覚醒(2)




ファイズの銀の拳が、宙へ赤い軌跡を描いて敵へと迫る。
必死の形相で放たれたそれは、しかし黄のラインを走らせたカイザの腕に容易くいなされ、躱される。
思わず体勢を崩し、前のめりに倒れかけたファイズを半ば強引に押し上げるようにして、カイザショットの一撃が彼の中腹へと突き刺さった。

腹から空気が吐き出されるような嗚咽を漏らし、ファイズはアッパーカットの直撃に耐えられず宙に殴り飛ばされる。
突然訪れた不可解な滞空時間に彼が困惑を漏らすより早く、その身体は橋へと叩きつけられ、その勢いのまま数度転がった。
腹と背中に走る凄まじい痛みに荒く呼吸をして、それでも何とか立ち上がったファイズは、やはりというべきか目前の敵と自分の実力差を痛感する。

容易に想像出来たことではあるが、所詮ただの人間に過ぎない今の自分と、オルフェノクを統べる企業の長たる村上の実力は、簡単に埋められないほど開いている。
如何に自分が仮面ライダーとして戦う覚悟を決めたとは言え、結局は意識が少し変わっただけだ。
元より揺るぎない戦いの意思を固めていた村上と同じ土俵に立ったところで、素人に過ぎない自分がまともにやりあって勝てるはずもない。

分かっていたはずではあるがやはり現実は厳しいと、ファイズは改めて痛感する。
だが、だからといって彼の中に逃走を選ぶ自分がいるかと言われれば、その答えは否であった。
無論、ベルトを渡して命乞いをしろと叫ぶ声も逃げてしまえと喚く声も、変わらず自分の中には今も存在している。

だがその声に従ってカイザに背を向けるのは、リュウタロスの思いを継ぎ、かつて憧れたヒーロー、園田真理のように誰かを守ってみせると決めた今の自分には、到底出来なかった。
しかしそうして意地を張ると決めたところで、現実問題としてカイザに対抗するための小細工や戦う術は残されているだろうかと、ファイズは辺りを見渡す。
しかし、藁にも縋る思いでの咄嗟の行動でしかなかったそれは、意外にも彼に確かな光明を示した。

――あれがあれば、もしかすると上手くいくかも知れない。
視線の先に映った見覚えのあるデイパックの中身にファイズが希望を見出すのと、彼が駆け出すのは、ほぼ同時のことだった。

「むっ……?」

怪訝な表情で、カイザは一目散に何かに向けて走るファイズを見やる。
彼が向かう先にデイパックがあるのを認め、それを破壊しようかとも一瞬思うが、しかし自分の思うとおりのものがそこにあるのであれば、寧ろ好都合かとカイザは彼を見守ることにした。
彼にはどうせあれを使うことも出来ないのだし……そもそも、使うだけの度胸もないだろうから。

果たしてそんなカイザの余裕によって難なくデイパックへ辿り着いたファイズは、その勝手知ったるデイパックの中から一つのトランク型強化アタッチメントを取り出した。
ファイズブラスターの名を持つそれは、仮面ライダーファイズをその最強形態たるブラスターフォームへ進化させる機能を持つ。
無論、彼がその所在と能力を知っていたのは、偶然ではない。

何せこのデイパックは、先ほど彼が看取った無垢な魔人、リュウタロスのもの。
彼と共に支給品を確認しその説明も読んでいた彼にとって、ファイズを纏う今それはまさしく危機打開の為の切り札に違いなかった。
だが勢いに任せブラスターへ起動コードを打ち込もうとしたファイズに対し、響いたのはカイザが彼に制止を呼びかける声だった。

「――無駄ですよ、貴方ではそれを使うことは出来ない」

思わずカイザへ向き直ってしまったのは、それを告げた彼の声が焦りや恐怖とはほど遠い余裕が滲むものだったからだ。
恐らく、彼は本心から確信しているのだ。
自分ではこのブラスターを使うことも出来ず、もし仮に使用しても灰化して死ぬだけだと。

そしてそれは、ファイズとて今までの様々な要因から、既に理解している。
そもそも、本来であればオルフェノクしか使用出来ないはずのこのライダーズギアなど、自分には元より過ぎた力なのだ。
名護からの情報で知ったが、やはり自分の想像通りにオルフェノクだったらしい乾巧なら、問題なくこの強化アタッチメントも使用出来たのだろう。

だが人間である自分では、カイザに変身した他の流星塾生のように変身を解除した瞬間に灰化してしまうばかりか、恐らくこれを利用した変身すら叶うまい。
もしそれでも変身を断行すれば、この身に走るフォトンブラッドが鎧や力の源としてではなく、過ぎた力として牙を剥きこの身を一瞬で滅ぼすのだ。
思わず抱いてしまった未来の有り得る形に身震いし、トランクへと伸びていたファイズの手が迷いに垂れる光景を前に、カイザは予想通りだとばかりに一つ笑った。

「……安心してください。先ほどはああ言いましたが、それがあるなら話は別だ。ファイズギアと共にそれを渡してくれるなら、貴方の事は見逃しましょう」

ファイズブラスターを指さしながら、カイザはまるで宥めるように言う。
猫撫で声とも形容出来るだろうそれは、恐らくファイズがその提案を拒否するはずがないという確信に満ちている。
そして事実それは間違いなく、この状況ではこれ以上ないほど魅力的な話だった。

世界存亡をかけたこの殺し合いにおいて、村上は敵ではない。
ここでファイズブラスターを渡すことで、村上という強力な仲間の戦力増強が出来ると考えれば、この手にそんな力があるより余程意味があるのは違いない。
そう考えれば違いないが……それは、あくまで大ショッカーが開いたこの殺し合いのルールに従う上での話だ。

自分にとって、少なくとも今の村上を野放しに出来る道理はない。
間接的とはいえリュウタロスを殺し、これからもあの王とやらと組んで無差別に誰かを襲うのだろう彼にこの力を渡すなど、まっぴら御免だ。
そもそも、このファイズを始めとしたライダーズギアは父である花形から自分たち流星塾生に送られた物なのだから、それを他者に渡すこと自体が今となっては違和感を覚える。

様々な理由を逡巡し、やはり戦う以外に道はないと断じたファイズは、再びその手に持つトランクを胸の高さまで持ち上げる。
今度こそ驚きに僅かばかりその足を退いたカイザを前に、彼は精一杯強がって笑って見せた。

「俺には使えないって?そんな答えは、聞いてないんだよ……!」

それは、今は亡き魔人の――彼の友達の決め台詞。
どんな道理だかは知らないが、自分にこれを使えないとかどうだとか、そんな話はもうウンザリだ。
出来ないとかやれないとか、そんなつまらない答えなど聞いていないのだ。

もしそれが唯一無二の逃れ得ぬ答えなら、そんな運命変えてみせる。
そうだ、リュウタロスも言っていたではないか、『戦いというのはノリと勢いだ』と。
なれば今この戦いにおいて、明らかにノっているのは自分の方に違いない。

強いとか弱いとか関係なしに、“勝たねばならない”勢いを持っているのは、間違いなく自分の方に違いないのだから。

――5・5・5・ENTER

――STANDING BY

起動コードを承認したファイズブラスターが、人工衛星へと要請を送信し変身シークエンスを開始する。
指示に従い、ドライバーからファイズフォンを引き抜いたファイズは、しかし刹那カイザの嘲笑を耳にした。
呆れているのだろう。自暴自棄になって、拾える命を捨てた愚か者だ、と。

だが、ファイズは投げやりになった訳でもなければ、分の悪い賭けに無策で挑んでいるつもりもなかった。
戦いで死ぬつもりもなければ、勿論カイザに変身した他の流星塾生のように灰になって死ぬつもりもない。
これは、生き残るための戦いだ。

父の真意は未だ分からないが、それでも彼が自分たちを信じて託してくれたというのなら。
修二にとってそれは、心の奥底に眠る勇気を振り絞るのに、十分な理由だった。

――AWAKENING

トランク型アタッチメントにファイズフォンが装着されたのを受け、人工衛星がファイズに向けて強化スーツのデータを転送する。
赤い輝きに飲み込まれて、ファイズは思わずその身を焼くような熱量に身を悶えさせる。
全身を迸る赤いフォトンストリームが彼の全身を満たすように出力を上昇させ、フォトンブラッドの力がスーツを装着する修二にも襲いかかったのだ。

乾巧のそれとは違い一向に強化形態への変身を完了しないファイズに向けて、カイザは哀れみをも秘めた視線を向ける。
帝王のベルトにすら及ぼうという力を誇るあの赤いファイズを、唯の人間如きが使える道理などないのだ。
ともかく、この男が灰となった後にファイズギアとファイズブラスターを無事に回収できれば、それでこの場は良しとしよう。

そんな風に油断したカイザが、しかし瞬間その瞳に映した物は。
決して耐えられぬはずの熱量にファイズが順応を始め、徐々にその姿勢を真っ直ぐ正そうとする、その信じがたい光景だった。

「馬鹿な……」

思わず、驚愕に声が漏れる。
因子を埋め込まれた人間は愚か、並のオルフェノク程度では一瞬で身を滅ぼすはずのそれを、今彼は纏おうとしている。
それは自身で帝王のベルトを纏い、その力を身に染みて実感したカイザにとって、最も受け入れがたい光景だった。

言葉を失い傍観するカイザを前にして、ファイズは大きく吠えてその身体を天に向けて真っ直ぐに伸ばした。
それで以てスーツを転送出来るだけの準備が整ったと判断したか、降り注ぐレーザー光線はより一層の輝きを伴って彼の姿をいよいよ覆い尽くし、世界を光で包み込む。
刹那、離れた場所で事の顛末を見守っていたカイザですら直視できないほどの光量が、ファイズドライバーへ収束していく。

そして光が収まるその瞬間、彼の視線の先に立つのは最早通常のファイズではなかった。
全身に赤いフォトンブラッドを漲らせ、不要となったフォトンストリームは全身に自壊制御装置となって黒いラインを走らせる。
背中には巨大なバックパックを背負い、より重厚な印象を抱かせるその全身が、灰化することもせず直立していた。

――仮面ライダーファイズブラスターフォーム。
ファイズの最強形態にして、三本のベルトでありながら帝王のベルトすら凌駕する強度を誇る『555の世界』最強のライダーが、今そこに君臨していた。

「有り得ない……こんな事など……!」

しかし、その雄々しい姿に苦悩と苛立ちを覚える者が、ここに一人。
労せず手に入るとばかり思い込んでいたファイズ究極の力を、他ならぬただの人間風情が纏ったことに、カイザは憤りを隠しきれない。
こんな事は間違っていると示すために、彼はその激情のまま自身のベルトへと手を伸ばした。

――EXCEED CHARGE

カイザショットへとエネルギーが充填されるのを待たず、カイザは駆け抜ける。
今のファイズは奇跡にも近い偶然で無理矢理成り立っている張りぼてに過ぎず、自分が力を加えればすぐに崩壊する儚い幻想なのだと、そう証明する為に。
だが悲しいかな、我を失い直進するカイザは、ファイズにとって格好の的でしかなかった。

――1・0・3・ENTER

――BLASTER MODE

――EXCEED CHARGE

流れるような手つきでトランクへコードを打ち込んで、ファイズは大砲のような形へと変形したそれを両手で構える。
次いで再びENTERキーを指で押し込めば、銃口へ充ち満ちるは今までに感じたことのないような高密度のエネルギー。
手に持つ力に恐れを抱くこともせず、彼がトリガーを引き絞れば、放たれたのは一発の弾丸……否、砲弾。

フォトンバスターの名を持つその一撃へ向け、カイザは思い切り拳を振るう。
まるで自分の方が種としても個体としても優れているのだとそう叫ぶように伸びた拳は、しかしカイザの意を汲むことはなく。
ほんの一瞬の拮抗も許すことなく、彼の拳を打ち破りカイザの全身を蹂躙した。

「ぐわあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

許容の範囲を大きく超えたダメージに、ベルトが悲鳴を上げ吹き飛んでいく。
それを受けオルフェノクの姿を晒してもなお、フォトンブラスターの勢いは衰えることを知らない。
橋の中腹を削り、ローズの身体を引きずりながら、彼が偶然にもその背を向けていた欄干にぶち当たり無理矢理に制止するまで、赤い輝きは一切の減衰を見せることはなかった。

あと少しで川にローズを放り出せたという局面で砲弾がかき消えたのは、或いはローズの決死の抵抗が齎した産物だったのか。
だがそうまでしてこの戦場に止まろうと意地を張った彼はしかし、今の一瞬で力を使い果たしその意識を手放していた。
未だ硝煙を上げる銃口を見やり、改めて凄い力だとファイズは思う。

身震いするように一つ息を吐いて、ローズに止めを刺すべきかと思案したその赤い躰に向けて、瞬間死角から光弾が迫っていることをファイズは察知する。
ほぼ反射的にそれを躱し、後方で生じる爆炎には目もくれぬままファイズは光弾を放った異形に再び向き直る。
そこにあったのは、今の今まで静観を決め込んでいたオルフェノクの王たるアークが、堂々と立ち尽くし自分へ向けて敵意を剥き出しにする姿。

恐らくは村上の敗北を受け、万全な体調ではないながらもここでファイズを倒さなければ不味いと判断したのだろう。
或いは、元の世界で一度自身を打ち倒したその姿に、彼自身思うところがあったのかもしれない。
ともかく、戦闘態勢に入ったアークへ向けて、ファイズは今一度震える足で無理矢理立ち上がり、雄叫びと共に橋の上を駆け抜けていった。




――三原修二程度の人間がファイズの最強形態であるブラスターフォームに変身を遂げたことに、違和感を覚える者もいるだろう。
或いは、通常の仮面ライダーファイズへの変身そのものに不可解を感じる者もいるかもしれない。
無論、元の世界において修二はファイズに変身したことはない。

もしかすれば彼が持つ因子程度では園田真理と同じようにファイズに変身出来ない可能性すらあるし、もし仮にそれが可能なほど因子が適合していたとしても、ブラスターへの変身はまず不可能だろう。
恐らくは当初彼が支給品の中からファイズブラスターを見つけた時考えたのと同じように、或いは先ほど村上がそう断定したように、彼がブラスターフォームに変身するなど、夢のまた夢の話ですらあったはずだ。
だがそれらはあくまで、彼が単身で変身を試みた場合の話だ。

思い出して欲しい。何故ン・ダグバ・ゼバが、剣崎一真と同じように13体のアンデッドと融合したキングフォームに変身出来たのか。
本来であればカテゴリーキング一体との融合が関の山であったはずの彼が、低い融合係数でありながらそれを可能にしたのは、大ショッカーによって細工が加えられていたためだ。
ブレイバックルに、ではない。この会場に、でもない。

彼らが付けているこの首輪こそが、ダグバのキングフォームや修二のブラスターフォームを実現させた要因だった。
彼らが身につける首輪に、変身制限を齎すなどの大きなデメリットがあるのは既に何度も述べられた通り。
だが一方で、首輪を付けていることでBOARDの変身システムを誰もが副作用なく使用出来るようになるというようなメリットもまた、確かに備わっていた。

そのどちらもが突き詰めてしまえば、参加者間の不平等を可能な限り小さくすると言うバランス調整の目的から設けられた機能なのだが、それが上に上げた二例では特に顕著に表れたということだ。
剣崎一真にしか変身出来ないキングフォームが、他の参加者にも扱えるように制限されたというなら、乾巧他一部のオルフェノクにしか扱えないブラスターフォームを、因子を持つだけの修二が纏ったところで可笑しいことは何もない。
他にも、桜井侑斗しか纏えないゼロノスを誰でも纏えたことや、オリジナルですらない海堂直也が帝王のベルトたるサイガを使用出来たことなど、他にも近似例は事欠かないが、それはひとまず置いておくとしよう。

結局の所、今最も重要なのはただ一つ。
三原修二がブラスターフォームへと変身出来たのはこの場限り、それも大ショッカーが彼に与えた首輪を付けている時のみの話であり。
そんな偶然の積み重ねが、ここに奇跡の結晶として再び仮面ライダーファイズの最終形態を顕現させたという、そのただ一つの事実だけだ。

だが、そんな自分の身に起きている理論に基づいた結論など、当の本人は知るよしもない。
だから、彼が今自分に起きている出来事を、どうにか理解しようとするならば。
ブラスターフォームへの変身を問題なく完遂出来るほど、自分のノリが良かった、というそんな身も蓋もない話になるだろう。

だがそれで起きる問題は、詰まるところ一つもない。
彼が今ブラスターフォームへ変身出来ているのは紛れもない事実であり――そして同時、彼の友達たる魔人すら文句なしに認めるほど、今の彼はノっているのだから。
二人の友情が齎した勇気とその末に遂げた奇跡の変身に、異を唱えられる者など一人もいなかった。




「やめるんだ!小野寺ユウスケ!」

フィリップの悲痛な声が、戦場に虚しく響く。
究極の闇に染まったクウガ本来の優しさを呼び起こそうと放たれたそれは、しかし彼には届かない。
何の感慨も見せず戦いを続けようとする凄まじき戦士の姿を前に、しかしそれでもフィリップは懇願することをやめられなかった。

されど、必死の思い虚しくまたもクウガに殴り飛ばされるウカワームを前にして、彼は遂に無力感に膝をつく。
小野寺ユウスケを助けたいなどと身の丈に合わない願いを抱いたばかりに、自分を庇ってくれた麗奈が今、彼に痛めつけられている。
そして、助けてくれた仲間が実際に傷ついているのと同じくらいに、ユウスケに望まぬ暴力を振るわせてしまったという事実は、強く彼の胸を締め付けていた。

しかし、後悔に暮れ絶望している時間は、もう彼には残されていない。
少なくとも今Gトレーラーをも捨てて逃走の為の経路を取れば、真司と始の命だけは保証されるだろう。
これ以上仲間を失う訳にはいかないと後ろ髪引かれる思いを抱きながら振り返ったフィリップは、しかしすぐ目前に現れた影に足を止めた。

相川始、退いてくれ。僕の判断ミスだった。今すぐここを離れよう」

始に逃走の意思を伝えるフィリップの顔は、しかし苦しげだ。
やむを得ない選択だったのだろうそれを受けて、しかし始の表情はまだ諦観には染まっていなかった。

「いや、まだ手はある」

告げて始は、暴れ続けるクウガへ真っ直ぐその視線を向ける。
自分勝手な理由で使い潰し、その死を招いてしまったもう一人のクウガへの罪悪感が、彼を安易な逃走から遠ざけているのかもしれない。
或いは、先ほど思考を巡らせる中で、彼へ一瞥をくれてしまっていたこととその意味に、目敏く気付いているのかも知れない。

いずれにせよ、彼という男がわざわざ呼び止めてまでクウガと麗奈を助けようとしている事実は、理由はともあれフィリップの足を引き留めるのに十分なものだった。
果たして様々な思考を抱いて次なる始の言葉を待ち訪れた沈黙へ、彼は一石を投じるように突如それを打ち破る。

「フィリップ……俺の首輪を解除しろ」

放たれたその言葉は、しかしフィリップからすれば意外でもないものだった。
何故ならそれは、先ほど逃走以外に有効的な解決策を模索していた中で、最後の二択に残るほど有力な候補であったのだから。
かつて橘朔也の首輪を外した時と同じように、首輪を解除して変身制限から解放されれば、始の真の力を用いてクウガを抑えることが出来る……それは確かに有効な手だ。

もし仮に始が自我を保ったままジョーカーへと変身し、クウガの変身制限が来るまで戦ってくれるなら。
確かにそれが最も平和的にこの場を収められる術であることは、恐らく疑いようがないだろう。
だが、始の協力を得るのが難しいだろうと飲み込んだその提案を本人から投げかけられてなお――フィリップの表情は、暗く思案に沈むものだった。

とはいえその反応も、始には予想通りだったのだろう。
大した間を置くこともせず、彼は表情一つ変えずに一歩足を進めた。

「……お前の気持ちも分かる。だが、俺があの力を使わない限り、今のクウガは止まらない。……違うか?」

かつて病院大戦で五代を操り敵として立ちはだかった自分が首輪を外す、つまり変身制限を克服することに多大な葛藤があるのは、始とて理解している。
されど、この場で制限を抜きにして考えれば、クウガと互角に戦いうる力を持つのは自分を置いて他にはおるまい。
故に確たる意思で以てフィリップを揺さぶるように問いを投げれば、フィリップは気まずさに言葉を選びながらゆっくりと始へと向き直った。

「相川始、君の言うことは正しい。……だが、今の君の首輪を外す事は、僕には出来ない」

「……俺が、殺し合いに乗っていたからか?」

「正直それも、理由の一つではある。だけど……」

変わらず苦悩するその顔に、フィリップが自身の首輪解除を渋るのは彼の個人的な感情のみによるものではないらしい、とようやく始は思い至る。
もしや、首輪の解除が出来ないのか?いや或いは、彼の表情はまるで――。
一つの可能性に思い至り、まさかと目を見開いた始に対し、フィリップはさも彼の心中を見通したように重いその口を開いた。

「相川始、君の首輪を外すべきかどうか……正直僕はまだ迷っている。だけど、僕は小野寺ユウスケを救いたいし、出来れば犠牲も出したくない。だから、今からする話を聞いた上で……君に、その結論を委ねたい」

フィリップの眉間には、深い皺が寄っている。
きっとその脳裏には、始が敵に回った為に死んでしまった多くの仲間たちへの無念と、それでもなお彼を信じようとした剣崎一真や葦原涼の示した正義が交差しているのだろう。
だからこそ、彼は始を許すべきか否かという判断の最終材料を、これから始本人が下す決断に求めようとしているのだ。

例えその結果として、自分たちにとって強大な敵として始が立ちはだかっても、構わないという覚悟さえ抱いて。
並々ならぬ思いで自分と対峙したフィリップを前に、始は承諾の意を込めて強く頷いた。
それを受け、始自身も中途半端な気持ちで言い出したわけではないらしいことを理解したか、フィリップは戸惑いを飲み込むように始の目を真っ直ぐに見つめた。

「相川始、結論から言おう。君の首輪を外せば……恐らく君たちの世界は崩壊する」

「なに……?」

告げられた言葉は、あまりに予想だにしない衝撃的なものだった。
思わず困惑を漏らした始を前に、フィリップはそれも当然かという様に次々と矢継ぎ早に自身が持っている根拠を提示する。

「説明しよう。まずこの首輪は、大ショッカーが殺し合いの参加者を制限するほかに、その生死を判別するためにつけられている。恐らくは、放送で間違った情報を伝えないためにね」

我が物顔で説明するフィリップへ、何を分かり切ったことを、と怪訝な顔で始は頷く。
だが、これはフィリップにとってもあくまで前提条件の確認のつもりだったのだろう。
特に始の反応を見ることもせず、そのまま次の内容へと移る。

「次に、この首輪は生きている参加者に装着されている間だけ、その効力を発揮する。禁止エリアに置き去りにされた死体の首輪が爆破しないことからも、それは明らかだ」

それは、未だ始が知らない情報だった。
とはいえそれも想像の範疇ではあった為に、彼は大した思考の整理も必要とせずその情報を飲み込む。

「そしてこれは、さっきの放送で名前を呼ばれたのにダグバが生きていたことから分かったことだけど……恐らく大ショッカーは、僕たちが首輪を外すのも一つの戦術として認めているらしい」

今度は、流石に始と言えど飲み込むのに時間が必要だった。
わざわざ変身制限を設ける為この首輪を着けたというのに、首輪の解除を大ショッカーが認めているとは、どういうことか。
その困惑はフィリップとて分かっているのか、彼はなるべく伝わりやすいように言葉を選ぶ。

「まず、この会場には首輪を解析するための装置が幾つも設置されていた。最初は誰か第三者の存在を疑いもしたけど……違う。さっきダグバを放送で呼んだのは決して間違いなんかじゃなく、きちんと確認した上で大ショッカーが呼んだものだったんだ」

「確認だと……?だが奴はあの通り生きていたぞ」

「あぁその通り。だからこそ……戦術の一つ、という訳さ」

大ショッカーがダグバを呼んだのは確かにその死を確認したからだと宣うフィリップに、始は流石に疑問を投げる。
だがそれさえもお見通しとばかりに頷いた彼は、仕上げとばかりに勢いよくそのパーカーの裾を翻した。

「首輪を外した参加者は、死亡したと見なされる。例えダグバのように、爆発に耐えて生き残ったとしても、それは変わらない。つまりこの殺し合いの上では、クウガの世界の参加者は残り一人だけということになる」

「『クウガの世界』の参加者が残り一人だと?――まさか」

「そのまさか、だろうね」

至った一つの可能性に、始は思わず呻く。
首輪をどういった経緯であれ外した参加者は、首輪の機能が停止し死亡したと見なされる。
そして、この殺し合いで死亡するという事の意味は、何も放送でその名前を呼ばれるというだけではない。

つまり――。

「――俺が首輪を外せば、その時点で参加者が全滅したと見なされて『剣の世界』は滅びる……ということか」

最初に述べられた結論へ辿り着いた始に対し、フィリップは強く頷いた。
成程それこそ彼がこうまで自分の首輪の解除を渋った理由であり、同時にその結論を自分に委ねた理由なのだろう。
世界保守を理由に殺し合いに乗っていた自分に、目の前の惨劇を食い止めるためにその道を断つ覚悟はあるのかと、そう問うているのだ。

彼の意図を察した始は、深く思案に沈んだ。
自分の意思さえ失って望まぬ暴力を翳し続けるクウガを止めたいという思いは、嘘ではない。
だが一方で、正直この状況を利用して首輪を解除すれば、後々仮面ライダーたちを全員相手取ることになっても有利に事を進められるという考えが自分の中に存在していたのもまた、確かな事実だった。

だがしかし、この首輪を解除することがそのまま、大ショッカーの言葉が真であった際には愛すべき存在全ての消滅を意味するのならば。
様々な要因によってその言葉の真偽が怪しくなってきた今となっても、始にその選択肢を選ぶことは、不可能に近かった。
そもそも、この会場に来てこの方、自分にとって絶対の目的は自身の世界を守りあの親子や剣崎の守ろうとしたものを守ることなのだから、こんな危ない橋を渡る必要もない。

大ショッカーの打倒を目指しつつ、奴らの言葉が正しいと分かれば仮面ライダーらを裏切り優勝を目指す。
そんな誰からも罵られるような汚い戦い方こそが、自分が誰に何と言われようと世界を守るために選んだ道ではなかったか。
そうして、彼の心の中に潜む冷たい死神が、首輪を外すことなくこの場から迅速に逃走するという自身の答えをフィリップへ告げようとした、その瞬間だった。

――『始!』

――『始さん!』

彼の脳裏へ、温かい声が響く。
それは、既に亡き友がいつしか自分へ向けた笑顔と、命を懸けてでも守りたいと感じたか弱き少女の、無垢な笑み。
まるで自身の真意を試すように突如思い出されたそれに、思わず始は動きを止める。

まさしく、彼が人間として生きる中で空虚な死神の中に温かい人の心が宿ったときと、同じように。
冷たい結論を述べようとしていた始の口が、どうしようもなく躊躇に歪む。
冷静な思考ではここで首輪を外すなど性急すぎるとそう分かっているはずなのに、どうしてもそれを言葉にしたくない自分がいる。

ここでフィリップの提案を拒んでしまえば、恐らく何があったとして自分はもう二度と彼ら彼女らに対して顔向けできないと、そう思っているからか。
既に死んだ剣崎は勿論、世界が滅んでしまえばそもそも栗原親子にも、もう生きて会うことは出来ないというのに。
あまりに非合理的な自分自身の思考に混乱を隠し切れず、始は視線を彼方へ彷徨わせる。

ふと見れば、そこには先ほどと変わらずほぼ一方的にウカワームを痛めつけるクウガの姿があった。
先ほどまでのカッシスとの戦いによって負った傷が治り切らない為か、ウカでも防戦一方であれば耐えられる程度にはその迫力は失せているが、それでも脅威であることには変わりない。
対峙するウカ自身かなりの疲労を溜めていることもあって、クウガの変身が解除されるより早く彼女の命が刈り取られることは、まず間違いないだろう。

そう、自分が行かなければ、一人の大ショッカーに反しようとする存在が死に、そしてあのクウガもまた望まぬ殺戮にその手を赤く染めることとなる。
つまりは、誰かの笑顔の為に戦う……そう自分に向け真っ直ぐ言い切って見せた彼の意思をも、踏みにじる事となるのだ。
そうしてまた再び物思いに耽り思考を巡らせた始は、そもそも何故あのクウガにそこまで自分が拘っているのかを考え……そしてすぐに結論に辿り着く。

要するに、自分は重ねていたのだ。
今のクウガと、キングフォームの力に溺れて我を忘れて暴走した剣崎の姿を。
仮面ライダーとして気高い意志を持ち、その力で誰かを守って見せるといったはずなのに、強すぎる力に振り回されるその様は、まるであの時の剣崎の生き写しのようですらあった。

そこまで考えて、始は自分自身に呆れたように、小さく鼻で笑った。
自分は結局、殺し合いでその手を血に染めた今もずっと信じているのだ。
あの時の剣崎のように、仮面ライダーならば暴走する自分自身を抑え込み立ち上がれるはずだと。

力に呑まれ、青臭くも崇高な理想を捨て去る運命など覆せる者にこそその名を名乗る資格があるのだと、そう純に信じているのである。

(運命……か)

思わず過ったその単語に、始はまた思考を深めていく。
運命。つまるところ今のクウガに迫りつつある問題と、自分が選択を迫られている問題は、その言葉で繋がっている。
本来の使命を忘れ無慈悲な暴力を翳す運命を強いられたクウガと、大ショッカーが叫ぶ殺し合いによる世界崩壊の運命を受け容れようとしている自分。

果たしてそれらは、本当にどうしようもない絶対の結末なのだろうか。
いや、違うはずだと始は頭を振る。
そんな絶望を、仮面ライダーは享受しないはずだ。

もし仮に大ショッカーの言葉が正しかったとして、かつて剣崎が高く叫んだようにその運命さえ覆し望む未来を勝ち取って見せるのが、仮面ライダーのあるべき姿だろう。
それこそ剣崎と同じように自分を前にそう宣言して見せた、ジョーカーを名乗る異世界の男のように。
だというのに、彼らのような正義の体現者が変え得る運命を信じつつある自分は、それを何時までも傍観する立場に甘んじている。

世界崩壊という絶望の運命だろうと仮面ライダーが全てを救済する希望の運命だろうと、ただそれに流され甘んじようとしている。
だがそんな風に誰かに与えられた安寧を待つ受け身な姿勢では、きっと何の運命も変えることは出来ない。
ジョーカーの衝動にさえ抗い戦って見せ、ジョーカーが最後の一体になっても世界は滅びないはずだと信じた剣崎のようには、きっとなれないだろう。

――『始!』

再度脳裏を過る、友の声。
自分は彼に救われ、教えられたはずだ、運命を変える方法を。
それは、運命を変えることは出来ると信じ続けること、そして……運命と、真正面から戦い続けること。










長い思考を終え、始は目を見開く。
無限にも感じられたその時間は、実のところそこまで長くはなかったらしい。
神妙な顔で自身を見つめるフィリップへ向け、始は確かな意思と共に深く息を吸い込んだ。

「フィリップ……俺の首輪を、解除してくれ」

「――その言葉の意味は、分かっているよね?相川始」

「あぁ、だが……仮面ライダーは変えて見せるんだろう?世界が滅びる運命など」

問うた始の表情はまるで、憑き物が取れたように穏やかでさえあった。
彼は決めたのだ。自分もまた一人の仮面ライダーとして、運命を変える為戦う覚悟を。
もし大ショッカーの言葉が正しかったとしても、受け入れがたい絶望の運命は命を懸けてでも変えてみせる、そんなどこの世界にでもいる仮面ライダーの一人として。

彼の揺ぎ無い決意を受け止めて、フィリップはその懐から数枚のカードを取り出す。
それは橘朔也から彼が受け継いだカードの内、クラブスートのJ、Q、Kの上級アンデッドが封印された三枚のラウズカードだった。
突然の譲渡へ怪訝な表情を向けた始へ対し、しかしフィリップはカードを持つ手を引っ込めようとはしない。

「橘朔也が言っていた、多くのラウズカードを持っていれば、君はそれだけジョーカーとしての本能を抑え込めると。だから……君の決断への僕なりの敬意の形として、これを渡したい」

言われて始は、改めて三枚のカードを見やる。
最も自分が欲しているハートスートのものではないが、上級アンデッドが封印されているそれらはジョーカーになった時自分の意思を保つ上で、かなりの効果を持つだろう。
特に、睦月をスパイダーアンデッドの呪縛から解き放ったQとKの二枚は、きっと自分が相川始として戦う手助けもしてくれるはずだ。

「……礼を言う」

短く感謝の念を伝え、始はそのカードを受け取る。
何のこともない譲渡だったが、それは少なくともフィリップにとっての始の存在が、何度他者に裏切られた上でもなお信じるに値する人間だと判断されたことを示していた。
言葉少なくも確かな信頼を交わし合った彼らは、しかしそれからすぐ表情を引き締める。

ウカワームは今もなおクウガの暴力に晒されている。
決死の思いで首輪を解除したというのに全てが終わった後だった、では洒落にならない。
急かすように指示を飛ばしたフィリップに従ってGトレーラーへ戻り、始は椅子へ腰掛ける。

「それじゃあ……始めるよ」

確認するように声を掛け、フィリップは彼の首元へと次々に様々な工具を宛がう。
首輪には様々な種類があると聞いていたが、それに関する懸念は漏らさなかったのは、既に金居のものを解析してアンデッドの首輪の内部構造を知り尽くしていたからだ。
実際に首輪を解除するのは二度目のはずだというのに持ち前の才能で以て手際よく作業を進めていくフィリップの進捗を、始は耳で聞くことしか出来ない。

だがしかし、それでもなおそう長くない後、この忌まわしき銀の輪から自身の首が解き放たれることだけは、彼にも確信出来ていた。


149:覚醒(1) 投下順 149:覚醒(3)
時系列順
城戸真司
三原修二
アークオルフェノク
間宮麗奈
乃木怜治(角なし)
小野寺ユウスケ
村上峡児
相川始
フィリップ


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最終更新:2020年01月09日 17:46