覚醒(3)




目の前に迫る黒い闇に、ウカワームは何度目かの戦慄を抱く。
傍から見ても満身創痍で傷だらけの身体を引きずり、しかし戦意だけは一切萎えることなく戦い続ける今のクウガは、まさしく生物兵器の呼び名に相応しい。
持ち前の回復力さえ満足に扱えずその身からは絶えず赤い血が流れ出ているが、彼は気にする様子もない。

地面にその血を巻き散らかしながら、ウカへと迫りまた拳を振るう。
これだけの傷を負いながら未だに超常の域にあるその豪腕は、今もなお彼女の手に有り余るほどの威力を伴って衝撃を伝導する。
歯を食いしばり、足を地面にめり込ませながら必死の思いでようやくそれを受け流したウカは、そのまま返す刀で鋏を振るう。

だが、彼女自身の体力もクウガと同じように限界を迎えつつある事が、災いしたか。
今までのそれとは違い少しばかり狙いがずれて放たれた角度の浅いそれは、幾ら今のクウガと言えど捌ききるのは容易かった。
思い切り鋏を腕で撥ね除けて、そのままウカに向けて思い切りストレートキックを放つ。

蹴りとは思えない風を切る音と、ウカの甲殻に足がめり込む鈍い音が響いて、まるで冗談のようなスピードでウカが彼方へと吹き飛んでいく。
彼女を受け止める壁もなく、数秒の滞空を経てウカワームは地面を抉ることで無理矢理その勢いを殺す。
傷つき疲れ果て、遂に間宮麗奈の姿を現した彼女に対して、クウガはゆっくりとその歩みを向けた。

超自然発火能力ですぐに燃やし尽くさないのは、それだけの力すらもう残っていないのか、或いはアマダムの自壊によって無意識下のユウスケの思いが僅かに今のクウガにも作用しているのか。
どちらにせよ、もう数秒も経てばクウガは問題なく麗奈へその拳を突き立てることは間違いない。
だが果たして、この虚しい戦いが誰の望みも果たさない最悪の結末で終わろうという、まさにその瞬間。

クウガは背後から凄まじい勢いで迫る何らかの圧縮されたエネルギーを感じ取った。
勢いよく振り返り、その腕の突起で以て飛来した何らかの物質を受け止める。
自身への攻撃を試みたその存在を、クウガは新たな標的として認める。

果たしてその瞳に映る奇襲を試みた狙撃手の正体は、彼と同じく黒を基調とした身体に、赤い心臓を思わせるハートの意匠が刻まれた一人の仮面ライダーであった。

「……フン」

一方で、クウガの意識が麗奈から自分に移ったのを受けて、黒い仮面ライダー……カリスは狙い通りだと不敵に笑う。
彼の首には既に、忌まわしき銀の首輪はない。
まさしくウカワームの命が失われようというその瞬間に、変身制限から解き放たれこうして危機一髪の状況に馳せ参じたのである。

さて、とカリスは身構える。
ひとまず変身制限を克服して彼女を救い、クウガが望まない殺戮を止めるという第一目標は達成できたが、、クウガの注意を惹くことなど今までもやろうと思えば出来たことで、本題はあくまでここから先、自分が変身制限まで彼の相手をし続ける事にある。
最もそれが可能であると確信した為に、この混乱極める戦場で自分の首輪が解除された訳ではあるのだが。

自身に向けて走り抜けるクウガは、まさに心を失った獣だ。
そんな姿に在りし日の自分を重ね合わせ、カリスは思わず吐き気を覚える。
あんな風に暴れ回ることしか知らない化け物など、醜い以外にかける言葉が見つからないほど醜悪で蔑むべきものだ。

だがしかし、今自分は再びそんな獣の姿に身を変えようとしている。
あのクウガのように、或いは病院でのように見境なく暴れ回るためではなく、寧ろその逆の目的のため。
忌むべきあの力を乗りこなし、人の心で以てクウガを巣くう獣を鎮めんとする為に。

力でしか力を制することが出来ないというのなら、ジョーカーという運命さえ越えて自分がクウガに彼自身が望む姿を思い出させてやろうではないか。
かつて剣崎にそうしたように、或いは記憶の中の剣崎が、先ほど自分を再び仮面ライダーにしてくれたように。
仮面ライダーは自分自身にだって、打ち勝ってみせる力を持っているはずだから。

「――ウオオオオォォォォォォ!!!」

大きく高く、そして強く、カリスは天に向け叫ぶ。
まるで肺を突き破り喉を引き裂かんとするようなその絶叫は、まさしくこの身体の奥底から湧き出る本能の体現だ。
心臓が不自然なリズムを奏で、全身から汗が噴き出し瞳孔が拡散する。

まさしく人の身ではない存在であることを示すようなその変化を、しかしカリスは……否、始は受け入れる。
かつてその身を自由自在に変化させられるアンデッドを相手に、ジョーカーの姿を囮に使ったのと同じく、上級アンデッドのカードと強い意思があれば、この死神の姿とて乗りこなせないものではない。
少なくとも剣崎達との絆を深め、自分が人間だと信じる今の始にとって、あの姿はもうかつて怯えていたほどの脅威には感じられなかった。

咆哮する始の意思に従って、その身が緑と黒のカミキリムシのような姿に変わる。
死札ではなく、切り札として立ったその瞳に宿るのは、確かな人の温かい情。
その心には未だ相川始の思いが根付き、力に支配されることのない変わらない思いが、クウガを鋭く睨み付ける。

それは、死神と恐れられたジョーカーアンデッドが世界崩壊の運命を覆すため、凶行を繰り返す究極の闇を前にして立ちはだかる姿であった。
新たな強敵の登場に、低くうなり声を上げたクウガを真っ向から迎え撃ったジョーカーは、彼とほぼ同時にその顔目がけパンチを放つ。
クロスカウンターの形で互いの頬を抉ったそれは、それぞれに赤と緑の血を吐かせ、その距離を無理矢理引き剥がす。

相手の拳の威力に、思わずふらつきつつ直ぐさま放たれた蹴りもしかしまた、両者ほぼ同時。
交差した右足に痺れるような感覚を覚えながら、二人の胸にそれぞれ相手の足が到達する。
呻き、またも距離を離した両者の距離がまた0になるまで、そう長い時間はかからなかった。

――もしも今のクウガに思考能力がまだ残っていれば、この数度のぶつかり合いだけできっと気付いたことだろう。
この相手は、自分と同じ手合いの者だと。
エネルギー源の話ではない。その有り余る攻撃力と回復力に任せ戦闘を行うその戦闘スタイルそのものが、凄まじき戦士となったクウガによく似ているのだ。

だからこそ互いに、相手の攻撃を躱したり防御したりという小細工を弄することもない。
優れたその戦闘続行能力を存分に使ったスタイルで以て、ただひたすらに相手より早く多く拳を振るう。
そんな乱暴な戦い方が、二人の間で今互角の勢いを伴って繰り広げられていた。

この場の誰も知り得ぬことだが、皮肉にも両者はその戦い方だけではなく万全の上での実力もまた、ほぼ互角だった。
かつてクウガと互角に戦った、13体のアンデッドと融合を果たした仮面ライダーブレイドキングフォーム。
それが行き着く先、或いはそうまでして得た力でようやく互角の文字通り規格外がこのジョーカーアンデッドなのだ。

今は互いに大きく消耗しその力をすり減らしているために、かつてのキングフォームとアルティメットフォームの戦いの時のような惨状にはなり得ないが、しかしそれでも本来であればあれと同じだけの被害を周囲に齎すことも出来ただろう。
つまりはそう、橘朔也がそう予想したように、ジョーカーはまさしく凄まじき戦士となったクウガにも敵いうる数少ない存在の一人だったのである。
或いは、キングフォームとアルティメットフォームの戦いがあくまでこの場での様々な恩恵と制限によって互角に保たれたものだと言うならば。

超自然発火能力をも無為にし、純粋な体力と攻撃力でクウガと互角に渡り合えるジョーカーこそ、彼にぶつけるには最高の好敵手と呼ぶに相応しいのかも知れなかった。

「ガアァッ!」

クウガが吠え、ジョーカーを再び殴りつける。
それによって血がまた傷口から吹き出して、ジョーカーの中に眠る闘争本能を強く刺激する。
戦いが苛烈を極める度どうしようもなく高鳴るそれを受けて、思わず彼は歯噛みした。

自分がこの姿でジョーカーを制御できるのは、あくまで短い時間だけだ。
それも、こんな最上の相手と鎬を削るような激闘を繰り広げていれば、その内手綱を握りきれなくなったとしても何も不思議はない。
この場で戦い続けて自分までも暴れるという事態を招いては本末転倒かと、ジョーカーはクウガの振るう腕を脇で挟み込む。

そのまま、思わぬ拘束に身を悶えさせるクウガを抱いて、彼は橋から川に向けて勢いよく飛び込んだ。
高さ数十メートルはあろうかという高さを一切怯むことなく落ちる二人は、そのまま全身を水面へ打ち付ける。
一定の速さでぶつかればコンクリートよりも硬くなるとさえ言われるそれに100kgを越える体躯を衝突させたダメージは、今の彼らには凄まじい衝撃だ。

呻くように少し悶えるが、しかしそれもほんの一瞬だけ。
瞬く間にに怯むことなく立ち上がり、彼らは川の流れさえも無視してひたすら相手に自分の拳を突き立てる為だけに、互いの顔へ目がけてまたその拳を放っていた。




「大丈夫かい?間宮麗奈」

「あぁ……私は問題ない」

ジョーカーがクウガを連れて川へ飛び込んだ後、取りあえずの安全を確保したフィリップは、麗奈の元へ歩み寄っていた。
その表情には未だどうしても麗奈を信じて良いのかという疑念が浮かんでいたが、それでも尚こうして生身で近寄ってきてしまう程度には、彼はお人好しなのだろう。
それが分かっただけでも麗奈には十分だったし、城戸真司が目覚めれば必然的に彼の懸念も解けるだろうと、大した心配をすることもなかった。

起き上がり、服に付いた砂埃を払った麗奈は、そのままフィリップと共にGトレーラーへ向かおうとして、しかしその視線の先にもう一つの戦いがあることを認めその足を止めた。
そこにいたのはデルタと同規格らしい仮面ライダーに、この戦いの発端となった圧倒的な実力を持つオルフェノクの二人。
赤い仮面ライダーは信じがたいことに、その戦闘スタイルから見るにあの三原修二が変身しているのようだが、あのオルフェノクの疲労もあってか、今のところは互角にやり合えているらしい。

だがそれでも彼の戦い方は稚拙極まりなく、オルフェノクに対して消耗が明らかに激しい。
どうやらあの形態そのものが彼にとって無理のあるものらしく、デルタに変身している時に比べてもなお彼の動きはどこか覚束ないものだ。
少なくとも、あのオルフェノクを相手にして誤魔化しが効かなくなるのは時間の問題だろうと、麗奈は見切りを付ける。

自分が、行かなくては。
使命感にも似た思いを抱いてGトレーラーとは逆方向へ歩き出した彼女を見て、フィリップは思わずその肩を引き留めていた。

「待て、間宮麗奈。今の君が行ったところで、死にに行くような物だろう」

「そうかも知れん。だが私は――」

「――行かせてやれよ、フィリップ」

突如その場に響いた声に彼らが振り向けば、そこにはさも最初から居たかのような立ち振る舞いで欄干に寄りかかる乃木の姿があった。
恐らくは今までのウカワームとクウガの戦いも遠くから悠々と観戦していたのだろう。
麗奈が死にかけただとか、クウガが暴走して生身の参加者に襲いかかるかも知れないだとか、そんな事は彼にとってどうでもいいことなのだ。

いよいよ彼が仲間として自分の前で取っていた行動は自分の利益の嘘に塗り固められたものだったのだと確信し、フィリップは堪えがたい憤りを覚える。
だがそんな彼の怒り肩に大した感慨を抱く様子もなく、乃木はそのままゆっくりと彼らの前へ歩を進めた。

「おや、だんまりか?まぁいい、それよりも……決着を付けようか?間宮麗奈」

フィリップには興味をなくし、麗奈へ翻った乃木の表情は、余裕に溢れている。
当然だろう、見るからに満身創痍である彼女には、それだけでなく変身手段すらもう残されていないのだから。
だがそれでも毅然とした態度で乃木を睨み付け続ける麗奈に退屈したのか、痺れを切らしたように彼は懐から一本のベルトを投げ渡す。

「――使えよ。それがあればまた、俺と戦えるだろう?」

危なげなく麗奈が受け止めた見覚えのあるベルトに、フィリップは目を見開く。
彼女が今手にするそれは、草加雅人が使用していたカイザギアの一式だ。
恐らくはその辺りで村上が落としたものを偶然拾ってきたのだろうが、入手経緯は大した問題ではない。

今彼が危惧しているのは、カイザを使用した際に装着者に襲いかかる余りに重い代償についてだった。
適合した者が変身しない限り、このベルトは装着者を灰化させその命を奪い取る。
フィリップは勿論、乃木も麗奈も同様に知っているだろうそれを百も承知で、乃木は今彼女に問うているのだ。

死を約束された鎧を纏ってでも、自分と戦う気はあるか、と。
きっとそれは乃木にとって、単なるお遊びに過ぎないのだろう。
先にフリーズを誇示した事で、カイザに変身しようとしまいとお前に待ち受けている運命は同じだと、そう暗に示しているのかも知れない。

だがそんな彼の狙いなど考える必要もないと、麗奈はカイザドライバーをその腰に装着する。
そのままカイザフォンを開き変身コードを入力しようとした彼女に対し、フィリップは思わず彼女の身体ごとその両肩を強く揺さぶった。

「正気か!?それで変身したら、君は死ぬんだぞ!そうでなくても、今の君じゃ戦う事なんて無理だ!」

「いや、どちらにせよ奴にこの状況で私を見逃す気はないだろう。ならば、最後に私はやるべき事をやる」

揺るがぬ意思でカイザフォンを構え、鋭い瞳で自身を睨み付ける麗奈の毅然とした姿に、乃木はしかし小さく嘲笑を漏らした。

「見上げた根性だな、そうまでして俺と戦いたいか?」

「勘違いするな……貴様などの相手をしている暇はない」

「何……?」

麗奈の言葉に、乃木は思わず困惑を露わにする。
あれほど自分との因縁に固執していた彼女が、いきなりそれを切り捨てるとは思いもしなかったのだ。
理解が及ばない様子の乃木に対し、麗奈はゆっくりとその視線を果てない空を見上げるように泳がせた。

「私は間違っていたのだ。掟に縛られず、あの雲のように自由に生きると決めたはずなのに、いつまでも貴様の存在に囚われていた。そのせいで……ようやく手に入れた一番大事な物まで、見失うところだった」

「一番大事な物だと?」

「あぁ、それは私にあってお前にないもの。つまり……仲間だ」

思わず問うた乃木に向き直った麗奈の瞳には、もう迷いなど何もない。
人間としての心をも抱いて生きてみせると宣言したあの時、それを支えてくれた翔一や真司、リュウタロスと言った数多くの仲間がいてくれた有り難さを、自分は忘れていた。
だから昔の因縁に拘って結果として彼らを危険に晒し、龍騎のデッキをも身勝手な戦いで破壊してしまった。

何と自分は愚かだったのだろうと自嘲の念も勿論沸くが、しかしもうあんな事は繰り返さないと麗奈は誓う。
人間の“私”がワームの“私”に託してくれた彼らという存在を、もう取りこぼすことはしない。
その心赴くままに自由に生きる今の彼女にとって、かつての掟などもうどうでも良かった。

「あの間宮麗奈が仲間……人は変わるものだと言うが、まさかワームも同じとは」

「御託は良い、そこを通して貰うぞ」

「間宮麗奈……」

興味をなくしたように道を譲った乃木には目もくれず進む麗奈に、フィリップは思わず声を掛ける。
カイザに変身すると言うことは即ち、避けられぬ死を運命付けられると言うこと。
そんな覚悟を以てまで仲間の為に戦おうとしている彼女の姿は、紛れもなくフィリップの知る仮面ライダーのそれだった。

だが麗奈は、それ以上フィリップに何を言うこともしない。
ただ一つだけあまりにも優しい笑みだけを残して、それからカイザフォンに今度こそコードを入力する。

――9・1・3・ENTER

――STANDING BY

「変身……!」

――COMPLETE

まさしく最後の変身を紡いだ麗奈の身体に、黄のフォトンストリームが走る。
それは一瞬のうちに防護スーツを形成し、彼女の身体を頑強な鎧に包み込んだ。
呪われたベルトと呼ばれたカイザへの変身を遂げた麗奈に、しかし感慨に耽る時間は残されていない。

今も戦い続ける仲間を救うため、もう宿敵たる乃木に目もくれることもせず、彼女は一目散に戦場へ向けて駆け出した。

「……ハッ」

その背中を冷ややかな目で見つめながら、乃木は何度目とも知れぬ嘲笑を漏らす。
最初にカイザを投げ渡した時は悪い冗談のつもりで、まさか本当に使うなどとは思いもしなかった。
最も、フィリップが何らかの代替案を提示したり、麗奈自身が別の変身手段を使用するようならフリーズで直ぐさま殺そうと考えていたので、漏れた殺気が見抜かれていたのかも知れない。

だが仮にそうだとしても、どうせこの場で自分に殺されて死ぬくらいなら、仲間を救って死ぬ方がマシだとでも言うのだろうか。
それならば本当に彼女も甘い仮面ライダー共に影響されて変わった物だと、称賛の意を送りたいところである。
最も、数多の裏切り者を粛正してきた彼女が今更自由に生きられる道理もないだろうと、嘲笑してやりたい気持ちの方が相変わらず強いのだが。

「乃木怜治……!」

らしくなく思考に沈んでいた彼の背中を、痛いほどに真っ直ぐな瞳が射貫く。
十中八九フィリップだろう。どうやら恨み言の一つでも言いたいらしい。
だが、わざわざそんな泣き言のようなことを聞いてやる必要もない。

勿論、大ショッカー打倒に有能な人材である彼をここで殺すつもりも、一切ないのだが。
ともかく、取り合うだけ得もないと、乃木は彼に振り返ることもなくフリーズを使用してその場を後にする。
そして一人残され、やり場のない苦悶を抱えたフィリップには、もうカイザの戦いを見届ける以外出来ることは残されていなかった。




「だああああぁぁぁぁぁ!!!」

ファイズの赤い拳が、アークへ深く突き刺さる。
その威力に呻き僅かに怯んだ王はしかし、次の瞬間には腕を横凪に振り払い、ファイズの顔を殴りつける。
防御の姿勢も取れず吹き飛んだファイズは、得物も持たない素手の戦いでは不利かとばかりに、置き去りにしていたトランクへ駆け寄った。

あれを操作されるのは不味いと本能で分かるのか、アークが妨害の意を込めて触手を伸ばすが、それより早くファイズは反撃の狼煙を上げていた。

――BLADE MODE

コードを受け大剣へと変形した得物で、彼は触手を切り払う。
先ほどまでの勢いが嘘のように一刀の元に触手群が両断されていくのは気持ちの良い光景だったが、これは勿論ファイズとアークの相性によるものだった。
幾らアークオルフェノクが王とさえ呼ばれる強力無比な力を持つとは言え、所詮彼はオルフェノクの範疇から脱してはいない。

王を守り、反抗する者を討伐する為作られたライダーズギアに用いられるフォトンブラッドという元素は、アークにとっても問題なく効果的に作用する。
故にこそアークの攻撃はファイズに余り届かず、逆にファイズの攻撃は全て実際の威力以上の力でアークに襲いかかっているのだ。
無論、それだけの相性による優劣があったところで、オーガギアのオーバーヒートがなければ、その相性差を補ってアークの勝利は揺るぎなかっただろうが。

ともあれ、触手ではファイズには対抗出来ないと判断したアークは、今度は掌から光弾を放つ。
通常の三本のベルトで変身した仮面ライダー程度なら一撃で戦闘不能に追いやれるだけの威力を持つそれを前に、流石にファイズも真正面から無策で受け止める愚は犯さない。

――FAIZ BLASTER TAKE OFF

急ぎコードを入力し、背部に取り付けられたフォトン・フィールド・フローターユニットが急激に熱せられその身体を宙に押し上げる。
地上で爆発した光弾の勢いさえ利用して急上昇したファイズは、そのまま一気にアークへ向け急降下を開始した。

――EXCEED CHARGE

入力された指示に従い、ファイズブラスターに光の大剣が構成される。
一撃必殺、フォトンブレイカーの名を持つそれを携えてバーニアを吹かし接近するファイズを追い払うように、アークは次々に光弾を放つ。
だがそれも、エネルギーが充填した巨大な光刃の敵ではない。

光弾を切り伏せ、或いは数発を左右に躱して、ファイズは妨害を意に介することもなくアークとの距離を0にする。

「はああああぁぁぁぁぁ!!!」

遂に、フォトンブレイカーの一撃がアークの元へ到達する。
無論アークとて愚かではない。その直撃の寸前に腕を交差させ、身を焼き切らんとする大剣を拒む。
刹那、拮抗した両者の動きはまんじりともせずその場で停滞する。

バーニアを燃やし剣を切り抜かんとするファイズを相手に、アークはその超常を逸した怪力で以て一歩も退かず応じる。
つまり言うなればそれは、究極の力比べだった。
『555の世界』最強のライダーと最強のオルフェノク、その意地と威信をかけた、文字通り頂上決戦。

互いに咆哮を上げ、全身全霊で以てこれで終わらせると意気込んだこの局面を制したのは、しかしやはりというべきか、より体力を残していたアークだった。
その腕の筋を高出力のフォトンブラッドで焼かれながら、しかしそれでもなお種を統べる王としての威厳で以てフォトンブレイカーを撥ね除けて見せたのである。
敗北し、ファイズブラスターをも手放してバーニアの制御も出来なくなったファイズは、無防備に地面に打ち付けられる

辛うじて未だブラスターフォームの変身は解除されていないが、それでももう今のように俊敏な動きでアークを追い詰められるだけの体力は、彼には残されていなかった。
倒れ伏すファイズとは違い未だ二の足で立ち続けるアークが、その掌を翳す。
今またあの光弾を放たれれば、もうファイズに避ける術は残されていない。

これで万事休すか、と彼が諦めその瞳を閉じかけた、しかしその瞬間。
聞き覚えのある電子音声が、その耳に届いた。

――EXCEED CHARGE

突如アークの身体が、黄色いエネルギーネットに拘束される。
当然光弾の発射さえも取りやめてそれから脱しようと藻掻くアークにしかし、終焉の時は待つこともせず訪れようとする。

「イイイヤアアアァァァァ!!!」

ファイズの後ろから駆け抜け、一発の弾丸と化して迫るカイザの声に、ファイズは聞き覚えがあった。
というより、最早聞き間違えるはずがないのだ、この場に残る女性は、もう間宮麗奈一人しか残されていないのだから。
光条と化し、アークを貫かんと迫るカイザを思わず拳を握って応援するファイズ。

だが、敵もまたその程度の攻撃で倒れるほど甘くはない。
ブレイガンから放たれたワイヤーネットを物ともせず引きちぎって、アークは今まさにその身体に突貫しようとしたカイザをその豪腕で力任せに振り払った。
ただの一撃が掠っただけでまるで風に揺られる紙切れのように容易く宙へ投げ出されたカイザは、受け身も取れず地面に直撃する。

辛うじて変身は保っているが、しかしそれすら精一杯と言った様子の彼女を見て、ファイズの身体は考えるよりも早くアークの動きを止めるため動いていた。

――FAIZ BLASTER DISCHARGE

背中のマルチユニットを変形させ、その両肩にブラッディキャノンと呼ばれる二門のエネルギー砲を携えたファイズは、そのままアークに目がけ圧縮エネルギー弾を乱射する。
大凡フォンブラスターの300倍とも言われるその威力を前に、さしものアークすら怯むが、しかしそれも一瞬の話だ。
すぐにその弾丸の雨を物ともせずに立ち尽くし、自身の頑強さを周囲に誇示する。

いよいよ以てブラッディキャノンを全身に浴びながらゆっくりと歩き始めたアークに対し、ファイズの手札も尽きたかに思われたその瞬間、しかし王の進行は突如停止する。
どういうことかと光弾を止め見やったファイズの目に映ったものは、アークを後ろから羽交い締めに拘束するカイザの姿だった。
もう彼女には必殺技を使用するだけの体力も残されていなかったのだろう。

それでもなお自分たちの勝利を掴むために、最後の力を振り絞って再び立ち上がって見せたのだ。

「間宮さん!?」

ファイズの叫んだ困惑に、アークを押さえるカイザがゆっくりと頷く。
言葉もなく、しかしその仮面の下にある麗奈の表情すら読み取れるような万感の意を込めたそれを見て、ファイズにはもう動揺するだけの時間も残されていなかった。

――FAIZ POINTER EXCEED CHARGE

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

絶叫を放ち、ファイズは駆け抜ける。
これでこの戦いの全てを、終わらせる為に。
背に装着するバーニアの勢いさえ利用して高く跳び上がったファイズは、その急降下の勢いのまま、宿敵へ向けてその右足を真っ直ぐに伸ばした。

「――だああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

必死そのものとしか形容しようのない叫びが、周囲に木霊する。
彼の中に残る全ての余力を込めたその蹴りは刹那、凄まじい光量で辺りを包み込む。
誰もが目を開けていられないような閃光の中、それでもファイズは、高く高く叫び続けていた。










――光が晴れたとき、その場に立っていたのはファイズだけだった。
今すぐにも倒れてしまいたいほどの疲労を押さえ、それでも自分に為さねばならないことをしようとしたファイズだが、瞬間その身から急速に力が失せる。

――ERROR

ファイズブラスターが承認を否定するような電子音声を放つと同時、修二の身からファイズの鎧が引き剥がされる。
システムに無理矢理弾かれたようなその強引な変身の解除に、修二は思わず今まで流星塾生がカイザを使用して灰となって死んだという話を思い出す。
自分がこうしてブラスターフォームに変身出来たこと自体が奇跡のようなもので、自分にもその運命が来てしまったのだろうかと。

だが幸運にも、この変身の代償を受けて灰化するのは、彼ではなかった。

「え……?」

彼が困惑を漏らすのも、無理はない。
今彼の目の前で一瞬の内に灰へと帰したのは他でもない、エラーを吐き出したファイズギアとファイズブラスターそのものであったのだから。
――修二は知るよしもないが、彼がいるのとは違う『555の世界』においても、似たような事例はあった。

変身一発と呼ばれる発明品により、オルフェノクどころかその因子すら持たないただの人間が、カイザへの副作用のない変身を可能とした時のこと。
カイザギアは問題なく作用しその鎧を人間に齎したが、その代償としてベルトを灰化させたのである。
無論、それが変身一発による効能の一種だと考えることも出来るだろうが、しかしそれをベルトそのものの防衛機能と考えることも出来るのではないだろうか。

そもそも三本のベルトは、オルフェノクによって彼らの王を守る為に作られたベルトだ。
様々な要因が巡り巡ってオルフェノク同士で戦う際に用いられるのはともかく、敵にしかなり得ない人間にただで使わせる意味はない。
もし仮にセーフティとして設けられているオルフェノクか否かを判断する機能を人間が何らかの手段で突破した場合、ベルト自体が自壊するよう作られていたとしても何も不思議はないのだ。

まぁ、大ショッカーがこうした状況を見越した上で首輪にそういったセーフティを設けていたのかは、実際の所はっきりとはしないのだが。
或いはこの現象は、オルフェノクの記号を持つ修二と首輪の機能が噛み合ったために生まれた一種の奇跡だったのかもしれないが、ともかく。
今大事なのは修二がブラスターフォームへの変身を果たした上でもなおこうして五体満足で生還できたという、その事実であった。

――ERROR

どうあれ、今自分が考えても事情が分かるはずもないと思考を切り上げた修二の耳に、先ほど自分も聞いた電子音声が届く。
翻り見れば、ベルトそのものへのダメージでカイザギアが火花を散らし、麗奈の身体からカイザの鎧を消失させるその瞬間であった。
苦悶に喘ぐ彼女に急ぎ駆け寄って上半身ごと抱き起こせば、麗奈はどこか満足げに修二の顔を見上げた。

三原修二、強く……なったな……」

「間宮さん……」

何とか、彼女も自分と同じように現世に踏み止まってくれるのではないか。
そんな希望を抱いた修二を嘲笑うように、麗奈の皮膚は徐々に灰色に染まっていく。
もう長くないことを知らしめるようなその変化に顔を強張らせる修二の一方で、麗奈はまるで全てを受け入れているかのように儚げに笑った。

「これで……死ぬのは三度目か」

奇妙な人生もあったものだと、麗奈は微笑む。
一度目は人間として、二度目はワームとして、そして三度目はそのどちらでもない“私”として。
それぞれが何から何まで異なる人生だったが、麗奈にとっては、この三度目は今までと比べ特別異なるもののように感じられた。

人間とワーム、それぞれの種族に殉じた今までと違い、今回はそのどちらでもない“私”として生きたのだ。
種としての誇りや記憶など関係無く、自分自身がしたいことを行ったこの人生は、まさに自由だった。
志し半ばで倒れた一度目や今まで抱いたことのない心地を初めて覚えた途端死んだ二度目と違い、三度目である今回は自分がやりたいことをやりきったとそう言い切れる。

勿論、元の世界に戻り“彼”に会うという目的は果たせなかったが、それでも麗奈の心に悔いはなかった。
自分に自由な生き方を教えてくれた仲間たちを守る為この力を尽くし、そしてこうして一人の掛け替えのない存在を守ることが出来たのだから。
満足感に満ちあふれた表情で空を見上げた麗奈は、その青の中を泳ぐ雲へと、その手を伸ばす。

風に流され、気の向くままに行き先を決める雲たちの動きは緩慢で、まるで本当にあの男のように自由で、そして何より優しかった。
かつて、今の三原修二のように自分を抱きかかえ看取ってくれた“彼”を思い出し、麗奈は先ほどまでとはまた違う笑みを浮かべる。
人間としての私が抱いていた感情が、この私にも伝染したか?それとも或いは、私たちは最初からどちらも……?

取り留めのないそんな思考を、彼女は意図して切り上げる。
これ以上そんな事を考える必要もない。
精々あの男が愛する雲となって、その行く末を天から見届けてやるとしよう。

「大介……」

思い人の名を呼んだのは、果たしてどちらの彼女だったのか。
それを知る術は、もうない。
伸ばしていた手も、そこから先を紡ぐはずだった口も、次の瞬間には灰と化して溶けてしまったのだから。

手に抱いていたはずの麗奈が消え失せてしまったことに、修二はやりきれない思いで拳を握る。
リュウタロスの次は、麗奈だ。
彼ら彼女らを守りたいと思って戦ったはずなのに、結局自分はどちらにも助けて貰ってばかりで守ることなど出来なかった。

だけれども、そんな自分の無力感に打ちひしがれて修二が戦意を失うことは、もうない。
彼らの願いだけでなく、真理や草加の思いをも抱いて戦うと決めた彼に、ここで立ち止まることなど許されないのだ。
涙を拭い、麗奈だった灰の山から彼女の首輪を持ち上げた修二はそのまま立ち上がろうとして、刹那身体に襲いかかる凄まじいストレスによって意識を刈り取られた。

灰化こそしなかったとはいえ、ブラスターフォームに変身したことにより生じた凄まじい力の反動は、そのまま彼の身に襲いかかっていたのである。
クリムゾンクロスと呼ばれる部分から伝わる余剰エネルギーが、容赦なく修二の身体から体力をこそぎ取る。
だが暴力的なまでの疲労感に呑まれ意識を手放そうとも、修二は眠る直前その顔に確かに無念ではなく達成感から来る笑みを浮かべていた。

――麗奈が大好きだったこの空と雲。
その眩しいまでの青さの中から、突如として一陣の風が吹いた。
それは修二の頬を撫で、そのまま彼のすぐ側に鎮座する灰を舞い上げて彼方へ運んでいく。

飛ばされたそれは何時しかリュウタロスの成れの果てである砂と混じり、何処かへそれらを乗せていく。
じゃれ合うようにもみ合い同化する砂と灰が自由気ままに風に踊り、空へ溶けていく。
それはまるで、リュウタロスが最後に大好きな麗奈を友に会わせるために、待っていたかのようですらあった。

そうして目的を果たした風は、最後に修二の新たな旅立ちを祝福するようにして一際強く吹いた。
感謝と称賛と、そしてこれから先の彼の行く先への激励を訴えるようなそれに、しかし終ぞ修二は気付くこともなく。
次の瞬間にはもう、風は止んでいた。




「あぁ、王よ……!」

ブラスタークリムゾンスマッシュの衝撃に弾き飛ばされたアークを抱きかかえて、ローズは半ば懇願するような声音でその身体を抱き寄せる。
王は最強のオルフェノクなのだ、こんなところで死ぬはずなどある訳がない。
ピクリとも動かないその肢体はまるで死人のようだったが、それでもなおローズは王の復活を信じ疑わない。

「貴方は、こんなところで死んではならない。さぁこの身を食らいまた再び――!」

焦りと興奮に加熱したローズの言葉は、しかしそれから先を紡ぐことはなかった。
彼がその復活を乞い続けたその王自身が、その身から青い炎を出して崩壊し始めたのだから。
それは、オルフェノク全てに共通する逃れ得ぬ死の現象。

全ての力を使い終えたオルフェノクが自分自身の身体をその炎で焼き尽くし灰と帰する、村上も寸分違わず知っているそれだった。
――元の世界ではブラスタークリムゾンスマッシュを食らっても死ぬことのなかったアークが今灰と化したとしても、可笑しいことは何もない。
三本のベルトで変身出来るライダーの容姿には王をモチーフとして取り入れているという逸話から、王がかつて現れたのは周知の事実。

そもそも王を守るベルトの制作経緯からして、復活のため同族を糧とする王を忌まわしく思うオルフェノクが、彼を何度も討ち取っているのは分かりきっている。
史実において幾度となく繰り返された王の死という歴史がここでまた繰り返されたという、ただそれだけの事。
付け加えれば、このアークは仮死状態にあったものを無理矢理入手し財団Xが蘇らせた、言わば急ごしらえの復活を果たした状態である。

無論、その強さに瑕疵こそないが、それでも数年単位をかけその依り代に相応しい存在を見出す本来の復活に比べれば、些か無理も出ようという物。
故に、王は今その身を無慈悲にも崩壊させようとしている。
自身を抱く忠臣が、その光景をどんな気持ちで見ているのかなど、知るよしもなく。

「あぁぁっ……ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

深く、そして絶望に溢れた慟哭が、天を貫くように高く響いた。
ローズの喉から放たれたはずのそれは、しかし本人にさえそう知覚できないほど悲しみに満ちあふれ、橋の彼方にまで轟くような声量だった。
だが、悲観に暮れる彼の元へ駆けつけてくれる仲間は、もういない。

仮初とは言えこの場で得られたはずのそれを裏切り種としての使命に殉じたのは他ならぬ彼自身の決断だったのだから。
その雄叫びは、どこまでも遠くへ、しかし誰に届くこともなく、ただ虚しく響いていた。


149:覚醒(2) 投下順 149:覚醒(4)
時系列順
城戸真司
三原修二
アークオルフェノク
間宮麗奈
乃木怜治(角なし)
小野寺ユウスケ
村上峡児
相川始
フィリップ


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最終更新:2020年01月09日 17:47