加速せよ、魂のトルネード(1)



「うおりゃあああああああ!!」

掛け声と共に振り抜かれたクウガの赤い拳が、水のエルの胸を的確に捉える。
だがそれによって水のエルの身体が動じることはない。
予想外のタフネスに驚愕で顔を見上げたクウガに向け、その隙を見逃さず振るわれた水のエルの手刀が、呆気なく彼を弾き飛ばす。

だが刹那、地に転がったクウガへの追撃だけは阻まんと飛び込んだアクセルが水のエルへと猛攻を仕掛ける。
先の支給品交換にて手に入れたエンジンブレードを振るう彼の構えは、彼が得意とする剣道の基本姿勢と同じだった。
息も付かせぬ面の連打は、まさしく剣道で言えばその動作も気迫も達人の域。

だが悲しいかな、今行われているこれは決して武道のそれではなく、紛れもなく命を懸けた殺し合いのそれだったのだ。

「面ッ!」

掛け声と共に振るわれたエンジンブレードを、水のエルは一歩退くことで難なく回避する。
標的を失った剣が、その重量故に勢いを殺し切れず地面に突き刺さり舗装されたアスファルトを砕く。
同時、失策に気付いたアクセルが得物を引き抜こうとするが、それより早く突き出された水のエルの得物、怨嗟のバルディッシュが彼の身体を大きく吹き飛ばしていた。

「一条さん!」

得物を失い倒れ伏したアクセルに駆け寄りながら、クウガは立ち上がりその脚に炎を纏わせる。
だが必殺の一撃を放とうとする彼を目の当たりにしてなお、水のエルはつまらなさそうにふとバルディッシュを虚空へと振り抜く。
まるでその瞬間に、“背後から見えぬ存在が放つ一撃”を予想していたかのように。

「なっ……」

不意の一撃を防がれたことに思わず驚きの声を漏らしたその瞬間に、ディケイドインビジブルの効果が切れる。
それにより可視化されたディケイドを嘲りと共に振り払うのと同時、背後からクウガの雄叫びが響く。
マイティキックの名を持つ跳び蹴りに対し、水のエルは躱す素振りすら見せることなくゆっくりと振り向き、ただその手をクウガへと翳す。
それを受け空中へ出現した光の輪へ、勢いを殺し切れずクウガが飛び込めば、その身体は一瞬にしてディケイドの目前へと移動していた。

「ぐわあああぁぁぁぁ!?」

突如として瞬間移動したクウガのマイティキックを受け、ディケイドは大きく吹き飛ばされながら絶叫する。
仲間への意図せぬ同士討ちにクウガが困惑と怒りを抱きながら振り向くのと同時、水のエルはその手の甲に主への祈りと共に印を結ぼうとする。

「……させるか!」

――ENGINE!MAXIMUM DRIVE!

だがそれを妨げんと、アクセルの持つエンジンブレードからAの字を象った巨大なエネルギーの光弾が射出される。
窮地の仲間を救わんと放たれたそれを前にして、しかし水のエルは変わらずただその右手を翳した。
刹那、水のエルの手より放たれた念動力は、今まさに彼のもとへ達しようとしていたエネルギー弾をまんじりともせず制止させる。

超常を逸する光景に彼らが呻く一方で、水のエルの意のままに手繰られたエースラッシャーは、次の瞬間攻撃を放ったアクセル自身の元へと撥ね返されていた。
思いがけぬ反撃にその身を大きく吹き飛ばし、絶叫と共に仰向けに倒れ伏すアクセル。
辛うじて変身は保ちながらも、戦いが始まってまだ数分と言うのに三人の歴戦の勇士が肩で息をする戦況に、言葉にはしないながらも彼らは皆悟っていた。

今戦っている相手は、まさしく大ショッカーの尖兵に相応しい実力を持つ、ただならぬ強敵であると。

「醜い……」

それでもと立ち上がった三人の仮面ライダーに対し、水のエルは一人ごちる。
その声に含まれる感情は怒りとも憐れみとも違う、ただ憎悪だけを煮詰めたような深い隔絶の色だった。

「人ならざる者は、滅びねばならない……」

己の使命を噛み締めるように、そう呟いて。
水のエルはただ敵を迎え撃たんとその腕を翳した。




「さぁ、お前の罪を数えろ!」

いつもの決め台詞を言い放ちながら、ダブルは風のエルに向け走り出す。
マフラーを靡かせ風を肩で切るその疾走を前に、しかし風のエルはただ頭上に生じさせた光の環から一張の弓を取り出した。
憐憫のカマサの名を持つそれを胸の前に構え、風のエルは自身へと向かってくるダブルへと矢を放った。

無論、対するダブルとて無手で攻撃を受ける愚は犯さない。
横に転がることで矢の直撃を避けたかと思えば、立ち上がりざまその手に握った銀のメモリを起動する。

――METAL!

――CYCLONE METAL!

ガイアウィスパーが叫ぶ闘士の記憶が、ダブルの左半身を黒から銀へと染め変える。
それに伴い背中へと生みだされたメタルシャフトを振り抜けば、その一薙ぎは矢を撃ち落とす風の防壁と化した。
一矢、また一矢と続けて放たれる風のエルの攻撃を的確に跳ねのけつつ恐れず接近するダブルは、瞬く間に敵の間合いへと潜り込む。

「ウォラ!」

気合と共に振るわれたメタルシャフトの一突きは、しかし風のエルに触れることはない。
彼はまるでそよ風のように跳び上がり、ダブルの持つ得物の先へ、我が物顔で直立していたのだから。

「野郎……!」

自身を馬鹿にされたと感じたか、勢いよくダブルが得物を振り上げれば、風のエルはその勢いをも利用して宙へと跳び上がる。
そのまま背後へと着地した彼へダブルが振り返るのと、憐憫のカマサが矢を吐き出すのはほぼ同時だった。

――CLOCK UP

自身の危地に呻きを漏らし、半ば覚悟を強いられたダブルの元に、しかし矢が到達することはない。
彼の前に現れた赤い疾風が……すなわちクロックアップを発動し割り込んだカブトが、高速の勢いのままそれを叩き落としていたからだ。

「総司!」

ダブルの漏らす歓喜の声に応じることなく、カブトは風のエルに向け一直線に駆け抜ける。
クロックアップのネタが割れる前に敵を倒す算段なのだろう。
だが今対峙しているのは、腐ってもこの殺し合いを監視し続けてきた大ショッカーの幹部の一人。

まるで動じる様子もなく風のエルがその手を彼らに向けて翳せば、その背後からカブトらに向けて凄まじい突風が吹き荒んだ。
その勢いは、まさしく天の齎した神風と呼んで相違ない。
一瞬にして高速の領域にあったカブトの足を止め、クロックアップを強制的に終了させる。

どころか立つのに精いっぱいで無防備に立ち尽くすしか出来ない彼らの姿は、風のエルからすれば格好の的でしかなかった。

「……させるか!」

――LUNA!

――LUNA METAL!

風のエルに弓を引かせるわけにはいかぬと、ダブルは懐から黄色のメモリをベルトへ装填する。
それにより新たに神秘の記憶を身に宿した彼がメタルシャフトを振るえば、そのリーチは先の比のそれではない。
まるで伝承における斉天大聖の棍棒の如く、物理法則の如何を無視して暴風の中を一心に敵へと伸びていく。

この奇想天外の戦法にはさしもの高位の天使も呆気にとられたか。
その肉体にメタルシャフトの到達を妨げることも出来ず、風のエルは火花を散らして数歩退かざるを得なかった。

「ありがとう。翔太郎、フィリップ」

「礼はいらねぇよ総司。にしても……」

改めて並んだカブトと言葉を交わしながら、ダブルの視線は少し離れた場所に立つ一人の仮面ライダーの元へと向かう。
翔太郎からすれば未だ消えぬ未練の象徴、どうしようもなく忌々しいハートの意匠を刻んだ彼の名は、カリス。
相川始の変じた黒い戦士が、こちらを援護するどころか風のエルに攻撃を加える素振りすら見せぬまま、こちらを観察するように立ち尽くすその姿だった。

「高みの見物か?いいご身分だぜ」

「翔太郎、今は相川始よりあっちの相手が先だよ」

ダブルの右目が光り、フィリップの声が響く。
それに引っ張られるように視線を前に戻せば、早くも態勢を立て直した風のエルが、こちらをその鋭い瞳で睨みつけていた。
確かにあの強敵を前にして外野を気にしていられる余裕はないかと、翔太郎は一つ息を吐き出した。

「分かってるよ、相棒。行くぜ、総司」

「うん……!」

油断なく構えたカブトの姿に頼もしさすら感じながら、ダブルはその左手に青のメモリを握りしめた。







「……そうだ、それでいい」

黄色と青の身体へ姿を変えたダブルの背中を睨みながら、カリスは誰にも聞かれぬよう一人ぼやく。
運命を変えて見せると宣って見せたジョーカーの男、左翔太郎。
曰くフィリップと共に戦えれば自分にも勝てるとのことだったが、果たしてそれもあながち思い上がりでもないらしい。

通常のカリスにしか変身できない自分であれば、なるほどあの変幻自在の戦法は確かに厄介な存在に違いない。
少なくともあの木場という男を喪った戦いにおいてダブルに変身できていれば彼を守れたかもしれないというのは、決してないものねだりの願望というだけではないと、そう思えた。
だがその程度の実力では、結局大ショッカーを前にしては実力不足でしかない。

少なくとも大ショッカーの尖兵として現れたあの風を操る怪人など倒せる実力がなければ、運命を変えるなど夢のまた夢だというのは、疑いようのない事実だった。
故にこの戦いの行方を見つめ、その実力を見定めるというのがカリスの目的の一つ。
そしてもう一つは――。

「剣崎を殺した男……確かめさせてもらうぞ、お前が真に、あの男の力を継ぐに相応しいのかを」

小さく呟いたカリスは、視線をダブルからカブトへと移す。
彼の言うあの男とは、もちろん剣崎のことではない。
ただ一人でかの究極を超える暴力に抗って見せた誇り高き一人の戦士、太陽にも等しい輝きを持つ一人の男のことだ。

――『おばあちゃんが言っていた。散り際に微笑まぬ者は、生まれ変われないってな』

それは、灰と化してこの世から消え去らんとするその瞬間に至るまで、その顔から笑みを絶やさなかった一人の男の最期の言葉。
不敵にその人差し指を天に翳しながら、何の悔いもないとばかりに言い切って見せた“あのカブト”と同じ顔をした男の言葉だった。

――『そしてこの地には、この俺に並ぶような奴らが、仮面ライダー達がいる。だから、何も心配せずに逝けるということだ』

あの男が紡いだ、確信に満ちた言葉。
皮肉にも始に病院への襲撃を決意させたその言葉は、しかし未だに彼の心の深い部分に楔のようにして突き刺さり続けていた。
もしも“あの剣崎を殺した男”を自分が認めるようなことがあるとすれば、それはあの男の言葉が真であると認めたときに相違ない。

顔を奪われ、名前を奪われ、そしてなお力を奪われたあの男……天道総司
だがもしそれらが奪われたのではなく託されたものだったのだとすれば。
灰へと帰したあの誇り高き笑みに恥じるような無様だけは、絶対に許せるはずがなかった。

「見せてみろ、お前が本当にあの男の言う仮面ライダーだというのなら、剣崎からバトンを受け継いだというのなら……お前が、その資格に相応しいのかを」

故に、カリスはただ戦いを見つめ続ける。
運命を変えて見せると宣った男の実力と、数多の仮面ライダーからその称号を授けられたという罪人が真にその名に足る存在なのかを、見定めるために。
彼の赤い双眸が映す戦火は、なお一層にその激しさを増していった。




「だぁぁ!」

ナイトの掛け声と共に、ウィングランサーが地のエルを薙ぎ払うように振るわれる。
見え見えの大振りに過ぎないそれを彼は難なく受け止めるが、その瞬間を突くようにイクサが剣を構え飛び込んだ。
イクサカリバーの赤い刀身が地のエルの身体をなぞり、飛び散る火花に晒されながら二人は同時に横へと飛びのく。

それにより地のエルを抑えていた圧力が一気に解放されたかと思えば、その視線の先にあったのは自身に向け銃口を構えるデルタの姿だった。

「ファイア!」

デルタが放つ光弾の雨に、イクサもまたカリバーをガンモードへと変形させ合わせる。
連射性、威力どちらも申し分のないそれは上位の天使たる地のエルにすら通用し、その身体を大きく後方へと退かせた。

「っしゃあ!」

ナイトが、歓喜の声を上げる。
確かにこの状況を一見すれば、強敵を前に三人の仮面ライダーが圧倒的有利にあると言うことも出来る。
だがその優勢を手放しで喜ぶことは、イクサには出来なかった。

「……」

イクサの思った通り、というべきか。
その身からなおも硝煙を揺蕩わせながらも、しかし地のエルはなおも健在。
どころか大したダメージも戦意も感じられないその風体を前に、イクサが抱いたのはまず尋常ならざる違和感だった。

「貴様……まさか戦う気がないのか?」

「え……?」

イクサが地のエルに投げかけた疑問に、デルタが困惑を吐く。
だがそれも無理はあるまい。
この状況はまさしく大ショッカーから遣わされた敵と仮面ライダーの真っ向勝負なのだと、誰もがそう思っていた。

故にその戦いにおいて戦意を露わにしないなど、まず考えに浮かぶはずがない。
だが対峙する地のエルはただ溜息一つだけ吐いて、そして三人の顔を交互に見つめた。

「人よ、力を捨てる気はないのだな」

「何……?」

その声に滲むのは倦怠感でも憤怒でもなく、悲しみ……或いは憐れみとでも言うべき感情の色。
交わされた言葉の意味が捉えきれず意味のない確認だけを漏らしたイクサに対し、しかし再度向き直った地のエルの顔からは、それまでの無気力は消え失せていた。

「なれば力づくでも……人は、人を超えてはならぬのだ」

頭上へと現れた光の輪から敬虔のカンダと呼ばれる大剣を取り出して、地のエルは身の程を弁えぬ人へと罰を下す為にその足をゆっくりと進めていった。




――FORM RIDE……DEN-O!ROD!

ディケイドライバーが読み込んだカードの名を高らかに叫ぶと同時、彼の身体は青のオーラアーマーに包まれる。
それにより亀の甲羅を思わせる装甲を纏ったライダー、電王ロッドフォームへとその姿を変えたディケイドは、同じく青い姿へ変身を遂げたクウガに立ち並ぶ。
ロッドモードのデンガッシャーと、ドラゴンロッドをそれぞれ構えて、彼らは一斉に水のエルへと得物を振り抜く。

だが、対する水のエルもまた自身の長斧を目まぐるしく振り回し、二人の攻撃をいなし続ける。
ディケイドとクウガとて棒術において確かな使い手であることは間違いないが、水のエルはこと長物の扱いにおいてはそれこそ神業の域。
二対一という数の不利などものともせず攻撃を捌き続ける彼を相手にしては埒が明かないと断じたか、ディケイドは手を緩めないながらもライドブッカーへと手を伸ばした。

――FORM RIDE……KIVA!DOGGA!

先の戦いにおいて渡から受け継いだ新たなライダーの力。
それによりフランケンシュタインの怪物の力をもその身に宿らせたディケイドは、その手に構えたドッガハンマーを勢いよく振り下ろす。
ドン、と鈍い音を響かせて激突したドッガハンマーと怨念のバルディッシュ。

力自慢のドッガを相手には流石のエルロードも今までのように軽くあしらうことは出来ないのか、僅かばかり水のエルの動きが鈍る。
同時、ディケイドが作り出したこの好機を逃す手はないと、クウガは高く宙へと跳び上がっていた。

「うおりゃあああああ!!」

ドラゴンロッドを正中に構え水のエルへと飛び掛かるクウガの姿は、まさしく彼が封印エネルギーを叩き込むための動作に違いない。
スプラッシュドラゴンの名を持つその一突きを無防備に受けるのは不味いと、本能がそう察したか。
腕ずくでドッガを撥ね退けた勢いそのまま、水のエルはクウガのドラゴンロッドをいなしその勢いを受け流す。

「超変身!」

だが、そのまま得物をクウガの薄皮に突き立てんと振りかぶった水のエルを待っていたのは、強固な鎧と化した紫のクウガの姿だった。
その手に持っていた棒を改めてタイタンソードに変化させたクウガの力は、先ほどまでの比ではない。
一人であっても自身を数瞬は抑え込めるだけの剛力を発揮したクウガに、水のエルが目を見開いたその瞬間、既に彼らの次なる手は切られていた。

「今だ、士!」

「あぁ!」

クウガの掛け声に乗じて、ディケイドキバがドッガハンマーを振り下ろす。
流石の水のエルもこの連携攻撃を真っ向から受け止めることは出来なかったか。
火花を散らし後退を強いられながらも、ただでやられるわけにはいかぬとばかりに水のエルがその手を翳せば、瞬く間に二人のライダーの頭上から紋章が舞い降りる。

ドッガフォームとタイタンフォーム、力と引き換えに俊敏さを失った今の彼らではその動作を見てからではろくな回避行動を取れるはずもない。
紋章に捕らえられた彼らの身体は瞬く間に炎上し、そして爆ぜた。

「うわあああぁぁぁぁ!!!」

蓄積されたダメージ故に、その身を通常のものへ戻す二人の仮面ライダー。
傷つき倒れた二人に追撃を仕掛けんとする水のエルだが、しかしその瞬間彼に青の疾風が迫る。
ほぼ反射的に念動力を発揮しその動きを止めようとするが、捉えたのは残された青の残像だけでしかなかった。

「ハァッ!」

思わず動じた水のエルに、掛け声と共に突き立てられる青い拳。
すかさず飛びのきつつ自身に攻撃を仕掛けた何かの正体を探れば、そこにあったのはここにいる誰もまだ知らぬ新たな青い戦士の姿だった。

「一条さん!」

未だ倒れ伏すクウガから、歓喜の声が飛ぶ。
その声に振り向き頷いたアクセルの姿は、特訓により手に入れた新たな領域、トライアルのそれである。
重厚な装甲を捨てたことにより高速移動を可能にした今のアクセルにとって、水のエルの異能を見切るなど容易いこと。

敵が如何に常軌を逸した能力を持つとしても喰らわなければどうということはないのである。
確たる強い意志と共に、アクセルは自身のドライバーからトライアルメモリを引き抜き、マキシマムスイッチを起動する。
宙へと放られたメモリが刻む時の流れと共に、アクセルの身体は一瞬で目にも止まらぬ領域にまで加速する。

対する水のエルもまた念動力での対処を試みるが、しかし今のアクセルがその程度で止まるはずがなかった。
遂に憎き怨敵へと到達した、アクセルの青く染まった右足。
音速で乱打されるコンビネーションキックが、水のエルの身体にTの字を浮かび上がらせるのと、トライアルメモリが彼の手に舞い降りるのはほぼ同時のことだった。

――TRIAL!MAXIMUM DRIVE!

トライアルメモリが指すタイムは、9.6秒。
間違いのないマキシマムの成功は、しかしアクセルに勝利への確信を抱かせることはなかった。
どころか、まさしく今しがた水のエルの身体を蹂躙したはずの彼の右脚に纏わり付く水の違和感は、彼に考え得る限り最悪の可能性を連想させた。

「一条さん、危ない!」

クウガの声を待つが早いか、背後から膨れ上がる殺気を感じて振り返ったアクセルの瞳に映ったのは、未だ健在の水のエルの姿だった。
マキシマムの直撃を喰らったはずなのに、何故ダメージすらないのだ。
狼狽と共に脳裏に浮かんだその問いを打ち消したのは、意外にも彼自身の脚に未だ残り続けるぐっしょりと濡れた感触だった。

(こいつまさか、自分の身体自身を水そのものに――!)

思い至ったのはそんな突拍子もない、しかしこれ以上なく合点の行くものだった。
そして状況判断からのみ絞り出された一条のその考えは、実のところ限りなく正解と言って過言ではない。
高位の存在たるエルロードの一人であり、水を司る水のエルにとって、自身の身体そのものを液状化させることなど容易いことだった。

通常の攻撃であれば数発が限度の精度であろうと、瞬く間に放たれ続けるマシンガンスパイク相手なら、10秒の制限時間いっぱいまで攻撃を躱し続けることはなお容易い。
果たして無傷でアクセル渾身の必殺をやり過ごした水のエルは、この瞬間を待っていたとばかりに自身の持つ長斧を勢いよくアクセル目掛け振り下ろす。
ほぼ0距離から放たれた暴力的なまでの圧力を前に、如何にトライアルであろうと躱す術はない。

次の瞬間、振り抜かれた怨念のバルディッシュが、トライアルの薄い装甲をまるで紙切れのように呆気なく蹂躙する。
あまりに重いその一撃にトライアルの鎧が耐えきれるはずもない。
まるで紙切れのようにその身を刻まれたアクセルの身体は、変身を保つことすら出来ず仰向けに倒れ伏した。

「一条さんッ!」

先ほどの注意喚起よりも切迫感を伴ったクウガの絶叫が、虚しく響く。
絶体絶命の光景を前に、自身の痛みすら無視して立ち上がろうとする彼の動きはしかし、この瞬間においてはあまりに緩慢だった。

「人は……ただ人であればいい」

クウガが何らかの対処を試みるより早く、水のエルはただそれだけ呟いて自身の得物を再び振りかぶる。
その狙いの先にある一条はただ、振りかざされる超常の暴力を前に何の抵抗を行うことも出来ないまま、齎される結果を享受することしか出来なかった。







――バキリ。







死すら覚悟した一条の耳に到来したのは、しかし自身の体が砕け散る音ではない。
ただ己の腹部の方向から届いた、何かが壊れるような乾いた音と強い圧迫感だけだ。

「え……?」

だが、だからこそ一条の口から漏れたのは痛みに悶える苦悶のそれでも、状況の打破を目指す威勢の声でもなく、ただひたすらに眼前の光景への困惑を示す間の抜けた声でしかなかった。
彼の映す視界の先、自身の腹部に装着されているドライバーに、深々と突き刺さる長斧。
それはまさしく、照井という尊敬すべき一人の戦士から受け継いだ仮面ライダーの力が、あまりにも呆気なく奪われた瞬間だった。

「――ッ超変身!」

ようやく立ち上がりペガサスフォームへと変身を果たしたクウガが、ペガサスボウガンから弾丸を放つ。
まさしく風を切る勢いで放たれたそれは水のエルの身体を一条から引き離すことに成功するが、しかし悲しいかな。
既に水のエルから一条という一個人への執着は失われている。

アクセルという力を失い、最早“ただの人間”へと成り下がった彼など、全ての事象において取るに足らない矮小な存在へと成り下がってしまったのだから。

「薫!無事か!?」

「えぇ、ですが……」

体制を立て直したディケイドが、一条のもとへと駆け寄り心配の声をかける。
それにさした意味も持たない空返事を返しながら、ただ腰のアクセルドライバーを茫然と見つめる一条。
何と言葉をかければいいのか、ディケイドですら思案を強いられるその一方で、ただ一人クウガだけは確かな意思と共に水のエルの前へと悠然と立ちはだかっていた。

「士、一条さんを連れて離れてくれ。こいつは……俺が倒す」

「ユウスケ……」

こちらを振り向くこともなく、水のエルを睨み続けるクウガ。
その背中にディケイドですら何も言えなかったのは、背中越しでも伝わるほどに彼の怒りが凄まじいものだったからだ。

「あのドライバーは、一条さんが照井って人から受け継いだ大事な物なんだ。それを、こいつは……!」

血が滲むのではないかと思わされるほどの力を込めて、クウガはその拳を強く握りしめる。
きっとユウスケは、また自身の心を葬り究極の闇へとなろうとしている。
例えそうなったとしても守りたい笑顔があるから……かつて破壊者となった士自身の前に立った時と同じ思いを抱いて、その使命を果たそうとしているのだ。

「小野寺、くん……」

ユウスケの心中を察した一条が、弱弱しくその名を呼ぶ。
それに応えて振り返ったクウガの表情は、変身している為に見えはしない。
それでも彼はまるでいつもと変わらぬ明るい声で、明るい仕草で一条に頷いた。

「大丈夫ですよ、一条さん。俺も……クウガですから」

様々な含みを持たせたその言葉だけを残して、クウガはそれきり一条たちに背中を向け敵目掛け駆け出す。
赤いクウガが自身では敵わぬ存在へと勇敢に立ち向かっていく、一条にとってはいつもの光景。
だがその雄姿をいつもと同じ心境で見送ることは、今の一条にはどうしても出来なかった。




ダブルの持つトリガーマグナムから、弾丸が連続して放たれる。
常識など存じぬとばかりに縦横無尽に飛び交う黄色の光は、それを放った本人ですら予測不能の軌道を描き、いずれ敵を蹂躙する
それこそまさしく、幻想の遊撃手とも言うべきルナトリガーの能力の本懐。

速度も威力も特筆して優れているとは言えないが、それでも自由自在に弾道を操れるこの姿で遠距離戦において不利に陥った経験は、未だかつてダブルの二人とて経験したことがない。
いや、この表現は些か語弊があるだろうか。
今この瞬間、彼らが対峙する風を司る高位の天使と出会うまでは、それは紛れもない事実であったはずだった。

「ウォラッ!」

苦し紛れの掛け声と共に、ダブルが再び弾丸を放つ。
だが、摩訶不思議な軌跡を描いたそれはしかし風のエルに達するより早くエネルギーを霧散させ掻き消える。
だがそれは、何も風のエルが持つ特殊な防御壁によるものではない。

ただ単にルナトリガーの弾丸が如何な軌道で彼に迫ろうとも、風のエルがそれを全て自身の矢で撃ち抜いているという、それだけのこと。
どれだけダブルが弾数を増やそうと、どんな軌道を描こうと、全ては神速で放たれる矢を前に無に帰してしまうのである。
その人知を超えた技能はまさしく神業と呼ぶべき代物で、いままであくまでも人が姿を変えたドーパントと戦い続けてきたダブルに戦いの苛烈化を否応なしに認識させるものだった。

「感心してる場合じゃないよ、翔太郎」

「そうだな相棒、パワーが足らねぇってんなら……!」

――HEAT!

――HEAT TRIGGER!

新たに赤いメモリを起動し、ドライバーに装填するダブル。
それに従い右半身を赤く染めたその姿は、ダブルの中でも随一の火力を誇るヒートトリガーのそれであった。
刹那、これまでと変わらぬ動作でトリガーマグナムの引き金を引けば、放たれたのは火球の如く真っ赤に燃える弾丸だ。

これまでと違い、ヒートトリガーの攻撃は狙いの精細さに欠き連射性に劣る。
だがそれでも彼らがこの形態を選んだのは、果てしなく高まった火力がこの状況を打破すると確信していた為だ。
今までのそれと同じく、迫る弾丸に自身の矢を射る風のエル。

ルナトリガーの弾丸であれば一矢で二発を撃ち落とすことすら容易かったはずのそれは、しかしヒートの力を得た今の弾丸に対しては相殺が関の山だった。

「――ッ」

目の前で霧散したはずの弾丸から、エネルギーの余剰を示すように火花が風のエルの身体に降りかかる。
すなわちそれは、ダブルと風のエルの間における撃ちあいにおける力関係が、まさに逆転した瞬間であった。

「うおおおおおおお!!!」

これを好機と見たか、ダブルは弾丸を放ちながら風のエルに向けて突貫する。
徐々に迫り行く二人の距離、どんどんと対処に追われ始めダブル本体への対応もままならなくなっていく風のエル。
瞬間、遂にほぼゼロ距離にまで迫ったダブルの手には再び切り札の記憶が握られていた。

――JOKER!

――HEAT JOKER!

「ウォラッ!」

その拳に炎を纏わせ、ダブルは真っ直ぐに風のエル目掛けストレートパンチを放つ。
弓を引く速さにも勝ろうかというその神速の勢いは、だが敵を捉えることなく空を切る。
先ほどメタルシャフトを回避した時と同じく、風のエルが宙へと跳び上がった為。

だが上空で憐憫のカマサに矢を番えようと構えた風のエルに対して、ダブルは不敵に振り返って見せた。

「ハッ、かかりやがったな――総司、今だ!」

「ライダーキック!」

叫ばれたその名前に応えるように、風のエルと同じ高さにまで跳び上がったカブトが必殺の一撃の名を叫ぶ。
思わぬ伏兵に風のエルも対応を試みるが、しかし遅い。
彼が何らの抵抗を行わんと動いたその瞬間に、タキオン粒子迸るカブトの右足は強かに敵を捉えていた。

「グオォッ!」

ライダーキックの直撃を受け、呻きながら地に落ちる風のエル。
遅れて降り立ったカブトに駆け寄りながら、ダブルは気障にその手をスナップさせた。

「やったな、総司」

「うん。でも……まだだよ」

カブトの張り詰めた声に釣られて、ダブルも前に向き直る。
見れば、ライダーキックの直撃を受けてなお風のエルは健在。
ゆっくりと立ち上がったその瞳には、未だなお消えぬ殺意の炎が灯されている。

分かっていたつもりでも、どうやら楽に勝てる相手ではないらしいと構えなおした彼らに対し、しかし風のエルの視線が向かうことはなかった。

「野郎、どこ見てやがる……?」

「あの方角、まさか……!」

首を傾げたダブルの右目が光り、フィリップの戦慄が響く。
急ぎ風のエルの視線の先へと身体を向けたダブルの目に映ったのは、ダブルに変身している為に無防備に倒れ伏したままのフィリップの身体だった。
奴の狙いはこちらではなくフィリップの本体そのものか、と彼らが理解するのと、風のエルがそちら目掛け矢を放つのはほぼ同時の事だった。

――CLOCK UP

瞬間、聞き覚えのある電子音声と共に走り抜ける赤い旋風。
クロックアップを発動したカブトが、フィリップを守らんとその身を投げ出したのである。
無論、幾らクロックアップが無敵の高速化を可能にすると言っても、時間を止めることなど出来はしない。

既にフィリップの眼前にまで迫りつつあった矢を前にしては、クナイガンでの迎撃を行う暇すらなく、カブトの身そのものを盾とすることで精一杯だった。

「総司!」

ダブルの呼び声も虚しく、マスクドフォームに戻る隙すら与えられず、矢の雨に晒されるカブト。
遂に膝をついたその姿を前に、しかし風のエルが慈悲を見せることはない。
その弓につけられた名の通り……ただ異形に対する憐憫だけを抱いて、風のエルは彼に終わりを告げる一条の矢を放っていた。




「はあぁ!」

掛け声と共にイクサが振るったイクサカリバーが、地のエルの持つ大剣に受け止められる。
なればとばかりに剣を握る手に力を籠めるイクサだが、しかし拮抗すら許されずいなされ吹き飛ばされる。
あのガドルが変じたアームズ以上の力を誇るその剛腕を前に、さしものイクサも呆気なく後退を強いられる一方で、飛び込んだのはナイトだった。

――TRICK VENT

電子音声と共に4人に増えたナイトの姿。
イクサを庇う様に地のエルを囲んだその一団を前にしかし、地のエルは悠然とその身体を大きく回転させる。
それに伴い円を描くように振るわれた大剣の一閃が今まさに迫らんとしていたナイトたちの身体を切りつければ、ナイトが生みだした三人の分身は割れた鏡の如く呆気なく消え失せる。

唯一残された本体が鎧から火花を散らし倒れ伏すのに最早目もくれず、地のエルはデルタへと向き直る。
すかさずデルタも銃口を向け攻撃を試みるが、しかし彼が引き金を引くより早く地のエルの掌から放たれた塵が彼の身体へと襲い掛かっていた。
人の身体を塵へと帰す力を持つその流砂を浴びて、デルタの鎧が悲鳴を上げる。

或いは超常の異能を誇るその塵にライダーズギアがシステムエラーを起こしたか。
デルタはその身から火花を散らし、俯せに倒れ込んだ。

「真司君!修二君!……貴様ァ!」

仲間の無事を案じつつ、イクサは自身のベルトへとカリバーフエッスルを装填する。
それによりイクサカリバーに充填されたエネルギーは、まるで太陽の如く輝きをイクサに齎した。
永遠に輝き続ける真紅の光を背に抱いたイクサは、激情のままにイクサ・ジャッジメントを地のエル目掛け振り抜く。

数多のファンガイアを滅ぼしてきた、名護にとっても最も信頼のおける最強の一閃。
かつてガドルにすら致命傷を与えたその一撃は、しかし今地のエルの剛腕を前に振り切ることすら許されずしかと受け止められていた。

「何ッ!?」

自身の必殺技が容易く破られたことに思わず困惑を漏らすイクサに対し、しかし地のエルの力が留まることはない。
気合と共に彼がその剣を振り上げれば、人類の英知の結晶とも言うべきイクサカリバーは呆気なくその刀身を二つに別っていた。
今度こそ驚愕に息を呑むイクサだが、それも地のエルからすればさほど驚くべき事象ではない。

地のエルの持つ敬虔のカンダは、かつてアギトのシャイニングカリバーすら破壊したこともある疑う余地のない逸品だ。
なればその破壊力が、並の剣で受け止められるはずもない。
当然の結果に感動すらなく、呻くイクサを問答無用で切り伏せた地のエルの目に映るのは、ダメージ故未だ立ち上がる事すら叶わぬ三人の人間の姿。

その光景を前に地のエルの中に浮かぶのは、人間とはなんと哀れ弱い生き物なのだろうかという、そんな呆れにも似た感情だった。
地に這う芋虫にも等しいこの無様な光景を、あの方が見れば何というのだろうか。
こんな存在があの方の寵愛を一心に受けている、という事実にやはりというべきか不快感と不可解を抱きながら、しかし地のエルは忠実なるあの方の下僕として、或いは高潔なる天使として、彼ら哀れな人間に救いの声を響かせた。

「人間よ、我々が戦う必要はない。力を手放し、人へと戻るがいい」

「ふざけるな、誰がそんなことを……!」

未だ地に這いながら、憤怒の声を漏らしたのはイクサだった。
その瞳にはやはりまだ闘志が燃え続けている。
彼は既に力を手放しても人には戻れないのかもしれない。

なんと哀れな存在なのだと彼に慈悲の感情すら向けながら、地のエルは続けた。

「あのお方は直に世界を見定め終える。その時を目前にして、望まぬ戦いを続ける理由はないだろう」

地のエルはそう言って、イクサ以外の二人へと視線を移す。
この殺し合いに巻き込まれる前から戦いを忌避し、人ならざる存在への“変身”を拒んできた、三原修二
13人の人間同士で殺し合った末の奇跡を謳われながらも、しかし決して誰かを殺すことなく戦いを止めようとし続けた、城戸真司

そんな彼らからすれば、力を捨てるという選択肢に何の迷いもないに違いないと、地のエルは――或いは彼の主さえも――そう思っていた。
故に彼は投げかける。
力を放棄し、人として生きることで得られる主による祝福を、戦いで穢れた自身の罪を贖うつもりはないかと。

「真司君、修二君……」

地のエルの言葉を受けたイクサの、不安げな声が響く。
名を呼ばれてもなお俯くナイトとデルタの出す答えが果たしてどんなものなのか。
それを断言することは、さしもの名護にも出来ぬことだった。


153:Rider's Assemble(後編) 投下順 154:加速せよ、魂のトルネード(2)
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門矢士
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フィリップ
水のエル
風のエル
地のエル
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最終更新:2020年09月09日 21:45