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 その幼女は、手に艤装の砲塔を携えたまま、酷薄な笑みを浮かべて一行の元に歩み寄っていた。

「何ボサッとしてんだよ、もっと楽しめよお前らもよぉ!!」

 幼女――浅倉威の、意外に過ぎる突然の発砲に、誰もが混乱していた。
 浅倉自身は、危険人物は男女の区別なく危険人物に変わりないことをわかっているが、一般人はどうしても、年端もいかぬ幼女が、これほどまでに戦闘狂であるということ自体が想定外のものなのだ。

「おい、頼むから待ってくれ。戦ってる場合じゃないんだって!」

 一番先にその状況に対応し、佐天涙子と浅倉の間に割って入ったのは、天龍だった。
 少女の姿をした敵性存在に対して、この場で彼女ほど慣れている者はいない。

 彼女は浅倉を、天龍の知らない新型の艦娘か何か――。それこそ、天津風や島風、金剛、大和、扶桑のような、ヒグマ製の艦娘なのかもしれないと感じていた。
 それならば多少狂っているのは理解できる。
 なんならもっと狂っていた者もいたため、浅倉程度であればまだ話し合いの余地があるだろうと、天龍は踏んでいた。


「参加者じゃなくても、お前は艦娘だろ? 日本に帰りたくないのか!?」
「ハァ? なんで日本なんかに帰んなきゃいけねえんだ? この島の方がよっぽど楽しいじゃねぇか!」

 浅倉は首を傾げ、天龍の問いを鼻で笑いとばす。
 そして大手を広げ、高らかに笑い声をあげた。


「俺は人生の中で今日がイッチバン楽しいんだよ! このままここに移住してぇくらいだぜ! グッハッハッハッハァ――!!」


 天龍が離れ、地に横たえられていた黒木智子は、その幼女の笑い声を聞いて、ふと有り得ない可能性に思い至ってしまう。
 思えば思うほど、その幼女の顔立ちや振る舞いは、午後の街中で遭遇した、ある人物に酷似していた。

『……浅倉威という、ほぼ無差別に生物を嬲り殺していた参加者よ。不意を突かれてしまって。
 でも、心配ないわ。扶桑の砲撃で彼は、欠片も残さず吹き飛んだはずだから――』

 あの時、ロビンと共に窓際で聞いた、戦刃むくろの声が思い出された。
 激戦の記憶がフラッシュバックする。
 黒木智子は、引きつった声を上げて身を起こした。

「も、もしかしてお前、昼に私たちを襲った獣人の連中の一味か!? 確か、浅倉威――!!」
「ああ、やっぱりそうだよな。別の俺が一度会ってた気がするぜ、お前とか、さっきの青いヒグマには」
「え!? 浅倉威なんですかあなた――!? 凶悪犯罪者の!!」

 その名前に、司波深雪が驚愕する。
 黒木智子の予感通り、この幼女は、分裂し増殖し続けていた浅倉威の成れの果てであった。
 クツクツと笑う幼女に対して、彼の情報を知っている司波深雪は呆れ驚くしかない。

「何がどう間違って艦娘? いや、魔法少女……? とにかくなんで女の子なんかになってるんですか!?」
「俺だって知らねぇし、どうでも良いだろそんなこたぁ。
 ただ目についたもん食いまくってたら、増殖したり生まれ直したりできるようになってただけだ」

 司波深雪の問いに幼女は、ライダースーツの平たい胸をそらしてふんぞり返る。
 浅倉はとても上機嫌だった。
 こうした他愛もない会話に応じられるほどの心の余裕は、これまでのイライラしていた浅倉威からは考えられない。

「ま、まさかこの人、ミズクマさんの能力を得てる……? だとしても女の子になります……!?」
「はぁ、まさかコイツも『PF・ZERO(ポジティブフィードバック・ゼロ)』持ちだったりするのか?」
「ユリのようだが、ユリとも言い切れない……、いや、実質ユリと言って良いのだろうかこれは……、がう~」

 司波深雪、左天、百合城銀子は、めいめいこの異様な人物の状況に様々な憶測を加えた。
 そんな周囲をよそに、わくわくしたままの浅倉は、天龍の背後にたたずんだままの佐天涙子を煽るように手招きする。

「御託はいいからさっさと楽しく遊ぼうぜ? お前らが折角の遊び相手を殺しちまったんだから、代わりになってくれよ」
「戦いは遊びなわけじゃねぇし、本当にそんなことしてる場合じゃないんだよ! よくわからないがお前も艦娘になったんだろ!? 話聞いてくれよ!」
「別になりたくてなったわけじゃねぇよ」

 あくまで戦闘の勃発を避けるように、天龍は浅倉に向かい合ったまま、じりじりと近づこうとする。
 彼女の言葉に生返事をしながら、浅倉はうざったそうにぼりぼりと頭を掻く。
 痺れを切らした幼女は、右手の砲塔を構え、天龍越しに改めて佐天涙子にそれを放とうとした。

「それに、わかってんだぜ? お前も戦いたくてしょうがねぇってツラだ! 寝たふりしててもバレバレだったんだよ!」
「させるかよ!」


 浅倉の凶行を止めようと天龍が飛び掛かる。
 その時、浅倉は構えた砲塔の陰から、空いている左手を振り払っていた。

「うるせぇ! すっこんでろ!」
『スイングベント』
「が――ッ!?」

 巨大なドラゴンの尻尾のような、獣艇・ジェノドレッドサバイバーの一部が召喚され、鞭のように天龍の胴を叩き、吹き飛ばした。
 桧陣笠で防御しながらも、天龍はもんどりうって転がっていく。
 さらに周囲一帯を振り払う尾を避けんと、黒木智子を左天が、司波深雪を百合城銀子が抱えて飛び退る。

 そのまま、佐天涙子に迫った尾は、瞬間、真っ二つに切り裂かれた。
 ――『最小範囲・第四波動』。
 佐天涙子の手刀に集約された熱が、炎を纏ってそれを焼き切っていたのだ。
 彼女の瞳に灯る漆黒の殺意に、浅倉の背筋はぞくりと粟立つ。

 その毛皮の包帯だらけの姿は、まるで人面獣であった。
 血と浸出液にまみれ、浮腫んだ身体は牛馬や、まさにヒグマのよう。
 赤ん坊のような、喉の狭窄した、か細くカン高い吐息が、焼けただれた口から漏れている。
 その眼光は、まさに人を喰らう肉食獣――『アツユ』のものであった。

 幼女は、興奮に歓喜した。


「――やるじゃねぇか!」
「フルルルルルル――!」


 二匹の獣が、口を引き裂き、牙を露わにした。


「喰らいなァ!!」
「うぃぃぃぃ――!!」

 獣のような幼女が連装砲の砲塔から、血まみれの『アツユ』に向けて砲弾を乱射する。
 その『アツユ』――もとい、ヒグマの体毛包帯だらけの全身に血を滲ませている佐天涙子は、砲弾の弾幕に向けて、腰だめの構えから一気に右手を振り抜いていた。
 風が吹き荒れる。
 砲弾を吹き散らした『下着御手(スカートアッパー)』の突風が、浅倉の全身を叩く。

「くっ――」
「あぁぁぁるぅぅぅぅぅ――!!」

 その風を牽制にして、『分子間力(ファンデルワールスフォース)』による、慣性殺しの高速ステップで、獣が奔る。
 『最小範囲・第四波動』の炎を纏った爪が、浅倉威を切り裂かんと振り下ろされる。

『ガードベント』

 吹き飛ばされながらも、浅倉はその手に、今度は巨大なヒグマの頭蓋骨を召喚して、赤熱する佐天涙子の爪を受け止めた。
 地に踏ん張り、両者は一瞬押し合って拮抗する。
 その均衡を崩したのは、佐天の怒喝だった。

「シィィィィッ――!!」
「おっと」

 その爪に纏うオーラが、炎から蒼黒い光に変ずるや、浅倉の構えていた頭蓋骨の盾が一瞬で塵になって崩壊する。
 『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』だ。
 その危険性を発生直前に感じ取った浅倉は、佐天の手刀が自分の体に届く前に、余裕の笑みでバックステップしていた。

「それがテメェの切り札かァ~? まだあるよなァァ!! もっと全力で来いよォ!!」
『ナスティベント』

 そのまま浅倉が自分の背中に召喚していたのは、艦娘の艤装であった。
 飛びかかってくる蒼黒い獣に向けて、幼女はその艤装から、高周波の霧笛を放っていた。
 それは佐天涙子だけでなく、ヒグマか艦娘の感覚を持った、その場の一行の内耳を強烈に揺らした。

「ギィィィィ――!?」
「ひぃぃ!?」
「うああ!?」
「ぐあっ――!? 霧笛をこんな使い方しやがるなんて……!?」

 左天と黒木智子が困惑してあたりを見回す中、司波深雪、百合城銀子、天龍が頭を抱えてうずくまる。
 飛びかかっていた佐天涙子も、『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』の演算を乱され、地に落ちて悶絶する。


「あんまりガッカリさせんなよ? この程度じゃねえ、だ、ろ!」
『ストライクベント』

 巨大なヒグマの前脚を腕に召喚し装着した浅倉が、悶える佐天涙子の上に、その爪を振り下ろそうとする。
 だがその瞬間、浅倉の半身は突然氷で拘束されていた。

「フルルルルルルルル――!!」

 苦悶の獣の声と共に、たちまちその半径数メートル圏内が結氷する。
 蒸気を発散しながら広範囲を熱吸収し凍結させる技法、『凍結海岸(フローズンビーチ)』だ。

「なるほどな!」
『ブラストベント』

 佐天涙子の反撃に、浅倉は嬉しそうに口を引き裂く。
 艤装のボイラーから高温蒸気が噴出され、『凍結海岸(フローズンビーチ)』の拘束を溶かし砕いていく。
 その間に体勢を立て直した佐天涙子は、あの早朝の戦いを思い出すかのように、風を纏い、月夜に跳ねる。


「ラヒィィイィル!!」


 澄んだ音階で、三日月の女神が鳴いた。
 ――風になれ~みどりのために~

 軽やかに彼女は跳んだ。
 フィギュアスケートの金メダリストのような高いジャンプ。
 高飛び込みの選手のように、くるりと回る。
 フロントフリップから繰り出される、『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』を纏った踵落とし。
 まだ足を氷から抜き出し切れていない幼女の頭上に降りかかる、死神を髣髴とさせる三日月の鎌――。


『トリックベント』


 だが、幼女の脳天を蹴り砕くかと見えたその必殺の一撃が切り裂いたのは、浅倉の姿をした、揺らぐ空気の残滓だった。
 それはかつてムラクモ提督や天津風も見せていた、ボイラーによる高温蒸気を利用した幻惑であった。
 本物の浅倉威は、佐天涙子が蹴ったさらに数メートル奥で、既にそのベルトのバックルから取り出したカードを噛んでいた。


『ユナイトベント』
「行け、獣艇・ジェノドレッドサバイバー!!」


 その攻撃は一行に、あの『死の河』を思い出させた。
 浅倉の傍らから噴出したその異形は、数多のヒグマや艦船がおぞましく融合した蠢動する肉塊だった。
 肉と鉄の奔流が、蹴りを空ぶった佐天涙子に、真正面から衝突した。

 咄嗟に、佐天涙子は『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』を全身に展開した。
 ジェノドレッドサバイバーの先頭が砂塵と化す。
 だが、巨大な肉塊は砂を吹き散らしながら、その勢いを衰えさせることなく、彼女の全身を津波のように呑み込んでいた。

 佐天涙子が身に着けた、高速分子破断技法である『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』は、攻防ともにほとんど隙の無い技ではある。
 しかし、飛来する物体を粉砕し砂塵にできたとしても、単純大質量による直接攻撃は、その重量と衝撃そのものを消し去ることはできない。
 疑似メルトダウナー工場をも完全に倒壊させた、巨大な肉塊による質量兵器。
 戦艦ヒ級を上回る大きさの、獣艇・ジェノドレッドサバイバーによる突貫は、佐天涙子を防御ごと押し潰す天敵だった。

 獣艇・ジェノドレッドサバイバーの全体が顕現し、佐天涙子の体は肉と砂に完全に埋もれる。
 幼女はそのおどろおどろしい光景に上機嫌のまま歩み寄り、苦悶のうめきを漏らす獣艇の毛皮をバシバシと叩いた。


「どんぐらい砕かれた? おうおう、半分いかねぇくらいか。いっちょ前に苦しんでんじゃねよ。
 テメェは俺が食った獲物のただの集合体だろうが。また追加で食ってやるから、黙って大人しく従えや」


 総体の半分近くを『疲労破壊(ファティーグフェイラァ)』で粉塵にされたジェノドレッドサバイバーは、その大部分を構成するヒグマの口を、激痛の悲鳴に呻かせていた。
 だが次第に、その呻きは収まり、ジェノドレッドサバイバーに取り込まれていたヒグマたちの表情も穏やかになっていく。
 浅倉が、その違和感に気づく。
 異変は下から発生していた。

 ジェノドレッドサバイバーの半分が砕け散って形成された砂山から、山吹色の光が漏れる。
 砂の下から獣が這い出す。
 光を纏った『アツユ』が、砂山の上に立ち上がっていた。

「コォォォォォォォォ……」

 『山吹色の第四波動(サンライトイエロー・フォースウェーブ)』。
 ウィルソン・フィリップス上院議員と共に佐天涙子が身に着けた、波紋法の応用による自己回復だ。
 強烈な全身打撲のダメージが、彼女のひと呼吸ごとに回復していく。
 その波紋は、彼女と相打ちし粉砕されていたジェノドレッドサバイバーの傷さえも癒していた。

 ばさばさと髪が伸びる。
 血のにじんでいた包帯が縮み、肌に吸い付く。
 浮腫んでいた身体が、引き締まり、少女らしい姿に戻っていく。


「負けない……。アンタなんかには……」


 顔面に巻かれた包帯の隙間から、元の長い黒髪が生え、佐天涙子の腰元まで伸びている。
 ヒグマの体毛包帯は、波紋のために完全に肌に癒着し、ピッチリとしたボディースーツのように仕立て上げられていた。
 獣とヒトの交じり合った脚線美――。
 洗練されたその佇まいは、あの独覚兵アニラ――皇魁をも髣髴とさせるようなシルエットだった。


    〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


「おお、良いじゃねえか! てっきり喋れねえのかと思ったが。その自己回復で声も出るようになったのか!」

 立ち上がって来た佐天涙子の姿に、浅倉威は心底嬉しそうに感嘆の声を上げる。
 再び構えようとする両者の間に、遠間から声が飛ぶ。

「佐天涙子さん! 空間そのもののエントロピーを逆転させなさい! あなた自身を起点に熱エネルギーを操作する必要はありません!」

 ようやく訪れた戦闘の切れ間に、声を上げていたのは司波深雪だった。
 それは司波深雪が『氷炎地獄(インフェルノ)』を使う際の演算のコツであり、同様の術理で発動する『第四波動』にも応用できるはずであった。

 浅倉と佐天以外の5名は、激化する戦闘の余波から退避するように距離を取っていた。
 天龍と左天と百合城銀子は、この事態にどう収拾を付けるか対応に迷っており、黒木智子はそもそも疲弊で何もできない状態であったが。
 司波深雪は、この浅倉威という人物が傷害と殺人を繰り返していた危険人物であることを把握しているため、後顧の憂いを断つためにも、あわよくばこの場で佐天涙子に殺しておいてもらうべきだとまで考えていた。

 そしてその檄を引き金にして、再度戦いの火蓋が切られる。

「殺す――!!」
「来い――!!」

 ジェノドレッドサバイバーを回収し、身構えた浅倉威の全身を、漆黒の殺意が叩いた。
 『蒼黒色の波紋疾走(ダークリヴィッド・オーバードライブ)』だ。

 蒼黒い波紋が、佐天涙子から瞬く間に広がる。
 先ほどまでの山吹色の波紋を、ネガポジ反転させたような昏い光。
 それは半径十数メートルの周囲全体への無差別攻撃になってしまう。
 地面が風化し、空気が乾燥し、砂塵が舞い上がっていく。

 アドバイスしていたつもりであった司波深雪は、慌ててさらに下がりながら、あまりに無残なその出力結果に身もだえした。

「だぁぁ、なんでそうなるんですか! 自己外部への演算の延長が下手すぎます!! エントロピー増やすな!! ネゲントロピーです、ネゲントロピー!!」
「ヒトには得意不得意があるんだぞ深雪」
「くそ、どうにか助けを――」
「いや、様子を見よう」

 その蒼黒い気焔に押されて、佐天涙子の周囲から、さらに一行は離れざるを得なくなった。
 彼女の波紋が占める領域内に踏み込めばたちまち、全身の分子を振動させられ、肉体は脱水・分解され、砂のように崩壊してしまうだろう。
 百合城銀子と天龍が下がりながら歯噛みする。
 だが、何とかして助けに入ろうとする彼女たちの動きを、黒木智子を抱えた左天が差し止めていた。

「なんで止めるんだよ!?」
「これは嬢ちゃんの成長の機会になるかも知れねぇ。見届けてやろう……」


 彼らの視線の先で、必死に全力を振り絞る佐天涙子は、自身の肉体もやはり『蒼黒色の波紋疾走(ダークリヴィッド・オーバードライブ)』に削られていた。
 極小時間に加熱と冷却が繰り返されるその空間では、組織は脱水され、自分の肉体さえも徐々に崩壊していく。
 その漆黒の殺意が満たす領域の中で佐天涙子と向かい合いながら、魔法少女として、自身の周囲にカードを連ねた魔力の結界を張って対抗する浅倉威だけが不敵な笑みを浮かべていた。


「いいなぁ!! 最高に楽しいじゃねぇか!! 全力の根競べってワケだろ!! 付き合ってやるぜェェ!!」


 肉を灼き崩す激しい痛みに耐える佐天涙子と、喜びで狂ったように嗤う浅倉威の表情は、対照的であった。
 果たしてどちらが攻撃している側なのかもわからない。
 見かねた天龍が叫ぶ。

「やめろ涙子!! もう自分を粗末にするんじゃねぇ!! お前だけの命じゃねぇんだぞ!!」
「外野は黙っとけよ! こいつがイライラしてんのはわかるだろ? 発散させてやれよ! なあぁぁ?」

 その叫びに答えたのは、佐天涙子ではなく、むしろ浅倉威だった。
 浅倉が結界から顎をしゃくる。
 おちょくるかのように同意を求められた佐天涙子は、必死の形相で、今一度地面を踏みしめた。


「負けない……。初春のためにも、皇さん、ウィルソンさん、北岡さんたちのためにも……!!」
「あ? 北岡と会ったのか、てめぇ?」

 歯噛みする佐天涙子から漏れてきた呟きは、浅倉にとって意外な名前だった。
 蒼黒い暴風を前に、合点がいったかのように浅倉は何度も頷いた。

「なるほど、だからお前もイライラしてんのか。そういや放送で言ってたなぁ? さぞやあいつは無能な弁護士だっただろ?」

 その嘲笑は、佐天の心を逆撫でした。
 蒼黒い波紋が一層荒れ狂う。


「そんなことない!! 北岡さんは、私たちを助けてくれて!!
 殺人罪で後悔してた私が自分を責めないよう、ずっと配慮して、無罪になるよう最後まで弁護してくれた!!」
「じゃあいいじゃねぇか! 北岡がてめえを無罪にしたってんなら、なんでてめえは自分自身にイラついてんだよ?」


 吐き出すような佐天涙子の叫びに、浅倉威はさらなる嘲りで返す。
 佐天涙子の主張は、浅倉にとっては全く論理が破綻していた。

 浅倉は、この場に来た時からずっと、狸寝入りの佐天涙子が、強大な力を持ちながらも自身に苛立っていることを感じ取っていた。
 己の境遇に似たものを感じた浅倉は、ある意味浅倉なりのスキンシップでこの戦いを持ちかけていたのだ。
 イライラは、戦いをすればまぎれる。
 苛立ちの原因が解消されればなお良い。
 それが己の力や罪に起因するイライラなのであれば、それが無罪になっていればイライラするはずもない。
 無罪なのにイライラしているなど、ただの愚か者だ。
 ならば、ここで佐天涙子がこんなにもイライラしている、それは逆説的に――。


    〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


「てめえが罪悪感に苛まれてンなら、そりゃぁ北岡がろくに弁護できなかった無能弁護士だったってことの証拠だろうがよ!!」


 浅倉さんの叫びに、私はハッとした。

 ――そう、か。
 私はもう、自分を責めなくて、いいんだ。
 いや、自分を責めてしまうことはむしろ、北岡さんを始めとした、私を救ってくれた人々の想いを無下にしてしまう愚行なんだ。

 蒼黒い、私自身の苛立ちが吹き荒れる空間の中で、私はようやく気付いた。

 浅倉さんは私の前で、獣のように口角を引き裂いて、私を嘲笑った。


「本当に無罪なんだったら、今更グダグダ後悔してんじゃねぇよバカがァ!!」


 そうだ。私は、もう悔やまない。
 責めない。
 ただ前に。
 未来を求める。

 私の背中を押し、託してくれた人たちのためにも。


 あの吸血鬼・アーカードを倒した、あの月の炎。
 アレが欲しい。

 私は、不器用な人間だ。ただの無能力者だった。
 ヒグマでもなんでもない。
 そりゃ、多少は機械の操作とか飲み込むのは早いかもしれない。

 でも、『第四波動』を満足に使えてたのは左天さんのガントレットがあった時だけだったし。
 あの真っ青な月の炎を出せたのは、ウィルソンさんからもらったナイフがあったおかげだった。
 今だって、司波さんに呆れられるくらい、能力のコントロールは下手。
 理屈を言われたって分かりっこない。
 カンで突き進んできた、感覚派に過ぎない。

 ああ、前髪がうざったいな。
 さっきの波紋疾走で、伸びすぎちゃった。

 ああ、銀の三日月、ナイフを下さい。
 長く伸びすぎた、髪を切るために。

 月の力を私に下さい。

 あの皇さんの鎌のような。
 ほそほそと鋭い、綺麗なナイフを。

 銀の三日月、勇気(ブレイブ)を下さい!


     ――rave<レイブ>(狂喜を)
    ――Brave<ブレイブ>(勇気をッ!)

          私はそれを、

 ――OUTBrave<アウトブレイブ>(凌駕するッ!!)


    〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


 佐天涙子の放出していた、蒼黒いオーラが収まる。
 そしていつの間にか、彼女の目の前に浮かぶものがあった。

 それは銀色の金属でできた、巨大な球体だった。
 その球の表面は、ダマスカス鋼のような複雑な波紋を帯び、幾条もの文様にて分割されている。

 左天たちは、その金属に見覚えがあった。
 それは、あのアーカードを倒した際、あの青い炎が燃え尽きた跡に、佐天涙子と共に溜まっていた、あらゆる元素が熔けあったような、謎の金属成分であった。

 表面に浮かんだ文様に沿って、その球体はバラリといくつものパーツに分かれる。

「なんだ、ありゃ……」
「銀の、月……!?」
「いや、鎧……!?」

 周囲の人々が驚く前で、分離した金属のパーツは、佐天涙子の四肢に次々と装着される。
 まるでガントレットのように。鉤爪のように。
 その金属が動くたびに、砂漠のように砂塵が吹き荒れた。


「まるで砂漠の月……!」


 司波深雪の驚く声と共に、砂塵が収まる。
 そこには、全ての月のパーツが装着された佐天涙子が、たたずんでいた。

 長い黒髪が風にたなびく。
 ぴったりと肌に癒着し、まるでボディースーツのようになったヒグマの体毛包帯に、その伸びやかな肢体のフォルムが際立つ。
 左天と同じ、大きく太いガントレットが両腕を覆う。
 手足にはすべて、三日月を思わせる、3本ずつの大きな鉤爪。
 その背中には、多数の三日月状のウェハーで形成された、爬虫類の翼膜のような構造体が形作られていた。

 カミソリのように鋭い両手の爪を、佐天涙子は目の前で交差させ、打ち開く。
 伸びすぎた前髪がバッサリと斬り落とされ、舞い散る。
 いつもの髪型に、五枚の花弁を模した金属のウェハーがいつもの髪留めのように咲いた。

 その奥に輝く瞳は、決して獣のものではなかった。
 確かな決意を持って浅倉威を見つめているのは、深い緑を湛えた、少女の眼差しにほかならなかった。


「……その呼び方もらうわ、司波さん。
 私の能力の名前は――、『砂漠の月(デザートムーン)』!!」


 呟く佐天涙子の目の前には最後に、球体の芯を形成していた円柱がくるくると回転して、砂地に突き立つ。
 彼女は、バットのようなその金属柱を引き抜き、青眼に構えた。

 それこそが、佐天涙子に開眼したアルター能力の真の姿だった。
 具現型と融合装着型の性質を併せ持つ、月の銀の複合構造体。


「……やったじゃねぇか、嬢ちゃん。ようやくそのじゃじゃ馬の獣を、乗りこなせたな」


 その勇姿に、左天が感慨深く呟く。


「私はもう、北岡さんに、初春に、自分に、私を助けてくれたみんなに恥じない――!!」


 大上段に振り上げられた銀色のバットは、そのヘッドの左右が圧縮され、刃を形成する。
 音を立てて自己鍛造され、三日月のように歪み続けたそのバット状の武装は、たちまち銀の大きな偃月刀と化していた。

 それは頭上の虚空にあると言われる、存在しないはずのチャクラ、月の輪(ソーマ・チャクラ)。

 アーカードを焼き尽くした、あの真っ青な炎が、佐天涙子の掲げる剣に灯った。


「これが月の炎――! 月の心――!! 月の『恋』――!!」
「そうこなくっちゃなぁぁぁぁ――!!」
『ソードベント』


 偃月刀を構えて走り来る佐天涙子に、浅倉も歓喜の声で応えた。
 ベノサーベルを手にした獣と、刀を振りかぶる三日月の女神が、凄まじい勢いで激突した。


    〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


「はいそこまで」

 だが、両者の剣戟は、相手に届く前に止まっていた。
 左天が、浅倉威のベノサーベルと、佐天涙子の偃月刀を、共に片手の指で挟んで完全に制止させていたのだ。
 偃月刀に灯っていた蒼い炎も消えている。
 左天が第四波動の熱吸収で相殺したということになる。

 彼は涙子の刀を離し、包帯の奥からにやりと笑いかけた。

「ほい、よかったな嬢ちゃん、そのアルターって能力(フラグメント)をしっかり身につけられて。
 それで、『第四波動』の方も十分操れるようになると思うぞ」
「左天のおじさん……」

 左天に諭され、佐天涙子はふっとその殺気を収める。


「おい! 邪魔すんじゃねぇよ!!」

 一方、ベノサーベルを掴まれて攻撃を止められた浅倉は、なんとか左天を振りほどこうともがき、彼の脚をけたぐっていた。
 だが、幼女になってしまっている浅倉の、特に魔力も込めていない蹴りなどでは、左天はびくともしなかった。

「もうやめてくれ! 江ノ島盾子って奴が、この島に核爆弾かなんかを落として、島にいる奴を全員殺そうとしてるんだよ!」
「……は? なんだそりゃ? 核ゥ?」

 その間に走り寄ってきた天龍が、幼女の浅倉威を左天から引き剥がして、背中から抑える。
 羽交い締めにされながらも、その時彼女から語られた単語に、ようやく浅倉は暴れるのをやめた。
 しばらく考えを巡らせたあと、浅倉は呆れと怒りの混ざった声で天龍に返す。


「……じゃあこんなとこで遊んでる場合じゃねぇじゃねえか!」
「だからそう言ってるだろさっきから!!」
「先に言えよそういう理由はよォ。せっかくこの島が居心地よかったってのに爆破されちゃたまらんぜ」


 納得のいく停戦理由が今になって語られたことで、浅倉はため息をついて脱力した。
 ベノサーベルを消し、武装解除して地面におろしてもらう。


「で? なんだ、てめぇらはその江ノ島って奴をぶっ殺すためにこうして雁首揃えてたわけか。
 どうりでなぁ。じゃあ俺も一緒にそいつぶっ殺してやるわ」
「最初から分かってくれよ……」
「さっきの放送でも、『脱出するために協力しろ』的なことしか言ってなかったじゃねえか。わかるわけねえだろ。
 『最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう』って言ってた運営連中が死んだから真に受けるなってのは武田から聞いたが。
 俺は別に脱出したくはねえから協力しなかった。そんだけだよ」
「そうか、うん、そうだよな、犯罪者だったってんならな……」


 脱出への前提条件として、江ノ島盾子の打倒が絶対に必要であることを改めて説明することで、浅倉威は納得した。
 彼は何よりも、この島がミサイルによって焼き尽くされようとしていることが我慢ならないようだった。

 ざっくりと佐天涙子たち一行の話を聞いた浅倉は、悪びれもせず朗らかに自己紹介していた。


「俺も自己紹介させてもらうと、浅倉威だ。……いや、なんかよくわからんうちに女になってたから、浅倉威子(たけこ)とでも名乗るか。
 あと、魔法少女だか、船娘だかなんだかにもなってる。ただの車の整備士やってたライダーだが、無能弁護士の北岡のおかげで有罪になっちまった」
「艦娘な」
「北岡さんは無能じゃないし」
「あなたみたいな凶悪犯が懲役10年に減刑されてただけでも相当すごい手腕だと思いますよ?」
「その時期はずっとイライラしてたんだよ、俺もな。てめぇら女どもだって、毎月何日かはイライラするんだろ?」

 天龍、涙子、深雪のツッコミを受け流し、浅倉威子は飄々と答える。
 続けて、浅倉は司波深雪に向けて言葉を繋いだ。


「そういや、てめぇは運営の連中の一人なんだよな? ありがとよ、俺をここに連れてきてくれて!
 本当に最高の島だぜここは! イライラしてもすぐ戦えて、食料も溢れてる! 警察にも捕まらねぇ!
 何より新しく楽しい体験ばかりで、本当に人生で最高の一日を過ごせてるんだ!
 その江ノ島って奴をぶっ殺せたら、ぜひとも俺を、ここに永住させてくれや!」
「あは、はあ……、そうですか、はい……。まあ、江ノ島盾子を倒せた暁には、ね……」

 心底嬉しそうに、そんな申し出をしながら握手してくる幼女に、司波深雪は困惑するばかりだった。
 一方の浅倉は、『黒幕を倒す』という新たな目標と、『この島に永住できる』という新たな報奨が提示されたおかげで、最高の気分だった。
 るんるんと幼女らしい朗らかな笑みを浮かべて、ウキウキとはしゃぎ回っている。

「んで? そのぶっ殺す相手はどこにいるんだよ? まだ見つけられてねぇのか?」

 その可愛らしい笑顔のままに、成人男性の凶悪犯らしい物騒な問いを投げかけてくるものだから、一行の体感するギャップはすさまじかった。

「そうです。居場所がわかったら苦労しないんですが……」
「別の俺と一緒にいた武田ってヤツは、用意周到なことに通信網かなんかを作ってたみたいだぜ? お前らにはそういうのないのか?」
「艦娘同士なら電信で連携は取れるし、電探を使える奴もいるだろうが……」

 好戦的すぎるが意外にも理知的な浅倉との会話に、司波深雪も天龍も、次第に困惑していた態度を改める。
 先ほど激しい戦いをしていたとは思えないほど、切り替えもあっさりしすぎている。

「……というか、あなた今、艦娘かつ魔法少女とか言ってませんでしたか!? テレパシーが使えるんじゃ!?」
「はぁ? そういうもんなのか? だいぶカンで使ってたところあるからな」
「カンであそこまで艤装使えてたんなら、相当な戦闘感覚だよ本当に……」

 その場の全員が、この浅倉威子という人物は、先ほどの戦いでもまったく全力を出していなかったことを察した。
 浅倉は常に、佐天涙子の様子を見ながら同程度の手札で対応していたに過ぎなかったのだ。
 本当に、彼女にとっては先ほどの戦いは単なる遊びだったのだと、嫌でも理解できてしまった。

 佐天涙子は、そんな浅倉威子の様子を見ながら、つくづく自分と似たところがあったのだなあと感じ入る。
 そして同時に、浅倉は今の自分がまだ及ばないほどの実力者なのだということも察する。
 なんとまあ自分が青二才だったことか――。

 『砂漠の月(デザートムーン)』の鎧を纏ったまま、自然と佐天涙子は頭を下げていた。


「浅倉さん、みんな、本当にすみません。あと、ご迷惑、ご心配おかけしました……」
「こっちは気にしてねぇよ! 涙子が戻ってきて、俺たちは本当に嬉しいんだ!」
「傷も癒せて、フラグメントも安定したのが何よりだ。そういう意味では、むしろ浅倉の嬢ちゃんには礼を言わんとな」
「あ? 俺かぁ?」

 天龍と左天が答え、続いて浅倉が、思ってもいなかった謝礼の言葉に戸惑う。
 頭を下げる佐天に背伸びをして、その肩をポンポンと軽くたたく。

「別に、俺は俺で楽しみたかっただけだからよ。あと、イライラしてんならお前もグダグダ悩まずさっさと発散しろよ今度から」
「あはは……、浅倉さんくらいまで吹っ切れられるのは、ちょっと羨ましいな……」

 その年恰好に似合わぬライダースーツの幼女の激励に、涙子は苦笑した。


    〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


「……ちょっと待て。コイツにひとこと言わせてくれ」
「おう、お前か」

 浅倉威子を受け入れようとしていた一行の中でその時声を上げたのは、黒木智子だった。
 『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を全力稼働させた反動で疲弊しきり、動けていなかった彼女は、ようやくふらふらと自力で立ち上がり、ぼさぼさの髪を振り乱して浅倉を指差していた。

 日中、彼女はグリズリーマザークリストファー・ロビンたちと共に、浅倉威に強襲されている。
 危機的状況に陥ったあの時のことは、忘れようと思っても忘れられるものではなかった。

「……お前、あの時私たちを襲ったのも、単に『楽しみたかった』だけだって言うのか?」
「そうだよ。お前は楽しくなかったのか? あの時のお前の気合は、なかなか見どころあると思ったぜ?」
「楽しいわけないだろ……!」

 幸い、その場で浅倉威に殺された同行者はいなかったものの、あの場で黒木智子と一緒にいたメンバーは、もう全員が死亡してしまっている。
 メスガキ然としたニヤつく幼女を指差しながら、ぎりぎりと智子は歯噛みした。


「おいこのドグサレ!! 私たちと同行するならな、もう二度と、私たちを襲わないと誓え!
 お前が戦っていいのは、黒幕の江ノ島盾子と、その配下の連中だけだ!
 もう私は、仲間たちが死んでいくのを、見たくないんだよ!! みんなで生きて、帰りたいんだ!!」


 手を振り払い、吐き捨てた叫びは、事実この場で、浅倉に確約させておくべき事柄ではあった。
 一行が見守る中で、幼女の浅倉は、涙を浮かべて息を荒げる黒木智子に、哀れみの視線を向けた。

「……なるほど。あの時の連中は、もうお前しかいないみたいだしな」
「そうだ……! これが守れないなら、涙子ではなく、私が、テメェの咽喉にクソゲロ詰めて殺す……!!」
「わかったよ。別にこの状況でお前らを襲うほどバカじゃねぇ」

 ため息と共に、やれやれと首を振って浅倉は答える。
 しかし、安堵する一行に向けて、浅倉は続けざまに釘を刺すように叫んだ。


「だが、てめぇらは全くもって甘すぎる。俺はてめぇらを、攻撃を防ぐ盾にはするだろう。てめぇらもそうしろ。
 『みんなで生きて帰る』なんて、そんなお花畑な望みが、簡単に叶う訳ねぇだろ!!
 使えるモンは何でも利用しろ! そうしねぇと生き残れねぇのは、十分わかってんだろてめぇらも!! なぁ!!」


 特に、佐天涙子と黒木智子を差して、浅倉は嗤う。
 涙子の纏う『砂漠の月(デザートムーン)』も、智子が侍らせる『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』も、共に彼女たちが、今まで共に過ごした仲間たちの想いを受け、利用し、彼らの屍の上に得た能力であった。
 『誰も死なせないままに生き残る』ということが、弱肉強食のこの島で、いかに困難なことであるのか、彼女たちは痛いほど理解していた。


「……よし! みんな納得したよな!? ならちょっと改めて、これからの方針を練ろう!」
「おう、天龍っつったか? プロレスラーみたいで良い名前だよなお前。よろしく頼むぜ」

 流れを切るように、天龍が手を叩いて浅倉を招く。
 頭を突き合わせる左天や司波深雪たちを遠巻きにしながら、佐天涙子と黒木智子は自然とお互いを見やっていた。


「……涙子それ、たぶんこの『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』と同じ、金属の演算装置だ」
「え、この『砂漠の月(デザートムーン)』が?」
「ああ。たぶんそれに能力の演算を肩代わりしてもらうと、ずいぶん涙子の力も操作しやすくなるんじゃないかと思う」

 ぽつりと、智子は涙子に向けてそう言葉をかける。
 来歴もスタイルも何もかも違うが、この場で自分たち二人が、似たような力を得たことは、智子にとって、とても親近感を抱かせる事柄だった。
 魔術の演算装置である水銀と、アルター能力で形成された固体金属である差はあれど、智子の直感では、恐らくその性質も似通っているだろうと思われた。
 そして彼女は涙子にすすすと近寄り、先ほどからずっと言いたかったことを耳打ちした。


「私はぶっちゃけ今の涙子、CCOみたいだし、結構エロかっこいいと思うぞ。あと、おじさんと二人揃って包帯巻いててペアルックみたいだし」
「う……、毛皮だから寒くはないけど、確かにこうボディーライン出てると恥ずかしいかな……」
「いや、いいよ。まだ健全だよ。私も目の保養になるから恥ずかしがらなくていい」
「黒木さんも随分吹っ切れて言うようになったわね……」

 四肢に装着され、刀となっていた『砂漠の月(デザートムーン)』は、佐天涙子の恥じらいと共にバラバラと体から外れ、元の巨大な金属球に戻った後、アルター粒子となって消える。
 茶色い毛皮の包帯でぐるぐる巻きになった状態の佐天涙子は、確かにハロウィンのコスプレだと言われれば納得できる程度の様相ではある。

 コンビニに入って立ち読みすることも、きっとできる。
 クレープ屋さんで友達と、おしゃべりすることもきっとできる。
 たぶん。

 彼女は智子の言葉に、赤面しながらほほを掻いた。

「……でも、正直、この姿が醜いんじゃないか、怖いんじゃないかと思ってたから。そう言ってもらえて、嬉しい」
「いや、マジで良いよ涙子。最強」

 彼女に寄り添いながら智子は、感慨深げに親指を立てるだけだった。
 自分自身しか助けられない――『独覚』という言葉の呪いが、涙子の中で、ほどけるような気がした。


「うんうん、色々あったが良いユリが咲いたな……。じゅるり」


 その二人および、作戦会議する天龍らの様子をさらに遠巻きに見守っていたのが、百合城銀子であった。
 彼女は彼女で、思いがけず咲いた良質の百合の花に一人満足げであったが、そんな彼女の熊耳に、ふと地中から聞こえる異音があった。
 咄嗟に、彼女は冷静さを取り戻す。

「――危険だ! 離れろ!!」
「ひゃっ!?」

 そしてそのまま、銀子は佐天涙子と黒木智子に飛びかかり、二人を突き飛ばす。

 直後、そこには地響きがあった。
 二人が立っていたすぐそばの地面から、突如、ピンク色の閃光が迸る。

「なっ――!?」

 岩盤が砕かれ、破片が宙に飛ぶ。
 防御のためか帆布を全身に巻いた状態のヒグマが、それでも焼き焦がされた状態で転がってくる。

 浅倉が、天龍が、左天が、深雪が、涙子が、智子が、銀子が、驚愕に見やる中。
 崩れた地下からの斜面を、何者かがのぼってきていた。


 ――『つまさきだち』へ続く

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最終更新:2026年04月17日 16:43