クリストファー・ロビンの決闘!ストラックアウト7
「……そこにあるのは9枚のパネルです。
9枚の、なんてことない、とても薄くて小さいパネルです。
中央の5番パネルのみが唯一丸いフレームで守られています。
他は外枠とのわずかな接着面で、辛うじてその身を宙にとどめている状態。
そう、ここにあるのはたった9枚、ほんの少し押せば剥がれる程度の壁でしかありません」
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「しかし。このたった9枚で出来た壁が。
この薄く脆い壁が……歴戦の野球選手たちを葬る姿を。我々は何度も目にしました」
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HIGUMA ファーストステージ STRIKE OUT-"7"=
「本来ならば、忍者の名を冠したアスレチック遊戯とは別のコーナーで、
なみいる挑戦者を跳ねのけていたこの壁。
しかし、羆の名を冠したこの城には情け容赦などありません。そこにあるのは生か死か。
ゆえに今回のファーストステージ、第一関門に立ちはだかる最初の壁に選ばれたのはこの壁なのです」
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「制限時間はありません。好きなように投げて頂いて結構。
ただし――普段ならば12球あるはずのボール・プールには、“7つ”のボールしかありません」
「9枚のパネルを7球のボールで落とし切ること。それが今回のファーストステージの突破条件」
「ここにあるのは絶対的な矛盾だ。世の中を生き抜く上で必ず遭遇する“理不尽”の権化だ。
そう森の中で突然ヒグマに襲われるような“理不尽”を跳ね除けてこそ、ヒグマを破ったと言えるのだ……!」
「……さあ、最初の挑戦者が今、やってまいりました」
【残り 7球】
――時間は少し前に遡る。
ヒグマとの死闘、そして跡部の死。
その果てに、自分の進むべき道を見つけたロビン。彼はまず森から出た。
森から出るということは、彼の中では100エーカーの森の懐かしさとの決別でもある。
そこに眠る森の思い出が詰まった相手に勝つには、一度森から離れることが重要だとロビンは考えたのだ。
森から出ると街だった。近くに見える火山などの位置から見て、どうやらD-3に居たらしい。
そこまでを理解するとすぐ、ロビンは西にある滝へと向かった。
強くなるには、修業しなければならない。修業って言ったらそりゃあ、滝だろう。
ニンジャだって滝に打たれて修行するってカートゥーンにも書いてある。
僕は詳しいんだ。というわけで滝に向かった。
そしたら、HIGUMAに遭遇した。
「――さあ挑戦者ロビン、ゆっくりと第1球を取ります」
久しぶりに握った普通の野球ボール。
統一球だ。よく手になじむ。
ロビンはマウンドの上へと立つ。そこは暗い陰となっている。
なぜ陰となっているのか? 答えは、ロビンの頭上を見れば分かる。
ロビンの頭上には巨大な球状の鉄塊がロープによって吊り下げられている。
「クリアに失敗した場合、5tの鉄球が落下し、即座に挑戦者を処刑します」
失敗は死。それがHIGUMAという名の城、悪魔の論理なのだ。
しかし……この
ルールを知ったうえでロビンはHIGUMAに挑むことを決めた。
目の前にストラックアウトあれば、投手として逃げるわけにはいかない。
さらに、一見不可能に思える7球の条件も、ロビンにはすでに攻略法が思い浮かんでいた。
(大丈夫だ。さっき戦ったのは動くヒグマ。こんな止まってる壁に比べたら……!)
息を。
吐いた。
踏みしめて。足をあげて。
勢いづいて、腕をぶんと、振る!
(怖く、ないッ!!)
初めての“自分自身の”投球を!
誰の真似でもないクリストファー・ロビンのフォームで!
「さあ、命を、そして投手としてのプライドを賭けてロビンが望む第1球! 投げた!」
ズギュウン!!! 風のような速度で、ボールは壁を――ぶちぬく!
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 ̄T ̄ 。。。。⑤ コロン…
「獲ったァ―――――――――ッ!!!! 挑戦者ロビン、まずは5番パネルを撃ち抜いたッ!」
【残り 6球】
狙いはまっすぐ、ストレート。
ロビンはまず1枚目、真ん中のパネルを綺麗に撃ち抜いた。
腕を振り終えた瞬間の爽快感が遅れてやって来て、ロビンの脳裏に夏の青空を思わせる。
思った以上に、速度も球威も出た。
普通に投げただけなのに。ボクはこんなに投げれたのだろうか?
……そうか。森の仲間たちから技を盗んだことは、無駄ではなかったのだ。
借り物を我が物とするために費やした時間は、確実に少年の地力を上昇させていた。
(あとは、掴むだけなんだ……自分の核をッ!)
少年は瞳の奥、確かな闘志を秘めて次のボールを取る。
そして宣言。
指を1本立ててから、次に4本立てる。
「おっと、これは――ロビン投手、大きな宣言をしました!」
実況者のフルタチが白々しい口調で言う。
ロビンからすれば今さら何を、だ。間違いなくこうしなければクリアできないというのに。
「2枚抜き宣言! 1番と4番のタテ2枚抜き宣言です!」
ストラックアウトのフレームは外枠の他には5番の周りにしかない。
つまり、2枚抜きが可能なのだ。
一石二鳥とはよく言ったもので、1球で2枚のパネルを抜けば当たり前だが球数の節約になる。
2枚抜きを4回繰り返せば4球で8枚。
5番に使う1球を含めても「5球」で済む。
矛盾の壁などそこには無いのだ。むしろ2球も余っている、親切設計といえよう。
「さあ初回からの流れに乗れるか! ロビン第2球を――投げた!」
このまま5球で仕留める!
そして、自分の球を見つけて! ロビン王朝を栄華するッ!
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 ̄T ̄ 。。。。4 ハラリ…
しかし。
HIGUMAに潜む悪魔は、
そう簡単にはロビンにパーフェクトを許さなかった。
「あ――――ッと! おしい! 宣言通りとは行きませんでした! しかし4番を打ちぬいたァ!」
【残り 5球】
(……なん…………だと?)
脳内では確かに、1番と4番の間を通り抜けるようなストレートを放ったつもりだった。
しかしボールの軌道は下にズレ、4番のド真ん中へと着弾した。
2枚抜きの失敗。それが現実。
1枚は取れたのだから普通のストラックアウトなら上出来? 否。
(まさか……僕がコースを外すなんて……いや、そういえば、あの時も)
ロビンからすれば狙ったところに当たらなかったというだけで大問題だ。
そして思い出す。
先の穴持たず9との戦い。思えばあの時も、ティガーボールにより姿を消し、
地を這ってそもままヒグマへと進ませるつもりだった手榴弾が、ヒグマの目前で少し浮いたような。
普通はありえない。
森の仲間、カンガ・ルーが放つ縦揺れボールのように、最初からそういう回転をかけるならともかく、
下に向けて放ったボールがバッターの直前で重力に逆らい、急に浮くなんてありえない。
(でも――考えてみれば、浮いたはずなんだ。じゃなきゃ、立っていた奴の足元にあるはずのステルス手榴弾が、
比較的前足の短いヒグマの爪に絡め取られるはずがないんだから。
僕のボールが、僕の意思とは違う動きをしている――? そんな馬鹿な話があるっていうのか?)
5歳児とかいう設定はどこにいったのか、ロビンは冷静に考察をした、
しかしそれ以上の答えは出なかった。材料が少なすぎるし、まだ確定でもない。
先の2枚抜きの失敗はただのコントロールミスかもしれないしヒグマの爪だって普通に当たるのかもしれない。
もう一球。
もう一回投げてから判断しよう。
ロビンはそう考え、雑念を消して再び投げた。
……されど生死をかけた戦いにおいて、その甘い判断は命取りとなる。
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 ̄T ̄ 。。。。6 ハラリ…
「また行った――――ッ! 6番がロビンの放つ弾丸に打ちぬかれました!」
9との2枚抜きを狙ったはずのボールはやはり浮いて、6番のみを剥がし落とす。
ロビンは。口をぽかんと開けた。
【残り 4球】
「さあ大切な場面になってまいりました。ここで実況席、私だけでは少し寂しいのでゲストをお呼びしております。
とは言っても外部とSkypeで繋いだだけですが……えー聞こえますか? つながってますか?」
『O.K.』
「どうやら繋がっているようですのでご紹介しましょう。
今回特別ゲストとして実況席で解説してくれるのは“最近解説の楽しさに
目覚めた川﨑宗則”さんです」
『こんにちは! 最近解説の楽しさに目覚めた川﨑宗則です』
「良~いニコヤカスマイルですね~。一気に場の雰囲気も明るくなったような気がします。
さて最近解説の楽しさに目覚めた川﨑宗則さん、現在ロビン投手3球を投げてスコアは3枚。どう見ますか?」
『うんー素晴らしいですね。まだ若いのに身体全体を使って思いっきり投げてる、元気がいいです。
鍛え方もプロ並みです、あの様子だと連続50球投げても疲れないんじゃないでしょうか。ただ……』
「ただ?」
『そうですね、“自分の球を投げたい”って思いは伝わってくるんですが……制球に“型”が出来ちゃってますね。
もしかしたら一人のバッター、一人のキャッチャーとしか相手して来なかったんじゃないかなあ。
毒なんですよねえこれ、自分でも気づかない内に球の行き先が固定されてしまう。そうなると地獄で、
コントロールがどれだけよくてもコントロールされてしまうんですね。とにかくあの子は広い世界で経験を詰むべきですね』
「広い世界」
『ええ。基礎はもう十分すぎるくらいあるので、
沢山のバッターやキャッチャーと投げ合うことで放っておいても進化するでしょう。
いやー逸材ですよこの子。この子の球獲ってみたいなあ。アメリカでは捕手の練習もやってたので』
「そうなんですか?」
『何でもやってみれば出来るもんなんですよ。既存の常識はどんどん捨てるのがコツです。
世界は広いんです。とにかくいろいろ捨ててみよう、裸になろう。僕に言えるのはこのくらいですね』
「おお……普段のお茶目なキャラと裏腹に非常に参考になる解説でした。
ありがとうございます。川﨑宗則ロワの第2シーズンにも期待したいところです。
さて、では実況に戻りましょう。
マウンドでは今、今ロビン選手が4球目を――――ああッと!!?? なんだあのボールは!?」
___ ::::○ ガィィン
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「”縦に揺れて”――あああああああッとしかしフレームに当たったァ!
ロビン投手2番3番の同時抜きを狙いましたが、残念ながら5番の周りのフレームに当たってしまいました!
今回のストラックアウトでは元からパネルの数>球数のためまだチャレンジ終了にはなりません、しかしこれは」
『まずいですね……』
「そうなんです。残り3球でこの6枚の位置は……ロビン投手落ち込んでいます」
『あの、ちょっといいですかね?』
「? どうしました、最近解説の楽しさに目覚めた川﨑宗則さん」
『いえ、お願いなんですけどね。僕いまSkypeで古館さんのスマホに繋いでるでしょ?
ちょーっと、古館さんスマホごと、僕をあの子のところまで投げてくれないかなって――――』
【残り 3球】
(嘘だ……まさか本当に……本当にこんなことが……!)
フレームに当たって外した4球目。
それを投げ終えた後、ロビンはようやく自らに回っていた毒に気付いた。
感じていた違和感の正体。
3球目の結果が出たあとにロビンはとある推測を立てた。
その検証のためにあえてカンガ・ルーの縦揺れボールをとにかくパネルのどこかに当てるつもりで投げた。
(そして! ボールはやはり5番の周り! 5番の右のフレームに着弾した!
上下揺れでどの高さに球が当たるかなんて自分でも考えていなかったのに、まただ!
間違いないッ! 僕のボールは――僕の投球は無意識に“ストライクポイントの横軸に集中”している!)
そう。ロビンは自分でも気づかぬうちに、ストライクど真ん中の横一線。
ストラックアウトで言えば4~6番の位置にボールを最終的に持っていくクセがついていたのだ。
……ここでクリストファー・ロビンの出展である「プーさんのホームランダービー」を参照してみよう。
ttp://disney.kids.yahoo.co.jp/game/pooh.html
このゲーム。パワプロとかそういう系の野球ゲームと決定的に違う点がひとつある。
このホームランダービーでは、
バッターのプニキは必ずバットを“同じ高さで振る”。
そして全ての球にそのスイングで当てることが出来る。
つまりどんな変化をしようが、ストライクゾーン通過時のボールは“一定の高さの場所を必ず通っている”のである。
つまりつまり、もちろん投手は、
“ストライクゾーン通過時に一定の高さの場所を必ず通るボール”を投げている。1球も漏れず、必ず。
どうしてそんなことになっているのか。ゲームの仕様と言うことはできる。
しかし100エーカーの森の面々はどうしてこの異常事態に意見をしないのだろうか。
バッターであるプニキの要望だろうか?
いいや、ホームランをストイックに求めるあの気高きオスがわざわざ投手に舐めプを求めるとは思えない。
おそらくは……キャッチャーであるゴーファーに問題があるのだろう。
ゴーファーはプーさんのアニメ出身のキャラで原作にはおらず、
キャラとして築いた年月は他のキャラより少ない。
だからたぶんキャッチャーとしての練度も低くボールの上下の変化に対応できないのだ。
さて、ロビンはこのゲームの最後の敵であり、それまでの投手の全ての球を使う。
ゲーム内の全ての球種を、一定の高さでストライクゾーンを通過するように投げ続けてきた。
1度の対決で50球。
その感覚はもはや脳髄に刻まれていると言っていい。
だから目の前にキャッチャーがいないと目が認識していても、
能が無意識のうちにキャッチャーに投げるのと同じ感覚で投げてしまうというのは、何らおかしくはない。
しかしそれではストラックアウトはクリアできない。
(くそ……)
5球目のボールを握る。
けれどそれはもう死んでいるボールだ。
残り3球、パネルは6枚――しかしその位置的に全てを2枚抜きすることはもう不可能。
まだチャレンジ自体は続けられるが、
すでにこの時点でゲームオーバーが確定してしまっているのである。
もはや残りの3球は、上部に吊り下げられた鉄球による、ロビンの死へのカウントダウンでしかない。
ほんの少しでも早く気付いていれば。
このチャレンジには乗らずに、クセを外すための練習ができた。
自分の球を見つけることができたかもしれないし、穴持たず9にもリベンジできたかもしれなかった。
しかしこれでは、王になってからすぐ死んでしまった歴史上の不運な人物と同じ。
ロビン王朝、幕開けから2時間でゲームセット。
(くそうッ!!!)
こんな結果――いまもD-3で(物理的に)冷たく眠っているだろう跡部にも申し訳が立たないし、
何より自分が許せない。自分の愚かさが、能力のなさが憎らしい。
クリストファー・ロビンには。
王の資格はなかったということなのだろうか?
『少年!』
「え?」
突然話しかけられて、ロビンはチャレンジを始めてから初めて声を出した。
見れば足元にスマホが落ちている。拾い上げると誰かと通話中だった。誰だ?
「誰ですか」
『少年! まだ、終わってはないよ! 次を投げよう!』
「無視……さっきから城の上で野次を飛ばしてるフルタチの仲間ですか?
わざわざここまで声を飛ばしてこなくても、ウザいってことは分かってますよ」
『そう言う前に! ほら、まだボールはある! チャンスはあるんだ!』
「もう物理的に無理ですよ。……煽ってるんですか?」
『違う! そうやって無理だと思いこむから無理なんだ!』
「……?」
『何があっても諦めないこと、全ての可能性を信じれば、必ずチャンスはそこにあるんだ。
パネルを落とすだけでいいなら、まだ手はあるはずさ。あとは――君が常識を捨てれるかどうかだ』
「……。あ……!?」
『常識を超えた先に、君の答えは必ずある』
クリストファー・ロビンに向かってスマホの向こうの男は言った。
『僕が保障しよう――君の可能性は、まだ消えていないッ!』
「まさか……そ、そうか……ッ!!!!」
その声にロビンは。唾を飲みこみ空を見上げた。
次に握っていたボールを見る。そして。持っていたボールを、投げた。
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ただし、パネルの方に向かってでは――ない。
【残り 2球】
実況者・
古館伊知郎はここまでの実況人生に誇りを持ってきた。
これまで番組、ニュース、さまざまな仕事においてさまざまなハプニングがあったが、
彼はその状況に対し適切な言葉で実況することを間違えなかったし、貫き通してきた。
「……え?」
しかしその古館伊知郎ですら、ロビンがとった行動には目を点にするしかなかった。
「これは……挑戦者ロビン、血迷ったのでしょうか!? ボールを空に向かって投げたァ!」
大暴投、どころの騒ぎではない。
少年は明らかに意図的に、ストライクゾーンに向かってではなく、空に向かってボールを放ったのだ。
しかも本気の球威と重さを持った渾身のストレートを。
「今までよりさらに勢いのある投球はしかし空へ……、
そしてボールは鉄球に着弾します。鉄球がぐらぐらと揺れます!
長い鎖で吊っていてバランスは悪いとはいえロビン投手ものすごい球威。しかしこれは一体……!?」
ボールはロビンを殺すべくロビンの真上に待ち構えていた鉄球の側面下方へ激突。
鉄球はその勢いに押されて、ぐらぐらと揺らめきだす。
当て方が良かったのか、まるでビルを取り壊すときにクレーン車が吊る鉄球破壊器のごとく、振り子状に揺れる。
鉄球はきしみながら揺れる。
ぎしぎしとぐらぐらが大合唱している。
軋みは鉄球を吊っている長鎖の悲鳴だ。
5tの球の揺れが作り出す遠心力に鎖の耐久力が削られていっているのだ。
「これは……こんな状況は想定外です!
もしこれ以上振り子が揺れたら、じきに鉄球が鎖から外れて――あ」
と。意味不明な展開をそれでもなんとか実況し、
この後の展開を予測しようと考えをめぐらせた古館の脳裏に閃く、自らの言葉。
それはこのSSの最初、HIGUMAのチャレンジャーへと送るルール説明のことば。
確かに古館伊知郎はこう説明した。
“7球のボールを使って”、
”9枚のパネルを地に落とす”。
それがクリアの条件である、と。
「……鉄球は。
鉄球の数え方は当然、「球」でしょう。つまりあそこにあるのは1球の鉄球。
さらに、鉄球とは無論、広義ではボールでありましょう。つまり。あそこにあるのは1球のボール」
呆然とした表情で。古館伊知郎は何かに突き動かされるように、言葉を紡ぐ。
ロビンに残されたボールはあと2球ある。
だがそれは。野球ボールには限定されていない。そして。
「そして見ていただきたい――あの振り子の揺れが向いている方向は、ストラックアウトのパネルではないでしょうか。
間違いありません。ロビン投手は鉄球に当てるボールの位置をコントロールして、
鉄球が揺れる方向をもコントロールしたのであります。
つまりこれから、6球目を空へと投げて。さらに揺れて、鎖が切れて。
その“7球目”が落ちる場所さえ、コントロールできるのだと、したら――我々はとんでもないものを――」
【残り1球】
……一つ一つ、目の前で繰り広げられる状況を確認する伊知郎の、
いちろうという名前だけで川﨑宗則をゲストに呼ぶことに成功した男の、
実況者の言葉は、もうとっくの昔に、現実のスピードに追いついていなかった。
クリストファー・ロビンは常識を捨てた。
投手はストライクゾーンをめがけてボールを投げるものだと言う常識を捨て去って、
そしたら自分の身体に巡っていた毒が晴れていくような気持ちになって。
ボールが自分の思い通りに進む。
綺麗な軌道だ。
感じる。
ボールを投げること、その先にある、なにかを。確かに感じている。
(楽しい)
そう思った時にはすでにロビンのボールは鉄球の側面の中心を捉えていた。
鉄球は。7球目のボールはその球威にさらなる振り子運動をして。
たまらず鎖は途中で切れて。
ボールは、地面へと落ちた。
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,ィ'" `:.::::::::::三三二ニ=―
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` '' ― '' ´
ストラックアウトのパネルは鉄球の下へと沈み込んで見えなくなった。
6枚のパネルは地面に落ちるどころか、地面の下へともぐりこんだ形になる。
つまり6枚同時抜きというわけだ。
「……あ、あああ、あああ……」
実況はこの現象を形容する言葉をもはや持たない。
代わりにロビンが、最終的に余った野球ボール1球を天に掲げながら、宣言をした。
「――僕の勝ちだ」
クリストファー・ロビン、悟る。
投手とはボールをストライクゾーンに投げる存在ではない。
ボールを投げて勝利を導く存在。
王であり、英雄である――それが、投手なのだッ!
【A-5 滝の近く/黎明】
【クリストファー・ロビン@プーさんのホームランダービー】
状態:右手に軽度の痺れ、全身打撲、悟り
装備:手榴弾×3、砲丸、野球ボール×1
道具:基本
支給品×2、不明支給品0~1
基本思考:成長しプーや穴持たず9を打ち倒し、ロビン王朝を打ち立てる
1:欠点は修正した。自分だけの変化球は、もう少しで掴めそうだ。
2:投手はボールを投げて勝利を導く。
※プニキにホームランされた手榴弾がどっかに飛んでいきました
※プーさんのホームランダービーでプーさんに敗北した後からの出典であり、その敗北により原作の性格からやや捻じ曲がってしまいました
※ロビンの足もとに伊知郎のスマホ@現実が落ちており、ロワ外にいる最近解説に目覚めた川﨑宗則@現実と通話が繋がっています。
【残り 0球】【クリストファー・ロビン ファーストステージクリア】
【セカンドステージへ】
「いや、セカンドステージには進まない」
【え?】
「もう手榴弾は投げたよ。フルタチの居るだろう、HIGUMAの心臓にね。
当たり前だろう? 僕は命を賭けて勝負をしていた。――なら僕が勝ったら、向こうも対価を支払うべきだ。
こんな理不尽なルールを強いるアスレチックは、僕の王国には不必要、だよ」
数秒後。
HIGUMAの実況席で呆然としていた古館伊知郎の元に、7つの手榴弾が投げ込まれた。
羆の城には情けはない。
そこにあるのは生か死か。
自然界では負けた者は勝者に食われるように。
わずか1人目の挑戦でクリアを許してしまう様な城など、攻略の価値もなしと判断されて仕方なし。
「――いま、私の足もとには7つの手榴弾があります。
全てピンは抜き済み。私の逃げ場は、ありません」
そしてその城の特等席に居座って傍観する実況者もまた、
城側の人間であることは確実で、城の敗北の責任を負わされるのも必定なのだ。
「勝者たるロビンはこのほかにもHIGUMAの様々な機関に手榴弾を投げ込んでいきました。
もうすぐ私は死に、HIGUMAは地へと沈むでしょう。わずかな時間でしたが、番組のご視聴有難うございます」
実況者は城と共に沈む。
そしてその様子を実況するのもまた実況者の仕事だ。
古館伊知郎は冷静に、HIGUMAの腹が食い破られる瞬間を視界におさめようと、メガネをくいっと上げて。
次の瞬間。
どれとなく爆発を始めた手榴弾の放つ閃光が、古館伊知郎とHIGUMAの影を焼き切った。
「それでは……来世でまたお会いしましょう。
実況は、古館伊知郎でした」
――このアスレチックでは足りなかった。
――次はきっと、もっと挑戦者を苦しませるものを。
【古館伊知郎 死亡】
【HIGUMA 倒壊】
最終更新:2015年01月19日 00:02