OP ◆OCD.CeuWFo



 志葉丈瑠が目を覚ました時、彼がいたのはただ闇が広がるだけの空間だった。

 夢の残滓、思考にまとわりつくまどろみ……どこかはっきりとしない頭で周囲を見渡せど、目に映るモノはない。
 どこを見ても。どんなに目を凝らしても。その瞳は何も捉えない。

 もはや、そこに存在するのは己と闇だけにすら思えるほどであったが――侍として鍛えてきた丈瑠の感覚は、そんな答えに瞬時に否を出す。
 感じるのだ。闇の中に潜む、無数の気配を。 

 それは、自分と同じように周囲をうかがうモノ。
 それは、この異様な状況に怯えるモノ。
 あるいは、この状況に気づかず、未だ夢の中にいるモノ。

「――ッ!」

 それら全てを認識した瞬間。丈瑠は意志の刃でもって、まどろみというの名の思考の霞を切り裂いた。

 はっきりとした意識、より鮮明に認識される異常事態。
 同時に、この状況に対し、五体全てが戦闘態勢へと移行する。引き絞られた弓のごとく――感覚と肉体が張り詰めていく。
 丈瑠の手は自然と懐のショドウフォンの元へと伸び……しかし、空振る。

「……ショドウフォンがない?」

 ありえない事態だった。
 志葉丈瑠という男は、侍として、シンケンジャーとして、いつでも外道衆と戦えるようその準備を怠ったことは一度たりともない。
 当然、最重要アイテムたるショドウフォンは肌身離さず持ち歩いているのだが、それが見当たらないのだ。
 さらに丈瑠は、己を困惑させるある事実に気付く。

「これは……首輪、か? どういうことだ?」

 ショドウフォンの代わりとでも言わんばかりに、彼の首元には身に着けた覚えのない首輪が存在していたのだ。
 だが、丈瑠にそのことを考える時間は与えられなかった。


 ――事態が動き始めたのは、まさに突然のことである。

〝おい、なんだあれ?〟
〝なに、あの光?〟
〝……これは〟

 最初に気付いたのは誰だったのか。
 辺りに広がる闇の中に、徐々に徐々にとざわめきが広がり始める。
 原因は一目瞭然。先ほどまではいっさい存在しなかったはずの光源が、けなげに、しかし確かに、この闇の中に巨大な男の姿を浮かび上がらせていたのだから。

「我が名はメビウス――全世界の統治者なり」

 そう名乗った男の姿は、この場に存在する誰よりも高い位置にあった。
 その像はわずかに透けており、時にノイズのようにちらつくことから、冷静に観察すればそれがある種の立体映像だとすぐに気づけるだろう。

〝メビウス? まさかあれがラビリンスの……〟
〝全世界の統治者だあ? あのおっさん、頭いかれてんじゃねえのか?〟
〝ちょっと乱馬!〟

 男、メビウスの虚像の登場により、ますます強くなるざわめき。
 中にはメビウスに向けた罵声らしきものも含まれていたが、当のメビウスはそれら全てを意に介さず、まるで虫けらでも見るかのように……感情のこもらぬ鋭い眼光で全ての者を見下ろし続けていた。
 その様は、自ら名乗った肩書通り傲岸不遜そのものである。

「――これからお前たちには殺し合いをしてもらう」

 怒り、悲しみ、困惑、恐怖。
 この場に渦巻くあらゆる感情を無視して放たれたその言葉は、簡潔であるがゆえに、誰の耳にもはっきりと届いた。

 だがはたして、その意味を瞬時に理解できたものはどれだけいただろうか?
 少なくとも、多くの戦いをこなしてきた侍、志葉丈瑠にしてもその言葉を瞬時に飲み込めはしなかった。
 それくらい今の状況は唐突であり、彼らの日常とはあまりにもかけ離れたものであったのだから。

「……そんなこと私がさせない!」

 しかしここに一人、その言葉の意味を直ちに理解し、反抗の意を示す者がいた。

「ラブちゃん! リンクルンもないのに無茶だよ!」
「だからって、このまま黙って見てることなんてできないよ!」

 栗毛の髪をピッグテール風にまとめたその少女は、友と思しき者の静止も振り切り人垣の中から躍り出る。
 闇の中から、メビウスの虚像が生み出す光のステージへと。

「ほう、プリキュアの一人か……」

〝一条さん、俺たちも行きましょう! このままだと、あの女の子が危ない!〟
〝プリキュア?〟
〝あの女、メビウスって奴と知り合いなのか?〟

 丈瑠にしても、これ以上黙っていることができないのは同じであった。
 状況には不明な点が多く、今はショドウフォンすら所持していない。
 しかし、人々の命を脅かすような輩が相手となれば、侍として退くことはできないのだ。

 決意を固め、丈瑠が一歩前に踏み出そうとした瞬間――

「どうやら、先に首輪について説明しておいたほうがよさそうだな」

 続くメビウスの言葉に、その機会を逸してしまう。

 首輪。
 メビウスに指摘されたことにより、その存在に初めて気付いたものも多かったのだろう。
 先に飛び出したプリキュアと呼ばれた少女にしても同様だったようで、自身の首輪をさわり確認している様子がうかがえる。

「その首輪には爆弾が仕掛けられており、私の意思でいつでも爆破できるようになっている」

 ――今までとは違った意味で、場が騒がしくなった。


「……とはいえ、言葉だけでは信用できないという者も多かろう。そこで、これからデモンストレーションを行うことにする」

 真っ先にメビウスに反抗の意を示し、他の者からもよく見える位置にいる少女。
 その身体が、無意識の内に竦むが……。

「安心するがいい、プリキュア。この段階で殺し合いの参加者を減らす予定はない」

 幸いといっていいのか。メビウスの選んだ生贄は彼女ではないようだ。

「よく見ておくといい」

 突如、闇を切り裂きスポットライトの光が照らされたと思うと、その明かりの元には一人の幼い金髪の少女が存在していた。
 少女は、能面のような表情でただメビウスの虚像に跪いており、殺し合いの参加者達と同じくその首元には首輪がつけられている。

〝まさか……あの子の首輪を爆発させる気なの!?〟
〝そんな、やめろ!〟

 いくつもの悲痛な声が飛び交う中、今まさに死に逝かんとする当の少女は変わらず無表情。
 死が怖くないのか、今から自分が死ぬことすら理解していないのか。
 まるで人形のように、自分の意思というものを見せることがない。

「……全てはメビウス様のために」

 ただ、そんな言葉だけを残して――ポンッ! という、どこか間抜けにすら聞こえる小さな炸裂音ともに、少女の首が宙を舞った。

 あまりにもあっけない少女の死。
 様々な声が無秩序に生まれては消えていく中、メビウスは殺し合いに関するルール説明を始めていく。

 この殺し合いが、ある空間を舞台にした66人の参加者によるサバイバルゲームであること。
 6時間ごとに行われる放送と、それによる禁止エリアの発生。
 禁止エリアと首輪の関係。その他、詳細な首輪の爆発条件。
 そして、支給品について。

 全ての説明を終えた後、最後にメビウスは付け加える。

「最後に残った1人……勝者には、望みの褒美を与えよう。どのようなものでもかまわん。私に叶えられる願いなら、どんな願いでも叶えよう」

 もはや、表だって不満の声があがることはなかった。
 志葉丈瑠も、プリキュアと呼ばれた少女も、それ以外の参加者達も、それがあまりに無謀な行動であることを理解させられてしまったから。

「では、これよりお前たちを殺し合いの舞台に転移させる」

 だが、それはすなわち彼らが殺し合いに乗ったというわけでもない。
 今ここでは逆らえないが……いずれこの状況を打破し、殺し合いを止めてみせると決意した者は少なからずいた。
 しかしそれとは逆に、殺し合いに乗ることを決意した者もいるだろう。
 あるいは、迷いを抱える者。独自の目的を持つ者。

 それぞれの思惑を抱えながら、参加者達は殺し合いの舞台――孤島へと消えていった。


【ラビリンスの少女@フレッシュプリキュア!  死亡】
残り 66名

【主催者】
  • 主催者はメビウス@フレッシュプリキュア!
  • メビウスが殺し合いを開いた目的は不明。参加者にも話していません


【首輪】
  • 特筆する点はありません


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最終更新:2012年05月27日 01:15