覚醒(1)
聖なる泉枯れ果てし時、凄まじき戦士雷の如く出で太陽は闇に葬られん。
彼の者、その清らかなる心を失い、究極の闇を世界に齎す。
彼の者、その疾走においてその一歩一歩で大地を轟かせ、その咆哮は天を衝く慟哭となる。
されど、彼の者が絶対的な強者であれるのは、元の世界においてのみ。
故に、10の世界が混ざり合うこの戦場においては、凄まじき戦士とて常識の範疇を逸しない。
それこそ、今彼の者が対峙する魔王の名を冠する異星からの来訪者に対しては、些か見劣りすると認めざるを得ないだろう。
なれば、戦士は諦め立ち向かうことをやめるのか。
否、清らかなる心を持つ戦士は、例え勝利が約束されていなくとも戦いに挑むことをやめない。
仮にその心が究極の闇に葬られようとも、守るべき誰かの笑みの為、その身を捧げることを厭わない。
痛ましいその献身が導くのは、悲劇かそれとも一縷の希望か。
それを指し示す物語が、間もなく幕を開けようとしていた。
◆
「アアアアァァァァァァ―――――!!!」
人ならざる獣のような咆哮が、空気を震わせその存在を世界へ誇示する。
黒き瞳と漆黒に染まったその肉体、凄まじき戦士と化したクウガの声に、その場にいる誰もが戦慄を禁じ得ない。
だが、驚愕と緊張に身を強張らせた面々の一方で、クウガの視線を一身に受けるカッシスワームは、その場でただ一人余裕の笑みを浮かべた。
その手を大きく広げ、挑発するように自身の存在を示威する。
だがそんな気障な仕草も、心を失った戦士に対しては何の意味も持ちえない。
ただ彼こそが向かうべき敵であるというその認識一つだけを抱いて、クウガは強くその足を踏み出した。
一歩、また一歩と彼が足を進めるたび、高く砂埃が舞い上がり蹴りつめた地面がまるで哭くように轟音を立てる。
雄叫びを上げ駆け抜けていくその戦士の姿は、まさしく一騎当千の兵(つわもの)のようだった。
「アアアァァ!!!」
クウガが、その掌をカッシスへ翳す。
ともすれば何の意味があるのか不明なその動作だが、刹那カッシスの身体が一気呵成に炎上する。
彼の持つモーフィングパワーによって空気中の原子が再構築され、カッシスの周囲の空気がプラズマ化したのである。
本来であれば苦痛に呻き藻掻いてもおかしくないその熱量は、しかしカッシスの腕の一振りで鎮火する。
自身の攻撃が無為に帰したという驚愕してもおかしくないはずの眼前の光景に、しかしクウガは大した動揺を示すこともない。
それならばそれで構わないとばかりに、彼は勢いよくその足を進めていく。
だが瞬間その疾風の如き猛進が押し止まったのは、今度はカッシスの翳した手によってクウガの身体がプラズマ化し燃え上がった為だ。
「……フン」
自身の力で身を焼かれるクウガを前に、カッシスは鼻で笑う。
彼の持つ必殺技を吸収する能力によって、クウガの必殺技ともいえる超自然発火能力を、彼もまたラーニングし身につけたのである。
だがその表情からは、先ほど仮面ライダー達の必殺技を我が物とした時のような興奮は見られない。
何故彼がそうまで冷静でいるのかという理由は、自身と同じように腕の一振りでその炎を鎮火するクウガの姿が示していた。
やはりか、とカッシスは思う。
先の病院大戦において、自身はもう一人のクウガが変ずるライジングアルティメットと戦い、その技をも手に入れた。
だが自身の闇でその身を滅ぼせと放った一撃は、本人には呆れてしまうほど簡単に打ち破られたのである。
故に此度のクウガが放つ攻撃もまた本人には大した効果を為しえないのだろうと、予め高を括っていたのだ。
だが、そんな今までのカッシスの戦いの変遷など、このクウガには知る由もない。
己が身に降りかかる火の粉を振り払うように炎を消し去ったかと思えば、彼は小細工は無駄とばかりに思い切り駆け出した。
「ウオオオォォォォォ!!!」
心を感じさせない絶叫を上げて、クウガがカッシスにその拳を振るう。
目にも止まらぬ速さで振り抜かれたそれは、しかし今のカッシスには防御も難しいものではない。
その片腕を盾状へと変形させ、爆音を響かせながらされど一歩も退くことなく究極の暴力をその一身で受け止めた。
「……ほう」
漏れた声には、敵の実力を見定めるような感嘆と同時に確かな余裕が滲んでいる。
その一合で、彼は二つのことを理解した。
一つは、このクウガはあの時自身を追い詰めた昇り行く究極には遠く及ばないが、しかし十分驚異的な能力を持っていること。
パワー、スピード、そして瞬発力……その全てが生物兵器と呼ぶのに相応しいだけの威圧と迫力を伴っている。
勿論ライジングアルティメットに比べれば大きく劣るが、それでもこのクウガもまた並の仮面ライダーに比べれば別次元の領域であることは認めざるを得ない。
特段何の計略も用意せずに戦えば、今の自分でも無傷で勝利することはかなり難しいだろうことは、火を見るより明らかだった。
そしてもう一つ分かったことは、それほど敵を評価した上でなお、自分の実力の方が勝っているという確信だった。
理由は単純。今の自分には仮面ライダー諸君から手に入れた多彩な必殺技があり、なにより何者にも敗れえぬ最強の固有能力がこの身に蘇っているのだから。
「フリーズ!」
勝利宣言の如く高く叫びながら一歩後ろへ引いたカッシスは、天に伸ばした腕を真っ直ぐ胸に向けて引き戻す。
彼がその動作を終了させると同時、韋駄天と見紛うスピードでカッシスに追撃を行おうとしていたクウガの全てが、凍り付くように静止した。
されどそれは、決してクウガ単身に対して発動された能力ではない。
まさしくカッシスを取り巻く彼以外の世界の全てが、彼だけを取り残して止まってしまっていた。
フリーズと呼ばれるこの能力は、先ほど龍騎を完封した実績も持ち、この会場における超常の中でも最強の一角だ。
目の前で無防備に停滞するクウガを見て、カッシスは自身の圧倒的な実力を再確認しながら、その腕を剣へと変形させる。
そしてそのまま、彼は思うがまま眼前の哀れな心を失った獣へその剣を振るった。
刹那カッシスの腕にクウガの肉を斬る感触が伝わり、紫の甲殻を赤い鮮血が濡らす。
敵の抵抗を許すこともない一方的な蹂躙によって、敵対者の生暖かい液体が自身の身体を伝うことに優越感を覚えつつ、カッシスはその腕にエネルギーを纏わせた。
放たれたインパクトスタップの一槍が、クウガの左胸を刺し貫く。
それと同時、一定の成果を認めたか、カッシスはフリーズを解除し通常の時間軸へと帰還する。
動き出す世界の中、ゆっくりと全ては動き出すが、しかしその中で唯一カッシスの猛攻を一身に受けたクウガだけは、大きくその身体を彼方へと弾き飛ばされていた。
大地を抉りながら転がり、大きく傷ついたクウガの身体はしかし、次の瞬間には回復を開始する。
瞬く間に無数の切り傷が塞ぎ、その全てが黒へと溶けていく。
ライジングアルティメットとの戦いでも嫌気が差したその尋常ならざる回復力は、どうやら彼にも備わっているらしい。
瞬時に立ちあがり、クウガは抵抗の拳をカッシスへ向け次々と放つ。
うち幾つかは防ぎ躱すことで無へと帰すが、しかし捌き切れなかった数発だけでも、カッシスの甲殻を歪ませるには十分な威力を伴っていた。
なるほど、とカッシスは思う。
なまじ一度自分を敗北にまで追いやったのと同種の仮面ライダーではない。
攻撃力と速さだけで言えば対処しきれる範疇だが、回復力を始めとするその戦闘続行能力を鑑みればやはり恐ろしい敵であることに変わりはない。
だがもう一度フリーズを行うまでに少しばかりの時間が欲しい、とカッシスは今一度ライダースラッシュをクウガへ放ち、無理矢理に両者の距離を引き剥がした。
それでもクウガは一瞬のうちに再び猛攻を開始しようと突撃してくるが、何もカッシスの戦法はフリーズだけではない。
クロックアップによって刹那を一秒ほどにまで引き延ばし、その瞬間にクウガへ向け暗黒掌波動を放っていた。
「ガアァッ……!」
軌道線状の地面ごと闇に抉られ大きく吹き飛ばされたクウガが、またも即座に立ちあがる。
これまでに連続した戦闘の疲労故か、肩を大きく上下させながらも、その身体はなお戦う為だけにその身を万全の状態へ瞬時に回復させる。
これは全く以て厄介な生き物だとカッシスは苦い顔を浮かべようとして、しかし瞬間とある事象に気付いた。
(こいつ……心なしかさっきよりも回復力が落ちてきている……?)
眉を顰め、クウガの身に刻まれた数多の裂傷を注意深く観察する。
……やはりだ。彼が持つ人並外れたその回復力によって、先ほどまでは瞬きの間に閉じていたはずの傷が、今は数秒経ってもまだその身に残り続けている。
それは、クウガ自身の生命力が度重なる激闘によって尽きつつある証左か、或いはアマダムの損傷によってその完全な生物兵器としての性能に泥がついたためか。
ともかくクウガに残る体力が最早残り少ない事だけは、この場で確かなこととしてカッシスにも伝わっていた。
(それなら、あまり無駄に長引かせるのも酷か)
フン、と鼻で彼は嗤う。
こうして自分とやりあう時間はそこまで長いわけではないというのに、ここまで疲弊しその絶命を予感させるクウガを手中に置くことに、カッシスは既に興味をなくしていた。
とはいえ今のクウガと言えど、悪戯に敵に回すのは気が引ける程度の実力は有している。
なればやはり、その生命力が発動するより早く終わらせるのが最適かと、カッシスは再びフリーズを発動させるためその腕を大きく掲げた。
瞬間、それを妨げるようにクウガは自身に向けまたも掌を翳し超自然発火能力を発動させていたが――しかしその炎がカッシスを燃やすよりも早く、彼は自分一人だけの世界へと突入していた。
またしても止まったクウガへ向け、カッシスは勝者の余裕を携えて近づいていく。
フリーズ発動の瞬間、彼がまるで断末魔の如く放った炎が築いた道を、ゆっくりと歩みつぶしながら。
「哀れなものだよ……君も、
五代雄介も。結局は自由意志を失い獣のように暴れるだけ暴れて死んでいくなど」
クウガへと放った言葉は、しかし当の本人どころか誰に届くはずもない。
抱いてもいない憐れみを言葉に滲ませてその腕へ再びタキオン粒子を迸らせたカッシスの目には、クウガの姿は既に倒した敵としか映っていなかった。
思い切りライダースラッシでクウガの胴を薙ぎ払い、それと同時時を再始動させたカッシスは、その身にクウガの身体から噴き出した赤い鮮血を浴びる。
あれだけの傷を受けた後、この量の失血をすれば果たして、今度こそクウガは死に至っただろう。
半ばそんな確信を抱き、自身の勝利を確認しようとしたカッシスの、その瞳に映ったものは。
―――――既に眼前にまで迫った、自身の顎を強かに捉えようとする究極の拳だった。
「なっ……!」
そこから先の言葉をカッシスが継げなかったのは、至極当然のことだ。
彼が何らの防御策ないし回避策を講じるより早く、クウガの狙いすました一撃が彼の面を打ち据え、その脳を強く揺さぶっていたのだから。
勝っていない、というだけならばまだしも、自身最強の能力であるフリーズを事実上攻略されたカッシスは、碌に受け身も取れぬまま無様に地を転がった。
「馬鹿な……!?」
驚愕に呻き、急いて状況を把握するため顔を見上げたカッシスへ、一瞬の隙も与えずクウガの追撃が突き刺さる。
筆舌に尽くしがたい嗚咽を漏らし、訳も分からないままカッシスは再度吹き飛ぶが、しかしこれ以上の無防備を晒すほど、彼は愚かではなかった。
ほぼ反射的にクロックアップを発動し、無理矢理クウガと自分を引き離すだけの時間を稼ぐ。
勿論、通常のクロックアップ程度の加速であれば今のクウガに捕捉することなど容易いが、されどそれでもクウガは、次のカッシスの行動を予測し勢いよく回避行動へ移っていた。
それと同時、抵抗のつもりか或いは目晦ましのつもりか、クウガが再び超自然発火能力でカッシスへ火を灯すが、しかし意味はない。
三度フリーズを発動し、クウガの動きが再び制止する。
間違いなくそれが発動したことに、カッシスはしかし攻撃の意思よりも早く安堵の念を抱いている自分を、自覚してしまっていた。
(何故だ……何故こいつが俺のフリーズを破れる……!?)
思わず抱いた戦慄は、自身の生涯においてこの能力を破った人間が、かの天の道を往く男に次いで二度現れるなど想定もしていなかったからだ。
それも、あの天道が武器に頼ってようやく成しえたフリーズ攻略を、自分の身一つで成し遂げて見せるなど、それこそカッシスにとっては考え得ぬことだった。
もしくは先ほどの一撃は偶然が生みだした奇跡だったのかもしれないと安易な考えも一瞬浮かぶが、自身が揺るぎない最強であるという安寧が醒め始め、冷静な思考を取り戻した彼の聡明な頭脳が、そんな甘さを消し去っていた。
(認めよう……こいつはまず間違いなく、俺のフリーズを既に攻略している……!)
心中で、憎々し気にそう呟く。
理由は分からないが、敵はもうこちらの手の内を理解し有効的な対策を編み出している。
無論、フリーズの発動中に与えたダメージの回復に手間取り、こちらへの致命傷に値するような一撃を放つことは出来ないらしいが、それも不幸中の幸いという程度。
一方的な蹂躙で終わらせることが出来るとばかり思っていた敵の思いがけぬ反撃に、カッシスはこの戦いへの認識を改めていた。
フリーズの持続が限界を迎えつつあることを理解したカッシスは、クウガへ向けライダーキックを放つ。
それによって、黒く染まり堅固な鎧と化したクウガの肉体を電流迸る足先が一閃すれば、クウガの身体は不自然にくの字に折り曲がった。
それと同時にカッシスはフリーズを解除するが、しかし此度その瞳は敵対者と認めたクウガを鋭く射抜き続けていた。
瞬間、止まっていた空気さえ爆音を伝える為の振動という形で動き出すその中で、カッシスの頬を再びクウガの強力な殴打が殴り飛ばす。
生じたインパクトが両者の身を大きく吹き飛ばすが、しかしそれによってカッシスはクウガがフリーズを見抜いた方法を、逆に見抜く事に成功していた。
結論から言えば、奴が目安にしていたのは他ならぬ自分自身だ。
時を止める直前にクウガが超自然発火能力で自分へ炎を放っていたのは決して無駄な抵抗ではなく、更に言えば攻撃ですらなかったのである。
奴は時を止めた瞬間と動き出した瞬間、その一瞬の炎の僅かな揺らぎだけで自分のフリーズ中の行動及び居場所を理解し、すかさず反撃に移っていたのだ。
ふざけた反射神経だと敵ながら称えたくなる一方で、しかしカッシスの中には未だクウガに対する疑問は燻り続けていた。
どれだけ今のクウガがあの哀れな傀儡と違い自分の飛び抜けた才覚を万全に行使できる状況にあるとはいえ、自身の能力をただの一度見ただけで対処できるとは考え難い。
事実として破られてしまった以上はその理不尽を認めるしか出来ないのは重々承知で、それでもなお彼は苛立ちを隠し切れずにいた。
――カッシスが知るよしはないが、その対処スピードを生みだしたのは様々な詳細こそ異なるとは言え、フリーズと同じ時を止める能力を持つ剣の王とクウガがかつて対峙していた経験の為だった。
最も、その剣の王の時を止める能力とてただの数回ほどで見抜き攻略していたのだから、カッシスの油断を考慮すればその経験は特段この戦いに影響を及ぼしていないのかも知れないが。
ともかく、膝をつき回復へとその力を集中させるクウガを、カッシスは油断なく睨みつける。
幾らフリーズへの有効的な対処法を見出したとはいえ、クウガが既に満身創痍であることは疑いようがない。
このまま数度今のような攻防を繰り返せば、敵への油断を捨て去った現状、カッシスの勝ちはやはり手堅いだろう。
だがしかし、そうして勝利を勝ち取ろうとしても、クウガの超反射による反撃を受けていれば自身も相応に消耗することは明らか。
加えて言えば、そもそも間宮麗奈を殺すという当初の目的から大きくかけ離れた戦果に、受けた消耗と見合うだけの価値は見出せないのが正直なところ。
果たしてこの戦いをどう収めるべきか、と思案を始めたカッシスが、束の間の休息を終えたクウガへ立ち向かう為構えようとした、まさにその瞬間。
カッシスの身体を、突如として不自然に外部から生じた圧力が抑え込んだ。
「――小野寺ユウスケ!今だ!」
何事か、と事態を正確に把握するより早く、耳に届いたのは遠くから叫ぶフィリップの声。
まさかと思い見上げれば、そこにいたのは彼が持つ蝙蝠と蜘蛛を模した二つのガジェットが、自身へ向けそれぞれ超音波と糸を放つ姿だった。
不味い、と本能が叫ぶ。こちら側の被害を度外視すれば、今のクウガへの勝ちは手堅いと判断したが、それはあくまで一対一に敵が徹していた場合だ。
一つ一つは小さな戦力であっても、ほんの一瞬でもこちらの挙動を阻害しクウガを支援する仲間の存在がある場合、或いは自分の敗北の可能性も、十分頭を擡げてくる。
二機のガジェットの攻略にはそれこそ一秒もあれば事足りるが、しかしそれだけの隙をみすみす見逃してくれる相手ではあるまい。
本格的にこの戦いが描く未来図が、かつて天道に敗北した時と同じ暗雲に導かれつつあるのを感じ、カッシスはいよいよ冷や汗をかくような戦慄を抱きかけ――刹那、目の前のクウガが躊躇なく自身を支援するガジェットを握りつぶしたことに、驚愕で目を見開いた。
クウガの遥か後方で、フィリップが自身の発明を破壊されたことに動揺の声を漏らす。
そして流石に声こそ上げないものの、カッシスもまたクウガの今の行いには彼と同じだけの驚きを感じずにはいられなかった。
何故自分を支援する仲間の所持品を、迷いなく破壊するような真似をするのか。
自身に纏わり付いた糸を引きちぎりながら思案したカッシスは、冴えた頭脳で以て刹那の内にその答えを見出していた。
(まさか……今のクウガには、敵味方の区別もつかないのか?)
浮かんだ仮説は、次の瞬間には多様な根拠を伴って裏付けされ始める。
主に仕えるライジングアルティメットを最初に知っていた為に理解まで時間がかかったが、恐らく今のクウガはあくまで敵を打破するためにだけ動く生物兵器なのだ。
そこに
小野寺ユウスケ自身の自我は存在せず、何らかのシステムによって裏付けされた、敵を打ち倒す為だけの戦士としての本能が彼を突き動かしているのだろう。
だからこそ、奴は自身を支援するガジェットを、敵味方の区別が出来ず瞬時に破壊したのだ。
それらが放つ敵の動きを阻害できる技能が、いずれ自分に向くかもしれないと、人の血の通わない思考回路で導き出したために。
或いは蝙蝠型のガジェットが放っていた超音波はもう既に、超常の知覚能力を持つクウガには牙を剥いていたのかもしれないが、ともかく。
そんなあり得ない可能性によって千載一遇のチャンスを無為にしたクウガを前にして、カッシスは改めて敵への有効な対処法を模索し始める。
だが、聡明な彼の頭脳が本格的にこの場での最善を導き出す為回転し始めようとした、まさにその寸前。
ガジェットの残骸が拳から零れるのも気にせず走り出したクウガを取りあえずやり過ごす為に、カッシスは一旦その思考を中断した。
◆
「小野寺ユウスケ……!?」
凄まじき戦士と化したクウガと、自身の知るそれより圧倒的な威圧を誇る形態へ進化したカッシスワームの熾烈極める戦いの遥か後方で、フィリップは立ち尽くしていた。
思わず漏れたのは、自分の開発したメモリガジェット二機が、他ならぬ支援しようとしたクウガ本人の手で破壊されたことに対する困惑と動揺を含んだもの。
無論、最悪カッシスによって破壊される可能性は考慮の上での行動だったが、しかしこちら側に何も有利に働かない結果に終わったのは、些か不本意だと言わざるを得なかった。
「――お前がフィリップ……左翔太郎の相棒だな?」
果たして今のクウガに何が起きているというのか、疑問を深めたフィリップの元へ、女の声が届く。
緩くそちらへ振り返れば、そこにいたのは白い服に黒い髪を下ろした女性が、その腕を押さえながらやっとの思いで歩く姿。
だが、明らかに守るべき対象たるその様相を前にしても、フィリップは彼女を支えるために動き出すことは出来なかった。
理由は単純。数多くの仲間との情報交換によって得られた残る参加者の中で、女性と判断できる名前はただ一人。
それも乾巧を庇い死んだという正義の仮面ライダー、
天道総司が警戒するべきと警告していた間宮麗奈のものしか、残されていなかったのだから。
彼女はワームであり、容易に信用するべきではない……乃木怜治に裏切られた今、フィリップにはその言葉があまりにも重く説得力を伴って感じられた。
故に、他の怪我人と同じような処置を彼女に施すことに対して、彼の中に些かばかりの疑問と躊躇が生まれていたのである。
自分を警戒するフィリップの視線に気付いたか、麗奈はそこで足を止める。
客観的に鑑みて、ここで無理に自分を警戒されるよりは距離を取る方が効果的だと考えたのだろう。
事実、それによって最低限の安全が確保されたと判断したフィリップは、彼女の問いにようやく答えるだけの余地が生まれたと判断する。
「……その通りだ。僕はフィリップ。そして彼は、
相川始。君は間宮麗奈……で間違いないかい?」
カッシスワームによる攻撃を受け、変身を解除された始を麗奈へ紹介しつつ、フィリップは彼女へ一応の確認を取る。
無言で頷いた麗奈に対し、一方の始は言葉を発することもなく、隠そうともしない警戒を彼女に向ける。
最も、そんな彼の怪訝な瞳を麗奈は特に気に病む様子もなく、そのまま遥か彼方の戦場へ目を向けた。
「フィリップ、小野寺ユウスケに今何が起きているのか、知っているか?」
「分からない。これまでの彼の戦い方や僕のガジェットを破壊したことからするに、恐らくは今の彼に小野寺ユウスケ自身の意思は存在していないのだろうけれど……」
「そうか……」
短く返答を述べ、麗奈は俯き思考に沈む。
その物憂げな表情が何を懸念するものなのか、普段のフィリップなら分からなかっただろうが、奇しくも彼女と同じことを考えているだろう今の彼には、手に取るようにそれが分かった。
恐らく彼女も考えているのだろう。暴走し手を付けられない小野寺ユウスケの脅威がこちらへ向く前に、今無事な仲間だけでも逃げるべきではないかと。
事実、こちら側に残る戦力はあまりに心もとない。
間宮麗奈は取りあえず置いておくとしても、先ほど救出した
城戸真司は気絶しているし、自分にも始にももう変身手段は――G4は先のダグバの襲撃によりダメージを受け正常に起動する保証もない為に――残されていない。
使いまわしを考慮しても今のクウガやカッシスを相手には心もとない戦力しかないのは変わりないし、であれば逃走という手段を取るのは決して間違いではないだろう。
それこそが合理的に導き出された答えではあるし、事実一年前の自分であれば疑うこともせず、仲間を連れこの場から逃げ出していただろう。
だが、良くも悪くも今のフィリップは、小野寺ユウスケという心優しい青年を犠牲に自分たちの安全を取るような行動を、取れなくなっていた。
仲間との交流で育まれた人間性が、それこそ一年前、翔太郎の旧友を蝕む
ガイアメモリの毒素が彼女の人格を変貌させていると指摘し彼に怒鳴られた時のような、どこまでも冷静に物事を判断する魔少年の一面を消し去っていたのである。
だが、ユウスケを見捨てる選択肢を安易に取れないとしたところで、ガジェットも潰されてしまった今、自分に出来ることなど無いのではないか。
このままクウガがカッシスと痛み分けの形で戦いを終わらせ、その隙に変身制限によって生身を晒したユウスケを救出し離脱するという、極めて消極的かつ博打的な方法でしか、自分たちがここにいるメリットはないのではないか。
(いや、一つだけ別の手段はあるけれど……)
思考を模索する中で、フィリップは自分にしか出来ない打開策に思い当たる節こそある。
だがそれを行うには自分だけでは事足りない上、“彼”の無私の協力が必要だ。
やはり、様々な面から見てこの手は実質不可能だろうと、フィリップはその思考を無理矢理振り払った。
刹那、数多の可能性が浮かび、そしてその度消えていくフィリップと同様の思考を繰り広げているらしい麗奈と、ふと視線が交差する。
彼女もまた、どうやら最初に浮かんだ逃走という手段を否定できるだけの材料が見つからないらしい。
特に自分と違い、とっておきのウルトラCの可能性を逡巡することも出来ないのだから、彼女の思考にはいよいよその一択だけしか残されていないのだろう。
なれば、やはり城戸真司と始、そして麗奈を連れてこの地を離れるべきか、とフィリップがようやくその思考に折り合いをつけようとした、その瞬間だった。
視線の端でなお戦いを続けていたクウガとカッシス、絶え間なく響いていたその戦闘の余波による轟音が、突如消え失せたのは。
勝負が決まりそうな大技を放ったわけでもなく、かつ戦いが終わるだろう予兆すら感じさせない勢いで交わし合っていた攻撃の応酬に、思わず油断していたのである。
思いがけず訪れた沈黙に、彼らは勢いよくその顔を見上げる。
そして同時、彼らの瞳が捉えた、そこに立つただ一人の人影は。
黒く聳え立つ四本角を携えた、心を失った凄まじき戦士の姿だった。
思わず、フィリップの喉から安堵の溜息が漏れる。
正義の仮面ライダーであることは保証されているユウスケの命を見捨てずに済んだことに、純粋に喜びを抱いたのである。
だが、そんな彼の緩んだ表情は、すぐに引き攣ることとなる。
カッシスとの戦いを終えたクウガが、なおも変身を解くことなく、その身体を遥か彼方で待機している自分たちへ、ゆっくりと向けたのだから。
「小野寺ユウスケ……?」
ガジェットを破壊された時よりも鬼気迫る思いで、フィリップは呟く。
まさかそんなことが、あっていいはずがない。
だが、縋るように呼ばれた自身の名前に一切の反応を示すことなく、クウガはその剛脚で迷いなくこちらへと向け走り出していた。
「――下がれ!」
刹那、一瞬のうちに凡そ200Mほどの距離を一気に無に帰したクウガと自分の間へ、見知らぬ白い怪人が滑り込んでいた。
そして、放たれた声でそのシオマネキのような怪人が間宮麗奈の真の姿なのだろうとフィリップが理解するのと、ほぼ同時。
白い怪人……ウカワームが咄嗟に構えた盾状に変形させたその腕へ、クウガの拳が突き立たされていた。
それなりの重量に耐えうるように設計されているはずの橋が、ただ一人の戦士の拳を前に容易くその身を凹ませる。
無論、その間に挟まれたウカにもそれ以上の負荷が襲い掛かるが、しかし彼女とて伊達にワームの幹部を務めてはいない。
その身一つで勢いを完全に殺し切り、逆にその鋏のような右腕を振り払ってクウガを無理矢理に引き剥がしていた。
後ろへと跳び、地面へ着地したクウガが、再び吠える。
恐らくは新たな標的としてウカを見初めたのだろう生物兵器の唸りを受けて、それでも彼女は動じない。
その背に守る新たな仲間の盾として、ウカワームは凄まじき戦士を迎え撃つ為、今一度戦いの姿勢を整えた。
◆
「――上手く行った、か」
一方で、戦いを始めたクウガとウカワームの姿を遠目に収めながら、生身へと戻った乃木怜治は一人満足げに呟いていた。
彼がクウガの前から消えたのは、勿論敗北しその全身を消滅させたからなどという理由ではない。
戦いの最中にフリーズを発動した後、クウガへの攻撃を一切行うことなくその視界から消える事だけを目標に駆け抜けた為である。
そんな行動を取ったのは逃走の為だろうか。
否、彼がそうして戦いを離脱したのは、自身の宿敵である間宮麗奈を殺させる道具としてクウガを利用する為だった。
「全く、五代雄介といい君といい、クウガというのは実に愚かなものだよ。強さを求めれば、自分の意思を失わなければならないなど」
嘲笑を漏らし、乃木は手頃な木へと寄りかかる。
地の石に操られた五代といい、暴走した小野寺といい、その実力が確かであることは認めるが、その力の代わりに自我を失っているようではまだまだだ。
そんな扱い難い力を得たところで、石という分かりやすいツールのある五代は勿論、目の前の敵を見失った小野寺も、こうして守るべき仲間へと襲い掛かってしまうのだから。
憎むのならば、無駄な甘えに囚われさっさとGトレーラーで逃げなかった仲間を憎むんだな、と乃木はまた一つ笑って。
ウカワームを殴り続けるクウガというその光景を、ただ愉悦を抱いて見守っていた。
最終更新:2020年01月09日 17:44