確認は大事、事故を起こさないためにも


「はい!破天荒な俺ですけどこんな状況屁でもないですよ!」


この男吉村は芸人であり破天荒でもある故に声高らかに叫ぶ。
こんな目立つチャンスはないだろう――カメラを探す。


「あんな熊ね俺ならパンチ一発ですよ!いやぁCGとは言えあの孫悟空を倒しちゃう熊を一撃で倒す!くぅ~wかっこいい!」


彼はこの殺し合いをテレビの企画だと思っている。
正直な所意味が分からなくこれを夢だと認識していたが試しに左頬を叩く。
すると痛みが全てフィードバックされ現実だと思い知るハメになってしまった話。
とりあえずドッキリの一部と考えればなんとかなる……かもしれない。
実際にドラゴンボールの悟空と言う架空の存在を説明するにはCGと言うしか彼は知らない。
かがくのちからってすげー。これに縋るしかないのだ。


「さぁ!写せ!俺を映せよ!テ○東やフ○にT○Sだろうが関係ない!あっ関係ない!」


目の前に隠しカメラが在ると仮定して啖呵を切る吉村だが本心では怯えていた。
ドッキリにしろドッキリでありそれは自分に恐怖が来ることに変わりはない。
タネ明かしの前は必ずクライマックスであり質の悪い番組ならそれは今後の人生を左右する程の衝撃を出してくる。
軌道に乗った今の生活を手放したくはない、もっと上を目指したい。
そのための破天荒、例え偽る事になってもそれが芸風なら貫くべき。


ガサガサと――。


聞こえる音は心理を抉る。


分かっていてもどうにもすることが出来ない――まるで導火線のように。


あのヒグマが目の前に聳え立っていた。



(チャックはない――それに縫い目もキグルミ感も布特有のシワも――こいつはホンモノ!?!?!?!?)


吉村とヒグマの距離は約十メートルと言った所であるが実際の距離よりも近く感じる。
吉村はヒグマを観察するも作り物ではなくホンモノと認識した途端足が震え動けなくなる。
理性や野生ではない。本能が動くことを放棄してしまったのだ。
ドッキリだと無理やり思い込んでいたが無理だった。
熊に孫悟空に殺し合い――ドッキリならどれほど嬉しかっただろうか。
現実は虚しく今彼の命は間違いなく消える運命に在る。


「……l……■■」


声が出ない。
恐怖に支配されている。
無論足も動かず視線はヒグマと交差している。


この時吉村は悟った――人類はヒグマに支配されていることを。


(俺は死に急ぐつもりは……!)


吉村は思い出す。あれは春先の朝のニュース番組の一部。
同じ世界の同じ日本の北海道の東では熊が民家に侵入した事件を。
熊は一度人の食べ物の味を覚えれば本能に刻まれ街に降りて来る。
そう全ては人間に責任が在るのだ。
造作もなく捨てられたゴミは自然を破壊し、そして人間の生態系に危険を及ぼすのだ。


まさか自分が熊と対面するとは……しかし吉村は北海道の人間だ。
彼にも道産子としての意地がある。



熊と対面、もし山道で熊に出会ったら。
皆さんも一度は聞いたことがあると思います。

鈴などをつけて音を鳴らしながら歩く。

決して背を向けない。

無闇に動かない。

色々あると思います。


ですが実際に対面するとそんな事どうでもいいのです。
生きるか死ぬか――それは自分の行動にかかっています。
そしてそんな事考えれません。
皆さんも熊と実際に対面したら分かりますよ。


「――ッ!!」


息を飲み込む吉村。
ここで死ねば残された徳井はどうなるのか。
天国の祖母は暖かく迎えてくれるのか。
俺はもっと笑いを極められないのか……。


死ぬ直前には今までの出来事が走馬灯のように。


漫画などでよく見かける手腕だが実際はどうだろうか。
少なくとも頭の回転は異常に速くなるだろう。
自分だけの時が加速して周辺の時が遅く感じる。
故に少ない時間だがたくさんの事を考え、多くのことを感じられるのだろう。


吉村もヒグマと対面してから実際にはまだ四秒弱と言ったところか。


「■■■■■■■ァあああああああああああああ!!」


声にならない叫びとなって。
この気持は何だろう。
生き返ったかのように足に力を入れ一瞬で反転した吉村。
靴のつま先には土が強く小縁付き小さな穴が出来るほど。
そして有無を言わず背を向けて走りだしたのだ。


石に躓こうが大きな枝を踏もうが関係なく走る吉村。
止まれば死ぬ――シンデシマウ。
後ろを振り返ってはいないが背後から恐怖を感じる。
野生の動物に出会った事はあるがそれは所詮ロケである。
近くにはスタッフがいるし医者もハンターも待機していた。
安全が保証されてる場での、言わばヤラセの一種でありそれはロケだ。
現実とは違う。失った命は元に戻らない。


そうか、殺し合い――バトル・ロワイアルだ。
今は伝説の存在と成り芸人の枠を超えた文化人がいる。
その人物が昔今となっては有名な当時の役者を起用した映画作品を思い出した。
イカれてやがる。本当にあんなのをやるつもりなのか、と。
御免だ。そんな血生臭い狂気はいらない。俺は芸人だ。笑いをよこせ。


俺は人間だ。命を助けてくれ。


叫びたいが声が出ない。
疲れているはずだが息が切れない。
もう大人なのに学生のような速度で走れている。
このまま行けばヒグマからも逃げられる。


そんな甘いことを考えていた時期が吉村にもありました。


「――ッ!?」


本能で横に飛ぶ吉村はそのまま逆方向へ走り出す。
振り向く瞬間に自分が居た元の場所を見る。
そこには空を噛み切るヒグマの姿が瞳に焼き付いていた。
あんなのに喰われれば死ぬ。


彼は再び走りだした。


この切り返しの初動の速さとヒグマの攻撃直後の硬直ならば。
逃げきれる。そう悟った吉村だが別のことに悟る。


ヒグマは恐ろしい速度でその場を切り返した。
上半身をフルスイングの様に回転させその際に回りの木々を薙ぎ倒す。
軸となった大地は抉れ威嚇のように咆哮を挙げその場で腕を何度も大地に叩きつける。
何の意味があるかは分からないが人間を恐怖させるのには十分過ぎる行動だった。


クラウチング……と呼べばいいのだろうか。
四肢を大きく動かし獅子の如く猛進するヒグマ。
この時体勢を崩した吉村の靴が額に飛んでいくもこれを無視した。
そのまま痛みなど感じずに吉村を目掛け進んで行く。


右の靴が脱げた吉村だが痛みは感じない。
あまりの状況に痛覚がまともに働かないのだ。
試合中のアドレナリン作用と似た現象が彼に起きている。
しかしこのままでは死んでしまうのは確実。
背中に背負っていたバックが前に回ってきておりチャックが途中まで開いていた。
其処から出かけている何かを掴みとり適当に後ろへ放り投げる吉村。
ワインドアップでもする暇があるなら黙って逃げろ。
現に吉村は対面してから声と呼べる声を挙げていない。


投げた物はヒグマの額に当たりこれではさっきと同じように……。


ヒグマの動きが止まった。
訳が分からないがコレを逃すほど吉村は馬鹿ではない。
近くの木に焦って上り簡易的な安全を手に入れた。
見下ろすと熊は投げた物を漁りながら食していたのだ。
彼の支給品はマスカルポーネ……チーズの一種。
以前に説明した民家に降りて来る熊の話だがあれは人間に責任がある。
人の食物の味を覚えた熊は再び求めるように大地に降り立つ。
このヒグマもまた人の残飯の味を覚えてしまった熊なのだ。
人間の堕落した行いが今宵の悲劇を奏でている。


「う……うわぁあああああああああああああああああ」


食し終えたヒグマは再度味を求めようと吉村が登った木に突撃する。
あまりの衝撃に吉村の左靴は脱げ落ち彼は枝に獅噛み付き叫びを挙げる。


野生からは逃れられる事は出来ない――。



【Gー7・森/深夜】
【ヒグマ(野生)】

状態:興奮
装備:無し
道具:無し
基本思考:生きる
※人の食べ物に関心があります。



吉村崇@平成ノブシコブシ】
状態:恐怖、精神的負担、足の裏に大量の切り傷
装備:
道具:基本支給品
基本思考:生きる
[備考]
※靴を履いていません
※熊に対し恐怖を覚えています
※ドラゴンボールを知っています。


No.009:未知なる食!こんがりヒグマの丸焼き!? 投下順 No.011:決意のベア・クロー
No.009:未知なる食!こんがりヒグマの丸焼き!? 時系列順 No.011:決意のベア・クロー
吉村崇 No.068:EDAJIMAとHIGUMA
ヒグマ(野生)(ヤセイ)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年09月16日 00:59