大群が、夢魔のように集っている。
 哀楽が、渦のように寄り添っている。
 悔恨が、修羅のように喘いでいる。
 トーチカが、丘の上で震えている。 
 ここではその舞飛ぶ序章たちを、場面ごとに追う。


    《G-7 森 PM16:00頃》


 薄暗がりに沈み始めた森の中を、一頭のヒグマが二足歩行で歩んでいる。
 その前脚の掌にいくつかのクルミを弄んでいる彼は、キムンカムイ教現教主のラマッタクペである。
 デデンネと仲良くなったヒグマたちの元から立ち去っていたその足で、彼は急ぐでもなく、それでいてまっすぐにここへとやってきていた。
 彼が立ち止まったのは、二人の無惨な男の死体が転がっている一角だ。

 そこからは、本来あったはずのもう一つの死体が、なくなっている。
 一度あたりを見回して、ラマッタクペは森の下草の奥に声を投げた。

「そろそろ完成も間近ですか? そのご様子だと」

 返事はない。
 しばらく待ってから、ラマッタクペはもう一度温和な声で呟く。

「……真っ先に来ていたものかと思っていたのですが、わざわざ僕の警戒が解けるまで、時間をずらして来たというわけですか?」
「……違ぇよ。お前は必ず来るだろうと思ってたからな。待ち伏せさせてもらってたんだ」

 周囲の草むらから、その時気配も無く声が上がる。
 そうしてぞろぞろと、ラマッタクペを取り囲むように現れたのは、左右が白黒に塗り分けられた数体の小さなクマのロボット。モノクマであった。
 その挙動にも、ラマッタクペは大した緊張感もなく、合点がいったように頷くだけだ。


「ああ、どうせ真っ先に盗られているだろうと、後回しにしていましたが、やはりそういうことなんですよね。
 もう既にヤセイ(天上を背負うもの)のハヨクペ(冑)は回収済みで、僕だけが目的ですか。これはご丁寧にどうも」
「何がご丁寧だよ。ロボットまで感知できるなんて、どれだけ能力に嘘の報告してたんだか」

 モノクマたちは、キムンカムイ教徒であるヒグマ(ヤセイ)の死骸に、ラマッタクペがいずれ接触してくることを見越して、厄介な追跡能力を持つらしい彼を排除するため、ここに朝から待ち伏せをしていた。
 当然その死体はすでに利用するために回収していた訳だが、ラマッタクペは予想に反して今まで現れず、現れたら現れたで何故か当然の如く待ち伏せを察知している。
 「いやぁ、カニ(金属)の匂いがしたものですからね」などと笑うこのヒグマの底も目的も読めず、モノクマはメモリ基盤の中でイライラと電気信号を募らせた。


「僕ら自身、それほどハヨクペにこだわりがあるわけではありませんし、ヤセイのラマト(魂)も同じ意見のようではありますが」

 周囲を取り囲みじりじりとその輪を狭めてくるモノクマに対し、ラマッタクペはのんびりとした口調で語り掛けながら、地面から一本の木の枝を摘み上げる。

「我々キムンカムイ(山の神)に全く敬意を払わないくせにそれを利用し汚そうとする行いは、看過することはできませんね」
「うぷぷぷぷ! どう看過しないでくれるのかな――ッ!」

 その動作でラマッタクペの視線が逸れた瞬間、モノクマの一体が勢い良く彼に向けて飛び掛かる。
 鋭い爪が彼の首筋を切り裂くかと、そう見えた。


「例えば『イサパキクニ(頭叩き棒)』で」


 しかしラマッタクペはその時、つまんでいた細い木の枝を、飛び掛かってくるモノクマの頭に軽く振り降ろしていた。
 その瞬間、木の枝が触れた鉄板は紙のように圧し折れて、陥没したモノクマは轟音を立てて地面に潰れ、鉄くずと化す。


「畏れ多くもキムンカムイのフリをしたアイヌ、それも己のラマト(魂)すら作り物のアイヌが、我々の上に立つなど、あってはなりません。
 我々キムンカムイは、最も尊いカムイなのですから。あなたの企みも、必ずチタタプ(叩き潰し)にしてくれましょう」

 余裕を崩さぬ悠然とした態度のまま、驚愕するモノクマたちの前にラマッタクペは居直る。
 左掌にいくつかのクルミ、右の爪に木の枝を持っただけの、とても戦うような姿ではないにも関わらず、心理の読めぬ糸目を崩さない彼の佇まいには、得体の知れぬ威圧感があった。
 モノクマには、先程一体何をされたのか全く分かってはいない。
 本当に、このヒグマは魂を感知する以外の能力を持っているのではないか――?
 そう感じさせる攻撃だった。


「――知るかぁ! やっちまえぇ!!」
「『タノタ・フレ・フレ(この砂赤い赤い)』」


 それでもほとんど無防備に見えるラマッタクペに、モノクマたちは一瞬迷った後、一斉に飛び掛かった。
 その瞬間、ラマッタクペが呟くのとほぼ同時に、唐突に衝撃が横殴りに叩き付けられ、モノクマたちは紙屑のように吹き飛ばされた。

「な、何が起きたぁ――!?」
「……ヤセイの所に来たついでに、アイヌさん方の声にも応えさせて頂きます」

 飛びかかるタイミングの遅れた残りのモノクマたちが、理解不能の事態に停止する。
 しぶき雨のように機械の破片が降る中で、狼狽するモノクマの視界にラマッタクペ以外の動くものが映った。
 それは首のない、筋骨隆々とした偉丈夫の体だ。
 未明にヒグマ(ヤセイ)に首を刎ねられ、さらに首輪を爆破され絶命したはずの漢――、男塾塾長・江田島平八
 それがまるで生き返ったかのように、両足ですっくと立ち上がり、明らかな殺気と気迫を放ってモノクマに向け構えをとっている。
 たった今モノクマたちを吹き飛ばし叩き壊したのは、この男の肉体が放った拳圧であった。

「な、にぃぃいぃぃ!?」
「このアイヌの方々も、黒幕のあなたを許さないとおっしゃっていますよ?」

 その事実を理解しさらなる驚愕に震えた直後、残ったモノクマの一体が、後ろから何者かに抱きつかれ、そのまま信じがたい腕力で締めつけられる。

「ハァア、テェン……、ッコオオォォオオォオォオォ……!!」
「なんだこいつらぁぁ!? 死んでるハズだろぉぉ!?」

 それはヒグマ(ヤセイ)に胸を切り裂かれ死んでいた北海道出身のお笑い芸人、吉村崇だった。
 既に死斑の浮いている彼は、濁った目を見開きながら、金属のモノクマのボディを音を立てて歪めていく。
 生前ならば骨肉が耐えきれずに脳がリミッターをかけるほどの力を、死んでいるからこそ彼は発揮しているものらしい。


「ラマトの重さは、ほんのわずかだと言われています。しかし、それを全て力に変えられるならば、例えラマトのほんの一部だとしても、あなたのハヨクペを潰すくらい容易いのですよ」
「ボクハ……、アゲアゲノ……! ダークヒーローニナルンダァァ……!!
 コロシタ、クライデ、ボクノハテンコウヲ、トメラレルトオモウナァァ……!!」
「ぎゃぁあぁぁぁ――!?」

 薄笑いを浮かべたラマッタクペが悠然と高説を垂れる前で、吉村に締め上げられたモノクマが無惨に破裂する。
 その間にも、首のない江田島平八が、慌てふためくモノクマたちを次々と叩き潰してゆく。

「そのアイヌさんの言葉を借りるなら、『……死後硬着って、すげぇ……』、でしょうか。
 ……死後に硬くなったハヨクペを着ると戦いやすいって意味でしょうかね」
「テメェラノオコナイハァァ……、ゼッタイ、メディアニバクロシテヤル……!
 テメェラヲ、ゼンメツサセタアトニナァァ……!!」

 生前舞台に立っていた時のように、吉村は堂々と背筋と胸を張り、引き裂かれた胸から濁った血をこぼしながらも見得を切る。
 彼らの死体は、ラマッタクペの能力によって動かされていた。
 魂とされる何らかのエネルギーの一部を、ラマッタクペは触媒として彼らの死体に還元しているものらしい。


「クソが! せいぜい粋がっとけ! オマエラが何をしたって、もうオマエラは全員この島で死ぬしかないんだよ!!
 もうすぐ18時になる! そうすれば、もう私様を倒せるヤツはいない!!」
「……ソンノヘタプ、エイキチキ(本当にあなたがそんなことをするのなら)」

 残りわずか数体となったモノクマが、逃げまどいながら捨て台詞を吐く。
 散り散りとなって江田島平八の追撃を逃れようとするモノクマたちに向け、ラマッタクペは笑いながら高らかに声を上げる。


「ユクスットゥイェ、チキクシネナ(肉の根を絶やして見せましょう)!!」


 同時に、彼は左前脚に持っていたクルミを上空に放り投げる。

「ネシコポンク、ネシコポナイ、ウウェウヌ、カントコトロ、チョッチャアイケ(胡桃の小弓に胡桃の小矢をつがえ大空を射ると)」

 歌のような韻律を踏んだ文句が唱えられると共に、そのクルミの実は、突風に吹かれたかのように木々の間を縫い、モノクマたちの元へ走る。

「ケナシソカワ、ネシコレラ、スプネレラ、チサナサンケ(山の木原から胡桃の風、つむじ風が吹いてきた)!」

 そしてただのクルミの実は、八方に逃げたモノクマたちを縦横に貫き、旋風のようにラマッタクペの掌に戻っていた。
 一帯にいたモノクマたちは、一機残らず、物言わぬ鉄屑と化した。
 首のない江田島平八は満足げに腕を組み、吉村崇は濁った眼でそれを見届けて、ひとりガッツポーズを作る。


「モウダメダトオモイマシタガ、オカゲデタスカリマシタ……! アリガトウ……!」
「いえいえ。ぜんぜん助けてませんよ? 安心してください。
 もうあなた方のハヨクペは終わっているのですから、お礼を言う必要はありません」
「エ?」

 そして硬い体でぎこちなくお辞儀をしていた吉村崇の死体は、あっけらかんと告げられたラマッタクペの言葉に、呆然と顔を上げた。


「おるおるぅぅぅ!!」
「――ほら、もう終わりを嗅ぎつけている方が」

 森の木々の奥から、得も言われぬ奇声が響いてきたのはその時だった。

「ぱれかいこ!!」
「いのっ! いのっ!」

 丸鋸のように旋回するヒグマの上半身が、茂った森の木々を悉く両断しながら飛来してくる。
 そして地面を走ってきたヒグマの下半身が、まだ原形をとどめているモノクマたちへ槍衾のように大量の注射器を突き込み、一瞬のうちに完膚なきまでに破壊した。
 その様子を脇から見ながら、ラマッタクペは感心したように息をつく。
 江田島平八と吉村崇は、そのわけのわからないヒグマの有り様と奇行を前にして、呆然と立ち尽くすしかなかった。

 そのヒグマは、カーズに体を真一文字に切り裂かれた後、モノクマによって改造されていた者――制裁ヒグマだ。
 彼は切り倒した木を丸太にして、それを執拗にモノクマの残骸に突き込んだ後、『江ノ島盾子の寿陵(生前墓)』と刻む。

「……ろこまいかいわれあはなほう、あああぽんろあ」
「素晴らしいですね制裁さん! ご健在のようで安心しました! 見ないうちにむしろプンキネ・イレ(己の名を守ること)ができた感すらありますね!」

 ラマッタクペは拍手をしていた。
 その瞬間制裁ヒグマは、切り倒していた何本もの丸太を周囲に向けて投げ飛ばす。
 ラマッタクペが身を躱すと、その丸太は、起き上がっていた二人の人間の死体を刺しながら地面に突き倒し、彼らを破壊する。
 その丸太には、『吉村崇の墓』、『江田島平八の墓』と刻まれていた。
 森の奥に飛んでいったものには、『リッド・ハーシェルの墓』、『コロッケの墓』と刻まれていたものらしい。


「ううむ、相変わらず素晴らしいクロマンテ(葬送)……」
「あほんるい!!」

 上下半身を結合させた制裁ヒグマは、その口を大きく開き、猛スピードでラマッタクペに向けて突進する。
 そして次の瞬間、その口からはパイルバンカーのように超高速で丸太が射出され、ラマッタクペの立っていた地面に突き刺さった。


「――ええ、あなたの『あほんるい』には僕も敬意を表しますよ。
 集められた参加者の名簿を、あなたはSTUDYの方々よりも読み込んでいましたものね。
 ハヨクペをそれだけ弄られてもラマトを貫き通すことは、なかなかできることではないでしょう」

 ラマッタクペはその時、撃ち出された丸太を躱して、制裁ヒグマの届かぬ中空に浮遊していた。
 せせら笑うようなその姿に、制裁ヒグマは怒り狂ったように叫びを上げる。


「ほおくいかひまい!!」
「それは無理ですね制裁さん。あなたもキムンカムイなら、ご自身でその目標に到達してみてください」
「えけあほろおほあ!! ああああああぽんろあぁぁぁぁ!!」
「僕以外にもあなたと通じるカムイはいますよ。きっとこの真実の街角に、あなたも出会えるでしょう」

 意味の分からぬ言葉を理解しているかのように、朗らかに返事を返してラマッタクペは空中を歩いてゆく。
 その背中を追うようにして、上下半身に分離した制裁ヒグマは、かつ飛び、かつ走り、猛り狂った叫びを上げていた。


「あかはい! ろおかひ! おるおるぅぅぅぅ!! はあっはあぁぁぁぁぁ!!」


    《B-5 温泉 PM16:00頃》


 同じころ、島の西の温泉地のほとりで、その南側の縁を辿るようにして東へ進む少女とヒグマがいた。
 オレンジ色のワンピースを纏った艦娘、那珂ちゃんと、その隣にひっそりと黒い影のように寄り添い歩くゆるキャラ、くまモンである。
 足早に水上と岸辺を進みながら、二人はスティック羊羹やブロッククッキーを頬張ってはそれを交互に水で流し込み、遅い昼食を済ませていた。
 シュールな絵面だが、貴重な物資を手早く摂取して行動しなければならない理由が二人にはある。

 そしてくまモンのデイパックに食べ終わった包みを押し込むと、温泉水の上をスケートのように滑りながら、那珂ちゃんは自分の髪飾りをアピールした。

「うん、オッケーだよ! それじゃあ、くまモンさん、よく聞いててね~!」
 ――わかったモン。

 何やら示し合わせて眼を閉じると、その那珂ちゃんの口からは、彼女のものでない声が響いてくる。

『軽巡那珂、こちらは御坂美琴。軽巡那珂、こちらは御坂美琴。ちゃんと聞こえてる? どうぞ』
 ――よく聞こえてるモン。
「了解、御坂美琴。こちらは軽巡那珂ちゃんだよ。音声明朗、感度ばっちりだよ~。どうぞ」
『了解、軽巡那珂。えー……、電波状態、レポートは今のところ双方59かな。
 即席の針金で作った割には、我ながら上出来だわ……。じゃ、探索よろしくね。どうぞ』
「はーい、了解だよ~」


 自分の口から響いてくる別の少女の声と会話をして、那珂ちゃんは満足げに微笑んだ。
 声の主は、常盤台の超電磁砲の異名をとる『電撃使い(エレクトロマスター)』にして『HHH(ヒグマ島希望放送)』の代表――御坂美琴だ。
 那珂ちゃんは、御坂美琴の能力の波長に合わせアンテナの形に折り曲げられた針金を、ヘアピンとして髪に差している。
 いわば『御坂式13号対空電探改』。
 今の御坂美琴の能力でも、調整したそのアンテナであれば、僅かな電力でロスなく通信を行うことができた。
 ヒグマ島希望放送の八木・宇田アンテナから送信された美琴たちの言葉を、那珂ちゃんはそれで受信し、自分の口をスピーカー代わりにして喋っていることになる。
 彼女とくまモンの二人は、島の西端の放送局で重傷を負った体を休ませている美琴や、その看病と警護に携わっている者たちに替わり、探索行に乗り出しているのだ。

 いや、正確には二人だけでもない。


「……おい御坂美琴。こちらは呉キリカ。便利なのはいいけどさ。
 お前もボロボロなのに、たかが通信のために残り少ない体力を消耗することはなかったんじゃないのか?」


 唐突に、那珂ちゃんの口調は更に別の少女のものに変わった。
 水上を滑る立ち振る舞いや顔つきも凛々しくなったその人格は、魔法少女の呉キリカだ。
 那珂ちゃんの中指に嵌るソウルジェムの指輪に魂だけの状態でいる彼女は、自分の体が再生できない間、那珂ちゃんの中に乗船しており、時々操舵権をもらって表に出てくるようになっている。


「あ、キリカ先生、高級技官殿のこと心配してるんだ?
 ――そういうわけでもないけど、あいつに倒れられると、探索の意味も作戦も、私達の命もなにもかも、風の前の海のもずくだろ?」
『大丈夫よ……、初春さんたちが来てくれてだいぶ助かってるから……』
『私もクックロビンさんも、天津風さんもいるからね、キリカちゃん!!』
「だってよキリカ先生? ――うーん……、のぞみがそう言うならいいんだけどさぁ」

 放送局からの通信には、さらに別の少女――、夢原のぞみの明るい声音が混ざった。
 ひとりで何人もの声色の会話を行なっている那珂ちゃんと共に歩きながら、くまモンは、自分たちの探索行の重要性を今一度再認識する。


 ――とりあえずは、先を急ぐモン。
「そうだね~。こちらは軽巡那珂。じゃあこのまま『3人』で、遠征行ってきまーす!
 ……こちらは呉キリカ。私が戻るまでくれぐれも気を付けてくれよのぞみ。どうぞ」
『了解、キリカちゃん。キリカちゃんたちも気を付けて!』
『……相田さんを改造した黒幕――、江ノ島だか屋久島だかが襲ってくる可能性は高いわ。そっちも、くれぐれも気を付けて。どうぞ』
「了解。ありがとー!!」


 彼らが目指す先はC-6エリアの総合病院、そしてD-6エリアの擬似メルトダウナー工場である。


    《A-5 滝の近く(『HHH:ヒグマ島希望放送』) PM16:00頃》


「……那珂も言ってたけど、そんな怪我なんだからあなた……、時々は休むのよ?」
「天津風さんの方がよっぽど大怪我じゃない……」

 当の御坂美琴はその時、元々野球場の放送席だった一角で、椅子で作られた急拵えのベッドに、脂汗を浮かべたまま横たわっていた。
 周りで彼女を心配そうに見守るのは、銀髪の艦娘――天津風と、抜き身のフルーレを携えた少女、夢原のぞみ――もとい、彼女の臨戦態勢の姿であるキュアドリームだ。
 キュアドリームがもう残り少ないペットボトルのスポーツドリンクを口元に差し出すと、美琴は息をついてそれを飲み干した。

 モノクマの津波を凌ぎ、逃げ延びて来た天津風と初春を助けた後、ヒグマ島希望放送の面々はあわただしく情報交換や互いの手当てに勤しんでいだ。
 演算能力も体力も酷使し続けている御坂美琴はそのまま倒れてしまい、夢原のぞみを主体に手当てが行われている間、クックロビンやくまモンが破壊されたロボットの調査に乗り出し、初春や天津風は艦娘として話の通じる那珂ちゃんや同乗している呉キリカと話し合い、首輪を外してもらい、その間にシャワーを浴びた。
 そうして方針が決まった今、早速彼女たちは動き出している。

 下半身を吹き飛ばされる重傷を負っているはずの天津風は、椅子の上に腹ばいになって湯上りの髪を梳かしながら平然と手を打ち振っていた。


「私はまだこんなんじゃ沈まないんだから。ヒグマ製は伊達じゃないわ。夢原さんに止血もしてもらったし」
「そうだけど、それで一週間は生きられるって本当なの、天津風ちゃん……?」
「史実通りよ。流石に血と汗と臓物臭いのは嫌だったから、お風呂借りられて良かったけど」

 夢原のぞみの心配に対して、天津風の言葉は飄々としていた。
 腰から下が全部砲弾で吹き飛ばされ腸がはみ出ている傷など、痛々しいというレベルを超えて即死していておかしくないのに、だ。

 天津風は温泉水の出るシャワールームで体と服を洗いさっぱりした後、アスレチックのロッカーに大量にしまわれていたシャツを端切れにして傷口を縛り、今はゴシックロリータのワンピースに着替えている。
 御坂美琴と揃いの、布束砥信デザインの衣装だ。
 これならば千切れ飛んでいる下半身もスカートで隠せるため、一見した人に与える衝撃は少なくすむだろう。
 そこに至るまでの過程には、脚のない少女がクリスタルフルーレで腸骨動脈や大腸の断端を焼いてもらいシャワーで自分の腹膜を洗うという、何かのホラーにしか思えない光景があったため、その状態を間近で見てしまったのぞみのショックは相当に大きかった。
 キュアドリームの姿となって心を落ち着けているとはいえ、心配と警戒は尽きない。


「……私も、まだまだ休んじゃいられないわ。例え廃人になったとしても、初春さんや佐天さんたちを連れ戻せるまでは、気合入れとかないと……」
「って、美琴ちゃんは横になってないとダメだよ! 電話繋げとくのだけでも大変でしょ」
「気合も根性も有限の燃料よ。なんでもない時に空ぶかしはやめなさい」
「あうっ」

 天津風の異様な耐久につられて朦朧としたまま身を起こそうとした美琴の肩を、キュアドリームと天津風が両側から押し戻す。
 そのまま脇に添い寝しながら天津風は、風邪の子供を看病するかのように美琴をさすって落ち着かせている。

 その様子を隣に見ながら、キュアドリームは今一度、放送席のミキシングコンソール脇に置かれている、初春飾利の持ち込んだパソコンの画面を覗く。
 そこには初春を始め、佐天涙子、皇魁といった参加者たちが纏め上げた『行動方針メモ』や、モノクマの行動記録映像などが映し出されている。


「でも確かに、飾利ちゃんの持ってきてくれたパソコン、すごいよね! これがあれば、絶対になんとかなるなる!!」
「確かに、あの女はゲームの中の私達みたいな、ただの情報の集合体だったから。
 初春さんみたいな暗号術に長けた技官は、あの女の天敵でしょう。狙われていた理由にも合点がいったわ」

 初春飾利及び天津風の話と、彼女たちの持って来たパソコンにより、ヒグマ島希望放送の面々はようやくはっきりと脱出への具体案を見出すことができた。
 この島の戦いを裏で操っている者の名は、江ノ島盾子。先だって初春たちを追い、この場にも殺到してきたモノクマというロボットを操作している少女だ。
 建造されてからヒグマ提督と共に江ノ島盾子に接触していた天津風の観察によれば、その少女はまず間違いなく、コンピュータ内に作られたプログラムにすぎない。
 この少女とその尖兵を討ち果たし、参加者をこの場に集わせ、海上の安全を確保して海食洞のクルーザーにて脱出するのが、今後の作戦の概要だ。

 その鍵となるのが、一流のハッカーでもある初春がパソコン上で作成していた『対江ノ島盾子用駆除プログラム』だ。
 このプログラムを放送と一緒に島中に流してしまえば、それだけで、アルターエゴというデータの集合体である江ノ島盾子は消滅する。
 そしてその放送ができる電力が手に入りさえすれば、参加者を集めることもでき、その中のSTUDY関係者やヒグマに、海上を封鎖するミズクマを鎮静化させてもらえば、脱出への手筈は全て整う。

 この状況でくまモン、那珂ちゃん、呉キリカが探索に乗り出しているのは、その御坂美琴の能力を補う電力を確保するためだった。
 病院ならば備えているだろう自家発電装置、また医療機器や擬似メルトダウナーに備え付けられている各種バッテリーを確保しておけば、防災無線の周波数を使って島内に隈なくここからの放送を届けることが可能になる。

 この場に残存していた擬似メルトダウナーのバッテリーの蓄電は、モノクマの大群を退けるために使い果たしてしまっているため、御坂美琴の能力は大きくパワーダウンしているままだ。
 キュアドリームが、彼女の最大武装と言っても良いクリスタルフルーレを具現化させたまま抜き身で持っているのも、美琴の代わりにこの放送局を防衛するための警戒を怠らぬためである。


「御坂さん! お食事作ってきました! 皆さんも、少しでも補給してください!」


 その時、半地下の放送室へ、勢いよく元気な声が入ってくる。
 大きな花々の髪飾りと、風紀委員の腕章をつけているその少女は、シャワーから上がった後、ヒグマ島希望放送で戦っていた面々に料理を作っていた初春飾利だ。
 初春自身や天津風は既に百貨店で昼食をすませているので、これは主に、負傷が大きく体力の消耗が激しい美琴やのぞみのための分だ。

 そこには白黒の洒落たボウルに、湯気のあがるお粥が盛られている。
 ツナやキャベツの淡い彩りが添えられ、ほどよい酸味や旨味の香気が、食べる前から美琴やキュアドリームたちの鼻腔を刺激した。


「うわぁ、すごいすごい飾利ちゃん! まさかこの島であったかいご飯が食べられるなんて! 美味しそう~!!」
「といっても、レトルトのお粥を温泉水で湯煎して、『定温保存』しながら缶詰のツナとザワークラウトで味を調えただけですが……。豚汁缶も温めてきたので、お腹に余裕があれば開けます」
「十分すごすぎるよ! キリカちゃんたちにも食べさせてあげたかったなぁ~」
『こっちはいいよ、のぞみ。羊羹もらったから。どうぞ』
「あ、そう? じゃあ、いただきまーす」

 マイクの前の会話は、通信を繋げたままの那珂ちゃんのもとにも届いている。
 スピーカーから返ってきた言葉に、キュアドリームは満面の笑顔で、放送席のデスクに置かれたお粥のボウルへ手を合わせる。
 おそろいの白黒の金属でできたスプーンを手にして、彼女は天津風の方に顔をやった。


「天津風ちゃんは? もしかして、食べられない……?」
「あはは、今の私が腸動かしたら、スカートの下から汚物が漏れることになるもの。
 気にしないでいいわよ。私はちゃんとお昼に食べて来てるから」

 天津風は平然と言うが、ある種の尊厳に関わる壮絶なその光景をリアルに想像できてしまうキュアドリームは、食欲を大きく殺がれる。

「気にしないでって、また難しいことを……。天津風ちゃん、飲まず食わずで一週間いるつもり?」
「いや、一週間もいるつもりないけど?」
「え……、それって……」
「あー……、えっとねぇ……」

 そして続く質疑で、天津風はしくじった。
 キュアドリームの眼が見開かれ、天津風は応答に窮する。
 助け船を出したのは、美琴の傍に跪いた初春飾利だった。


「……今日中にでも、無事にみんなを、送り届けるんですよね。
 それで、御坂さんたちにも、きちんと治療を受けてもらうんですよね?」
「ああ、そうね。初春さんの言う通り。すぐに決着をつけるから」
「そっかあ! そうだよね、良かった! すぐにお医者さんに診てもらえば、美琴ちゃんも天津風ちゃんも大丈夫だよね!」

 キュアドリームは、途端に表情を明るくして手を打ち合わせ、安心して自分のお粥に口をつけ始める。
 天津風は初春と顔を見合わせた後、詰めていた息をひっそりと吐き出した。
 初めから、天津風はこの島の戦いで生き残るつもりはない。
 自分の生命は、この島の人間を無事に送り届けられればお役御免だと考えている。
 百貨店でそのことを語られている初春は、彼女の心境を察して視線を俯かせるが、それ以上何も言いはしない。
 夢原のぞみは、こちらが眩しくなるほど純粋で優しすぎた。
 そんな少女に無用な心配をこれ以上かけるのは、天津風としても初春としても避けたいことだった。

 初春に支えられて半坐位に身を起こした美琴は、その時、差し出されたお粥の器とスプーンをしげしげと眺めていた。

「この器とかって、もしかして……」
「はい、さっきのロボットの鋼板です。クックロビンさんが切り出してくれたのが、思いのほかデザイン的におしゃれだったので、作ってもらいました。ちゃんと洗ってますよ?」

 外のシャワールームで調理しながら初春は、野球場周辺に散乱する幾万とも知れぬモノクマの残骸を片付けているクックロビンのことも手伝っていた。
 差し出される器に一口ずつゆっくりと匙を入れながら、美琴はぼんやりと笑う。


「そう……、ありがとう……。本当に、初春さんが助かって良かった……」
「あと、御坂さんには生搾りのジュースです。酵素が摂れます。
 百貨店にならメロンもあったんですけどね……。折角の北海道ですけど、これしか持ち出せてなくて」

 初春は片手でお粥を差し出したまま、美琴が飲み終わっていたスポーツドリンクのペットボトルを山刀で半分に切ってコップにすると、そこでリンゴをひとつ取り出してくる。

「えい」
「ふぁ!?」

 そして直後、初春は美琴の目の前でリンゴを片手で握り潰した。
 パッチールから攻防能力をバトンタッチされた彼女の握力は今、90キロ以上ある。
 一瞬にしてひしゃげ、ペットボトルの底に果汁を滴らせるリンゴの様子に、のぞみも天津風も一様に振り向いて呆然と眼を見開く。
 ほとんど一滴の無駄も無く絞り尽されたリンゴのかすを脇に置いて、初春はなみなみと溜った澄んだリンゴジュースを、瞠目する美琴に差し出した。

「はい、私の手絞りですけど。『定温保存』しているので、まだ程よく冷えてるはずです」

 美琴はそれに恐る恐る口をつけて、次の瞬間、そのジュースの美味しさに目を輝かせる。
 体が欲しているような味だった。
 受け取って一気に飲み干してから、ようやく息をつく。

「……強くなったわね、初春さん」
「そんなことありませんよ。鼻折れてますし」

 鼻血止めにこよりを詰めている鼻先をさすり、初春は呟く。

「強くなったのは、佐天さんです。……きっと大丈夫だと、信じてますが」
「……安否を知るためにも、自家発電装置や蓄電池は病院か工場で是非とも確保しておかなきゃね」

 百貨店での激戦を思い返し、初春と天津風は言葉を詰めた。
 初春と天津風は、辛くも生き延びられたあの百貨店での戦いや、その場にいた者たちの情報なども、当然美琴たちに伝えている。
 しかしそれでも、彼女たちが屋上から転落してからのウィルソン・フィリップス上院議員、皇魁、島風、天龍、佐天涙子、そして大和やヒグマ提督の安否はわかっていない。
 放送と通信網を広げて、一刻も早く安否確認を取れるようにすることは、急務だった。


『……そういやその病院だが、ついさっきまでそっちの方向に魔女の魔力を感じてた。
 もうすぐ着くけど、何か現在進行形でピンチなことになってなきゃいいんだけどな』

 その会話を受けてか、放送室のスピーカーから通信が返ってくる。
 遠征中の那珂ちゃんに乗る、呉キリカからの連絡だ。

「キリカちゃん、それってつまり……!?」

 何やら苦みを帯びたその口調に、キュアドリームが慌てて放送室のマイクに寄る。


『私以外の魔法少女がこの島にはいて、そいつが魔女になって、さらに誰かに倒されたってことだ。
 過去完了で済んでいればまだマシ、ってレベルだね……』
「目下戦闘中だったとしても、無理だけはしないのよ、那珂!
 あなたたちが帰ってくることが、こっちの風を吹かせるには絶対に必要な条件なのだから! どうぞ!」
『わかってるよ! キリカ先生もくまモンさんも、全力で急いでるから! 待ってて! どうぞ!』
「了解したわ。本当、気を付けるのよ」

 天津風が付け加えた言葉に、那珂ちゃん本人が返事をしてくる。
 どうやら向こうも移動速度を上げているようで、呼吸が弾んでいる。
 とりあえず放送局に待機している天津風たちとしては、彼女たちの遠征の結果を待つしかない。


「あー……、ようやく、片し終わったよ。あのロボット……」


 そうして通信を一旦終えたところで、再び放送室の扉が開かれる。
 そこには肩で息をする、疲労した様子のヒグマが立っていた。
 ヒグマ帝国の建築班の一員だった、穴持たず96クロード、もといアイドルオタクのクックロビンである。
 機械油にまみれ、何やら鋼板でできたものを携えている彼に、食事をしていない天津風が一番最初に声をかけた。


「ああ、左官さん、お疲れ様、どうだった?」
「いやぁ、あの白黒のロボットは中の基盤系もバッテリーも全部めちゃくちゃだったよ。電力の足しには、なりそうにないかなぁ……」
「『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』はそういう攻撃だから……。期待はしてなかったけど、残念ね」

 ベッドに横たわり漫然とお粥を口に運んでいた美琴が、溜息と共に呟く。
 擬似メルトダウナーのバッテリーと全能力を振り絞って数多のモノクマを破壊した美琴の『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』とは、高密度に収束したマイクロ波により、相手の回路や内部組織に高熱をもたらし焼き溶かす、無音の砲撃だ。
 モノクマ自体のバッテリーがその攻撃で使用不能になるのは当然の効果であり、電力を少しでも確保したかった美琴たちの足しには、ならないことになる。
 それでも、僅かな可能性を放置していくわけにもいかず、ゆくゆくはアイドルのためになるかもしれないとひたすら仕分け作業に従事してくれていたクックロビンの努力は、十分に一同が感謝して然るべきものだった。
 そこでキュアドリームが粥を頬張りながら、モノクマの鋼板で作られたボウルをにこやかに掲げる。

「でも、外の板は使えたんだよね? この器、とってもおしゃれだよ!」
「ああ、それなら良かった。とりあえず、スクラップと鋼板とに分けて裏に整理しておいたんで、後はよろしく……。もう疲れたわ……」
「ん、ご苦労様。お湯でも浴びてきたら?」

 クックロビンは、のぞみからの褒め言葉にも疲労した表情のままだ。
 もともと初春飾利からの依頼で製作してみた余分なものなので、それで感謝されても、クックロビンは疲れが癒えるほどの元気など出ない。
 その様子を見かねて、美琴がスプーンで彼を放送室の外に促した。
 彼もそれに頷くが、シャワールームに向かう前に、彼は脇に抱えていたものを出しながら半地下に降りてくる。
 彼にとって、初春からの依頼や手伝いが、まるっきり無駄だったわけではない。


「あー、その前に、天津風ちゃん、だっけ?」
「ええ、私に何か用?」

 きょとんとする天津風にクックロビンが手渡したのは、流線型の板の下に車輪のついた、小さな乗りものだった。

「ちょっと端材で作ってみたんだけど、どうかな?」
「これは、『ソリ』?」
「ソリというか、『スケボー』かな。流石にその状態じゃ、動き辛いかなあと思って……。
 何か助けられることがあれば、と……」

 大怪我をした状態で初春を救い届けて来た天津風の姿は、クックロビンに得も言われぬ感情を呼び起こさせていた。
 自分のせいで無惨にも死んでしまったパクやハクたち同僚の姿が、否応なく眼前にチラついたのだ。
 そして死の間際にも、自分をどうにか更生させようとしたコシミズの言葉が、思い出された。

 可哀想だ、というのとは違う。
 申し訳ない、という思いでは足りない。
 むしろその感情は、悔恨にも、熱情にも似ていた。

 下半身を吹き飛ばされてなお平然と、天津風は気丈に奮戦している。
 クックロビンの大好きな星空凛と、そう変わらぬかむしろ年下に見える少女がだ。
 そんないたいけな少女が戦えているのに、自分は何もしないのか――?
 星空凛がこの島で、血と汗にまみれてもがいているのかも知れないのに、自分はそれを無視するのか――?
 そんなことは、できるはずがない。

 その頑張りに追いつきたい。その歩みを支えたい。その姿を応援したい――。
 そんな、アイドルを追っかけている時に似た興奮と切望が、クックロビンにはあった。
 だから彼は、少しでも天津風の助けになるかもしれないと、彼の数少ない取柄であるデザイン性を用いて、彼女に特製のスケートボードを作っていた。

 しかし、そのスケボーを手に取ってじっくりと構造を検分している天津風の真剣な表情に、クックロビンには徐々に不安と自信の無さが込み上げてくる。


「あ、いや、ごめん……、時間と資材の無駄だったかも、また……」
「……良い腕してるじゃない左官さん! これはいい風に乗れそうだわ!」

 そうして彼が呟きながら俯こうとした途端、天津風が快活な笑顔と共に片手で跳ね上がり、彼の肩を力強く叩く。
 そしてもらったばかりのスケボーを携え、彼女は壁からスムーズに車輪を滑らせて、放送室の床へそよ風のように着地する。


「車軸もしっかりしてるし、いいわねこの乗り物。本命の子に送っても喜ばれるんじゃない?」
「え、ほ、本当!? やった! そ、そうなんだよ、本当は凛ちゃんとかが乗るとカッコイイかな、とか思ってさぁ!」
「クックロビンさん、頑張ってましたもんね」

 実のところ、モノクマから切り分けた資材を何かに再利用するというのは、クックロビンが初春から器作りを依頼されてから思いついたアイデアだ。
 ゆくゆくは推しのアイドルに、それが何らかの助け舟となるかもしれない――。
 例えそれだけではならずとも、必ずや助け舟を作れるまで、試行錯誤を繰り返してみる――。
 そんな決心のきっかけになったのが、このスケートボードだ。

 そして、天津風に後押しを受けたその喜びは、クックロビンの疲れを吹き飛ばして、彼の表情や雰囲気から燦然と溢れ出た。

「ええ、カッコイイわよ。あなたクックロビンさんっていうのよね。
 鋼板まだあるなら、折り曲げて銛作ってくれる? 多ければ多いほどいいわ。それで私も戦えるから」
「任せて任せて!! 銛ね!? 魚突く感じでいいよね!? 裏で作っとくから! 何でも言ってね!!」

 そして彼はそのまま、まさに追い風を受けたかのように軽やかに、放送室外へスキップを踏んで駆け出して行く。
 その背中を見送りながら、女性陣はほっこりとした様子で微笑んでいた。
 わかりやすい恋心を抱きながら頑張っている男子の姿というものには、それが異種族であったとしても、どことなく可愛らしさを感じるものなのだろう。


「……そっかそっか、例の星空凛ちゃんっていうのが、クックロビンさんの希望の光だったね」
「提督然り、好きな子がいる男ってのは概してあんな感じよね。すぐわかるわ」
クマーが持ってた写真に、いたからねぇ……」
「そのアイドルさんも、生きて放送に返事をして下さるといいですね……」


 そして彼女たちは微笑んだ後、真剣な表情で目を見交わし、頷き合った。
 こうして遅い昼食を摂っている間にも、どこで誰が戦い傷ついているかわかったものではない。
 進み始めたクックロビンの思いを挫折させないためにも、自分たちの放送は絶対に急がねばならないのだ。
 そう美琴たちが重く再認識した時、彼女が広げている感覚網に、一陣の殺気が紛れ込んでくる。


「……ちょっと待って。何か『天網雅楽(スカイセンサー)』に引っかかったわ……。
 ラジコンみたいな小さな飛行機の……、編隊?」


    《A-6 崖 PM16:00頃》


 その直前、美琴たちのいる『HHH(ヒグマ島希望放送)』からそう離れていない南方の空を、一機の超小型飛行機が急ぎ飛んでいた。
 その飛行機、富嶽に搭乗するパイロットは、眼前に開ける夕暮れの海を確認して、ようやく息をつく。
 薄黄色に傾く大きな太陽に目を細めながらも、まだ彼には、その景色を楽しめるほどの余裕はない。

「……よし。とりあえず島の最西端まで逃げることはできた……」

 彼の名は安室嶺。
 穴持たず56、コロポックルヒグマとも呼称されたことのある、小柄だがれっきとしたヒグマである。
 彼は身を覆う物体を念動力で操る能力を有し、その熟練の技術をフル活用して、ある修羅のような少女の猛攻からなんとか逃げ延びて来たところだった。


「ここからどうする? 一旦地下に戻るべきか、地上で生存しているヒグマを探すか……。
 いや、地下は駄目だな……。シバさんですらあの人間のメスのような艦これ勢に蹂躙されたんだ。
 状況を知らない自分が単独で降りても、生還できる目算が立たない……」

 ここから1キロ程度北上すれば、地下へ通じる海食洞がすぐそこにある。
 しかし、今朝シバと別れて以降、地下のヒグマ帝国の状況は安室嶺の考えもつかぬ変化をしているだろうことは明らかだった。
 本能的にも論理的にも、安室はここで地下に戻ることは危険だと感じている。
 となれば残るは、地上で人間に殺害されていないヒグマを探し出し、仲間となる他に無い。


「……だけど、今いったい何頭のヒグマが生き残ってるんだ?
 なんで放送は死んだ人間しか知らせないでヒグマは教えてくれないんだ……。不公平に過ぎる。
 そもそも地下で放送室が破壊されたらしい以上、今後の情報は期待できない……。
 ならば……、ラマッタクペ先輩か? 頼れる情報は彼くらいしかいないよな……」

 地上で生き残っているヒグマを探すにしても、いったい彼らがどこに潜伏しているのか、安室には知る手段がない。
 穴持たず39ミズクマには海上ならばいつでも連絡が取れるが、地上に進んで来てはくれない以上、選択肢としては論外だ。
 ここで安室の情報源として最も望ましいのは、魂を感じ取る能力があると自称している、キムンカムイ教のラマッタクペだ。
 STUDYが参加者管理の一環としても使おうとしていた彼の生命体追跡能力ならば、今の生存者が誰でどこにいるか、知ることはとても容易い。
 問題は、そのラマッタクペの居場所すら、安室にはわからないということだ。


「……高度を上げて、広範囲を鳥瞰できるようにするか。
 ヒグマ一頭を視認はできなくとも、何か目立った動きや戦闘が勃発しているなら、気づけるかもしれない」

 暫く滞空して彼が出した結論としては、このまま高度を上げつつ低速で移動し、地上の異変を探ろうということだった。
 彼はそうして徐々に、数十メートルだった高度を、2000メートル以上にまで上げてゆく。
 この島は小さな島だ。
 飛行に適した1万メートル付近まで上がってしまうと、島全体がほんのちっぽけな四角にしか見えなくなり、地上の様子を知ることなどとてもできない。

 広さと視認性の兼ね合いを見極めながらギリギリのところで彼が地上を観察したところ、日中から変わっている明らかな異変は確かにいくつかある。

 まず、北の森一帯が赤黒く変色し、枯れ果てている。何かの薬剤が散布されたのかとすら思えるが、見当もつかない。
 そしてその手前で、氷漬けになっていた百貨店が崩れ落ちている。何か大規模な特殊戦闘があったということだ。
 また、ここから東、火山の西の麓にある温泉が、枯渇している。地面が割れて、水が全部地下に流れ落ちているものらしい。
 火山の南側の街では、住宅からいくつか火の手が上がっている。誰かが最近放火したものらしい。
 擬似メルトダウナー工場は、かすかに煙が上がっている。ガス管か何かが壊れたようだが、それでももう既に鎮火しているようであるため、だいぶ時間がたっているのだろう。
 安室が逃げて来た総合病院は、崩れ果てたままだ。あれ以降の大規模な動きは、この高度からでは確認できない。


「くっそぉ……、ヒグマや人間程度のサイズのものは、よっぽど激しく動いてないとわからないなぁ……。
 ヒグマの中じゃ割と眼は良い方なんだけどな……」

 北から南東までざっと観察して、安室嶺は溜息をつく。
 これ以上地上の詳細を知るなら、どうしても高度を落とす必要があるだろう。
 しかしそれだと見える範囲が自ずと狭まるため、ある程度の見当をつけてからでないといけない。
 南に何も無ければ、恐らく戦闘が起こっているのだろう火の手の上がる街に行きたいところだったが、そのためには、折角逃げてきた総合病院の上空をもう一度通過することになる。
 迂回するべきだろうか――。

 と、そう考えながら、安室は富嶽の機首を南に回す。
 その瞬間、機体のレーダーに反応が映った。

「なに……!?」

 それは、機影だった。
 南方から、わらわらと雲霞のように、レーダーの画面に続々と機影の大群が映りこんでくるのだ。
 ハッとして南方の地上を見やれば、島のほぼ南西の端に、何かの木の根に蹂躙されて破壊されていた施設の跡地が見える。

「な、な、なんだあれは……!?」

 そしてその施設は、安室が遠目に見ても分かるほどの猛烈な速度で、解体と再構成が行われているようだった。
 そこから飛び立ってくる小さな飛行機の群れは、自分が今搭乗しているのと同じ、戦略爆撃機『富嶽』である。
 それが指し示す事実は、先だって彼を襲い、総合病院で暴虐の限りを尽くしていた瑞鶴という少女が、その場所を拠点としてしまったということだった。


「――デタラメにもほどがある!! あの人間がもう体勢を立て直して機体を飛ばしてきている!?
 あの拠点の整備速度は何なんだ!? 信じられない……!! この島の人間はバケモノか!!」


 安室は恐怖に震えた。
 なぜならばもう既に、彼は瑞鶴の感知網に引っかかっていることになるからだ。
 安室の乗る富嶽のレーダーに瑞鶴の操る機体が映っているということは、同型機である向こうからも、安室の機体が察知されているということに他ならない。

 案の定すぐに、安室の機体には通信が繋げられてくる。


『――“瑞鶴”』
「何だ……!? この通信は、合言葉か……?」

 敵編隊の富嶽を通して投げられてきた不可解な単語に、安室は息を詰める。
 シチュエーションから考えて、それは間違いなく合言葉だ。
 つまり相手は、同じ富嶽に乗る安室を、不自然とは思いつつも敵だとは認識しきれていない。
 それはつまり、瑞鶴の思考統一が不完全であることを示している。

 思えば、安室が多数の富嶽を落としていたにも関わらず、思考リンクをして中のヒグマを操っているらしき瑞鶴にほとんど影響がないようだった時点で、その不完全さは明らかだ。
 搭乗するヒグマたちも、安室の奇襲にはほとんど反応できないでいた。
 もし完全に瑞鶴の思考が機体の隅々に行きわたっているなら、即座に臨機応変な戦闘ができる分、撃墜された際のショックは瑞鶴本人の精神と肉体にもフィードバックされるだろう。
 意識的にか無意識的にか、瑞鶴はそのフィードバックダメージを避けるために、一機一機の操作精度を落としても、操作する機体の数を水増ししているものらしい。

 それは確かに、安室が付け入れる隙に思えた。
 だがしかし、ここで合言葉に答えられるかどうかとそれとは、完全に別問題だ。


『もう一度聞く。――“瑞鶴”』
「駄目だ。分かるわけがない。これはもう、先手をとるしかない……!!」

 訝しげに二回目を問われた時点で、安室は味方機のフリをする考えを諦めた。
 そして彼は通信に答えることなく、南から近づいてくる富嶽の編隊に、自分から急加速して接近する。
 そのまま編隊の先頭に機銃を叩き込み、撃墜の爆発に紛れて垂直に急上昇する。
 何が起こったかに反応できないでいる編隊のド真ん中をそして、安室は爆弾投下用のハッチを開きながら、ヴァーティカルローリングシザースにて突っ切った。
 垂直降下しながら高速回転する富嶽の腹からは、そのまま遠心力で多数の爆弾が散布され、周辺の機体を悉く爆破せしめ、編隊を一機残らず撃墜する。

 直後、安室の通信には、怒り狂った瑞鶴の声が響いてきた。


『やっぱりあの時の深海棲艦かァァァ!! “瑞鶴”と言われたら“万歳”だろォォォ!!』
「知るかァァァ!! 腰椎の間から飛び出してヘルニアになってしまえ“髄核”ゥゥゥ!!」


 安室はその通信に同じテンションで捨て台詞を吐き、そのまま急旋回して北に逃げた。
 その途端南の拠点からは、再び何十機もの富嶽が編隊をなして飛び上がり、安室を猛追してくる。

 安室の機体は、総合病院からの逃走と、今の曲芸飛行とで、燃料とエンジンに相当な消耗を来していた。
 万全な状態で追ってくる後方の富嶽とは、同型機とはいえ、明らかに速度差ができてしまっている。
 追いつかれるのは時間の問題だった。


「まだ本隊じゃない……! にしても、今この物量だけでも応戦は無理だ……!! 逃げ切れるか……!?」


 安室は全速力でエンジンをふかしながら、焦って周囲を見回す。
 身を託す風は、どちらに吹いているのか?
 見回しても見回しても、ゴールも目的地も見えはしない。

 しかしそれでも彼の魂の構えは、彼の瞳に、その初めからある忘れられた場所を映した。


「――『HIGUMA』だッ!!」


 ハッとして彼は、視界の隅に覗く、僅かな景色の違和感に気づいていた。
 そこは早朝から何者かに破壊されていた運動施設であり、彼が海上で巡視していた時には、既に人気も何もない荒れ果てた廃墟になっていたはずだった。
 しかしヴァーティカルローリングシザースで下がった高度のままよく見てみれば、そこには一点、確かに午前中とは変わっているものがある。


「あのアスレチック……! 廃墟のままみたいだが、違う!
 槍で柵が張られて、改造されてる!! 誰か――、誰かがいるんだ!!」


 そしてその廃墟の上には、何かたなびく端切れがある。
 遠目には風に揺られる、ただの薄汚れたシャツの切れ端だ。
 HIGUMAに残っていた物資か、そこにいた人間の着ていた服が、爆風で吹き飛び引っかかっただけなのかもしれない。

 しかしそれは安室の眼に、間違いなく誰かの存在を示す、『旗』として映った。

 そこにいるのは、人間か? ヒグマか?
 もしこの恐ろしいメスのような人間がそこにもいるのならば、安室嶺には前門の虎後門の狼だ。
 安室が死力を尽くして戦ったとしても、相手を殺せるのか、生き延びられるのかすらわからない。
 それでももう悲しい死を増やさないために、この戦いで安室たちヒグマは負けるわけにいかない。
 そうだ。
 もしそこにいるのが、シバやロスたちオスのようなヒグマならば、安室嶺とはきっと志が通じる。
 思いを理解し、力を合わせて戦い、ヒグマ帝国の思想を叶えることができるだろう。

 それは賭けだった。
 そこに一体何が待ち受けているのか、安室嶺にわかるはずもない。

 それでも彼はそこに一縷ののぞみをかけて、『HHH(ヒグマ島希望放送)』の建物へと、追手を引き連れたまま飛んでいた。


    《C-6 総合病院の近く PM16:15頃》


「これは絶対絶命混迷困惑……。何があったんだこの病院は……?」

 その時、那珂ちゃんの視界を通してあたりを見回していた呉キリカは、率直に驚きを口に出した。
 目の前にそびえていたのは、完全に崩れ落ちた総合病院の瓦礫だった。
 その瓦礫には、なにか複数の異質なロボットの破片を思わせる、金属やプラスチックでできた、巨大な装甲や手足のような部品も散らばっている。
 またそこでは、まだ新しい大量の血液が、いたるところで血だまりをつくっていた。
 想像を絶する激しい戦いがあったのだろうことは、はっきりとわかった。


「さっき感じてた魔女がやったのか……? 死体はどこに……?」
 ――何にしても、これでは、バッテリーなんてとても……。

 ヒグマ島希望放送から急ぎ総合病院まで駆けてきたくまモンと那珂ちゃん、呉キリカの一行は、動くものの何もないその惨状に、たじろぐしかなかった。
 完膚なきまでに破壊されている病院からは、個人の力ではどう見ても機材など持ち出せそうにない。
 その様子を察してか、御坂美琴から、焦ったような疲れたような気だるい声で通信が入ってくる。


『……一体何があったの?』
「病院が完全に崩れ落ちてる。なんか、巨大ロボットか魔女かヒグマか参加者か、よくわからないが大規模な戦闘があったらしい。
 流れてる血の量からして、少なくとも2、3人は死んでる……。でも、なんで誰もいないんだ? 死体すらない……」

 信じがたい光景ではあったが、不自然なことはいくつかあった。
 まず、ここには血痕はあっても死体がない。
 そして、最終的に戦いを制したのだろう、生存者の姿もない。
 キリカは、那珂と一緒に同じ脳味噌で思考を巡らした。

『間に合わなかったのね……』
「とにかく戦いがあったのは確かだが、その魔女を倒した奴は生きてるはずだ。
 魔女の反応が消えたのはついさっきだから。そいつがどこにいったのかわかれば……」
 ――ちょっと匂いをたどってみるモン。
『お願いするわ。バッテリーは工場の方で探してみて』


 ここから推測できるのは、生存者が魔女を倒した後、仲間の死体を回収してどこかに立ち去ったということだ。
 そうして、くまモンが地面に鼻を寄せて生存者の臭いを探ろうとし始めた時だった。
 突然、東の方から巨大な爆音が響きわたる。

『な、何今の音!?』
「――爆発!? 工場の方だ!」

 方角と距離からして、間違いなく、第二目的地であった擬似メルトダウナー工場からであった。
 空振を感じた直後、見上げた空に、もくもくと黒煙が立ち上るのが見えてくる。

 確かにそちらでは、今までもかすかな煙が上がってはいた。
 しかし今度は、それとは違う本格的な爆発だった。
 ガス管の一部ではなく、ガスタンク本体から火の手が上がったと思われる衝撃だった。

 そして唐突に、那珂ちゃんは口から叫び声を溢れさせる。


「『ザ――――――――』!?」
 ――なんだモン!? 今の砂嵐みたいな声は!?


 那珂ちゃんは零れた騒音に自分で驚き、慌てて口を押える。
 突然、ヒグマ島希望放送と繋がっていた通信がノイズまみれになったのだ。


「あ、あれ、高級技官殿? 御坂高級技官殿? 美琴さん?
 あれ? ――なんでつながらないの!?」
 ――爆発のせいで電波が乱れてるのかもしれないモン。とにかく、行くしかないモン!
「そ、そうだね! 生存者が向こうに行ったのかも知れない!」

 まだ新しい血痕の状態や、ソウルジェムの反応の消失時間からして、総合病院の魔女を倒した人物は、そう遠くには行っていないはずだった。
 だとすれば、隣のエリアの工場でそのまま別の戦闘に巻き込まれていたとしてもおかしくはない。
 そう考えて、ふたりは走り出す。
 崩れた総合病院のさらに地下に、その人物が降りているのではないかという考えには、くまモンもキリカも那珂ちゃんも、至らなかった。


    《A-5 滝の近く(『HHH:ヒグマ島希望放送』) PM16:15頃》


 那珂ちゃんたちが総合病院に辿り着く少し前から、ヒグマ島希望放送の内部は騒然としていた。
 御坂美琴が、自分の形作る電波の網に引っかかった謎の飛行機の編隊を、分析していたのだ。

「すっごく小さな、ラジコンみたいな飛行機だわ……。でもすごく精巧だし……、爆弾や銃を積んでる。これもまたすごく小さいヤツだけど」
「それは本当? なら、十中八九、私たち艦娘の使役している艦載機だと思うわ」
「そうなの? 天津風さん、相手方と連絡は取れる?」
「そうね、通信回線を一部拝借していいかしら? 帯域を航空機の移動局に合わせてもらえれば、私から電信を送るわ」
「近距離だから……、なんとか今の電力でもいけるかな……、いいわ。どうぞ」

 美琴の描写を受けて、天津風は味方機であることを期待して、通信をしてみることを提案した。
 初春やのぞみが見守る前で、スケートボードで軽やかにマイクへ近寄った天津風は、送る文面を思案する。

「えーっと……、じゃあ、平文は流石に怪しまれるでしょうから、普通の暗号で」

 そうして少し考えた後、彼女は『安全電信暗号』のコードを用いて、単純な挨拶文を送ることとした。


「『アアヘソ、アイマリ、アアノス(ご挨拶申し上ぐ。証、挨拶せられたい)』」
『なに!? 何なのこの謎の電信は!? あ、今逃げてる機体と深海棲艦の暗号通信ね!?』


 しかし放送席のマイクに向けて天津風が語り掛けた直後、スピーカーからは大音声で、驚きと恐怖に染まった少女の絶叫が放送局中に響き渡った。
 ハウリングにしばし室内の一同は耳を押える。

「――っっ、そ、その声はもしかして瑞鶴?
 昭和19年の暗号なんだけど……。ああ、あなた沈んだのも19年だっけ、ごめんなさい」

 天津風はその声の主を察し、よろよろと体勢を立て直した。
 瑞鶴が沈んだのは1944年で、天津風は1945年だ。沈没した年にできた暗号で送られても馴染みがなかったのかもしれない、と天津風は軽く謝罪する。
 しかしその言葉で、通信先の相手は、さらに驚愕と狼狽を強めた。

『何で私を知ってるのよ――!! やっぱりこの島産の深海棲艦ね!?』

 叫び声の音圧と震動で、横たわる御坂美琴は気持ち悪さに顔を青くしていく。
 耳を自力で塞げない彼女の代わりに、初春が自分の身を省みず必死にそこへ手を当てる。
 予想外の瑞鶴の怒気に、天津風はまごついた。

「な、なに言ってるのかわからないけど、私は天津風よ?」
『天津風!? 天津風があんな謎の言葉を話すわけないわ――!!
 深海棲艦が、通信を傍受されたのに焦って艦娘のフリをしてるんでしょう!!』

 語気に滑った天津風の下からスケートボードが転がり、背後の荷物や棚に衝突してがらがらと音を立てる。
 その正体不明の音によって、通信先の瑞鶴はさらに警戒心を強めたようだった。
 腕だけで放送席に何とか這いあがり、天津風は何とか最後まで彼女を宥めようと、試みてはみた。

「……い、いや、傍受されたも何も私からあなたに送ったんだけど?」
『だまされないわ!! どこにいる!! 深海棲艦は絶対に沈めてやるわ!!』

 全く話を聞かぬ、一方的な殺意の籠ったその叫びに、耐えきれなくなったキュアドリームが通信の回線を落とす。
 それでようやく、暫くのハウリングを残した後、瑞鶴という少女の怨嗟の言葉は鳴りやんだ。
 マイクのスイッチを切り、しばらく息を整えて、結局天津風は、諦めた表情で周囲の一同に声を掛けた。


「うん……、こりゃダメかも。アレだわ初春さん、たぶん大和みたいになってる」
「ええ……、その、瑞鶴さんというのも、アレみたいになってしまったんでしょうね……」
「……大和って、佐天さんたちに襲いかかったっていうその、……アレ?」
「それって、あの誰彼かまわず襲って来た、ランスロットさんみたいなの……?」
「わかりませんけど、たぶんそういうのです」


 瑞鶴の雰囲気は、天津風と初春に、つい先ほど百貨店に襲撃してきた戦艦ヒ級もとい大和の姿を思い出させた。
 百貨店の死闘を話には聞いている美琴とのぞみも、慄然としてその通信先の相手の恐ろしさを思い描く。
 会話を試みるのは諦めるべきだろうと、一瞬にしてその場の誰もが思っていた。


「……ごめん天津風さん。ちょっと那珂さんたちの方も気になるんで、もう回線いい?」
「ええ、何にしても、ここが発見されたら空爆を受ける。この固定局が三角測量で割り出される前に落としましょう!」
「わかった! 私が何とかする!」
「ありがとう夢原さん。相手はほぼ真南。先頭に1機。約100メートル離れて48機が群がってる」


 美琴がそのままぼそぼそと「間に合わなかったのね……」「お願いするわ。バッテリーは工場の方で探してみて」などと呟いている間、キュアドリームがすっくと立ち上がる。
 初春は慌てた。
 果たして夢原のぞみに、それどころか今のこの放送局に、そんな航空機の大群を捌けるだけの武装があるのか、わからない。


「何とかって、どうするんですか!? それに落とせたとしても、相手に場所を知られるんじゃ……!?」
「対空装備のアテがあるの?」
「大丈夫。美琴ちゃん以外にこういうことできるの、今は私だけだから、代わりに頑張るよ」

 言いながら彼女は初春と天津風ににっこりと微笑みかけた。
 そして半地下の窓を開け、身を壁際に寄せたまま、キュアドリームはそこからクリスタルフルーレの剣先をライフルのように構える。
 南の空には、遥か遠くに、かすかに黒い鳥の群れのような小さな点の集まりが飛んでいるようだった。
 眼を眇めてその彼方を、あたかも熟練のスナイパーのようにキュアドリームは狙っていた。


「『プリキュア・スターライトソリューション』……」


 そして夕空と同じ色をした細い光が、彼方の空を密やかに穿つ。
 何か一瞬の煌めきが幾条も空に輝いたかと思った次の瞬間、遠くを飛んでいた飛行機の編隊は次々と地面に落ちてゆく。
 クリスタルフルーレから放たれた、視認困難な熱線の光条が、数多の飛行機を一機残らず撃ち墜としていた。

「す、すごい……」
「マナちゃんを救うためには、このくらいできないと。ちょっと確認に行ってくるね」
「え、ええ……、お願い」

 御坂美琴が、かの常盤台の超電磁砲が、自分の代わりに防衛を頼んでいるのだ。
 屈託なく微笑んで外に出てゆく夢原のぞみの実力の確かさを、初春飾利や天津風は興奮と共に目の当たりにした。


 しかしその時、もはや回線を開いていないはずの瑞鶴からの声が、放送室のスピーカーに響き渡ってくる。

『やっぱり深海棲艦ね――!! こうなったらただじゃおかないわ!!
 こんなちゃちな島の通信網なんて、根こそぎ攪乱してやる――!!』
「な、何今の音!?」

 瑞鶴と美琴が叫んだのは、ほぼ同時だった。


『ザ――――――――』

 そしてその直後、通信からは、ただ粗雑なノイズが聞こえるのみとなってしまう。
 美琴が悔しそうに、無事な右手で放送室の壁を殴った。
 天津風がその耳障りなノイズに顔をしかめながら、スピーカーのボリュームを落とす。

「うわ、すごい電波妨害ね……。欺瞞紙(チャフ)でも撒かれてるのかしら」
「いや……、チャフじゃない。通信妨害(ジャミング)だわ。
 ああもう、なにその電力……! こっちに分けてよそれ!!」
「今の声なに!? どういうことなの!?」

 外に確認に行ったはずのキュアドリームや、作業していたクックロビンまでもが、余りの騒ぎに裏の半地下の窓から顔を覗かせてくる。

 瑞鶴が回線に関係なく、手あたり次第に電波をぶちまけたのだ。
 全周波数帯に氾濫する乱雑な妨害電波は、電力不足の美琴の脳波を容易く押しのけ、通信を阻んでしまっている。


「たった今、那珂さんたちが、工場が爆発したのを目撃したわ! 病院も壊されてた!
 なんでこのタイミングで通信が潰されるかなぁ……!!
 ああぁぁ……もう、後手後手だわ……、くっそぉぉ……!!」

 がりがりと頭を掻きながら、御坂美琴は疲れ切った体で悶絶する。
 そんな友人をさすりつつ、初春が不安な声を漏らす。


「那珂ちゃんとくまモンさんは大丈夫でしょうか……」
「病院が破壊されていたっていうのは……、あの江ノ島盾子の仕業かしら?
 だとすると爆発のあったっていう工場も、電力を欲しがってる私たちの動きを先読みしたっていう可能性が高いわね……」

 滑って行ってしまったスケートボードを回収しつつ、天津風が思案を巡らせる。
 その呟きに、精神も摩耗寸前の美琴が半泣きになりながら弱音を重ねてゆく。

「工場のバッテリーが破壊され切る前に間に合う……? 生存者は助けられるの……?
 それよりもまず、無事に戻ってこられるの……?」

 江ノ島盾子や、正体不明の狂った艦娘に、悉く計画の行く手を阻まれているのだ。
 美琴には主導者としての重圧や、半身不随になりかけるほどの肉体的損傷もあってほとんど限界だ。これで悲観的になるなという方が無理だろう。

「瑞鶴の居場所もさっさと見つけて、沈めなきゃいけないわね……。
 本当に大和みたいになってるんだったら、一切の情けも躊躇も、いけないわ……」

 天津風にも、そんな美琴の弱音を拭い去れるほどの言葉はかけられない。
 ただ彼女は今一度、するべきことを冷徹に整理するのみだ。
 その様子に、窓から覗いていたキュアドリームがキッと顔を引き締める。


「クックロビンさん! 今の聞いてたでしょ? 一緒に来て!!」
「え? 俺!?」
「瑞鶴にこれ以上こちらの情報を与えたくない。私からも頼むわ。念を入れて確認してきて。
 私は上のアンテナから旗を降ろしてくる。安全が確認できるまでは良い的になってしまうもの」

 キュアドリームに連れて行かれようとするクックロビンへ、半地下から天津風も声をかける。
 その返事も聞くか聞かないかのうちに、夢原のぞみはプリキュアとしての力で、まごつくクックロビンを野球場の外へ引っ張ってゆく。


「なんでそんなに急いでるんだよ! もう全部墜としたんだろ!?」
「コクピットは外して撃ったから! もし誰かが乗ってたら、助けなきゃ!」
「ふぁ!? マジかよ……!?」


 クックロビンは自分の耳を疑った。
 この少女は、計49機にのぼる、ラジコンほどの大きさしかない小さな飛行機を、1キロ近く離れた先から、コクピットを外して撃墜したという。
 確かに相手は敵かも知れず、情報を漏らしてはいけないのかも知れないが、それでもその命は救いたい――。
 そんな考えが、夢原のぞみにはあったのだろう。
 クックロビンは彼女の底知れぬ実力と優しさに舌を巻いた。


「というか、アレだろ!? ついさっきの狂った女の子みたいな奴らだろ!? 助けられるわけないじゃん!」
「マナちゃんは絶対に助ける!」

 そして呆れ交じりに反駁した彼の言葉に、キュアドリームは走る足を止めて振り向いた。


「……ランスロットさんを、私は助けることは出来なかった。さっきも、マナちゃんを確かに助けられなかった。
 でも私はまだここにいるし、マナちゃんもきっと生きてる! きっと次は救える!」
「いや、生きてちゃダメだろあんなの!?」
「生きてちゃダメな人なんて、救われちゃダメな人なんて、いない!!」


 真剣に語る彼女の表情は、切実だった。
 常人とは思えない彼女の気迫に、クックロビンはたじろぐ。
 というよりもクックロビンはもはや、この場で出会っている全ての少女が常人とは思えなくなってきている。


「私もみんなもマナちゃんも、ずっと同じじゃないの! 昨日の自分より!
一時間前! 一分前! 一秒前! 生きていればそんな自分より、もっといい自分になれるはずなんだから!!
 あなたもそうでしょう? ねぇ!?」

 気圧すような勢いがありながらも、彼女の言葉はクックロビンの胸に沁みわたってくるようだった。
 それは、その言葉の内容が、クックロビンにとっても実感のあることだったからだ。

 今のクックロビンは、恐らく間違いなく、数時間前の放蕩していた自分とは、違う。
 そして一秒後、一分後、一時間後、明日には、死んでいった同僚や自分の推しメンに顔向けのできるくらい、もっといい自分に変わっていたい。
 そんなのぞみが、彼にはあった。


「……そう、かもな」
「……でしょ?」


 ふたりはそう頷き合って、廃墟の城の南を目指した。


「つぅっ……、何だったんだ今のは……、恐ろしく精確で静かな狙撃……?
 どこから撃たれた? ここの飛行機を纏めて、全部一瞬で撃ち抜くなんて……」

 安室嶺たちの搭乗していた富嶽は、動力部だけを正確に撃ち抜かれ墜落していた。
 咄嗟にパラシュートで脱出できたのは安室嶺だけで、瑞鶴に操られているその他のヒグマたちは瑞鶴本体の反応が間に合わず墜死している。
 そこには数え切れないほどのミニチュアの富嶽とヒグマが潰れ、濁った花畑のような様相を呈していた。

 崖のほとり、東の温泉から流れ出すせせらぎが滝となり音を立てているほど近くに広がった不可解な光景を前にして、安室嶺は呆然と立ち尽くす。

 とにかく助かったことは確かだ。
 しかしこの近くには、その安室嶺たちを纏めて狙っていた狙撃手がいるはず――。
 彼の思考がそこまで辿り着いた時には、既にその人物は、息を弾ませて彼の元に走り寄って来ていた。


「わぁ、ヒグマさんだぁ! ちっちゃなヒグマさんが生き残ってるよ、クックロビンさん!!」
「え、あぁ! シバさんがコロなんとかとか言ってた先輩だ! 確か安室さん!?」

 桃色の長い髪と、ピンク色の鮮やかなドレスを振り立たせ、その少女は生存していた安室嶺に向け、満面の笑みを見せる。
 彼女と、そして呼ばれて後ろから追いついてきたヒグマとに、安室嶺は驚きの声を上げた。


「な――、お前はカーペンターズの……。ヒグマが人間と一緒にいるのか!?」


 屈みこんで微笑んでくるキュアドリームの笑顔と、指差してくるクックロビンの素っ頓狂な顔を交互に見比べて、安室嶺は戸惑った。

 天津風に降ろされていく『HHH(ヒグマ島希望放送)』の旗の中では、ゆるキャラが指を立てて、笑っている。


【A-5 滝の近く(『HIGUMA:中央部の城跡』)/夕方】


【穴持たず56(安室嶺)】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ、行きまーす。
0:ガンダムを食らいヒグマの意志を奪うあのメスのような危険な人間は、排除しなくては……!
1:海上をパトロールし、周辺の空中を通るヒグマと研究員以外の生命体は、全て殺滅する。
2:攻撃を加えてくるようであれば、ヒグマのようであっても敵とみなす。
3:唯ちゃん……、もう君のような死者を出したくはない……!
4:墜としてしまった飛行機乗りのヒグマたちよ、君たちを惑わせたあのメスは、いつか必ず殺してあげるからな……!
5:地下で異変が起こっているのは、ある程度真実のようだな……。
[備考]
※シバから『コロポックルヒグマ』と呼ばれる程の、十数センチほどしかない体長をしています。
※オーバーボディなどの取り巻く物体を念動力で動かす能力を有しています。
※シバから『熟練搭乗員』と呼ばれるほどに、様々な機体の操作に精通しています。
※シバに干渉されていたため、第二回放送前あたりまでのヒグマ帝国の状況は認知しているでしょう。


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
状態:能力低下(小)、ダメージ(中)、疲労(大)、左手掌開放骨折・左肩関節部開放骨折(布で巻いている)
装備:ゴシックロリータの衣装、伊知郎のスマホ、宝具『八木・宇田アンテナ』
道具:ペットボトル、お粥
[思考・状況]
基本思考:友達を救出する
0:もう電力は底をつきかけてるのに……。どうにかしてよ……。
1:よかった……、初春さんを助けられて……。
2:島内放送のジャック、及び生存者の誘導を試みる
3:完全武装の放送局、発足よ……! 絶対にみんなを救い出す……!!
4:佐天さんは無事かな……?
5:相田さん……、今度は躊躇わないわよ。絶対に、『救ってあげる』。
6:黒子……無事でいなさいよね。
7:布束さんも何とかして救出しなきゃ。
[備考]
※超出力のレールガン、大気圏突入、津波内での生存、そこからの脱出で、疲労により演算能力が低下していましたが、かなり回復してきました。
※『超旋磁砲(コイルガン)』、『天網雅楽(スカイセンサー)』、『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』、『山爬美振弾』などの能力運用方法を開発しています。
※『天網雅楽(スカイセンサー)』と『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』の起動には、宝具『八木・宇田アンテナ』と、放送室の機材が必要です。
※『只管楽砲(チューブラ・ヘルツ)』は、美琴が起動した際の電力量と、相手への照射時間によって殺傷力が変動します。数秒分の蓄電では、相手の皮膚表面に激しい熱感を与える程度に留まりますが、『天網雅楽(スカイセンサー)』を発動している状態であっても、数分間の蓄電量を数秒間相手に照射しきれば、生体の細胞・回路の基盤などは破壊しつくされるでしょう。


【夢原のぞみ@Yes! プリキュア5 GoGo!】
状態:ダメージ(中)、疲労(小)、右脚に童子斬りの貫通創・右掌に刺突創・背部に裂傷(布で巻いている)
装備:キュアモ@Yes! プリキュア5 GoGo!
道具:ドライバーセット、キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ、首輪の設計図
基本思考:殺し合いを止めて元の世界に帰る。
0:良かった! パイロットさんが生きてた!
1:みんなに事実を知らせて、集めて、夢中にして、絶対に帰るんだ……! けって~い!
2:参加者の人たちを探して首輪を外し、ヒグマ帝国のことを教えて協力してもらう。
3:ヒグマさんの中にも、いい人たちはいるもん! わかりあえるよ!
4:マナちゃんの心、絶対諦めないよ!!
[備考]
※プリキュアオールスターズDX3 終了後からの参戦です。(New Stageシリーズの出来事も経験しているかもしれません)


【クックロビン(穴持たず96)@穴持たず】
状態:四肢全ての爪を折られている、牙をへし折られている
装備:なし
道具:なし
基本思考:アイドルのファンになる
0:アイドルを応援する。
1:御坂美琴主催の放送局を支援し、その時ついでにできたらシバさん達に状況報告する。
2:凛ちゃんに、面と向かって会えるような自分になった上で、会いたい。
3:クマーさん、コシミズさん、見ていてくれ……。
4:くまモンさんの拷問コワイ。実際コワイ。
[備考]
※穴持たずカーペンターズの最後の一匹です
※B-8に新築されていた、星空凛を題材にしたテーマパーク「星空スタジオ・イン・ヒグマアイランド」は
 バーサーカーから伸びた童子斬りの根によって開園する前に崩壊しました。


【天津風・改(自己改造)@艦隊これくしょん】
状態:下半身轢断(自分の服とガーターベルトで留めている)、キラキラ
装備:連装砲くん、強化型艦本式缶、ゴシックロリータの衣装
道具:百貨店のデイパック(ペットボトル飲料(500ml)×2本、救急セット、タオル、血糊、41cm連装砲×2、九一式徹甲弾、零式水上観測機、MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発、予備弾薬なし))
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を守る
0:風は吹いているわよ。この先にも進めるはずだわ。
1:あなたも狂ったか瑞鶴。しょうがないわ。こういう縁もあるのよね。
2:ヒグマ提督は、きっとこれで、矯正される……。
3:風を吹かせてやるわよ……金剛……。
4:佐天さん、皇さん……、みんなきちんと目的地に辿り着きなさい……!!
5:大和、あんたに一体何が……!? 地下も思った以上にやばくなってそうね……。
6:あの女が初春さんをこれだけ危険視する理由は何だ……?
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦娘です
※生産資材にヒグマを使った為、耐久・装甲・最大消費量(燃費)が大きく向上しているようです。
※史実通り、胴体が半分に捻じ切れたままでも一週間以上は問題なく活動可能です。


【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:鼻軟骨骨折、血塗れ、こうげき6段階上昇、ぼうぎょ6段階上昇
装備:叉鬼山刀『フクロナガサ8寸』、腕章
道具:デイパック(飲料水、地図、洗髪剤、石鹸、タオル)、研究所職員のノートパソコン
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助け、思いを継ぎ、江ノ島盾子を消却し尽した上で会場から脱出する
0:那珂さん、呉さん、くまモンさん、どうかご無事で……!
1:……必ず。こんなひどい戦争は、終わらせてやります。江ノ島盾子さん……!!
2:ヒグマという存在は、私たちと同質のものではないの……?
3:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
4:パッチールさん……、みんな、どうか……。
5:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
6:有冨さん、ご冥福をお祈りいたします。
7:布束さんとどうにか連絡をとりたいなぁ……。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
※ノートパソコンに、『行動方針メモ』、『とあるモノクマの記録映像』、『対江ノ島盾子用駆除プログラム』が保存されています。


    《D-6 擬似メルトダウナー工場 PM16:30頃》


「……火災はお肌が荒れちゃうなぁ……。お肌どころか、高級技官のためのバッテリーも……!」
 ――冗談になってないモン。
「だよなぁ。ふざけてる場合じゃないぞ、那珂……」

 走りながら、くまモンと那珂ちゃんは重苦しい調子で言葉を漏らす。
 崩れた総合病院から擬似メルトダウナー工場に近付いていくごとに、嫌な予感は増してゆく。
 そしてその予感通り、擬似メルトダウナー工場は、目下激しい戦闘が行われていた。

 工場脇の巨大なガスタンク本体から火の手が上がり、既にそれは工場そのものへと延焼を始めている。
 その燃え盛る炎の周りには、ついさっきもヒグマ島希望放送で見かけた機械の残骸が何百何千となく転がっている。
 眼にちらつく白黒のロボット――、モノクマだ。

 そしてそれらは、工場の中で未だに何体となく起動している。
 何者かが、飛び掛かってくるモノクマたちに激しく応戦しているのだ。


「なんなんだテメェらはよぉ!! さっきから次から次に襲い掛かって来やがって!!」
「うぷぷのぷーのぷー! 浅倉クンの快進撃もここまでだよ~ん!」


 火の粉の散る工場内で、逞しい全裸の男が、血塗れになりながら叫んでいる。
 ヒグマとも人間ともつかない毛むくじゃらのその男は、手に持ったアセチレンの茶色いボンベを振り回し、四方から飛び掛かってくるモノクマたちを次々と殴り飛ばしていた。

「イライラさせんじゃねぇぇ――!」

 怒声と共に勢い良く放り投げられたボンベが、モノクマごと燃える壁に激突し爆発を起こす。
 そうしてモノクマの包囲の一角を崩し、業務用巨大ブロアに駆け上がった男は、その巨大な扇風機のスイッチを入れると、はびこるモノクマたちに、別のボンベから更なるアセチレンガスと酸素を噴射していく。
 巨大扇風機から噴射されるガスはたちまち引火して、モノクマたちを炎に包む。
 それはもはや、火炎の旋風を吹き出す竜のようだった。
 優位に立った男は、牙を剥いて高笑いを叫ぶ。


「ハッハッハッハッハァ!! 燃やし尽くしてやるぜぇ!!」
「わー!? 機材が燃えちゃうぅ! やめてぇぇ――!!」
「あん?」
 ――後ろが危ないモン!


 そんな工場内の激闘に割って入ったのが、那珂ちゃんとくまモンだった。
 突然の闖入者に男が戸惑った瞬間、彼の背後から、炎を逃れ潜んでいたモノクマが飛び掛かった。

 ――『天門橋』。
「うおっ!?」

 一足飛びに跳ねたくまモンが、男を突き飛ばしながらモノクマの頭部を叩き割る。
 那珂ちゃんが続けざまに駆け寄りながら、潜んでいたモノクマの残党を蹴り壊してゆく。

 業務用巨大ブロアから転げ落ちた男は、暫くあたりを見回して状況を理解した。
 彼はくまモンたちに助けられたのだ。
 動いているモノクマは、彼らが今叩き壊したので、最後のようだった。
 毛むくじゃらの男は安堵したように息をつく。


「危ねぇ危ねぇ……。いや、マジで良いところに来てくれたな……!」
「よ、良かったぁ……、これ以上火の手も強くならずに済んで……」
 ――よくあの数のロボットを凌げたものだモン。大したものだモン。


 くまモンは男の戦闘力に感嘆し、追いついた那珂ちゃんが笑みをこぼす。
 男は、この工場にやって来た際にモノクマの大群に突然襲われたのだろう。
 そして身の回りのものを咄嗟に使い、工場を破壊しながらもなんとかその猛攻から生き延びていたというわけだ。

 先程の男の手による即席アセチレンバーナーの火炎放射で、モノクマたちは焼け落ちてしまったが、工場自体に燃え移っている部分はまだ少ない。
 これから消火活動をしつつ機材を搬出すれば、どうにか無事なバッテリーも確保できるだろう。


「ありがとよ、助かったぜ。いやぁ、長期戦で流石の俺もへとへとだったからよぉ……」
「どういたしまして! 私は艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!」


 全裸の男は、あちこちの傷から血を流しながらも、歩み寄ってくる那珂ちゃんに気丈に笑顔を見せた。
 那珂ちゃんもそれに応え、アイドルとして爽やかな笑顔を作りながら彼に手を差し伸べる。
 男はだいぶ毛深くて全裸ではあり、正直変質者にも思えて若干気が引けたが、その程度で怖気づいてはアイドルなどできない。

 そうして那珂ちゃんが、職業上の勇気を出して男の手を取ろうとしたその時だった。
 男の声と所作に、呉キリカが突然危機感を覚えた。


「やめろ、近づくな那珂! ――え、なんで?」
「……ちょうど肉が、食いたかったんだ」

 キリカからの制止に那珂ちゃんが意識を逸らした瞬間、男は伸ばしていた手を振りかぶる。
 その手は那珂ちゃんの手を握り返すのではなく、爪を立てて那珂ちゃんの顔面を切り裂こうと振り抜かれていた。

「ぅらあっ!」

 その時、那珂ちゃんの右目に一瞬にして眼帯が生じた。
 バック転の要領で身を翻しながら、那珂ちゃんは迫る男の手を蹴り上げて後方に下がる。
 那珂ちゃんから体の操舵権を即座に奪ったキリカが、魔法少女として変身していたのだ。


「――ってぇな女ぁ……。何処かで会ったか?」
「……ちびクマはどこやったんだよ、お前」

 那珂ちゃんの衣装が、オレンジ色のドレスから漆黒の燕尾服に変わる。
 両手に生じた長い爪を揃え、軽巡洋艦那珂に搭乗した呉キリカが、目の前の男に向けて身構える。
 男の声質、戦い方、動き、見間違うはずがない。

 浅倉と呼ばれていたこの男は今朝、彼女と夢原のぞみが、津波が襲う直前まで戦い続けていた者だった。
 男がこんな異様な姿でここに単独でいるということは、恐らくあの場にいたリラックマや、機械化した喋るヒグマは、生きているまい。
 キリカは、悔しげに歯噛みした。
 互いに大きく姿形が変わっていたが、それで男もようやく、目の前の少女の正体に合点がいく。


「ハッハァ、テメェか女ぁ! 見ねえうちにだいぶ変わったな! 整形でもしたか?」
「整形してんのはキミの方だろ。より一層ブサイクになったみたいだけどな」

 互いに重ねる挑発に、浅倉威はフッと鼻を鳴らす。


「……俺は整形はしてねぇ。ただ――、殖えてただけだ」


 その時、火の粉と煙が立ち上る工場の奥から、ぞろぞろとやってくる人影があった。
 それらは、みな一様に筋骨隆々とした毛むくじゃらの肉体を誇示し、破壊したモノクマを手に手に弄びながら笑っている。


「やぁっと上の階の奴らが片付いたぜぇ! 一階はどうだったよ?」
「お、どうしたどうした?」
「肉が来てるじゃねぇか! 流石に機械は齧り飽きてたとこだったんだよ~!」


 那珂ちゃんもキリカもくまモンも、絶句した。
 炎から現れ出た十数人もの男たちは――、その全てが浅倉威だった。


【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ 島中の機体が破壊された】


【――『冠毛種子の大群(恩讐)』に続く】

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最終更新:2017年04月23日 15:31