熱闘殺し園


「悪いことは言わねえ、ソイツをよこしな」

ここに、二人の男が向き合っている。
殺し合いの場において、顔を合わせて一方的な要求をすることは本来死闘の開始を意味するのだが、声をかけた優男に殺気はない。

「こんな殺し合いにも身を守るのにも使えないものを、何故」

声をかけられたのもまた、優男だ。
いや、男と言うには幼さが残る。
少年は、ちらりと男に寄越せと言われたラケットへと視線を落とした。

「あーん? 不要だと思ってンなら、黙って俺様にソイツを渡しな」

得意の眼力(インサイト)で優男(幼)の鞄にテニスラケットが入っていると見破った優男(大)の名は跡部景吾
彼は超弩級のテニスプレイヤーであり、ラケットさえ握ってしまえばコートを支配すると言っても過言ではない程の力を発揮する。

――だがしかし、不幸にも跡部にはラケットが支給されていなかった。
『テニスラケットは人を傷つけるためのものではない』という一般常識が足を引っ張り、ラケットが得意“武器”とは見なされなかったのだ。

「タダで寄越せとは言わねえ。ヒグマから、キッチリ守りきってやる」

跡部には、殺し合いをする気などない。
命を賭ける舞台とは、誰かに無理やり上がらせられるものではないのだ。

そして自分は、命を捨てる場所として、テニスコートを選んでいる。
こんな何処とも知らない場所で命を落とす気はないし、また誰かの命を奪うつもりもなかった。

「……失礼ですけど、貴方にヒグマが倒せるとは思えませんね」

優男(幼)は、歳不相応な値踏みするような目で跡部を見た。
そこに怯えの色は見えない。
かと言って、殺し合いに乗っているようにも見えない。
隠しているのかもしれないが、跡部が「見えない」と断言した以上、そんな可能性は無に等しいのだ。
キング跡部が黒と言ったら白も黒、これが腐った世界の常識である。

「俺様は超一流のテニスプレイヤー。そして、俺様に配られたのは――」

跡部が、己の支給品を見せる。
バッグには、たくさんの手榴弾が入っていた。
確かにこれなら、ヒグマを倒せるかもしれない。

「近付かれた後じゃあ、コイツは使えねえからな。何せこっちが爆発に巻き込まれちまう。
 つまり、離れた状態で、迫るヒグマにぶち当てる必要があるんだ」

言いたいことは、少年(もういいよね、一々優男って表記するの面倒だしこの書き方で。表記ブレくらい許す気持ちが大事だよ)にも理解できた。
超一流のテニスプレイヤーだから、テニスラケットさえあれば、正確無比にヒグマに手榴弾をぶち当てられるということだろう。
か弱い子供目線なら十分大人びて見える(というか、誰がどう見ても中学生には見えないんだよなぁ)跡部に防衛を任せるのは、力無き幼子として当然のこと。

「それじゃあ、このラケットを渡したら、僕をヒグマから守ってくれるんですね……?」
「ああ、約束しよう」

少年に、殺し合いをする気などなかった。
誰かに寄生してでも、この場から帰る気でいた。
しかし――――

「だが断る」
「なッ――――!?」

少年は、“男”だった。
少年もまた、譲れない『命を賭ける場所』を持った“戦士”だったのだ。

「確かに僕は殺し合うつもりはないし、一緒に行動したいとも思います。
 ここから帰るだけの知識がない分は、誰かに助けてもらいたいとも思っています」

そして――跡部と同じ、“スポーツ選手”だったのだ。

「でも――ヒグマを倒すのは、僕です」

跡部の優れた瞳には、少年の瞳に宿った強い意思の炎がしっかり映っていた。
頭でなく、心で理解してしまう。
決意をした少年は、きっと言葉では納得しないと。

「あーん……お前が、自分で倒せるってーのか?」
「勿論――――その手榴弾さえ譲って頂けるのなら、ですけど」

そう言って、少年は不敵な笑みを浮かべた。
跡部には、その自信が決してハッタリではないと分かる。

「貴方が一流のテニスプレイヤーで、ラケットを用い正確無比にヒグマに当てられるように――」

少年は、デイパックから“何か”を取り出す。
それは、少年のもうひとつの支給品。
学生には身近な鈍器の1つである、砲丸だ。

「僕は、己の腕一本で彼らに手榴弾を喰らわせられます」

そう言って、砲丸を掲げて見せる。
その掲げ方は、決して砲丸投げの選手のソレとは違う。
しかし震えることなく砲丸を掲げる少年の腕の力から、少年が尋常ではないトレーニングを積んだ猛者だということが見て取れた。

「……証明しましょう。僕が勝ったら、手榴弾は持たせてもらいますよ」

既に二人の間で、同盟を結び同行することは暗黙の了解となっている。
残す問題は、どちらが手榴弾を持つかだけだ。
どちらが確実にヒグマを撃退出来るかなど、口でどれだけ説明しても納得できるわけがない。

「面白い……いいだろう」

ならば、やるべきことは1つ。
自らの手で、その実力を証明するのみ。

「勝負は、一球でいいですよね」

そう言って、少年はテニスラケットを跡部に渡す。
跡部は黙って頷いて、テニスラケットを受け取った。
それから少年の方がゆっくり歩いて跡部との距離を取る。

「なるほど、そのフォーム――――野球選手か」

一定の距離を取り、少年が砲丸を構える。
確かに砲丸は重たいし、野球ボールのように容易くは投げられないだろう。

しかしながら、少年は超が付く一流投手。
多少ボールが重くなろうと、丁度いいハンデだくらいに思っていた。

「ええ。僕のボールを打ち返せたら、貴方の勝ちです」

対する跡部も、砲丸をラケットで打ち返したことなどない。
ラケットが痛むし、本来ならすべきことではないだろう。

「……いい目だ。全てを賭ける覚悟をした目」

しかしながら、跡部は目の前の少年との勝負を受け入れた。
少年の目を見て、受けようと決めた。
もうここは、わけのわからない場所ではない。
男と男が意地を賭けて激突する、神聖なコートなのだ。

「お前、名前は」

ならば、砲丸だろうと打ち返さない理由はない。
既にガットを突き抜けるボールなどが現れているのだ。
たかが重たいだけの球、打ち返すことが出来ずにどうする。

「ロビン」

少年が、振りかぶる。
そして、己の名を跡部の心に、いや魂に刻みつけてやるように、名乗りながら球を放った。

「100エーカーの森の大エース、クリストファー・ロビンだッ!」

渾身の一球。
とても砲丸とは思えぬ速度で放たれた球は、さらには物理法則すら乗り越える。

「オウル・ボール――――!」

もしもこれが観客のいる試合だったら、桃城武あたりが「なっ!?」などと言って驚いていただろう。
そしてきっと乾貞治辺りが解説をしてくれたに違いない。

しかしこの場にいるのは二人。
乾のように、横方面に反復移動しながら迫る謎球種を解説してくれる者はいない。
桃城のように、驚いてくれる者もいない。

「はん! 覚えておきな、俺様の名は跡部景吾」

そう、驚く者はいないのだ。
跡部は、初見であるこのクソのような理不尽な魔球ですら、得意の眼力で見破れるッ!
どれだけジグザグ反復横跳びしていようと、必ず最後、ボールはストラークゾーンを通過するッ!

「お前を打ち砕き、そしてこの殺し合いを打ち砕くキングの名だ――――!」

他人の技をパクるくらい、跡部には素で出来る。
跡部が選んだバッティングフォームは比嘉中・甲斐裕次郎の技『バイキングホーン』だった。
金魚すくいの要領で、砲丸の破壊力を無視してボールを打ち上げる。

「なっ……!?」

初見の相手に、しかも硬球ではなく砲丸なのに、打たれた。
ロビンの目が見開かれる。
そして、ほとんど反射的に右手が伸び、砲丸を叩き落とした。

「いい反射神経と、投球だ」

砲丸は、ロビンの手に当たってもなお、ロビンの背後へと転がった。
普通の野球ならピッチャー返しを取り損ねての安打。
ホームランダービーだとしても、これが普通の硬球ならばホームランだっただろう。
そしてテニスだったとしても、打ち返すことが出来ずに跡部の点。
勝敗は、明白だった。

「だが――勝つのは、俺だったな」

跡部がパチンと指を鳴らすと、当たりに氷帝コールが響き渡る。
氷帝コールの詳細とか驚くロビンのリアクションとかは原作なり跡部が出てる他のロワ読めば大体分かるので割愛。
いや、いらんやろ、この流れでそこのしっかりした描写とか。
気になる人はパロロワ総合板に移転した中学生ロワとかを読もう(ステマ)

「と、まあ、これが氷帝コールだ」

なお、省略された部分で、しっかりロビンは氷帝コールを叩き込まれた模様。

「お前は負けて我が跡部王国の支配下に入った。
 守ってもらう代わりに、王を崇めるコールをし、王の気分を高めるのが国民の責務だ」

王国や上限関係という概念は、100エーカーの森にはなかった。
皆が仲良く平等だった。
――もっとも、プーが野球という遊びを覚えてくるまでの話だけど。

「まあ、だが、素手であんなボールを放った褒美だ、1つだけならくれてやる」

それは、100エーカーの森にあった助け合い・分け合いの精神ではなかった。
絶対的王者が、格下の奮闘を讃えて授ける施し。

屈辱だった。
しかし、その屈辱に身を委ね、貴重な施しを突っぱねられるほど、ロビンはお子様ではなかった(5歳だけど)
泥と屈辱に塗れてでも、戦うための火種を胸に宿し続けていれば、いつかまた下克上の機会はくると、ロビンは理解していた(5歳児の分際で)
ちゃちなプライドを満たすために突っぱねて、再起の機会を自ら手放す愚行を犯してしまえるほど、ロビンという少年は愚かではなかったのだッ!(ほんとに5歳児かコイツ)

「……ありがとうございます」

それに――確かにコレは屈辱ではある。
しかし、今のロビンにとって、この程度は敗北には含まないし、屈辱と表現したくもなかった。

もっと激しい屈辱を、ロビンは既に味わっている。
あの日、あの時、大好きだった100エーカーの森で。
こんな児戯のような一球勝負でなく、もっと本格的な、己に有利なはずのルールの中で。
あの時感じた想いと比べたら、こんなものは屁でもなかった。

『跡部! 跡部!』
『あ~とべ! oi! あ~とべ! Fooooo!』
『跡部様が一番可愛いよおおおおおおおおおお!!』

跡部のそのキングらしい行動に、どこからか聞こえる幻聴が沸き立つ。
施された悔しさを噛み締めながら、ロビンも声を張るのであった。

「跡部! 跡部! 勝者は跡部!」

大声を張り上げるという行為は、殺し合いという場において自殺行為となりえる。
しかしながら、ヒグマに怯える者達を集めるとう目的を成すためには、避けては通れない行動でもある。
さすがにこれだけ複数人で騒いでいたら、殺し合いに乗っているとは思われまい。
それに、有名なヒグマ対策に、鈴の音などの音を鳴らすというものがある。
氷帝コールは、ヒグマ避けとなることだろう。

以上のことから、こうして氷帝コールを続け、人を呼び寄せるのが一番だと言える。
危険人物が近付く可能性もあるが、相手の危険度を見誤るほど、跡部の眼力は甘くない。
危険な者ならすぐに気付ける。
眼力isGOD。

「跡部! 跡部! 跡ベアーーー!?」
「あーん?」

なお、人の味を覚えたヒグマには逆効果な模様。

「ちっ……まさかコールを聞いても怯まないヒグマがいるなんてなァ!」

穴持たずは、餌に飢えているため、多少の危険は物ともしない。
ましてや彼は殺し合いの場にわざわざ放たれたヒグマ。
人間の味を覚えさせられ、人を食う喜びを知ってしまった。
餌が音を出し居場所を教えてくれてるのだ、逃げるわけがないではないか。

「だが……食料になるのはお前の方だなッ! そうら凍れ!!」

掌を顔の前にかざして、指の隙間から迫り来るヒグマを視る。
世界がモノクロになり、氷柱がいくつも地面目掛けて落下し、そして――――

「何ッ!?」

氷柱が、尽く砕け散った。

「ちっ……気をつけろ、このヒグマ……死角がないッ」

跡部の氷の世界は、対象の死角に氷柱を刺す奥義。
その氷柱が刺さりかけて砕けたということは、死角ではないということだ。

……いや、刺さり“かけた”ということは、死角ではあるものの、野生のカンのようなもので、攻撃を加え次第そこが隙ではなくなる動作をしてくるということだろう。
なんにせよ、厄介なことに代わりはない。

「気をつけて……クマのスイングスピードは――――」

ヒグマの全身は、筋肉で出来ている。
それは外敵から身を守る鎧であるのと同時に、強力無比な攻撃手段でもあった。
筋肉=スピードと言える以上、ヒグマの攻撃が速いのは当然ッ!

ましてやヒグマは、その攻撃を狙う必要がない。
鋭利な爪が掠りさえすれば、哺乳類の軟な肌などピーラーに掛けたニンジンのようにズルリと剥げる。
しっかりと狙わずとも、一撃必殺足りえるのだ。
命中という概念を放棄して繰り出された一撃は、人間に回避できるものではない。

「あーん? そのくらい――――」

ただし、超一流のテニスプレイヤーは例外だが。

「素で避けれんだよッ!」

テニスにおけるサーブの速度は、野球ボールの比ではない。
勿論さしものヒグマの腕のふりとてその比ではない。
それこそウォーターフォールという乾貞治の必殺技など、212km/hである。

このレベルの高速サーブに『どこに着弾するか不明なのに』『きっちり追いつき』『しっかり返す』というのがテニスというスポーツ。
追いついて打ち返す動作が要らない『ただ避けるだけ』が出来ない道理などない。
ましてやヒグマのパンチはコースの読みやすい所謂テレフォンパンチ。
跡部の眼力を持ってすれば、回避できないはずなどなかった。

「コイツの弱点は鼻だ……しかしコイツ、隙がねえ……!」

跡部様にかかれば、ヒグマが鼻を攻撃されると弱いことくらい容易く見抜ける。
おめめのちからってすげー!!

「跡部王国ッ!」

繰り出される追撃を華麗なバックステップで回避しながら、跡部はヒグマを透視する。
人間レントゲンとなることで、相手の骨格レベルで反応できない絶対的死角を突く技。
どう考えても透視しただけじゃどうにもならないことでも何かしれっと引っ繰り返してしまうのが、キングというものなのだ。
すごいよな、眼の力って。皆もレッツブルーベリーアイ。

「見えたぜ、隙を生む方法が!」

デイパックから、手榴弾を引っ張り出す。
それらのピンを付けたまま、ラケットでヒグマに向けて打ち出した。

「ダメだ、クマのスイングスピードなら、あの程度の速度は打ち返され――――」

ロビンの冷静な分析は、間違ってはいなかった。
ヒグマの素早い薙ぎ払いの前では、手榴弾など玩具のようなもの。
手が巨大なこともあり、弾き飛ばすのは難しいことではない。
そう、難しくないはずなのだ。

「あーん? なんだって?」

しかし、跡部の放った手榴弾は変化した。
跡部程の猛者になると、見たことのある技をパクる、もとい使用することくらい容易い。
先程繰り出したのは、比嘉中の平古場凛の使う『飯匙倩』という技。
物理法則すら無視しグネグネと動くソレは、ヒグマでも捉えきれない。

「捉えられると思うなよ!」

追撃で繰り出されるのは、青学のマムシこと海堂薫の必殺技。
『スネイク』という名を冠するその技は、蛇のような軌道でヒグマを迂回する。

「スネスネだぜ!!」

飯匙倩もスネイクも、迂回する軌道故に、ヒグマの体に手榴弾を当てることは出来ない。
だからこそピンは抜けずにいるのだが、この攻撃には確固たる意味がある。
ヒグマに手榴弾を叩き込む隙を発生させるためにやっているこの行為だが、何も闇蜘蛛にかく乱だけしているわけではない。
その“蛇のような軌道”を目に焼き付けさせることこそ、跡部の目的なのであるッ!

「お前らヒグマは――ソイツが苦手らしいなァ?」

そう、ヒグマ――いや、ヒグマに限らずクマは、『蛇』を苦手としているのだ。
事実、山の中でクマと遭遇した際のアドバイスとして、ベルトを蛇のように動かすというものがある。
そうすることで、クマがこちらに近付かないようにするのだ。

ヒグマの視力は人間と同等もしくはそれより劣ると言われている。
それ故に、クネクネしているだけで蛇だと思い込むのだ。
そんなヒグマなのだから、ボールの軌道を蛇と見間違うのも仕方ないことと言えよう。
テニスプレイヤーのボールの軌道は、多分残像とかそういうモノが残るのである。
ほら、オーラとかだって見えるわけだし、蛇状の軌道が残像として残っていないとは言い切れないし。

「絶滅への鎮魂歌(レクイエム)」

怯え惑うヒグマに、とうとう隙が生まれた。
とどめを刺すべく、新技の名を呟きながら、跡部が手榴弾のピンへと手をかける。
しかし――――

「べあー! べあー!(※クマの鳴き声が分からないため、とりあえず分かりやすい鳴き声を割り当てていますが、本来はもっと表現し難い凶悪な声で吼えています)」

ヒグマが、突如その巨体で跡部に突っ込んでくる。
視界にその姿を捉えとっさにピンを抜くのを止めたが、ヒグマを止める術はない。

「跡部様――ッ!」

描写をカットしてる間に様付けで呼ぶはめになっていたロビンが叫ぶ。
跡部の華奢な体が宙を舞った。
端正な顔が苦痛に歪む。
それでもミートの瞬間に後方に飛ぶことでダメージを軽減させていたらしく、大木に激突する前に空中で身を翻して大木を蹴り華麗な着地を披露してくれた。
テニスプレイヤーなら、受け身くらい会得しておくものである。

(俺様としたことが……追い詰めすぎたか)

跡部の失策は、相手の隙を生むことだけに注力したこと。
そして、ヒグマを怯えさせることだけを考えたことだ。

跡部は、ヒグマを追い詰めすぎた。

許容範囲を超えた恐怖は、出鱈目な攻撃を生む。
スズメバチに追いかけられた人間が、無駄と分かりつつ腕を払ってスズメバチを追い払おうとしてしまうように。
ヒグマもまた、無謀と思いつつタックルや腕を払うという動作を取ったのだ。

(肋骨が数本逝ったな……)

セルフキングダムで自分の体をレントゲンする。
綺麗に肋骨が折れていた。
まあ、テニスならよくあることだ。
もっと大きな怪我をしてまでテニスを続ける猛者は多いのだ、この程度で弱音は吐けまい。

「坊主、お前が決めろ!」

しかしながら、暴れ狂うヒグマの攻撃を避けながら、確実にボールを叩き込めるとは思わない。
これが試合ならそれでも挑む場面ではあるのだが、今回は自分以外の命が掛かってしまっている。
ダブルスである以上、相棒に決めさせるべき場面なら、そちらに譲るべきだろう。

「こいつは俺様が引きつけるッ!」

今度は同じ氷帝の向日岳人のムーンサルトを披露する。
この程度、素で出来んだよッ!
試合じゃやる意味見出だせないからやらないだけで。

「俺様の美技に酔いなァ!」

見よう見まねで繰り出されるは日吉若の古武術。
ヒグマに通る破壊力は持たないが、それでも身を守る術にはなる。
合間合間にスネイクや飯匙倩を挟み、ヒグマを牽制。
完全に注意を己一人へと向けた。

(ぐっ……ガードをしてなおこの威力ッ……鋭利な爪のせいで、波動球との単純比較も出来ねーじゃねーの……!)

優れた眼力で、どのタイミングのどの攻撃をどう防御して受ければ、安全圏までふっ飛ばされるか既に跡部は知っているッ!
故に敢えて! 敢えて今ッ! 攻撃を受けたのだッ!
それにより、爆破の射程圏外へと跡部は吹き飛んだ!
全て計算ずくの行動ッ! 眼力による卓越した観察力と、図抜けた技術の成せる技であるッ!
まあ眼力便利すぎるしそういうもんじゃないだろって意見は一理あるけど、跡部様だからね、仕方ないね。

「今だ坊主!」

人間同士の殺しあいでなく、人間対獣の場合、集団戦が圧倒的に有利となる。
何せ相手はこちらの言語を解さない。
大声を出して作戦を指示しようと、何の支障もないのだ。
宙を舞いながら、堂々と狙うべき位置に仕込んだ手榴弾を指さした。

「さっきのあの、蛇みてーに動くボールを使え!」

跡部の指示は、的確だった。
ロビンの殺気にヒグマが勘付き振り返るのは、眼力により分かっている。
しかし、蛇のような軌道のオウルボールなら、ヒグマの動きは停止するのだ。
その際にヒグマからやや離れた位置に着弾し、爆発した手榴弾は、既に跡部が置いておいた手榴弾を誘爆させる。
そして破片がヒグマの巨体へと突き刺さり、その生命を奪うとまでは行かずとも、戦闘力を根こそぎ奪い去る算段だ。

「それで俺様達の勝ちだ!」

この作戦――というか、人間対獣の最大の弱点は、獣の持つ威圧感でチームがバラバラになる可能性が高いことだ。
悪く言ってしまえば、保身から来る裏切りが発生しやすいということ。

しかし、跡部はその心配はしていない。
何よりも信頼している己の眼力がロビンを『逃げたりしない正真正銘のスポーツ戦士』だと見なしたのだ。
裏切りなど、警戒する必要性が何処にある。

(勝ち……? “僕達”の、勝ち……?)

そう、跡部の眼力に間違いはない。
ロビンは仲間を見捨てるつもりなどないし、敵に背を向けて逃げるような男でもない。

(違う……それは“僕”の勝ちではない……)

誤算があったとしたら、それはロビンがあまりに“スポーツ選手”だったこと。
戦士として、スポーツ選手として、誇り高すぎたこと。

(あんな場所……ストライクゾーンから大きく外れるじゃないかッ……!)

跡部にとって、ヒグマはあまり慣れ親しまない存在であり、森で出会ったら撃退すべき対象である。
だからこそルール無用で容赦なく命を刈り取りに行けた。

しかしならが、ロビンにとってはそうではない。
ロビンにとって動物とは意思を通わせる友であり、仲間なのだ。
そう、ルール無用の戦闘を行う対象でなく、正々堂々真っ向から打ち砕くべきライバルなのだ。

(それに……指示されたオウルボールじゃだめだ。さっき打たれたばかりだし、今一番自信があるのは――)

ましてや、ロビンはここに来る前、友人のクマと野球で勝負をしている。
それまで仲良く皆平等だった森に、実力という名のヒエラルキーが誕生したあの瞬間。
ロビンは、一番の友であったクマと戦い、そして真っ向から敗れた。

それは半ばトラウマのようにロビンの心を蝕んでいる。
あの屈辱の経験は、もう負けたくないという想いに結びついてしまう。
クマというかつての親友と同じ種族を前にして、あの時と同じルールの元で討ち取ってやると思ってしまう。

「うおおおおおおおおおっ!」

激しい咆哮と対照的に、間抜けなフォームでピンを抜いた手榴弾が繰り出される。
それは、紛れもない剛速球。
跡部の指定した場所でなく、今のヒグマの位置でストライクゾーンとなる位置へと向けた投球。

「ロビン戦法No.2、相手の誘いには絶対にのるな!」

ロビンは5歳児の分際で自己流の戦術も確立しているらしい。
既に跡部王国の王国民になっているし、相手の誘いに乗りまくっているのだけど、まあ、そこはほら、5歳のチャイルドだから。
思い出した時にしか使えないよ、高度な戦術なんて。

「あーん……?」

指示に逆らったことに、まず跡部は軽い舌打ちをした。
しかしすぐに、更なる衝撃に目を見開くこととなる。

「ティガーボール――――ッ!」

ロビンが呟くと同時に、手榴弾が姿を消す。
あまりの速さにボールが見えないのではない。
本当に、その姿を消したのだ。
限界まで目を見開いた跡部がようやく認識できるほど、見事なまでに消えている。

「僕の勝ちだッ!」

爆発前だが、ロビンは勝利を確信した。
動揺した今のヒグマに、打たれる道理など何もない。

しかし――勝ち終えるまで、白い歯は見せてならぬという鉄則を、ロビンは知らなかった。

(まずい、これは――!!)

それは、一瞬の出来事だった。
混乱し、生まれて初めて感じた恐怖に戸惑うヒグマが、土壇場でとった行動。
野生で得た第6感だけを頼りに、ただ恐ろしいものを振り払うように腕を振るだけの行動。

しかしそのスイング速度は先述の通り、人間のそれを大幅に上回っている。
その巨大な腕が手榴弾を捉えるのを、跡部の瞳だけはしっかりと映していた。


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     / \                  ノ        : : : :/.: : :;ト、_r' `!゙,r'"  .,/.|″/  ./ . iリ l ! .,l  .!
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           /  /   `ヽ_|    !:.:.:._,:.-‐'   ./    /       ./  
            Χ   /    /        ̄|    j   /    /       ./

まるでステルス戦闘機のように、低空飛行で爆撃のため進軍していた手榴弾。
それを理不尽なまでの衝撃が襲い、大気圏まで打ち上げる。
錐揉みしながら出鱈目に回転した末、どことも分からぬ土地に撃墜し、無念にも爆散した。

完璧な、文句の付け所のない見事なホームランである。

「がはっ……!」

そんな手榴弾をぶち当てられ、共に空へと飛んでいたロビンが地面へと落下する。
木がクッションになったおかげで、致命傷には至らない。
どこも折れてはいないようだし、内蔵も破裂してはいなかった。
一番大きく酷い傷は、体にではなく、心にしっかり出来ていたけど。

「打た……れた……」

ロビンの表情は、能面のように固まっている。
決してへこんでいないわけではない。
むしろ、かつて親友に敗れ去り、苦汁をなめさせられた瞬間を思い出して激しい自己嫌悪に襲われている所だ。
それをおくびにも出さないだけである。
プライドが、見栄が、泣きたくないという想いが、ポーカーフェイスにしているだけだ。
いやほんとあの落ち着いた無表情っぷりとか、こいつ絶対5歳児じゃねーだろ、肉体的にも精神的にもスペック絶対おかしいって。

「ちっ……ふざけやがって……!」

跡部が生み出したチャンスを、己の力不足で無駄にしてしまった。
立ち尽くすロビンに、ヒグマの凶暴な爪が迫る。

ロビンは、死を覚悟した。

あの日、野球という球技の魔力に取り憑かれ、友人達の技術を盗んででも頂点を奪いに行った時から、いつかこうして命を落とすのではないかと薄々は察していた。
楽しかった平和な森を、殺伐とした実力主義の世界に変えた責任の一端は間違いなくロビンにある。
だから、いつかクマの鋭利な爪で体を裂かれてしまうのでは、という想いはずっと持っていた。
もっとも、その時思い描いてたクマは、ヒグマではなく黄色の体のアメリカクロクマだったけど。

「え……?」

鋭利な爪が振り下ろされ、当たりに鮮血が飛び散る。
しかしながら、茫然とするロビンには傷ひとつ無い。
割って入った跡部の左肩が、ロビンの代わりに大きく抉れ骨まで露出していた。
あーんセクシー、これはアニメディアあたりでピンナップ飾れるエロさですわ。
細身の優男が乱雑に衣服の一部を破いた状態で血を流すギャップとかそういうアレね。

「約束しちまってるからな……ヒグマから……守るってなァ……!」

跡部は、ロビンを一人の男として、スポーツマンとして、戦士として認めている。
だからこそ彼の失態には失望するし、容赦なく罵り殴ることさえするだろう。

だがしかし、例えロビンから指示に背いたとは言え、そのことと自分が約束を違えることとは別問題である。
一度守ると誓った以上、何をおいてもその約束は守らなくてはならない。

そうでなくては、誇りあるキングとは呼べないから。
そうでなくては、跡部景吾という王様のアイデンティティが崩れるから。
気高さ無くして、跡部景吾足り得ないのだ。
己の誇りは、命にだって替えられないのだ。

「いいか……俺はお前に失望した」

肩を抉られながらも、跡部はヒグマの腕にしがみつく。
一見無謀ではあるし、ヒグマにこれでダメージが通るわけではない。
だが、しかし――化け物地味た眼力にありったけの殺意を込められ、ヒグマの動きがほんの僅かに停止する。

「命令に背いたから、“じゃあない”――それは、もういい。
 お前にはお前の理由と事情があって、譲れないモンがあって背いたんだろうからな……」

命が掛かった状態で、わざわざ命令に背いた。
指示が的確だったと分からぬほど愚かではないだろうに。
保身や恐怖で動けなかったわけでなく、明確な意思の力を瞳に宿して命令に背いたのだ。
それをとやかく言う気はない。

「にも関わらず敗れ去り、そしてそのまま膝をつこうとしてるってーのが、許せねーな……」

一度でも敗北したら、二度と挽回のチャンスなど与えられない。
そんな世界で育ってきた跡部だからこそ、そんな状況になってでも強く心を持ち続ける者の凄さを知っている。

挽回の目などない状況から這い上がってきた宍戸亮がそうだったように。
虎視眈々と常に上に上がる機会を狙っていた日吉若がそうだったように。

貪欲に上を狙う者の強さは、跡部もよく知る所だった。
だからこそ、二度の敗北を経験している日吉を尚も次期部長に推していたのだ。

「負けっぱなしじゃ、終われねーんだろ……?」

宍戸や日吉と同じ輝きを、跡部はロビンの瞳に見ていた。
自分に敗れておいて尚、リベンジの機を窺うような輝きを。
譲れない想いを持つ者特有の意地を、スポーツマン特有の強すぎる我とプライドを。
だからこそ、こんなところで潰れていくのは許せないのだ。

「なら、終わるには早すぎるだろーが」

跡部は、理解している。
ロビンが何かしらの想いに囚われていることも、クマという生物に何らかの思い入れがあることも。
跡部の眼力の前では、そういうことも丸裸なのだ。
もう眼力っていうかエスパーでいいんじゃないかなこいつ。

「残念だが、跡部王国はここまでだ」

再び跡部を食い千切らんと迫るヒグマの顔面に、跡部が血の目潰しを叩き込む。
そしてすかさず鼻にエルボーを食らわせた。
そのファイトスタイルに、先程まで見て取れた回避の精神は感じ取れない。

「跡を継がせてやる気はねえ、お前はお前で勝手に自分の国を建てろ」

跡部の身に纏ったオーラが、次第に変質を遂げる。
合宿で追い込まれた真田弦一郎が、オーラを操ることでボールをありえない方向に移動させたように。
窮地に追い込まれ覚醒したオーラは、己だけでなく外部にまで作用する、物理判定のあるものへと進化する。

「そして聞かせてみな……お前だけの氷帝コールを…」

その中でも特別干渉しやすいのは、やはり己の一部だったもの。
今ならば、溢れんばかりに流れ出る血。
それが一番、操りやすい物質であった。

「これは……俺様だけの氷帝コールだ……」

身悶えるヒグマの耳に手を添えて、持てる力を注ぎ込んで氷帝コールを鳴り響かせる。
周囲にではなく、ヒグマの頭に直接的に、だ。
至近距離から頭蓋骨の中に直接響かせた最大ボリュームの氷帝コールは、クマの鼓膜を容易く破壊し、クマの世界から音を奪う。
跡部王国で鼓膜の破壊を確認し、跡部は残る生命エネルギーを全て自らのオーラ変質へと注ぎ込んだ。

「お前はお前で、見つけるんだ……自分自身の、自分だけのものを……」

跡部のオーラが、絶対零度の純白のソレへと変質する。
その圧倒的威圧感も手伝い、まるで吹雪の中にいるかのような錯覚すら引き起こす。
音も視界も奪われて、苦し紛れにベアハッグを跡部にかけたせいで、ヒグマがその冷気を誰より強く感じていることだろう。

「いや……野球選手なら、自分だけのコールじゃなく――――」

跡部の血が、パキパキと凍りついていく。
あまりの寒さに、ヒグマも堪らず丸まり始めた。
跡部は残る力でいくつかの手榴弾を打ち放つと、デイパックをロビンへと投げ渡した。
それは、今後投手として手榴弾で戦い抜くであろう友へと向けられたメッセージ。

「――――自分だけの、オリジナル変化球を、か」

その言葉に、虚ろだったロビンの瞳に色が戻る。
頭をガツンと殴られたかのような衝撃。
ずっと解けなかった数学の解法を分かりやすく教えてもらった時のような、そんな驚き(5歳児だから数学とか知らないけど)

「僕だけの……変化球……」

ロビンの胸に、ずっと居座り続けた影。目を背けていた現実。
それを、認めなくてはいけない時が、ついにきた。

友人達が必死に編み出した必殺技を、「強化してオリジナルに昇華したったwwww」などと言いながら、実際ただ盗んだだけ。
それを組み合わせ、翻弄し、戦っていたに過ぎないのだ。
ロビンはまだ、本当の『自分だけの決め球』で、親友と戦ってはない。
だからきっと、他の皆と違い、負けても爽やかな気持ちで敗北を受け入れるという気にならないのだ。
汗と努力の結晶でも何でもない変化球だから、打たれても素直に実力の差と受け入れられないし、気軽に使用し“軽い”ものとなってしまうのだろう。
打たれるのも、当然であると言える。

「そこから先は……自分で考えな……」

そう言うと、跡部はもう横目ですらロビンのことを見なかった。
終わりの時が近付いている。
最期の時に寄り添う相手がレディでなくヒグマというのは客観的に見て惨めだと言えるだろうが、まぁ致し方無いだろう。

絶対零度のオーラが体温を奪い、操られた微細な血の結晶体が痛覚を司る神経を破壊する(レントゲンまじ便利)
痛みも視界も音も失い、ヒグマはもう何も分からなくなった。
唯一感じるのは寒さだけ。
その寒さに丸まるしかないヒグマの体を、暖かなものが包んだ。

「いいぜ……一緒に寝てやるよ……一人ぼっちは寂しいもんな……」

まるで添い寝CDのようなデレを見せ、跡部がヒグマの頭を撫でる。
命を奪ってきた者に対するそれではなく、目いっぱいの愛情を込めた愛撫。
似たようなプレーをするだけでその選手だと錯覚してしまう事例があるのだ、視界を封じられたヒグマが、跡部様渾身の演技のせいで跡部様を母親ヒグマと勘違いしてしまうのも仕方あるまい。
ヒグマの心を安堵と安らぎが満たしていき、やがてソレは寒さと混ざり眠気へと変質した。

「冬眠(ヒュプノス)への子守唄(ララバイ)――――」

エターナルフォースブリザ跡部様。相手は寝る。

「……僕だけの国、僕だけの変化球、か」

目覚ぬ眠りに落ちた跡部の安らかな顔を見ながら、ロビンは呟く。
短い付き合いだったが、跡部は強い男だった。
傲慢な所があったが、勝負の過酷な世界で生き抜く強さを持った人だった。

甘ちゃんで、ぬくぬくと仲良しこよしの世界を生きてきた自分とは違う男。
そんな男に、言われたのだ。託されたのだ。
己だけの国を作り、己だけの変化球で、ヒグマと、そしてこの殺し合いを打ち倒せ、と。

「……いいよ、いいさ、やってやる」

今なら、冬眠をしたヒグマを殺すのは容易かろう。
しかし、ロビンはそれをしなかった。
それをすれば、殺し合いの参加者クリストファー・ロビンとして一勝を上げることはできても、野球に全てを捧げることを決意した投手クリストファー・ロビンとしては敗北したことになる。

寝ているだけのヒグマと、跡部の亡骸に背を向けて、ロビンは誓う。
絶対に、ヒグマにも、親友のプーにも、負けはしないと。
自分だけの魔球・ロビンスペシャルを完成させ、必ずや誇り高き勝利を得ると。

「例えそれが誤った道であろうとも。あの頃には決して戻れない、殺伐とした暗く淀んだ道であっても」

あの時、友人から盗んだ技で、えげつないほど自分に有利な勝負を挑んだ瞬間に、仲良しごっこは終わったのだ。
今の自分は、お人好しのクリストファー・ロビンではない。
投手としての喜びと欲望を得てしまった、100エーカーの森の頂点を狙う、一人の修羅と化した戦士だ。

毒を食らわば皿まで。井戸を落ちるなら、途中で止まるわけにはいかない。
例え多くを失ってでも、勝ち取りたいものがあるから。

「僕は、投手として、この殺し合いを切り抜けてみせる――!」

数奇な運命とでも言うのか。
跡部を殺め、ロビンの打ち倒すべき相手となったヒグマは、野球の象徴でもある『9』を名前に冠している。
その数字は、カンガとルーを1匹とカウントした場合、あの時野球に興じていた森の仲間の数とも一致していた。
まるで彼らとの思い出が、ヒグマに宿り目の前に立ちはだかっているかのようだ。

それでも、もう迷いはない。
あの頃の思い出も、ヒグマ9も打ち倒し、最後にはプーに真っ向から勝利する。
今のロビンの胸にあるのは、それだけだ。
白球に賭ける少年の戦いが、決意をあらたに、今、再び幕を開ける――
(この辺からイントロが流れ始める。テンテンテンテンテンーテレレーテンテンテンテンry)

「ロビン王朝(ダイナスティ)は、今この時より、僕から始まるッ!」

あーとーひとつぶのーなーみーd(省略されました。全部聴きたければJASRACにお金払って下さい)



【跡部景吾@テニスの王子様 死亡】

【森のどこか/深夜】

【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:激しい怒りと屈辱感、右手に軽度の痺れ、全身打撲
装備:手榴弾×めちゃんこたくさん、砲丸
道具:基本支給品×2、不明支給品0~1
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
1:変化球を磨く
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました

【穴持たず9】
状態:一時冬眠
装備:跡部様の抱擁
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
基本思考:ヒグマすやすやでワロタなう
1:あったかくなったらまた会おう!
※冬眠してますが、別に倒されたわけではありませんし、刺激したら起きます。


No.040:一流の仕事 本編SS目次・投下順 No.042:Dream me
No.040:一流の仕事 本編SS目次・時系列順 No.042:Dream me
跡部景吾 死亡
クリストファー・ロビン No.064:クリストファー・ロビンの決闘!ストラックアウト7
穴持たず9 No.086:あらしのよるに

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最終更新:2014年12月14日 22:46