近年の治安悪化が世界各国で急速に叫ばれている昨今、世界で最も安全だと言われる王都ピドナの邸宅地区を突如として襲った未曾有の騒動から数日が経ったが、未だこの事件の残した爪痕は現地に生々しく刻まれており、その熱はこのピドナ全体を酷く浮つかせているように感じる。
 ここしばらくは大きな戦乱もなく王宮近衛軍団の庇護の元で平和を謳歌していた王都ピドナに数日前突如として沸き起こった空前の大スキャンダルは、この数日で瞬く間にメッサーナ全土へと広まった。
 広大なるメッサーナの全領土へ瞬く間に、といえば大げさに聞こえるかもしれないが、それもこの事件の真相を思えば当然であろう。何しろこの事件の中心にいるのは、今や街角を走り回る子供でさえ知らぬ子はいないであろう、あの神王教団であるというのだから。
 ルートヴィッヒ団長率いる近衛軍団とともにこの五年間発展を続け、このままいけば国家指定宗教の座も秒読みとすら噂されていた偉大なる神王教団のピドナ支部。この神王教団ピドナ支部の上層幹部のほぼ全員が今回の事件によって捕縛され、逃れた幹部はメッサーナ全土へと指名手配を受け未だ逃走中である。更にはルートヴィッヒ団長と懇意にしていたピドナ教長マクシムス氏もこれと同時期に行方をくらませているというのだから、これはこのメッサーナ王国内においては5年前の体制変更以降で間違いなく最もスキャンダラスな大事件だといえよう。
 近衛軍団詰所や近隣の情報屋によれば事の発端はどうやら数日前に起きたとされる、ピドナホテルにて起こったある襲撃事件だという。その日、丁度ピドナホテルの大宴会場において決算報告会を開いていた某有名ベンチャー企業(本紙でも決算期にかかるトピックスとして経済欄に連日掲載されていたので、ご愛読の皆様はおわかりかもしれない)の経営者ら数人がホテル内、及び旧市街の人気のない区画で続けざまに襲撃されたのだという。
 幸いこの事件は当事者たちにとっては実に幸運なことに決算報告会の来賓の中になんとあの近衛軍団副団長マルセロがいたことで、彼の迅速かつ的確な対応によりなんら被害を出すことなく賊の捕縛に成功したという。しかし、そこで捕まえられた賊の中に驚くべきことに、あの神王教団の幹部が紛れていたというのだ。
 更に捕縛した賊から事情聴取を続けていくうちに判明した驚愕の事実として、この賊集団がそもそも神王教団ピドナ支部の専属として活動している犯罪者集団であり、ここ数年の間にピドナ周辺で起きてきた様々な事件に直接、又は間接的に関与してきたとう供述まで浮かび上がってきたというのだ。
 その内容を元に過去の事件について照らし合わせるとこれが須く証言に一致し、これによっていよいよ確信を得た王宮近衛軍団は即座の対応を決断する。即ち、神王教団ピドナ支部の関係者全員の捕縛だ。
 だが近衛軍団が行動を起こそうとした正にその夜、この一連の騒動のフィナーレを飾らんとすべくして事件はまたしても起きたのだった。
 いざ突撃せんと密かに近衛軍団の精鋭が支部周辺に部隊配備を行っているまさにその最中、突如として邸宅地区に居を構える神王教団ピドナ支部の館内部において数多の魔物が発生し、瘴気を辺りに撒き散らしつつ館から次々と飛び出してきたのだ。これにより、邸宅地区の一等地の大通りが魔物の大群と近衛軍団精鋭の大乱闘という空前の大事件へと発展した。その傷跡はいまだ現場付近に残されている崩れた壁や抉られた街路に確認することが出来る。
 本紙記者の調べによれば、市民の憧れの的である邸宅地区にて突如巻き起こったこの衝撃的な事件には、実は敬虔な一人の神王教徒が深く関わっていたようだ。
 ベンチャー企業襲撃事件に端を発する連日の神王教団に対するあらぬ噂(だとその時点では信じて疑わなかったのだ)に心を痛めていたその教徒は、そのような悪評が真実の訳がないと信じ己が望む事実をその目で確かめるために勇敢にも単身屋敷に忍び込んだのだった。そしてまず神王へと祈りを捧げようと考えいつもの様に礼拝堂へと向かったその教徒は、ここで偶然にも礼拝堂から地下に潜る階段を発見した。それを真実へとたどり着くための神王の導きと解釈した教徒は、己が信ずる正義のままに迷わず下っていったのだという。
 だが神王教団の潔白を信じて疑わなかった彼がその目で見た現実は残酷であり、そして無慈悲であった。
 礼拝堂の地下に広がっていたのはおどろおどろしい空気に包まれた用途の分からぬ謎の部屋の数々。そこで彼が目にした物は、幾つもの呪術に関わる禍々しい道具や宗教団体とは無縁に思える使い込まれた武具の数々。そして、その場の侵入者を排除せんと蔓延る醜悪なる魔物の群れだった。
 死に物狂いでその場を逃げ出したというその教徒は、正に合図を以て突撃せんと外に控えていた近衛軍団の兵を見つけて命からがら泣きついたという。そしてその教徒の後を追い、醜悪な瘴気を振りまきながら数多の魔物が館から飛び出してきたのだった。
 当然予想を遙かに超える展開であったことは想像に難くないが、この時点で既に臨戦態勢が整っていたという兵士たちは突然の魔物の襲撃に驚きはしたものの至極冷静に対処したという。そして神王教団ピドナ支部の強制捜査は魔物討伐へとかわり、無事その鎮圧を以て翌朝の解決を迎えた。
 なおこの時点で今回の事件で逮捕されていた幹部に対する継続した取り調べの結果、神王教団ピドナ支部の上層部は南方で悪名を馳せた海賊どもの巣窟と成り果てていたということが判明した。
 斯様に仰天の連続に見舞われ未だ驚きの冷めやらぬ事件の重大さは元より、普段平和に浸りすぎて我々が忘れかけていた身に迫る危機に迅速に対処して見せた精鋭近衛軍団の電光石火の鎮圧劇もまた、住民を大いに沸かせたのだった。(周辺聞き取りを含めた本事件の拡大特集は三面にて)

「だーってさ」
「・・・」

 ここ数日仏頂面が直らないシャールは、いつにも増して商業区の大通りをビジネスマンやら新聞記者やらが忙しなく行き交う様を見下ろしながら、メッサーナジャーナルの一面を読み終えたエレンの後に続いて一つため息をついた。
 彼のそんな様子がやはり気にかかるのはミューズだが、生憎と彼女には今の彼にかける言葉は見つからない。
 何しろ彼自身が渋々ながらも納得をしてこの状態を承諾したのであるからして、彼女はおろか彼自身としても致し方ないのだ。だが、それでも彼にとって今回の一件がなんとも歯痒い事態であることもまた、代わりはないのだった。

「まるで、茶番だな・・・」

 漸くそう呟いたシャールを、ミューズはため息交じりに見つめた。
 此度の事件においてなにより先ず、ピドナにおける神王教団の活動が急激に縮小、衰退していくことは間違いないだろう。既にその前段階として市街地の至る所で、神王教団の教徒であることを示す麻のローブが火に燃やされている様子が見て取れた。
 それは誰が最初に始めたのかは分からないが、あっという間に町中で同じ光景が目につくようになった。燃える麻のローブを見つめる市民の表情はまるで悪夢から覚めたような人のそれで、既に神王教徒に対する市民の目は奇異を見る視線だった。
 だが一方、街がこのような状況であるが故に神王教団と蜜月を共にしてきたルートヴィッヒ政権が併せて弱体化するかと言われれば、これは否であった。
 何故か。それは全く以て五年前と同じ手法であるのだが、その統治体制と情報の掌握、そして広報と言うところに力を入れているルートヴィッヒの実力と対応能力と言って相違ない。
 例えば今回の事件には、市民の目からすれば初動から常に近衛軍団が関わり続けていた。無論のことカンパニーの襲撃事件当時にそもそも王宮近衛軍団の副団長が居合わせていたと言うのだから、事実としてそれは正しい。
 だが、当然それは偶然というわけではなかった。
 どちらに転ぶかは最終神王教団の動き次第ではあったものの、あの決算報告会の時点で何らかのアクションがあるように事前に餌として聖王遺物に関する情報を情報屋を通して小出しにし続けて様子をみていたのは、それこそがそもそもトーマスの策略であった。
 襲撃という形を誘発させてその実行犯を捕縛するのが狙いであるので、万が一のないようにホテルの内外に警戒用人員を配置しつつ、相手が賢く動いて襲撃がないというのであれば近衛軍団に近づき神王教団の様子を懐近くから探っていく。これが、トーマスがあの会の中で仕掛けた作戦であった。
 これは事前に撒いていた餌が見事に当たり、最も狙いを定めていた結果に落ち着いてはいる。しかし、シャールからすればどうしても歯痒さは隠せない。
 何しろ、市民の目からすれば今回の事件はほぼ丸ごとが『近衛軍団の手柄』で終わったからだ。
 道行けば世間はどこもかしこも近衛軍団による一夜の魔物討伐の話題で持ちきりだし、それに伴い気がつけば教団に対する監視を以前より高めていたなどと軍団広報が後出しで言いだしたりしており、つまり今回の事件をあぶり出したのも自分たちだとアピールしにきているのだ。
 更には近年で教団向けに施行された幾つかの免税政策もあえて動きを活発化させてその動向の監視を云々などとのたまっている記事がメッサーナジャーナルにあったものだから、思わずシャールは皆が読む前に無意識に燃やしてしまったほどだ。
 この様にして、この五年間ピドナにて築かれてきたルートヴィッヒ政権と神王教団の蜜月は一夜にして幕を閉じた。
 そしてその代わりに大きく近衛軍団に近づいたのが、誰あろうカタリナカンパニーだ。これこそが、トーマスの狙いだった。
 今回の事件の発端となる彼らは当局の捜査に全面協力し、事件収束に大いに関わった。
 因みに例の魔物襲撃時に助けられたという神王教徒もカンパニーの人間であり、メッサーナジャーナルによればエメラルドの髪が特徴的な好青年だそうだ。

「・・・好青年、ねぇ。まぁ、ユリアンの関わった部分はほんと茶番そのものだけどね」

 丁度その記事を読んでいたのだろう。新聞に視線を落としていた顔を上げたエレンがシャールの言葉に続くと、クスクスとモニカの笑い声が部屋の隅から聞こえてきた。

「おいおい、そりゃーないよ。あれすっげー大変だったんだぞー?」

 思わずモニカの隣にいたユリアンが抗議の声をあげる。
 彼は近衛軍団が教団支部に乗り込む事を事前に察知し、こちらにとって有益な情報等が荒らされぬうちにとあらかじめ入信して間取りを把握していた館に侵入。そして幾つかの目星の中から、礼拝堂において秘密の通路の発見を果たした。
 その先で魔物にあったのも事実なのだが、これでもロアーヌの国家機構として精鋭が集まったプリンセスガードの一員として抜擢される程には腕に覚えのあるユリアンであり、ここはしっかりと応戦した。更には不思議な事に己の中に会得した覚えのない戦の術が次々と頭の中に湧き出で、それも駆使して魔物を次々に打ち倒し、館地下の探索を成し遂げたのだ。彼の肉体もまたトーマスと同じように、八つの光として目覚めていた。
 とどのつまり、近衛軍団が魔物と戦った場面など実は殆どないと言ってよかった。
 しかし彼らが道を戻ってきたユリアンが気付かぬ間に後ろから迫ってきた亡霊のような魔物に館の入り口で必死の思いで応戦したのは紛れもない事実なので、そこは評価に値するポイントだろう。

「そういえば、あの薄気味悪い呪術道具さー。ノーラ、あれなんだかわかった?」

 探索中に見つけたものを一部だけ持ち帰ったユリアンは、自分にはそれがなんなのか分からず、ノーラの元にそれを持ち込んだのだった。

「あぁ、わかったよ。あれはね、南方の魔石とも言われる宝石、魔女の瞳だよ。あともってきたローブも南の方で現地のシャーマンとやらが身に纏う、星くずのローブって代物みたいだね。まぁ・・・フェアリーが教えてくれたんだけどさ」

 ノーラが笑いながらそういうと、そばに控えていたフェアリーが小さく頷いた。

「・・・あれは、密林でアウナス術妖が扱うものと一緒なんです・・・だから分かりました。なんだかとても・・・不安です」

 フェアリーがそのような調子で俯くと、ノーラは彼女の頭を優しく撫でながら心配ないと励ます。
 するとそこに廊下の向こうから歩いてくる靴音が聞こえ、それは間も無く部屋の前で止まり、二度のノックを経て扉が開かれた。
 その場の皆が視線を向けた先に姿を見せたのは、トーマスだった。

「待たせてすみません。それでは、始めましょう」

 トーマスの言葉に直様頷いた一同は、既に執事が各々の好みに合わせて置き分けられたドリンクを目印に席についた。







最終更新:2016年05月19日 01:23