山月記


陳郡の袁さん(さんの字は難しいので省略)は焦っていた。
社命を奉じて使いし路の途上、このような場に迷い込んでしまったのである。
多勢いたはずの供廻もいない。
途方に暮れつつも林の中を歩を進める中、果たして一匹の羆が叢の中から躍り出た。
羆はあわや躍りかかるかと見えたが、忽ち身を翻して元の叢に隠れた。
叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰り返し呟くのが聞こえた。
その声に、聞き憶えがあった。オフ会の時に確かに聞いた声だった。
彼は咄嗟に思い当たって叫んだ。

 「その声は、我が友、李徴子ではないか?」

叢の中からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。
ややあって、低い声が答えた。

 「如何にも自分は隴西の李徴子である」と。

草中の声は次のように語った。
今から一年程前、自分が社畜となりて出張先に泊まった夜のこと、ふと目を覚ますと戸外から名を呼んでいる。
声に応じて外に出てみると、声は闇の中からしきりに自分を招く。
憶えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駆けていくうちに、いつの間にやら羆となっていた。
以来、人間を捨てて羆として暮らしている。
日々が経つにつれ、心までどんどん羆になっていく。いまでは人間の心で居られる時の方が短いくらいだ。

ところでそうだ。己がすっかり人間でなくなってしまう前に、1つ頼んでおきたいことがある。

他でもない。自分は元来ロワ書き手として名を成す積りでいた。
しかもその業未だならざるにこの運命に立至った。
今もなお空で言えるプロットが数十ある。これを誤爆あたりに放流して欲しいのだ。

袁は支給品にあったノートパソコンを開き、叢中の声に随ってテキストファイルに記した。
およそ三十篇、格調高雅、意趣卓越、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。
しかし袁さんは感嘆しながらも漠然と首を傾げた。
いや確かにアイデアすげぇけどさぁ、これどっか微妙じゃね? なんかイマイチなんだよなぁ。

プロットを吐き終わった李微の声は、突然調子を変え自らを嘲るが如く言った。

マジレスすんのもアレだけどさ、こんな身になった今でも、スレにGJが並ぶのを夢見ることがあるんだよ。
嗤ってくれよ。
有名書き手になり損ねてヒグマになった哀れな男に、草生やしてくれよ。

今思えばさー、人間だった頃も俺って傲慢だったんだよな。うん。
臆病でさー、尊大でさー、他の書き手を上から目線で貶しつつ、自分は小手先の作品を投下するだけ。
こんな内面じゃあ、ヒグマになっちゃったのもむしろ妥当だって。
で、虚しくなって山で吠えるんだけどさ、誰にも伝わらねーの。たまんねーわ。

最早、別れを告げねばならぬ。
酔わねばならぬ時が(羆に還らねばならぬ時が)近づいたから、と李徴の声が言った。

お別れする前にもう1つ頼みがある。
それは我が俺ロワのことだ。俺の立てた俺ロワの住人はまだ>>1の帰りを待っているはずだ。
君がネット環境に戻ったら、>>1は既に死んだと告げてくれないだろうか。
厚かましいお願いだが、彼らを憐れんでまとめwikiの管理をしてくれたら、さらに嬉しいわー。

言い終わって、叢中から慟哭の声が聞こえた。袁もまた涙してその通りにすることを誓った。

李微は自嘲的に言った。
ほんとはコッチを先にお願いするべきだったんだよねぇ。こんなんだから羆になるんだよ。

そうして付け加えて言うことには、分かれてから一度だけ姿見せるわ。
いや見せびらかそうってんじゃなくってさ、もう会いたくねー!って思えるようにさ。

袁さんは叢に向かって別れの言葉を告げて、何度も振り返りながら歩き出した。
丘の上に着いた時、言われた通りに振り返って、先ほどの草地を眺めた。
忽ち、一匹の羆が草の茂みから道の上に躍り出たのを見た。

目が合った。

やべ。
袁さんは直観した。
こいつ、完全に心までヒグマモードに入っちゃってるわ。
死んだわ、俺死んだわ。

李徴だった羆はさっきまでの文学的なやり取りも全部忘れて袁さんに襲い掛かり、瞬時に惨殺した。

あとにはむしゃむしゃ、と、獣が肉を咀嚼する音が響くばかりである。




【陳郡の袁さん@山月記?  死亡】

※支給品のノートパソコンが近くに落ちています。
 ロワのプロットが30ほどテキストファイルで保存されています。


【D7・草原/黎明】

ヒグマになった李徴子@山月記?】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


No.044:(1D6) 本編SS目次・投下順 No.046:Monster A Go Go
No.044:(1D6) 本編SS目次・時系列順 No.046:Monster A Go Go
陳郡の袁さん 死亡
ヒグマになった李徴子 No.091:狼疾記

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最終更新:2014年12月14日 23:10