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「観柳さん……、それで、どうするんですか?」

 夜の温泉施設、ちらつき始めた雪を見上げながら、操真晴人の声がかかる。
 武田観柳は、放送で流れた生存者の位置を、地図上に書き込もうとした作業の途中で止まっている。
 スピーカーに返した口調では出来る限り平静を装っていたが、彼の内心は全く穏やかではない。
 放送で伝えられた訃報は、彼の予想外の損失を表すものだったからだ。

「まず……、火山の宮本さんたちのところに行きますか? もう終わっているかもしれませんが、通り道の草原で戦闘が起こっているみたいですし」
「はぁ……、義弟さんまで死んだのかよ……! ったくよぉ!!」

 地図の上から湯縁の石を叩き、観柳は歯噛みした。
 その様子を見て、操真晴人もしびれを切らす。

「思うように行かなくて苛立つのはわかりますけど、こんなんじゃ何も進みませんよ!」
「わかってんだよんなこたぁ! あの小娘を取り逃がした奴に言われなくても!!」
「いいかげんにしろ!」

 晴人は観柳の襟首を掴んで持ち上げ、自分に向きなおらせた。

「俺も観柳さんも全力でやった結果だ! 今更責任を押し付け合って何になる!
 今は早く、生存者たちで黒幕の商売敵を倒すための算段を立てる必要があるんだろ! なあ大商人さん!
 俺は最後の希望だ! 観柳さんのこんな姿は見過ごしてられねえんだよ!」
「……!」

 この島に来て晴人がみせた一番の怒喝に、観柳は面食らった。
 今までずっと冷静で朗らかだった人物からぶつけられた熱量に、観柳は大きく息をした。

「……すみません。心を乱していました。なにぶん、死ぬのは初めてだったもので」
「大体の人はそうだよ。仕方がない。ただ、ここから取り戻していける希望を、忘れないようにしましょう」

 武田観柳は、初めて自分の肉体的な死を経験してしまったのだ。
 恐怖が全身を支配し、それがやり場のない怒りとして表れてしまった。
 もしも魔法少女になっていなかったならば、瑞鶴に殺された武田観柳の商人人生はあそこで終わってしまっていたのだろう。
 だが、今は違うのだ。
 そう認識を改め、新たに商売の戦略を練っていく必要がある。
 人心地を取り戻した観柳は、自分を諫めてくれた晴人に深く礼をし、荷物をまとめる。

「阿紫花さんにも、謝りましょう」
「そうですね……。本当に、時間をかけすぎました。
 あと、すみません操真さん。今後の商売戦略と、あと、私の自戒として、こちらを持っていてください」

 移動を促す晴人に、観柳は自分の胸元のブローチの裏から、何かを外して手渡した。

「これは……!」
「操真さん。あなたは『最後の希望』なんですよね。ぜひ預かっていてください。
 私はもはや、この肉体ですら商品なのだと自覚できましたから。回転式機関砲と同様にね」

 観柳から受け取ったものをまじまじと見つめ、その覚悟を理解した操真晴人は、静かに頷いた。

「……わかった、観柳さん。俺はあなたの希望だ。そしてあなたは、この島の人たち全員の希望だ!」


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 阿紫花英良は、温泉施設の外でグリモルディのキャタピラに腰掛けながら、ちらつく雪と月を眺めて煙草をくゆらせていた。
 そして彼は、歩み寄ってきた人影に気づき、重い腰を上げる。

「阿紫花さん……」
「ああ、すみません観柳の兄さん。先ほどまでの不手際はまっぴらご容赦くだせぇ。
 なにぶんアタシは鈍くさいもので。どうか契約の終わるまで使い潰してくだされば幸いです」
「いえ、先ほどは私も取り乱してまして、本当に申し訳ない……!」
「雇い主にそんな態度取らせた時点で被用者としては失格でさぁ。とにかくさっさと行きましょうぜ」

 気まずそうに声をかけた観柳に対し、阿紫花は目も合わせずお辞儀をする。
 そしてグリモルディをデイパックへ仕舞い、歩き出そうとする。
 その様子に、大商人の武田観柳は、否応なく察した。
 ――彼はもう、魔力がほとんど残っていないのだ。
 機動力の高い懸糸傀儡を持っていながら、それを操作せずに徒歩を選ぶというのは、もうそれだけの余剰魔力も無いことを意味している。
 そしてその理由はおおよそ、先ほどの武田観柳自身の蘇生および、その後のやり取りでの消耗によるのだろうこともわかってしまう。
 観柳はそれ以上、かける言葉に窮した。

『朗報だよカンリュウ。先ほどの放送で戦闘していたという杏子とマミ、ほむらは全員生き残ってくれている。
 すぐ北の草原に急いで行った方が良いんじゃないかな?』

 魔法少女からの放送を聴いて周辺の偵察に行っていたキュゥべえがそこに合流し、一行は気まずい雰囲気のまま、自然と北に足を向ける。
 露天風呂の一角から、フォックス、ケレプノエ、隻眼2を迎えても、その気まずさは続いていた。
 それよりもむしろ、なぜか別種の気まずさがフォックスから漂ってきているのがなお気になる状況だった。

『……シャオジーさん、フォックスさんに何かあったんですか?』
『……詳しくわかりませんけど、フォックスさんはめちゃくちゃ恥ずかしがってますね。
 僕が見に行ったときは、もうあの様子でした』

 申し訳なさで阿紫花に目を合わせられない観柳。
 全てがどうでもよくなった様子で無気力の阿紫花。
 ただ純粋に仲間と触れ合えていることにうきうきと上機嫌のケレプノエ。
 彼女の手を引きながら、顔を覆って歯噛みし続けているフォックス。

 前を行く彼らを後ろから見ながら、晴人と隻眼2はひっそりとテレパシーで会話する。

『とりあえず、俺とシャオジーさん、あとキュゥべえさん以外はみんな気が動転しまくってる。
 こういう時が一番危ないんだ。何かあった時はヒグマとしても頼むよ』
『……はい。ヒグマとして、怪しい匂いなんかには注意します……!』

 自分自身が必要とされていることを、隻眼2は改めて自覚し、気を引き締めた。
 その時、後ろに近寄ってきたフォックスが、憮然とした表情になってケレプノエを隻眼2の前に突き出していた。

「おい、シャオジー。ケレプノエをどう思う?」
『え!? え!? いきなり何ですかフォックスさん!?』
「お前の目から見てもカワイイか、こいつは」

 戸惑う隻眼2に、フォックスはなおも問う。
 ぽやんとした様子で首を傾げるアイヌ衣装の少女の奥に、元の小柄なヒグマの姿を思い浮かべ、隻眼2はおずおずと頷いた。

「なら、何かあった時はこいつのことを頼むぞシャオジー。何も無くとも、最終的にな」
「フォックスさまー? フォックスさまはどうなさるのですかー?」
「……俺はいつまでもお前みたいなガキと一緒にいれねぇんだよ。ヒグマはヒグマ同士仲良くしな」

 見上げるケレプノエに、フォックスは一瞬、悲しそうな、寂しそうな表情を見せた。
 そして優しく、彼女の頭を撫でた。
 まるで親戚の娘をいつくしむかのようなその姿に、操真晴人は察した。

「……フォックスさん! まさか!」
「おい操真。俺は死ぬぞ。一番俺が必要とされてる時に、テメェらを守って死んでやる」

 焦って走り寄った操真晴人を、フォックスはさらに引き寄せて耳打ちする。

「阿紫花にも聞いた。もう魔力が無いんだろ。おめぇも無理して肩代わりし続けないで良い。俺を使い捨てろ」
「聞いたんですか……!?」

 阿紫花英良の魔力は、第三回放送寸前の武田観柳との諍いによる精神的消耗もあり、魔女化寸前にまで枯渇していた。
 彼の魔力で木偶(デク)化しているフォックスを操っているのは、今は阿紫花から管理を委託された操真晴人だった。
 言い淀んでいたその事実を既にフォックスが知っていることに、晴人は驚きを隠せなかった。
 フォックスの纏う薄い衣服の下には、いつのまにか、彼のデイパックの中に入っていたダイナマイトがいくつも装備されていた。

「俺はもう覚悟が決まった……。どうせもう李徴に殺されてるし。世紀末で人も殺しすぎた。
 今更俺が青春漫画みてぇに人を好きになることなんて許されねぇんだ。あ、そもそもヒトですらねえか、はは……」
「それって、ケレプノエさんのことを好きになっちゃったってことですか……?」
「ああん!? なんだよオメェもカワイイと思うだろあいつのことをよォ!!」
「いやそれは思います! 思いますから!」

 落としていたはずの声量も張り上げて晴人につかみかかったフォックスは、泣いていた。
 晴人は、この見るからに悪人面の丈夫が、今まで見せたことのないほど真剣なまなざしで訴えるその涙に、並々ならぬ想いと決意を感じた。
 どれだけ葛藤したのだろう。
 彼だって生きたかったはずだ。脱出したかったはずだ。
 あわよくば木偶から人間にもどり、その後の人生を生きたいとも思っていたはずだ。
 好きになった人は、ヒグマだった。少女でもあった。
 あまりにも無垢な少女に、自分の全ての愚かさを鏡映しで浴びせられた彼の中に産まれた感情は、一体どのようなものだったのか――。
 それは操真晴人には、推し量るにあまりあるものだった。

「おーい、兄さん方、何してるんですかい、行きますぜ」

 先行する阿紫花たちの呼びかけに応えて、フォックスたちも今一度歩みだす。
 E-7の草原は、薄っすらと雪をたたえて、荒漠だった。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


『入れ違ったようだ。すまない、テレパシーも届かなくなっている。先ほど通信妨害していた少女が、もう復帰してきたみたいだね』
「たぶんあの放送があった施設を目指しているんでしょうね……」

 E-7の草原には、見まわして確認できる範囲では、もう誰も残っていなかった。
 戦闘で誰が亡くなったのかはわからないが、死体も回収されているようで見つからなかった。
 キュゥべえと操真晴人が周辺をマシンウィンガーで一回りしてきても、その結論は変わらなかった。
 状況は刻一刻と変化している。
 ここで戦闘していた魔法少女たちは移動してしまっていたし、艦艇の力を持った南西の凶悪な少女も復活してきているらしい。
 武田観柳が、いよいよ耐えかねて阿紫花英良に呼び掛けた。

「阿紫花さん、ぐりぃふしぃどを使った方がいいのでは……」
「キュゥべえさん、そのグリーフシードは、あと何回使えるんでしたっけ?」
『もう、次に使ったら魔女が出てくるだろう。本当はすぐにも回収したいくらいだ』
「でしょう。ですから、今無用な危険に巻き込まれるのはやめた方が良いわけです。兄さん。こんな簡単な計算もできなくなりやしたか?」

 武田観柳の言葉には、後ろめたさが滲み続けていた。
 それに返す阿紫花英良は、嫌味と無気力さを隠そうともしない。

「阿紫花さん! 約束したでしょう! あなたは必ず帰り、弟さんに私のことを伝えるんです!!」
「ええ、ですから、兄さんがアタシにそうさせてくだせぇ。あんなヤケの八つ当たりなんかせずにね」

 的確に刺してくる阿紫花の言葉に、観柳は悲痛な表情で引き下がるしかない。
 ただ操真晴人には、阿紫花が武田観柳に対して、今できる精一杯の激励を送っているのだろうことが察せた。

 ――元締めが手駒の安否など気にするな。使うならきちんと最大効率で使い切れ。

 そう言っているのだ。
 フォックスに阿紫花が語っていたというように、彼自身はもう人間として島外に脱出することを諦めている。
 残る島内の危機を切り抜けるに際し、『自身の魔女化』という絶望すら希望の切り札に変える算段なのだ。
 その際に、得体の知れない魔女がグリーフシードから出てくるよりは、自分が魔女となった方が多少なりとも理性が残るだろうと勘案しての、あまりにも合理性だけを突き詰めた判断。
 それは彼が裏稼業の人間だからだろうか?
 それとも人生に嫌気が差したからだろうか?

 いや、恐らく彼は、そんな絶望すら『面白そう』だと思っているのだ。
 退屈な日常よりも、よほど刺激的で煌めいた仕事――。
 そんな垂涎の命令を、この大商人から与えられることを、楽しみにすらしているのだ。

 阿紫花の心情に対する考察を胸に、操真晴人は、膠着する空気を晴らすために声を上げた。

「ここにいた魔法少女たちも探知できないなら、先に例の放送していた場所に行ってみますか?
 宮本さんたちも気になるけど、とりあえず、場所がA-5とはっきりわかってるのはそこくらいしかないし。
 結局放送聞いてる全員がそこを目指すでしょう」

 晴人がそう提案する。
 異を唱える者はいなかった。
 一番近いと思われた場所の面々にも合流できなかった以上、むやみに生存者を探すよりも、放送で周知された地点に向かうのが最も合理的と考えられたからだ。
 晴人の作れる魔法陣のサイズでは一人づつの移動になるため、まず安全に移動するための座標の確定をすべく、晴人はコネクトウィザードリングで魔法陣をいじり、準備にとりかかった。

「……すみません操真さん。お気遣いばかりさせてしまって……」
「いえ、大丈夫です。それより観柳さんも堂々としていてください。
 英良さんも別に怒っている訳じゃなくて、観柳さんを励ましてるだけですアレは。みんな観柳さんに期待してるんですよ」
「ええ……? そうなんですか……?」

 座標の微調整をする晴人とひそひそと話をして、観柳は首を傾げる。
 阿紫花は、いよいよ最後になったタバコに惜しげもなく火をつけ、紙箱をくしゃくしゃと握りつぶす。

 そんな一行の中で、ふと隻眼2とケレプノエが、何か得体の知れない寒気に身を竦ませた。
 気温のせいではない。
 言いようもない怖気が、突如彼らの感覚に降って湧いたのだ。
 フォックスがその様子に気づき、声をかける。

「シャオジー? ケレプノエ?」
『な、何かが来る! とんでもなくまずい者が』

 その瞬間、キュゥべえが全員に焦ってテレパシーを投げかけた。

『なぜボクがこの位置まで気づけなかった!? こんな魔力を!』

 彼に似つかわしくない正真正銘の狼狽が、その場の面々に事態の異常さを認識させる。

『カンリュウ! ハルト! 早くここから逃げた方がいい。魔女よりもおぞましい何かが、こちらに向かってくる!』

 北の市街地に向けて、威嚇するかのように尻尾を振り立てて身構えるキュゥべえの視線の先に、全員が目を向けた。

 それは、少女の人影だった。
 雪のちらつく北海道の夜には、あまりにも寒々しい、着崩した制服とミニスカートの出で立ちだった。
 薄いピンクゴールドの巨大なツインテールの髪形は、一見すればあまりにも目立つはずだった。
 身を隠しているわけでもない。
 遮蔽物も何もない月明かりの草原で、ヒグマの感覚にもキュゥべえの探知にも引っかからずに百メートル近くの距離まで人間が歩いてくるなど、本来あり得ないことだった。

 その少女は、得体の知れない威圧感を全身から漂わせているにも拘らず、一瞬でも目を離せば、すぐにでも見失ってしまいそうな不自然な存在感をしていた。

「なんだ、バニラ(無能力)のヒグマじゃん。絶望的にハズレだなぁ。
 ラマッタクペの死体でも残ってれば面白かったのに」

 その少女は場違いな朗らかさで、草原の一行に声をかける。
 そして、一行の面子を見やり、ケレプノエの姿に目を止めると、ニタリと残酷な笑みを浮かべた。

「ああ、あんた毒出すヒグマだっけ。今更毒ごときつまんないけど、バニラよかマシかな」
「死ィッ!!」

 いち早く反応したのは、阿紫花英良だった。
 今まで出し惜しみしていた魔力の糸を全力で展開し、取り出したグリモルディを全速力で少女に突っ込ませた。
 キャタピラで確実に轢き殺す――。
 少女の見た目に対してはあまりにもやりすぎかと思えるようなその攻撃手段をとっても、阿紫花英良の額には冷や汗しか浮かんでいなかった。
 ――この攻撃で、その少女を斃せる想像がつかない。

「なぁに、ご挨拶もナシぃ? それはちょっとあまりにも失礼じゃなぁい?」

 高速で突進してくる懸糸傀儡を前にしても、その少女――江ノ島盾子は、全く動じなかった。
 ただ、懐から一枚の折りたたんだ紙を取り出して、グリモルディに向ける。
 それだけだった。

「ま、こっちも遠慮なくヤるから別に良いけど」

 グリモルディが、江ノ島盾子の掲げる紙に触れる。
 ぱふん、と、彼女はその紙を両手で合わせる。
 なぜかそれだけの動きで、突進していたグリモルディは、江ノ島盾子の持つ紙の中に折りたたまれてしまった。

「は――?」

 阿紫花を含めたその場の全員が、理解不能の事態に硬直する。
 江ノ島盾子がそのままビリビリと紙を破くと、中からはボロボロに砕かれたグリモルディの破片が溢れて地に落ちた。
 紙吹雪のようにその紙片を草原に撒き散らし、江ノ島盾子は歯をむき出しにして残酷な笑みを浮かべた。


「さあ、この島でもヒグマ万博の盛大な開催と行こうじゃない! 開会式と同時に閉会式だけどね!!」


 誰もがその異様な光景に動きを止める中、フォックスが後ろ手で、デイパックをケレプノエに押し付けた。

「おい、シャオジー、ケレプノエ。狙いはお前らだ。逃げろ」

 動けずにいる隻眼2とケレプノエを、さらに追い立てるようにフォックスは声を荒げた。

「シャオジー!! さっさとケレプノエを連れて逃げろ!! こいつはヤバい!!」


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


―――その時の様子を、ヒグマは後にこう語る―――

 その少女は、僕たちヒグマを狙っていたんです。
 キュゥべえさんの探知にも、僕の感覚にも引っかからなかった彼女の危険性は、言われずとも明らかでした。
 まるで穴持たず12、ステルスさんのような――。

 一瞬で察しました。
 ああ、この女性こそが、あのモノクマという機械を操り、李徴さんたちを絶望させ、武田観柳さんの商売敵として立ちふさがっていた全ての黒幕。
 この島の全ての騒動の元凶なのだと――!

「しぇあっ!!」
「南斗爆殺拳!!」

 阿紫花さんが、デイパックからもう一体の傀儡人形を出しながら、苦し紛れにそれの持つ鎖付きベアトラップを放り投げました。
 フォックスさんも、身にまとっていたダイナマイトの一本にカマの火花で火をつけ、投げつけます。

 彼女はそれらを紙に挟むことすらなく、まるで一流の野球選手かなにかのように、それらを投げ返し打ち返してしまいました。
 阿紫花さんは腹をベアトラップに抉られ、フォックスさんは顔面をダイナマイトで爆砕され、吹き飛びました。

「英良さん! フォックスさん!!」

 操真晴人さんが、銃を乱射しますが、その弾丸は少女の体に届く前に、爪を振り払うだけで、切り裂かれた空間に消えてしまいます。

「しゃらくせぇ。カスの分際で私様にたてつくんじゃないわよ」

 少女は、気だるげに舌打ちして、腕を突き出すだけでした。

「風殺金剛拳」

 ただそれだけの動作で、一帯に突風が吹き荒れ、紙くずのように彼と武田さんを吹き飛ばしていました。

 僕が見ていたのは、そこまでです。
 もうそれ以上、僕に戦いを見届ける余裕はありませんでした。
 ただ、その『絶望』の具現化のような存在から逃げようと、ケレプノエさんと、フォックスさんから託された荷物だけをくわえ抱え、全力で走り続けていました。

「フォックスさま! フォックスさま――!!」

 ケレプノエさんの悲痛な叫びも、どうすることもできませんでした。


【F-7 廃墟/夜】


【隻眼2】
状態:隻眼
装備:テレパシーブローチ
道具:なし
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:あの女が、全ての元凶だ……!
1:どうにかケレプノエさんと逃げ延びる。
2:合流できるとしたら、李徴さんたちしかいない……!?
3:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
4:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
5:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
[備考]
※全ての元凶の女(江ノ島盾子)、キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫、白黒のロボット(モノクマ)、メルセレラ、目の前に襲い掛かってきている獣人(浅倉威)が、用心相手に入っています。


【ケレプノエ(穴持たず57)】
状態:魔法少女化、健康
装備:『ケレプノエ・ヌプル(触れた者を捻じる霊力)』のソウルジェム、アイヌ風の魔法少女衣装
道具:テレパシーブローチ、杉村タイゾー伊藤芳一の基本支給品、基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)、マリナーラピッツァ(Sサイズ)、詳細地図
基本思考:皆様をお助けしたいのですー。
0:フォックス様! フォックス様……!!
1:皆様にお触りできるようになりましたー! 観柳様、キュゥべえ様、ありがとうございますー!
2:ラマッタクペ様たちは、なぜこのような悲しいことばかりなさるのですか?
3:ヒグマン様は何をおっしゃっていたのでしょうかー?
4:お手伝いすることは他にありますかー?
5:メルセレラ様、どうしてケレプノエに会って下さらないのでしょう……?
[備考]
※全身の細胞から猛毒のアルカロイドを分泌する能力を持っています。
※島内に充満する地脈の魔力を吸収することで、その濃度は体外の液体に容易に溶け出すまでになっています。
※自分の能力の危険性について気が付きました。
※魔法少女になりました。
※願いは『毒を自分で管理できること』です。
※固有武器・魔法は後続の方にお任せします。最低限、テクンペ(手甲)に自分の毒を吸収することはできます。
※ソウルジェムは紫色の円形。レクトゥンペ(チョーカー)の金具になっています。
※その他、モウル(肌着)、アットゥシ(樹皮衣)などを身に着けています。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』、『鮭狩り』、『クマカン!』、『手品師の心臓』、『Round ZERO』の内容と、
 布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 彼らは知る由もなかった。
 この江ノ島盾子の肉体は、この島で死んだ多数のHIGUMAたちの細胞で形作られていた。
 ステルスヒグマ、エニグマのヒグマ、ヒグマイッチ、穴持たずではないヒグマ(プニキ)、ヤセイ、羅漢樋熊拳伝承獣――。
 モノクマが拾い集めた多数のヒグマの能力を、彼女は駆使できるようになっていたのだ。

 草原に倒れる生存者たちに追撃しようと歩み寄る江ノ島盾子へ、その時すり寄る影があった。

『やあやあ、素晴らしい力だね、エノシマジュンコ!』

 彼女の足もとにまとわりつき、じゃれついて歩みを邪魔しようとするその小動物は、キュゥべえだった。
 彼は江ノ島の進行方向をふさぎ、満面の笑みを見せる。
 江ノ島盾子は、うざったそうに顔を苦らせた。

『どうだい。魔法少女になれば、その力はさらに高められるよ! ボクと契約して、魔法少女になってよ!』
「その手は桑名の焼きハマグリ」
『きゅっぷい』

 彼女はキュゥべえを即座にハチの巣にしていた。
 その右手は二つに割れ、中から小さな拳銃が覗いている。
 硝煙をくゆらすその体内拳銃は、深夜に阿紫花英良と武田観柳を追っていた自動羆人形(オートヒグマータ)から奪った能力であった。

「オマエらインキュベーターごときのチンケなシステムに私様の魂を捕えようったってそうはいかねぇんだよ。残念だったな」

 穴だらけのチーズのようになった小動物の肉体を、丹念に踏みつぶしながら、江ノ島盾子はそう吐き捨てる。
 キュゥべえは、その分体の存在をかき消しながら、最後にかすかなテレパシーを投げた。

『……多少、時間稼ぎには……なったかい?』
「クソアマがぁぁぁ!!」

 吹き飛ばされていた武田観柳がひそかに、江ノ島盾子を左後方の死角から、金の村田銃で狙撃していたのだった。
 重い金の一撃を受けた江ノ島盾子のこめかみから血が噴き出す。
 体勢を崩した彼女は、数歩よろよろとたたらを踏む。

「……ってぇなクソ野郎!!」

 だが、観柳の射撃も、江ノ島盾子の肉体にはわずかな傷をつけたのみだった。
 純粋なヒグマとしての身体能力でも随一の、死熊の情報を基準に作られた江ノ島盾子は、単なる耐久性一つとっても、島内のヒグマの中で最上位クラスであった。
 踏みとどまった彼女の拳銃が、膝立ちする観柳の胸のブローチを撃ち抜く。

「ガハッ――」
「多少の魔力を得たくらいで調子乗ってんじゃねえよ時代遅れの小悪党風情が。
 オマエラじゃとてもヒグマには勝てないんだよ。バカは死ななきゃ直らないのかね」

 江ノ島盾子はそう吐き捨てて、指先の銃口をフッと吹き払った。
 だがその瞬間、油断した彼女の足元から、拾圓券の帯が這い上がる。
 武田観柳の魔法が、なぜかまだ生き残って彼女を拘束していたのだ。

「なんで生きてんだ――! オマエラは、そのソウルジェムを破壊すれば死ぬはずだろ!!」
「商売敵に稼ぎのタネを教える奴なんざいねぇよ!」

 武田観柳は、狼狽する江ノ島盾子に向けて、胸に穴を開けたまま不敵な笑みと共に起き上がる。
 彼のソウルジェムは、金貨の形をしたブローチとして、彼の胸に留まっていた。
 そして確かに、江ノ島盾子は彼のブローチを撃ち抜いたし、今もそのブローチは破壊されている。
 だが、江ノ島の気づかなかった策がそこにはあった。
 観柳はずっとソウルジェムの防御のために、ブローチの上から金貨を一枚重ねていた。
 そのため、表から見えるのはただの金貨であり、その下にソウルジェムがあるかどうかは確認できない。

 武田観柳は、自分のソウルジェムをブローチから抜き出し、それを操真晴人に預けていた。
 それは、観柳が自身に科した戒めであり贖罪だった。
 第三者に自分の魂を預け、生殺与奪の権を握らせるなど、本来あり得ないことだった。
 だが、それだけの覚悟と信頼をもって、武田観柳は操真晴人に、自分の審判を任せた。
 そこに操真晴人は、強い希望を見出したのだ。
 吹き飛ばされていた晴人が、身を起こしながら叫ぶ。

「今だ、フォックスさぁん!!」

 操真晴人の叫びと同時に、頭のないフォックスの死体が、ひとりでに跳ね上がっていた。
 拾圓券に足を取られる江ノ島盾子の首にカマを喰い込ませ、その四肢に、後方からがっちりと絡みつく。
 ――跳刀地背拳。
 それは操真晴人の操作だったのか。それとも彼の執念か、最後の魂の輝きか。
 いずれにしても、死角と意表を突くことに特化した彼の技術は、最高のタイミングで最大の効果を発揮した。

「なにぃぃぃぃ!?」

 絡みついた状態で死後硬直したフォックスの体は、HIGUMA化している江ノ島盾子の膂力でも容易に振りほどけない。
 そして、彼の体に染みついたケレプノエの猛毒――トリカブト毒が、江ノ島の全身を痺れさせ、呼吸困難に陥れる。
 動けぬ江ノ島盾子を武田観柳が狙うのは、容易だった。

「ありがとうございます……。あなた方は、私の最高の商品です!!」

 金の村田銃の一撃が、フォックスの纏う大量のダイナマイトに着弾し、江ノ島盾子を大きな爆炎に包んだ。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 草原の只中で上がる火柱に、拾圓券の灰が舞い上がる。
 フォックスと共にこの島の黒幕を葬送したはずの炎を見上げ、観柳は胸の銃創を押さえて立ち上がった。

「阿紫花さん……、さあ、今度こそ早くぐりぃふしぃどを使ってください。黒幕を倒した以上、もう多少の危険なんて目じゃありません……。
 早く魔力と、肉体を回復しましょう……!!」

 腹を抉られた重傷で動けずにいる阿紫花へ、観柳は自らも血を吐きながら、村田銃を杖によろよろと歩み寄る。
 観柳の方に身を起こそうとした阿紫花の目に、その時、火柱の中で動く影が映った。

「鳳凰天駆」
「兄さん、危ない!!」

 阿紫花の操るプルチネルラが、観柳を突き飛ばし、その時飛来した何者かを受け止めていた。
 ぶすぶすと、プルチネルラを構成する木材が焼けていく。
 火柱の中から、炎を纏って突撃してきたのは、無傷の江ノ島盾子だった。

「私様は、炎も喰えるんだよ~ん! うぷぷぷ、強化してくれてありがとね~!!」

 江ノ島盾子は、リッド・ハーシェルの炎を喰らい、炎を纏えるようになった火グマの能力すら身に着けていた。
 爆炎の熱はトリカブトの毒を分解し、江ノ島盾子に火グマとしての力をも扱えるようにしてしまっただけだった。

「緋凰絶炎衝!」

 江ノ島盾子を抑え込もうとするプルチネルラも、そのまま火勢を強めた彼女の更なる踏み込みで、火炎と共に粉砕されていた。
 倒れ伏す、残り3人生存者たちの前で、江ノ島盾子は高く嗤う。

「キャッハッハッハァ――!! 絶望したかァ!? 私様の強さによぉ~!!」
「……絶望絶望言ってくれやすがね。絶望の淵でこそ生まれる希望ってのもあるでしょうよ」

 哄笑する彼女の体にその時、薄紫の細い糸が幾重にも絡みつく。
 腹部から内臓をこぼしながら、阿紫花英良が、残る全ての魔力を使って彼女を拘束していた。

「ちっ――!?」
「アタシの絶望が、兄さん方の希望だ!!」
「や、やめろ、おい!!」

 覚悟の決まった彼の眼差しの意図に、気づいた観柳が叫ぶ。
 ソウルジェムの嵌った阿紫花英良の手が、ひとりでに持ち上がっていく。
 黒く染まった歯車型の宝石を見つめながら、彼は血を吐いて笑った。

「阿紫花英良、最後の大舞台でさあ! とくとご覧じろ!!」
「アシハナァァァァ――!!」


 阿紫花の手の甲のソウルジェムから、真黒な濁りが噴出した。
 突風で、武田観柳と操真晴人は後方に吹き飛ばされる。

「ぐぅ――!?」

 観柳が身を起こすと、そこに、阿紫花英良のテレパシーブローチが転がって来る。
 彼のソウルジェムがグリーフシードに変ずると同時に、周囲にはサーカスの天幕のような巨大な結界が展開される。
 魔法少女の衣装が消え、崩れ落ちた阿紫花英良の肉体は、自身のグリーフシードから生まれた魔女に、そのまま踏みつぶされた。

 それは長大な長ドスと棍棒を装備した、巨大な道化師であった。
 体高は4メートルを超え、その身長に等しい大刀と棍棒の威容が肌をひりつかせる。
 下半身にはムカデのような多数の足がキャタピラのごとく林立し、その機動力と走破性の高さも伺い知らせる。
 その魔女の姿は、阿紫花英良の操るプルチネルラとグリモルディを、万全の状態で融合し強化したかのような、威風堂々たるものであった。

「これが……、阿紫花さんの魔女――」
「ククッ、なんて顔してんですかい兄さん」

 呆然とその姿を見上げる観柳に、聞き覚えのある声が呼び掛ける。
 ハッと振り向いた観柳に笑いかけていたのは、コートを着た胡散臭い男のような、使い魔だった。

「アタシらは道化師、ちんけな前座でさあ。
 くっちゃべってる使い魔のアタシは、中でも『インフローレセンス(英)』っていうしがねえモンですわ。
 使い魔一体しか出せねぇチャチな魔女ですが、『ヨクラートル・ラトウケアエ(聖紫花の芸人)』と、名前だけでも憶えて帰ってくだせぇ」

 まるで紙に描かれた漫画のキャラかのような、白黒の荒い見た目ではあった。
 だがあまりにも見覚えのあるその使い魔の姿に、観柳は思わず安堵で涙をにじませた。
 眼鏡をずらして目頭を押さえる彼の肩を叩き、使い魔は朗らかになおも笑う。

「アタシら芸人は、結界の天幕張った所で、依頼がなきゃなんの演目もできねえ訳ですわ。
 お客さん方は、一体何をお望みでござんしょう?」
「……あの、全ての黒幕の、撃滅です……!」
「でしょうねぇ!」

 パラパラ漫画のような動きで、使い魔の男は大仰にリアクションする。
 そして彼は観柳の前に、指で丸を作って差し出した。

「――で、お代はいかほど、いただけるんで?」


《JOCULATOR LATOUCHEAE(ヨクラートル・ラトウケアエ)
 人形遣いの魔女。その性質は退屈。高い技術を持ちながら生活をつまらないと感じ続けていた魔女。
 刺激を求めて彷徨い続けるが、自堕落なその体は、使い魔に操ってもらわなければ動かない。
 そのうえ代金を渡さなければ働かないが、気分が乗れば10円でも仕事を請け負ってくれるだろう。》


 観柳は、涙を袖で拭い、眼鏡をかけ直す。
 その手に掴んでいるのは、ずっと前から、観柳が彼に与えていた謝礼であった。

「この金貨は……! あなたに渡したものです!! これからもずっと、あなたが持っていてください!!」
「……よござんす。承りましたぜ!」

 観柳はその見覚えのある使い魔に、阿紫花英良が落とした、金のテレパシーブローチを投げ渡す。
 その金貨を軽快に受け取った使い魔は、操り糸を走らせ、魔女の威容を駆動させていた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「……さすがはヤクザもんってか? 絶望的に覚悟ガンぎまってんじゃん」

 江ノ島盾子を拘束する魔力の糸は、阿紫花英良が魔女に変じた後、その魔女の魔力にてさらに力を強めていた。
 結界の天幕の中央舞台に、スポットライトを浴びせられた状態で、彼女は身じろぎもできぬほど、全身をがんじがらめに固定されている。
 彼女の処刑こそ、阿紫花英良がその存在の全てを賭けてしつらえた舞台のメインイベント。
 サーカスの幕は、その絶望の死によって下ろされるのだ。
 天幕の端の観客席で、操真晴人と武田観柳は、感極まってむせぶ。

「英良さん……! あんたはファントムを乗り越えたんだ……! すげえよ!」
「阿紫花さん、ありがとうございます……! どうか、どうか、お願いします……!」

 魔女の構える棍棒が、天幕に触れそうな大上段に構えられる。
 使い魔の男のアナウンスが、結界の中に朗々と響き渡る。

「お集まりましたる紳士淑女の皆々様! 大変長らくお待たせいたしました!
 我らヨクラートル、全霊を賭けてご用意いたしました本日のメェンエベント!!
 ヒグマ跋扈する島のバトルも、今夜で仕舞いの一盛り!!
 とっておきの御仕置きは、『島の黒幕のタタキ~マタギ風~』でさぁ!」

 張り上げた長口上と共に、木綿屋根の下で棍棒が勢いよく振りかぶられる。
 そしてその裁きの鉄槌は、過たず江ノ島盾子へと振り下ろされていた。


「あ~……、折角楽しそうなオシオキ用意してくれたところで悪いんだけど、サ」

 そんな絶体絶命と思われた絶望の中、江ノ島盾子は、くつくつと笑い――。
 ――あかんべぇ、と舌を出した。

「まだ幕引きにゃ早いんだわ」

 江ノ島盾子は自分の舌を、そのまま噛みちぎっていた。
 瞬間、噴出した蒸気が、魔女の振り下ろす棍棒を微塵に砕く。
 江ノ島盾子の体は、熱い蒸気と共に、筋肉の露出した巨大な獣人の姿へと変じていた。

「は……!?」

 晴人と観柳は、理解不能の状況に固まった。
 高さ4メートルを超える人形遣いの魔女と、同等の大きさにまで巨大化したその能力は、ジャン・キルシュタインと星空凛が邂逅し、ウィルソン・フィリップス上院議員が屠った、ヒグマ型巨人のものであった。
 ヒグマ型巨人は、魔女に組み合い、その肩口を抑えて動きを差し止める。
 魔女は林立する多脚で押し、長ドスと棍棒を振り下ろそうとしても、巨人をビクともさせることができなかった。
 使い魔の男が狼狽する。

「動かないだと!? 信じられん……! 身一つでヨクラートル・ラトウケアエの機動力を完全に殺している!?」

 ヒグマ型巨人と化した江ノ島は、そのまま魔女の顔面にかじりつき、その体を粉砕していく。

「ぐあぁぁぁ!?」
「阿紫花さん!?」
「なんてこった……。全てが違いすぎる……! でもね……!!」

 魔女を操る使い魔の男も、魔女本体が傷つくにつれて存在の端々が光となって崩れていく。
 歯噛みする使い魔はしかし、その直後に酷薄な笑みを浮かべた。
 顔面を噛み砕かれたヨクラートル・ラトウケアエの胴体から、瞬間、槍衾のように大量のドスが生える。

「ヴォオオオオォォ――!?」
「アタシらの世界は汚いんでね!! 騙し討ち上等!! その心臓、もらったぁ!!」

 ヒグマ型巨人を何本もの長ドスで串刺しにして持ち上げ、その魔女は一気に、心臓からその巨人を斬り裂いていた。
 胴体をバラバラのなますに刻まれ、ヒグマ型巨人の肉体は天幕のライトに照らされ、噴水のように周囲に飛び散った。
 武田観柳が快哉を上げる。

「や、やりました――! やったんですね阿紫花さん!!」
「……皆々様には、大変お見苦しいところもお見せしましたが! 我らヨクラートル、この通りやり遂げ……」
「鳳凰天駆」

 息をつき、勝利のタバコを取り出そうとした使い魔の男の耳に、ぞくりとする声音が響く。
 地に落ちたヒグマ型巨人の頭部が爆裂し、炎の柱が、ヨクラートル・ラトウケアエを貫いていた。

「――ふう、まあまあ消耗するわね巨人化は。そう連発はできないか」

 巻き上がった炎からふわりと着地した江ノ島盾子は、全くの無傷だった。
 彼らは知らなかった。巨人の弱点である本体は、巨人の後頚部に常に存在しており、胴体はただのダミーであることを。
 魔女と使い魔は、炎と共に突進してきた江ノ島盾子の一撃で、左半身をごっそり消し飛ばされていた。

「お、があぁぁぁ……」

 それでも最後に、使い魔の男は死力を振り絞り、魔女の長ドスを振り上げた。
 そして悠然と背を向ける江ノ島盾子に、一撃を加えんとした瞬間だった。

「結構楽しめたよ。これは私様からの大喝采ってことで、受け取っときな」

 魔女の周囲に散らばったヒグマ型巨人の肉片を、江ノ島盾子は全て水蒸気に変えて爆散させていた。
 天幕型の結界が霧散し、爆散した魔女と共に霞のように消える。
 後には、カツン、とかすかな音だけを立てて、やじろべえのように自立する黒い宝石が落ちるだけだった。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「ふーん、で、これがグリーフシードってやつか。あんな来歴の魔女でも、きちんと落とすものね」

 結界が消え、一帯は寒々しい月夜の草原に戻る。
 月明かりに照らされるグリーフシードの輝きに、人形遣いの魔女を退けた江ノ島が歩み寄る。

「渡すかぁ!」

 ――コネクト・プリーズ。

 だがその瞬間、機械音声と共に、グリーフシードに触れようとしていた江ノ島盾子の右腕が消失していた。

「なに――!?」
「英良さんは、奪わせない!」
「これは、私の投資物件です! テメェみたいな売女が触れて良いものじゃねぇ!」

 操真晴人が、コネクトウィザードリングの魔力で、彼女の腕を空間ごと分断していたのだ。
 その隙に、飛び込んだ武田観柳が、阿紫花英良のグリーフシードを確保してごろごろと転げる。

 ――コネクト・プリーズ。

 晴人は、江ノ島盾子に反応する隙を与えず、続けざまに彼女の左足の空間を掴み、魔法陣に引き込んで切断する。

「ぐあっ……!?」

 ――コネクト・プリーズ。コネクト・プリーズ。

 血を吹き出す少女の足を放り捨て、操真晴人はバランスを崩す江ノ島盾子の残る手足も一息に切り落とす。
 江ノ島盾子は、瞬く間に四肢切断された達磨となり、地に転げた。

「嘘でしょ――!? こんなことが、あるわけ……!?」
「もうためらわない!! 今度こそ、これで終わりだァ!!」

 操真晴人は、瑞鶴との戦いでの迷いを、もう見せなかった。
 一切の情け容赦もなく、絶望の表情を浮かべる少女の頭を掴み、魔法陣で斬首していた。

 ――コネクト・プリーズ。

 断末魔さえなく、彼の腕には、苦悶に歪むツインテールの少女の生首が掴まれた。

「……やっ……た」

 荒い息をつき、操真晴人はへたり込む。
 首を落とした。流石に死んだはずだ――。
 そんな安堵と共に、江ノ島盾子の首を地に置いた瞬間だった。

「――まだです!!」

 武田観柳の叫びと同時に、目を見開いた江ノ島盾子が、牙を剥いて首だけで晴人に向けて飛びかかっていた。
 走り寄ってきた観柳のバッグが、その攻撃をからくも叩き落とし、草原に赤い花を咲かせた。

「あああああ、死ね死ね死ね死ね!! 往生際の悪い!!」

 魔力の金が詰まった超重量の質量兵器であるそのバッグで、観柳は入念に江ノ島盾子の生首を叩き潰す。
 肩で息をする彼が、ようやくその腕を止めたのは、その頭の肉片が完全に原型を留めなくなってからだった。

「あ、ありがとう観柳さん……!!」
「……念には念を入れないと……。完全に根絶やしにしなければ、また何か得体のしれない力で起き上がってきかねませんからね……」

 頭を猟銃で撃っても、爆発炎上させても、胴体をズタズタに切り裂いても、この黒幕は死ななかったのだ。
 観柳の入念な想定と対策は、必要不可欠なものだった。

「……いや~、本当にその通りだね~。これだけ私様を絶望させてくれるとは、絶望的だよ」

 だがその想定と対策は、まだ足りなかった。
 予想だにしなかった少女の声に、二人はゾッとして振り向く。
 その声がした場所にあったのは、五体を分断された江ノ島盾子の胴体だった。
 手足も首もなくなった彼女の腹は、いつのまにか発酵したかのように大きく膨れていた。

 そしてその腹部は、勢いよく爆裂する。
 現れたのは、一糸まとわぬ、江ノ島盾子本人の姿だった。

「絶望的に判断が遅い」

 幼生生殖(ペドゲネシス)――。
 幼体の卵細胞が単独で成長し、母体を食い破って出てくるそれは、この島の海域を封鎖するHIGUMA、ミズクマの能力であり、津波に乗って島内に何匹も流入したその娘たちをモノクマが拾い集めて組み込んだ、直近では浅倉威も身に着けた能力であった。
 このため、江ノ島盾子は、卵細胞の一個でも生体組織の中に存在すれば、そこからすぐに自分の肉体を再度産み直すことができてしまう、そんな存在と化していた。

 武田観柳が、彼女の頭部と同時に、即座にその胴体も叩き潰しきっていれば、あるいは彼らは勝利していたかもしれない。
 だがもはや、その勝利には、あまりにも遅すぎた。

 マシンの最果て、ヒグマの迷路で。
 絶望の娘は幾多の血を浴びて、一夜で世界に産まれていた。


「逃げますよ、操真さん! 早く!」
「――ッ、ああ!!」

 武田観柳が叫ぶ。
 もはや彼らに、江ノ島盾子を斃せる算段はなかった。
 既に大きすぎる損害だが、彼らに残された希望は、損切り――、逃げ延びることしかなかった。

 操真晴人は左手にウィザーソードガンを構え、右手のコネクトウィザードリングで空間転移の魔法陣を開きながら、近寄ってくる江ノ島盾子を牽制しようとした。

「させねぇよ」
「ぐあぁぁ――!?」

 だが構えた銃は、それよりも早く放たれたオートヒグマータ拳銃の弾丸に弾かれ、晴人の左手の指を吹き飛ばす。
 武田観柳が、魔法陣の先から操真晴人の手を掴み、急ぎ引き寄せようとする。

「操真さん!! 急いで!!」
「くおぉぉぉぉ――!!」
「緋凰絶炎衝!」

 ――コネクト・プリーズ。

 炎を纏った江ノ島盾子が突撃してくるのと、機械音声が魔法陣を閉じるのは、同時だった。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 武田観柳は、勢い余って、崖近くの地面に転げていた。

「ここは……!?」

 急いで身を起こしてあたりを見回す。
 滝の音が聞こえる。
 目の前には、川の堀の先に、逆茂木で囲まれた城塞のようなものが見えた。
 その建物の上には、月と雪の明かりに照らされて、大きく旗がたなびいている。

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   ノ      ヽ  ( i ))) ヒグマ島希望放送 
  /  ●   ● / / HIGUMA-island  
      ( _●_)  ノ /   Hope   
 彡、        /  Headline    
/    ヽノ   /´   
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「はは……、やった、やりましたよ、操真さん……! 辿り着きました……! あなたのおかげです……!」

 江ノ島盾子の姿はない。
 本当に間一髪で、観柳は彼女の魔の手から逃れ、希望を繋ぐことができたのだ。
 そして、彼は右手の先に握りしめた操真晴人へ、晴れやかに声を掛けた。
 返事はなかった。
 引き寄せようとしたその手は、いやに軽かった。

 自分の手の先を確認した武田観柳が声を上げられたのは、優に数十秒もたってからだった。

「……あ、あ、……うわああああぁぁ――!?」

 そこにいた操真晴人は、右腕だけだった。
 観柳をA-5の座標へ先に送った後、彼は自身を移動させられなかった。
 間に合わなかったのだ。
 繋いだ腕だけを残して、彼は武田観柳を江ノ島盾子の攻撃に巻き込まぬよう、魔法陣を閉じていた。

「あ、ああ、ああ……!?」

 操真晴人は、その手に嵌めたコネクトウィザードリングと、武田観柳から預かった金のソウルジェムだけを握り、最後の希望を観柳に託していた。
 観柳は、崩れ落ちて嗚咽を漏らした。
 胸に空いた穴から、どろどろと血が流れて、シャツとジャケットを濡らした。

「阿紫花さん、操真さん、フォックスさん……!」

 あまりにも多くの元本を失った。
 キュゥべえをはじめ、彼らという資金・商品・人材があったからこそ、武田観柳はここまでヒグマ島の商戦を生き抜いて来れた。
 突然に過ぎる、まるで天災にあったかのような大きすぎる喪失に、観柳は貧乏だった幼い時に戻されたかのような不安と恐怖を、思い出さざるを得なかった。

 だが、瞬きをすれば目の前には、白金の衣装をまとった自分の手がある。
 自立するグリーフシードがある。
 指輪とソウルジェムを固く握った、魔法使いの腕がある。
 託された支給品の数々がある。

 観柳はゆっくりと立ち上がった。

「交わした約束は、忘れません……。皆様の託してくださった商品は、確かにここにあります……」

 観柳の流す血が、徐々に金に変わっていく。
 液状の金が、彼の胸の傷をふさぎ、修復した。

 土の粥の味も、雑草の鍋の味も、この胸に煮えたぎる血の味も、全て自身を成長させてくれた糧だ。
 時代遅れの小悪党? 結構結構。
 こちとら生まれた時から貧乏人! 元号が変わっても貧乏人!
 何一つ持たざる身に生まれても!
 全ての元本を奪いつくされても!

 自分が稼ぎさえすれば何にだって成れる!!
 全ては、金を操る、私の指先次第――!!

 手品師の心臓は、もう止まらない。
 撃ち抜かれても、打ちひしがれても、動きを止めない。
 赫く輝く金色の希望の熱さを、武田観柳はその胸に抱いた。

「皆様を、絶対に、連れて帰りますよ……! 私が、この島の皆の希望……。最後の希望、なんですから……!」


【キュウべぇ@全開ロワ 消滅】
【フォックス@北斗の拳 死亡】
【阿紫花英良@からくりサーカス 魔女化・討伐】
【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品) 死亡】


【A-5 滝の近く(『HIGUMA:中央部の城跡』)/夜】


【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:大)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版、テレパシーブローチ
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ(残り使用可能回数1/3)、紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、詳細地図、南斗人間砲弾指南書、南斗列車砲、テレパシーブローチ×15、阿紫花英良のグリーフシード@からくりサーカス(残り使用可能回数3/3)、コネクトウィザードリングを嵌めた操真晴人の右腕
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:私が、この島の最後の希望……!
1:阿紫花さん、必ずや連れ帰ります……。
2:この商戦の情報を、必ずや活かす……!
3:他の参加者をどうにか利用して生き残る
4:元の時代に生きて帰る方法を見つける
5:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「……チッ、一人逃がしたか。ったく何が最後の希望だよカス。しつこいだけじゃねぇかオマエは」

 江ノ島盾子が、黒焦げになった男の死体を乱雑に突き飛ばし、パンパンと手を打ち払う。
 操真晴人は、死の間際まで、その身で江ノ島盾子を抑え、武田観柳を逃がすことに成功していた。

「ションベン蟲だのヤクザの魔女だののおかげでヒグマちゃんを2匹も取り逃すしよぉ~。絶望的にアンラッキーだぜ」

 親となっていた元の自分の肉体を捕食して、体組織を補充しながら、生まれ直したばかりの江ノ島盾子は身繕いする。
 制服を着てピンクゴールドのツインテールを結い直し、少女はウキウキと絶望的な笑顔でスキップした。


「ま、まだまだ夜は長いし。絶望的に楽しませてもらうとしますか!!」


 絶望の娘は戦いを浴びて、やすまず学んで輝く――。


【E-7 鷲巣巌に踏みつけられた草原/夜】


【江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:『唯一にして絶対の、最後にして究極のHIGUMA』
[装備]:『自分の取り込んだ全てのヒグマの能力を使う能力』
[道具]:『絶望』
[思考・状況]
基本行動方針:絶望
1:『人類総江ノ島化計画・改』を完遂する
※STUDY、ヒグマ帝国、そして江ノ島盾子自身が脈々と研究を重ねた末に生み出された、『完璧な人間型のヒグマ』に、江ノ島アルターエゴの精神をダウンロードした存在です。
※現在進行形で、彼女自身から世界各地にこの技術とデータが転送されており、彼女が死亡すると、それまでに取り込まれたヒグマの能力を持った江ノ島盾子が、世界中で量産されることになります。
※『自分の取り込んだ全てのヒグマの能力を使う能力』を有しています。
※現在取り込んでいるのは、島の各地から回収され素材となった、死熊、火グマ、ステルスヒグマ、穴持たずではないヒグマ、ヒグマ・オブ・オーナー、ヒグマ型巨人、エニグマのヒグマ、ヒグマイッチ、羅漢樋熊拳伝承獣、リュウセイさんと赤屍さんと獣殿を倒したヒグマ、ミズクマの娘、クラッシュ、ロス、ノードウィンド、コノップカ、ヤセイ、自動羆人形、穴持たずカーペンターズの一部、艦これ勢の一部です。

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最終更新:2025年12月01日 22:18