逆転ヒグマ


深い森の中で二つの影が対峙していた。
一つは言わずと知れたヒグマ。3m近い巨体を持つ、山の生態系の頂点に立つ猛獣である。

それと相対するのはヒグマの半分程度の黒いシルエット。
どこを見ているかわからないつぶらな瞳に赤い頬。
そう、北のメロン熊と知名度を二分する熊のゆるキャラ――くまモンである。

群雄割拠のゆるキャラ界の中でも近年の活躍は目覚しいものがあり、先日は彼の天皇皇后両陛下とも謁見したと言う。しかもご指名で。
そんなゆるキャラ界のスーパースター、くまモンは両腕を顔の前で揃える――いわゆるピーカブースタイルをとり、軽やかなステップで左右に体を揺らしている。
そう、目の前の猛獣と戦う気なのだ。このゆるキャラは。
この会場における絶対の強者――ヒグマと。

数メートルの距離を挟んで両者はにらみ合う。
敵意同士が真正面からぶつかり合い、空気がピリピリと張り詰める。
永遠とも思えるにらみ合いの末、先手を取って動いたのはヒグマだった。
鋭い歯の並んだ口を大きく開け、くまモンの喉元を食いちぎらんと迫る。

だが対するくまモンはその攻撃に冷静に対応する。
正確無比、機械のような、だが荒々しいショートアッパーがヒグマの下顎を捕らえる。
ヒグマの近縁種であるホッキョクグマの顎の力は800kgを超えるといわれている。
だがそれとは対象的に『顎を開く力』というのは驚くほどに弱い。
その結果ショートアッパーの打撃だけで強制的に顎は閉じられ、即死の噛みつきは封じられた。

しかしヒグマの武器はそれだけではない。
500kgを越す巨体が、時速50kmを越えるスピードで突進してくるのだ。
しかしくまモンは冷静だ。
小型車の突進に匹敵するその突撃を電光のようなステップで横にかわす。

「グオオオオオオオッ!」

だが――なんというヒグマの執念か。
逃げ道を塞ぐようにヒグマの腕が振るわれる。
掠っただけでも怪我をする丸太のような腕と研ぎ澄まされた爪の組み合わせは、まるで中世騎士が使ったハルバードのようだ。
無慈悲な一撃が死神の鎌めいて、くまモンをしとめんと迫る。

だがくまモンはそんな状況でもクレバーであった。
遠心力の乗った一撃を今度は上下の動き――ダッキングで一回避する。
そして低く身を屈めたまま前進。
ヒグマとくまモンはすれ違う形となり、再び二者の間に距離が出来、最初と真逆の位置関係になる。

こうして戦局は振り出しに戻った。

この戦いを君はどう見ただろうか。
一見くまモンが戦闘を有利に運んでいるように見えただろうか。
いや、賢明なる読者諸君ならすでにお気づきであろう。
追い詰められているのは間違いなくくまモンのほうである。

思い返してみて欲しい。
先程の一瞬の攻防の中で、くまモンはヒグマに対して何かしただろうか?
いや、何もしなかった――いや、できなかったのだ。
それも当然だ。
ヒグマの全身を覆うのはブ厚い筋肉。
必殺の右ストレートも厚い肉壁に阻まれ、相手の命を奪うまでには到らないだろう。
つまりくまモンには相手の防御を突き破る武器が無いのだ。
いくらくまモンの回避が巧みと言っても体力は無尽蔵ではない。
いつかは追いつかれ、そして食い尽くされるだろう。
だがそれでもくまモンはピーカブースタイルを崩さない――戦う意思を崩さない。

そして僅かな均衡の後、仕掛けたのは――くまモンのほうであった。
前傾姿勢のまま真正面からヒグマに突撃を敢行する。
何と愚かな! 自殺行為だ! 打つ手が無いと知り破れかぶれになったか!?
対するヒグマはじっくり待ち構えている。
当然だ。相手の攻撃が効かないのなら射程範囲に入ったところを爪でしとめればいい。

そして一瞬の後、くまモンのコークスクリューブローがヒグマの胸に炸裂した。
一瞬の静寂。そしてその直後、信じられないことが起こった。
何と、ヒグマの巨体が大地に沈んだのだ。
これは、一体何が起こったのか……!?


……さて、読者諸君は『ヘーリング・ブロイエル反射』という言葉を聴いたことがあるだろうか。
外呼吸における反射の一つで、迷走神経によって呼吸を調節させる機能であるが、
息を吸い込んだ瞬間、肺に急激に圧力をかけると、誤作動を起こした迷走神経は脳への血流を停止してしまうのである。
そしてその結果、失神に到るのだ。

言うのは簡単だが実行するのは人間相手でも難しい。
しかも肺に急激に圧力をかけるだけのパワーがあったということだ。
一撃にかける勇気、そして俗に言う浸透勁を使えるだけの技量が無いと熊相手に実行できるはずも無い。
くまモン、恐ろしい使い手である。

そしてくまモンはヒグマが意識を失っていることを確認すると袋から長いものを取り出した。
長ものの形状は1m程度。先端部分に金属製の塊が付いている――いわゆるスレッジハンマーである。

「……」

くまモンはそれを無言で振り上げ――そしてそのままヒグマの顔面に振り下ろした。
グシャリという生々しい音が森の中に響き渡り、くまモンの黒いボディに赤黒い染みが増える。
くまモンのその手にも生々しい感触が伝わってきているであろう。
だがくまモンは動揺したそぶりを見せずに、再びスレッジハンマーを振り上げ、そして機械的に振り下ろした。

それを何度も繰り返す。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
そしてそのうち、酸素を求め小刻みな痙攣を繰り返していた腕は動かなくなった。
それも当然だろう。酸素を求めるべき脳(器官)は跡形も無くなってしまったのだから。


【ヒグマ 死亡】

……ん?

いや、まて。これはおかしい。
これはありえない。あってはいけないことなのだ。
何がおかしいかわからないと言う読者の方はこのスレの>>1をよく読んでみよう。

"・登場話でヒグマを倒すことは出来ません。 "

そう、登場話ではヒグマを倒すことはできないのだ。
それはここでは絶対的な――神の法に等しい。
だが事実、目の前のくまモンは登場話でヒグマを殴り殺した。
この矛盾は一体どういうことだというのか。
まさか目の前で繰り広げられた惨状はストレス社会に生きる我々が生み出した幻覚だったと言うのだろうか?

いや、そう結論付けるにはまだ早い。
筆者の手元にあるCAPCONから好評発売中の推理ADV「逆転裁判」にはこのようなキーワードがある。
「発想を逆転させろ」、と。

そう、発想を逆転させるのだ。
『ヒグマは登場話で倒されない』―――だが逆に言えば『登場話で倒されたものはヒグマではない』とは言えないだろうか?
読者諸君はありえないというかもしれない。発想の飛躍だと言うかもしれない。
だが彼の英国が誇る名探偵も言っている。「不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」と。
そういうことならば話は通るではないか。>>1には『登場話でヒグマ以外を倒すことはできません』とは一言も書いていないのだ。

では負けたほうのクマは一体なんだと言うのか?
ここからは筆者の推測が入るが、おそらくは会場に迷い込んだツキノワグマあたりだろう。

ツキノワグマの特徴である喉元の白い毛がない?
それは恐らく突然変異だ。
アルビノとかそこらへんのが何やかんやして、特徴である喉元の模様が消えた個体なのだろう。

ツキノワグマにしては体が大きすぎる?
確かにツキノワグマの平均的な体長は120~180cm。ヒグマの平均的な体長である2.5~3.0mには僅かばかり足りない。
だがそれは恐らく突然変異だ。
冬眠に備えるための大量の食事が巨大化に弾みをつけてしまったのか、ギネス級の体格を持ってしまったのだろう。

……このようにして大体は突然変異で説明できることがわかってもらったと思う。
したがって先程の死亡表記も正しく書き直すとこうなる。

【迷い込んだ突然変異の巨大ツキノワグマ 死亡】

それと同時にこの『迷い込んだ突然変異の巨大ツキノワグマ』を倒したくまモンの正体もおぼろげながら推察できる。
ヒグマでこそ無かったもののそれだけ巨大な熊を倒しうる可能性――そう、つまり――くまモンはヒグマなのだ。

体長が精々170cm程度しかない?
それは恐らく突然変異だ。
突然変異によって生まれつき体が小さかったのだろう。

動きが明らかに人間だ?
それは恐らく突然変異だ。
体が小さかったためその不利を補うために頭脳が発達し、人間のボクシングスタイルによく似た戦法を取るようになったのだろう。

明らかに気ぐるみっぽい?
恐らくは突然変異だ。
毛並みが他の種と多少異なるのでそう見えるだけだ。写真写りのせいもあるかもしれない。
読者諸君にも写真写りが悪い人がひとりぐらい知り合いにいるだろう。つまるところそんな感じなのだ。

……このようにして大体は突然変異で説明できることがわかってもらったと思う。
したがってこの話は『ヒグマが迷い込んだ突然変異の巨大ツキノワグマを殴殺した話』となり何の問題もなくなるのであった。
そんな安堵する筆者のことなどお構いなしにスレッジハンマーを再び袋に収納したくまモンはゆっくりと森の中へ消えていった。

【C-7 森/深夜】

【くまモン@ゆるキャラ】
状態:ヒグマ
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0~2、スレッジハンマー
基本思考:???

※ヒグマです。

予約は正確には
くまモン(ヒグマ)と迷い込んだ突然変異の巨大ツキノワグマでした。
申し訳ありませんでした。


No.029:本能 投下順 No.031:新しい誕生
No.029:本能 時系列順 No.031:新しい誕生
くまモン No.062:くまもとサプライズ!
迷い込んだ突然変異の巨大ツキノワグマ 死亡

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年11月30日 23:44