「・・・おい、一体どこに向かっている!?」
やや焦りの見え隠れする声が車内から飛んだ。
馬車に備え付けられた小さな窓の外に流れる景色が普段と違う事に気がついて車内の男が慌てて御者に声を掛けたのは、教団支部がある邸宅地区へと向かうはずの丘陵を何故か大きく西に外れた、ピドナ旧市街北の人気のなく寂れた広場に差し掛かったところであった。
聞こえなかったのか男の言葉を数秒ほど無視した御者はあくまで無反応のまま馬車の速度を緩め、ついには広場の中央で停止する。
「おい、何故止まる! ここはどこだ!」
いよいよ何かがおかしいと気づいた男が御者に怒鳴ると、そこで漸く男の言葉に気がついたように御者は後ろを振り返った。
そしておもむろに懐から煙草を一本取り出し、マッチで火を付ける。
小さな窓越しに煙が流れ、馬車内にまでその温海地方独特の香りのきついアロマが蔓延する。
男の奇行に不審がる周囲をよそにその香りに大きく目を見開いたのは、車内中央に座っていた男だった。
その顔を窓越しに確認した御者であるハーマンは、そのままにやりと笑って馬車を飛び降りた。
それを追うように男と、それを追って車内の全員が逃れるように馬車から出てくる。するとその広場にはハーマンの他に一人、少女が立っていた。
か細く、可憐な容姿の少女だ。男たちはこの少女を見たことがあった。つい先ほど、ピドナホテルの宴会場にこの姿があったのだ。少女はとても美しく印象的で、それが彼らの脳裏にもしっかり残っていた。
少女はそのつぶらな瞳を数度瞬き、馬車から出た男たちの中の一人をじっと見つめている。
その少女の隣に立って息と共にゆらゆらと揺れる煙を吐いたハーマンは、くわえ煙草のまま隣の少女に目線だけを向けた。
「おいフェアリー、間違いないか?」
「はい、間違いありません」
フェアリーが即答する。
彼女の返答に対して、そうか、とだけ短く答えたハーマンは、煙草を地面に落として火種を踏み潰しながら御者用のフード付き外陰を脱ぎ去った。
深く皺が刻まれ片方の目を眼帯で覆われたその顔をみても、相対した男たちは不信そうな表情をするだけだ。その様子を気にする事なく、ハーマンは無造作に右手を前に突き出した。
瞬間、ハーマンの足元から風が巻き起こり、突き出された右手へと収束していく。
男たちはその段階で漸く身の危険を察知したが、彼らが体制を整えるよりも早く、ハーマンの術式が完成した。
「ふっ飛べ!」
突き出された彼の右手から、明確な敵意が風圧の鏃と化して男たちを襲う。
俗にウインドダートとも呼ばれるこの風の鏃は、地術の蒼龍に属する代表的な術式であり、術者の技量によって生成される層の数が全く異なる。ハーマンの放った術式は専門術者の其れには及ばないものの、一般人ならば正面から受けて立っていることは到底出来ないであろう程には鍛えられていた。
そして幾重かに重ねられた風の矢に男たちが吹き飛ばされ馬車も横転する中、腕で顔面を覆っていたマクシムスからは何か白い霧のようなものが吹き飛ばされていった。
「・・・やはり」
ハーマンの隣で風圧の余波に軽く腕を翳しながら状況を見守っていたフェアリーは、周囲が吹き飛ばされた中に一人残った男を見て、目を細めながらそう呟く。
彼女の双眸が見つめる先に直前までそこにいたはずのマクシムスらしき人物は見当たらず、その代わりに黒色の地味なローブに全身を包んだ中肉中背の男が一人、顔面を腕で覆いながら小さく呻き声を上げていた。
「はん・・・てめぇも生きていやがったか、クソハイエナ野郎め。いや、カメレオン・・・だったか」
化けの皮が取れ去り目の前に現れた中肉中背の男を見ながら、ハーマンは眉間の皺を寄せながらそう言った。
その言葉にピクリと反応した男は、顔を覆っていた腕を下ろし、まじまじとハーマンを見つめる。
「てめぇ・・・何者だ? 何故その名前を知っている? なぜ俺の変化の術を見破れた・・・?」
「はっ・・・どうでもいいんだよ、んな事は。それよりな、お前にどうしても会いたいってやつがいてなぁ。ちっと会ってやってくれや」
そういってハーマンが袖口から取り出した煙草に火を付けるのに合わせ、それに示し合わせたかのように、広場の奥から一人の剣士が歩いてきた。
自慢だった頃には全く及ばないものの、この半年少々の旅路を経て随分伸びてきた銀髪を後ろに纏めて揺らしながらその場に現れたのは、誰あろうカタリナだった。
その双眸はいつも通り鋭く静かで、だがしかし今は一度解き放たれれば全てを破壊し尽くしてしまいそうな殺意を湛え、黒いローブの男を見つめている。
その姿をみたローブの男は、彼女と目があってしまった瞬間に背中を突き抜ける悪寒に襲われた。
そして彼は悟った。自分はここで死ぬだろう、という事を。
彼は射竦められたのだ。相手の持つ、圧倒的な力と、そして殺意に。
男はその場を逃れようとはしなかった。いや、出来なかったという方が正しいだろう。生存本能が麻痺する程、彼は既に萎縮してしまっていたのだ。
「・・・お久しぶり、ね?」
ガチャリ、と鞘の仕掛けが解かれて刀身を露わにした月下美人を片手に構え、言葉と共にカタリナは男の数メートル手前に立ち止まる。
「覚えているわ・・・あの夜、薄い月明かりに僅かに照らされたその姿を。私を謀り、我等がロアーヌ国宝マスカレイドを奪い去った薄汚いその手を。触れてはならぬ私の心の内に土足で踏み込んできた、その汚らしい顔を」
カタリナの言葉は、男に届いていただろうか。全くの無反応でその場に立ち竦んだままの男は、唾を飲み込んだ。
その様子を唯々無感情な瞳で見つめたカタリナは、斬りかかる素振りは見せずに剣を片手で弄びながら、男のすぐ横まで歩み寄った。
「・・・聖剣マスカレイドは、今何処に?」
傍から見れば感情を読み取ることも難しい表情と声色だったが、しかし男には彼女の口から発せられる一言一言が心の臓を強く締め付けられるような威圧感で以て全身に重くのしかかる。
意図せず呼吸は荒くなり、次に訪れた急激な喉の渇きに、男は再度唾を飲み込む。
その間を横目に見つめていたカタリナは数秒ほどそうしていた後、薄っすらと目を細めた。
「今ここで答えれば、命までは奪わない。だが今ここで答えないのならば、お前が明日の朝日をみることはない」
「・・・ヒッ!?」
カタリナから発せられる殺意に漸く生存本能が反応したのか、男は小さく悲鳴を絞り出すと一歩後ろにずり下がる。
だが、そこで男は止められた。
ほんの瞬く間に腰のレイピアを空いている手で引き抜いたカタリナが、そのまま躊躇う事なく男の左足の甲を貫きながら地面に突き刺したのだ。
「ぎゃああああぁぁ!!!??」
みるみるうちに男が身につけていた布製の靴は赤黒く染まってゆき、激痛に男が叫びながら地面に倒れこむ。
自らの足を貫いて地面に縫い付けているレイピアに縋りつこうともがくが、それを冷たく見下ろしたカタリナは更にレイピアを深く突き入れた。
再び男が悲鳴を上げた後に呻いているとカタリナは男に向き直り、再度問いかけた。
「マスカレイドは、今何処に?」
「も、もうここにはない・・・! ナ・・・ナジュだ・・・神王の、塔に・・・」
怯え切った様子の男は、流血も手伝ってか青白く生気の抜け落ちたような表情でそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、カタリナは徐にレイピアを地面から引き抜く。同時に男の短い悲鳴が聞こえたがそれは無視して血振りをしたレイピアと月下美人を鞘に収め、左手を軽く掲げる。
すると物陰からポール、ユリアンの二人が現れた。
「憲兵に突き出す前に、尋問をお願い。知っている事は全部吐いてもらいましょう。私は・・・トーマスのところにいくわ」
「あいよー。危うく本当に殺しちまうかと思ったぜ」
茫然自失といった様相の男を尻目にポールがそういうと、カタリナは酷く不機嫌そうな表情でそっぽを向いた。
「そんなことをしたって私の怒りは収まらないし・・・マスカレイドも返ってこないわ。だから今は殺さない。それだけよ」
そういって最後に男を一瞥したカタリナは、足早にその場を去っていった。
ポールとユリアンはその様子をみてお互いに肩を竦め、ポールが倒れこんでいる男の止血をしてやり、ユリアンはその他の伸びている男たちを一箇所に集め始めた。
「・・・これ全員?」
「・・・そうみたいだな。その悪趣味な赤珊瑚のピアスが、こいつらが真っ黒なことの証明よ」
ハーマンがそう言うのを聞いてユリアンが男たちの耳に注目すると、確かに大小こそ違えど、皆が一様に赤珊瑚製のピアスを身につけていた。
「その悪趣味なのが、ジャッカル一味の証さ」
「・・・わかったよ。ってか手伝ってくれてもいいんだよ?」
ユリアンの言葉にハーマンはギロリと視線を険しくしながら煙草をふかした。
「に、睨んでもダメだって。それこそほら、一人でモタモタしてて途中でこいつ等が起きちゃったら一大事だろ?」
当然起こり得るであろうリスクをユリアンが真面目に手を動かしながら言うと、しばらく仏頂面のままであったハーマンも漸く煙草を消して、ユリアンの近くに束ねて置いてあった縄に手を伸ばした。
「・・・ったく、年寄りをこき使いやがって」
「いやいや、ハーマンはどう見ても労わってくれって顔じゃないっしょー」
「・・・ぶっ!」
ハーマンとユリアンのやり取りに、男の止血を終えて縄をかけていたポールが思わず吹き出す。それがハーマンの気に障ったらしく、賊を縛った縄を持ったままポールに向き直って怒鳴り散らした。
「てめぇ今笑いやがったな!」
その剣幕にポールが慌てて謝れば、今度はユリアンがまたしても一人で男たちを縄にかけなければならない現状を憂いで声をあげる。
その様子を見ながらいつの間にか横転した馬車の上に腰掛けていたフェアリーは、一人クスクスと笑っているのであった。
「うーっす・・・あれ、旦那だけ? カタリナさんは?」
太陽が彼方西方のデマンダ山脈に沈んでから幾分かした頃、漸く賊たちを憲兵へ引き渡し終えてハンス家に帰ってきたポールは、蓋を開けてみれば十数人にも及んだ大捕物の末に得られた幾つもの貴重な情報をいち早く知らせようと、一息つくのも後回しに先ずはトーマスの部屋へと直行した。
しかし扉を開けてみれば当然そこに一緒にいるであろうと思われたカタリナの姿はそこにはなく、ただ部屋の主たるトーマスが一人静かに書を認めていたのだった。
思わず声をあげながら部屋の中を見渡し、次いで首を傾げる。
「あぁ、ポールか。お疲れ様。カタリナ様は・・・所用で出かけているよ」
ポールに視線を向けて微笑んだトーマスは静かにそういい、作業机を離れて部屋の中央に設置してあるソファに座り、自分の向いへの着座をポールに促した。
ポールがそれに従って座ると、トーマスは執事に飲み物を頼んでから、早速今回の成果を聞きたいと口を開いた。
「いやー、そりゃもう大漁大漁よ。歴史の裏を垣間見たようだったぜ。まぁ・・・ちとミューズ様とかには刺激が強すぎるだろうが、な・・・」
結論からいえば、ハーマンが予測したとおりに神王教団のピドナ支部は、ほぼ丸ごと海賊に牛耳られていた。
ピドナ教長であるマクシムスの正体はやはり温海で悪名高い海賊ジャッカルという人物で、その過去を秘して十年ほど前に突然神王教団の本部があるナジュに現れ、神王教団に接触した。そして直後に起こったナジュ王国との戦にて頭角を表したのだという。その当時から既に部下たちと共に裏では様々な工作を行い、神王教団内での立場を確保していった。
そしてある時、当時リブロフ軍総督であったルートヴィッヒに秘密裏に接触し、アルバート王亡き後に王位を狙っていた彼にピドナ侵攻を持ちかけたのだった。
ナジュに君臨していたゲッシア朝ナジュ王国がハマール湖の戦いで神王教団に敗れた際、元々ナジュ王国と親交のあったことも手伝いルートヴィッヒはピドナの近衛軍団長クレメンスに倣って神王教団に対しては否定的な立ち位置にいた。
しかし聖王の時代以前から栄えた国を滅ぼすほどの勢力を誇る神王教団を正面から相手取る戦力は当然リブロフ軍単体にはなく、かと言って征伐のためにピドナの王宮近衛軍団を巻き込めば、さらにクレメンスの立場が確固たるものになってしまう。それは、どうしてもルートヴィッヒには避けなければならない事項だった。
その様な状況の中でマクシムスから接触を受けたルートヴィッヒは、それまでの態度を一変して神王教団のリブロフ領内活動に関する一切の規制を無くした。
当然、その当時戦火を逃れてリブロフ領内に身を寄せていた王朝派の旧ナジュ王国民で構成された臨時自治体から猛抗議を受けることとなったが、ルートヴィッヒはそれを徹底的に無視した。更には怒り狂った王国の人間たちが起こす小規模の暴動を次々に武力制圧していき、その様な治安事情を背景に神王教団との関係値がリブロフには必要不可欠であるということをメッサーナに示したのだ。
またマクシムスはルートヴィッヒのその様な変化に対する功績を神王教団教主ティベリウスに評価され、他の教団幹部を抑えてリブロフ教長となった。
そうして急速に関係値を築きながら、五年前、遂にルートヴィッヒはピドナ侵攻を決行する。
当時マイカン半島の最南端から奇襲さながらに電光石火の早さで上陸したリブロフ軍はピドナの南に広がる平原にて迎え撃った近衛軍団と交戦するも、クレメンスが指揮しシャールが先陣に立つ堅牢な陣形戦術を破ることができずに一度はトリオール海まで引くこととなった。
だが、その直後に悲劇が起こる。
「・・・今回とっ捕まえたやつな、クレメンス=クラウディウス暗殺の実行犯だそうだ」
今回捕縛することに成功したマクシムスに化けていた男は、五年前にクレメンスを暗殺した実行犯だった。
「・・・しかもあの野郎、よりにもよってシャールに化けてやりやがったらしい。最っ低の屑野郎だぜ」
信頼する第一の部下の皮を被った暗殺者に命を奪われる瞬間、クレメンスの心中は如何なものであっただろうか。
苦虫を噛み潰した様なポールの表情が物語るとおり、想像するのも悍ましい卑劣な方法により、クレメンスは命を落とした。
そうして団長を失った近衛軍団は内部から瓦解し、いとも簡単にルートヴィッヒに制圧された。
「・・・なるほど、それは・・・ミューズ様やシャール様には伏せておこう」
トーマスも視線を落とし、両の手を膝の上で落ち着かなさげに組み直しながら言った。
それに黙って頷いたポールは、気を取り直す様に大きく一息つくと、用意された珈琲に口をつけた。
「とまぁこの辺まではいいとして、だ。問題は、こっからなのよ」
こうしてピドナ上陸を果たしたルートヴィッヒが近衛軍団長となり王座にリーチをかけ、それと同時にマクシムスは教主の命を受けて神王教団ピドナ教長となった。
そしてここから、いよいよマクシムスの本格的な野望が動き出したのだ。
「まず、内乱に乗じてレオナルド工房に祀られていた聖王の槍が盗まれた。勿論、マクシムス達の仕業だ。そしてあいつらはピドナ支部を本格的に設置すると、そこで表向きの布教活動を淡々とこなしながら、裏では各地に聖王遺物捜索のための人間を送り込み始めたらしい」
世界各地には、聖王や魔王に纏わる様々な伝記が残されている。
マクシムスはその様な伝記を片っ端から掻き集め、手当たり次第に現地に人を送り込んでいった。
そうしてこの五年程で彼らは、最も星に近き場所に眠るとされる七星剣や歴代の聖職者たちに清められ続けたヤドリギ製の栄光の杖など、聖剣マスカレイドや聖王の槍以外にも幾つもの聖王遺物をその手中に収めていった。
「神王教団がそこまで必死になって聖王遺物を集めるのには、一体どんな理由が背景にあるというんだ?」
トーマスがそう首を傾げると、ポールは不機嫌そうな表情で吐き捨てるように言った。
「そりゃ旦那、力が欲しいってだけよ。悪党どもの考えることは、どこでも一緒さ」
キドラントの草原で教授から聞いた言葉が、ポールの脳裏に浮かび上がる。
北のツヴァイク公が求めるという、ポドールイの伯爵が所有しているという噂の聖杯。そして今回の神王教団が集める、数多の聖王遺物の数々。
その手に妖精の弓を預かっているポールだからこそ、わかるのだ。あの聖王遺物というものの一つ一つがもつ力は、世間が思う以上にとても強大であると。
彼自身はまだ引き出せていないが、あの弓にだってとても大きな力が眠っている様に思う。それは勿論、聖王の槍やマスカレイドもそうなのであろう。
その様な『兵器』を非合法にかき集めてすることなど、我欲による武力制圧以外にあるわけなどないのだ。
「となると気になるのは、それがマクシムス・・・いや、ジャッカルだけの行動なのか、それとも神王教団全体が関与しているのか、か。これはどう思う?」
トーマスの問いかけに、今度はポールも腕を組み直しながら唸った。
彼が改めて調べた限りでは、神王教団という組織自体は、よくある過激派の宗教団体の一つにしか見えなかったからだ。
聖王記に記されたパウルスの予言の一節『後の世に三度死食あるべし。アビスの門開きて、邪悪なる者再び世に出んとす。又、一人の赤子、生き永らえん。光と闇、双方をその身の内に保つ者なり』を魔王を超え、聖王をも超えた神王の出現と読み取った教主ティベリウスは三度目の死蝕を経て自身の考えが正しいことを確信し、このメッサーナの地にて死蝕の翌年に発祥させたのが神王教団である。因みに経緯こそ違えど、この時期には幾つかその様な新興宗教団体が興ったことが確認されている。
その後ピドナではクレメンスよりそれらの新興宗教が須く弾圧を受け消滅して行く中、ティベリウスは数年の後に難を逃れて本拠地をナジュに移した。ここでナジュを選んだのは、ティベリウスにとって賭けであった。
当時ナジュ全域を支配していたゲッシア朝ナジュ王国は、長年の失政が続いて民の強い反感を買っていた。
そんな折に突然訪れ自国民に神王とやらの出現を説くティベリウスと神王教団の信者達を、魔王の時代から何処にも頼らず自らの力で国を護ってきたナジュ王国は快く思わず、当然排除しにかかった。
ここでティベリウスは王国に長きに渡り不満を抱いていた現地民らを説得し巻き込み、大規模な反乱を起こした。
それがおおよそ十年前に起こったハマール湖の戦いであり、この戦でゲッシア朝ナジュ王国を逆に滅ぼした神王教団はナジュ王国の王宮跡地に本拠を構え、ハマール湖の戦いにて信者を爆発的に増やしたティベリウスはその地にて教団のシンボルとなる『神王の塔』の建設に取り掛かった。
「確かに死蝕以降に発祥した宗教団体のなかでは最も成功した異例の集団だが・・・ピドナに至るまでの一連の行動には、今回発覚したマクシムスの思惑の様な裏は潜んでいないように思えるんだよな。抑も元はピドナが本拠地だったのに、その時点では聖王の槍には手をつけていない。まぁ・・・それも計算のうちなのかもわからねぇけど、さ」
そこまで言って珈琲を一口含んだポールは、因みに、と続けた。
「今回とっ捕まえた偽物ではなく本物のマクシムスは今、ナジュに行っているらしい。神王の塔の建設が最終段階に入ったことの視察ってことだが、ぶっちゃけタイミングが良すぎる。これは俺の勘に過ぎねぇんだけど、なんかきな臭いよな」
そう言って一息ついたポールはもう一度珈琲を啜ると、改めて部屋の中を見渡した。
「・・・んで、カタリナさん遅いけど、どこ行ったんだ?」
その問いを受けたトーマスは、彼にしては珍しく視線を窓の外に泳がせた後、肩を竦めながら言った。
「出掛けたよ。その・・・ナジュに」
最終更新:2014年12月31日 22:06