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第四回放送Y(前編) - (2014/05/26 (月) 23:52:43) の編集履歴(バックアップ)


第四回放送Y(前編) ◆gry038wOvE




 深夜、0時。
 何年何月何日から何年何月何日に変わるのかはわからないが、とにかくその時に日付は変わった。23時59分から0時になり、長い一日はその瞬間に確実に終わった。
 勿論、これから放送が始まる合図である。

「クェックェックェッ……」

 下卑た笑いとともに現れるホログラムに心当たりのいる者はいないだろう。
 そう、それはここにいる誰も知らない怪物だった。黄色人種というわけではないが、体の殆どが真っ黄色で、頭でっかちな小男は、一目見てそれが地球人ではないとわからせる触角を頭に生やしている。更には、耳はとんがっており、小さな口からは牙を覗かせて、真っ赤な目を見せていた。
 紫のマントは、彼がある程度の地位にある事を示している。だが、それを到底感じさせない下品さを漂わせていた。

「元気かね、諸君。私の名はランボス……諸君らを絶望に陥れる悪党星団ワルダスターの団長であ~る!」

 悪党星団ワルダスター──それは、ある宇宙でテッカマンと戦った悪の集団であった。宇宙征服を目論む悪党異星人たちで構成され、その頂点にはドブライという名の帝王がいる。
 テッカマンの敵といえど、彼が相羽タカヤや相羽シンヤ、相羽ミユキやモロトフと面識があるわけではない。その宇宙ともまた別の宇宙だ。彼らの敵のテッカマンは、南城二といった。現状ではフィリップの検索に「ランボス」、「ワルダスター」といたキーワードが対処できる見込みもないだろう。

「こうして我々が現れるという事がどういう事か、もうわかっているだろう……? そう、無論、これから哀れに死んでいった地球人どもの名を教える放送が始まるのだ!
 ちなみに今回の死亡者は四人! …………四人!? ……なんと、たったの四人だ! 何をしておる! ええいっ、これでは折角の出番だというのに名前の読み上げ甲斐もないわ!
 ……つまらんが、一度しか言わんぞ。
 一条薫、黒岩省吾、ダークプリキュア、明堂院いつき……以上の四名だ。たったこれだけしか殺せなかった罰だ、貴様らにはボーナスはやらんっ!!」

 彼はわざとらしい口調で一人怒り狂い、乱雑に死者の名前を読み上げた。
 その言葉にどれだけの人間が怒りを覚えただろうか。ここまでの放送担当者で最も下品で、最も怪しい男だった。サラマンダー男爵の頃の放送は、呼ばれる人数こそ異常に多くともまだまともであったと言えただろう。
 彼は続けた。

「さて、次は禁止エリアだが……これも、今回……無いっ! なんとつまらない放送だっ! 首輪を解除した参加者がいるのだっ! これではもう禁止エリアも何も意味がなーいではないかっ! 折角このランボス様の出番だというのにぃ…………。
 と、とにかく、スペースナイツだかガイアセイバーズだか知らんが、貴様らは全員、生かしてはおけんっ! このマップ上の刺客どもがすぐに貴様らを殺すだろう……ふっふっふっ。強いて言えば、その新たな刺客が貴様らにお似合いのボーナスというやつだな。
 それに、仮に貴様らが勝ち抜いたとしても、この私やドブライ様やあのお方には勝てん……カッカッカッ」

 そのまま、相変わらずの下卑た笑いとともに、ランボスの姿は消えていった。幸いなのは、彼がニードルやゴハットのように、回りくどい挑発ではなく、直接的で、かえって乗る気も失せるような挑発をした事だろうか。残り参加者たちの緊迫した空気は、彼らの放送によっていっそう張りつめた様子になるかもしれない。
 何にせよ、またもや、吉良沢優の放送原稿は誰も守られなかった事が、主催者側にとっては残念極まりない事実だった。






 吉良沢優、美国織莉子、呉キリカの三名は、首の後ろで手を組みながら長い廊下を歩いていた。真っ白な蛍光灯が、白い廊下を白い光で照らしている。その上を歩いている白い服の二人に囲まれているキリカは、気が狂いそうな気分であった。
 三人の周囲の黒服たちは、所謂財団Xの下っ端や戦闘員であった。それは所謂、護送というやつだ。世界の融合という仮説に行きついた三名は、こうして加頭順による呼び出しを受けていたのである。

 イラストレーターが織莉子たちの部屋から一歩外に出ると、財団Xの下っ端たちが待ち構えていた。太い腕の無骨な男たちは、加頭たちを見下ろすような不作法な態度で「来い」と告げ、強引に手を首の後ろまで引いて、イラストレーターたちを呼んだ。酷い体育会系軍団である。力で他社を制圧するために体を鍛えたような人間に見えた。
 一人だけ、白い服の一際か細い男がおり、これはおそらく加頭の側近か何かに見えた。イラストレーターの記憶によると、名は田端。

「……ちっ」

 その時のキリカの舌打ちは、自分たちを拘束する財団Xたちに向けた物だっただろうか。あるいは、巻き込んだイラストレーターに対する物だったかもしれない。もしかすれば、その両方だ。
 これから何をされるかわからない以上、不安ばかりが募る。特にキリカは、織莉子を殺させてはならないと誓っている。この三人、纏めてこのまま殺されるのではないかという警戒が、自ずとソウルジェムを包む手を強くさせた。財団Xの人間はそれを一瞥しながらも、奪う様子は見せなかった。
 キリカも、彼らの目的がわからない以上、迂闊には動けない。主催組織の反乱分子となるまでには、まだ少しの様子見が必要だ。敵の兵力に敵わないのはわかっているが、死ぬかもしれない時だけは足掻くだろう。その為の前準備に過ぎないものだった。

「キリカ。しばらく従って」

 そして何より、織莉子のその小声の忠告を信じて、キリカは黙って歩いているのだろう。その間は、財団Xの人間たちが目立った動きを示す事はなかった。ただ、「加頭さんのところへお連れする」という言葉以外に、言葉を発する事もなく、さながらその様子は機械のようだった。
 少しずつ加頭順の部屋は近づいていく。一歩、また一歩……。全て殺風景な廊下であると、改めて思った。
 そして、すぐに部屋の前までたどり着き、田端が、ドアノブを捻る。

『クェックェックェッ……』

 ……この時、不意に超えたバケモノのような笑い声に、一同は固まった。それがランボスによる放送だという事も、すぐにわかった。ほっと息をついた後は、さほど目立った内容でもないので、始まった時点では聞き流すようにした。

 イラストレーターたちは部屋に招き入れられる。その所作は、「強引にぶちこまれる」と言い変えると、いっそうその様子がはっきり伝わるかもしれない。その部屋の中で、加頭はデスクの前で椅子に座ってこちらを見ていた。
 そこからどんな言葉が放たれて、どんな行動を取るのか、少し距離を置いて警戒しながら、相手の出方を待つのだった。

「三人とも、夜分遅く申し訳ありません。急な用事です。どうぞ、そこのソファに腰かけてください」

 加頭の口調は淡々としており、相変わらず無機質だ。
 加頭のこのトーンは常に変わらない。だからこそ、行動が読みづらかった。
 だというのに、この時の加頭の様子が不自然である事は、イラストレーターも本能的に感じた。自分が平素無感情である事に彼は気づいていないのだろうか──無感情な彼は、『無感情な自分』を演じているようだった。
 どこか無理のある様子が微かに見られた。イラストレーターは少し警戒する。

 ともあれ、イラストレーターたちは、詰めて五人がけほどのソファを贅沢に三人でいっぱいに使った。加頭はキャスターを使って、椅子をソファの前まで移動させ、再び腰かける。
 そのタイミングでイラストレーターは訊いた。

「どんな用事かな」
「……あなたたちは、世界が融合しつつあるという話をしていた……。それが事実かどうか確認したいので、貝殻を見せてください」

 それを訊いて、イラストレーターはどこかほっとした。少なくとも、何かに勘付いて殺されるというわけではないらしい。そこは事前に考えていたうえでの行動だったが、いざこうして強面の男たちに連れて来られると、イラストレーター自身の意識に反して少し恐ろし気な気持ちも出てくるものだった。
 とにかく、加頭たちにとって、時空の歪みなどが想定外の話だったらしいのははっきりと告げられた。

 そういえば、左翔太郎は既に加頭順を倒している。──イラストレーターの考察による「最終時間軸」が翔太郎である以上、もし本当にゲームが終われば、加頭は存在できない可能性が生じるかもしれないのである。勿論、加頭が恵愛する園咲冴子も同様だという事を思い出した。
 イラストレーターは、おとなしく貝殻を見せようとしたが……それは現実には至らなかった。ポケットの中には何もない。
 彼は首を横に振り、事実通り、「もうないんだ」と返した。

「そうですか」と、加頭の淡々とした声。

 もう一日が終わってしまった。イラストレーターにとって思い出深い貝殻も、今は一つに統合され、消え去ったのである。しかし、イラストレーターはその事に心を折られている暇はなかった。加頭に同情する事もない。心なしか加頭は悲しんでいるようにも見えたが、それはわからない。
 イラストレーターも、NEVERである彼には感情が欠如しつつあると知っている。

「ただ、僕の考えもあくまで仮説だから、何ともいえない」

 ……イラストレーターは、そう口にした。あくまで正直な言葉だ。
 それに対して、加頭も二三質問をしようとしていた。聞いた限りでは、まだ何故「世界の消滅」ではなく「融合」と考えるのかが加頭にもわからないくらいだったのだ。いくらでも考えようのある中で、何故イラストレーターがそんな仮説を通したのかが加頭にもわからなかった。
 しかして、その瞬間に聴覚的な妨害が入り、会話が中断される。

『それに、仮に貴様らが勝ち抜いたとしても、この私やドブライ様やあのお方には勝てん……カッカッカッ』

 耳を素通りしていた放送の中で、聞きのがせない言葉が発され、イラストレーターはそちらに意識を向けた。何かが引っかかったのだ。今の放送で、何かが……。

「……ッ!」

 そして、その言葉を訊いた時、眼前で加頭の血の気が引いているのがわかった。先ほどよりも表情が変わり果てている。
 イラストレーターの方は、その突然の放送に、ただ疑念だけを抱いた。深い考えはない。

 あのお方──とは? イラストレーターにとって、何となく違和感のある言葉が、ランボスの口から出てきたのである。この殺し合いの主催陣は珍妙奇天烈な者ばかりだが、「あのお方」などと呼ばれる存在は知らない。そうまでして暈す人間がいるのだろうか。
 イラストレーターの把握する限りでは……この殺し合いの主催は財団Xであるはずだ。そのトップの位に立つ人物の事かもしれないが、吉良沢は一切その人物を知らされていない。幹部である加頭たちに従属し、ボスに関しては殆ど面会謝絶で詳細さえ教えてもらえなかった。ランボスがイラストレーターでさえ知らない謎の人物について把握しているという事だろうか。

「……あの馬鹿が」

 加頭が呟いた言葉に、イラストレーターは戸惑う。
 加頭の瞳が物凄い剣幕でイラストレーターを睨み、イラストレーターも息を飲む。心なしか、その目は、「秘密を聞いたか」と告げているように思えた。
 あのお方とは……と、イラストレーター訊く事はできなかった。財団Xという組織にはイラストレーターも知らない謎が多いが、これは明らかにその類ではない。

「ごめんなさい。少し、待っていてください。またも急な用事です」

 加頭は、そう言うと、慌ててその場を去った。
 その姿には、何かある──それだけは誰もが思っただろう。






 イラストレーターは、加頭が席を外した瞬間、横にいる織莉子とキリカに問うた。

「……君たちは、『あのお方』と呼ばれる人物について、心当たりはある?」

 二人は首を振った。キリカはおそらく把握していないだろうと思っていたが、やはり織莉子も知らなかった。つまりは、「あのお方」の存在を知らされていない参加者も中にはいるという事だ。その点では、この三人は共通している。
 知っているのは、少なくともランボスと加頭か……。あるいは、ワルダスターと財団Xと呼んでもいい。

「この殺し合いを開いたのは、一体誰だと思う?」
「……財団X、ではありませんか?」

 そう、この殺し合いの参加者の中でも、イラストレーターや織莉子は、「あのお方」を知らない。「あのお方」という言い回しは、その人物について知らない限り出てこないはずだ。イラストレーターがあれだけ訊いても姿を現さなかった財団Xの首領をランボス如きに教える事があるだろうか。そこが奇妙に思えた。

「確かに僕もそう聞いている。でも、加頭順のあの慌て様は、それだけじゃない何か重大な秘密をバラされたように見える。きっと、何か知られてはならない存在を口走ったんだ」

 その言葉が、おそらく「あのお方」だ。
 テッカマンの世界からやって来た悪の怪物はドブライとランボスのみ。ランボスだけが知るドブライ以上の位の人間がこの殺し合いの主催者とも考えられない。

「……あのお方、か。全く、この殺し合いの主催者は私たちに何も知らせなさすぎるな」
「我々にも表向きの主催者を明かさなかった……何か強い目的があるようです」

 加頭の挙動だけでは、その人物の正体までは想定できない。財団Xの首領かもしれないし、それ以外かもしれない。だからこそ、不透明で強大な力に、彼らは怯えたのであった。

「……なるべく関わりたくない所だけど、いずれ僕たちが関わらざるを得なくなるかもしれない」
「ただ、そうならないようにしたいですね……」

 織莉子とキリカも、将来的に自分たちが積極的にそれに関わる事を察した。だからこそ、眉を顰めた。
 できる限りはことなかれ主義でいたい。殺し合いの主催者が自分たちの世界に来てしまう事だけはどうしても避けたいのだ。しかし、やもすればそれがあり得るかもしれない事を薄々感じ始めていた。
 自分たちだけでは到底勝てそうにない壁に、近づいていくような感じがした。






 ランボスが帰った場所にあるのは、一ツ目の体から触手を生やす不気味な怪物であった。それこそ、異文化どころか異進化体系の宇宙人の姿だと言えよう。二足歩行ではなく空中浮遊、皮膚も人間の「肌」ではなく、タコやイカのような光沢を見せている。ランボスにさえ認められる我々人類の特徴は完全に廃されていた。
 我々人類の常識から考えれば、そこに生命が宿っているとは到底想像しえない異形である。……そして、その珍妙で尊大なオーラは、薄々とその正体を予感させ、見る者を閉口させるだろう。
 これがワルダスターの帝王ドブライの姿であった。
 実を言えば、彼は全宇宙の意思たる存在である。そんな尊大な怪物までも、この殺し合いの主催陣として招かれていた。
 ランボスが帰るなり、ドブライは「ランボスよ」と、明らかに不機嫌な声を上げた。この声がどこから響いているのかは誰も知らない。この空間の奥から、エコーをかけて響いていくような声は、聴覚に異常を来したとしても頭に流れ込んでくるような怪しさを持つ。

「ランボスよ……貴様、話してはならぬ事を話したな」
「は? ドブライ様、それは一体どういう事でございましょ……」

 ランボスがそう言った瞬間、ランボスに向けて電撃が放たれる。所謂お仕置き光線である。どこから発されているのかはわからないが、それがドブライの意思によって自在に敵に発する事ができるものであるのははっきりとしている。
 ただ、例によってそれを使う相手は、殆どの場合において、このランボスであったが。

「ぐぎゃあああああああ!!!!」

 致命傷を与えない程度ながら、死んだ方がいっそ楽になるような刺激と苦しみがランボスを苦しめ続ける。いわば雷を浴びているのに黒焦げにならないような物であった。ランボスに弁解する余地を与えてやるため、ドブライは一度電撃を浴びせるのをやめた。

「この私と『奴』の事は全て不用意に語ってはならん事だ……」
「はっ! そうでした……! すっかり忘れておりました……」
「この大馬鹿者ォォォォォォォ!!」

 更に強力な電撃がランボスに降りかかる。今度は、あまりの痛みに意識が遠のくほどであった。動く事さえもままならず、力を振り絞ってようやく声帯に力を込められる。
 ランボスも弁解だけは必死だった。その執念だけは、一人前の狛犬だと言えよう。……単純に頭の出来が悪いのが彼の最大の問題である。

「ひえっ……お許しください!! 許して……ごめんなさい……ごめんなちゃい……っっ!! ……うぎゃあああああああああああ!!」

 最終的にはまた一段強い電撃がランボスから悲鳴以外の言葉を奪った。
 ドブライとしては処刑のつもりではなく、戒めや制裁のつもりだったが、それはその直後に殺意ある者の意思で、性質を変えられる。

「──ッッ!!?」

 悲鳴を上げるランボスの体が、突如として宙に持ち上げられた。──彼を持ち上げた者は、遠隔的にランボスの体を操作し、手を使う事なく宙に引き上げている。当のランボスは、電撃に気を取られて、その時自分が宙に浮いている事さえ気づかなかっただろう。
 重力操作。
 ドブライは、咄嗟にその妙技の正体を見破って、電撃を止める。その瞬間に、ランボスの姿は無様に地面に叩き付けられる事になった。

「加頭順、いや、ユートピア・ドーパントか……」

 ドブライの前方、ランボスの後方にはユートピア・ドーパントが理想郷の杖を構えて立ちすくんでいた。どこからか現れたのかは知らないが、彼はいわば処刑人という奴であった。
 勿論、財団Xの側から見ても、ランボスの発言は安易なもので、不都合な物には違いなかった。まあ、おそらく参加者側が察する事はないが、それでもこのままランボスを放っておくわけにはいかない。
 あのお方──というのは、参加者側から考えれば、財団Xの上層部などを連想するだろうが、実際には違うのだ。財団Xはこの殺し合いでは、あくまで技術や資金面での運営を目的に行動している。それは全て「あのお方」の管理下に置かれた以上、仕方のない事だ。
 財団Xの幹部以下はほぼ狩りだされ、こうして殺し合いの運営や外世界での管理活動に従事している。

「ひえっ……ひえっ……」

 ランボスは這いつくばり、ドブライに縋ろうとしたが、ドブライの姿は遠のいていくようだった。ドブライは「壁よりも奥にいる」かのようだった。ランボスの震える手は少しも届かず、助けを求める声もむなしく響いている。
 ユートピア・ドーパントは一切感情を払う事なく、ドブライに告げる。

「処刑の為にここに来たものの、どうやら飼い主が責任を取ってくれるようだ」
「処刑……か。そのつもりはなかったが、なるほど、やむをえん」

 ドブライは処刑のつもりはなかったが、こちらの組織の戒律ではどうやら、処刑やむなしと断定されたようで、ドブライはすぐにそれに従う事にした。
 ランボスはワルダスターの団長であり、彼がいなくなる事はワルダスターにも不利益な話だったが、今となっては、代わりはいくらでもいる状態だ。……いや、ドブライ自身が代わる事もできる。

「……ワルダスターの馬鹿者は、ワルダスターの手で処刑させてもらう。貴様は黙って見ていろ」

 ドブライの言葉に、ユートピアは従った。理想郷の杖を両手に持ち、優雅な立ち振る舞いで攻撃を中止する。ドブライの素直さに従い、ユートピアは退いたのである。
 その直後、ドブライは掛け声とともに一筋の光となってから、その身を再び変じる事になる。

「テックセッター」

 ドブライの体は、硬質の装甲に包まれ、まるでラダムのような奇怪な生物に姿を変えた。
 テックセット。──それは、特殊な波長に合う人間の細胞を凝縮強化する禁断の妙技だ。
 人間を強化プロテクターで覆い、通常はペガスの内部にいる人間のみを強化するのがスペースナイツのテックシステムだが、ワルダスター製造の新たなテックセットにそれらの準備はいらなかった。ドブライは、ワルダスター軍側のテッカマンとして、更なる力を得ているのである。
 それを見た瞬間、ランボスは酷く怯えた。這いつくばり、土下座する。今こそ、これまでで最も誠意を持って謝る時だと、ランボスの本能が告げていた。

「ひええええっ……ドブライ様、どうかお許しを……! どうせ奴らは『あのお方』と言われても、気にも留めません! どうせ奴らはここに辿り着かないのですから……!」
「ご苦労だった……ランボスよ」

 しかし、ドブライは無慈悲だった。そこに感情があるのかわからない。全宇宙の意思なる生命体は、そもそも誰より平等で、感情的ではない判断を崩さなければならないのである。
 ランボスは、それでも素直に謝った。

「お……お許しくだちゃい!」
「ボルテッカ」

 そして……その言葉とともに、ランボスは今度こそ完全に黒焦げになった。
 最後の瞬間も、ランボスはいつも通りドブライの攻撃が自分の命を奪わないと信じただろう。……だが、ランボスの体はもう二度と動く事もなく、命を宿す事もなかった。
 当人自身、自分の命が今度こそ完全に燃え尽きた事に気づいていなかったかもしれない。
 ドブライがテックセットを解除した時、ユートピアも変身を解除した。一礼すると、彼は去っていった。






 田端の胴体が真後ろから鋭い爪で突き刺された。……それが、まず最初に起きた事象だった。おそらく、それでそこにいた全員の注意が喚起されたのだ。
 イラストレーターたちが招かれている加頭の部屋の外に張っていた数名の財団Xの兵士。真っ白なライトの下で、それを合図にしたかのように、団体行動に出る。全員がマスカレイドメモリを使用してマスカレイド・ドーパントに変身し、敵に対処しようとした。
 細長い廊下では、多人数でけしかけるのは不利であったが、ともかくやむを得ない。

──MASQUERADE──

 マスカレイド・ドーパントは計七名。黒いマスクの裏で、突如裏切りに出た敵を探る準備をした。勇気を持っていたのか、無謀であったのか、それとも無意識に動いたのか……マスカレイドの一人が、まず田端の死体に駆け寄り、刺客の姿を探した。
 だが、その田端の体の後ろには既に怪物の正体はなかった。そのマスカレイドの首が、次の瞬間には壁に向けて吹き飛び、またその直後に体ごと爆発した。誰もその出来事を視認できなかっただろう。今度は敵方が加速し、勢いづいてマスカレイドの首元を爪が抉ったのだ。死したマスカレイドの行動は、結果的に「無謀」に分類される事になった。
 駆け出した刺客は、スミロドン・ドーパントであった。スミロドンは爆炎の中を更に駆けていく。

「なっ……」

 スミロドンの爪は、流れに乗るように、次々とマスカレイドを倒していく。二体のマスカレイドがその直後には消え去っていた。腹と胸に傷跡があったかもしれないが、爆発した今となっては、誰も興味はない。同僚が二人逝った事実と、次に狙われるのは自分かもしれないという恐怖だけが胸を締め付ける。生存の本能に従って、ただ怯えるマスカレイドたちであったが、残りのうちの二体が偶然にもよほどの兵だったのか、スミロドンの片腕をそれぞれ掴んだ。
 それは、神様がくれた最後の好機だ。
 スミロドンの動きは封じられ、残り二体のマスカレイドで倒せるかもしれない。あるいは、この二体を捨て駒に、残りの二体が逃げおおせるかもしれない。おそらく、押さえつけた二体は前者を期待しているだろうが、残された二体は後者の選択を取ろうとしただろう。

 だが……

──CLAY DOLL──

 その直後にその音声が聞こえたと思うと、その微かな期待も消え去った。逃げようとした二体のマスカレイドが順々に、背後からのクレイドール・ドーパントのパンチの餌食となって消えた。唖然とする残り二名をよそに、スミロドンは腕を広げて拘束を解き放つ。両腕を捕まえていたマスカレイドたちは、それをすぐに解き放ったスミロドンの攻撃によって爆発四散する。この戦いで、十秒保ったマスカレイドは、まあ優秀で運が良いと言える状態だった。あっという間に八つの命が散り、そこには殺人者を除いて誰もいなくなった。田端の遺体だけが残り、後は全て硝煙に消え、筋肉質の黒服男でぎゅうぎゅうに埋められていた廊下は随分と広くなる。
 それだけ、マスカレイドと各二種のメモリには戦力差があった。
 二人のドーパントの正体を種明かしすれば、それは山猫リニスとアリシア・テスタロッサである。彼女たちの高い戦闘能力もあり、財団Xの下っ端では手に負えないのである。

「……一丁上がり」

 クレイドール・ドーパントが冷淡に告げる。スミロドン・ドーパントはその後ろで自分の爪の先を見つめながら肩を震わせていた。
 二人の目的は、この一室に入る事だけだった。それはイラストレーターという男に会う為だ。会って何をすべきかはわからない。イラストレーターには特別惹かれるだけの魅力はないが、ここにいる人間では、どうも透き通る安心感があった。

 血の匂いを沁みつけた者たちばかりであるのに対して、彼にはそれがなかった。アリシアがそうして、血の匂いのない者を見つけ出して近づこうとする理由はわからなかった。
 ただ、彼が加頭に呼ばれたと聞いて、何となくここに来る事になってしまった。加頭に呼ばれるという事が、不穏な意味を感じさせてならなかったのだろう。プレシアの静止を訊く事はなかった。
 目の前でドアノブが捻られる。内側の部屋から誰かが顔を覗かせる。加頭だろうか。

「……君か」

 いや、そう言って現れたのはイラストレーターだった。織莉子とキリカは警戒し、構えて顔をこわばらせ、二体の怪物を見ていた。彼女たちはアリシアの目的など知らない。
 兎にも角にも、タブーとスミロドンは変身を解除する。その姿が幼い少女と山猫に変わった時、キリカは唖然としているようだった。今にも腰を抜かしそうに、「この子たちが今の怪物に……!?」と、吃驚の一言を告げた。
 アリシアは、笑みも見せずに頷くと、すぐにイラストレーターの方へ向き直った。

「おにーさん」
「君は……寝てないのかい」
「……面白そうなんだもん」

 アリシアは、そう答えた。嘘ではない。ある意味、興味本位だ。
 感情は消失しているはずだが、NEVERもしばらくはこの遊戯を楽しむ性格が薄れない。母に依存し続けたり、誰かを愛したり、冷たい体に劣等感を抱いたり、誰かに忠誠を誓ったり……という断片的な心の姿は視られる。
 アリシアも、一部ではそうした心の姿が残っているようでもあった。ただ、酵素が注入され、細胞が生まれ変わるたびに、それはだんだんと消えていくのかもしれない。

「うわ……可愛い顔して、よくやるなぁ……」

 気づけば、キリカが田端の遺体を見ながら、そう呟いた。後ろからグサリ、一撃である。血まみれで、周囲では飛沫の痕が壁も地面も汚していた。

「それをやったのはこっち。リニス」
「ニャー」

 アリシアは冷静に補足するが、キリカの顔は二の句も告げない状態だった。
 自分も随分とハイな性格である自信はあったが、これは越えられないだろう。
 一方の織莉子は、そうして人の死を何とも思わなくなった五歳児と猫の様子に、不快感さえ抱いているくらいだった。

「……とゆーか、これって結構ヤバいんじゃないかなっ!」

 そう言って、キリカは急に慌てた様子を見せた。状況を思い出したのだ。普段ならばこうした殺人は問題ないが、この場合、織莉子やキリカにも危険が及ぶかもしれない。織莉子とイラストレーターも、目立って騒がないだけで、少しは恐怖を抱いている。
 いわば、これは同組織内の規律の乱れだといえる。特に規則があるわけではないが、同じ組織の人間を命令以外で殺すなど、当然許される事ではない。
 無邪気で、約束事に対する意識の薄い少女だからこそ、こうして危険な行為を平然と行ってしまうのだろう。気にしていないのは、当のアリシアだけである。

「あーあー、全くこんなに汚しちまって……。まあ、他が全部爆発した分、マシって感じだがなぁ。こりゃ後片付けと言い訳が面倒だぞぉ」

 ふと、ワイルドな中年男性の声が聞こえて全員の視線がそちらに集中した。さも当然のようにそこに立っているのは、サラマンダー男爵である。神出鬼没というか、突如そこに現れて、当然のようにそこで喋り出してもおかしくない風体の男だった。一言で言って、つかみどころがない。──そして、現れるのが最も厄介なタイミングで現れる。例によってこの男か……と、イラストレーターは思った。
 突然霧のように現れても、それに驚くに至るまで数秒かかる。キリカが今、驚いたあたりであった。

「俺も随分暇なんでな。物音を聞いて見に来てみたら、いきなり一大事って局面か」
「一大事とかいう次元じゃないと思うけど」
「死体を見る機会なんて、もう珍しくも何ともないだろ?」

 サラマンダー男爵の一言は的を射ており、少しイラストレーターの背筋を凍らせた。
 確かに、もはや人の死に対して、ドライになれるほど見慣れてしまっている。それが怖い事であると、いま再び認識させられた。
 サラマンダー男爵は、他を退かせて、田端の遺体の前に屈んだ。

「……こりゃあ、加頭もそろそろ雷落とすんじゃないか」
「物理的に?」
「これは加頭のお仲間らしいからな。それもありえる」

 加頭はクオークスなる超能力兵士だ。天候を操って攻撃する能力を得ている。
 更に、NEVERとして強化された体力に、ユートピアメモリとの高い適合率やメモリそのものの底知れぬ力が彼を只の人間から恐ろしい存在へと変えていた。
 まあ、才が薄いとはいえ魔術に関する素養が微かにでもあり、NEVERかつゴールドメモリのドーパント……という少女がこの事件の当事者なのだが。

「これはどういう事ですか」

 そう言い現れたのは、加頭だった。
 ランボスの処刑を見届けた後、再び部屋に帰れば、部屋の周りに連れていた財団Xの人間が跡形もなく消え去り、幹部の田端も殺害されているのである。

「おにーさんを殺そうとしてたんでしょ。だから、助けに来たの」

 アリシアは平然と言ってのける。
 実際、イラストレーターが殺されるかもしれないので、この監視を全滅させて彼に会おうとしていた事は間違いない。しかし、不用意にこうした突飛な行動に出て、その次を想定できないのがアリシアの幼さであった。
 奥から、マスカレイド・ドーパントが何人も駆けてくる。数は先ほどの三倍はいるだろう。どうやら騒ぎをききつけて現れたらしい。全員が加頭の後ろで立ち止まった。

「待て! 加頭。……殺めるわけにもいくまい? ……彼女が死んでしまえば、今度はプレシアも離反する。後々面倒だろう?」

 横からフォローするのが、サラマンダー男爵である。
 極力、小さな子供を殺したくはなかったのだろうか。アリシアを庇いつつも、どこか曖昧な位置であった。加頭に対して強気に発言する事はできず、いざとなればアリシアを見捨てる覚悟も持っているようだった。

「確かに……。しかし、彼女にも相応の罰が必要だ」
「だから待てって! まだ子供だ」
「男爵。逆らえば、あなたの目的が潰えますよ」

 加頭の言葉で、またサラマンダー男爵の表情が強張った。立っているだけで、何かの重圧に押しつぶされそうなサラマンダー男爵である。まさしく、板に挟まれているようなサラマンダー男爵の姿がイラストレーターには見えた。

「……目的?」

 織莉子が呟いた。彼女も気にかけたのだろう。
 サラマンダー男爵に対しては、彼女も大きな興味を示していなかったらしい。ここにいる三人が世界のため、アリシアの場合は母親がアリシアの蘇生を祈ったために主催役としての協力態度を示している。しかし、サラマンダー男爵は目的が不透明だった。怪物の目的など知る由もない……と思っていたのかもしれない。
 実際、織莉子やキリカがサラマンダー男爵の人間らしさに触れるのは、今が初めてだったくらいだ。

「彼の目的……それは、あなたたちが外の世界に行けばわかる事です。融合が完了したならば、おそらく最終段階だ。『予知能力者』として招かれた二人も、こうして裏切ったテスタロッサ家の人間も、もはや用済みです。……全員、外の世界に送ります」

 加頭の冷やかな口調が伝わった。
 まさか、彼らはとうに世界の融合には気づいていたのだろうか。……そして、それを一つの合図としていたという事だろうか。
 そう──。
 これまでのイラストレーターの考えこそが間違っていたのだろう。融合が完了したならば、外の世界に出よという加頭の言葉は、既に世界の融合については知ったうえで、イラストレーターを泳がせているようだった。彼はきっと、予知能力者であるイラストレーターと織莉子を用済みとして、罰を与える為に部屋に呼んだのだ。

「外の世界……?」

 そうイラストレーターが呟くなり、また奥からプレシアがマスカレイドたちに連れて来られる様が見えた。プレシアは必死に声をあげ、アリシアの姿を見つけ、そこに手を伸ばしながらマスカレイドに連行される。
 マスカレイド・ドーパントたちの海に揉まれながら、プレシアが近づく。
 彼女もまた、罰を受ける者となったのだろうか。

「自分の世界に帰るのと同じ事です」

 ふと、喜びが増すような一言だった。
 だが、それが妙に含みのあるニュアンスで、それが不安だった。

「なっ……やめっ……!」

 織莉子の声が聞こえたかと思えば、マスカレイド・ドーパントが強引にイラストレーターの腕を掴んだ。……そして、後ろに引き寄せて歩き出す。突如、引っ張られ、声も出た。抵抗もした。それが全て無意味になる。キリカや織莉子が抵抗して声を上げている。
 加頭は直立不動だ。イラストレーターも動こうとはしていない。しかし、マスカレイドによって人波の一部にされ、動きだす。二人の距離が勝手に遠ざかる。織莉子も、キリカも、アリシアも、リニスも、イラストレーターとともに連行され始めた。
 遠くから加頭の声が聞こえた。

「だから、心配する必要は……ない」

 加頭は敬語を使う事もなかった。






 その後、美国織莉子、呉キリカ、吉良沢優、アリシア・テスタロッサ、プレシア・テスタロッサ、そしてリニスの六名がそのまま外の世界に送られ、この場を撤退したのを、サラマンダー男爵は見送った。また元の一室に戻って、サラマンダー男爵は何気なく、この殺し合いの様子を観察している。
 彼らは、ほんの少しは抵抗したが、全力の抵抗ではなかった。すぐに送還されている。元の世界に帰る、という話に少し胸を躍らせていたからに違いない。たとえ元の世界が絶望の最中だったとしても、気持ちは変わらないだろう。

「……ふぅ」

 サラマンダー男爵は体全員で息を吐き出した。
 何ともやりきれなさが残る。外の世界に送還される事が、まず最も絶望に瀕した道であると、イラストレーターたちは知らないのだ。
 だから、微力の抵抗はしつつも、全力の抵抗はしなかった。外の世界に帰る解放感や、ここにいる間の閉塞感が、それを罰と感じる意識を押し出してしまっていたのである。誰も故郷は恋しいだろう。……その気持ちは、故郷がない彼にははっきりとはわからなかったが。

「……外の世界か」

 サラマンダー男爵が思い出したのは、パリの街並みだ。
 そこでは人が平和を謳歌し、エッフェル塔、凱旋門、マロニエ通りやシャンゼリゼ通りなどといった豪奢な建物を眺め楽しんでいた。
 そこも、結局は同じだ。
 あそこはもともと、サラマンダー男爵の故郷というわけでもない。彼やオリヴィエには故郷と呼べる場所がないのだ。だから、共に探していく。共に見つけていく。その途中だった。

「……行かないに越した事はないのにな。まったく、残念だ」

 そう、独り言ちた。






 元の世界に飛ばす……という約束と錯覚していたが、加頭の言葉は、厳密にはそうではなかった。──その事実にイラストレーターが気づいたのは、この瞬間である。
 転送された後だというのに、真横には、プレシア、アリシア、リニス、それに織莉子、キリカが、まだいた。
 つまり、全員が元の世界に帰っているわけではないという事だ。

「……これは……」

 綺麗に立て直された街並みの中には、無数のラダム樹が生えている。──それが、そこは『テッカマンブレードの世界』だと認識させる一要素であった。真っ暗闇の中で蠢くラダム樹の姿には背筋も凍るが、何とかそれに対抗しうる手段をここの人間は有しているので安心ができた。初めて立ち入るが、データでは知っていたこの世界に、全員で招き入れられたというのは、どうも作為的な物を感じずにはいられない。
 よりにもよって、参加者全員が死亡している『テッカマンブレード』の世界である。

 不自然なのはそこにいる人々の姿であった。
 全員が全く同じ黒い衣装を身にまとい、列を作って歩いている。何かを呟きながら……何かを囁きながら……。それは、気力を失くした人間たちの群れだった。ラダムが人を襲う事もなく、その世界はむしろ喧噪とは程遠いようだ。
 ラダムとの戦いが絶望を呼んでいるのではない。ラダムはむしろおとなしく、偽りの平和によって、人々の精神が殺されていたのだ。

「管理国家……ラビリンスと……同じだ……」

 イラストレーターがそう言った。
 桃園ラブたちがいたプリキュアの世界で、『管理』された世界だ。まさしく、それに酷似している。
 いや、はっきり言ってしまえば、それそのものだ。人々の就職、結婚、寿命に至るまで全てが管理されているのだろう。人々は夢や希望、そして最も大切な『我』を失った瞳で歩いている。
 これまで日本の文化圏で健康的に生きてきた人間には信じがたい光景である。

「見て! あのモニター!」

 キリカが指をさし、他の全員も空を見上げた。
 遥か100メートルほど先の街頭巨大モニターでは、見覚えのある映像が映し出されている。──耳を凝らせば、それは第四回放送に似ていた。
 そう、あのランボスの姿が映し出され、あの憎たらしい声での放送が告げられていた。それは、先ほど聞いたものと全く同じだ。時刻を見ると、とうに0時は過ぎていた。時差があるのかと思いきや、放送は一度終わるとまたリフレインを始める。
 見れば、第四回放送と共に、殺し合いの会場にいる各参加者たちの姿がモニターで映されていた。

「まさか、あの殺し合いは……全て、外の世界で中継されているの?」

 織莉子が言う。
 生存者たちの姿も大画面には映っている。群衆はその真下で、不快そうにそのモニターを見つめ、また列に意識を集中する。
 世界は管理され、殺し合いは全て世界中で実況中継されている事だというのだ。

「私たちの世界もこんな事になっているという事……?」

 プレシアは、ひどく絶望した様子でそう言った。
 それを聞いて、全員がはっとする。……そう、それが加頭の言葉の意図なのだ。

『自分の世界に帰るのと同じ事です』
『だから、心配する必要は……ない』

 そう、加頭は言った。

 ────それは、元の世界に帰っても、これと同じくラビリンスの管理を受けているという事だ。
 イラストレーターのいる世界も、織莉子たちの世界も、ミッドチルダも……あらゆる地球がこの『管理』の下にあるという事なのだ。彼らが殺し合いの主催者として異世界に閉じ込められている間に、こうして、「あのお方」なる者の管理が行われていたのだ。
 それだけの期間があったか? ──という疑問をイラストレーターは抱いたが、それより先にキリカの言葉が耳に入る。

「じゃあ、仮に生還したとしても、脱出したとしても……」

 イラストレーターは思考を中断して、キリカが言えなかったその先の言葉を告げた。

「ああ、待っているのは……こんな、どうしようもない管理世界だ」

 そうしなければ現実に戻れないと思ったからだ。
 もはや、参加者たちに元の世界の自由など与えられないのだ。
 徹底的な絶望ばかりが与えられている。
 ましてや、この殺し合い実況中継というのが、更に最悪である。殺し合いに巻き込まれた者たちの家族は、友達は、それを応援する者たちは、果たしてどんな表情をしてこの映像を見つめるのだろう。自らの子や仲間が殺された事、あるいは殺し合いに乗った事を知る者も出る……。
 自分たちの街を守っていた『仮面ライダー』が左翔太郎や照井竜であった事を知る者も出る。未確認生命体第4号やプリキュアの正体も……最終時間軸まで隠し通していた事実が全て白日の下に晒される。

「それじゃあ……私たちは、一体何のために戦ってきたのッ!?」

 織莉子がそう、言葉を荒げた。
 魔法少女である彼女たちにとって、それが非常にまずい事であるのはわかっているが……イラストレーターたちに止める術はない。
 絶望。──ソウルジェムを穢し、三途の川を溢れさせ、FUKOを溜める最悪の調味料であった。だが、それを抱かずにはいられない。
 彼女も魔女となってしまうかもしれない。彼女が魔女となれば、徹底的な絶望が始まる。
 管理が行われ、殺し合いが行われている。……それが、どの世界においても確実な未来。

(……いや、よくよく考え直せば、ただ一つの例外もある)

 ふと、イラストレーターの中にある世界の姿が映し出された。それは予知ではなく、回想だ。確かに、どの世界も、こうして絶望に囚われているわけではない。少なくとも、ただ一つはこの管理を免れている世界があるはずなのだ。
 だが、その世界に行く術はない。……なぜなら、その世界は……。

「いたぞォ! 奴らだ!」

 ふと、背後から声が聞こえる。ラビリンスの人間とは別の黒服であった。その衣装はどこかで見覚えがある。目を凝らしてみると、──それは、人の顔をしていない。先ほどの財団Xたちが変身したマスカレイド・ドーパントだ。彼らも管理下に置かれた世界の一員なのだろうか。ここに転送される事を聞いて、捕まえに来たのだろう。自由にさせておくわけはない。方法は武力行使だ。
 なるほど、どうやら財団Xも管理下に置かれているらしい。それで、加頭をはじめとする財団Xは「あのお方」に協力しているのだ。管理された彼らに与えられた仕事が、その技術力を以ての殺し合いの運営だ。
 しかし、それならサラマンダー男爵は……? まさか……。

──SMILODON──
──CLAY DOLL──

 敵方の攻撃意思は明確だったので、先んじて、リニスとアリシアが変身した。
 更には、織莉子とキリカは魔法少女へ、プレシアは魔導師としての対抗策を講じる。
 向かい来るマスカレイドたちを一蹴すべく、四名の女性と一匹の猫の変身。
 イラストレーターは変身を拒む。

「敵が来る……!」

 ポケットにガイアメモリは入っているが、どうも変身してはならぬ気がした。殺し合いに呼ばれたのが変身者ばかりであった事実が、イラストレーターの脳裏に思い出される。万が一、変身という行為そのものが何か意味を成しているとしたら──あまり不用意な行動はすべきではない。だが、抵抗しないわけにもいかなかった。要するに、ジレンマだ。変身して戦う事も、抵抗せずにやられる事もできない。教えていい物なのかもわからない。
 十数名のマスカレイドの部隊を迎撃するのは、全て女性──イラストレーターはその後ろで、女性という名の防御壁に甘んじていた。

「行くよっ……!」

 最初に前方から来るマスカレイドの腹をキリカが刺突。そのダメージを受けたマスカレイドの首を刈り取るのがスミロドンだった。彼女たちはまた同じように周囲のマスカレイドを切り裂き、次々と爆破に追い込んだ。
 クレイドールの光弾が更にそこに畳みかける。全てがマスカレイドたちの胸に当たる。織莉子も球体を射出し、マスカレイドたちの姿を散らしていった。このマスカレイドがルナの能力のような幻惑なのか、意思を伴った人間の変身した物なのかは定かではないが、もし後者ならば、ここで既に十名分の人生が幕を閉じた事になるだろう。
 更に、爆炎の中から追撃。プレシアの魔法で放たれた紫の魔法弾が運よく助かっていたマスカレイドたちのもとへと殺到し、爆裂する。

「うっ……!」

 しかし、安心するわけにはいかなかった。
 背後からイラストレーターを押さえつけた怪物がある。……それは、マスカレイドではない。テッカマンの世界に存在する、戦闘用フォーマットが完全ではないテッカマンたち──所謂、素体テッカマンたちであった。
 管理下にあるこの世界のテッカマンたちが、暴徒を鎮圧しようとしているのである。
 キリカが駆け出し、素体テッカマンの腕をそのカギ爪で一突き。痛がる素体テッカマンの腕の中から、イラストレーターを救いだす。助ける義理はないが、ともかく今は仲間内で貴重な情報源であった。

「……まだ来るっ!」

 そう織莉子が言った頃には、既に周囲には素体テッカマンが囲んでいる。
 外の世界は絶望の最中だ。何者かの支配下にある人間たちがこうして襲い掛かってくるのである。イラストレーターも、世界がこうなる未来を予知する事はできなかった。
 いや、織莉子もそうだろう。この管理の影響がない世界に閉じ込められ、そこでの予知能力の効き目を実験させられていたくらいなのだから。

「これじゃあ、キリがないっ……!」

 ……予知能力者であるイラストレーターや織莉子が呼ばれた最大の理由は、この絶望を察知しかねない人間を、『手元』に置いておくためだったのである。
 そう気づいた頃には、『今』が絶望の時になっていた。






 サラマンダー男爵はモニターを見つめている。
 イラストレーターたちが飛ばされたテッカマンの世界の映像を見ながら、その管理下の人間たちの姿を黙って見つめていた。
 素体テッカマンの群衆と必死に戦うイラストレーターたちの姿を気にしながらも、その画面の向こうに忠告を送った。勿論、それが届くわけもない。

「……随分賑やかにやってるが……外の世界の辛さが随分わかっただろう? ただ、その管理世界から抜け出す手段もひとつあるんだ」

 遠い遠い向こうの世界へ、せめて届いたら御の字という事で、サラマンダー男爵は告げる。

「この世界──参加者たちが何も知らずに殺し合っているこの世界だけは、管理の影響を受けない」

 そこが唯一の安住の地だ。この殺し合いの主催者を全うすれば、サラマンダー男爵はオリヴィエとそこで暮らす権利を有する事ができる。
 他の参加者たちが推察しているように、オリヴィエが人質に取られたわけではない。

「だから、管理されるのが嫌なら、ここで一生暮らすしかないってわけさ」

 ──住む世界そのものが、人質に取られているのである。



【ランボス@宇宙の騎士テッカマン 死亡】
【田端@仮面ライダーW 死亡】


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