地上最強の生物対ハンター



「…………契約すれば、どんな願いでも叶えてくれるのかい?」
「もちろんさ、だから僕と契約して――」

「魔法少女になってよ」





白い小動物――正式名称インキュベーターを引き連れて、
歴史上最も最初に範馬勇次郎に勝利したハンター――本名不詳は愛銃を片手に、夜闇の中を歩いていく。
星明りさえあれば、深夜の森であろうと腕っこきハンターである彼の移動を妨げることはない。

彼の詳細は誰にもわからない。
唯一言えることは、範馬勇次郎という地上最強の生物に悟られること無く、麻酔弾を撃ちこむほどのハンターであるということのみ。
どういう人生を歩めば、それほどまでの力量を身につけることが出来るのだろうか、
誰一人として――彼の親とて知らぬ、元雇用者の徳川光成も彼の隣を音も立てずに進むキュウべぇも知らぬ、そしてこれから彼が語ることもないだろう。

「…………」
彼が足を止めると、それに合わせてキュウべぇも足を止めた。
前方30メートルにヒグマである、まだ気づいていないのは地上最強の生物をも仕留めたハンターの力量故だろう。
足を止め、どうするか。
かつて人間が生態系の頂点であった時もある、しかし今現在この世界の生態系の頂点はヒグマだ。
気付かれぬままにやり過ごし、ヒグマが他の参加者を全滅させるのを待つ。これが最善の手であろう。

だが、それを良しとしなかったから――彼は狩人になったのだ。

自然体――彼は自然と同調し、自然は彼に同調した。
気配は限りなく薄まり、直接視界に入らなければ悟られることはないだろう。

忍び寄る、ヒグマの背後。
油断しきった王者の背、彼の背を守る玉座は無い。

引き金を引く。

通常のヒグマの数倍はあろうという毛皮が、銃弾を完全に防いでいた。

「…………」
ハンターの口元に微小な笑みが浮かんだことを誰が気づいただろうか、
きっと本人ですら気づかなかっただろう。

「グオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
咆哮を上げるヒグマ――地上最強の生物を前に、ハンターは汗一つかかない。

今更何だというのだ。
ツキノワグマが相手であろうと、虎が相手であろうと、範馬勇次郎が相手であろうと、
何時だって敵は、己よりも遥かに強大な存在であった。

当然のことだ。
自分は僅かに触れた世界の住人――グラップラーではない。
握力のみでトランプを千切ることも、水面を走ることも、ホッキョクグマを素手で屠りさることも、
何一つとして漫画に登場する超人の様なものは持っていない。

奇跡も魔法もなく、己が持っていたのは銃と経験だけだった。
銃と経験のみで、どこまでもどこまでも圧倒的な強者を狩り続けてきた。

轟音と共に巨体が迫る。


「下がっていろ、キュウべぇ」


―――その時の様子を、キュウべぇは後にこう語る―――

正直なところ、驚きました。
ええ、人間って恐怖を覚えるじゃないですか……いえ、僕は違いますよ。
でもあのハンター、震えないし、泣かないし、怯えないし、むしろ――楽しそうだったようにすら思えますよ。

まず、あのハンターは目を狙いました。
どうやってるんだかわからないんですが……西部劇で言う早撃ち……ですかね。

ほとんど同時に両目に着弾……と言ってもいいでしょう。
誤差0.1秒も無かったんじゃないですかね。

え?それであのヒグマは倒れたかって?
いえいえ、貴方はヒグマという地上最強の生物をわかっちゃいない。
僕達インキュベーターだって、ヒグマに接すると感情が芽生えそうになる――そんな生物が、大人しく目に銃弾を受けてくれると思いますか?

ええ、飛んだんです、ヒグマが。
バック転ってやつです、ヒグマってあんなに軽やかに動くんですね。
ブリッジ姿勢で銃弾を回避して、ハンターと距離を取りました。

銃と獣の対決だっていうのに、ジャパニーズサムライの決闘イメージを思っちゃったりしましたね。

間合いがあるんですよね、死の間合いが。
そこにはいったら斬るって奴です。

銃とヒグマの腕――距離を取ったせいで、それが生まれちゃったんでしょうね。

じりじりとおたがいに近づいたり離れたり、踊りにも似ていたように思えます。
それにしてもヒグマってあんな表情するんですねぇ、僕驚いちゃいましたよ。

えぇ、狩人の目です。
ヒグマは地上最強の生物だから、あらゆる生物を舐めてかかると思ったんですが……
いやはや、ハンター相手には一目置いちゃうんですねぇ、これが。

まぁ、でも決着は速かったですよ、ええ。

―――その時の様子を、ヒグマは後にこう語る―――

ここから先は私が話します。
いや、戦ってたヒグマじゃないです。
まぁ、戦いの臭いに……釣られちゃったんですよね、恥ずかしいことに。
まぁ、共食いも結構平気でやりますんで……勝った方を食べちゃおうかな、なんて思っていたんですが……
あれは二人の世界ってやつでしたね、僕なんかじゃ入り込めませんよ。

おっと失礼、話を本筋に戻しますと。
行ったんですよね、ヒグマ――まぁ、穴持たず4ですよ。
死の数字なんて不吉ですが、アイツは己を殺す相手を――極上の戦いを求めていましたからね。
ええ、穴持たず4を殺せる奴なんていませんよ……僕隻眼2っていうんですが、
この目……えぇ、アイツにやられちゃいましたね。
僕なんかじゃ入り込めないっていうのは、ええそういう意味もあります。

それで、まぁ突っ込んだですね。
はい、ハンターの方です。
ヒグマの腕が軽く触れただけで死ぬような脆い身体でですよ。驚きましたね、正直。
捨て身――ええ、そう感じましたよ。
穴持たず4もそう感じたみたいです。

すかさず、穴持たず4が殴りかかって――それで、ハンターが吹き飛んで終わりです。
顔なんかぐちゃぐちゃで……実に食欲を…………いえ、なんでもありません。

まぁ、穴持たず4の食事を邪魔する気は無かったので離れましたね、その場から。
続き?無いでしょう?

だってヒグマに殴られたら、死にますよ、誰だって。


比喩表現ではなく、ハンターの顔は崩れていた。
手加減の無い全力のヒグマの拳を受けてしまえば、当然のことである。
顔の皮は剥がれ、眼球は地面に落ち、脳は半分こぼれ落ちていたといっても過言ではない。

あっさりと得た勝利、当然のことである――穴持たず4は酷く落胆した。
目の前のハンターならば、あるいは互角の勝負をとも考えたのであるが、現実はそう甘くない。

だが、勝利してしまった以上はそれに応じた振る舞いを。

ハンターに近づいていく、牙を剥く。

『いただきます』
言語でなき唸り声をあげる。



『奇跡も魔法も無い』
穴持たず4の口の中に銃砲が侵入する。

聞こえるはずのない声を穴持たず4は聞いた。
死んでいるはずではないか、穴持たず4は驚愕する。
だが、口の中に銃が入り込んだ状態は穴持たず4に歓喜をもたらした。
敵は生きている、生きて俺と戦おうとしてくれている……ならば!

穴持たず4は逆に銃に噛み付いた。
そして、銃ごと相手を振り回す。
圧倒的な回転力に、相手の部位はどんどんと落ちていく。
最初に頭が完全に落ちた。
次に両足。
左腕。
胴。
なのに、なんということだ。
最後まで――銃を持った右腕だけは残り続けた。

敵よ、親愛なる強敵よ。
お前は、腕だけになっても闘う意思を捨てやしないのか。

もしも人間ならば、万の詩を以て穴持たず4は敵を褒め称えただろう。
だが、穴持たずに詩はない。
もたらすはただ、完璧な死。
食す。


乾いた銃声。

『俺の人生にあるのは……銃と経験だけだ』
何の奇跡か、右腕だけとなった死体が穴持たず4に引き金を引いた。
口内は鍛えられない。
麻酔弾が穴持たず4に直撃する。

それは何千、何万回も繰り返したが故の肉体の反射行動なのだろう。
だが、それが――それこそが、範馬勇次郎に勝利したハンターの勝利への執念なのだ。

『誇れ!!』
麻酔弾が穴持たず4を眠りに誘う中、彼は懸命に叫んだ。

『貴様は俺に――地上最強の生物に勝利したのだ!!!』

そして眠りが、訪れる。








「契約は良い」
「どうしてだい?」
「俺の願いは……既に叶っている」
「どんな奇跡だって起こせるっていうのに」

「ああ、俺は積み上げた現実だけで…………地上最強の生物に勝利するという奇跡を起こしてやった」



感情のないボクが言うのもなんだけど、憧れちゃいますよね、男として。



【I-8 森/深夜】

【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:健康
装備:無し
道具:無し
※範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。

【隻眼2】
状態:穴持たず4から逃げる
装備:無し
道具:無し

【穴持たず4】
状態:睡眠中
装備:無し
道具:無し


No.020:クマはキルミーベイベーにも出たよ! 投下順 No.022:あ!やせいのヒグマがとびだしてきた!
No.020:クマはキルミーベイベーにも出たよ! 時系列順 No.022:あ!やせいのヒグマがとびだしてきた!
範馬勇次郎に勝利したハンター 死亡
キュウべぇ No.088手品師の心臓
隻眼2
穴持たず4 No.108老兵の挽歌

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年10月04日 20:47