異形の花々(3)




「ぐあぁっ!」

その身を甚振る何度目かの斬撃に、ナイトは耐え切れずその背から地に落ちた。
敵はあの自身の命を奪いかけたオルフェノクが変身した黒い仮面ライダーに、後から合流した銀の仮面ライダーだ。
ベルトから見ても同じ世界に出自を持つのだろう彼らは、ナイトの悪い予感通り仲間であり、ただでさえ不利な状況は一層自身の敗北の色を濃くした。

黒いライダー……オーガだけでもナイトには防戦一方が関の山だというのにそこに加勢とあれば、この一方的な戦況も容易に理解できる。
それでもナイトが未だその鎧を纏い続けるのは、ひとえにこの姿で負けるわけにはいかないという、亡き友への意地によるものだ。
恋人の為、命を懸けた戦いに身を投じた友の思いを、今更自分が踏みにじるわけにはいかない。

そんなちっぽけなプライドだけが、今なおナイトの身体を立ち上がらせていた。

「……中々しぶといですね。しかし、そろそろ終わりにしましょう」

自分が加わってなおここまで手こずるとは思っていなかったのか、呆れと共に賞賛の情さえ込めた声を投げたファイズは、自身の腰に取り付けられた懐中電灯型アタッチメントへと手を伸ばす。
実力に劣るファイズすら碌に打倒できない有体のナイトを終わらせるには、やはり現状の最高威力を誇るクリムゾンスマッシュの一撃が有効だろう。
だがその腕がミッションメモリーをファイズポインターに装填するその寸前、彼の身体は唐突に現れた茶色の腕によって大きく吹き飛ばされていた。

「――えっ?」

驚きに目を見開き声を漏らしたナイトの目に映るのは、飛蝗のような風体をしたライダーの姿だった。
彼にもう少し注意力があれば、そのライダーのベルトが病院で翔太郎から麗奈へ譲渡されたものだと気付くことが出来たかもしれないが、ともかく。
人柄故か、突然現れた新手にしかし、ナイトは警戒より先に安堵を覚えていた。

「……やってくれましたね」

殴り飛ばされたファイズが、憤りと共に立ち上がる。
それと同時飛蝗の仮面ライダーも彼に向き直り、立ち向かうべく再び駆け出していく。
果たして任せても大丈夫だろうか、とそんな不安を抱く暇もなかったのは、ナイトの敵も未だ目の前に確かな存在感を伴って存在していたからだ。

「これで一対一、だな……」

状況を整理するように、ナイトが呟く。
一方のオーガは家臣が消えたことすら意に介さない様子で、再びその手に持ったオーガストランザーを大きく振り下ろす。
咄嗟の瞬発力で盾状になったダークバイザーツバイを構えて何とかそれを受け止めるが、しかし殺しきれなかった衝撃だけでも今までに感じたことのないようなダメージが、ナイトの全身に迸った。

これまでの疲労も相まって今すぐにでも身体が引きちぎれそうな錯覚を覚えるが、しかしそれでも腕を下ろすことはしない。
気合いと根性だけで勢いを殺し切り、右手に握るバイザーから抜き取った剣でオーガの横腹を切りつける。

「だあぁ!」

「――ッ」

小さな呻きと共に、鎧から火花を散らし後退するオーガ。
されど、浅い。すぐにでも気付いてしまったのは、最早自分に碌な力が残されていないことを知ってしまっているからだ。
ぶらりと垂れた自身の左腕は、もう限界を超えている。

恐らくは後数度今のように無理な攻防を繰り返せば、一生使い物にならなくなったとしても不思議はない。
限界を超えたダメージと疲労を感じながら、ナイトはオーガを睨みつける。
自分に残された手札で、敵に有効だと思えるようなものはもうないと言って過言ではない。

ブラストベントやシュートベントは打点が足りず、トリックベントはもう時間稼ぎになるかも怪しいところだ。
というよりもし仮にファイナルベントが残っていたとして、それでオーガを倒し切れたという自負があるかと問われればそれも疑わしいのだから、この状況は全く絶望的という他無かった。

(蓮……ごめんな)

「……」

無言で、しかし確かな殺意を持ってオーガが再びその剣を持ち上げる。
事前動作を目で終えるようなその動きがただ敵の緩慢さを表すような隙ではないことは、ナイトは既に知っている。

(俺、折角お前に貸し、作ってもらったけどさ)

文字通り空気を切り、今まさにこの身を真っ二つに切り離さんとする剣が振り下ろされる。
それをどこか他人事のように見上げながら、ナイトは自身の得物を握る手に力を込めた。

(悪いんだけど、これで終わりになるかもしんない――!)

瞬間、オーガの剣は碌な防御姿勢さえ取れないままのナイトを切り崩さんとその身体を捉え―――――。




















「――捕まえた、ぜ」

そして次の瞬間、その刀身を肩に背負うようにして受け切ったナイトが、勝ち誇ったような声を上げた。
その異様な自信にさしものオーガも危機感を覚え、オーガストランザーを持ち上げようとするが、しかし叶わない。
この千載一遇のチャンスを無為にはしまいと勝利を手繰り寄せるように、ナイトがオーガストランザーをその腕と肩で挟み込んだからだ。

なれば自由な足を使いすぐにでも距離を取らねば、とオーガが判断するが、しかし一手遅かった。
オーガがほぼ反射的に自身の得物を手離せなかったその瞬間に、ナイトの最期の攻撃は既に放たれていたのだから。

「だあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

絶叫と共に放たれたナイトのダークバイザーツバイの刃が、オーガの腰に鎮座するベルト、更にその中心の生命線たるオーガフォンへ、真っ直ぐに伸びる。
瞬間、敵の狙いを理解し、それは不味いと本能で察知したオーガは、神速の勢いで以てナイトの顔へ膝蹴りを放った。
それを受け、如何とも形容しがたい悲鳴と共に弾き飛ばされたナイトの鎧は、遂に限界を迎えた。

どさり、と音を立てて真司の身体が仰向けに倒れ伏す。
鼻を始めとして至るところから血が流れ、意識も朦朧として今にも気を失いそうなほど頭痛がする。
だがそれでも最後の最後まで意識を保ち続けようと意地を張り続けた、その理由は。

「――おぉぉ、おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

先ほどまでただ余裕と共に自身を追い詰め続けた宿敵が、そのベルトから火花を散らし苦悶するその姿を目に焼き付け、自身の勝利を確信するその為だった。
オーガのベルトに突き刺さったダークバイザーツバイが、からりと音を立てて地に落ちる。
それに伴いその身に走らせた罅を一気に広げたオーガフォンがエラーを起こし、そのベルトにセーブされていた高出力のフォトンブラッドを装着者に毒として放出する。

元々フォトンブラッドはオルフェノクにとって最大の毒なのだから、それを制御する機能が失われた今、オーガの鎧を身に着けることは最早拷問に他ならない。
或いは齎された傷が変身機能まで停止させればこの拷問も終わりを告げるのだが、果たしてそれまでの数秒だけでも、王にとっては十分致命傷と呼べるだけのものだった。
その瞬間を待ち望み、ただバチバチと全身から電流を流して苦悶に喘ぐオーガ。

その姿に自身の勝利を今度こそ悟ったか、真司は遂にその意識を闇に手放したのだった。

「……王!?」

そしてその予想だにしていなかったオーガの敗北は、ファイズの元にも届いていた。
王の目金にすら敵うオーガの圧倒的な力が、今は逆に身体を蝕む毒として王を苦しめている。
今すぐにでもそれを止めなければと、彼は脇目も振らぬまま、王の身体からオーガドライバーを引き剥がす為に走り出そうとする。

「俺を忘れるな」

だが瞬間、突如として目前に現れたパンチホッパーがその行く手を阻む。
言葉を返すより早くファイズは拳を振るうが、パンチホッパーには届かない。
躱し、或いは受け止め、その全てを時間の浪費という形で徒労に終わらせてくる。

「クッ、この死に損ないが――!」

「死に損ないはどっちだ」

らしくなく激情に身を任せ乱打を続けるファイズの面へ、パンチホッパーのストレートパンチが突き刺さる。
呻き後退したファイズを見やりながら、この因縁を終わらせるためにパンチホッパーは自身のベルトへと手を伸ばした。

――RIDER JUMP

電子音声と共に跳び上がった敵を睨みつけ、憤りを込めてファイズはファイズショットを握りしめる。
この一撃で示すのだ。オルフェノクの築く未来は揺るがないのだと、オルフェノクこそがこの世を支配するに相応しいと信じた自分は、間違っていなかったのだと。
ただならぬ思いを込め、グランインパクトを放つファイズ。

――RIDER PUNCH

それを迎え撃つは、宙より降り立つパンチホッパーの、ただ正義の勝利を信じる鋭い拳。
ぶつかり合った二つの意思と拳は、高速の世界でなお変わらぬ速度を誇る光に包まれて、大きな衝撃と共に両者を吹き飛ばした。

「ぐあぁっ!」

絶叫と共に、ローズの身体が地を滑る。
衝撃に耐えきれなかったファイズギアがセーフ機能を発動し、彼の変身を解除したのである。
またも戦いに敗れた無念に、今度こそは余裕を取り繕うことすら出来ずローズは地に拳を打ち付けるが、とはいえ無力に打ちひしがれている時間はない。

グググと軋む体を鞭打つように立ち上がり、使い物にならなくなったオーガギアの前で茫然と膝をつくアークごと、その身を薔薇に包み姿を消した。

「――ッ」

目の前で逃げられてしまったことに、パンチホッパーは思わず舌打ちを漏らす。
ある程度戦力を削れたとはいえ、村上もあのオルフェノクも、相当の実力を持つことに変わりはない。
与えたダメージが回復され再び襲ってくればどうなるか、正直なところ全く分からなかった。

「……うっ」

ふと、目の前に倒れる男が呻くのが聞こえる。
まさか生きているとは思わず驚いた、というのが正直なところだが、とはいえ始にとっても生きていて悪い気はしない。
取りあえずはこの男をフィリップのところに連れていき、治療を受けさせるのが先かと男を背に担いだパンチホッパーは、人知れず笑みを浮かべる自分を、確かに自覚していた。




「シェアア!」

カッシスの鋭い刃が、龍騎の頬を掠める。
ただの一撃すら躱し切れなかった事実に自分の疲労を実感しながら、されど龍騎は油断なくドラグセイバーツバイを振るうが、その剣は敵のもう片手に生えたレイピア状の腕に阻まれる。
なれば、とばかりにその脚でカッシスを蹴りつけ距離を取った龍騎は、自身のデッキへと迷いなく手を伸ばしていた。

――SHOOT VENT

ドラグバイザーツバイの放つ電子音に伴って、従者たるドラグランザーが龍騎の背後に追従するように出現する。
刃を収め銃のような形態に変化したドラグバイザーツバイをカッシスに向け構えれば、それを受けたドラグランザーもまたその口中に巨大な火炎弾を発生させる。
そしてそのまま、カッシスが龍騎の狙いに気付き感嘆の声を上げるのも気にせず、トリガーを引いた。

龍騎の挙動に伴い青いレーザーが照射されるのと同時、ドラグランザーの吐き出した火炎弾が容赦なくカッシスへ降り注ぐ。
一方で、それまで龍騎の攻撃を見定めるように立ち尽くしていたカッシスも、メテオバレットの名を持つそれが発動すると同時、何かを察するように横に跳んだ。
だが、それで簡単に逃がすような龍騎ではない。自身のレーザーとドラグランザーの火炎弾で以て、カッシスの身体を捉えようとする。

「――ガァッ!」

果たして龍騎の努力は身を結び、カッシスの身はドラグランザーの火球によって焼かれた。
同時、苦悶の声を漏らす彼の身は、どれだけ待とうと炎を吸収することはない。
そしてその光景を前に、龍騎はあることを確信していた。

カッシスワームの第二形態であるグラディウスの特殊能力たる、必殺技の吸収能力。
原理こそ不明だが仮面ライダーの必殺技を吸収し自分のものと出来るその力を取り戻したらしい今のカッシスに、何故メテオバレットが有効なのか。
その答えは、単純にドラグランザーの放つ炎は特殊なエネルギーを伴うものでなく単に超高温度の炎であり、つまりカッシスの吸収できる範疇のそれではない為だ。

確かにメテオバレットは仮面ライダーの必殺技であり、ライダーキックと同様並の怪人であれば容易に打倒できるだけの威力を持つ必殺技である。
だがそれを形成する力がタキオン粒子でもオーラエネルギーでも、ましてモーフィングパワーでもなくただの自然にも存在する炎である以上、カッシスには吸収出来ないのであった。

「……やるな、間宮麗奈」

炎に巻かれたその身体を、クロックアップを用いて何とか鎮火させたカッシスが、苛立ちを含んだ声で賞賛を述べた。
龍騎はそれに何を返すでもなかったが、今の一撃が有効だったことに対しては、確かな勝ちへの道筋を見出していた。
ドラグランザーの炎が通じるのであれば、自分にはまだ幾らか打てる手がある。

或いはデッキにある“あのカード”をうまく扱えればより効果的に勝利を手に入れられるかもしれないが、果たして手数の一つとして数えていいものかはまだ判断しかねる。
ともかくどちらにせよ今の攻防を経たカッシスもそう容易く反撃を許しはしないだろうし、最悪その素振りを見せた途端にクロックアップないしフリーズで動きを封じてくる可能性もある。
果たして、カードを引き抜き決めきれるだけの隙を作ってくれるものだろうか、と思案したその瞬間に、思いがけぬ幸運が龍騎に舞い降りた。

――CLOCK UP

聞き覚えのある電子音が、唐突にその場に鳴り響く。
何事か、両者共に新手に警戒を抱き振り返ったその瞬間には、カッシスの身体もまた敵を迎え撃たんと超高速の世界へ入門していた。
振り返り見れば、そこにいたのは茶の体表に灰色の瞳を持つZECTのマスクドライダーシステムの一種。

元の世界で影山瞬が変身しており、第一形態の時点で軽くあしらった彼如きが自分と間宮麗奈との決闘を邪魔したことに、カッシスは苛立ちを隠せない。
だが一方のパンチホッパーはそんな事情も露知らず、ましてカッシスの能力さえ知る由もなくその拳を振るっていた。

――RIDER JUMP

ゼクターを操作したパンチホッパーが、宙へ跳び上がる。
通常の攻撃ではこちらに届かないと悟って一発逆転の一撃に希望をかけたのだろう。
だがそんな迎撃も回避も容易なそれを、カッシスは甘んじてその身に受け入れようとその手を開いた。

――RIDER PUNCH

電子音声と共に、タキオン粒子迸るパンチホッパーの拳がカッシスへと突き刺さる。
その威力にカッシスも僅かながら後退するが、しかしそれだけ。
ライダーパンチの威力の大半を形成するワームに有効なはずのタキオン粒子は、当のカッシスワーム本人に余すところなく吸収されてしまったのだから。

「何……?」

困惑を表したパンチホッパーへ、新たな力に狂乱し腹から笑い飛ばすような豪快な笑い声と共にカッシスが迫る。
必殺の一撃が効かなかったどころか止めどない嫌な予感すら抱かせるカッシスの進軍に、パンチホッパーが戦慄を抱いたその瞬間、カッシスの腕は真っ直ぐに放たれていた。

「ライダーパンチ!」

禍々しいエネルギーの奔流が、カッシスの腕を伝いパンチホッパーの身を打ち据える。
その一撃の凄まじい威力に、まともな防御すら出来ぬまま彼は変身を解除され宙を吹き飛んだ。
一方で、無様に地に落ちたその変身者が以前自身が殺そうとした相川始その人であることを認めて、カッシスは下種な笑みを零す。

さて、どうやって殺してやるべきか。全く以て悩ましいとばかりに、愉悦と共にその足を進めたカッシスの足が突如として動かなくなったのは、それからすぐの事だった。

――FREEZE VENT

遅れて聞こえた電子音が、その現象を起こした張本人を主張する。
やられた、と思うが早いかクロックアップし拘束から抜け出そうとするが、しかしそれを可能にする足は既に凍り付いてしまっていた。
瞬間、自身に纏わり付く氷を叩き割る為の腕すら凍り付き、いよいよ反撃の一切が不可能になったカッシスの下へ、宿敵の声が降り注いだ。

「皮肉なものだな、乃木怜治。まさかお前を攻略するのが他でもない“フリーズ”とは」

「間宮、麗奈ぁぁぁぁぁ!!!」

既に勝利を確信したような龍騎の声に、抑えきれない怒りの感情をそのまま吐き出す。
だが一方の龍騎は、カッシスの絶叫にすら特別心動かす様子もなく、ただこの状況を生み出した一枚のカードを思い出していた。
先ほどパンチホッパーが敗北したその瞬間、彼女が切ったのは使いどころに悩み今の今まで自身のデッキに残っていたストレンジベントのカード。

その状況に最も相応しいカードへ変化するとされる、まさしく変幻自在のそれの効果を麗奈は正直眉唾物だと思っていたのだが、しかし或いはと一抹の希望を託したのである。
結果、発動したそれはカッシスへの意趣返しか、その能力と同じ名を持つフリーズベントへと姿を変え、彼がどれだけ早く動けようと関係のない拘束を彼に施した。
顔まで凍らなかったせいでこの忌々しい喚き声が続くのは少々いただけないが、それも最後だと思えば我慢は出来ると、龍騎は残る最後のカードをデッキから抜き取った。

――FINAL VENT

切り札の発動を意味するそれを受けて、ドラグランザーの背へ飛び乗った龍騎は、そのままバイクへと変形した彼に跨がり神速の勢いでカッシスへ迫る。
ドラゴンファイヤーストームと呼ばれるそれは、龍騎の世界の必殺技の中でも有数の破壊力を誇る最強の一角だ。
これを受ければ、幾ら今のカッシスと言えどその死はほぼ決定的なものと言って間違いない。

高まりきった加速の勢いのまま、ドラグランザーが前輪を持ち上げ高らかに咆哮を上げる。
その衝動のまま吐き出された火球がカッシスを直撃し、その身体と彼の周囲を燃やし尽くす。
火の海と化したその道を一直線にカッシスを打ち砕かんと駆ける龍騎はそのまま、ドラグランザーによる轢殺で以てこれまでの因縁全てに決着を付けようと力を込めて――。



















「――またしても最後の最後、見誤ったな。間宮麗奈」

先ほどまでの勢いはどこへやら、目の前で物言わぬドラグランザーを前に、カッシスはただ一人の世界で誰に届くこともない勝利宣言を呟いた。
彼以外の世界は全て制止し、自分だけがこの止まった時の中を動ける、フリーズの能力が遂に発動したのである。
だが、無論知っての通り、フリーズを発動するには高く掲げたその腕を胸の高さにまで勢いよく引き戻す動作が必要になる。

足どころか肩まで凍り付いていたはずのカッシスには発動は勿論予備動作すら不可能だったはずのそれをこうして発動できたのは、皮肉なことに奇跡の産物であった。

「皮肉なものだよ。まさか君自身の炎が、俺の氷を溶かしてしまうとは」

嘲笑と共に足下の、瞬間的に気化し質量の大半を失った氷塊を見やる。
先ほど龍騎の必殺技が発動したときは半ば諦めたものだが、まさか最後の最後、ドラグランザーの放つ炎が、自身を縛る氷を溶かしてしまうとは夢にも思わなかった。
とはいえこの戦法もここまで自分を追い詰めダメージを与えたことを思うと、これは龍騎の詰めの甘さというよりも、彼女と自分の間に存在する如何ともしがたい実力の差によるものなのだろうと、カッシスは自画自賛気味に笑った。

「後一瞬、俺が早く諦めていれば勝利は君のものだったろうに。……残念で仕方ないよ」

クツクツと、思ってもいない言葉を吐き、カッシスは強度を落とした氷を自力で叩き割って龍騎の前へ歩み出でる。
これが正真正銘最後の決着だと、名残惜しい思いすら抱いて、彼はその掌へ闇を集わせた。

「じゃあな、間宮麗奈。――消えろ」

止まったときの中で、ドラグランザーごと龍騎の身体をカッシスの掌から放たれた闇が包み込む。
絶叫すら許されないその世界で、それでも凄まじい衝撃故に姿勢を崩したその身体を、最後にライダースラッシュで横凪に切り倒す。
そしてそれによって全てが終わったことを確信したように、カッシスはそれきり彼女に背を向けてその腕を振るった。

追撃の為ではない。
ただ、自分の勝利を示し、そして彼女の断末魔を聞き届ける為。
止まっていた時を、元の流れに戻す為に。

そして同時、眠っていた世界は、突然に息を吹き返す。
制止する炎は思い出したように揺らぎ、それまで黙っていた音が空気の振動を伴って爆音を掻き鳴らす。
そして――。

「――ぐあぁぁぁぁぁぁ!?」

自身の待ち望んだ女の絶望に沈んだ敗北の声が、カッシスの鼓膜に愉悦をもたらした。
悲鳴と共に麗奈の身体が地に落ち、土がその白い洋服を汚す。
ベルトに装着されていたデッキが音を立てて割れ、従者たるドラグランザーは断末魔すら許されず消滅した。

敗北。それ以外に言葉が見つからない状況を味わっていると痛感しながら、麗奈はふと、自身の敗北の理由を悟っていた。

『あんたは納得いかないのかもしれないけど、いつか絶対に俺たちであいつを倒すから、だから今は――』

乃木との戦いに向かう前、自分を止めようとした真司の言葉。
麗奈は聞き流していたが、彼が言ったその言葉にこそ、自身が聞き逃してはならない敗因があったことを、今更に麗奈は感じていた。

(俺たち、か。結局私は、仲間を信じ切れなかったんだな……)

それは、真司は決してカッシスへ単身で挑むことを考えていなかったこと。
実力差を理解している、という以上に、きっと彼は知っていたのだ。
それが最も、確実な勝利を得るために必要な手段なのだと。

強い単身の力同士でぶつかって勝っても、結局は相手と同じ土俵に立ってしまった時点で、自分は昔と何も変わらないと認めたようなものだ。
もし仮にフリーズベントで動きを止めた際、乃木が吸収を出来ないだけの量の必殺技を同時に放てる仲間が、側にいてくれたなら。
乃木は自分の得物だと、周囲を遠ざけ一対一に拘ったが故の結末がこの無様な敗北なのだと、何故だか今は素直にそう認めることが出来た。

死が近づいた為の諦観からか、ただひたすらに自身の失策を悔いる麗奈の前に、未だ五体満足のカッシスが立ちはだかる。
いよいよ以て万策が尽きた心地で彼を見つめる麗奈は、最早抵抗する気力すらなく彼に翳される死の瞬間をただ待つことしか出来なかった。

「待、て……!」

瞬間、三度その場に第三者の声が飛び込む。
煩わしそうにカッシスが振り返れば、そこにいたのはどことなく見覚えのある、しかし脆弱を絵に描いたような白い仮面ライダーの姿。
遅れてきたヒーローの登場、とは到底思えない、歩くこともままならず構えすら不格好な彼の惨状を前に、思わずカッシスは鼻で嘲笑を漏らした。

小野寺ユウスケ!無理だ、やめろ!」

後ろから小野寺と呼ばれた青年を追いかけてきたのは、フィリップである。
小野寺ユウスケ、という名は確か、詳細名簿によれば五代雄介と同じくクウガに変身出来るとされていたか。
よもや目の前のボロクズがあのライジングアルティメットと同じ仮面ライダーだとは思いもよらず、カッシスは自身の不注意を呪った。

とはいえ、どちらにせよ地の石がまだ生きている可能性を考えるのであれば、この存在は早めに刈り取っておくべきだろうか。
或いは、後々自身の手中に地の石を収めることを踏まえれば、生かさず殺さず手元に置いておくことも一つの手なのだろうか。
そうして自身を死闘極める敵としてではなく、戦利品ないし傀儡になり得る材料として見定め始めたカッシスの思いも知らず、クウガはその足を一歩前に進めた。

「無理じゃない!だって俺は決めたんだ。中途半端はしないって、五代さんの代わりに戦うって。だから……!」

戦闘を維持できるだけの力が足りない、と警告するグローイングフォームの白に染まった身体を見やりつつ、しかしクウガは萎えぬ戦意で以てカッシスを、そしてその奥で倒れ伏す麗奈をその瞳に映す。
自分のせいで誰かを傷つけてしまうくらいなら、暴走はしたくない。
その思いは決して変わっていないが、だがそうして自分が躊躇ったせいで誰かの命が奪われるのをただ見届けるのは、それ以上に嫌だった。

ダグバに燃やし尽くされたあの警官を、青年を、京介を、小沢を、自分が救えなかった数多くの人々を思い出す。
もうあんな思いはごめんだ。自分がどうなるとしても、もうあんな犠牲は、二度と生み出したくなかった。

「これ以上誰かが目の前で傷つくのを、ただ見てるくらいなら……!俺は……究極の闇にだってなってやる……!」

並々ならぬ決意と共に、クウガはベルトへ手を伸ばす。
アマダムが再三の警告を脳へと直接伝達するが、しかしそんなものは無視だ。
自分がどうなろうと、それで誰かの笑顔を守ることが出来るなら。

それで自分は十分だ。究極の闇だろうと何だろうと、この身を堕としてやろうではないか。
悲壮なまでの自己犠牲と尊いまでの理想を抱いて、クウガの身は再び禁断の変身を遂げる。
体表を覆う装甲は不完全を表す白から、究極を表す黒へ。

その瞳は心の温かさを連想させる橙色から、深淵を覗くような透き通るような黒へ。
角は凄まじき戦士を意味する4本になり、その肩からは天を突かんとする鋭利な触覚さえ伸びる。
クウガの全てが戦いに特化したものへ染まり、その心さえ枯れ果て闇に葬られる中、対するカッシスは思わぬ得物に舌なめずりした。

よもや以前敗北を喫したクウガと、こんな形で再び相見えるとは。
正直に述べてあの時戦ったライジングアルティメットに比べれば誇る迫力は可愛いものだが、それでも退屈はしないだろう。

(リベンジマッチと言うべきか、或いは単に憂さ晴らし、と言うべきか。どちらでもいいが、楽しませてくれよ?もう一人のクウガ君)

自分勝手な思考を繰り広げたカッシスが、挑発の意を込めてクウガへ向けその腕を大きく開いたまさにその瞬間。
自我を失った究極の闇が、ただ目の前の標的を打ち砕かんとその足音を轟かせた。


145:異形の花々(2) 投下順 145:異形の花々(4)
時系列順
城戸真司
三原修二
アークオルフェノク
間宮麗奈
乃木怜治(角なし)
リュウタロス
小野寺ユウスケ
村上峡児
相川始
フィリップ

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最終更新:2019年12月10日 20:49