アットウィキロゴ
「喰われたッ……! 安室さんが江ノ島盾子に……!!」

 放送室の机を叩き、武田観柳が呻く。
 テレパシーブローチの先の、コロポックルヒグマ・安室嶺の反応が消失したことを感じて、彼は歯噛みしていた。

「あいつに普通に飛び道具を撃ったところで効かないんですよ……! だから戻って来いと言ったじゃないですか……!!
 状況から推測するに、あの『紙に畳み込む能力』……!? あの力、そんな遠距離から届くんですか……!?」

 全島にブローチを配布し、最後に黒幕に挑もうとした勇敢なるヒグマの行いは、実際にはあまりも無謀な行為であった。
 しかし、武田観柳としても、ここまで一方的に安室嶺が屠られることは想定外に過ぎた。
 あまりにも強大な黒幕の力。

 その圧倒的な実力を今一度実感し、打ちひしがれるヒグマ島希望放送の放送室に、バタバタと誰かが転がり込んでくる。
 息を荒げて駆け込んできたその少女は、司波深雪だった。

「江ノ島盾子は、恐らく自分を『完璧な人間型のヒグマ』にしています! ビショップさんとかがプロトタイプになっている……。
 その過程で、『自分の取り込んだ全てのヒグマの能力を使う能力』を身に着けていると考えるべきです!」
「……主催の司波深雪さんでしたね? 詳しいことをお教えいただけますか?」

 眼鏡を上げ、姿勢を正した観柳が振り向く。
 放送室に降り立ったばかりの深雪は、焦りを滲ませて彼に詰め寄っていた。

「あなたこそ、実際にヤツと邂逅したんじゃないんですか!? 知りたいのはこっちです。ヤツが今保有している能力を教えなさい!」

 鬼気迫る表情の彼女に、武田観柳は苦々しく返す。

「……あなた、自分の立場がわかっていないのですか? 案外頭のよくない御方だ。さぞや女学校でも劣等生だったのでしょう」
「はあ!?」

 返された罵倒に戸惑う深雪に、観柳は白スーツの襟を正して立ち上がる。
 背の高い観柳は、彼女を見下ろす形になって威圧した。

「あなた方主催は、我々無辜の民草をこんな島に誘拐し、殺し合わせた犯人です。
 そうでありながら、無様にもヒグマや江ノ島盾子に敗北し、今や我々参加者に助けを乞う立場なのですよ。
 ……なあ、どうしてその分際で、この武田観柳サマたちにデカイ態度とれんだ小娘?
 こっちは今すぐテメェをひねりつぶしてやったって構わねぇんだぞ?
 テメェにできることは、生還のために、全力を尽くして我々の指示に従うことだけだ。わきまえろ」
「……すみません」

 正論しかない観柳の言説に、深雪は焦りを冷まされ、うなだれた。
 彼が年長者として、こうして少しでもケジメをつけていなければ、司波深雪には今にも御坂美琴が殴りかかろうとしていたため、彼の態度は正しい。
 深雪は恥じ入った表情で、ぎこちなく頭を下げていた。


「……仮にも皆様を巻き込んだ主催の一員として、陳謝します。……今は生存者の生還に尽力するつもりです。
 江ノ島盾子に早急に対処すべき焦りで、武田さんを始めとした皆様には失礼をいたしました……」
「まあいいでしょう。私がヤツとの戦闘で目にした能力は少なくともこれだけ……」

  • キュゥべぇやヒグマの認識をもすり抜ける隠密能力
  • 物体を紙に畳み込み、無力化、破壊する能力
  • 空間を切り裂く能力
  • 飛び道具を正確に打ち返す能力
  • 風を操る能力
  • 体内から拳銃を出す能力
  • 熊撃ち銃を直撃させても致命傷になり難い防御力
  • 火炎を吸収し放出する能力
  • 巨人に変化する能力(巨人の肉体が破壊されても本体に影響はない)
  • 腹の中から自分を産み直す能力(恐らく浅倉さんと同様の能力?)

 武田観柳が列挙した、現時点での江ノ島盾子の能力の一覧を眺め、司波深雪は爪を噛んだ。

「ステルス、ヤセイ、オートヒグマータ、火グマ、ヒグマ型巨人、ミズクマ……、あと何……?
 何にせよ、かなりの数のHIGUMAを確保したみたいですね……。良くない。もっと早いうちに叩ければ良かったのに……!」

 深雪の記憶と照らし合わせても、江ノ島盾子の能力には、既に正体のよくわからないものが多数あった。
 この島の戦いで、参加者も、ヒグマたち自身も、わずか1日で急速に変異と進化を繰り返してきたのだ。
 その進化の功績をかすめ取っている江ノ島盾子の変異速度は、さらに輪をかけて凄まじいものであると言える。

「そして恐らく、安室さんの最後の通信を鑑みるに、あの瑞鶴とかいう艦娘さんの能力も会得したと考えて間違いなさそうですね……」
「ええ、被害が出れば出るだけ、こちらは手駒を奪われる形になり、雪だるま式に不利になります。
 武田さんがこのタイミングで全生存者に渡りをつけて下さったことで、かろうじて希望が繋がりました……!
 これ以上後手に回っていたら、もはや誰も太刀打ちができなくなっていました。どうにか早急に決着をつけないと……!」
「そのためには、江ノ島盾子以外にも、この拠点を防衛しつつ、まずあと3体の敵性存在を打倒しなくてはなりません」

 島をF-2から西進する相田マナ――『H』。
 D-5のヒグマン子爵――『G羆魔神我』。
 C-6のカラス――『始まりと終わりに存在するものの代弁者』。

 額を突き合わせ、打倒江ノ島盾子のための方策を練り始める観柳と深雪たちの後ろでは、獣艇・ジェノドレッドサバイバーから降りてきた人々と、ヒグマ島希望放送に居た人員が、続々と顔を合わせ始めていた。


「よくもまぁのこのこ私たちの前にそのツラ晒せたもんだなぁヒグマ人間んんん???」
「オイオイ、俺でさえ遊ぶ相手とタイミングはわきまえてるぜ? テメェはこんなお友達の多い場で戦っても良いのか?」
「まあまあキリカちゃん、落ち着いて……」

 夢原のぞみに羽交い締めにされた呉キリカが、浅倉威子とガンを飛ばし合っている。

「よく言った、あさささっつったな。殺すのは最後にしてやる……!!」
「ああ、江ノ島ってヤツをブッ殺したら、後で気の済むまで遊ぼうぜ、呉ェ」

 一触即発の空気の中、かろうじてキリカが殺意を抑えたタイミングで、明るい声がその場に飛び込んでくる。

「威子ちゃんっ!」
「おっと」

 浅倉威子の幼い体に、艦娘の那珂が抱き着いていたのだ。

「わぁ~、可愛い女の子になったねぇ! やっぱり那珂ちゃんがお母さんだからかな?
 那珂ちゃんもあの時はびっくりしちゃったけど、これから仲良くしようね!」
「はあ? 可愛い……? 俺がか? 俺はお前を殺しかけたヤツなんだぞ?」
「威子ちゃんは可愛いよ! きっかけはどうあれ、この艦隊のアイドル、那珂ちゃんの娘なんだもん!」

 キリカものぞみも、当の浅倉も面食らう中で、那珂は一人うきうきと満面の笑みで浅倉威子の髪を撫でていた。
 経緯自体は散々なものではあったが、文字通りお腹を痛めて産んだ娘の健やかな成長は、那珂にとっては喜ばしいもの以外の何でもなかった。
 浅倉は戸惑った。

「そう……か。一応お前は、俺の母親になるんだったな」
「そうだよ? どうしたの?」

 ガラにもなくまごついている浅倉に、那珂は問いかける。
 浅倉にとっては、打算も何もなく、こんなにもまっすぐ親愛の情を向けられること自体が初めてのことだった。
 本当にどう振る舞えばいいのかわからず、浅倉はぽつりと自分の身の上話をこぼしていた。

「……いや、俺はな。本当の親にはぶん殴られて育ってきたから。どう接していいかわからねぇ。
 俺は家に火ィつけて、親をブッ殺して逃げて……」

 言いかけた浅倉の言葉を、那珂は抱きしめて遮った。

「威子ちゃんのお母さんは、那珂ちゃんだよ!! そんな悲しい過去、忘れちゃっていい!!
 那珂ちゃんが、いっぱい愛してあげるから!! 那珂ちゃんに、いっぱい甘えて良いから!!」
「う、ん……」

 されるがままに、その頭をもたせ掛けた那珂の胸元は、今まで浅倉が感じたこともない、暖かく柔らかな心地よさに満ちていた。
 その甘やかな香りに包まれている間は、胸のイライラなど、どこにも存在しなくなるように思えた。


 そことはまた少し離れた放送室の隅で、再開に震える少女たちがいる。

「初春! 御坂さん! 無事だったのね!? 良かった……!!」
「佐天さん! どうしたんですか大丈夫ですか!? これ全部火傷!?」
「私以上に、凄まじい戦いを切り抜けてきたのね……。本当、佐天さんだけでも生きてて良かった……」

 佐天涙子初春飾利が抱き合い、御坂美琴が涙ぐむ。
 血の染みたボロボロの制服の初春。
 左肩が裂け飛んだゴスロリ衣装の美琴。
 ヒグマの毛皮の包帯に、マントだけを羽織った佐天。
 三者三様に、激戦の痕が色濃い様相を見合い、佐天涙子は、照れ隠しのように一歩下がる。

「ああうん、大やけどして……。こんな醜い姿だけど、みんなに治療してもらって、一応、大丈夫……」
「醜くなんてないです……! 本当に頑張って来たんですね……! 格好いいです、佐天さん……!」

 引き下がった彼女を、初春は今一度抱きしめる。
 ヒグマに、『アツユ』に、化け物(フリークス)になってしまったのではないかとすら自嘲していた佐天にとって、この親友の言葉ほど沁み入るものはなかった。

 そんな彼女たちの元に、同じくボロボロのツナギと、ネクタイで纏めただけの髪に、水銀の半端な鎧をまとった黒木智子がおずおずと切り出す。

「良い雰囲気のところ悪いけど……、なんか着替えとかない……?」
「ゴスロリ衣装なら大量にあるわ。うん、とりあえず佐天さんもその格好じゃ色々問題あるだろうし、着たら?」
「なんでゴスロリがこんなにあるの……? 布束さんのコレクション?」
「たぶんそう。HIGUMAアスレチックのダサTシャツよりいいでしょ?」
「いやむしろダサTの方が……」
「私はもう実質裸だからゴスロリ着るね……」

 御坂美琴が更衣室のロッカーの方に手招きして、自分も着ているゴスロリ衣装を佐天と智子に勧める。
 智子は恥ずかしさから、HIGUMAのプリントシャツを重ね着する方を選んだが、全身包帯でしかない佐天はきちんとゴシックロリータのドレスを着こむことを選んだ。
 その中で、智子はその更衣室の先に、普通にシャワー室があることに気づく。
 そういえば来る間にも、温泉水の川が崖へと流れていたはずだ。

「あれ……? ってかここもしかして温泉とシャワー生きてるのか……? 浴びて良い……?」
「ああそうね、一旦、休める人は休んで! 本当ここまでお疲れ様! くまモンとクックロビンが休憩用の小屋も用意してくれてる!」
「うおお……、ありがてぇ……! 天国かよ……」

 智子の問いかけに、御坂美琴は改めて来訪者一向に呼びかけて労う。
 黒木智子は感動に涙を浮かべながら、月霊髄液クロス・フォームを解除し、ひとっ風呂浴びてくることにさせてもらった。


 その休憩用のバラック小屋にはちょうど、天龍と百合城銀子が、夕立提督から託された肉骨茶(バクテー)の寸動鍋を運び入れたところだった。

「本当、大破しながらよく戦い抜いたな天津風。救援物資だ」
「これは地下のヒグマから託された鍋だ。炊き出しとして食べるといい。がうがう」
「感謝するわ。みんな、炊き出しよ!! 戦いに出る人も、まず腹ごしらえしてから行きましょう!!」

 くまモンとクックロビンが、その鍋を温め直して配給する準備をしている間、天津風の呼びかけに、呉キリカと浅倉威子が睨み合いながらやってくる。

「おい、あさささ。放送局の防衛でくれぐれも私の邪魔するんじゃないぞ」
「そっちこそ自分の心配しとけよ呉。近くに突っ立ってたらガードベントにしちまうかもしれねぇ」
「二人ともケンカしないの! ちゃんと武田さんの言うこと聞いて戦おうね!」

 キュアドリームにたしなめられながら、魔法少女二人が炊き出しの肉骨茶をがっつく。
 スケートボードに上半身だけで腹這いになっている天津風は、そんな様子の少女たちに呆れた笑みを見せた。
 そのさなか、放送室の中から、ひときわ大きな驚愕の叫びが響く。


「――えぇ!? 核ミサイル!?」

 江ノ島盾子の計画の詳細を、御坂美琴や武田観柳から伝え聞いていた司波深雪が、今夜日付が変わると同時にこの島を破壊すべく核ミサイルが江ノ島のイージス艦から発射されると聞いて、あまりの事態に声を上げてしまったのだ。
 深雪は信じがたい情報に、過呼吸になりながらも考えを巡らせる。

「日本がそんなことをすぐにできるわけがない……。江ノ島盾子が情報操作して、トランプ共和国などからも外圧をかけているんだと思います……。
 円亜久里だけではなく、相田マナも来ていたのですよね? 彼女たちの無事が証明できないと、仮にこの場をうまく切り抜けても重大な外交問題になりますよ……!!」

 放送室の中で頭を抱える司波深雪に向けて、スマホを確認していた初春がさらに言葉をかける。

「通信妨害を受けていた間にも、川﨑宗則さんからチャットが来てました。
 報道関係にもあたってるけど、信憑性も薄すぎて、なかなか急に特番を組んでくれるところはなさそうだと……!
 あと、ヒグマの被害自体以外でも、北海道から東北を踏み荒らしまわった巨人や、杉村タイゾー議員を含めたここ数日の失踪事件の多くが、この島に関係しているんじゃないかと、世論からはヒグマ帝国を糾弾する声が非常に大きいみたいです」
「ああ……、確かにいましたね杉村タイゾー議員……。どうにかしらばっくれられないかしら……」

 地獄から出現した巨人・鷲巣巌に関しては事故のようなものであったが、杉村タイゾー議員などに関しては確かにSTUDYが拉致した心当たりがある。
 その他、話題に挙がっていないだけで相当数の人間を、『参加者』としてSTUDYは実際に拉致してしまっている。
 ここをしっかりと糾弾されてしまうと、もはや世間からの信用を勝ち取るのは不可能に近いのではないかとすら思えてしまう。

 江ノ島盾子の手は、恐らく外務省や報道関係にも及んでいると考えられた。
 外部に対しての有効な連絡手段が乏しい現状で、あと3時間あまりで、島内だけでなく島外の情勢までどう解決すればよいのか。
 司波深雪にはその解法がまるで見えなかった。

 全身包帯の上にゴスロリを着込み終わった佐天涙子が、その場に戻ってきて一同に声をかける。

「初春か私のアカウントでネット配信だけでもする?」
「ジャッジメントのアカウントを使っても拡散力が弱すぎます……!」
「それにそもそも、ライブと放送をするだけの電力が無いわ……。私も全然万全の状態じゃないし……」

 佐天の提案に、初春と美琴が首を振る。
 そもそも計画していた、ライブ配信をプロパガンダとして、初春の『対江ノ島盾子用駆除プログラム』を全世界に流すことで江ノ島盾子に対抗するというのは、日付が変わるまでに十分に世界中にそのプログラムが流れなければ意味がない。
 十分な拡散力が無ければ、多少ネット上に流れたところで、世界各地での江ノ島盾子の大量発生を食い止めることができない。ミサイルの発射も止めることはできない。
 一縷の望みであった、川﨑宗則のツテが有効にならず、その上ここまでヒグマ島自体が世論に敵視されているとなると、果たしてその評価を、ここから一体どれだけ覆せるというのか――?

 現状唯一のライブの出演者として内定している那珂が、意気消沈しかける一行に食らいつく。

「ね、ねぇ! 第三回放送の時みたいに、クックロビンさんたちにタービン回してもらっても、エネルギー足りないのかな?」
「ネット配信に繋ぐだけならできるかもしれないけど、それだけじゃ舞台演出まで回らないわ」

 御坂美琴は、渋い顔で腕組みするしかない。
 司波深雪が、苦々しく机を叩いた。

「誰か……、やはり外部にコネクションのある人が必要……!
 そして、確保すべき電力は、どこに……!」

 深雪は、自分の行いを悔やんだ。
 家も国も裏切り続け、好き勝手にやり続けて来た彼女にはなおのこと、もう島外に頼れるコネなどなかった。
 自分自身の行いが、今までのLUCKY TIMEを終わらせてしまったのだと、彼女は痛烈に実感した。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 ヒグマ島希望放送の面々が苦悩する中、真っ先に戦闘が勃発していたのはC-6であった。
 巴マミ暁美ほむら佐倉杏子、星空凛、間桐雁夜、龍田、ビショップ、布束砥信とアイちゃんたちの前に、黒い巨体が立ちはだかっている。
 HIGUMA細胞を取り込み巨大化したカラス――『始まりと終わりに存在するものの代弁者』が、目の前に聳え立つ大樹と同じほどの体躯に巨大化しているのだ。
 巨大な単眼に、八枚の翼を広げたその姿は、聖書に描かれた天使か、それとも悪魔か――。

 神々しさすら漂わせるその威容に、啖呵を切ったのは赤い聖女であった。 


「――悪いがアンタにかかずらってるヒマは無いんだよ!」

 佐倉杏子。
 エイジャの赤石を取り込み、アルター能力を身に着け、シーナーの魔術刻印を移譲された魔法少女が、その魔力を炎のように巻き上がらせた。

「乗れマミ!! アタシが送ってってやる!!」
「ええ!」

 杏子が槍を振り上げると同時に、周囲に巻き上がった炎は形を取り、数十頭もの巨大な馬の姿になる。
 巴マミはその光景を見回し、感嘆した。

「この勇猛さ……! まるで京劇の武旦ね!」

 数多の炎の馬が、軍勢のように集う。
 そしてその先頭に跨る杏子の勇姿は、まさに語られるべき女傑のようであった。
 彼女の後ろの馬に乗り、マミは師として、誇れる弟子の絶技の名を思い浮かべる。

「名づけるなら――、『デストゥリエーレ・モルタ(数馬)』!!」
「……いいな。ぴったりだぜ」

 師の命名に微笑み、杏子は自分の跨る馬を撫でた。
 数多くの駿馬――、日本語訳した時のその名は、まさに彼女が刻んでいる、あの男の名だった。
 そして杏子は高らかに叫ぶ。


「反逆のォ――、『デストゥリエーレ・モルタ(数馬)』!!」


 その叫びと共に、炎の馬の軍勢が宙を翔け、聳えるカラスに向けて殺到した。
 炎が漆黒の巨大な翼を穿ち、燃やし、攻め立てる。

 だがカラスの本体はその猛攻にびくともせず、その単眼の前に紫色の光をわだかまらせていた。

「フン――!」

 そして一喝とともに、その光からは幾条ものレーザーが放たれ、襲い掛かっていた炎の馬を貫き、爆砕する。
 爆炎が晴れた後、既にその空間には、巴マミと佐倉杏子の姿はなかった。


「……攻撃と共に私を攪乱し、逃げたつもりですか。この場の者たちも見捨てて、一体どこに行くつもりなのでしょう。
 どこにも逃げ場はないというのに……。やはり人間は愚かですね……」


 呆れたカラスの声が空間に響く。
 巴マミと佐倉杏子は、先陣を切ると同時に、ここより北方の戦場の救援に向かっていったのだ。
 暁美ほむらたちに十全の信頼を寄せての行動。
 武田観柳たちとの通信を知らぬカラスに、彼女たちの真意を理解することはできなかった。


「この程度の損傷……、私が吸収したHIGUMAの力を用いれば、物の数にも入りません!」


 損傷を受けたカラスの翼は、増殖するHIGUMA細胞によって、見る間に元通りに修復されていく。
 自身のその様相を見て、カラスは満足げに高笑いした。


「フハハハハ、これがHIGUMAの力……! そして、私に恥をかかせてくれたこの木と、れいのあの矢の力を手に入れれば……!
 私はもう『始まりと終わりに存在するもの』たちの力すら上回る、全ての時空を統べる唯一の絶対者となる……!!」

 圧倒される眼下の一行に向け、カラスは先ほども見せた大火力のレーザーを放つべく、その翼の前にいくつもの紫の光を灯した。


「さあ、死になさい!!」
「……させない。私は、深層意識の中で、この木のプログラムをずっと書き換え続けてた」


 だがその瞬間、紫の光は、幾本もの伸びた木の枝と根に貫かれ、消滅する。
 呟いていたのは、大樹の中に取り込まれていた四宮ひまわりだった。


「途切れないみんなの気持ちが、声が、魂が、私の道しるべになった!
 ……そしてこの『エンジン』をついに起動させたんだ!」

 彼女はその体の大半を童子斬りの幹の中に埋もれさせ、顔の右半分だけしか動かせない。
 だがそれでも、その眼には強い意志が燃えていた。
 枝が、根が、ざわざわと茂り蠢く。
 それはあたかも、童子斬りに取り込まれた多数の命が、めいめいに敵へ立ち向かおうとしているかのようだった。


「このエンジンは、あなたの攻撃が発生する前にそれを感知し、全部吸収する!!」


 四宮ひまわりが、カラスに向かって啖呵を切る。
 カラスはその言葉に激昂し、翼の周りに膨大な数の光を浮かべた。

「おのれ、猪口才な――!!」
「『Uisce a'reachtail』――!!」

 四宮ひまわりの叫びと共に、大樹の下から地を割って太い木の根が這い出す。枝が奔る。
 レーザーの発射の直前に、そのエネルギーの収束を感知した童子斬りが、その起こりを正確に探知し、突き刺し、相殺する。

「『deora' na tuillte』――!!」

 レーザーと木の猛烈なラッシュが空中に打ち合わされ、風が巻き起こる。

 その暴風の中、四宮ひまわりの詠唱を、間桐雁夜は今度ははっきりと聞き取った。
 ルポライターとして世界各国を飛び回っていた彼には、その意味と術理が、瞬間的に理解できていた。


「――『イーシュケ・ア・ラフタル、ジョラーンナ・テルチェ(古い井戸から、きれいな水が溢れてくる)』!!
 そうか、龍脈のエネルギー! この木は、島の龍脈に直接接続してるんだ!
 なら、俺だって――!! 『Nachat'(セット)』!!」

 ゲール語の呪文と、その強烈な発動内容から、雁夜はこの童子斬りが、島の龍脈まで達していることを察した。
 そして、彼女が言う『エンジン』という言葉――。

 ――この木が汲み上げた魔力は、自分たちも使えるはず!!

 大樹の板根に、雁夜は手を押し付けた。


「『Golos v e'tom tele(声はこの身に)』――。
 『Serdtse t'my yest' sila(胸の影を力に変えて)』!」

 彼の叫びと共に、その場の全員に、地の底からエネルギーが満たされた。
 間桐家の水の魔術の真髄。
 雁夜の貧弱な魔術回路による変換でも、その場の全員に活力を漲らせるには十分すぎるほどの魔力だった。

 まるでオアシスのように。
 流した涙さえ煌めきに変わるように。
 濾過された魔力で、彼らの中に、今日最高のチカラが生まれていく。


「『Golosovyye instruktiruet(声は遙かに)』――!」


 そして彼はそのまま、高く脚を振り上げた。
 日本にいる、間桐桜、遠坂葵を想う。
 彼女たちを救えるように、届くように――。
 その止まらない、ひたむきなキモチを込めて、雁夜はその踵を地に振り下ろす。

「『Moi nogi slomat' vodu(俺の脚は水面を砕く)』!!」
「ぬう――!?」

 間欠泉のように、カラスの直下から温泉水の水柱が吹き上がった。
 衝撃に、カラスの巨体が体勢を崩す。
 拮抗していた童子斬りとの打ち合いの均衡が、破れる。


「おい、ビショップさん、龍田さん、頼む! 魔力を通した水分を、ヤツの中心部に届かせてくれ! 俺がそこを起点にして叩く!!」
「え、は、ハイ!?」

 突然の雁夜からの呼びかけに、ビショップが戸惑う。
 スライム状態の彼女をその時、アイドルの声が攫う。

「掴まって! 凛が運ぶにゃ!」
「お願い!」

 メーヴェに乗った星空凛と、そこに同乗する龍田が、ビショップヒグマを抱えていた。
 カラスのレーザーが止まり、制空権が放棄されたその夜空に、白い翼が舞い上がる。
 島の上空に、ヒグマと、人間と、ヒグマ製艦娘が寄り添い飛ぶその光景に、ビショップは息を呑んだ。

 雪の降る夜に、白々と月が冴えている。

「この形は、『レーキング・ビショップ』デスね……」
「どういうことにゃ!?」
「いエ……、ニンゲンもヒグマも、協力した方が強いということデス!!」

 レーキング・ビショップとは、隣接するマスにビショップ、つまり角行を配置する、強力な戦法を意味する。
 物理的に盤面の半分しか移動できないビショップを隣接させることで、あらゆるマスに対して斜め上から奇襲を仕掛けることができる――。
 シーナーから託された困難な使命も、成し遂げられるような気がした。

「凛サン! 龍田サン! 私の力に合わせて、放ってくだサイ!!」

 ビショップは意を決して、眼下で体勢を崩すカラスの巨躯に向けて狙いを定める。

「はい!」
「『スキュア(串刺し)』!!」
「『海神の幣』!!」

 泥が、水の槍が、高圧水蒸気が、カラスを穿つ。
 単眼を狙ったその攻撃はしかし、巨大な八枚の翼の防御に阻まれ、あと一歩のところで胴体の中心部に届かない。


「この程度で、私が倒せると……」
「俺のランサーは、最強なんだ――!!」


 カラスの呻きを潰すかのように、雁夜が畳み掛けて叫ぶ。
 大きく腕を上げる。
 そしてガッツポーズを作るかのように、その手を握り込む。

「『Golosovyye instruktiruet(声は遙かに)』――!!
 ――『Moi pal'tsy dragi zastoy(俺の指は澱みを浚う)』!!」

 雁夜の詠唱と同時に、カラスの翼が爆裂した。
 ビショップと凛と龍田がカラスに浴びせかけた水分を呼び水にして、急速に対象内部の水分を集中、圧砕したのだ。
 彼が以前単独で行なった同様の魔術の威力とは雲泥の差だった。

 童子斬りが汲み上げた龍脈のエネルギーを雁夜から還元されたビショップと龍田は、今や地下水脈に接続された万全の状態だ。
 地下で魔力の交ざり合った、彼ら間桐雁夜、ビショップ、龍田たちの相性は抜群であった。
 スライム状態のビショップヒグマは、着陸するや粘液の前脚を突き出し、高らかに言い放つ。


「私タチを防ぐには……この世から水分をナカッタコトにするしかありません!」


 その決めゼリフを言うのは、ビショップにとって本日二回目のはずだった。
 誰に対して言っていたのかは思い出せない。
 だがその相手がもはやこの世に存在しない以上、彼女はこれで相手を仕留めていたはずだった。
 その縫い綴じられた事実が、これからヒグマ帝国の復興などという重大責任を負わねばならない彼女に、強い自信を与えていた。


「まだまだです……! あなたたちは、私の力もHIGUMAの力も見誤っているようですね……!!」


 翼を砕かれ、地に倒れかけていたカラスは、それでも体勢を立て直し始めていた。
 HIGUMA細胞の増殖によって、破壊された翼や躯体がなおも自己再生されていく。

 だがその動きは、途中で急激に鈍化した。
 冴えていた月が、見えない。
 いつの間にか夜空は、真っ暗な天蓋に閉ざされていた。


「……間桐さんたちが、魔力と時間を稼いでくれたおかげで、展開が間に合ったわ」


 呟いていたのは、地に片膝をついて魔力を迸らせる、暁美ほむらだった。
 彼女の背中からは、カラスのものよりもさらにどす黒い、宇宙の深奥のような色合いの翼が広がり、周囲一帯を包み込んでいた。
 暁美ほむらは、佐倉杏子や四宮ひまわり、間桐雁夜たちの攻撃の合間に、カラスの全体を覆う巨大な結界を、気づかれぬよう静かに展開し続けていたのだ。

「『侵食する黒き翼』……! あなたはもう、私の結界の中に閉ざした!」

 地面が軟化し、時の流れが遅延する。
 そして上空から、暁美ほむらの形をした黒い雨が、巨大な雨が降ってくる。

「くおおぉ――!?」
「――これが私たちを救う道の、展開図!!」

 『108lb化膿砲』。
 降ってゆく。
 旧ってゆく。
 腐ってゆく。
 触れた物の時間を溶かし落とす呪いの雨が、再生速度の低下するカラスを篠突き、さらに動きを妨げる。


「今のうちに!! 狙って!!」
「――対象捕捉:絶対的潜力(セット:アブソリュート・ポテンシャルエナジー)」


 暁美ほむらの叫びに、四宮ひまわりが応える。
 しっかりと狙いを定めた童子斬りの根が、ざわめく。


「――自動成長(オートグロース)、触鞭(ウィップ)!!」」


 カラスの中心部を狙った高速の木の根の射出。
 暁美ほむらの結界と魔法で、その動きを制限されているカラスには、避けられないように見えた。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「ぬううう――!!」

 だが、その根はカラスの単眼の脇を掠める。
 唸りと共に巨躯を捻ったカラスに、木の根は間一髪で躱されてしまったのだ。
 布束砥信が、間桐雁夜が、どよめく。

「避けられた!?」
「――違う、これはヤツを狙ったわけじゃない!」


 四宮ひまわりが即座に叫ぶ。
 童子斬りの根は、暁美ほむらの翼の結界をも突き抜けて、遥か先まで伸びていた。


「――やっぱり気づいてくれたのね! 四宮さん! この矢のエネルギーを!!」


 少女の快哉が、引き戻される根と共に空を翔けてくる。
 その木の根の触手が、彼方から掴み上げてきたのは、黒騎れいだった。
 木のうろのなかで、四宮ひまわりが頷く。

「うん!! 黒騎さん、お願い――!!」

 黒騎れいは、高エネルギーに光る4本の矢を、全てその手に掴んでいた。

 彼女は、童子斬りに取り込まれた四宮ひまわりの声をテレパシーに聞いてから、すぐさま李徴の背から降り、残る全ての矢をその手に顕現させていたのだ。
 もう、れいがその矢を使うべき対象は、四宮ひまわりその人をおいて他になかった。
 友がそのエネルギーを探知し、導いてくれることを願って、れいはこの戦場のすぐそばまで、一心に走ってきていたのだ。


「れいぃぃぃぃ!!! その矢を、よこしなさい――!!!」
「絶対にイヤ!!!」

 地に響くカラスの怨嗟を振り飛ばすように、黒騎れいは強く首を振る。


「私はまたみんなと、味噌ラーメンを、食べるの――ッ!!」


 自身を掴む童子斬りの触手に、黒騎れいが、握った矢を突き立てていた。
 光が巻き上がる。

 花開くように弾けた童子斬りの大樹から、黄色い衣装を纏った四宮ひまわりが、ふわりと浮き上がっていた。
 ――パレットスーツ。

 示現エンジンが停止した今、本来纏えるはずのないそのパワードスーツを、なぜか彼女は身にまとっていた。


「……黒騎さんのおかげで、私のシステムは、完成した……!!」


 童子斬りに寄生され侵食されていたはずの肢体は、龍脈から汲み上げられた莫大なエネルギーできれいに再生されている。
 宙に佇むその少女の姿を見て、布束砥信は嘆息した。


「全部が繋がった……! Unbelievable……、彼女は、四宮ひまわりは――!
 ――内側から『童子斬り』を、『示現エンジン化』したんだわ!!」


 『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』の性質を受けて変質した鬼斬りは、数多のヒグマを取り込み、示現エンジンを取り込み、そして今、四宮ひまわりの天性のプログラミング能力によって、更なる変質と進化を遂げていた。
 この島の龍脈に直接接続するほどまで根を張ったその木は、四宮ひまわりに莫大なエネルギーを還元する巨大なエンジンとして、そのシステムを再構築されていたのだ。

 示現エンジン化された童子斬り――グリズリーセイバーエンジンは、『Grizzly Saber(ヒグマ斬り)』であり、『Grizzly Savior(ヒグマの救世主)』であった。


「黒騎さん、あなたも――! 今日だって最高の、未来に変えられる!!」


 四宮ひまわりはそのまま、大樹の触手に巻かれる黒騎れいに、何かを投げ渡す。
 それは木製の鍵だった。
 四宮ひまわりが、一色あかねが、友人たちが持っているイグニッション・キーと、全く同型の――。
 その鍵を手にして、黒騎れいは即座に、やるべきことを理解した。


「――イグニッション! テクスチャー・オン!!」


 彼女はその鍵を、四宮ひまわりの出てきた童子斬りの幹自体に突き込んでいた。
 光が噴き出す。
 下水に汚れていた、れいの衣服が吹き飛ばされる。
 その身体がエネルギーの奔流に洗われる。

 空間に編まれ生成される衣服が、れいの体に次々と装着される。
 それはパレットスーツだった。
 彼女が憧れる、友たちが纏っていたそのスーツに他ならなかった。
 鮮やかな光沢ある黒色が、白地を引き立てる。

 パレットスーツを纏ったれいが、ひまわりと手を合わせる。
 喜びに上気して、彼女は涙ぐんだ。


「ありがとう四宮さん……! ようやく私、あなたたちと一緒に、戦えるよ――!!」
「……うん! 私たちのキズナを、響かせよう――!!」

 二人は頷いてカラスへと向き直り、バッと二手に分かれた。


「――ネイキッド・グリズリーセイバー(ヒグマ斬り)!!」


 四宮ひまわりの手には、童子斬りが取り込んでいた、二振りの刀があった。
 ナイトヒグマの『変わる剣』、ヒグマサムネ。
 そしてヤイコと田所恵に託されていたその対の包丁、ヒグマゴロク。
 彼女はその二つの刀の来歴も、そこに込められた想いも、全てを吸収し観測し理解していた。

 ヒグマゴロクとヒグマサムネを、童子斬りの木部で接合する。
 HIGUMA細胞が、童子斬りが、彼女の意志に反応し、めきめきと融合し変形していく。
 友である三枝わかばのように、四宮ひまわりはそうして形成された巨大な双頭刃を、青眼に構えた。


「――ネイキッド・レイヴンボウ(烏号の弓)!!」


 黒騎れいの手には、いつも使っていた鴉羽の弓があった。
 彼女の叫びに呼応し、大樹の蔓がそこに絡みつき、補強し、巨大化させてゆく。

 龍の髭のようにしなやかなその弓に続けて、大樹の枝が次々と矢になって、れいの背に収まる。
 分枝した鬼斬りと同様の破魔の力が、その弓矢の全体に漂っていた。


「私はやっと、気づいたんだ……! 友達の笑顔を、手を、もう離さない……!!」

 ひとりよがりのプライドなんて、この島の激戦でとうに擦り切れていた。
 黒騎れいは、この島での数々の出会いと別れを思い出し、そして今ようやく友と巡り合えた奇跡を、今一度噛み締める。


「――みんなの涙さえ、誇れる場所にするから!!」


 目を潤ませて叫び、れいは烏号の弓に気鋭の矢をつがえ、きりりと引き絞った。
 双頭刃を振り上げ、ひまわりがカラスの単眼に向けて急降下する。

「はぁぁぁぁぁぁ――!!」
「喰らえぇぇぇぇ――!!」
「おのれぇぇぇぇ――!!」

 地の底から響くような、カラスの怒喝が2人の攻撃を阻む。
 カラスの単眼の前の空間には、アローンが展開する、堅牢な全周バリアが張られていた。
 ネイキッド・グリズリーセイバーと、ネイキッド・レイヴンボウの一撃が、そのバリアと干渉してガリガリと赤いプラズマを放つ。

「きゃぁっ!?」
「うわぁっ!?」

 そしてパレットスーツの2人は、展開され切ったバリアの勢いに押し負け、吹き飛ばされてしまう。
 カラスは既に、暁美ほむらの妨害を受けながらも、その翼を再生しきり、体勢を立て直していた。
 グリズリーセイバーエンジンの力を持ってしても、黒騎れい、四宮ひまわり2人のそのままの力では、カラスを斃すのには届かなかったのだ。


「よくもこの私をここまで舐めくさってくれましたね――!! 下等生物が、身の程を知りなさい――!!」
「くっ――!?」

 吹き飛ぶ2人に向けて、カラスが叫ぶ。その胴体の前に、極大の紫の光が収束する。レーザーが放たれる。
 四宮ひまわりが童子斬り本体から離れてしまったことで、先ほどまで全てのレーザーを凌いでいたエネルギー自動吸収刺突が機能しなくなっていた。
 防げない――!


「『水能秋乎婆、誰加知萬思(みずのあきをば、たれかしらまし)』!!」
「『Moi nogi slomat' vodu(俺の脚は水面を砕く)』!!」
「『アンピン(間駒)』!!」


 だがその時、カラスから放たれた反撃のレーザーを、吹き上がった間欠泉の盾が弾き、散乱させた。
 龍田がその発射を正確に探知し、雁夜が水を噴き上げ、ビショップがその大量の水を精密に操作したのだ。
 吹き飛ぶれいとひまわりを、布束砥信が一喝する。

「Give it your all!! 示現エンジンの全力は、その程度じゃないはずでしょう!?」

 暁美ほむらが、カラスの大規模攻撃を阻むように、大量の単装砲を生成して弾幕を放つ。

「一人ずつでダメなら、協力するのよ!! それが今日を、明日へ繋げる唯一の方法――!!」

 ハッとする二人の少女を、メーヴェの白い翼が掴む。

「二人ともしっかり! 頼むにゃ!」

 星空凛が、空中で彼女たちを回収し体勢を立て直させる。
 四宮ひまわりと黒騎れいは、力強く励ましてくる人々の姿を見て、頷き合った。
 手を合わせ、指を絡める。

「……そうだよ。分け合った痛みを。語り合ったその夢を――!」
「今この手で、抱き締めよう――!」
「れいちゃん!」
「ひまわりちゃん!」


 そして二人は、口づけした。


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「オペレー――ション!!」


 その瞬間、周囲の空間は閃光に包まれていた。
 グリズリーセイバーエンジンの大樹から湧き出すエネルギーの奔流が、四宮ひまわりと黒騎れいの2人を包み込んでいたのだ。
 2人の声が高らかに響き、混ざり合う。

 そしてその場には、光に包まれた、1人の女性が佇んでいた。


「――ビビッド・ワーニング(警戒色)!!」


 鮮烈な黄色と黒のフリルドレスが、夜空にもハッキリとした視認性を以て衆目に映る。
 ゆるくカールしたロングヘア―は、同じく黄色と黒のツートンカラーが入り混じっている。
 まるで蜂のような。
 まるで『クマ出没注意』の標識のような。
 見る者に明らかな注意信号を伝える、その警戒色の装いは、カラスにも異様な恐怖心を抱かせていた。

 ビビッド・ワーニングが保持している、その圧倒的なエネルギー量は、離れていてもビリビリと肌に突き刺さるかのようだった。


「……なんなのですか、その力は! 有り得ない。虫ケラごときが、私よりも強い力を持つなど有り得ない――!!」
「……これが、ぶつかって、寄り添って、今日一日でどんどん強くなってきた――」

 ビビッド・ワーニングは、れいとひまわりの2人の声で、静かに呟く。


「――私たちの友情だッッ!!」


 そして彼女は眼を見開き、その手に巨大な弓と刀を構えていた。


「ビビッド・ワーニング、オペレーション!!」


 ビビッド・ワーニングの掴む、右手の巨大な双頭刃の木刀が、変形する。

「ビビッド・グリズリーセイバー、セーフティー解除!!」

 一端には鋭い矢尻が形作られ、もう一端には羽根のように枝が伸びる。
 そして続けざまに、左手の巨大な弓も、変形してゆく。

「ビビッド・レイヴンボウ、セーフティー解除!!」

 赤黒い葉が、羽のように茂る。
 それはまるで、9匹の太陽のカラスを射落とし、『アツユ』を屠ったと言う、古の名人の弓のようだった。

 赤黒い弓に、巨大な刀で出来た破魔矢をつがえ、ビビッド・ワーニングはさらにそこへエネルギーを収束させてゆく。


「ビビッド・グリズリーセイバーエンジン、出力120%!」
「ぬううう――! させません――!!」
「させないのはこっちのセリフよ!!」

 反撃・回避に転じようとするカラスの動きは、じわじわとその規模と厚みを増した暁美ほむらの結界が、もはやほぼ完璧に封じていた。
 入念に遂行されたギャンビット(チェスの戦法)の一手一手が、カラスをチェス・プロブレム(詰め将棋)に陥れていたのだ。

 全面に展開された『侵食する黒き翼』で、カラスは全体の動きを著しく鈍化される。
 上空から降り注ぐ『108lb化膿砲』の雨で、その翼は常に腐り落とされる。
 地表から打ち上がる『14cm侵食砲』の弾幕は、その胴体を傷つけ崩し、攻撃の余力も、逃走の手段も奪っていた。
 いくらHIGUMA細胞で再生し続けても、間に合わない。時間の西方にも、逃れる場所はない。

 カラスの敗北は、記憶から来た軍神、暁美ほむらをフリーにし、ここまでの盤面を展開させてしまった時点で、既に決まっていた。


「――150%!」


 その間に、ビビッド・ワーニングのエネルギーは、さらに高まってゆく。
 巨大な弓矢に、まばゆい光がわだかまってゆく。
 カラスは狼狽えた。
 だが既に、カラスが何をやろうとしても、その手はツークツワンク(自ら状況が悪化する手を指さざるを得ない)でしかなかった。
 苦し紛れに、カラスは叫んでいた。


「私の中には、関村弘忠がまだ生きて取り込まれているのですよ!!
 あなたたちは仲間の研究員も、その手で殺そうと言うのですか――!?」
「――エンジン臨界、200%!!」


 カラスの叫びは、目下エネルギーの奔流が集中しているビビッド・ワーニングには届かなかった。
 だがむしろ、その言葉は、彼女らの足元にいた人物に聞こえていた。

「……関村?」

 その人物とは、布束砥信だった。


「ファイナル・オペレーション!!」
「――関村ぁァ!?」


 閃光と共に、ビビッド・ワーニングの矢が放たれる。
 布束が声を裏返らせる。
 カラスの翼を貫き、バリアを貫き、その胴体のど真ん中に高エネルギーの矢が轟音と共に突き立つ。

「ぐあぁぁぁぁぁぁ――!?」

 カラスの巨躯が爆散する。
 暁美ほむらの結界の片隅に、巨大な単眼だけが、ごろごろと転がった。
 目玉だけの姿になったカラスが、身もだえする。


「あ……あってはなりません……。私を超える存在など、この宇宙に……!!」
「……Hey、四宮ひまわり。疲れているところ悪いのだけれど、私にもそのエンジンのキーを貸してもらえないかしら?」


 悶えるカラスの前で、布束砥信が、ドッキングの解除された四宮ひまわりと黒騎れいの元に歩み寄っていた。
 彼女は四宮ひまわりにアイちゃんを預け、代わりに木製のキーを受け取り、カラスの方へ近寄ってくる。

 見開いた四白眼で、無表情に歩いてくるその女性の異様な雰囲気に、カラスはまたも恐怖した。


「な……なにをしようというのですか!?」
「……死に損ねているみたいだから、きちんと引導を渡してあげないとね」


 大樹の板根に、布束砥信がキーを突き立てる。

「イグニッション。テクスチャー、オン!」

 光の奔流が、彼女のキョウリュウバイオレットのスーツを剥ぎ、紫色のパレットスーツを着せる。
 そして続けざまに、布束砥信は自身のガブリボルバーに口づけしていた。

 更なる光が布束を包む。
 そしてその光がほどけた時、そこには、クマ耳をつけ、紫のフリルドレスに、白衣のようなロングコートを羽織った女性が佇んでいた。
 物憂げなジト目で、少し伸びたクセ毛を払い、彼女は構える。

 それはヒグマと研究者のキズナが、響き合っているような姿だった。


「……ビビッド・バイオレット、オペレーション!!」


 ビビッド・バイオレットは、カラスの目玉の上で、その両手を振り上げる。
 ヤイコの、Dr.ウルシェードの、デデンネの託したキズナと電気が、その腕に渦巻いた。

 グリズリーセイバーエンジンの駆動に合わせて、その手の紫電が、どんどんと巨大化する。
 ジト目だった眼が見開かれ、凶悪な四白眼となる。


「ビビッド・グリズリーセイバーエンジン、出力200%! エンジン臨界――!!」
「わ、私の中には、関村が、関村弘忠がいるのですよ!? 彼はヒグマの提督となってまだ生きているのですよ!?
 ――同僚でしょう!? 仲間ではないのですか!?」


 カラスは、ひたすら悲痛な声を上げるしかできなかった。

 逃走を試みる。
 しかし、彼女の動きは今や粘菌にも劣る遅鈍さだった。

 それはカラス自身が朝方に捕食した、『究極生命体』を名乗る、死のない男の境遇にも重なるようだった。


「――Final operation in the coffin(棺桶に最後の釘を刺してやる/これがトドメよ)!!」
「仲間ではないのですか――!?」


 布束砥信は思う。

 ――ああ、仲間だった。
 だからこそ、ここで決着をつけるのは、研究者としての、同僚としての、私の情けだ。
 とくと御覧じろ。
 これがお前の見たかった、悲願だった、ヒグマの力だ――。


「ビビッドォォォ――、クリティカァァァァァァル――!!」
「おあああああぁぁぁぁぁぁぁ――!?」


 ビビッド・バイオレットが振り下ろした渾身のパンチが、カラスの目玉を穿つ。
 硬いその目玉が、紫電と共に、鋭く激しい痛みと共に、ゆっくりと砕かれてゆく。

 暁美ほむらの鈍化した時間の結界の中で、その激痛は、永劫にも思える時間、カラスの感覚を灼いた。
 実際にはほんの一瞬だったその『死』という結末に、カラスの精神はいつまでたってもたどり着けなかった。

 そしてカラスの精神は、その存在が消滅するより先に、考えるのをやめた。

 彼女の存在は、もう誰かの胸にその名を刻まれる価値もない。
 仲間などなく、自分以外の全てを『下等生物』として切り捨ててきた彼女に、授かり受ける慈悲はない。


【カラス@ビビッドレッド・オペレーション 消滅】


    ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


 布束砥信の紫電の拳が、カラスの最後の一片を砕いた。
 ビビッド・バイオレットのドッキングが解除され、布束砥信は単なるパレットスーツの姿に戻る。

 暁美ほむらが、ゆっくりとその翼の結界を解除する。
 雪の月夜に、勝利の喜びを分かち合う間もなく、彼女たちの元には、焦ったテレパシーの通信が飛び込んできていた。


『ヒグマ島希望放送よりSTUDYの司波深雪です――!!
 どなたか、報道機関にコネクションがある人はいらっしゃいませんか!? もしいらっしゃったらすぐに来て下さい!!』
「え、俺はあるぞ? ルポライターだから」

 テレパシーに、間桐雁夜が、荒い息をつきながら返事した。
 一同が、顔を見合わせる。
 暁美ほむらが、即座に手を叩いて指示を飛ばしていた。


「――龍田さん! 間桐さんを連れてすぐに放送局へ向かって! あと凛! ビショップさん、布束さんも!!」
「わかったわ!」
「はいにゃ!」
「エエ!」
「All right!」


 アイちゃんを返してもらい、ビショップの形成した水路の上を、龍田と凛が上下から間桐雁夜と布束砥信を引いて滑る形を取り、彼らは全速でヒグマ島希望放送を目指した。
 一方で、格闘慣れしている布束砥信と違って、ファイナルオペレーション後の四宮ひまわりと黒騎れいは、疲労のために肩で息をしていた。
 特に童子斬りの寄生から半日ぶりに解放されたばかりの四宮ひまわりは、もはや動ける体力もなく、座り込んでしまう。
 暁美ほむらは、彼女たちおよび、グリズリーセイバーエンジンを守るためにこの場に残った形だ。

 体育座りをして、黒騎れいに撫でてもらっている四宮ひまわりに、続けざまに司馬深雪からの通信が飛ぶ。


『四宮さん! 断片的にテレパシーで聞いた限り、あなたは示現エンジンに匹敵するエネルギープラントを構築したということですよね!?
 どうにかエネルギーをこちらにも回せませんか!?』
「グリズリーセイバーエンジンは、今の連続ファイナルオペレーションでオーバーヒートしてる……。暫くは無理……!
 ただ、ここ以外に大量のエネルギーを保持している施設は、観測してる。B-8に、大規模な工場のような設備が作られてる……!」

 ハアハアとして空を仰ぎながらも、四宮ひまわりはしっかりとその通信に応答する。
 童子斬りと同調して、この島の南西区域のほぼ全てのエネルギー位相を観測していた四宮ひまわりからもたらされた新情報に、ヒグマ島希望放送の面々は、テレパシーの先で明らかに色めき立った。


『――凛ちゃんのテーマパーク!』
『私と浅倉さんが叩き潰した、瑞鶴さんの基地ですね!?』

 クックロビンと武田観柳の、ハッとした叫びが聞こえる。
 息を整え、四宮ひまわりは続けて語る。


「私が童子斬りと同期していた時に観測していたけど……、島の南の黒幕、江ノ島盾子たちも、そこを目指してる!!」


 そして彼女は、全島のテレパシーに聞こえるように、はっきりと断言した。


「その拠点を、絶対に奪われちゃいけない!!」


 ――第四回放送:最終決戦2『lighthouse』に続く

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2026年05月14日 08:59