♂♀
流星。――――そうあいつは言った。
♂
おれは。
おれは、女の子が大好きな変態なはずだ。
なのになんだこの不始末。
本質的には違えれど、確かにおれは変態なのに。
変態なのに。女の子大好きなのに。
女の子が殺されるのを、目の前で、ただ、見てるしか、できなくて。
――助けることが、できなくて。――自分を守るので、精一杯で。
酷く情けない。無性に苛々する。
こんなときに、おれの『性質』は、『性格』はなんで、活かせない。
人を捻じ曲げる、自分好みに染め上げる王者気質は、何でこう言う時に限って、使えない。
暴力でも。知恵でも。詭弁でも口論でもなんであっても! ……おれはそういうことを特異とさせてたはずなのに。
勇気凛々ちゃんだって、変えれた、変えてしまったこの気質を。こうも上手く動かせない。
たとえば、あそこで死んでいった
志水セナちゃんを少しでも早く変えれていたら。
たとえば、奇襲をしかけてきたあの男に早く気付き、変えることが出来てたら。
――――こうはならなかった。
――――こんなはずじゃなかった。
気がつけば、自らの顔が醜く歪んでる。
怒気、あるいは別の何かを孕ました心の奥が、急速に浸食されていっていた。
元に戻せない。
笑顔になる方法を忘れてしまったかのように。立ち止まり、眉をひそめる。
強く握られた自らの拳の行方を探しても、見当たらない。もどかしい。
この忌々しき自らの奥底に潜む気質を肯定する訳ではないけど、
それでも、それでもだ。活かせるものも活かせないで、ただ見殺しにしてしまったことが、どうしようもないぐらいきつかった。
そして、それを『見なかったこと』にして、とっとと山を降り始めてたおれも、憎かった。
そりゃ
飯島遥光――――おれの彼女だって大事だ。あいつに関しては何が何でも、救わなければならない。助けなければならない。
けど、それでも。それは――――おれを曲げていい理由にはならない。女好きでいたいおれを。
いや、もう女好きなおれを曲げる理由にしてはいけない。それは遥光に対しても、失礼であり、何よりおれが許せない。
おれの《目的》は女の子を守ること。
それができなかった、自分への償い、贖罪。――――死んだ人を弔っても、労わっても、命が返ってこないのは百も承知だけど、
おれはそうしなければ、ダメだ。おれがおれであるために。おれがおれでいたいために。こうして、女の子を見捨てるのは、最低行為だって分かるから。
救えなかったおれの嫁を放っておくのは、後味が悪すぎる。幸先が悪すぎる。
心残りだけは、したくないから。後悔だけは、したくないから。
だからおれは、
「……戻ろう」
戻らなきゃいけない。あの場所に向けて踵を返す。
あの男が去ったのはおれは目撃している。おおよそ心配はない。
戻ってきたところで、今度は装備はしっかりしている。問題もない。
……っっ! ――――くそっ。
おれは転がっていた石ころを思いっきり蹴飛ばした。
転がり落ちていく石ころの行方なんて見ず、おれはあの場所に走るように戻り始めた。
♀
「……はあ」
ため息。自分で言うのも何だけど実に疲れた声色だった。
私、
新藤真紀は切実に思っていた。いや実際疲れちゃったし。
まさか、あんな狼といきなり遭遇するなんて、それこそ幸先は悪いなんてもんじゃない。
見たところ、襲禅と同じ様に身体能力は高そうだったし、それに狼って言うのは色々やりにくい。
……うん、まあ。
「襲禅、ねえ」
名簿にあった一つの名前を思い出す。
須牙襲禅。不必要に銃を乱射し、押収物を私物化し、女癖も最悪の悪徳警官。
私もいろいろお世話になった……強制的に。そして時には性的な意味も含め。ああ、なんかやな事まで思い出した。
ともあれそんな知人のことを、改めて思い返した。
……ただ、その襲禅はと言うと、死んだはずでしょ。
この目で目撃した訳じゃない、けど、放送で名前を呼ばれた以上は、死んだはず。
私が殺した長谷川投手とかも呼ばれてた以上、放送への信憑度はそれなりにあるし、やはり疑ったところで毒にも薬にもならない。
信じるしかない以上、やはり信じる。そしてそれならばやはり襲禅は死んでいる。聞き間違いなんかじゃない……と思う。
「ふぅむ?」
最後にヘリコプターで話したあの人たちに、死者蘇生と言う真似ごとはできるのか。
……いいえ、出来たようには見えない。あれは権力の塊でこそあったけど、人外の力を有している者ではなさそうだった。
なら? ならなんなのか。人無とかいったあの二人にはできたのか。
……もしかしたら、出来たのかもしれないわね。
諦観にも似たつまらない結果を出す。
最初に芽を覚ましたあの時。よくわからない遊園地で、死者蘇生でも叶えるとか言ってた気がするし。
正直わかんない。死者蘇生だなんて、まったくもって恐ろしく、実感が欠片もない。
だからここはできないという否定のスタンスをとってもいいんだけれど、それはそれで若干納得いかない。
最後に体感した、謎の瞬間移動を察したら、案外人類あるまじき所業すらも成し遂げてしまうんじゃないか、そんな印象が残る。
私は一応はあいつら二人の言葉を信じるスタンスをとっておく。まあ、繰り返す通り疑ったところで失うものもないが得るものもないしね。
どっちにしろ襲禅とは出会いたいわけではない。むしろ会いたくない。
そのスタンスを変えるつもりは一切ない。だってあいつなにするかわかんないし。あたしでも平気で撃ってきそうだもん。怖い怖い。
およそ知人に向けていうことではないとは今、思ったけど、別にあいつの普段の行いが悪いわけだし。
何の罪悪感も生まれなかったし、このスタンスは正しいとさえ思ってしまったわ。うん、やっぱあいつには会わない。終わり。
他にも死んだはずの名前も多数あるけど同じく、蘇生したってことでいいかしら。そう言うことにしましょう。
というわけで、今の話。
今の私はと言うと――――車で快適にドライブをしていた。
さすがに前みたいに高級車ではなく、ただのキャンピングカー(機種はSprit 2 Ultimaらしい)ではあったけれど、楽っちゃ楽だった。
贅沢は言えない。しっかし、これが支給品袋から出てきたときはさすがに驚いてしまった。いやいやサイズはどうなってるのよ。
……この場ではそんな常識的なツッコミも通用しないのかしら。まあなんだっていいのだけれど。
しかしそうはいっておきながらキャンピングカーってのは、本音言うと結構助かる。
いろいろ中に在るしね。そして幸いなことにこれも私は動かせるようだ。今ばかりは襲禅に感謝しなきゃ。
だ、だからって、別にあんたが生き残んなくったって私は関係ないんだからね!
なんていうわけで、思いもよらぬ形でキャンピングカーを手に入れた私は、あんまゆくあてもなく、とりあえず走っていた。
……うん、今度は燃料も満タンだ。
♂
「――――見つ、けた」
意図せずその言葉は口から漏れ出した。
金髪、狐耳、眼鏡、セーラー服。萌え絵を具現化させたかのような容姿……間違いない。こいつは、志水セナ。
大体嫁の顔を、忘れたりなんかしない。女の子は全員おれの嫁だ。
嫁は何よりも、尊くて、大事で大切に扱わなければいけないのに。
できなかった。そんなことすら、おれにはできなかった。
その顔は、血に染まっていた。血だまりに浸かっていたせいで、血に染まっていた。
胸元に穴をあけて。静かに、横たわっていて、もう動かなくて。
虚空に視線を向けるそのセナちゃんの表情は今のおれの心に、痛いぐらいに響く。
――――守れなかった。
来る途中にも何度も思ったことを、今更になって、実感する。
身を以て、理解する。辛かった。悔しかった。惨めだった。
こんなおれが、どうしても受け入れきれなかった。
どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――!
「――――どう、して」
どうしてここまで上手く事が運ばない。
悪いことばかりが、何度も。何度も。
考えていると、膝が、自然と地面に着いた。
ストン―― と言った具合に、滑らかに。
涙があふれる。
自分の不甲斐なさを嘆いているのか、セナちゃんの死を喚いているのか。或いは別か。はたまた両方か。
わからないぐらい抽象的で曖昧模糊な理由で。
泣いていた。
なんで、おれは泣いてるんだろう。
泣く前にすることだって、きっとあるはずだ。
いや、あるんだ。泣いてる暇なんてない。一刻も早く遥光含めこれ以上女の子の被害が増えない様に、しなきゃいけないのに。
泣いている暇も、立ち止まっている暇もない。
今すぐにでも駆けつけて、守ってやらなきゃいけないのに。
泣くな。泣くなよ。――泣くなよ!
言い聞かせるのに、止まらない。喚く。格好悪く、喚く。
女の子にはとても見せられないような不格好さで、ただただ只管に。
破裂しそうだ。
今にでも風船のように、パンッ! と破裂しそうだ。
そうしたら、どうなるんだろうか。
心が破裂したら、人はどうなるのだろうか。
きっと虚無が待ってるんだろうな。
と。
そんな中、おれの脳裏をなにかがチラつく。
温かい感覚。
心地よい感覚。
布団にくるまった時のようなあんな感覚が、おれの身体を包む。
よぎったのは、おれの彼女、ガールフレンド。飯島遥光。
あいつの快活に笑う姿が、おれの脳裏を、よぎる。
暗い影なんて、一切見せない、明るい彼女のこと。
……。
……。
……。
…………。
畜生、ああ、畜生。
なんておれは雑魚いんだ。
雑魚過ぎていやになる。弱すぎて儚すぎて、挫けそうになる。
絞り出すように、声にして、目の前で臥せるセナちゃんに、声をかける。
あるいは、独り言だったのかもしれない。想いを声に乗せる。
「……セナちゃん、ごめん。襲ったきみとはいえ、守れなくって、ゴメン」
――――けど、弱いままじゃダメだ。それはおれがよく知っている。
あいつ、遥光のように強く、強かに、生きていかなければ。特に理由もなく立ちはだかる不遇から、生き抜いてきたあいつのように。
おれもまた、生きていかなければならない。守る立場が、騎士が弱くて、どうするんだよ、おれ。
直ぐにでも掻き消されそうな、細々とした声を連ねる。
連ねて得れることは、おれの自己満足にしかならないけど、おれは続ける。
「――――おれは、抗うさ。きみの無念を払ってやる。強く、尊く、意味がなくても、惨めたらしくとも、女の子を守る騎士になってやる」
折れたままは、おれらしくない。
目の前で死んでいったセナちゃん。彼女がおれに遺してくれたものは、意志だ。
腑抜けていたおれの意志を、しっかり保ってくれた。
「セナちゃん……ごめん、そして、ありがとう。一瞬だったけど、さよなら」
感謝の意をしっかり伝える。
きみの死は、無意義なものじゃない。
おれにとっては、不謹慎で不躾だけど目を覚まさせるのには、強力な薬となってくれた。
一回よくある刑事ものの真似ごとで、見開かれた瞳をそっと閉じ、軽く血を払うと
セナちゃんの身体を、持ち上げて肩に乗せる。軽かった。
どうせならお姫様だっこの一つでもしてあげたいのだが、生憎それだと銃を持っての行動がしずらい。
ああ、そうだ。この散弾銃でもいいんだけど、最初の拳銃の方が今は行動がしやすい。取り換えよう。
……。
本当に、この子は軽かった。
軽くさせてしまったのは、やはり自分の責任だ。
あそこで何もできなかったおれが悪い。――――本当、しょっぱなから、嫌になるね。可愛い女の子にせっかく出会えたってのに。
「……本当、ごめん。せめてもの、償いを、させてほしい」
可愛い女の子だった亡骸に、話しかける。
冷たかった。肩から背中にかけてあたる胸の感触も、全然心地よくない。
死体だから。――――現世のものではない、から。
苦しかった。そう思うと、心苦しい。目の前で死んだから、なお心が痛い。
だけど。だからこそ。
おれは、一刻も早く立ち直らなければいけない。
もう、大丈夫だ。落ち着いてきた。
すぅ……はぁ……。
深呼吸。効果覿面。……うし。
おれは、ようやく立ち上がる。
前を向く。折れかけた心をもちなおす。
行こう。
――――おれは、前へと、進む。
セナちゃん、きみの死は決した無駄ではなかった。無駄になんてしない。
おれは決めた。
ここでは、おれの気質を最適な方法で、使っていこう。
変態を変えるつもりはない。それはもうおれのアイデンティティだ。
だから、殺し合いに乗ってる女の子でも、おれの気質を使って無に変えてでも阻止してやる。
おれにしては珍しく――否、あるまじきことだが、命令されずとも、自分を決めた。
それが命の重さ。人、あるいは獣人一人の命の重さ。
おれはそれを噛みしめる。――――後悔だけはもう絶対したくない。
こうしておれが、いる限りは。
きみの死は、なかったことになんて、させないから。
――――行こう、おれの物語を、始めよう。
……途中山岳地帯で転び落ちそうになったのは秘密だ。
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最終更新:2012年04月15日 15:16