Round ZERO


手札を交える、お互いに明かし、正確に。
その行いは、最良、最善の答えを導き出すのに必要なこと。
拳ではなく言葉を、剣ではなく文字を。文化的な人間であるならば。

長らく見かけることもなかった、破壊されていない建物。
フォックスはひゅうと口笛を吹き、その内装をゆるりと見回した。
世界が核の炎に包まれる前はこれが当たり前だったんだよなあ、と非文明的な羆、李徴の背中に腰掛けながら嘆息する。
世紀末に合わせた風体のフォックスは、この金属的な室内で異彩を放っていた。
いや、機能的で優美な人間の施設に堂々と入り込んだ羆に比べれば一枚落ちるが。

「用意はできた、各々食事の始め方に流儀は有るか?」
相変わらず隙の無い振る舞いで、義弟は先の言葉通りサンドイッチとエスプレッソを一人と二匹の前に差し出した。
無味乾燥な皿を彩る、優しい白色をしたパン。
薄切りされたローストビーフを何枚も挟んだそれは、幼いころに描いた贅沢な夢の様な見た目で食欲を刺激した。
どこか高尚さすら漂わせるエスプエッソの湯気もその図のアクセントになっている。

「いや、特にねぇな」
「私も右に同じだ」
『僕も……そうですね』
いただきますぐらい言えばいいのに、と考えるものは此処には存在しなかった。


エスプレッソ……コーヒーには明るくないし、嗜好品であるコーヒーが行き渡ることなど、フォックスの世界では滅多になかった。
それこそ水を、種籾を、生きるに必要なものを強者が奪い戦う毎日。
この摂取は極めて不必要なものであったが、非常に、すっかり忘れていた文化の味であった。

「嗚呼……本当に身に染み入るものだ」
李徴もまた、フォックスとは別の理由でしみじみと文化を感じていた。
羆に酔ってからこっち、人間的な生活とは縁遠くなっている。
ローストビーフサンドイッチを頬張り、またうっとりと瞳を閉じた。
サンドイッチの肉を挟むパンは、自然界に特殊発生するものではなく、人間が小麦を精製し技術で作り出す食品。
それに挟まれた肉も、日頃羆が食らう動物、人間の生肉ではない。
火加減をギリギリに見極めた、料理の流儀に則った肉だ。
人間味溢れるそれを体に取り入れていると、文字に狂い自分を受け入れられず羆になったことも、今少し忘れていられそうで。

小隻も黙々と、いや李徴の通訳がなければ基本喋ることはなく、サンドイッチを咀嚼する。
初めての味、ちょっぴり物足りない気がするけれど、これが人間の作る味なんだなあと思考していた。
しかし空腹に少量の食事は逆に堪える……そう嘆く羆の本能を押し殺すように。

「……それで、だ」
飲み干したカップを下げながら、義弟は切り出す。
その瞳は、フォックスに向かった。
指でフォックスの手元をさし、くいと指をひねる。

「どうしたんだよ」
「少し、それを貸せ」
ノートパソコンのことなら直接そう言えば、と口を開きかけるがさしていた指が義弟の唇の前で縦に止まり、口を閉じる。


「全く、関係ない話になるが」
メモ帳が開かれたノートパソコンを調べつつ、義弟は語る。
タイプライターの要領でどうにか扱えぬものか、指先をキーに触れさせて試す義弟。
タイプライターは直接紙に打ち込んでいくものであったが、ノートパソコンはタイプした文字を液晶に映し出す。
実に静かに浮かぶものだ、ひと押しひと押し軽快な音を立ててストロークを叩き込むタイプライターとの違いに、技術革新を実感する。
文字の配置は違えど、ゆっくりならば動かせそうだ。

「小隻、お前さっきパイプ椅子に興味を示していたな」
差し出された青白い画面に浮かぶ読めない文字を見て、小隻は頷く。
フォックスも、李徴も静かに首を縦に振った。

【盗聴の可能性を考慮し、今からの会話はこのノートパソコンを使って行う】

『はい、見ていました』
確かに小隻は、人間の日用品に興味を持っていた。
幾つか触って壊しても居た。

【宜しい。では道すがらで見つけたこの封筒の話だ】
「津波のことをもう忘れたのか?お前は羆の流儀を貫くべきだ」
何気ない会話を使って、不審な沈黙を消す。

封筒、とは義弟の居た高層ビルに向かう途中ぽつんと秘密めいて地面に置き去りにされていたものだった。
ゴシック体で印刷された、主催打倒への道標。
封入されていたアンプルの件も合わせて義弟は画面に文面を移植してやる。

『すみません……』
「まーまーそう怒るなって」
【あんたはどう思うよ、義弟さん】
フォックスもまたノートパソコンに打ち込む。
近代的筆談に李徴はうむうむと勝手に一人で納得していた。
実にロワらしい行いだ、それを間近で見られるとは。
惜しむらくは、自分の腕が指が文字を打つのに適していないこと。
ああ、私も筆談に混ざり考察と会話を行いたい。

ざわざわ、悲しみとともに狂気が、酔いがせり上がってくる。
しかし李徴の、この筆談を見ていたいという気持ちはそれを押しのけた。

「確かに、流儀を学ぶということは大事だ。特に自分にないものはな」
【俺は信用に値すると、判断する】

この状況で情報を撹乱する人間がいる可能性は低い。
主催側の罠だとしても、実験を称しているのだ、罠での事故死など実験の流儀に反する。
非人道的であれど、当初このロワは実験の流儀に則していた。

しかしこの封書、予想外の騒動、正直とてもじゃないがアリトミとかいう東洋人と、いるかもしれないその愉快な関係者数人で収まるスケールではない。
この会場は、実験を逸脱していると、義弟は言う。


「ふむ、把握を深めて自分の流儀……文章や表現を広げることは、決して忘れてはならぬ」
自身の文章に足りなかったものは、なんだろう。
世間話程度に零して、李徴は少し悩んだ。

「だが、それに流されきってはダメだ。他者のやり方に飲まれる……津波みてぇに、だ。そうなっちまうと、自分の貫くべきものがなくなる」
難しい話だ。
小隻は、義弟がカモフラージュ以外の意味でも言っていることを察する。

人間に憧れた。
だからといって、自分は人間にはなれないし、人間の真似事をしてみるのもよくないのだろう。

それはなんとなく、分かる。
でも、全ては模倣から始まるんじゃないか、とも思うのだ。
本能的に狩りや食事のとり方は知っているが、それは祖先から受け継ぐ永遠の模倣だ。
上手いこと……要領よく真似できないものだろうか。
まあ、義弟に猿真似……ならぬ羆真似を見透かされている時点で要領は最悪か。

「口車に乗りやすいやつはすぐに利用されちまうからなあ」
【じゃあ、津波が引いたら俺達だけで行くのか?】

利用が常で、拳法のルーツも他者の油断の利用にあるフォックスは冗談めかして笑う。

「つまり、だ小隻。お前はまず自分の貫くべき流儀を確立させろ」
【いや、この情報を他者に伝えなくてはならない】

おそらくこの封筒は一つだけではないはずだ。
しかし、この津波。
このエリアは超常の奇跡でそれを免れたが、あっただろう大半の封筒は海の藻屑。
仮に一つだけだったら、なおのこと広く情報は伝えなくてはいけない。
気に食わないなら単独行動すら考えていた義弟だが、情報の貴重さを理解できぬほど愚かではない。

特に、直ぐにでも主催者を殴りながら殺りに行ける情報なら尚更だ。

では、いつ行動を起こすべきか。
単純に考えるなら津波が引くのを待つべきだろう。
勿論、二人と二匹もそのつもりであった。

小隻が、彼方に流れてくる丸太を見つけるまでは、全員そう、きちんと、考慮していただろう。


「やっぱりこの津波じゃあ、何にも見えやしやせんねぇ」
眼下をごうごうとうねり爆ぜる水の塊。
どの方向からきたのか定まらない調子で流れを組んでは変えの繰り返し。
ありえない惨状にため息を吐きながら、阿紫花は視界を空に移す。
ああ、上がってきたお天道さまは何にも関せずきらきら綺麗だ。

「流れてる人がいれば引き上げようかとも思いましたが、この勢いでは飲み込まれたらあっという間にバラバラでしょう」
そしてバラバラにならない人間は助けなくともおそらく元気だ。
観柳は無意味だろうと行為に見切りをつけて、絨毯に座る四人に向き直る。

「さて、これからどうしましょうか?」
当面目標はない。
波が引くまで他愛のない会話をしている訳にも行かないだろう。

「どう動くにも、なあ」
操真晴人も空を仰いだ。
何かをしたほうがいいには決まっているのだが。
圧倒的に情報が足りない。
やはりこうして周囲に気を配りながら飛行しているのがいいのだろうが、どうも濁流を見ていると目が疲れる。

「俺としては武器がほしい。英良さんの人形が直るんだったら、この丸太を借りっぱなしってわけにはいかないからな」
丸太は頼りがいの有る素晴らしい武器だが、それだけでは迫る絶望の手を潰しきれないのだ。
そもそも丸太は返却せねばならない。
人形の有用性をまざまざと見せつけられた後だと、流石の明もゴネる気にはなれなかった。

「丸太は……さすがに無理ですねぇ」
思案するように口元に手を添えてから、観柳は苦笑しつつ応える。
なんのことか、と明が怪訝そうな顔をした。

「いえ、作ろうと思えば先ほどの回転式機関砲のように、丸太だって作れますが」
「本当か!それじゃあ」
いやいや、と頭を振られた。
一体何だというのだ、武器を手に入れるのにはやはり対価が必要なのか?

「そっか、金でできた丸太だもんな。宮本さんにも持つのは無理だと思うよ」
晴人はぽんと手を合わせて、納得する。
明も、少しだけ考えてみたが無理だと結論づけた。
彼の師である青山龍之介ならば話は違ったかもしれないが。
ふ、と明の手が震え、強く握られた。

「ふぅ……じゃあアキラ、さっき使ってたカタナはどうだい?」
すっかり賢者モードに入っているブローニンソンの打診。
その横には尻が白濁液でエントロピーを凌駕し熱的死を迎えたキュゥべえがぴくりともせず倒れていた。

「刀でしたら、まあ重たいでしょうが丸太よりはマシでしょうねぇ」
ご要望は有りますか?と観柳に問われた明は、暫し瞑目して注文をつけた。

長い、驚くほどに長い、鞘に収められた日本刀。
明にとっては思い出深い一本を、出来る限り明確に伝える。
あの谷間での死闘を、別れを、刀に刻みこむように。

シルクハットの中からこぼれ落ちた金貨はどろりと溶けてその記憶に応じる。
成金趣味のような見てくれだが、確かに鋭い刃。
銃火器を形成するよりは些か細かい作業にはなったが、問題はなく明の手に刀は収まった。
ずしりと重い。
しかし、振るえないことはない。


鞘走りを何度か確認し、明は頷いた。
「ありがたい、これで俺も……」
戦える、戦わなくてはならない。
元より修羅じみた光のあった瞳に、より明確な閃きが見えて、阿紫花は眉を上げた。

『……そんなに戦いたいなら、魔法少女になればいいさ』
のそりと起き上がる白いウサギ。インキューベータもといキュゥべえ。
「おや、お早いお目覚めで」

にっこりと観柳に射すくめられても、キュゥべえは微動だにしない。
いつのまにか周囲の金貨はなくなっていたが、埋め込まれた金貨はどうにもとることができなかった。

後悔、痛み、混乱、そのどれもが基本的に備わっていないキュゥべえはおもしろみもなく平静を取り戻した。
言及することもない、する意味もない。
ただ伝えるべきことを言おうとすると、邪魔が入る。

「魔法なんて都合のいい力に、俺は頼れない」

リスク・リターンの話もあるが、それ以前に宮本明は他人からもたらされる安い希望を求めない。
己の力で、己の限界を尽くして、絶望ギリギリに身を浸してでも掴まなければいけないものなのだ、明にとっての希望とは。
悲しみを背負って、初めて道は開かれる。開かれてきた。
これ以上背負わないために、皆を守り、昔のように本土で笑って暮らすために。

否、明は、その日常の風景には居なかった。
明の今の一番の目的は、宿敵雅を殺すこと。
守るために賭す生命。彼岸島に散らすと決意した魂。
それを徒や疎かに使うのは、許せるものではない。

そして手に入った、単純で安い希望を信じる?
ダメだ、安い希望でも潰えたら、明は折れずにいられる自信がない。
いかに目の前で刀が作られ、ヒグマを打ち倒すほどの力であっても。
己に無い原理で尽きる可能性のある、力なんて。

強く刀の柄を握りしめた。
明の希望はこの腕、体、魂、彼一人分に集約されている。
ポン、冷、そして兄の篤……託されてきたのだ。
宮本明の魂は、明一人のものでは、ないのだ。

「お金と同じですよ、宮本さん。魔法だって、あなたの元の力と合わせて利用してやればいい。
 その刀だって魔法の産物、余り難しく考える必要はありません」

言われてみれば、もうすでに明は魔法に頼っていた。
「……観柳さん、あんたの言うことが分からないほど俺も馬鹿じゃない。だけど」


誘惑に負けそうになるのを振り切るように、明は目をそらした。
その視界に入る、明の欲していたもの。

「――丸太だっ!丸太が流れているぞ!!」
興奮気味に叫ぶやいなや、宮本明は絨毯から飛び出した。

「ちょ、明さん、何やってんですかい!?」
すんでのところで、透き通る灰色の糸は明をつなぎとめた。
操り人形よろしく空中にとどまった明は、もがいていた。

「離してくれ英良さん!丸太が行っちまう!」
「逝っちまうのはあんたでしょうが!」

鬼気迫る明の形相。
唐突で意味不明な自殺行為だが、みすみす死なす訳にはいかない。
キリ、と張り詰めた魔なる糸を手繰り寄せ、引き上げようと試みる。
張り詰めた糸に抵抗する力が負荷をかけるが、魔法により作られた者だ、まず切れること無い。

「こ……のぉおおお!!」
糸に限界まで逆らい、明は力を抜いた。
戻る勢いに乗せて、明の体は回転する。

「な……!?」
明が動いた。そう視認した時には、勢いに合わせて抜刀された刀に、糸は音もなく両断されていた。
そのまま明はうねり狂う水に落ちていく。
いや、その着地先は海原ではなく丸太だ、明は新たに流れてきた丸太に飛び乗り刀を突き立て、当たり前のように乗りこなし流れていった。

きらきら、脳天気なお天道さまに照らされた糸は憮然として光を透かしてたなびいていた。
「魔法の糸を切っちゃったよ、宮本さん」

晴人は関心したような、呆れたような感想をため息混じりにもらす。
『カンリュウの金で造った魔法の剣だからね、エイリョウの糸だって頑張れば斬れると思うよ』
「アキラの根性というかきかん坊さもすげえけどな」

「全く、魔法なんてって言っておきながら一番有効活用してんじゃぁねえですか?
 ……で、どうしますね、観柳の兄さん?」

瞬く間に明は彼らの視界から消え失せた。
丸太に乗った……とてもじゃないが安定性を感じない後ろ姿を最後に。

「放っておく訳にもいかないでしょう。幸い宮本さんは私の刀を持っている、それを辿れば追いかけることは難しくはありませんよ」

意外な回答だ、と思うものはここには居ないが、この観柳の判断は今までなら絶対に無かったものであった。
新しく触れた、希望と言うなの通貨。
それは人間を、人間の感情すらも資産と見るべき考え方だ。
つまり宮本明という貴重な……特にこのような人財不足の状況では貴重な財産、人財をすっぱりと捨て去ることは、大きな損失につながる。
そして金を、人を無駄にする人間には不良債権がついて回る。
感情資産とは、行動思想で稼ぎだすものなのだ。

以前のように無駄と決めて、リスクを避ける行為は推奨されない。

――お金が神様なら、小銭はさしずめ天使様。大切に扱わなければ、罰があたります。

発想の転換、観柳にとって尊い金を人に置き換える。
打算的ではあるが、希望通貨運用の走りとしては上出来だったろう。


水はせめぎあい、轟々と唸る。
音全てをかき消しかねないそれに、謝罪の声が混じっていた。
心を溶かして、慟哭し、謝り続ける。
丸太に何度も何度も、拳をぶつける。

宮本明は、涙ながらに、謝っていた。
「すまねえ……すまねえ……っ!!!」

糸を切り裂き勝手な行動を始めたことに対する謝罪ではない。
「でもっ……なんで、なんで死んじまったんだよ西山ぁ!!」

放送を聞いた瞬間から、明の心には罪悪感と憤りが渦巻いていた。
一人でいたならすぐさま泣き叫んでいただろう。
しかしこんな状況で、誰かの前で泣くことは明が背負ってきた者達の面目にかけて許されるものではなかった。

ああ、俺が間に合わなかったから。
俺に、力が足りなかったから。
どこでどう死んじまったのかも分からねえ。

ただ、ただわかるのは。
「お前はきっと……ヒグマに殺されたんだよな」

夜明け前の恐怖を思い出す。
目の前で爆発したもの、両断されたもの、食われたもの。
自分の責任で死なせてしまった子供もいる。
明は、生き残ることでその罪を償うべきだと考えている。

――だって人間が入ってるなんて思う訳ねえだろ!?

操真晴人に言及されても答えなかったし、デイパックに詰めようともしていた。
そう思わなければ、明は生き残れる気がしなかったのだ。
彼岸島と同じだ、多少のことで挫けてなどいられない。
この、羆島でも……一切合切を切り詰めて、生きて、やるべきことをやるのだ。

「例えそうじゃなくても、ヒグマなんてもんがいるから……そうだよなぁ西山!!」

だから、殺さなければならない。
この島に、ただの一匹のヒグマの生存を許してはならない。
吸血鬼と等しく、奴らは人間の敵だ。
一度牙を向いたものを見逃せば、こちらが後ろから斬られる。
例外を許してしまえば、悲劇が繰り返される。

主催と羆の根絶。
それが、宮本明がこの島で生きる杖として選んだ指針であった。

「なんだ、水流が可笑しい……」
微妙な重心で丸太を操作していた明は違和感に涙を拭う。
元々四方からの津波でトチ狂った水流をしていたが、強烈な違和感。
まるで一方向に無理やり捻じ曲げられて逆流しているような、不自然の塊だ。

「うわっ、うわぁああああ!!?」
ぐるぐると丸太は回る。
最早操作どころではなく、落ちないようにしがみつくので精一杯だ。

しかも、目前に迫るは水流からせり出した丘。
「丸太が割れた!?」

壁面に激突した瞬間、丸太は縦に裂けて割れた。
驚愕しつつ明は丸太の残骸に足を踏み込み飛び出す。もっと正確に言うと、飛び出したように丘に投げ出される。

衝撃に意識が明滅し……やがて灯りを落としてしまった。


回転する、何かの音が聞こえる。

それは、歯車だろうか。
それは、機関だろうか。
それは、水流だろうか。

違う。
丸い、丸い円だ。
意識の中に、円が幾重にも波紋を広げる。

薄ら眼を開けると、シュルシュルと明確な音が見えてきた。
球だ。回っていたのは、丸い鉄でできた球体であった。

「起きたようだな」
音が止む。
機械的で精密な心地良い感覚が消え失せ、鈍い痛みが明の体に戻り始める。

「あんたは……」
殺意は見えなかった。
命を脅かすものに人一倍敏感な明は、それ故に警戒心を低めに問う。
もしも殺意があれば、意識が戻ると同時に刀を抜いていただろう。
気を失っても離さなかったそれを、もう一度握りしめた。

「名乗る名は置いてきた。義弟でも妹夫でもウェカピポの妹の夫でも、好きに呼べばいい」
「なんだそれ……まあ、いいや。俺は宮本明……あんたが俺を助けてくれたのか?」

くらむ頭をたたき起こして明は笑う。
奇妙な人物だが、悪い気はしない。
どうやら前方の景色を見る限り、打ち上げられた丘から位置は動いていないらしい。
その視界にまず映ったのは両断された海。
丘を境に、海が綺麗に割れていた。
水流が狂っていた理由はこれか、と明は呆然とする。


「漸く起きましたか……ったく、飛び出したかと思えば気を失ってやがるなんて」
世話の焼けるお人ですねえ、と煙草に火を灯しながら呆れる阿紫花。

「あれ、英良さん、なんでここに」
「そりゃあ宮本さんを追っかけてきたからに決まってるだろ?」

晴人もいる。なぜか、彼の手にはローストビーフのサンドイッチがあった。
高層ビルから明が流れているのを奇跡的に見出し、救助するべく義弟たちは動いていた。
波から救うのに間に合わなかったものの、運良く地面に落ちた明を介抱して、今に至る。
残っていた食料は明に与えるべく持ちだしていたのだが、同じく明を追いかけて合流した一行に行き渡っている。

「アキラが寝てる間に、粗方話がついたんだよ」

ブローニンソンにノートパソコンを渡され、明はぽかんとしながらその画面に映る文字を読んでいく。

そこには、打倒主催への道標と、盗聴を考慮した文章がまとめられていた。
一々他の参加者に会う度に筆談を行う手間を省くために、李徴の指示の元、フォックスが纏めたのだ。
「そうか……」

なんだか、自分は激しく空回りしていたなあ、と嘆息してしまう。
泣いたり寝たりしたおかげもあるのだろう。
明確な情報と主催打倒のビジョンに、明は力強く頷いて立ち上がった。

「宮本さん、動いても大丈夫ですか?大丈夫ならば移動しようと思っていますが」
「ああ、大丈夫だ観柳さん。そうだな、こんなところでのんびりしてたら、羆に食われちまう」

こんなところ、と初めて前方以外に目をやって、明は絶句した。
羆が、いる。
羆がサンドイッチを喰らい、人をその背に乗せている。

「あれが小隻が言っていた白金の魔法少女ってやつか……?」
『そうですね』
「どう見ても男……というか……なかなかにきついな……」

フォックスと小隻と李徴は聞こえないように感想を述べ合っていた。
そりゃあ、キルトだろうがトレンチコートだろうが、男のスカートはキツイよ。
似合ってても辛くなるし、アンバランスだともういたたまれない。
キルトがスコットランドの男性の正装だと知っていても、ちょっと引きますって。知らないならなおのこと。

義弟は人の衣装にとやかく言うつもりはないのかコメントがない。
またもや微妙な気持ちをフォックスは一人で抱える羽目になった。
衣装以外はまともで貴重な人間なのに……。


「あちらの羆は李徴さんと、小隻さん。今のところは協力的な羆だそうで。乗っているのはフォックスさんという御方です」

注釈はつけられたが、そういうことではない。
落ち着いていた明の心に波が立つ。
荒れ狂う、津波のように。

周囲が察知するより疾く、明は駆け出した。
羆は殺す。
打ち立てた指針と共に抜刀し、ただ、斬る。

明の刃を止めたのは、丸い円を内包する鉄球であった。
「邪魔すんじゃねえ!!」

「恩人の同行者に斬りかかるのがお前の流儀なのか……?理解も承諾もしかねるな」

回転する鉄球は刀を削り、抉るような不協和音でがなりたてる。
刀を振りぬき一端退いた明の脳裏に、言いようのない不安が襲った。

警告するような、予知めいた恐怖。
それが何を意味するのか、はっきりとは思い描けない。
だが、あの回転……鉄球……把握できていない技術に明は、すこしばかりたじろいだ。
それでも出した手を引く訳にはいかない。

「何があろうと羆は殺さなくちゃいけない、一匹たりとも残しちゃいけない、それがこの島の掟だ!」
「え、そんな掟ありましたっけ?」
「観柳さんは黙っててくれ!!!」
「あっ、はい」

有無を言わせず怒鳴る明に思わず引き下がる観柳。
凄まじい気迫である。

「なるほど、曲げるつもりはないと」
ならば、いいだろう。
義弟は鉄球を回しながら、明を真っ直ぐに見据えた。

「曲げられぬ、譲れぬものがあるのならば……それに見合う命を差し出してもらおう。『決闘』だ」
「……いいかもしれねえな……俺にも多分、それ以上の方法は見つけられねえ」

いや、もっといい方法があるし話しあえよ。
フォックスも李徴も小隻も観柳も阿紫花も晴人もブローニンソンも、キュゥべえでさえも声に出さずに突っ込んだ。
やたらに波長が合ってしまった二人に何か言える空気ではない。
本当のところ止めたいが。

「お前らには両者の決闘の立会人になってもらう。
 この決闘が決して人殺しや卑怯者の行為ではなく正当なものであることを見とどける」


義弟と明以外が困惑しているうちに淡々となんでもないエリア境の丘は決闘の場所に変えられていく。
津波がうねる方を背に明が、大地広がる街を背に義弟が、それぞれ真正面に向き合っている。

その横につけるように、各々の立会人達は、どこか居心地悪く配置された。

「背水之陣……中国の言葉だったか?」
一歩も引けぬ状況を課して、寄せ集めの兵士に死力を尽くさせた兵法。

「そんなに格好のいいもんじゃねえさ……」
漲る殺気とは裏腹に、明の声は静かで澄んでいた。

「さっそく始めるか、もたもたすることもない……一瞬でカタをつけよう」
「……悪いが、それは無理そうだ」

ただの一太刀、一投で終わる予想は明には見えなかった。
ヒグマの軌道を読みきれなかったように、目算は外れ一撃で死んでしまうかもしれない。
ただ、死力を尽くす。
意味があるとかないとかじゃあない。

宮本明にできるのは、目の前の事象に全身全霊でぶつかることのみ。
遍く彼の心を研ぎ澄まさねば。
研いで研いで、細い刀に。
間違っていようがダメだろうが、目的のためだけに。

それが、宮本明の生き残るために選んだ精神の在り方。


――ええ、僕は少し、意味が分かりませんでした。

僕は言葉に、文字に出来ない気持ちで彼らを見ています。
どうして、主義主張の違いをそうも簡単に『決闘』に委ねて戦えるのでしょうか?

人間には言葉がある。
アキラと呼ばれた人間は激情こそあれど、僕達ヒグマのように話の通じづらい相手には見えなかった。
それに、僕らを見ていた、眼。

決心が揺らいで、一瞬で波を止めたあの眼。
斬りかかられても僕が何もできなかったのは、意味不明でも何も言えなかったのは、あの眼を見てしまったからなんです。

もっと言うと、波に流されていた彼を遠くから見つけた時。
いいえ、彼は流されてなどいませんでした。
しっかりと丸太を操り、自分の意思で動かしていました。

最後の最後で、より強い意思に流されてしまいましたが、だからこそ。
僕は……彼を見て、観ていたい。
揺らぎを必死に抑えて矛盾や理不尽を抱え込んでいるよう見える姿を。

『決闘』とは、文化的な殺し合いみたいです。
人間だから行う、理性的な戦い。

そこに文字は存在しない。
でも僕がこうして思考することは間違いなく文字であって。

風が吹き抜けます。
彼らの手札を早く晒せと急かすように。




――わけがわからないよ。

キュゥべえは、そんな表層思考を読みながら何度目かも分からない理解不能だという結果を出した。
他の魔法少女のことを言おうとする度に邪魔が入ってしまう。
でも、この決闘とやらで負傷者が出れば魔法少女を増やすことができるかもしれない。
幸いにして巴マミ暁美ほむらの感覚は近いし、後回しにしても問題はないだろう。

本当に人間は、わけがわからない。
感情とは、大層面倒なものである。


【E-7/E-6との境にある丘/午前】


【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:魔法製金の刀
道具:基本支給品、ランダム支給品×0~1
基本思考:ヒグマ全滅
0:決闘に勝ちヒグマを全部殺してみせる
1:西山……
2:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る


ジャック・ブローニンソン@妄想オリロワ2(支給品)】
状態:木偶(デク)化
装備:なし
道具:なし
基本思考:獣姦
0:動物たちと愛し合いながら逝けるならもういつ死んでもいいよぉ!!
1:アキラ……
[備考]
フランドルの支給品です。
※一度死んで、阿紫花英良の魔力で動いています。魔力の供給が途絶えた時点で死体に戻ります。


【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女、ジャック・ブローニンソンに魔力供給中
装備:ソウルジェム(濁り小)、魔法少女衣装
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)
紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、鎖付きベアトラップ×2
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:明さんを誰かどうにかしてくださいよ……。
1:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
2:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
3:他の参加者を探して協力を取り付ける
4:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
5:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。


武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り極小)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:宮本さんは貴重な人財ですが……あの……。
1:他の参加者をどうにか利用して生き残る
2:元の時代に生きて帰る方法を見つける
3:取り敢えず津波の収まるまでは様子見でしょうか。
4:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:普段着、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:宮本さん大丈夫かなあ。
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……なれるのかこれは?
2:キュゥべえちゃんは、とりあえず軽蔑。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。


【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれた一円金貨
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:わけがわからないよ。
1:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
2:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。


ヒグマになった李徴子山月記?】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
0:こんな身でロワイアルの地にある今でも俺は、俺のSSが長安風流人士のモニターに映ることを願うのだ……。
1:小隻の才と作品を、もっと見たい。
2:フォックスには、まだまだ作品を記録していってもらいたい。
3:人間でありたい。
4:自分の流儀とは一体、何なのだ?
5:対主催同士の合流に衝突はつきもの、見守ろうではないか
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


【フォックス@北斗の拳】
状態:健康
装備:カマ@北斗の拳
道具:基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ランダム支給品×0~2(@しんのゆうしゃ) 、ランダム支給品×0~2(@陳郡の袁さん)、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)
基本思考:生き残り重視
0:メンバーがやばすぎる……。利用しつづけていけるか、俺……?
1:李徴は正気のほうが利用しやすいかも知れん。色々うざったいけど。
2:義弟は逆鱗に触れないようにすることだけ気を付けて、うまいことその能力を活用してやりたい。
3:シャオジーはいつ襲い掛かってきてもおかしくねぇから、背中を晒さねぇようにだけは気を付けよう。
4:まともな人間ってなんだろうな。
[備考]
※勲章『ルーキーカウボーイ』を手に入れました。
※フォックスの支給品はC-8に放置されています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』の内容と
 布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。


【隻眼2】
状態:左前脚に内出血、隻眼
装備:無し
道具:無し
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:主催者に対抗することに、ヒグマはうまみがあるのかしら……?
1:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
2:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
3:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
4:この戦いは意味がわからないけど、観る意味はあるはずだ。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫が、用心相手に入っています。


【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:健康
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:手に入れた情報を広める。
1:今は目の前の『決闘』だ。
2:フォックスは拳法家の流儀通り行動すべきだ。
3:李徴はヒグマなのか人間なのか小説家なのかはっきりしろ。
4:シャオジーは無理して人間の流儀を学ぶ必要はないし、ヒグマでいてくれた方が有り難いんだが……。
5:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
6:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。


No.122:帝都燃えゆ 本編SS目次・投下順 124:ゆめをみていました
No.121:Ancient sounds 本編SS目次・時系列順
No.111:金の指輪 武田観柳 No.129:弟子
阿紫花英良
宮本明
ジャック・ブローニンソン
操真晴人
キュゥべえ
No.113:文字禍 ヒグマになった李徴子
フォックス
ウェカピポの妹の夫
隻眼2

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最終更新:2015年12月27日 18:51