くまもとサプライズ!


 舞台の裏で待機しているボクを、同輩が小突く。

 見慣れたいかめしい顔つきも、その時は心なしか僅かにやさしく見えた。
 会場は春の銀座、松屋の屋上だ。
 都心のヒノキ舞台で活動できるのは、ボクにとって大きな意義があった。
 天候は曇り。昼下がりに暑さはなく、風が強い。
 好条件とは言えないが、ボクと同輩の力があれば、お客さんはきっと夢中になる。

 出身地は大きく違えど、ボクと彼女の境遇はほとんど同じだった。共演はお互いに心待ちにしていたことでもある。
 ――いい舞台にしよう。
 ――ああ、互いに地元を盛り立てられるようにな。
 声もなく会話を交わして、ボクは舞台の表に意識をむけた。

 表で、お姉さんとお兄さんがマイクに声を張る。

「行きますよ~! それでは皆さんいいですか?
 じゃあくまモンを呼んで下さい!
 せぇ~のっ!!」
「「「くまモーーーン!!!」」」

 子供たち、お客さんたちの大きな声に合わせ、ボクは勢い良く舞台へ飛び出した。
 振り向きざまのポージングに、笑顔と拍手が巻き起こる。

「くまもとサプライズ、くまモン隊隊長、くまモンでーす!」
「みなさんの手拍子が大きければ大きいほど、くまモンは元気良く踊りますからね~!」
「それではくまモン、準備はいいですかー!」

 ――オッケー!
 親指を上げた。黄色いハッピを来たお姉さんと、ばっちり呼吸を合わせる。

「それではくまモン体操、ミュージックスタート!」

 ♪ くまもとがダイスキで ヨカッタ!!

 何度も踊り、体に染み付いた動き。
 熊本の気概と明るさ、その勢いを、溢れんばかりに詰め込んだ音楽と体操だ。
 前列でカメラを構えるお父さんお母さんに、アピールを織り交ぜたり。
 後ろで肩車される子供たちに、目を配ったり。
 ヒトへのサービスもお手の物だ。

 そこへ突如、乱入してくるメロン熊――!

 北海道のゆるキャラ代表、メロン熊。
 厳つく、眉間に皺のよった顔つき。頭部を覆う巨大なメロン。
 体は、食べ過ぎで胴回りの太くなったボクとは違って、けっこう引き締まっている。牙を剥き出した荒々しさも、彼女なりの魅力を引き出すチャームポイントだろう。
 彼女もボクと同じく、作られた『ヒグマ』であった。それが互いに日本の両極でゆるキャラをしているとなれば、親近感も湧く。
 甘噛みや蹴り合いで乱れながらも、くまモン隊とメロン熊と、ボクは一緒に体操を踊りきった。

 笑いとちょっとの怖さと、盛大な拍手がボクたちを包む。
 メロン熊と顔を見合わせ、充実感を確かめ合う。
 ゆるキャラとしての仕事に、ボクは生きがいを感じていた。

 そう。

 あの日だってボクは、普段どおり、お仕事をしていたはずだったのに――。


    ##########


 その日は、午後から熊本市内のイベントにくまモン隊が出動するはずだった。
 ほとんど毎日スケジュールが詰まっていたもので、県庁でゆっくり午前中過ごせるのは久々のことだった。
 隊のお姉さんお兄さんたちと軽く打ち合わせをして、ボクは休憩に入った。


 事件は、控え室で昼食を食べて出てきた、わずか1時間足らずのうちに起こっていた。
 県庁舎が、余りにも静かだった。
 先ほどまで聞こえていたはずの、くまモン隊のお姉さんたちの声がしない。
 ヒトの足音も、息づかいも聞こえない。
 熊であるボクの耳に、生きたものの音が聞こえない。

 代わりに五感に届いてきたのは、血臭。
 脳の奥から痺れさせるような、甘く苦い暗さが鼻を突いた。

「――……!!」

 走り出していた。
 廊下を曲がって、臭いの強くなる方へ。
 焦燥。
 不吉な予感を抱く間もなく、その光景は眼前に広がった。

 赤。
 天井を、壁面を、埋め尽くす血しぶき。
 床材の上にかかる、臓物と肉塊の絨毯。
 くまモン隊のお兄さんお姉さんたち、県庁の職員さんたちの、破片が散らばっていた。

「……!」

 ――声を上げるな。身じろぎをするな。
 ボクは自分の体を抱く。
 肩へ上がろうとする息を横隔膜に下げ、全身を支配しようとする交感神経へ噛みついた。
 激しく高鳴っていた心臓が、平常のリズムへ戻る。
 時間にして6秒。
 ボクの表情は動かない。
 ――これをやったヤツが、まだ、この近くにいる。

 ぬかるみを踏むような音が聞こえた。
 廊下の先。
 血と脂の海の奥から、重い足音がするのだ。
 そいつはゆっくりと姿を現す。

「よぉ。久しぶりだなぁ。熊本の『ヒグマ』」

 牙の間を抜ける、唸り声のような日本語。
 ヒトの声ではない。もっと深い共鳴腔から響く獣の鳴き声だ。
 廊下の暗がりから現れた黒い毛並み。
 天井にぶつからぬよう前傾していても、4メートルに及ぶ巨体は大きく聳える。
 見知った顔だった。

 ――ああ、本当に久しぶりだモン。できれば二度と見たくなかった。

「お前を迎えにきた。こいつはその祝賀パーティーさ。ありがたくイタダくがいい」

 口元を血に塗らして哄笑するそいつは、『ヒグマ』だった。ボクと同じく、人工的に作られた羆。
 その中でも、『穴持たず』と呼ばれる、凶暴性に富んだ個体の一匹だ。
 ――穴持たず1。同期の内では、その悪魔的な膂力と、骨肉を翼のように飛び出させ硬化させる能力から、デビルと呼ばれていた。

 自然と、前脚が顔の前に出た。
 口元から鼻先を覆うように、その両腕を構える。
 左後脚に体重をかけ、石弓のようにその力を大地へ沈める。
 彼我の距離は直線にして10メートル。
 互いが一挙動に接近できる間合いの外ギリギリで、彼は歩みを止めた。

「刃向かう気か? これは有富の指示でもあるんだぞ?
 やめておけ。こいつまで殺されたくなければな」

 デビルがその前脚で吊り上げたのは――。

「く、くまモン……。私のことはいい……。
 行ってはいけない……、彼らの言いなりになってはいけない……ッ」

 いたぶられ、折られた腕、顔面のアザ、引き裂かれたスーツ。
 ――県知事さんだった。

「一般の公務員どもの死体なら、いくらか隠蔽もできるだろう。だがこのバカシマだかカバヤキだかの死は、隠し通せまい。
 そのときこの所業の犯人になるのは、県庁の中で唯一の『ヒグマ』、お前だよ、くまモン」

 デビルの二の腕の肉が盛り上がる。皮を突き破って出てきたのは、刃物のように硬化した骨成分だ。
 そのブレードを知事さんの首に押し当てて、彼は決断を迫る。

「さあ、私と来い。私たちが必要とされてるんだ。
 この国は、バカなニンゲンどもが上っ面の平和に踊ってる間、どんどん戦争へ向かっている。私たちの存在は秘密として法律で保護され、いくらヒトを喰っても咎められることはなくなるんだ。
 お前も知っているだろう?
 あの天皇に手紙を渡したとかいう男にマスコミが釣られている間、自衛隊に外国での陸上邦人輸送が許されたぞ。
 そのうち武器携行も許されるだろうなぁ」

 ――時代は、ゆるキャラよりも戦争で、国を興したがってるんだよ。

「私たちが生まれた頃、大地震で、目に見えない毒が撒かれたよな。その死の影響がバカニンゲンどもにもわかるくらいに広がるまで、あと数年だ。
 それを隠すためには、戦争でもっと多くの死を巻き起こせばいい。と、この国は考えたわけさ。
 ……この国もニンゲンどもも、頭がオカシイぜ。
 だが私たちには願ったり叶ったりだと思わねえか。
 勝負だって、餌喰いだって、いくらでもできる。メロン熊は喜んで賛同したぜぇ……!
 お前も、黙ってないでその歓びを解き放っちまえよォ!」
「だ、駄目だ……!
 くまモン、キミは、熊本の、日本の希望なんだ……!」

 デビルが唸り、知事さんはあえいだ。
 ボクの腕から、力が抜けていた。

 どれだけの時間、静寂が続いただろうか。
 1分だったか、1時間だったかよくわからない。
 ばしゃり。
 血の海を踏んだ足音が、沈黙を破った。
 デビルが、ゆっくりと口元を吊り上げる。
 呵、呵、呵、と、彼は笑った。

「そぉうだ! お前もやはり「穴持たず」だ!
 さあ来い。有富が、好きなだけ腹を満たせる試験会場を用意してくれている。いくぞ!」
「く、くまモン……」

 ボクはデビルの声を伝って、一歩一歩、ヒトの上を踏み越えていった。
 震える県知事さんの体を、彼から奪い取る。
 何か言われる前に、ボクはその胸元を殴った。迷走神経反射により、知事さんは意識を失う。

「カハハ、そのままこの男の肉も喰うか?
 さぞ旨いものを食ってて、肥えてるだろうなぁ?」

 知事さんを血だまりの脇に置いて、ボクは首を振る。
 デビルを追い越し、歩き始めた。

「いいぞぉ、私としても楽しみだ。
 『ヒグマ』でありながら、ゆるキャラとして転用されてきたお前たちが、どんな働きをしてくれるか、見届けてやろう」

 知事さん。ごめんなさい。
 くまモン隊のみなさん、一緒に仕事をしてくれた歌手さん、アイドルさん、芸人さん、ボーカロイドさん。ごめんなさい。
 今までお世話してくださったプロデューサーさん。ごめんなさい。
 応援してくれた、熊本、日本のヒトたちにも、謝ります。

 ――帰ってこれたら、火の国での営業部長職は、きっと引責辞任です。


    ##########


 今までのことを思い出しながら、くまモンは夜の森を歩いていた。

 肩には、スレッジハンマーと支給品の入った袋。一見すれば、参加者に見えるだろう。幸い全国的な知名度があるから、人々に怪しまれず近づくことができるだろう。
 主催者に対抗しようとする者たちの中に紛れ込んで、ひっそりと彼らを屠ってゆく。
 ヒグマを倒した姿勢も、参加者からは肯定的に捉えられるだろう。

 あのヒグマは、ボクの記憶にはなかったが、恐らくボクたちのあとに作られた『ヒグマ』だったのだ。
 ――弱い。
 あんなだから、ボクたち『穴持たず』だけが兵器として期待をされるのだろう。有富や日本国の気持ちも少しはわかる。
 その期待に、『ヒグマ』は、『穴持たず』は、応えなければならないのだ。

 開けた草原に出ると、夜目にも、そのなかばに何か光るものが大量に突き立っているのが見て取れる。
 一頭の『羆』が、ニンゲンのように汗を拭い、その光る物の一本を空に打ち上げていた。
 それは流星のように空高く打ちあがり、どこかへと輝きながら飛んでいった。
 信じられない腕力だ。デビルに負けずとも劣らないだろう。
 ――彼も『ヒグマ』なのだ。

 『ヒグマ』なら、恐らくコミュニケーションがとれるだろう。
 ボクは歩み寄りながら手を振る。
 気づいた彼は、一瞬うろたえたような挙動を見せたが、こちらに敵意がなさそうなのを見て落ち着いたようだ。
 そばに寄ると、何かこちらに伝えるように唸り声を上げる。今までの彼の状況を説明してくれているらしい。
 このヒグマのことも、ボクは知らない。恐らく『穴持たず』ではないのだ。
 もしかすると、ヒトを殺してはいないかもしれない。もしそうなら――。

 声を聞きながら、ボクは血の臭いを感じる。
 向かって右側の草の中に、体に何本も尖った武器の刺さった男性が、倒れていた。
 彼は話し終わったようで、ボクの方にも説明を求めてくる。

 ――うん、わかったモン。キミが、あのヒトを殺したんだということは。

 ボクは、彼の体を抱いた。
 純正の羆らしい、巨大な体つきだったが、四つん這いになっていたせいで、その肩は簡単に抱きすくめることができた。
 その彼の耳元に口を寄せる。


 ――おやくま。
 せめて安らかに、お休みなさい。


 両の首筋を叩く。
 頸動脈の分岐部にある頸動脈洞へ、一過性に高血圧をもたらすことで、心臓は反射により血圧と心拍数を下げようと働く。結果的にもたらされるのは、脳虚血だ。
 穴持たずではないヒグマは、ボクの腕の中で、眠るように崩れ落ちた。

 ――彼にも事情があったのかもしれない。
 この地面で光っている武器たちは、多分そこで死んでいる男性のものだ。
 先に襲われたのは彼のほうなのかもしれない。
 それでも、人を殺してしまったなら、もう後戻りはできまい。
 彼も、作られた『ヒグマ』なのだ。
 さっき、彼は流星を打ち上げた。
 そんなことができる時点で、キミはもう『羆』ではない。

 スレッジハンマーを取り出す。
 何度も打ちおろす。
 みんなとやった餅つき大会のように。新築の棟上げ式のように。
 頭蓋が砕け、眼球が逸脱し、脳実質が絞り豆腐のように崩れていく。
 彼の新皮質も、旧皮質も、扁桃体も、小脳も中脳も延髄も、徹底的に砕く。


 ――ヒトを殺す獣の思考など、欠片も残すものか。
 それが『ヒグマ』を裏切ることになろうとも。


 動かなくなった彼の毛皮を裂き、脇腹の肉をかじりとった。
 ――生臭い。
 腹ごしらえに咀嚼する獣の味は、お世辞にも旨くはない。
 ヒトの肉なんか、これを遙かにしのぐ不味さだろう。
 世俗の苦労をため込んだ味だ。ヒグマなんかには到底及ばない不味さを感じさせてくれるはずだ。

 ――その分、ヒトの作った馬刺しは、どんなに美味しかったことか。

 口元についた血の赤さを、水で洗いながら飲み込む。

 赤。
 この赤は、流れ落ちる人々の血であってはいけない。
 国に踊らされて死んでいく命の色であってはいけない。

 赤は、ボクのほっぺたの色だ。
 熊本の赤だ。
 阿蘇乙姫のイチゴの赤。
 天草本渡の真鯛の赤。
 あか牛、馬刺し、赤ナス、スイカ、八代平野のはちべえトマト――!

 デビル、そうだよ。県知事さんは旨いものいっぱい食べてるよ。ボクだって生まれたときのスリムさは、もうない。
 熊本に来たら、誰だってそうなる。
 美味しさでほっぺたが落ちるような食べ物や、腹を抱えて笑い転げるような優しい文化が、沢山待ってるんだ。

 国は、繁栄を外に求めてはいけない。
 真の繁栄は、日本の中にこそある。
 日本を取り戻すといいながら、諸外国に国を切り売りするような作戦は、きっと日本に繁栄の真逆をもたらす。
 熊本やそれぞれの県から、一つ一つの都市から、一人一人のニンゲンから、真の繁栄を守らなくてはならない。

 『ヒグマ』を裏切り、国に刃向かうボクは、きっとこの世から引責辞任することになるだろう。
 それでもボクは、ボクを兵器として作った国より、ゆるキャラとして育ててくれた熊本が、日本が好きだ。
 だから、『ヒグマ』がいなくなることで、少しでも国の間違った作戦が正されるなら――。


 ボクは全ての『ヒグマ』を殺す。
 ――日本と熊本を背負ったハンマーは、『穴持たず』の飢えより重いと思え。


 ボクはスレッジハンマーを袋にしまい、再び歩き始めた。


【穴持たずではないヒグマ 死亡】


    ##########


 最後に、ボクをツイッターでフォローしてくれている皆さんにも、ごめんなさい。
 しばらく、ボクはつぶやけそうにありません。もしかしたらこれからずっと、ボクのつぶやきは止まったままかもしれません。
 それでも、『くまモン』が『ほっぺ』を無くしたら、『思想のないソクラテス』になってしまいます。
 プロデューサーや、みんなが応援してくれたモノたちを守るために、ボクは、精一杯頑張ります。


 ♪ 遠くはなれた くまもとだけど
 ♪ 心はひとつと思ってるから
 ♪ どうか どうか 届きますように!

 ♪ がんばれーっ!!

 ♪ モン! モン! モン! くまモン!
 ♪ くまもと サプライズ!
 ♪ 熊本がだいすきで よかった!
 ♪ 日本がだいすきで よかった!


 どうかこの歌も、みんなの心で繁栄しますように。



【B-7 草原/黎明】


【くまモン@ゆるキャラ、穴持たず】
状態:健康、ヒグマ
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品0~2、スレッジハンマー
基本思考:この会場にいる自分以外の全ての『ヒグマ』、特に『穴持たず』を全て殺す
1:ニンゲンを殺している者は、とりあえず発見し次第殺す
2:会場のニンゲン、引いてはこの国に、生き残ってほしい。
3:なぜか自分にも参加者と同じく支給品が渡されたので、参加者に紛れてみる
4:ボクも結局『ヒグマ』ではあるんだモンなぁ……。どぎゃんしよう……。
5:メロン熊は、本当にゆるキャラを捨て去ってしまったのかモン?

※ヒグマです。


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最終更新:2016年07月19日 21:12