨て去ることが出来た」
恍惚とした口調で、されどどこか感情を欠いたように呟くローズ。
先ほどまでの興奮ぶりからすれば不気味そのものであるそれを前に戦慄を感じている暇は、しかし仮面ライダーには残されていなかった。
「ハァッ!」
思い出したかのようにこちらへと意識を向けたローズがその手を翳し、青い光弾を発射する。
先ほどは生身であったためか、或いは覚醒の余韻か。どちらにせよ先の一撃を大きく上回る威力を伴って爆発したそれは、呆気なく三人を蹂躙し大きく吹き飛ばす。
その強大な威力を前に強化形態であるナイトはともかく、ランス、ガタックの鎧は限界を迎えてその変身機能を解除され変身者の生身を晒してしまう。
目の前に広がる有り余る戦果によって、新たな自分への一層の満足を抱いたローズは、ふと足元に転がる見覚えのあるベルトを目に留める。
「む、これは……」
それは、自社の所有物であり王を守る三本のベルト、その最後の一本たるデルタギアに相違ない。
どうやら今の攻撃で誰かしらのデイパックから漏れ出たらしい。
吹き飛ばしたうちの誰かが持っていたのだろうかとどうでもいい思考を重ねつつ、ともかく手に入ったのであれば僥倖とローズはそれを自身のデイパックに収めた。
これで、三本。王を守るために存在しながら心無い者によって数多の同族を葬ってきた力が、ようやく全て我が手中に揃った。
まさしく今王が眼前に立つこの光景と相まって、最強の忠臣たる自分の手にベルトが揃ったのは半ば必然であるかのようにすら、彼には思えた。
「……待てよ」
僅かながらダメージの残る王を連れどこかへ逃げるべきか、そんな思考を繰り広げていたローズの背に向けて、荒い息の男の声が届いた。
ゆっくりと振り返り見れば、そこにあったのはあの
志村純一も纏っていた、青い蝙蝠を模した騎士の如きライダーの姿だった。
鎧のところどころに罅が入り、鎧の下の本人も恐らくは満身創痍なのだろう立ち姿勢には失笑を禁じ得なかったが、とはいえ捨て置くのは些か不安が残る。
「村上峡児ィ!」
なんにせよ自分が相手をすればすぐに済むか、とナイトへ向け歩を進めようとしたローズの元へ、降り注ぐ怒号が一つ。
声の主は確認するまでもない。先ほどまで自分が共に行動していたフィリップがもう目覚めたのである。
出来れば誰かしらの人質を取り首輪の解除を成し遂げさせようと命を取っていなかったのが裏目に出たか、と自身の甘さを呪いながら、ローズはゆっくりと振り返った。
視線の先にはフィリップの他にあの
相川始も立ち並んでいるのが見える。
これでナイトを加えて計三人。自分ひとりで相手どっても難しい相手ではないだろうが、些か骨が折れるのは事実か。
どうしたものかと思案して、すぐにローズはより効果的かつ素晴らしい戦略を描き出していた。
「王よ、これを。このベルトは、貴方にこそ相応しい」
今一度跪き、自身のデイパックより一本の黒と金のベルトを仰々しく王へと献上する。
帝王のベルトとも称されるその鎧は自身にもよく馴染むが、それが真に相応しいのはまこと王である彼に違いないという思いが、迷わずそれを彼の手から手放させていた。
同時、一方のアークもまた既にその使い方を知っているかのようにベルトを自身の腰へと迎え入れ、その手で以てデバイスへと正規のコードを打ち込んだ。
――0・0・0・ENTER
――STANDING BY
「ヘン、シン」
――COMPLETE
黄金のフォトンブラッドが、アークの巨躯を包み込む。
それに伴い生成された漆黒の鎧が彼の身体をより重厚にし、輝く赤の瞳が鋭く標的を射貫く。
仮面ライダーオーガ。帝王のベルトと呼ばれる鎧をオルフェノクの王が纏ったそれは、まさしく考え得る限りの最強のオルフェノクの姿であった。
「……」
他者とは比べものにならない威圧を誇るオーガが、ナイトに向けその足を進めていく。
その堂々たる雄姿を見やりながら、ローズも先ほど拾ったばかりのベルトをその腰へ巻き付ける。
そのまま滑らかな手つきで自身の耳元に専用デバイスを持ち上げて、彼はコードの代わりとなる自身の肉声をデバイスへと入力した。
「変身」
――STANDING BY
冷たく呟いた声がデルタギアへと承認され、変身シークエンスが開始される。
彼が手に持ったデルタフォンをデルタムーバーと呼ばれる受け皿へ収めると、次の瞬間には彼の身体は白いフォトンブラッドに満たされていた。
――COMPLETE
仮面ライダーデルタへ変身したローズは、その着心地を試すように手を揉みゆっくりとGトレーラーへと歩き出す。
その足取りに一切の迷いは存在しない。
ただ自身の前に立ちはだかる障害を退ける為のみの、かつて命を救われた相手すら一切の感情の揺らぎなく消し去るための、冷たい足取りだった。
「……来るぞ、準備はいいか」
一方で、躊躇なく向かい来るデルタの姿を視認した相川始は、フィリップへ向け最後の確認を取る。
突然叩き起こされ村上が裏切ったと言われたときは碌に会話をする暇もなかったが、いざという時に仲間への情やらが残っていて判断が鈍られても困る。
以前渡にも行ったそれではあるが、こうした確認を行っておくのは連携の上でも決して無駄ではないと、そう考えたのである。
「……あぁ」
問いに対する答えは、渡のそれとは違い迷いのない即答ではない。
だがその躊躇の瞬間から感じられるかつての仲間への躊躇さえも、仮面ライダーをよく知った今の時分にとっては、然程苛立たしいものではなく。
自分が求めていた答えの面倒さに我ながら呆れつつ、始は気持ちを切り替えるようにその手にラルクバックルを構えていた。
「変身」
――OPEN UP
――TURN UP
オリハルコンエレメントを潜りラルクへと変身した始の横で、同じくフィリップもギャレンへと変身する。
橘から受け継いだその鎧を纏うことに些かの抵抗は残るのかもしれないが、ともかく切り替えてもらわねば勝利の糸も掴めない強敵が相手であることは、この時点ではっきりしていることだった。
刹那、覚悟を決めたように正面を向いたギャレンがホルダーから銃を取り出すのと同時、ラルクもまた自身の得物たるボウガンから光の矢を放っていた。
最終更新:2020年01月08日 12:32