アンチ・ビストロン


ビストロン』:自律的なアイデンティティ確立を促す自然界に遍く存在する物質。
『アンチ・ビストロン』:特定の価値観に偏った他律的アイデンティティを捏造するためマスプロダクトに混入された物質。

 パラ・ユニフスは「アンチ・ビストロン」による人格支配を解くものの半面「致命的な認識障害」「自己同一性障害」をもたらす可能性があるとされ、そうしたパラ・ユニフスによる障害を取り除くのが「非局所性フック」である。


(平沢進アルバム『ビストロン』より)


    ★★★★★★★★★★


「クスクス……助けて頂いテどうも有難ウ、メロン熊サン。あなたはとってもイイヒトですね」
「別に礼は要らないわよ。アンタからは悪い男に騙されてる女の臭いがしたからほっとけなかっただけだし」
「……クスクス。あら?提督の事かしラ?彼は素晴らしい方デスヨ?」
「あー、そんな気がしたけどアンタやっぱりアイツの関係者な訳?」


 と、メロン熊は、自分の助け出したなんだかよくわからない生命体に言い訳がましくそう言いながら、『やっぱり助けなきゃ良かったかな』と思い始めていた。
 そんでもって、『わざわざ名前なんて名乗らなきゃ良かったかな』とも思い始めていた。
 とりあえずその生物は、中央の顔は人間の女性のようであるが、ヒグマのような顔が体のあちこちにあって、正直に言って異形だ。

 この戦艦ヒ級と呼ばれる生命体には生殖器の類が存在しないようなので、『女の臭い』というのはそもそも希薄だ。
 その生命体が、小さな飛行機の編隊からほとんどやられるがままに攻撃を受け続けていた有様が、どうにも男から叩かれている女の子のように見えて、憐憫の情が浮かんだのをそう表現しただけのことだ。

 なんとなしに、軍艦の主砲のようなものを装備しているので、あのヒグマ提督だか何だかいうロクでもないヒグマに騙されている女子のクチかとメロン熊は思っていたのだが、まぁその通りだったようだ。


 そういうカスなオスに騙されっぱなしのメスの面倒なんかそもそも見るつもりはなかったので、メロン熊は、そんなヤツを思わずあの現場から助け出してしまったという、自分らしからぬ行動に苛立っているところだ。


 見た感じ大きい主砲なのでメロン熊は、多分この生命体は、戦艦大和とかそんなものなのかなぁ、と考えた。
 そして、こんな訳わからん形状の生物を生み出すなんて、やっぱりあのヒグマが没頭していたというゲームとやらはロクでもないな、と思うのみだった。


「……提督を知っているのデスか?……おや、いい匂いが地面から漂ってきてますね……。
 ……ああ、金剛サン。あなたは提督を守って死んだのデスか……?」
「……ふんっ」


 だがこの生物は、そのヒグマ提督の本性を知りはしないようだった。
 地面を掘り返しては金剛という少女の生首に語り掛ける、気の違ったようなその生物の様子に、メロン熊は半ば呆れ交じりに鼻を鳴らした。
 メロン熊が銃殺した形になる金剛という少女ではあるが、実質的に彼女へ手を下したのはヒグマ提督だと考えているので、別にそれに関してメロン熊自身に思う所はない。

 できれば、そんなウザったいオスに騙されたままではなくて正気に戻れ、とは言ってやりたいのだが、正直メロン熊にとって、戦艦ヒ級にそこまで肩入れしてやる義理はない。
 ラジコン飛行機の群れからタコ殴りに合っているところを単に見かけただけの存在であるし、とりあえず逃がしてやったこの後は早々にさよならしたいところだ。

 むしろメロン熊の気にかかっていたのは、この場にその当のヒグマ提督とやらの死骸が無いという不可解な現象の方である。
 金剛が死んだ際に現場にいた少女たちに惨殺されるだろうとばかり思っていたのだが、臭跡上、彼女らとヒグマ提督はどこぞ北北西の方角に移動していったらしい。
 恐らく、目立つ場所だと流石に公序良俗に反するので、物陰に移動してしめやかに殺したのだろう。と、そうとしかメロン熊には思えなかった。


 ――まぁ、この大和っぽい生物も、そのうちヒグマ提督とやらの死骸に気付くでしょ。


 そう考え、『大丈夫です、金剛サン。貴方の分まで提督は私が愛してあげます。クスクスクス……』とか口走りながら共食いらしきことをしていた戦艦ヒ級に、メロン熊は別れを告げようとする。

『まぁいいわ。それじゃあ早いとこアンタも目ぇ覚ましなさいよ、大和さん……、って。……え?』

 戦艦ヒ級の背に唸りかけようとしたメロン熊は、そこで異様なことに気付いた。
 死体を食べながら、その船体の損傷が、ほとんどリアルタイムに修復されているのだ。

 メロン熊の同胞にも再生能力の高い者はいるが、流石にこう早いと、ちと気味が悪いなぁ、とメロン熊は思った。
 別に、あの現場から自分が助け出す必要なんてそもそもなかったのではないか?
 やっぱりさっさと立ち去ろう――。
 とメロン熊が思った時、戦艦ヒ級が微笑みながら振り向いた。


 彼女の纏っていた金色のオーラが、血の流れるような青に変わっていた。


「待っテクだサいメロン熊サン。あなたニはちゃんとオ礼をシテ誤解を解かないト……」
『いや、だから別に礼は要らないって』
「あなたはイイヒトですかラ、お礼ニ大和とトモダチになりまショう!」
『はぁ。トモダチねぇ。まぁ今のでお互い名乗り合ったしそれでいいでしょ。じゃあ機会があったらまたね』
「あ、良かったデス♪ それジャあこレでトモダチですネ!!」


 メロン熊は据わった眼のまま、社交辞令的にお座なりな返事をする。
 その彼女に近寄った戦艦ヒ級は、微笑んだまま、自身の下部にある主砲ヒグマの大口を開けた。
 メロン熊はそれを見て、舌打ちした。


『――チッ。だから嫌な予感したんだよな』


 バクリ、と。
 次の瞬間、メロン熊を丸呑みするように、戦艦ヒ級下部の口がその空間に喰らいついていた。
 だがその直前にメロン熊の存在は、その場から跡形もなく消え去っていた。
 ワープしたのである。


「アラアラ? 行ってしマワれまシたか。仕方ありませんネ。お優しい方でシタし、きっとお忙シイのでしョウ」


 『トモダチ』になるための挨拶のような捕食行動を回避され、きょとんとした調子で戦艦ヒ級は呟く。
 何の邪気も邪念もなく、彼女はほんの握手か敬礼程度のイメージでメロン熊を食べようとしていたのだ。
 普通に考えてそれが相手から拒絶される行為なのだとは、戦艦ヒ級には全く思い至らなかった。

 彼女は気を取り直して、深呼吸しながら周辺の匂いを肺腑に取り込んでゆく。

 先程から、この場に間違いなくヒグマ提督が滞在していたという臭いが、戦艦ヒ級の鼻腔には伝わっているのだ。

 ヒグマの身体を以て新たに彼女に搭載されたその索敵機能を、彼女は何の疑問も抱かず、ごく自然に活用していく。
 はっきりと大気に残る知人の匂い。
 風に乗って描き出されるその動き――。

 戦艦ヒ級は眼を閉じて、鼻腔を駆け抜けるその詳細な索敵結果を分析していった。


「提督のお傍ニ――、金剛サンの他、天龍サン、天津風サン、島風サン。知らナイ男の人と女の子が一人ずつ。
 皆サン北北西に向けて歩いて行かれたんですね……。あ、デ、その手前に……。
 ……なンだ、彼女でしたか。やっぱり友軍じゃないデスか♪」


 戦艦ヒ級は、再生途中だった主砲の修復を一時停止した。
 そしてその代わり、彼女の髪の横に吹き流されている滑走路から、這い出てくるものがある。


「あぎぃぃぃぃぃぃる……」


 甲高い声で鳴いたそれは、白い毛皮に包まれた身体に長い口吻と大きな皮膜の翼を持った、翼竜のような形態をしたヒグマだった。
 海軍の一般の艦載機とも、深海棲艦の一般の艦載機とも異なる、戦艦ヒ級自身が生み出す、形態変化したヒグマという艦載機である。
 戦艦ヒ級は、その全長15センチほどの小さなヒグマに微笑みかけた。


「……いいですカ? もう場所は分かったノデ、『偵察は』しなくていいデス。
 友軍デスケド、『さっきみたいな遠慮はセズ、戦ってくれて構いません』ヨ?
 悪いヤツに艦橋を乗っ取ラレテいたラ、壊してあげなきゃいけませんカラ♪」


 母艦の命令を受けて頷き、その白い艦載機は、エンジン音もなく静かに飛び発った。
 それは戦艦ヒ級の、『コロポックルヒグマ』などと呼称される存在だ。

 しかしながら、コロポックルというのはアイヌ語で『蕗の葉の下にいる人』という意味の言葉であり、別に『小さな生物』などという意味ではないことを読者諸兄におかれては留意されたい。
 この場では単なる独自用語としてその呼称を用いているだけである。

 もしアイヌ語で『小さなヒグマ』と言いたいのであれば、『ポンキムンカムイ』などと呼べば恐らく十分だ。
 そしてもしこの戦艦ヒ級の白い艦載機を、大日本帝国海軍制式名称のように呼びたいのであれば恐らく――。


 ――『MXHX特殊攻撃機(多任務軽戦闘機)・羆嵐一一型』。


 などという呼称に、なるのではないだろうか。


    ★★★★★★★★★★


「あ、モノクマさん。瑞鶴提督はちゃんと死んだっぽい?」

 明りの落ちた艦娘工廠。
 探照灯を手にその内部を見回っていた一頭のヒグマが、その光の中に発見した小熊型のロボットに向けて笑った。
 駆逐艦夕立の衣装を纏った彼女――、夕立提督が開口一番にモノクマに尋ねたのは、自身の配下の死の確認だった。
 問われたモノクマは、うぷぷぷぷ、と含み笑いをして彼女に答える。


「そりゃ勿論死んだも死んだよ~。めでたく、要りもしない艦娘に生まれ変わったんで、適当なこと言って地上に追っ払っといたぜ~」
「ん~、良~いじゃないですか~! 私も適当に楽しいこと言ってあげた甲斐があったっぽい?」
「夕立提督ちゃんは何て言ったの?」
「『装置の上で全力の祈りと踊りを捧げたら、瑞鶴に改二が実装されるっぽい』って言ったっぽい」
「ん~、良~いじゃないっすか~! ちゃんといい感じに狂った瑞鶴になってたよ。いやこりゃおめでたいね!」
「瑞鶴さまさまっぽい? 停電前に処分が間に合って本当に幸運っぽい!」


 感嘆符までつけて楽しげな両者は、爽やかな笑いを交わして、内容物が尽き・停止した・もぬけの殻の装置を後にする。
 瑞鶴提督という哀れなコスプレイヤーのヒグマに、培養装置の上でのブレイクダンスという不可解かつ遠回りな自殺を吹き込んだのは、他でもない連隊長の夕立提督だった。
 モノクマは、部下の死に満足気な彼女に向かい、興奮気味に語り掛ける。


「それにしても、キミが進んでボクにそんなこと提案してきた時は驚いたよ~」
「そもそも一航戦とか五航戦とかそんな些末なことで離反してくる時点で組織にとって害悪っぽい。
 それに私のコスプレ見に来るためだけに入ってくる奴もただの邪魔っぽいし。いつか死ねば良いと思ってたっぽい。
 でも一度は私が面倒見てあげた身だから、せめて死ぬ時も、な~んにも知らないまま、楽しく楽しく死なせてやったっぽい。
 私はロッチナと違うから、口減らしするときも優しく殺してあげるっぽい?」
「夕立提督ちゃん本当キミ良い性格してるね! 後でカットしてた映像編集して永久保存版にしてあげるから!」
「ステキっぽい~! 連隊のみんなで一緒に楽しめそうっぽい!」


 第六かんこ連隊の赤城提督と袂を分かった瑞鶴提督の一派10体と、夕立提督のプロポーションやコスプレに鼻の下を伸ばして寄って来た一派10体を、彼女は計画通りにきれいさっぱり処分していたのである。

 元々の夕立提督の考えに賛同して第一かんこ連隊に集っていたのは、彼女自身を含めて30体だった。
 夕立提督は、その面子だけに邪魔者の処分計画を伝え、残る20体には伝えなかった。
 幼子の手を引くように優しく楽しく、全く悟られぬように瑞鶴提督を自殺に追い込み、そして何も知らぬ邪魔者どもにその後を追わせる。
 この一連の作業は、示現エンジンの停止というアクシデントにも阻害されずめでたく大成功を収めていた。


「で、モノクマさんは瑞鶴に何て言ったの?」
「瑞鶴提督のマヌケな記憶が混じってたのか、見たこともないヒグマ提督の所在を開口一番に聞いてきたからさ、アイツの上官だって名乗って、連れ戻してくるようにお使い頼んどいたよ。疑いもしなかったね彼女!」
「ん~、彼のマヌケさそのまんまでステキっぽい~! ヒグマ提督は自分の艦隊に居なかった子は興味なかったし、邪険にされること確定っぽい~」
「その上、仮に連れ帰って来れても、その瞬間キミらはヒグマ提督なんか瑞鶴ごと蜂の巣だろ?」
「当然っぽい~。もう私たちのところにあんなヤツ要らないっぽい~」

 夕立提督は終始にこやかな機嫌のままにそんなことを言う。


「でも、折角ビスマルクがここにいるんだから、瑞鶴は地上にほっぽらないで一緒に働かせてあげても良かったっぽい?」
「まーどっちでも良かったんだけどね。どうも彼女は深海棲艦殺すマンになって武功を上げたいらしかったから、それを尊重して『色んな』深海棲艦の情報を教えてあげたわけよ」
「うーん、討ち死に確定っぽい? ちょっと勿体ない気もするけど、チリヌルヲたちと楽しめそうだしまぁ良いっぽい?」
「Feuer! Feuer! HAHAHAHAHAHAHA!」
「ん、僕を呼んだかい?」


 ちょうどその時、話に登ったビスマルクの作業現場に、彼女らは戻ってきていた。
 そのビスマルクの目の前に立っている、深海棲艦のような灰黒色のヒグマがにっこりと振り向く。
 その両手に掴んでいた二体のヒグマの死骸をビスマルクの前に放り出し、空母ヲ級の被り物をしている彼は淡々と彼女に指示を出した。
 工場の床に座らされているビスマルクは、それに呆然と答えるのみだった。


「これ、名誉の戦死を遂げたハ級提督とニ級提督だから、ちゃんと解体しといてね。返事は?」
「Jawohl(了解しました)……、Herr アトミラール・チリヌルヲ(チリヌルヲ提督殿)……」
「Feuer! Feuer! HAHAHAHAHAHAHA!」


 ビスマルクは全ての艤装から帽子までも外され、その金髪と総身を血と脂で汚した、肉屋の下働きのようになっていた。
 その彼女の傍で、先程から熱中したままリズミカルに火器を放ち炉に火をくべているのは、ビスマルク本人ではなく、夕立提督の部下のビスマルク提督であった。
 連隊のヒグマたちは、その『フォイヤ、フォイヤ』という掛け声に合わせながら、めいめい鍋をかき回したり、赤熱する金属をハンマーで叩いたりしている。
 夕立提督はその炉の上の大鍋からスープを掬って椀に注ぎ、戻って来たばかりらしいチリヌルヲ提督を労う。


「お疲れ様っぽい? あの変な人間は処理できたっぽい?」
「僕の誇る第三かんこ連隊が、親愛なるクイーンさんや四、五、六の奴らに丸投げしたんで確実に処理できたよ。
 うちの連隊全員が満足できるだけいたぶれたし、オレとしては一向に無問題だね」
「チリヌルヲらしいね~。はい、出来立ての『骨肉茶(バクテー)』」
「ありがとう。いやぁ、マレー沖海戦を思い出す味だよね。行ったことないけど」

 チリヌルヲ提督はそんな適当なことを口走りながら、ヒグマのあばら肉がぶつ切りで投入されている芳醇なスープを啜る。
 炉の火と、時折ちらつく探照灯だけが光源となる夜のような空間で、チリヌルヲ提督は金色の目を光らせ、舌先でそのスープの温度を確かめた。
 爽やかな笑顔を見せたまま彼は、足元に蹲っているビスマルクへ、スープの中からアツアツのヒグマ肉をつまんで勧める。


「貴様はどうだいビスマルク? ほら、食べなよ」
「……いや、マレー沖なんて知らないし、要らないわ……!!」
「な~に言ってんのビスマルク。提督の言うことが聞けないの? 貴様が千切った骨肉だよ?
 きちんと喰わないと英霊に申し訳ないだろ~? ほら喰えよ。オイシイよ? 罪滅ぼしするんだろ?」
「い、嫌……!! てか熱い!! 熱いのよ!! 私は芸人じゃないって……あづっ、熱ッ、heisseeee(あぢぇええええぇ)!?」


 熱気の上がる肉をスープごと、チリヌルヲ提督は冷ましもせず、無理矢理こじ開けたビスマルクの口の奥へ流し込んだ。
 ビスマルクは口内を火傷し、耐えきれず骨肉茶を吐き戻す。
 ゲホゲホと咳き込んで蹲る彼女はその長い金髪をチリヌルヲ提督に掴まれ、吐瀉物の散乱する床に這いつくばらされた。

「あ~あ、折角オイシかったのに。ほら綺麗に舐めろよ勿体ないだろ?」
「俺の信じるビスマルクちゃんは、食べ物を粗末になんてしないぞ!? それでも規律をモットーとする独逸戦艦かよ!! 緩みすぎだろいい加減にしろ!!」
「ひぃ……!! ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……!!」

 隣のビスマルク提督からも叱責を受け、泣きながらビスマルクは、犬のように四つん這いになって床の肉やスープを舐め始めた。
 艦娘をいたぶって満足げなチリヌルヲ提督に、傍から一連の様子をにこにこと見守っていた夕立提督やモノクマが話しかける。


「ムラクモ提督も帰って作業中っぽい?」
「そらそうよ。それより何、『楽しめそう』なことって。艦娘が大破して泣き叫んでたりするわけ?」
「うん、近々そうなりそうっぽい! 瑞鶴提督がめでたく瑞鶴改二に捏ねあがって、無謀にも戦艦ヒ級ちゃんとかその他もろもろに挑もうとしてるっぽい!」
「うっわ~! マジか、カワイイなぁ瑞鶴! さぞ見事にぶっ壊れるだろうな~!」
「うぷぷ、ロッチナクンのところに中継いれてるから見に行くといいよチリヌルヲ提督クン」
「いやぁ、感謝感激ですわ! ヒ級ちゃんもカワイイし瑞鶴もカワイイし、どっちが壊れてもオレ得で僕満足!
 巻き添えで他の人間やヒグマも一杯死んでくれそうだし。実に楽しみだ~」


 その会話を、スープを舐めとりながら間近で聞いていたビスマルクは、瞠目してその三者を見上げる。

「壊れるのが楽しみって……。あなたたち、一体、艦娘をなんだと思ってるの!?」

 彼女の震えた声に、夕立提督とチリヌルヲ提督は、微笑みながら答えた。


「う~ん、ただの道具?」
「僕を楽しませてくれる存在、だね♪」


 チリヌルヲ提督はそのまま別室に立ち去り、ビスマルクの前に夕立提督が屈み込む。
 その恐ろしく柔和な彼女の表情に、ビスマルクは恐怖するかのように身を退いた。


「なっ、そんな……、私たちは道具じゃ……!」
「だってあなたたち艦娘は、軍艦という道具に人間の皮を被せて楽しめるようにしたものでしょ?
 どこか否定できるの? できないっぽいよね?」
「た、確かに、そうだけど……」
「規律は守るものでしょ? 道具が下手な考えを起こすから規律が乱れるっぽい?
 ここまで噛み砕いてあげてもわからないほどあなたは馬鹿っぽい?」
「馬鹿じゃないわ……! 私は超弩級戦艦のネームシップだもの……ッ!!」


 駄々を捏ねるように首を振る彼女の手を取り、夕立提督はビスマルクの体を優しく後ろへ押しやった。

「そうだねそうだね、えらいっぽい? さぁさぁ手が止まってるっぽい?」
「ひ……、ゃんっ!?」


 押しやられた先でビスマルクの腰が落ちたのは、先程チリヌルヲ提督がほうって行った、ヒグマの死骸の鼻先だった。
 たたらを踏んで開いた脚のちょうど間にあったそのマズルが、重厚で美しいラインを描く艦尾の中央部に擦れて、彼女は思わず高い声を上げる。


「ほらほら、力抜いて。腰を落とさないと作業が安定しないっぽい?」
「あふ……っ!? あ、あ、あぁぁん――……!!」


 夕立提督が即座に、ビスマルクの耳を舐めた。

 ざらざらとした舌の感触に脚の力が抜け、ヒグマの死骸の顔面に馬乗りになった形のビスマルクは、自身の体重で下方に沈降する。
 下から張り出していた死骸の鼻が、彼女のゲートのバルブを押し開いて機関区隔壁の入り口に入ってきていた。


「ゲームってのも結局、作業の上に楽しい皮を被せて効率を上げるためのものでしょ?
 リズムをとって、お尻を振って? ほら、作業は楽しいっぽい?」
「あっ、あっ、ああっ――!?」


 夕立提督が、ビスマルクの背中をさすり、下腹部に手を添えて、彼女をリードするようにその喫水線を上下させる。
 ビスマルク艦尾部の機関区隔壁は、早くもオイルを差されたように湿潤となり水没してゆく。
 艦橋を突き上げるようなその感覚に、ビスマルクの船体は前方に倒れ込んだ。
 その陣形を平文の電信に直すならば、いわゆる『ツートントントントン、ツーツーツーツートン』である。

 喘ぐような彼女の口元に位置する死骸の後檣を立てて、夕立提督はすかさず、ビスマルクの頭を押さえ、口蓋帆張筋の近傍までそのマストを突っ込んでいた。

「むぐぅ――!?」
「さぁ、よくしゃぶってね? 舌を使って選り分けて……。いらないところはそのままごっくんしちゃっても良いっぽい!」

 口いっぱいを帆にして立つマストを吐き出そうとするビスマルクを抑えるように、夕立提督は今一度、そのたおやかな指使いを以て彼女の喫水線を艦尾部で上下させた。
 じゅ、ぽっ。
 と水音を立てて、ヒグマの鼻という魚雷が再び船体内に入出する。


「ふにぃぃ――!?」


 ビスマルク級戦艦の垂直装甲は水線面より下部が弱く、水中弾や深度魚雷への防御は良く考えられていなかった事が、歴史上でもウィークポイントとなっていた。
 艦尾部から蕩かしてくるような熱感に耐えようと、ビスマルクは両手を前に投げ出し、死骸の脚の毛皮を掴んで突っ張る。

 その瞬間夕立提督は、再びビスマルクの耳を舐めながら、前足の指を、彼女のスカートの下のビルジ排出口に深々と突っ込んでいた。


「んぐぅ――!? ひ、ひぐぅぅううううぅうぅううぅ――!?」


 ビスマルクは水平防御においても、大落下角砲弾もしく高度からの爆撃に対して十分な防御力を有してはいなかった。
 そんな耳の裏を責められて緩んだキングストン弁から容易く侵入され、ビルジ排出口を掻き回された彼女は、雷撃を受けたようにのけぞった。
 掴んでいた死体の両後ろ脚が彼女の手でめきめきと折り取られる。
 同時に、口の中を埋めていたマストは根元から噛み千切られ、その喉に丸呑みされていた。

 背筋を伸ばし、彼女は艦橋に達した感覚に痙攣する。
 対照的に、今まで彼女と重なっていたヒグマの死骸は下半身を千切られた形となり、もがれた後檣の位置から毛皮を裂いて、内臓を撒いて地に倒れた。
 脚から力が抜けて真っ直ぐ下に落ちたビスマルクの腰で、その死骸の鼻先が、じゅぷっ、と深い水音を立て、完全に機関区隔壁の中に突き込まれていた。


「あ――」


 ビスマルクの喉から、そんな嗚咽が漏れていた。
 ヒグマの上に座り込む彼女の下腹部から、ちょろちょろとスカートとソックスを濡らしてバラスト水が流れた。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はあっ……、あぁぁ……」

 自身の船体を襲った初めての感覚に、涙と熱い吐息を浮かべて震える彼女の耳元に、夕立提督が囁きかける。


「……ほら。とっても楽しくて、気持ちいいでしょ……?」
「きも、ち、いい……」
「自分が道具だとかネームシップだとか、そんな細かいことどうでもいいっぽい?」
「いい……、けど……ッ! だ、だめっ、こんな、緩んじゃ……、恥ずか、しっ……」


 ぼんやりと緩んだ笑みを浮かべていたビスマルクは幾度か瞬きして、ピンク色の甘い緩みに支配されそうになっていた頭をぶんぶんと振った。
 だがその隣から、今度はビスマルク提督が上気した彼女へ重々しく呼びかけてくる。


「いや、恥ずかしくなんてないさ。流石ビスマルクちゃんだ。任務も美しく遂行したじゃないか。
 ビスマルクちゃんがそうやって気持ちよくなると、俺たちも楽しくなれるんだ。
 みんなの役に立って、ビスマルクちゃんの殺した奴も浮かばれるだろう、立派な仕事だったぞ?」
「り、りっぱな、しごと……? ほ、本当に……? これが……?」
「作業すると罪滅ぼしができてみんなの役に立つし、もっともっと気持ちよくなって、楽しくなれるっぽい?
 規律を守るあなたの名誉挽回っぽい? 一石二鳥っぽい?」
「き、気持ちよくて、役に立つ……」


 ビスマルクは、ピンク色の靄が掛かったように鈍る艦橋機能で、呆然としたまま考えた。

 ――『正しいかどうかは誰かが決めることじゃないわ。勝った方が正しいの』。
 そう、私はあの『解体』というヒグマに言った。
 そう。私がこの仕事の正誤なんて、考えてはいけないんだ。
 そう。私は道具だから。ただの船だから。
 このヒグマたちが、ちゃんと規律に照らしてくれて、役に立たせてくれるんだから。
 こんな気持ちよくて楽しい仕事なんだから、やり遂げなきゃ。

 ……でも、このヒグマたちは、本当に『勝った』側なのか?
 あのアトミラールは、本当に規律を破ったのか?
 あのシバという人間と、このヒグマたちは、どんな関係なのか?
 わからない。私のところにそれが判断できる情報は降りてこない。

 ……そもそも、私のアトミラールって、誰だったっけ?

 ここの工廠の中には、どこもかしこも色々なアトミラールばかり。
 みんなヒグマで、アトミラールだ。
 それなら、規律を守ってみんなに従うのが、艦娘、の、はず……。
 そう。その、はず……。


 ……でもそもそも、私のアトミラールは、本当にヒグマなの?
 ――なんで私は、人間じゃない動物に従ってるの?


 ……でももう、どうでもいい。考えるのが億劫だ。
 そう。私は道具だから。ただの船だから。
 そんなこと考えるだけ無駄っぽい。
 何考えても答えなんてないっぽい。

 だったらみんなと一緒なら、それで安全元気だ。
 気持ちよくて、役に立つ。
 規律を守って、楽しくなる。
 これ以上のことが、あろうか――。


 そうしてビスマルクは、熱い吐息と涙を浮かべながら、見下ろすヒグマたちに、おねだりした。

「す、する……。私、もっと作業する……」
「いい子だねぇビスマルクは。こんなにすぐ気持ちよくなれるんだもの、すごいっぽい?」
「俺の信じるビスマルクちゃんは、立派に仕事と作業をやり遂げる優秀な子だ。流石だぞ」

 夕立提督とビスマルク提督の賛辞を受け、蕩けるような甘い仕事に、彼女は身を委ねた。

「あ、当たり前じゃない、私が一番だもの……。もっと褒めてぇ……。作業、教えてぇ……」
「了解っぽい? さぁ、頭を空っぽにして、もっと自分で動いて、テンポよくステキにイきましょ?」


 艦尾の喫水線に深々と死骸の鼻先を突っ込んだまま、彼女はその機関部から豊潤なオイルを溢れさせ、言われるがままに自ら腰を振っていた。
 胸部装甲を、死骸の臓物に擦りつけるように屈み込みながら、その鼻を突くような未消化物の異臭にも、半壊した彼女の艦橋機能は興奮を得て行く。

 彼女の体に指を這わせてリードしながら、夕立提督は片脚でリズムをとって歌い始めた。


「っぽい、っぽい」
「Feuer! Feuer!」
「っぽい、っぽい」
「Feuer! Feuer!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい」

 夕立提督の声に、ビスマルク提督の火砲、そして工廠各所に散在する第一かんこ連隊のハンマーやふいごの音が重なってゆく。
 打ち降ろされるハンマー。
 膠を熔かすふいごの風。
 パチパチと爆ぜる炉中の炎。
 打たれる鉄に成型プレス。
 総勢30名の連隊が作業する動作が、一糸乱れぬリズムを刻み、鉄の底を叩く重低音でオーケストラのように作業歌を紡いだ。

 夕立提督はビスマルクの元から立ち上がり、指揮を執るように腕を拡げて歌い上げる。


「バラバラの馬鹿じゃダメっぽい?
 道具の頭じゃ粗忽っぽい?
 そろそろ揃えにゃダメっぽい?
 社会の心は一つっぽい?」


 臓物を千切り、喜悦の表情と指使いのままに、ビスマルクは腰を振りながらヒグマの中身を解体してゆく。
 HIGUMA細胞を絞り出し選り分け、通常の分化組織と交互に、腰を軸に左右へ舵を切って動きながらテンポよく死骸を千切る。
 悦楽を感じながらにビスマルクが興じるその作業は、先程までただ絶望の清算のために行なっていた時点の行為から、数倍も効率が上がっていた。

 ぽいぽいぽいぽいと、脳内をループする曖昧な語尾の韻に、ビスマルクの艦橋の指揮系統は瓦解して溶け落ちていく。


「空っぽおみそは仕事で埋めて、
 カラッと作業が一番っぽい!
 邪魔な思いはちょっきりツメて、
 気分もアゲちゃうですマーチ――!!」


 骨を折り、肉を裂き、皮を剥き、臓を抜き、ビスマルクは喜びに喫水線を揺らしながら、リズミカルにヒグマの死骸を解体し尽してゆく。
 自他のふんだんな体液にその重厚なボディを汚し、彼女は最後に残った、自分の座り込むヒグマの頭蓋を抱え上げた。
 ビルジやオイルや血液や漿液に塗れた床へ背中から倒れ込み、ブリッジのように腰だけ浮かして、彼女はその橋脚の間に抱えた死骸の頭を自身の両手で捏ね繰り回す。


「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「っぽい、っぽい、っぽいぽい!」
「んっあっ、んっあっ、っんあっあぁ――」


 輪唱のマントラのように方々から唱え上げられるリズムに乗って、ビスマルクは上気した表情を喘がせる。
 腰の振りを倍速で刻み始め、自身の脚の間に食らいついているような様相のヒグマの顎を、自ら体内に押し込むようにしてビスマルクは抱いた。
 彼女がそうして歓喜に咽んでいる姿はまた、生きながらにしてはらわたを喰われる痛みに、捩れているようにも見えた。


「――地獄っぽい?」
「あっ――、いい、いい――、きもちいい――」

 砕いた頭蓋の中に両手を突き込み、溢れ出るヒグマの脳みそを、下腹部で突き上げるように捏ね上げてゆく。

「――快楽(けらく)っぽい?」
「お仕事っ、お仕事きもちいい――!! 作業、きもちいぃよぉ――!!」

 くちゃっ、くちゃっ、と、粘度の高い水音をまき散らして、ビスマルクは自分の機関部の奥深くまで、自らヒグマの顎骨を迎え入れていた。
 浸水し拡張された隔壁がひくつき、ワーグナー式高圧重油専焼缶の心臓が未曽有の興奮に艦橋を灼く。
 高まってゆく感覚に悦びの喘ぎを漏らし、さかりのついたように腰を振って、彼女は鳴いた。


「――どっちにイっても良いっぽい!!」
「Dankeっ、Dankeっ、ああっ――、ダンケダンケぇぇ――ッ♪」


 夕立提督が軽やかに歌い上げたと同時にその背後で、ビスマルクが極楽の感覚に轟沈した。
 痙攣する彼女の体内から、バラスト水やオイルやビルジが、潮のように吹きだした。
 隔壁からその圧力で吹き出されたヒグマの顎骨で、彼女の解体していた死骸の部品はちょうど最後だった。

 第一かんこ連隊の面子はそうして、骨、皮、肉、HIGUMA細胞などと選り分けられた素材を各々の加工場に粛々と運び、作業を続行する。
 隣で自分の作業を続行していたビスマルク提督は、楽しさの極点に至って脱力する彼女へ朗らかに呼びかけた。


「上手くイったなビスマルクちゃん! そのよがりっぷりは超弩級戦艦の誇りだ。
 さぁ、まだお仕事たくさんあるからな。いっぱいお仕事して気持ち良くなろうな?」
「うん……っ。しゅる……、お仕事しゅるぅ……。早くきもちよくなって、役に立つんだもん……!
 ビスマルクのお仕事、見せてあげるわぁ……、んぁあっ♪」


 だんだんとジャンキーのように曇ってゆく自分の判断能力に最早疑問さえ抱かず、ハ級提督の死骸を解体し終えたビスマルクは、そのまま濡れそぼった腰をニ級提督の鼻の上に落とす。
 女子の皮を被った道具という存在に身を堕とした彼女は、もはや夕立提督が指示を出さずとも、自分で勝手に楽しく効率的な作業を続けてゆく、単なる機械に成り果てていた。

 仕事に没頭するビスマルクには最早眼もくれず、夕立提督は微笑んだまま、工廠の窓辺から見える地底湖の湖畔を眺めていた。


「子曰わく、『知る者は好む者に及ばない。好む者も、楽しむ者に及ばない』。っぽい?」

 湖畔では、同胞のムラクモ提督の連隊もまた、彼ら自身の作業に楽しく専念していた。
 その様子を、彼女は頬杖をついて満足げに眺める。


「……この工廠の前身であるクッキー工場を管理していたクッキーお婆様は、実に『作業』の中の楽しみの本質を理解してたっぽい?
 おばあさまさまさまっぽい? おかげさまで私の作業も実に効率よくて楽しいっぽい!」


 そもそも、『艦隊これくしょん』というブラウザゲームの本質も、何をしているかといえば単に画面をクリックし続けているだけである。
 そこに、艦娘の絵だの声だの、深海棲艦との戦いだのという『楽しさの皮』が被っているだけだ。
 要するに突き詰めれば、やっていることはただクリックという単純作業で得られる満足度を高め、同時に内部資材を収集する効率を上げ続けているだけの行為である。

 クッキークリッカーという、ただクッキーを焼き続けるストイックな効率の極点に至った女性の精神が伝わっているこの工廠は、夕立提督にとって非常に過ごしやすい場所だった。


 ――彼女の率いる『第一かんこ連隊』は、ただの作業の効率を、『楽しみ』を以って極限まで高める『作業勢』である。


 先程より短時間で、より効率よく達したビスマルクの嬌声を背後に聞きながら、夕立提督は笑う。


「……さぁ、コストもクールなパーティー、しましょ?」
「ダンケダンケぇぇ――ッ♪」


 カンカン詰めの見せ掛けの自由の中で精一杯の享楽に興じる艦娘という家畜の声に、夕立提督は、
『いつ解体して肉骨粉にしてやるのが効率いいかな?』
 と、楽しげに考えるのみだった。


【E-4の地下 ヒグマ帝国:艦娘工廠 午前】


【夕立提督@ヒグマ帝国】
状態:『第一かんこ連隊』連隊長(作業勢)、駆逐艦夕立改二のコスプレ
装備:駆逐艦夕立改二のコスプレ衣装、61cm四連装(酸素)魚雷、12.7cm連装砲B型改二(夕立砲)、ハンモック
道具:単純作業、作業歌、楽しい価値と意味付け
[思考・状況]
基本思考:ゲームとしてヒグマ帝国を乗っ取り、楽しく効率を求める
0:ロッチナの下で楽しく効率よくステキに作業する。
1:艦隊これくしょんと艦娘を使った作業の素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間を、楽しく効率よく処分する。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※ゲームは楽しく効率を求めるものであり、艦娘はそのための道具だとしか思っていません。
※ことによると自身や同胞のヒグマも道具だとしか思っていません。
※『第一かんこ連隊』の残り人員は30名です。


【Bismarck zwei@艦隊これくしょん】
状態:仕事中毒(意味深)、小破、精神的には大破、自分の犯した罪による絶望、体液まみれ
装備:快感
道具:作業
[思考・状況]
基本思考:ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さい許して下さい許して下さい
0:贖罪のぉおおために、死体を解体してぇぇぇぇ゛資材にしゅるのぉおお
1:気持ちよくて、役に立つ……!
2:ビスマルクのお仕事、見せてあげるわぁ……♪
3:ダンケダンケぇぇ――ッ♪
[備考]
※ヒグマ提督が建造した艦むすです
※ヒグマ帝国側へ寝返りました。
※寝返った先が本当にヒグマ帝国だったのか彼女にはもうワカリマセンし、どうでもいいようです。


    ★★★★★★★★★★


「ぶっはっはっはっは! 瑞鶴どこいるの!? え、温泉!? ここの温泉!?
 うっわカワイすぎ!! アウトレンジで決めたいわねカッコ震え声ってかぁ!?
 そんなんで深海棲艦のヒ級ちゃん倒せるわきゃねーだろ、ふっふっはひひひ……!!」
「ちょっとうるさいよチリヌルヲ」
「あっは、ごめんごめんロッチナ。あんまりにも瑞鶴がカワイイんでツボった」


 工廠の別室モニターの前で、チリヌルヲ提督が腹を抱えて大爆笑していた。
 モニターと地図を見比べながら笑いすぎて涙まで零している彼に対し、モニターの前に着座するロッチナはひたすら神妙な顔をしているのみだ。


「……やはり生身の艦娘なんかクソの役にも立たんな。夕立提督なら少しは再利用できただろうが。
 ありがとうモノクマさん、あの空母の姿をした非常食を追っ払ってくれて」
「どういたしまして~。まぁ地上に出せば少しは攪乱の役にはたつかと思ったわけよ」
「期待できるのはその程度だな」
「いや~、あの瑞鶴には厳しいと思うよこれじゃあ。恐らくあと10分しないうちに沈むね彼女は」

 ロッチナとモノクマが語らっていた会話に、チリヌルヲ提督は堪え切れぬ笑みに口角を歪ませながら割り込んだ。


「まず戦闘においちゃ地形なり海図なり把握しなきゃ始まらないってのにさ。
 天の時、地の利、人の和全部ブン投げて単独で艦隊戦おっぱじめようとしたんだからマジ笑うって。
 さっきはヒ級ちゃんが『戦う気なかった』みたいだから幸運にも生き残れたわけだけど。その温泉にいたんなら終わりだなぁ、瑞鶴」
「薄々そうは思っていたが。そこまで断定できる理由は何だいチリヌルヲ」
「いやだって、『なんでその温泉が温泉として残っていたか』を見ればわかるやろ。オレでもわかる」

 チリヌルヲ提督はロッチナの問いに、今まさに瑞鶴が移動を始めようとしている温泉の映像を指して答える。


『ま、ここに居ても危ないか。逃がしたヒ級がいつ復活するか分かんないし。
 で、提督を連れて帰って一旦作戦を練り直しましょう、うん』


 ようやくその立地の危険性を理解したのかしていないのか、瑞鶴は自身の艦載機に搭乗するヒグマの声を聞き、温泉の水面を滑走し始めていた。
 モノクマがすぐ傍の温泉小屋に潜んで盗撮しているその画面には、霧のような濃い湯気が沸いている――かと思われたが、別にそれほど視界を遮るような湯気は存在していない。

 何故かというならば、今は昼だからである。
 温泉水が外気温より遥かに暖かくなる夜ならば、視界を遮るほどに濃い湯気が煙るだろうが、今現在四方を、踏み固められたハゲ山やアスファルト道路、コンクリートの街などに囲まれているその温泉と周囲の地面の温度差は、あるにしてもほとんどない。
 なおかつ、瑞鶴が自らの艦載機を離着陸できていたという点でも、その湯気の少なさは推察できる。

 霧が出ていた場合、船の艦載機はカノピー越しに周囲などほとんど見えず、戦闘も着陸もロクにできないデクノボウになり果てるからである。
 最新鋭の現代の飛行機ならば、管制とのレーダーのやりとりで着陸は辛うじて出来るだろう。
 しかし艦娘の艦載機にそんなものはない。
 霧中で今の瑞鶴の艦載機が着陸しようとするなら、目視で自分の母艦を発見することもできず、よしんば見つけても、彼女の胸板を甲板と間違えた上に目測を誤って激突し自爆するというようなオチが関の山だ。


 そして更に今の瑞鶴には、彼女が意識もしていなかった死亡フラグがいくつも立っている。
 チリヌルヲ提督からその内容を聞いて、ロッチナはさもありなん、というように肩をすくめた。


「そうだな。死んだな。そもそもモノクマさんの命令を鵜呑みにしている時点で使えないこと確定だったが。
 本当にどうしようもないゴミだな。装備品以外使えん」
「そうそう。誰もヒグマ提督の帰還とかヒ級ちゃんの排除とか望んでないッつうのに。
 まず抵抗してくれないと凌辱し甲斐がないじゃないか。カワイイのはいいんだけどサ」
「チリヌルヲは、あんなゴミみたいな生き人形でも、可愛いと思えるのか?」
「ああ、それだけど……」

 ロッチナとチリヌルヲ提督の見守るモニターで、瑞鶴は温泉上を走り、そして何かを発見して立ち止まった。


「『カワイイ』ってのは、相手を蔑んでる褒め言葉だから」


 その彼女の、望遠で解像度の粗目な背中を見つめながら、チリヌルヲ提督は金色の眼を細めて舌なめずりをした。


    ★★★★★★★★★★


「なに……、これ。死体……? ヒト……? それともヒグマ?」

 一面が死の色に変化しているその場。
 温泉の上を走っていた瑞鶴が発見していたのは、浅い水底に沈むある人物の死体だった。
 血液で真っ赤に染まった温泉に漂っているその肉体は、毛深いヒトのような、小柄なヒグマのような、中途半端で異様な形態をした生物の死骸だ。

 ――それは、“羆”の独覚兵。または、空手インストラクターの樋熊貴人と呼ばれていた人物である。

 頭部をザクロのように割られ、全身に幾つもの切り傷の刻まれたその死体を、水上に片膝をついて検分した瑞鶴は、確信に満ちた表情で頷いた。


「……間違いないわね。噂の『貴人棲鬼』ってヤツだわ。
 本当にそこらじゅうに深海棲艦がいるわね。誰かが斃してくれてなかったら危ないところだったわ。
 提督が近くなんだから同行してる娘……。刀傷ってことは、天龍が討ち取ったのね!
 あの刀ただの飾りかと思ったけど案外やるわねぇ。クロスレンジでの殴り合いとか、私はする気もできる気もしないけどさ」


 事実とは全く異なる検証結果を呟き、彼女は満足げに立ち上がる。

「うん、やっぱり私って本当に運がいいわ」

 この樋熊貴人を殺した高橋幸児という少年と非常に似通った感想を得て、再び瑞鶴が温泉を走っていった時、彼女はまたもや奇怪な現象を目の当たりにしていた。


「は……、なに……、これ。氷山……? いや、流氷……? え、え!?
 いくら北海道だからって、北極海とかなわけじゃないでしょ!? しかも陸上よここ!?」


 少し前から、温泉の上にいるはずなのに、やたら足元が寒いな、とは思っていたのだ。
 だがその冷気を吹き出しているものの正体を見つけた時、彼女は驚愕した。

 温泉地の端近くから、ヒグマ提督がいると思しき北西方向のC-4エリア側に、少なく見積もっても奥は高さ3メートル以上になっていこうかという巨大な氷河が、向こう一面へ形成されていたのだ。
 南極大陸の大地のようなその氷の丘は、気温と日差しで僅かずつ溶け、砕け、温泉地の方にも少しずつ少しずつ、その氷の欠片を流氷のように流している。


 建造されたばかりの瑞鶴は知る由もない。
 この広大な氷の大地は昼前に、佐天涙子初春飾利と協力し、ほぼ1エリア丸々全ての津波を凍らせて形成し、それより内陸部への浸水を堰き止めていたものだ。
 なおかつ、ここに来るまでの津波は、西側の海食洞においてキュアドリームが放ったプリキュア・シューティングスターによっても喰いとめられている。

 別にこの温泉は、『津波が引いたことで復旧した』わけではない。
 もとからこのD-5エリアは、津波の被害など受けてはいないのだ。

 だから温泉小屋だって残っているし、樋熊貴人の死体も流されてはいない。
 そしてこの点が、実は瑞鶴が今までの僅かな時間でも生き永らえていた幸運の正体なのだが、彼女はついぞそこには気づかなかった。


 突如その時彼女は、水面下を走り来る何かの、微かな振動を足の裏で捉えていた。


「――ッ!?」


 眼を振り向けた時は、既に遅かった。
 水面下を一直線に走る白い気泡の線――、雷跡が見えたかと思ったその瞬間に、瑞鶴の足元で爆発が起こった。

 艦上攻撃機から投下されたと思しき、九二式航空魚雷の一撃だった。


「ふっ、ぐぅ~~ッ!? か、かすり傷なんだから……ッ!!」


 水面をもんどりうって転げた彼女は、それでも何とか着衣のそこここが軽く破れる程度の損傷で済んでいた。
 かつて、瑞鶴が勝手にライバル視しているある空母が、彼女を魚雷から守ってくれた手法――。
 航空甲板を盾にしながら側方移動するという、本物の空母だったら絶対にありえない防御方法で、彼女はなんとか大破や轟沈といった最悪の状態を免れていた。

 ――やはり私は幸運ッ……!!

 そう唇を噛んで、瑞鶴はその弓に矢を番える。


「あぎぃぃぃぃぃぃ……る」
「第一次攻撃隊。発艦始め!」


 そして彼女は、敵機と思しき白い機体を上空に視認したと同時に、その矢を勢いよく放っていた。
 5機の零式艦上戦闘機52型に空中で分裂した矢は、その白い機体に向けて一気に襲い掛かっていく。


「あぎぃぃぃぃぃぃ……る」

 白い機体はそれを見るや否や、文字通り尻尾を巻くかのように急転回し、元来た南側へと一気に逃げ去る。
 零戦の編隊は機銃を撃ちながら激しくそれに追いすがり、南側の街の建物の間に消えていった。


「ふっ……。勝ったわね。恐らく、苦し紛れに戦艦ヒ級が出してきた攻撃機でしょう……。
 艦上攻撃機はロクな対空能力がないし、何しろさっきの報告じゃあ、ヒ級の艦載機は一切こちらに攻撃なんかできなかったんだもの。このまま編隊を追わせて索敵・追撃したら、ヒ級を倒せるかしら……?」

 にやつきながら更なる矢を弓に番えて水上に立ちあがった彼女は、そうして自身の零戦の帰りを待った。
 程なくして南から飛行機が戻ってくる。
 それに手を振って、成果を聞こうと思っていた瑞鶴の表情は、すぐに硬直した。


「……は?」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る」


 戻って来たのは、6機の、白いヒグマのような機体だった。


「なっ、なっ……!? なにそれ、なにそれ有り得ないッ!!」

 瑞鶴は背筋の粟立つような恐怖におののきながら、続けざまに2本の矢を撃ち出した。
 するとまたもや、分裂した10機の零戦を引き連れるようにして、6機の敵機は南側にとんぼ返りして逃げてゆく。

「さ、誘われてる……!? そんな、まさか……!!」

 運動性が良いと言われる零戦だが、もともと、機体を横転させるロール性能は最低クラスであった。
 なおかつ、負荷の大きい急降下なども苦手としている。
 上昇力・急降下速度・横転性能の改善が図られた52型であっても、むしろ重武装・防弾強化を図り総重量が増したために、本来の持ち味である低速の空中格闘能力が犠牲になっていた。

 第二次世界大戦終盤になると、米軍はそれらの弱点を突く形で一撃離脱を徹底、日本軍機に対し優位を確保していたのだ。

 瑞鶴は脳裏をよぎる空恐ろしい予感に、周囲を見回して震える。
 ヒグマ提督のいると思しきC-4へは、溶けかかって濡れた氷の丘を登っていく必要があり、逃走には不向きだった。

 もしかすると、北方の街の路地に逃げ込み、隠れなくてはいけないかもしれない――。

 そんな予測を瑞鶴は立てたが、その転進の決断を、彼女は下せなかった。
 自分の優秀な艦載機が、必ずや戦いにおいて雪辱を果たし武功をあげてくれる。という希望的観測を、捨てきれなかった。


 そうして、自らの幸運を信じた彼女の目の前に戻ってくる飛行機に、零戦の緑色の塗装は、なかった。
 10機を超える真っ白な艦載機が、編隊を組んで彼女の前に飛び来ていた。


「じょ、冗談じゃないわよ――ッ!?」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!!」


 苦し紛れに放った一本の矢が、5機の零戦に変わってその編隊に立ち向かってゆく。
 その時彼女は、自身の艦載機たちが被っていた攻撃の正体を、ようやく目の当たりにした。


 零戦の一機が放つ機銃の火線を、コウモリのような白い機体は、翼を打ち振ることによる瞬間的な急上昇で躱し、そのまま真正面に、わざと衝突しにくるかのような挙動で突進してきていた。
 そしてすれ違いざま、あたかも回し蹴りのように舞った後ろ脚の鉤爪で、白い機体が零戦のプロペラを叩き折る。
 推進力を失した零戦は、なす術もなく温泉の水面に墜落して行った。


「か、艦載機同士の、『白兵戦闘』って、一体どういうことよ――ッ!?」


 戦艦ヒ級の白い艦載機は、ほとんど機銃など撃たなかった。
 代わりに、飛鳥のように自在かつ生物的な空中機動で、積極的に戦闘機へ突っ込んできていた。
 普通の航空機ならば、機体同士の接触とは双方の墜落を意味し、通常、行われるはずのないことだった。

 しかしそのヒグマの毛皮を持つ艦載機は、零戦のカノピーに取りつき、防弾ガラスの風防をその顎で剥ぎ取り、中のコロポックルヒグマを喰らった。
 あるいは零戦の翼を掴み、齧り折り、揚力を乱して墜落させた。
 さもなくば急降下してニアミスした後、首を捻り、零戦のがら空きの下部から機銃を叩き込んで撃墜した。
 運よく零戦の機銃が翼に命中しても、ジェットやプロペラで動いているわけではないそのヒグマは、速度をそのままに零戦に突っ込んで掴まり、もろともに落下して墜死するのみだった。

 当然、戦闘機同士の戦いを目的に作られている瑞鶴の艦載機にとっては、飛行機よりも機敏な動きをする、近接格闘能力を持つ飛行生命体などとの戦いなど、想定外のものだった。
 彼ら戦闘機は、このヒグマたちに対してあまりにも無力であり、まったく役に立たなかった。

 その主な原因は、素材が足りなかったからである。

 キングヒグマが発言したように、この島にはボーキサイトなどない。
 いわんや、ヒグマの肉体にもアルミの成分などほとんどない。
 満足な機体を量産するにはどう考えても致命的にアルミニウムが不足しているのだ。
 実際の日本においても、1944年の大戦終盤においては、アルミ軽合金の不足が大問題になっていた。
 そのため、陸軍の戦闘機『疾風』キ106やキ113は、半ばヤケクソ気味にその機体を木製や鋼製のものとして生産されたりしている。

 だがその結果は、多大な重量増加による運動性の低下や接着剤の不備による剥落などに見舞われた散々なものだった。
 最終的に、終戦に『間に合う』よう急造で作られた鋼製・木製爆撃機キ115 『剣』などは、海軍においてはっきりと、特攻専用機を示す花の名、『藤花』と改名されている。
 どだいこういった機体で、敵の防空網を潜り抜けて生き残ることなど、不可能なのだ。

 低速にして過大重量。
 その上装甲と骨組みは脆い。

 不適格な素材で無理矢理再現した機体群は、余りにもそのスペックが、低かった。


「ま、マリアナの……、『七面鳥』……」


 彼女は、先程自身の零戦が戦艦ヒ級の艦載機を撃墜できていたのは、単にヒ級に戦う気がなかっただけなのだということを、思い知った。
 瑞鶴は、自身の艦載機が次々と撃墜されてゆくその現場で、自身に着せられた不名誉なそのあだ名を、慄然と思い出す。


 マリアナ沖海戦において、先のソロモン諸島での激戦において多くの熟練搭乗員を喪っていた瑞鶴は、彼女の好む、『アウトレンジ戦法』を断行した。
 それは、正攻法で米艦隊と殴り合っても到底まともな攻撃は出来ないだろうと考えられた故の苦肉の策である。
 そしてその結果は、傍から見ている者には予想通りの結末となっていた。

 日本の機体が突っ込む端から、準備万端の防空網に叩き落される。という大惨事。
 撃てば撃つだけポコポコ仕留められたその状況を米軍は、『ターキー・ショット(七面鳥撃ち)』と呼んで笑ったわけである。
 レーダーや管制能力をおろそかにしていた日本軍には、その米軍の対空能力を把握することもできなかった。

 なお、日本の艦載機は確かに米軍のものよりも長い航続時間・長い航続距離を誇っているが、それでも米軍の艦載機だって余裕で数百キロメートルは航行できる。
 そしてこのヒグマの島は、一番長い端から端までいったところで、距離は10キロも離れていない。
 近頃のラジコンだって、余裕で100キロ以上航行できる機体はざらにある。
 渡り鳥などの生物に至っては、1日300キロを連続航行したり、北極から南極まで約32000キロメートルを毎年行き来している強者だっている。


 すなわちそもそもこの島において、瑞鶴の言う『アウトレンジ』などどこにも存在しないのだ。
 どこに居たって、彼女が行わなくてはいけない戦いは、互いにいつ攻撃されるかわからぬ、『クロスレンジ』の殴り合いなのである。


「うっ、うわあぁぁあああぁぁああぁ~~ッ!?」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!!」


 瑞鶴は上空から襲来する白い艦載機の群れから、身を守るようにしてそのツインテールの頭を抱えた。
 航空甲板を掲げて防御したところで、その急降下爆撃は防ぎきれない――。
 そう思われた瞬間、伏せた口元の端で、瑞鶴はニヤリと笑った。


「『12cm――、30連装噴進砲』ッ!!」


 傾けた体の背部艤装から、急降下してくる編隊を真っ向から迎え撃つように、次々とロケット弾が撃ち上がる。
 四式ロケット式焼霰弾(ロサ弾)が空中で炸裂し、弾幕のようにその内部の黄リン性焼夷弾をまき散らした。
 飛んで火に入る夏の虫の如く、その燃焼する空域に突っ込んで来た白い編隊は、ことごとくその身を焼かれて撃墜されていった。

 瑞鶴は勝ち誇ったように顔を上げた。


「やったー! 見たか! これが五航戦の本当の力よ! 瑞鶴には幸運の女神がついていてくれるんだから!!
 『噴進砲積むなら烈風くれ』とか一瞬でも思った私を許して神様っ!!」


 同じ対空防御ならば、わざわざ装填に手間のかかって反動も危険なロケットランチャーより、より性能のいい艦載機の方が、数値上の効果は高い。
 しかし艦載機同士での空戦に負けるとなれば、彼女自身の攻撃で身を守れるこの噴進砲は、なくてはならない装備であったわけだ。

 彼女は急いで体勢を立て直し、次なる矢をうつぼから選ぼうとする。


「よし……。あれでヒ級の艦載機は最後だろうから、ここで一気に全機爆装して叩き潰す……、ッ!?」


 だがその瞬間、彼女の太腿に突如激痛が走った。
 見れば左脚の、スカートと脚部艤装の絶対領域の間に、機銃の弾が貫通している。
 崩れそうになる体勢に耐えて、航空甲板の盾をその方向に差し出せば、何発もの銃弾がそこに音をたてて弾かれた。


「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!!」
「なっ、なっ……!? す、水上で、機動……!?」


 銃撃された痛みを堪えて見やればそこには、温泉の水面に皮膜の翼と四肢を広げ、アメンボのように浮かんでいる白いヒグマの艦載機がいる。
 瑞鶴が上空にばかり気を取られているうちに、その機体は水面上を渡ってひそかに接近していたのである。
 瑞鶴は混乱した。

 艦娘の艦載機は、艦上で発着するものと水上で発着するものの二種に明確に分かれている。足回りの装備を変えねばその異なる離着陸面に対応できないからだ。
 全くの同一機体で両方に発着できる艦載機など、瑞鶴は知らない。
 移動しながら顔面や脚を狙って銃撃してくる艦載機から盾で身を守りつつ、瑞鶴は震えたまま、頭の中で一つの結論を導き出した。


「『晴嵐』……ッ! 『試製晴嵐』じゃない、その完成形……!? まさか、こんなところで……!?」


 日本海軍が有していた艦載機の分類の中に、『特殊攻撃機』と呼ばれる分類の機体がある。
 単純な攻撃機・爆撃機などに分類しきれぬ攻撃方法を持つ数少ないその区分の機体に、『晴嵐』があった。

 艦娘たちの間では、それは水上爆撃機『試製晴嵐』として知られている。
 しかし、真の晴嵐は、爆撃の他に雷撃を行なう水上攻撃機として運用が可能であり、なおかつ、『晴嵐改』として換装すれば陸上でも運用ができるという凄まじい多用途性を有していた。
 隠密行動からの奇襲を目的とし、『霞から突然出現する忍』というような意味合いの命名をなされたその機体は、潜水艦からの戦略運用として非常に高い攻撃力を備えていた。


「だっ、だからといって、なんで機銃……ッ!? なんで艦載機相手に白兵戦で、軍艦に対して機銃……!?」


 そしてまた、艦娘にここまで接近して機銃で攻撃してくる艦載機というのも、瑞鶴の理解を逸したものだった。
 駆逐艦レベルならいざ知らず、空母や戦艦の装甲は、艦載機の機銃ごときで貫けるものではない。
 機銃というのはほぼ、戦闘機同士が空中戦で用いるだけのものに過ぎないのだ。

 だがここにおいて、艦娘の体はただの生身の少女である。
 当然、機銃で艤装は貫けなくとも、顔面や腕やふとももなど、露出した狙いどころは山のようにある。
 空中から不用意に接近すれば、艦載機は対空砲火で落とされるだろうが、陸上からむしろ接近しすぎなほど接近してしまえば、主砲や高角砲などの飛び道具で攻撃されることはそもそもなくなる。

 わずか一機の小さな艦載機相手に、瑞鶴は反撃する余裕もなく、防御に専念して慄きながら水上を後退することしかできなかった。


 口吻を開けて瑞鶴に機銃を打ち込んでいたそれはさらに、腹ばいの着水部から魚雷を打ち出して瑞鶴を狙う。

 片脚の動きのままならないまま、瑞鶴は水面を転げるようにしてその魚雷を避けようとした。
 だが至近距離で発射された魚雷に回避が間に合うわけもなく、近くに起きた爆発で、彼女は吹き飛んでいた。


「きゃぁあああぁ――~~ッ!?」


 地上なら99%受けることの有り得ない、魚雷による攻撃を受ける可能性が出てきてしまったのも、ひとえに瑞鶴が温泉という、開けた水上を戦場に選んでしまったお蔭だ。

 ――常の艦隊戦と同じように戦いたい。

 そんな無意識の思いがあったがゆえにこんな水上に立ってしまったわけだが、今のところこの立地は、メリットを消し飛ばして有り余るデメリットしか彼女に与えていない。
 遮蔽も取れずに開けた、海より遥かに小さな水上で『アウトレンジ』を謳えるのか。謳えないだろう。
 普段の艦隊戦では深海棲艦に単独で挑んだりするのか。挑まないだろう。

 瑞鶴の行動は、己の気づかぬ矛盾だらけだった。
 もしも一航戦の赤城などがこの場にいたら、間違いなく彼女を『慢心しては駄目』だとたしなめていただろう。


 だが瑞鶴の肉体を構成している瑞鶴提督は、そうして、たしなめる赤城提督の言葉を聞かずに、離反した。
 瑞鶴の知る由もないことだ。
 慢心だらけの自分を見据えることなく、瑞鶴提督は、あらゆる観察者からマヌケと評され、死んだわけだ。
 彼の血で、肉で、今の瑞鶴はできている。
 血は争えない――。
 そんな言葉で片付けられてしまうほど、恐らく今の瑞鶴は哀れな道化だった。


 そして転げて水上に倒れた瞬間、彼女の肩の上に、その白いヒグマが飛びついていた。
 その艦載機は、鋭い牙の並んだ顎を以って、彼女の柔らかな右耳に喰らいつき、その耳たぶを根元から食いちぎった。


「ひっ、ぎゃああああぁぁぁあああぁああぁ――っ!?」


 激痛に身を反らしながらなおも瑞鶴は、『艦娘に噛み付いてくる艦載機なんて有り得ない』と、自身を襲う現実を否定していた。


    ★★★★★★★★★★


【羆嵐一一型】☆☆☆☆☆SSホロ
種別:特殊攻撃機(多任務軽戦闘機)
装備ステータス:雷装+5、爆装+5、対空+20、対潜+1、索敵+7、命中+1、回避+1
 艦上及び水上の両方で離着陸可能な特殊攻撃機『羆嵐』の改良型です。
 生きている異形のヒグマであるこれは、戦艦ヒ級が体内で独自生産する専用機体です。
 ヒ級が改flagshipになった影響で、機体本体と心臓部が共にチューンアップされ、毛皮も黒から白に変わりました。
 出撃時に九二式魚雷か250kg爆弾を任意で搭載して攻撃機・爆撃機としても使用できる利便性の高い機体ですが、
 何と言ってもその強みは、ヒグマであることを活かした、通常の戦闘機を遥かに上回る自在な空中機動力と格闘能力、そして臭気を利用しての索敵能力です。
 弾着観測も触接もなんでもこなせます!
 広い海上での最大速度や運用、実際の軍艦に対する攻撃力を鑑みるとその利点は薄まりますが、
 この機体はそもそもが島の地上で参加者やヒグマや艦娘相手に運用されることを前提に開発されたものです。
 艦娘たちのスケールは軍艦そのままではありませんし、そもそもこの戦場はヒグマロワであり艦これではありません。
 この機体に艦隊戦の常識が通じると思い込んでいる艦娘たちは、どうか早いうちにその考えを改めて下さい。


    ★★★★★★★★★★


 瑞鶴の右耳を喰らった白い機体『羆嵐一一型』は、そのまま彼女の耳の穴に口を突っ込み、彼女の脳内に直接機銃を叩き込んで殺そうとしていた。


「――ぁあッ、キェアァッ!!」


 その瞬間だった。
 怪鳥のような叫び声を上げながら、瑞鶴がうつぼから矢を抜き放ち、その穂先をもって、自分の肩にいる艦載機を直接突き刺した。

「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!?」
「ぬ、わ、れ、りゃああぁ――ッ!!」

 そしてもう一本、今度は左手でも矢を取ってその白いヒグマに突き刺し、両腕の力で、瑞鶴はそれを自分の体から引き剥がしていた。
 串刺しにしたその白い艦載機を目の前に抱え上げながら、瑞鶴は両手の矢に向けて必死に命令する。


「自爆して――!! お願いッ、早くこいつごと自爆して――!!」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る!!」


 突き刺された艦載機はもがきながら、振り向けた口で瑞鶴をなおも撃った。
 額を掠めた銃弾が瑞鶴の眉の上を裂き、血が流れる。
 その痛みと焦りに、瑞鶴は声を荒げた。


「~~ッ!! 早くしろっつってるでしょうがァ!!」


 その瞬間、両手に掴んでいた矢は彼女の命令通り、突き刺していたヒグマごと、艦載機に変化する前に特攻のようにして爆発していた。
 矢2本、艦載機10機分に相当する爆轟を体内から喰らい、ついにその白いヒグマも跡形もなく爆散し、死んでいた。

 それを確認し、肩で息をする瑞鶴は、やり遂げたように水上に膝を落とした。
 狂ったような微笑が、口の端に浮かんでくる。


「ひ、ひひひ……。あ、あんたらがその気なら、私だってやれること、見せてやるわよ……」


 古来、武士が心得る武術の中で最高のものとされていた弓ではあるが、これは矢が尽きたり弦が切れたときに用をなさなくなる欠点を抱えている。
 近距離の白兵戦ともなれば、当然弓が使えないこともあった。
 それは多くの正規空母の艦娘にとっても同じである。

 そこで、弓兵が矢を槍の代わりにして戦う発想から発展していったのが、『打根術(うちねじゅつ)』と呼ばれる戦闘法である。
 この打根術は、敵との間合いに応じて、投げれば手裏剣のようにも、紐をつけて振り回せば分銅鎖のようにも、手突き槍としても小刀としても、変幻自在に使用できる臨機応変の武術へと発達していた。

 本来は長さ一尺八寸程度の、短めの矢の形をした専用の武器『打根』を用いる技法だが、これを今瑞鶴は、自身の保有する矢そのものを用いて実行していたわけである。
 艦載機5機分の質量を1本に圧縮した頑強な合金ともいえる瑞鶴たちの矢は、そのまま打根の代用品として用いるのにつけても、武器として十分すぎる性能を有していた。


「ず、随伴艦なんかなくたって、戦えるんだから……。い、一航戦のやつらなんかとは違うのよ……!!」


 瑞鶴は、自身がライバル視している一航戦の艦娘を上回ったような気持ちになり誇らしくなる。
 だがもしかすると、一航戦の加賀や赤城は五航戦の彼女より遥かにベテランであるので、瑞鶴が窮地でこの技法を思いつく以前に、普通に嗜みとして打根術をマスターしていた可能性も十分ある。
 そんな可能性には、瑞鶴は決して思い至らなかった。


「殴り合ってやるわよ、クロスレンジで……ッ!!」
「そうデスか。それは勇まシイですネ、瑞鶴サン」


 その時、誓うように叫び上げた彼女の背後で、にこやかな女性の声がした。
 柔らかく、それでいて、どうしようもなく歪んだ声だった。

 瑞鶴の背に、滝のような汗が流れた。

 彼女は、『羆嵐一一型』と揉み合っている最中に、北側を向いてしまっている。
 その艦載機が飛んできた方角である南側に、彼女の注意は今の今まで外れてしまっていた。
 瑞鶴はがくがくと脚を震わせ、顔を蒼褪めさせながら、後ろを振り向いた。


「……コンニチハ瑞鶴サン。お久しぶリでス♪」


 そこには、にっこりと微笑む女性の顔があった。
 その下に続く裸体は一面灰色がかり、さらにその下にもう一つ顔がある。
 大きなヒグマの顎が、その口内に、来る途中で拾った樋熊貴人の死体をくちゃくちゃと喰らっていた。
 水面に浮かぶ彼女の体にはそれ以外にも、全身に幾つものヒグマの顎があった。
 瑞鶴の体格の何倍も大きい異形が、目と鼻の先に、いる。

 そうして瑞鶴と彼女が見つめ合った時間は、一体何秒間だったろうか。

 その間にも、壊れかかっていたその女性の主砲は、死体を捕食して補填した質量を以て、見る間に復元されていった。


「――うぎゃあああああぁぁぁあぁあぁぁあぁーー~~ッ!!」


 戦艦ヒ級。
 モノクマと、艦載機の搭乗員からの伝聞情報でしか知らなかったその深海棲艦の実物を間近で目の当たりにして、瑞鶴は恐怖で腰を抜かした。


 瑞鶴は気づくべきだった。
 彼女が温泉で戦艦ヒ級を発見した位置は、航空戦を仕掛けるには余りに近すぎていたということを。
 この温泉と、先の戦いの時に戦艦ヒ級がいたハゲ山の西側斜面とは、実は数百メートルも離れていない。

 なおかつ、朝に巨大化した鷲巣巌に踏み固められていたとはいえ、なだらかな丘と言える程度にはE-5の火山は周囲から高い位置にある。
 西の目前にある温泉など、一望できる場所なのだ。

 そして昼。
 日差しもあり、視界を遮るほどの霧は出ない。
 その中から、80機を超える大編隊が、雲霞のように次々と発艦されていくのだ。
 いくら瑞鶴が艦載機を散らしたところで、戦艦ヒ級にとって見れば、『ああ、正確な位置まではわからないけど温泉から出撃してるなぁ』くらいのことはパッと見下ろしただけでわかる程度の位置関係だったのだ。

 遮蔽の無い広大な温泉で、それでも瑞鶴が戦艦ヒ級に場所を特定されなかったのは、佐天涙子と夢原のぞみのおかげで津波が到達しておらず、温泉小屋や土産物屋などの小さな建造物が流されていなかったという幸運のお蔭だ。
 それがたまたま、互いの姿を視線から隠してくれるという、更なる位置関係の運に恵まれたために、瑞鶴は先程の戦いを生き延びることができたわけだ。

 ――彼女はその幸運の直後、ヒグマ提督などにかかずらわず、一気に西か、さもなくば北の街中に逃げ込んで姿を隠さねばならなかった。

 温泉の中で瑞鶴が採った航路は、戦艦ヒ級が目的とした方向とばっちり重なってしまっていた。
 なおかつ、その目的地であるC-4エリアからは、佐天涙子の熱吸収によって凍りついた津波により、冷やされた空気が周囲に向けて降りるように吹いている。
 その北西からの風は、瑞鶴に対して南にワープした戦艦ヒ級の鼻に、ばっちり彼女の体臭を捕捉させてしまっていたのである。
 戦艦ヒ級がメロン熊に連れられてワープした先の喫茶店もまた、温泉からは数百メートルしか離れていない。
 ヒグマの全速力なら数十秒、てくてく歩いても、戦艦ヒ級が瑞鶴のもとに辿り着くまでは数分もかからなかった。
 『友軍』が温泉の上にいることは確定しており、行先は同じで、しかも近い。
 それなら戦艦ヒ級が瑞鶴のところに寄らない訳はないのだ。

 ――瑞鶴は、戦艦ヒ級の謎の消失を聞き知った直後、その危険性を理解するべきだった。

 一般の深海棲艦の中に、ヒグマの動体視力でも補足できない程高速の空間跳躍をするような者はいるだろうか。いや、いない。
 瑞鶴は軽々しく『テレポートでもしたっていうの?』と言ってのけたが、そんな異常な能力を有していると思しき敵を相手取っていたと感づいた時点で、彼女は作戦の続行を中止し、即座に転進して情報収集に徹するべきだった。
 テレポートするならば、いつ相手が自分の隣に瞬間移動してくるかわかったものではないというのに、だ。
 敵も知らず、己も知らず、何も客観的に判断できないまま敵と戦えば、戦う度に危機に陥るのは必定だろう。


 ――逃げなければ。
 ――逃げなきゃ、沈んじゃう。
 ――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――!!

 水面に尻餅をついて、みっともないバタ足のように踵で水を掻いて後方に逃げながら、瑞鶴はなんとか自分の弓矢をとり、それを即座に、戦艦ヒ級の顔面に向けて射た。
 艦載機内のコロポックルヒグマも、心得ていた。
 母艦の窮地に、彼らは戦艦ヒ級に突っ込み、特攻しようとした。


「ぱく」


 だがその瞬間、瑞鶴の放った矢は、それが爆発したり艦載機に変化する前に、戦艦ヒ級の女性の唇に挟まれていた。


「ぽり、ぽり、ぽり、ぽり。にょむ、にょむ、にょむ。ごくん」


 そして矢はまるで、プレッツェルかスティックキャンディーか何かのように小気味よい音を立てて、見る間に食べつくされてゆく。
 途中、彼女の口の中で艦載機も分裂したようで、その頬がリスのように膨らんだりしたが、そのまま何が変わることもなく咀嚼は続けられ、そしてついに飲み込まれた。
 矢を食べ終わった戦艦ヒ級は、ぺろりと唇を舐めて微笑む。


「ご馳走様デス♪ さすが瑞鶴サンの機体ハ割っても美味シイですネ♪」
「あぎぃぃぃぃぃぃ……る」


 そして次の瞬間、戦艦ヒ級の髪の下から、先程の白いヒグマの艦載機、『羆嵐一一型』が這い出てきた。
 その数は、ちょうどきっかり、5体だ。

「あ、あ、ああ……」

 瑞鶴はようやく、自身の艦載機が南の街に消えた後に起きていた異常事態の全容を、理解した。
 艦載機同士の格闘戦に負けて撃墜された零戦たちは、戦艦ヒ級に捕食され、即座に戦艦ヒ級の艦載機に作り変えられていたのである。
 1機を5機で迎えれば6機となって返り、それを10機で迎え撃てば16機になって返ってくる現象は、戦艦ヒ級が瑞鶴の零戦を全て鹵獲して再利用していたということを意味していた。


「いやぁぁあぁぁああぁ~~――ッ!!」


 どうしようもない恐懼に駆られた瑞鶴は、もはや弓を引くことすらままならず、掴んでいた矢を、苦し紛れにそのまま上に放り投げた。
 その矢は何とか5機の艦上爆撃機『彗星』に分裂し、戦艦ヒ級の上に急降下爆撃した。

 彼女はケロッとしていた。

 爆弾が次々と直撃していくのにも関わらず、戦艦ヒ級の艤装の毛皮にはほとんど傷などついていなかった。
 彼女は嬉しそうに笑いながら瑞鶴に語り掛けるのみだ。


「ヤハり大和の国の飛行機は素晴らシいデスよね♪ ちょっと加減すれば機銃モ避けちゃいマスシ♪
 お肉を晒してあげれば攻撃力もナカナカですシ♪ 機体のデザインもカッコイイです♪
 食べちゃうノガ勿体なイので隠れヨウと思ってたんデスガ、まあいいデスよね。再利用しますカラ♪」


 彼女の首元から5機の『羆嵐一一型』が飛び発ち、そして爆弾を投下し尽した『彗星』を瞬く間に撃墜した。
 撃墜された爆撃機はパクパクと、戦艦ヒ級の副砲の口が捕えて食べてしまった。


「ひ、ひゃ、あ……――」


 もはや瑞鶴は腰の抜けたまま、喘ぐことしかできなかった。
 じょろじょろとスカートの下から、バラスト水が漏れた。

 彼女は悟った。

 戦艦ヒ級はあの時、全く戦う気もなく、瑞鶴の放つ艦載機の実力を、楽しみながら見物していただけだった。
 機銃を避ける機動に感動し。
 肉を弾き飛ばす爆弾の威力を検証し。
 そのデザインに見惚れていただけだった。

 単に彼女が山から逃げようとしていたのは、その格好いい艦載機たちを食べてしまって、デザイン上ちと微妙な雰囲気のある自分の艦載機にしてしまうのが勿体なかったからである。
 メロン熊に対して戦艦ヒ級が『助けて頂いテどうも有難ウ』と言っていたのは、『(友軍の艦載機を)助けて頂いテどうも有難ウ』という意味に過ぎなかった。

 そもそも、武田観柳が撃つライフル並の威力を有した鍍金村田銃の連射でも、戦艦ヒ級の艤装は貫き切れなかったのである。
 艦娘の艦載機に合わせて1/72か1/144スケールかそこらのサイズに縮小された500kg爆弾など、実際には1グラムあるかないかの爆薬しか含んでいないのだ。
 実エネルギー量で見れば、鍍金村田銃のスラッグ弾一発と、ミニチュア500kg爆弾一発は攻撃時にほぼ同等の熱量を持っていると考えられる。
 本来なら、彼女の毛皮をそうやすやすと破壊できるはずはなかったのだ。


 瑞鶴の目の前にいるのは、艦娘の大和ではない。深海棲艦の、戦艦ヒ級だ。別物だ。
 なおかつ、米軍艦載機386機の波状攻撃を受けて沈んだのは本物の軍艦の大和であり、なおのこと別物だ。
 さらに、現状瑞鶴の艦載機はその数に足りていないし、単独でその全てに波状攻撃を実行させるなどという行動は、絵に描いた餅にもならぬ皮算用だった。

 彼女一人で、戦艦ヒ級を片付けられるわけなど、始めからなかったのだ。

 戦艦ヒ級は、震える瑞鶴を覗き込みながら、笑った。


「さて瑞鶴サン、どうして大和二わざわざ攻撃ナンテしてきたんデスカ? 友軍じゃナイですカ」


 瑞鶴には、その問いの意味を理解することができなかった。
 目の前の深海棲艦が大和なわけが無い。
 まるっきりとんちんかんな発言だった。


「冗談じゃないわァ!! お前が大和さんなわけあるか!!
 死ねッ!! 沈めッ、この深海棲艦んん――ッ!!」


 瑞鶴は叫んだ。
 死に瀕した恐怖が振り切れて、後先も考えず絶叫し、彼女は右手に自分の矢を掴んで、目の前の戦艦ヒ級の眼球に突き立てようとした。

 戦艦ヒ級は、それを驚いた表情で身を退いて躱す。
 数歩水面を後ろに離れて、彼女は首を傾げて瑞鶴に問うた。


「……何を言ってイルんですカ瑞鶴サン? 私は大和デスよ、お忘れデスカ? 一緒ニ水着で遊んダリしたじゃ……」
「うるさぃい!! お前が大和さんを騙るな戦艦ヒ級ッ!! 深海棲艦風情がッ、それ以上口を開くなァ!!」

 呆然と呟く戦艦ヒ級に対し、瑞鶴は見開いた目で叫んで、びしょびしょになったスカートを抑えながら立ち上がった。
 そうして弓に矢を番えようとする瑞鶴を見ながら、戦艦ヒ級は首を横に振る。


「しん、かい、せい、かん……? 私ガ……? そんなことアルわけ、ナイじゃないデスか……」
「全機爆装ッ!! 準備出来次第発艦!! 目標、目の前の深海棲艦――ッ!!」
「深海棲艦ジャアリマセンッ!!」


 大気を震わせるように叫んだ戦艦ヒ級は、唇を噛んだ。
 樋熊貴人を捕食してすっかり元通りになっている主砲を構え、彼女は溜息を吐く。


「……ヤッパリあの男の人の言っタ通りデスね。悪いヤツに艦橋を乗っ取られていマス。大和が壊シテあげマセンと」
「やっちゃって――ッ!!」
「……全砲門、薙ギ払エ」


 瑞鶴の放った矢はその瞬間、同時に発射された戦艦ヒ級の主砲を至近距離から受け、瑞鶴の姿ごと、木端微塵に爆散した。
 その砲撃は温泉の端まで、水面に御神渡りのような水柱を吹き上げ、北のD-4の街並みを一部崩壊させた。

 水飛沫の降りかかる中、跡形もなく消え去った瑞鶴の存在に、戦艦ヒ級は満足げに笑う。


「良かっタ♪ これで操られてイタ瑞鶴サンも正気に戻りマシたネ! 後デ提督に褒めてもらいまショウ」


 そうしてにこにこと見上げるのは、冷気の流れてくる北西の街並みだ。
 その風に乗る香りに、彼女は既に、目的とするヒグマ提督の所在を特定していた。

「エエト、あれから男の人が2人、女の子が1人、小熊サンみたいナ子が1人増えマシタか。
 アソコが提督の停泊してイル泊地ですネ。すごい大艦隊デス♪ 大和も楽シミです♪」

 そうしてC-4に続く氷の斜面を、彼女はその逞しいヒグマの四肢を用いてしっかりとよじ登ってゆく。


「本当に、大和を深海棲艦と間違えるなんて失礼しちゃいますよね。
 皆さん早いところ正気に戻ってくださいー、って感じですマッタク」


 得意げな顔で胸を張り、彼女は優雅に行進していった。


【C-4とD-5の境 温泉に溶け入る氷上 午後】


【戦艦ヒ級改flagship@深海棲艦】
状態:精神錯乱、耐久ゲージ全回復
装備:主砲ヒグマ(24inch連装砲、波動砲)×1
副砲ヒグマ(16inch連装砲、3/4inch機関砲、22inch魚雷後期型)×4
偵察機、観測機、艦戦、艦爆、艦攻、爆雷投射機、水中探信儀、培養試験管
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:ヒグマ提督に会う
1:ヒグマ提督の敵を殲滅する
2:ヒグマ提督が悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、それを奪還してみせる。
3:あの男の人は、イイヒトだった。大和の友達です。
4:私を助けてくれたメロン熊さんはイイヒト。大和の友達です。
5:皆さんが悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、正気に戻してあげなくちゃですね!
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました
※金剛の死体を捕食したことでヒグマ30~40匹分のHIGUMA細胞を摂取しました
※その影響でflagship→改flagshipに進化しました


    ★★★★★★★★★★


「アー笑った笑った。お粗末様でした瑞鶴」
「艦娘みたいな非常食と深海棲艦みたいな非常食が勝手に暴れ回って潰し合うなど、実際どうでもいいんだがな」
「うぷぷ、そうだね~。地上よりまずは地下の席巻を完遂させなきゃいけないからね~」

 工廠でその一部始終の中継を見ていたチリヌルヲ提督、ロッチナ、モノクマの三者は、その見物を終えて感想を述べ合った。

「モノクマさんは、シバさんやキングを仕留めてるんじゃないのか?」
「シバクンは予想以上に劣等生だったから軽く殺せるんだけどさぁ~、今メクラインさんが最期の仕事でシロクマさんを逃がしちゃいそうなんでさ。
 シーナークンも殺し切ったわけじゃないし、どうにかする必要はあるかな~、なんて思うわけよ」
「流石ツルシインさんは匠の仕事だよね。僕ら第三かんこ連隊もこの工廠にはホント感謝してます!
 ありがとう、ツルシインさん! 少なくともオレは貴様のことを忘れないような気がする!!」


 モノクマの言葉を受けて、チリヌルヲ提督は大げさな動作で探照灯を掲げ、適当なことを言いながら祈るように両手を合わせていた。
 ロッチナはそんな彼に、生き残ったという司波深雪の追撃を打診する。


「……じゃあその匠の仕事を引き継いで、シロクマさんでもいたぶってくるか? チリヌルヲ」
「いやぁ光栄ですね。シロクマさんの白魚のようなお体に劇的ビフォーアフターかっこ意味深できるなんて。
 喜んで僕は受けるけど、他のところにオレが行かなくて大丈夫か?」
「診療所には既に『第十』の連中がいる。クイーンさんたちや他のは出方を待てるし、大丈夫だ。問題ない」
「なるほど、一番いい布陣を頼む。キリッ、だね。了解了解~」


 軽い調子で別室から出てゆく、深海棲艦の帽子を被った彼を見送り、ロッチナは再び、モニターの前で監視作業に戻るのみだった。


【E-4の地下 ヒグマ帝国:艦娘工廠 午後】


【穴持たず677(ロッチナ)@ヒグマ帝国】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:艦娘のために、ヒグマ帝国を乗っ取り、ゆくゆくは秋葉原を巡礼する
0:他のヒグマの間に紛れて潜伏し、反乱から支配を広げ、口減らしをしてゆく。
1:艦隊これくしょんと艦娘の素晴らしさを布教する。
2:邪魔な初期ナンバーのヒグマや実効支配者を、一体一体切り崩してゆく。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※『ヒグマ提督と話していたヒグマ』が彼です。
※ゲームの中の艦娘こそ本物であり、生身の艦娘は非常食だとしか思っていません。


    ★★★★★★★★★★


「ムラクモ提督! 無事最後の生存者を確保しました!!」

 その工廠の前の地底湖湖畔に、第二かんこ連隊の者たちがいた。
 中央にいた、青い体毛にカーキ色の軍服を合わせたヒグマがその声に振り向く。
 ムラクモ提督と呼ばれる彼は、駆逐艦叢雲の持つマストを槍のように携え、歩んでくる隊員たちを笑顔で出迎えた。

「ご苦労。こちらの御嬢さんかな?」
「はい。例の巨大な人間が侵入してきた地点の傍で隠れていたそうです!」

 2名の軍服を着たヒグマに両脇を支えられ連れて来られたのは、震えている幼げなメスのヒグマだった。
 まだ生まれたばかりのようで、あたりを見回しながら、不安と恐怖に押し潰されそうな様子だ。
 ムラクモ提督は彼女の前に屈み込み、優しく撫でてやりながら問いかける。


「……目覚めてすぐ襲撃と停電の連続では、さぞ恐ろしかっただろう。安心しなさい。もう大丈夫だ」
「うっ……、うぅ……、ありがとうございます……」

 血腥く破壊された住居と暗闇の中で暴れ回る浅倉威Jが物心ついて初めて見た光景であるなど、はっきり言ってトラウマものだ。
 ムラクモ提督は、涙を零す彼女に微笑む。


「自分の番号は言えるかな?」
「あ、穴持たず1013です……」
「生き残っているのは本当にキミで最後だな? キミの後に生まれて来た者は居なかったか?」
「い、いないはずです……。私が起きた時は、もう周りは真っ暗でした……」
「そうか。もう怖がることはない。我々艦これ勢が、必ずや守るからな」
「は、はいっ……!」


 力強いムラクモ提督の言葉に、穴持たず1013は表情を明るくした。
 ムラクモ提督はごく自然な動作で、彼女を安心させるかのように抱き寄せる。
 穴持たず1013はそれに身を委ね、そして、二名の唇が重なった。


「ん……、んふっ……!?」


 その次の瞬間、穴持たず1013の鼻腔から、驚愕の吐息が漏れた。
 彼女は眼を見開き、四肢をばたつかせ、声を上げようとした。
 だが、その口はムラクモ提督が塞ぎ、体はきつく抱きしめている。
 そして数秒たつと、彼女は眼を閉じて動かなくなっていた。

 ムラクモ提督は、彼女の心臓を一突きにしていたマストの槍を引き抜き、そこに付着している血液を払って彼女の毛皮を用いて拭った。


「……我々艦これ勢が、キミたちの名誉を、必ずや守ろう。
 そのために、キミはその血肉を供出して我らに捧げ、仏と成っていてくれ給え」


 ムラクモ提督は穴持たず1013の死骸にそれだけ言い残し、死骸を連隊のメンバーに、工廠の中へと運び込ませた。
 滴った穴持たず1013の血液が、地底湖に流れ落ちる。

 探照灯を照らせばわかるだろう。
 既にその地底湖は、大量の血液で真っ赤に染まっている。

 第二かんこ連隊が助け出し、確保した帝国の一般ヒグマたちは、みなこの場で、一気に殺処分されてしまっていたのだ。
 ビスマルクが解体しても解体しても、仕事がまだまだ沢山残っているのは、ひとえにこのことによる。


「いやぁお疲れ様ムラクモ提督……。相変わらずキマッてるね。格好いいよ」
「ありがとうチリヌルヲ。こんな時でも鍛練とはお前も精が出るな」
「夕立提督特製の『骨肉茶(バクテー)』差し入れに来たから」
「それは助かる」

 天井の暗がりから聞こえていた声は、ムラクモ提督の返事を聞いて音もなく地面に降り立つ。
 チリヌルヲ提督が、両手にヒグマの頭蓋骨でできた椀を持って微笑んでいた。
 ムラクモ提督に差し出されるその椀の中には、なみなみと熱い肉スープが注がれている。
 彼はこれを零すことなく、天井を後ろ脚の爪だけで掴み、わざわざ逆さまに歩いてやってきたわけだ。

 ムラクモ提督は、同胞の骨肉から染み出る深い味わいに舌鼓をうった。


「うむ……。旨い。流石は夕立提督のレシピだ。彼女の魅力が増すな」
「そうだね。ビスマルクのバラスト水入りだからね。そのテのオイシさはあるよね」
「ぶっふぅ!?」


 ムラクモ提督は、その衝撃の情報を耳にして思わずスープを吹き出した。
 だばだばと口からスープを吐きながら彼は眼を点にして、笑いを堪えているチリヌルヲ提督に問うた。

「おっ、おまっ……。本当なのかそれは……!? そんなことをしたらビスマルクに不名誉が降りかかるのではないか!?」
「クッ、ククッ……。真面目過ぎでしょムラクモ提督……。嘘に決まってるじゃないのそんなん。
 それとも叢雲ちゃんのバラスト水が飲みたかった?」
「不謹慎なことを言うなッ!!」

 ムラクモ提督は、駆逐艦叢雲の装備であるマストの槍を掲げ、チリヌルヲ提督に力説する。


「我ら第二かんこ連隊は、艦これと艦娘に名誉をもたらすため、邪魔者を殺滅し、己の総力を挙げて武勲を上げ、名誉の戦死を遂げることこそが望み。
 そのためには艦娘の浮世の肉体であろうと殺して差し上げよう。だがその霊魂を不名誉に落とすような行為は慎んでもらうぞ。
 ビスマルクを持て余しているのなら、彼女の名誉のためにもさっさと解体してやれ!」
「あーもう大丈夫だよ。ビスマルクはちゃんと『仕事』してるだけだって。彼女が自分で望んでやってることだから好きにさせたげなよ」
「むう……。それならいいが。まぁ夕立提督に任せておけば、まかり間違っても艦娘の『意に反した無理強い』など起きないだろう」

 納得したムラクモ提督が再びもそもそとスープを食べ始めた中、一気に骨肉茶を飲み干してその骨の椀を砕き食べたチリヌルヲ提督が、踵を返して掌を上げる。


「それじゃ僕ら『第三』はシロクマさんで楽しんでくるから。またね」
「ああ、武運を祈るぞ」

 別れを告げるチリヌルヲ提督に、ムラクモ提督もスープを飲み干して手を振る。
 それを確認してチリヌルヲ提督は、笑いながら彼に呼びかけた。


「あ、あとさっきのバラスト水の件ね。嘘っていうのが嘘だから」
「グッハァ――!?」
「くっはっはっはっは、それじゃあ『第二』のみんなも頑張ってね~」


 胸元を押さえて悶絶するムラクモ提督のリアクションに爆笑しながら、チリヌルヲ提督は暗がりに消えていった。
 慌てて駆け寄った連隊のヒグマたちに支えられながら、ムラクモ提督は叫んだ。


「ま、待てチリヌルヲ!! 一体どっちが真実だッ!?
 ……クソッ、我らも工廠に戻るぞ! 真相と今後の作戦を確かめるッ!!」
「は、はいっ!!」


 第二かんこ連隊と第三かんこ連隊の各人員は、互いに対照的な方向と動静で移動していった。


【E-4の地下 ヒグマ帝国:地底湖 午後】


【ムラクモ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第二かんこ連隊』連隊長(ミリタリーガチ勢)
装備:駆逐艦叢雲の槍型固有兵装(マスト)、軍服、新型高温高圧缶、61cm四連装(酸素)魚雷×n
道具:爆雷設置技術、白兵戦闘技術、自他の名誉
[思考・状況]
基本思考:戦場を支配し、元帥に至る名誉を得るついでにヒグマ帝国を乗っ取る
0:ロッチナの下で名誉のために戦う。
1:名誉のために殺戮し合うことの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間や艦娘を皆平等に殺して差し上げる。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※艦娘と艦隊これくしょんの名誉のためなら、種族や思想や老若男女貴賎を区別せず皆平等に殺そうとしか思っていません。
※『第二かんこ連隊』の残り人員は50名です。


【チリヌルヲ提督@ヒグマ帝国】
状態:『第三かんこ連隊』連隊長(加虐勢)
装備:空母ヲ級の帽子、探照灯、照明弾多数
道具:隠密技術、えげつなさ、心理的優位性の保持
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ帝国を乗っ取る傍ら、密かに可愛い娘たちをいたぶる
0:ロッチナの下で隠れて可愛い子を嬲り、表に出ても嬲る。
1:艦娘や深海棲艦をいたぶって楽しむことの素晴らしさを布教する。
2:邪魔なヒグマや人間も嬲り殺す。
3:暫くの間はモノクマに同調する。
※艦娘や深海棲艦を痛めつけて嬲り殺したいとしか思っていません。
※『第三かんこ連隊』の残り人員は46名です。


※今までに登場していない無名のヒグマは、第二かんこ連隊の手によって皆殺しにされました。
※殺されたヒグマは、ビスマルク及び第一かんこ連隊の面々によって解体・再利用されています。


    ★★★★★★★★★★


『……何やってんだろね、私は』

 ある建物の屋上で、メロン熊がそう呟いた。
 彼女はそのまま、前脚に掴んでいたものを無造作に地面に降ろす。

 降ろされたのは、弓術用の衣服と艤装に身を包んだ、碧髪をツインテールとした少女。瑞鶴だった。
 彼女は自分の身に起きた事態が理解できないようで、瞠目して倒れたまま辺りを見回し始める。

 大和の砲撃が被弾する寸前、彼女はメロン熊のワープによって助け出されていたのだ。


 メロン熊は、戦艦ヒ級に捕食されかけた際、D-5の温泉の横の小さな土産物屋にワープしてきていた。
 その直後、瑞鶴及び戦艦ヒ級の艦載機による戦闘が目の前の温泉で勃発し、メロン熊は『うわまたか、タイミング悪いところに移動してきちゃったな』と思ったわけである。
 風下であるそこで土産物屋のまんじゅうをぱくつきながら、メロン熊は『なに必死こいて戦ってるんだこの娘は。さっさと逃げればいいのに』と思いながら瑞鶴のその戦いを見物していたわけだが、いよいよ戦艦ヒ級が瑞鶴の背後に歩いてきたのを見て『あ、これは喰われるな』と彼女は察した。

 今度は別に助けないでも良かろうと思ったメロン熊であるが、瑞鶴と戦艦ヒ級が、どうやらもともと知り合いだったのに何かしらの行き違いでいがみあっているらしい、ということを彼女たちの会話から察して、メロン熊は自身とくまモンのことを思い出して何となく不憫に思ったわけだ。

 そのため彼女は、とりあえずお互いに頭を冷まさしてやろうかと老婆心を起こして、瑞鶴を連れてワープしてきたのである。


「まぁ何があったか知らないけど、少し落ちついてさ……」


 メロン熊は屋上の端から建物の外を見やりながら、人間の言葉で瑞鶴に呼びかけようとしていた。
 だがその瞬間、彼女の右臀部に、突如鋭い痛みが襲っていた。


「――自爆しろッ!! 今すぐ自爆してこいつを沈めなさいッ!!」
「なっ……、ガッ……!?」


 振り向けば、瑞鶴が鬼気迫った表情で眼を見開き、メロン熊に両手で自分の矢を突きたてていた。
 驚愕するメロン熊の中にさらに深く矢を突き込み、もう一本の矢をうつぼから取り出しながら、瑞鶴は叫ぶ。


「深海棲艦は、沈めぇええぇえぇぇええ――!!」
「――ッッ、おだつんな(ふざけるな)このメンタァッ(メスガキ)!!」


 メロン熊は前脚を振り払い、突き刺さった矢ごと瑞鶴の体を弾き飛ばした。
 瑞鶴は屋上のコンクリートを転がったものの、爛々と眼を光らせたまま弓にその手の矢を番えていく。


「しち、メン、チョウですって――ッ!? 冗談じゃないわ――!!」
「言ってねぇよたくらんけ(バカヤロウ)!!」


 瑞鶴が呻きながらその矢を放った瞬間、メロン熊は捨て台詞を吐いてその場からワープし、逃げ去っていた。
 建物の屋上から、大きく離れた草原に移動し、彼女はすさまじい苛立ちに唸りながら、津波の引いたその地を、その周囲の草や瓦礫に当り散らしつつ歩いていく。

 ガラでもない老婆心を起こしてみれば、その対価に返ってくるのはとんでもない不利益ばかりだった。
 全てそれは、あのヒグマ提督とかいうカスに関連していると思しき者たちからのものだ。

 彼女は怒りを顕わにして唸った。


『ほんっと、ウザいやつばっか!! 軍艦に関わってる輩はキチガイしかいねぇのかよ野垂れ死ね!!』


 ダサくてウザくてわからずやな上に、所構わず喚き散らすような無粋な輩に、守る価値なんてない。
 人間だろうとヒグマだろうと、そんなヤツらに、メロン熊は価値などないと考える。

 この島に戻ってくる時も彼女は、仕事以外の場所でそんなヤツらが突っかかって来るなら、迷わずそのウザったい喚きを止めてやると心に誓っていたのだ。


 もう金輪際、船のような装備を持ってる奴らに関わるのはやめよう。とメロン熊は決心した。
 もしくはさっさと叩き殺すに限る。と、そうも彼女は思った。


【E-7 鷲巣巌に踏みつけられた草原 午後】


【メロン熊@穴持たず】
状態:愚鈍な生物に対しての苛立ち、左大腿にこむら返りの名残り、右臀部に刺創
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる演技を続ける
0:軍艦だのゲームだのにうつつ抜かしてるアホはさっさと死に絶えろ!!
1:やっぱりあのヒグマは最低のカスだった。敵と呼ぶのも烏滸がましい。
2:くまモンが相変わらず、立派過ぎるゆるキャラとして振る舞っていて感動するわ、泣きたいくらいにね。
3:今度くまモンと会った時は、ゆるキャラ失格な分、正しく『悪役』として、彼らの礎になるわ……。
4:なんで私の周りのオスの大半は、あんなに無粋でウザくてイライラさせられるのかしら?
5:メスだから助けるとかそんなもんねーわ。好き勝手したいなら一人でやってろ。
6:ウザいやつに守る価値なんてねぇよ!! キチガイは勝手に死ね!!
[備考]
鷹取迅に開発されたメスとしての悦びは、オスに対しての苛立ちで霧散しました。
※別にメス相手だったら苛立たないかというとそんなことはありません。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」「ヒグマ細胞破壊プログラム」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。


    ★★★★★★★★★★


「――なんで自爆しなかったのッ!! 応答が遅いのよ!! 私は殺されるところだったのよ!?」

 瑞鶴はコンクリートの屋上で身を起こし、艦載機となって戻ってきた自分の矢に向かって激しい叱責を飛ばした。


「あれが戦艦ヒ級をテレポートさせたヤツだったのよ!? 噂の『輸送メ級』とかいうやつに間違いないわ!!
 あんなもの生かしておいたら、いつまた私や提督が狙われるかわかったものじゃないでしょ!?
 なんであんな危険な艦を最初から発見できなかったの!? 戦艦ヒ級発見して鬼の首とったみたいに浮かれてんじゃないわよ!!
 敵艦一つ見ただけで満足し、偵察放棄して本命の大部隊に釣られるとかマヌケにもほどがあるでしょ!? 索敵くらいきちんとしやがれ!!」


 メロン熊の、張り付いたような険しい表情。
 頭部全体を巨大な緑色の球体と、血管のようにひび割れた白い筋で覆っているという、異形。
 これだけ揃えば、あのメロン熊を深海棲艦だと断定する証拠としては、瑞鶴の中では十分だった。

 モノクマから彼女は、雪辱を晴らすべき深海棲艦の情報を、それこそ『大量に』教えられていた。
 地上に出てから次々と、その情報に適合する奴らと出会うため、その情報の信憑性は非常に高いと瑞鶴には考えられる。
 戦艦ヒ級や貴人棲鬼、輸送メ級以外にも、倒さなくてはいけない深海棲艦はこの島に山のように跳梁跋扈しているらしいのだ。

 彼女は恐ろしさに頭を抱え、自分の矢をなじった。


「……何よ。あんたたちがきちんと敵艦隊の全容を見つけて報告してくれば、私はそもそも一人であんな輩と戦おうなんて思わなかったわよ!!
 こんな大敗北を喰らって……。ヒグマ提督からも離されて……。そもそも報告前に無断で戦闘ふっかけんじゃないわよ!!
 ふざけないでよ!! あんたたちが唆したんでしょうが、私を!!」

 周囲の者には一切の音も聞こえぬその矢からの声に、瑞鶴は眼を怒らせながらギリギリと歯を噛んだ。


「そもそも私は、あんたたちの部下でもなんでも無いのよ……!? 母艦は私。あんたたちはそこに載せてもらってるだけの居候の分際でしょうが!!
 迷惑なのよ『瑞鶴提督』とかいうネーミング!! 私はあんたの存在なんか写真でしか知らんわ自重しろ!!
 ……はぁ? 『瑞鶴ちゃんの体はオレたちの肉だ』ぁ? いい加減にして!!
 わざわざ呼ばれてきてやった側よ私は!? てめぇの都合で建造して、自分から素材になっておいて何なのよその態度は!!
 私だってわざわざあんたたちみたいなマヌケどもの肉で作られたくなんかなかったわよ!!
 何よ偉そうに!! 私に雪辱を晴らさせたいんでしょう!? 矛盾しすぎなのよ!!
 ……敵機見たら視界渡さずとも、せめてセ連送とか。敵艦発見時は即座にタタタタとかアテヨイカヌミユとか。
 攻撃時にはワケフウメルセントスとか。特攻する気ならセタセタセタくらい送って来いよ!! 電信も知らんのか!!
 私に烈風も載せられなかったくせに、小沢っちみたいに誠意を示すことはできないの!?」


 大戦中の瑞鶴には、当時、連合艦隊最後の司令長官だった小沢治三郎中将が、何とか新鋭の戦闘機である『烈風』を載せようと計画し努めていた。
 しかし艦載機の更新は遅れに遅れ、結局マリアナ沖海戦時、彼女に載せられていた戦闘機は零戦のままだった。
 彼女にアウトレンジ戦法の指示を出した人物でもある彼は胃を痛めながら、彼女に対して深く陳謝したし、だからこそ彼女は彼を信頼し、艦娘になっても彼を『小沢っち』と呼ぶほど昵懇の仲になっていたわけである。

 だが同じ状況で、瑞鶴を構成するヒグマたちは、開き直って瑞鶴を責めようとしていた。
 瑞鶴の堪忍袋は緒ごと引き千切れた。


 ――烈風があれば。

 零戦よりも性能のいいその機体があれば、マリアナ沖海戦でも勝っていたかもしれない。
 戦艦ヒ級にも、勝っていたかもしれない。

 そんなことを考えて、瑞鶴は自分の矢を睨みつける。
 山地で戦艦ヒ級を攻め込んだ際につけても、彼らコロポックルヒグマが操縦していたのは零戦だ。
 全力を挙げて討伐せねばいけなかったその場面で零戦なのだから、彼らが戦闘機においてそれ以上の性能の機体になれないことは確定的に明らかだ。
 彼らが偉そうに開き直れる要素は一つもない。


 瑞鶴はそうして矢に、『噛みついた』。


「……よこせ! 寄越しなさい、あんたたちの視界……!! あんたたちの意識……!!
 指揮権はあんたたちじゃなくて、私にあるのよ……!! あんたたちはただの飛び道具……!!
 残るべきなのは、『飛行機』じゃなくて、『艦』よ!!」


 ごりごりごりごり、と、瑞鶴はその話し相手を喰らうかのように、自分の矢を削るように、その矢を何度も奥歯で軋らせる。

 一応彼女の名誉の為に言っておくが、彼女の艦載機も本来は彼女と視界のリンクが出来る。
 一航戦の赤城や加賀だってしているし、彼女の姉の翔鶴だってできるのだから、できないはずがない。
 さらに、艦載機と艦の間で無線通信をすれば、わざわざ母艦まで艦載機が戻ってくる以前に具体的な指示のやり取りは簡単にできるのだ(当然、傍受される危険はあるので暗号通信にすべきかも知れないが)。

 先の戦艦ヒ級との戦いで、彼女が『偵察機が帰ってくるまで戦闘状況を知ることは出来ない』などという、作戦行動として大分頭のおかしい状況に陥らざるを得なかったのは、ひとえに艦載機に搭乗しているコロポックルヒグマどもが、瑞鶴を自分たちの好きなように動かそうと自我を強め、ろくな戦術眼もないまま勝手な行動をしていたからに他ならない。
 『偵察機が帰ってくるまで戦闘状況を知ることは出来ない』のであれば、全機撃墜されても瑞鶴はそのことに気付くこともできずそのまま待ちぼうけを続け、逃げることすらできなくなるわけだ。
 そんな状況でアウトレンジ戦法なんぞ採ったら小沢っちが卒倒してしまう。
 事実、南の街からの戦艦ヒ級の逆襲に際して瑞鶴はこれの所為で撤退のチャンスを逸したので、どう考えてもこの搭乗員のヒグマたちは狂っていたと言えよう。


 瑞鶴は自分の矢の中にあった自分以外の意識を喰らい尽し、千切られて無くなった右耳を押さえて静かに立ち上がる。
 そうして彼女は、自分の記憶に刻まれた、小沢治三郎中将の幕僚への指示を口ずさんだ。


「ミッドウェー海戦で日本がやられたように敵空母の飛行甲板を壊すこと」
「相討ちはいけない、負ける」
「味方の艦を損傷させてはいけない、人命より艦を尊重させる、飛行機は弾丸の代わりと考える」
「ミッドウェーの失敗を繰り返さないように絶対に敵より先に漏らさず敵を発見する、攻撃兵力を割いても索敵する、三段索敵を研究せよ」
「陣形は輪形陣でなければならない」


 一応彼女の名誉の為に言っておくが、瑞鶴が尊敬する小沢っちのアウトレンジ戦法を採用した場合、艦載機の損失は計算に織り込み済みである。
 もともと日本海軍は飛行機搭乗員の生還率が低い。戻って来させる配慮なり助ける配慮なりが、あんまり無い。
 飛行機が残っていようが母艦が沈めば元も子もないので、そのためなら特攻だろうが機体の使い捨てだろうがやってのける。
 そういう思考回路なわけである。

 堕ちた機体と搭乗員を悼むのはいいが、それで機体と搭乗員の命を惜しむようでは本末転倒。
 それが彼女の言う、『アウトレンジ』の内容である。

 そしてそもそも瑞鶴には、よく知りもしないマヌケなヒグマどもの命を惜しむ理由も正当性もどこにもない。
 瑞鶴が好きで死んで肉になったんなら、もう一回瑞鶴のために死んだところで何の問題もないやろと思うだけである。


「私が幸運の空母なんて……。誰が持て囃して一気に人気になったのか知らないけど、そんなことないわ。
 私だってたまにはケガするし、一生懸命やってるだけ。本当の幸運の女神は、翔鶴姉よ……。
 私が負うはずだった損傷を、代わりにずっと、受け続けてくれたんだから……」


 右耳から半凝固した血の塊をべっとりと掬い取り、瑞鶴は右手の指を自分の胸当てに這わせる。
 迷彩塗装に塗りつぶされて消えかけた、『ス』という識別用の文字をなぞり、赤い血文字で、浮き立たせた。

 そしてそのまま、彼女は自身の負う12cm30連装噴進砲に、『シ』という文字を描く。

 翔鶴の轟沈を教訓として配備されたその噴進砲は、今の瑞鶴が唯一、姉の存在を感じられるものだった。


「見守っていて翔鶴姉……。雪辱も、任務も……、私はきっとやり遂げてみせる……」


 そうして佇む瑞鶴の耳に、ふと近くから物音が聞こえた。
 彼女はすぐさま、階下への階段が張り出す建屋の壁の陰に隠れる。
 物音は、その階段の下から聞こえてきたようだった。
 何者かが、階下にいるのだ。

 瑞鶴は掌の血をべろりと舐め取り、壁に隠れたまま矢を取り出して弓に番える。


「……さて、何事も、正しい索敵と状況把握がなきゃ始まらないのよ。
 そうでもなきゃ、大量の深海棲艦相手にアウトレンジなんて保てないわ。
 もう失敗しないからね、小沢っち、翔鶴姉……!!」


 引き絞った手の中の矢からはもう、ウザったくマヌケな口答えは、聞こえなかった。
 ウザったくマヌケなヒグマの肉でできているのは、瑞鶴の体だった。


【C-6 総合病院の屋上 午後】


【瑞鶴改二@艦隊これくしょん】
状態:疲労(大)、小破、左大腿に銃創、右耳を噛み千切られている、右眉に擦過射創、幸運の空母、スカートと下着がびしょびしょ
装備:夜間迷彩塗装、12cm30連装噴進砲
   コロポックルヒグマ&艦載機(彗星、彩雲、零式艦戦52型、他多数)×155
道具:ヒグマ提督の写真、瑞鶴提督の写真、連絡用無線機
[思考・状況]
基本思考:艦これ勢が地上へ進出した時に危険な『多数の』深海棲艦を始末する
0:階下にいるのは何……? そしてそもそも、私はどこに転移させられたの……?
1:危険な深海棲艦が多すぎる……! 十全の索敵をして身を守らないと……!
2:偵察機を放って島内を観測し、ヒグマ提督を見つける
3:ヒグマ提督を捜し出して保護し、帝国へ連れ帰る
4:ヒグマとか知らないわよ。任務はするけど。ただのマヌケの集まりと違うの?
5:クロスレンジでも殴り合ってやるけど、できればアウトレンジで決めたい(願望)。
[備考]
※元第四かんこ連隊の瑞鶴提督と彼の仲間計20匹が色々あって転生した艦むすです。
※ヒグマ住民を10匹解体して造られた搭載機残り155体を装備しています。
 矢を発射する時にコロポックルヒグマが乗る搭載機の種類を任意で変更出来ます。
※艦載機の視界を共有できるようになりました。
※艦載機に搭乗するコロポックルヒグマの自我を押さえ込みました。
※モノクマから、『多数の』深海棲艦の『噂』を吹き込まれてしまっているようです。

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最終更新:2015年04月07日 00:30