ねっとりと、絡み付くような陽気だ。
 毎日毎日飽きもせず、元気に微笑みながら通学路ではしゃぎ回る小学生達を横目に、光本菜々芽はそう思う。
 などと言っておきながら菜々芽自身も小学生、それも最高学年ですらないのだが、菜々芽が小学生離れした人物であることは今更改めて語るまでもないことだ。
 今日も今日とて一日が始まり、そして終わっていく。
 何千回と繰り返してきた当たり前の景色は、しかし趣味の悪い風刺画でも見せられているかのようだった。
 その原因が何かは分かりきっている。昨夜の夜遅くに唐突に始まり、そして唐突に終わったルーラーの"放送"。あれが一夜明けた今でも、消えることなく菜々芽の心にこびり付いているのだ。それはさながらコールタール、或いは排水口に張り付いて離れないドロドロとした汚れのように。

『先に言っとくぞ、ルーラーには関わるな。あれは近付く者皆酸の海に引き摺り落とす、煙を上げる食虫植物だ』

 あの放送に現れたツートンカラーのぬいぐるみ、もといルーラーの代弁者……モノクマ。
 あれが口を開いた(文字通りの話だ。信じられないだろうが)時から、菜々芽は多分ずっと眉間に皺を寄せていた。
 無駄に豊かな表情、豊富すぎて呆れ返りたくなるボディランゲージ。おどけた様子の一つ一つが、的確に菜々芽の中のささくれた部分を刺激してくる。
 ……要するに、ひたすら虫が好かないのだ。あれを操っている者が誰かは知らないが、絶対に心根の腐り切った奴に決まってる。そんな菜々芽の予想を裏切らず、彼女のサーヴァントである女アサシンはそう言った。
 菜々芽はアサシンの生い立ちについては一通り聞いていたが、魔界や妖怪などといった分野の話はほとんど聞かされていない。
 それでも、彼女の強さは知っている。ステータスとして可視化されている部分を抜きにしても、アサシンの持つ強さの片鱗を垣間見る場面は幾つもあった。
 その彼女が、そう言ったのだ。心底微妙そうな顔をして、関わるな、と。

「関わるな……か」

 菜々芽の目的が聖杯戦争の打破だったなら、それは出来ない話だと口を返していた。
 だが、別に菜々芽は聖杯戦争をどうにかしたいわけではない。いけ好かないくらいには思っていても、あくまで彼女の目的は元の世界に帰ることである。
 もしもその出口さえ発見できたなら、ルーラーの打倒は必ずしも必須ではないし、十分避けられる。
 ただそれは――あのルーラーが脱走者などという興醒めな存在を、大人しく見逃してくれることを前提にした話なのだが。

 いずれにせよ、今の菜々芽達はそんなことを考えられる段階まで進んでいない。
 聖杯戦争を脱する手段は皆目見当も付いておらず、出口なんてものがあるのかどうかも怪しい。
 それに、菜々芽には一つだけ確かに分かっていることがある。関わらなければそれで済んでしまうような相手は、そもそもこれほどの嫌悪感を人に抱かれない。
 普通は精々嫌な奴だなと心の中で蔑視する程度だ。こんな錆びた釣り針のようにいつまでも心に食い込んでいる時点で、関わる関わらないで済む話ではない。
 菜々芽はそう思っているし、きっとアサシンも本当は分かっているのだろう。……いつでも気は張っておくべきだ。あの手の輩を相手に、油断は禁物なのだから。


 ……考え事をしながら歩いていると、前で立ち止まっていた他の子どもにぶつかってしまった。
 顔を上げた菜々芽の視界に入ってきた人相は、同じクラスの少女。確か、名前は暁。
 ごめん、と軽く会釈をして通り過ぎると、相手は「う、うん」と少し戸惑った様子で何度か頷いていた。
 ……怖がられているのだろうか? そう思ったが、菜々芽にしてみればそういうのは慣れっこだ。今更傷付いたりするほど、光本菜々芽の心は硝子ではない。
 数秒後には今のアクシデントも忘れ、すっかり通い慣れた学び舎の中へと進んでいく。その時、菜々芽は気付かなかった。自分のサーヴァントが、今しがたぶつかった少女の方をやや怪訝そうな顔で見つめていることに。

(これは……進展かもな)

 アサシンは何も、暁の可愛らしい顔立ちに見惚れていたわけではない。
 彼女の視線と注目は、常に暁の片腕に注がれていた。
 火傷でもしたのだろうか、結構な範囲を包帯が覆い隠している。普通なら痛ましいと思うところだが、此処は聖杯戦争。同情の念よりも、疑いの方が勝る。
 菜々芽はあれでも小学四年生、子供と呼んで然るべき歳だ。いきなり彼女に伝えて事態を拗らせるのは、アサシンとしても本懐ではない。まずはアサシンがよく見極め、菜々芽に伝えるのはどうやら確実らしいと分かってからだ。嫌味の一つは覚悟しておこうと、火傷面の暗殺者は爛れた顔面に笑みを貼り付けた。




 端的に言うと、暁はとても吃驚した。語彙力に欠ける表現とは承知の上だが、その通りなのだから仕方がない。
 自身のサーヴァント、アーチャーと念話をしながらやって来た、見慣れた校舎。
 校門を潜ったところで、彼女は不意に足を止めてしまった。これまでそんなことは微塵も思わなかったが、この学校の中に聖杯戦争に参加しているマスターが居るかもしれないと考えると、得も言われぬ不安感が込み上げてきたのだ。
 それを見て、彼女のアーチャーは眉を顰める。理由は分かりきっている。十中八九、あの放送のせいだ。
 これまでずっとアクションを起こさずに黙りこくっていたルーラーが、あんな衝撃的な形で接触してきた。
 戦場を知るとはいえ、暁はまだまだ幼い。その彼女に、あの放送は確たる現実感を植え付けていった。

『気持ちは分かるが、考えても致し方のないことだ』

 アーチャーが静かに念話で告げると、暁はこくこくその場で何度か頷く。
 見かけだけは上手く取り繕っているが、心の中まではそうではないだろう。
 この小学校は、聞こえは悪いが羊の皮を被った狼が不明な数だけ潜り込んだ狂気の家畜小屋だ。
 その狼が、話の通じる相手であればいいが――そうでなかったなら、子供の笑顔溢れる学び舎は、いつか地獄と名を変えるだろう。

 アーチャーの見立てでは、現在目下最大の『狼』候補は先程暁がぶつかってしまった少女、光本菜々芽である。
 彼女の動向は明らかに不自然だった。暁でさえ、マスターが居るとすれば光本さんだと思うと口にした程である。
 そして、彼女はただ無愛想なわけではない。他人を寄せ付けないクールさを発揮する傍らで、常に他人を観察している。
 まるで、何かを見逃すまいとしているかのように。その様子を見た時から、アーチャーは彼女のことを八割以上の確率で"クロ"だと認識していた。
 だが――実際に姿を見たことのない現時点でも既に、それを追い越す勢いで怪しい人物が居る。
 それが件の転校生。あまりにも都合の良すぎるタイミングで現れる新顔だ。彼、或いは彼女がマスターであるのはほぼ確定。それどころか、下手をすればもっと性質の悪い……聖杯戦争の"運営"に関係した人間の可能性すらあろう。

 アーチャー……アカツキは騎士ではない。騎士道等という拘りは持ち合わせていないし、いざとなれば暗殺者の真似事をすることだって視野に入れている。
 暁に危害を加えてくるのなら、光本菜々芽も件の転校生も、排除することに何の躊躇いもない。 
 子どもを殺すくらいのことに今更躊躇いを覚えるほど、アーチャーは青臭い男ではないのだから。


 暁はやや憂鬱な心境のまま、いつになく緊張して教室の扉を開く。
 気心の知れたクラスメイトから挨拶の声が飛んできたので挨拶を返すが、返された方はきょとんとしていた。
 しまった、と暁は心の中で頭を抱える。いつもの暁らしい行動ではなかったからだ。いつもなら、レディらしく上品に(本人談)朝の挨拶を返す場面。しかし今の暁は、「お、おはよう」としどろもどろになった挙句、やや引き攣った苦笑いを浮かべてしまうという体たらくだった。
 これでは確かに、周りが困惑するのも頷ける。またやってしまった。暁はもうやけっぱちになりたい気分であった。
 「どうしたの?」「どこか具合悪い?」などと体調を気遣ってくれる温かいクラスメイト達に努めていつも通りなことをアピールしながら、後のアーチャーからの小言を覚悟する。まだ一日が始まったばかりだというのにこれでは、余計憂鬱になるというものだ。

「そういえば暁ちゃん、どんな子が来るんだろうね~」
「ん……ああ、転校生のこと?」
「そうそう! 朝から皆、その話題で持ちきりなんだよ」

 小学校でも中学校でも、果てには高校でも。
 転校生がやって来るというのは、平凡で退屈な学校生活の中に放り込まれる強烈なカンフル剤だ。
 男子達は美少女であることを望み、女子達はその逆に美少年が来ることを望む。
 どこからともなく転校生が来るという噂は流れ出し、当日の朝ともなれば教室のそこかしこで憶測が飛び交っているのが普通だ。
 無論例に漏れず、暁の所属しているこのクラスも同じだった。

「でもこの時期に転校してくるなんて変だよねえ。もしかしたら訳あり……なのかな」
「もう、やめなよ。これから来る子のことそうやって疑うの。ゲスの……何とかっていうんだよ、そういうの」
「いや、ていうかさー」

 小学生というのは、意外に聡い生き物だ。
 進級が終わったばかりのこの時期にやって来る転校生なんておかしいと、誰に言われるでもなく自分達で気付く。

「アイドルなんじゃないの、その子?」
「え、また?」
「だってこの学校、やけにアイドル多いじゃん。ファンの間でも色々噂になってるって聞くよ」

 暁はその手の話題には疎かったが、そんな彼女でも、この学校に何人かのアイドルが居るというのは知っていた。
 とはいえ、暁達のクラスにはいない。
 当然テレビで華々しく活躍するアイドルと同じクラスになりたいというのは誰しもが考えることで、一部の男子などはこのクラスを外れ学級とか呼んでいる。

「隣のクラスの雪美ちゃんでしょ、六年生の橘さんに結城さん、櫻井さん、的場さん。一つの学校にアイドルが五人って、改めて考えるとヤバくない?」
「あー、そう考えると……確かにある、のかなあ。転校生アイドル説」

 これは暁の知らないことだが、この"一つの学校にやたらアイドルが集まっている"ことにさしたる理由はない。
 アイドル同士が示し合わせて通う学校を選んだ訳ではもちろんないし、たまたま一つの学校から沢山アイドルが排出された、奇跡のような偶然の賜物だ。
 児童の芸能デビューに難色を示す教師も中には居たが、この昭和という時代は、平成に比べてずっとそういったことに大らかな時代だった。
 思うところはあっても酒の席で愚痴る程度に留め、表向きは子供の晴れ姿を応援する。それが大人の役割だと、この学校の教師達は皆そう心得ていた。
 無論、身近な場所からアイドルになった子が居る、それなら自分も――……という流れでスカウトを受けたアイドルも中には何名か居るのだが、それは一旦置く。

(……アイドルかあ)

 暁も一応、ああいう華々しいものに憧れたことはある。
 ただ、露出の多い衣装や子供らしいコスチュームを着て歌って踊るというのは"レディ"のすることではないと思っているのもまた事実だ。
 その点、テレビなどで『クール系』とか言われているタイプの大人な女性達には惹かれることが多かった。
 もしも本当に転校生がアイドルだったなら――とまで考えたところで、ふと浮かんだワードがそれを否定する。

「……でもアイドルってのは流石にないと思うわ。だってその子、車椅子に乗ってるんでしょ?」
「あ、そういえばそっか……」
「でもでも、車椅子に乗ってたって歌は歌えるよ?」
「む……それは、そうだけど」

 でも流石にそれはないだろうと、暁は思う。
 結局子供の間の噂話なんて胡乱げなものでしかなく、実際に顔を見るまで何が正しいかは分かったものじゃない。
 暁も子供ながらにそれを薄っすら悟り、好き勝手に予想を立てる周りに話を合わせつつ、担任……八代学がやって来るのを待つのであった。


「ほら、皆席に着けー。朝の会を始めるぞーっ」

 そう言いながら八代が入ってきたのは、着席時刻の八時三十分を五分ほど過ぎた頃だった。
 今日も格好いいなあと呟いたのは暁の右隣に座っている女子だ。
 八代学は、男女問わず人気のある教師だった。見た目が整っているから女子達はこぞって構ってもらいたがるし、男子にはどこか父親のような頼れる男として信頼され、好かれている。暁も違うクラスの児童から羨ましがられたことが何度かあった。

「……よし。おはよう、皆。今日の日程だが、放課後に整備委員会の仕事が――」
「八代せんせー! そんなの後でいいから、転校生の紹介やってよー!!」
「ははは、やっぱりもう皆知ってたか。いつの時代も、何でか転校生が来るって話はどこからともなく漏れるんだよなあ」

 男子児童に急かされた八代は参ったように頭を掻くと、観念したように扉へ向かい、それを開いた。
 それから、廊下で待機していた"その人物"の名前を、クラスの皆に聞こえるように呼んだ。

「よし、モナカ。入っていいぞ!」

 ――――モナカ? 変な名前ね……というのが、暁の最初の感想だった。

 それは周りもどうやら同じだったらしく、男なのか女なのかすらもよく分からずお互いに顔を見合わせている。
 やがて聞こえてきたのは、きぃきぃという金属が擦れるような音と、タイヤの回るような音色。
 恐らく車椅子の進む音だろう。少しだけ時間を置いて姿を見せたのは、緑髪をツインで括った、人懐っこそうな顔立ちの少女だった。
 彼女――モナカが教卓の横に車椅子を停めると、八代が彼女の名前を大きく黒板に書いてやる。
 少し前まであれほど騒がしかった教室の中は、いつの間にやら気圧されたように静まり返っていた。
 先程暁の友人が挙げた、この学校に通っているアイドル達。彼女達にも劣らないほどこのモナカという娘は可憐で、堂々としていて、そして……

「初めまして、塔和モナカです。モナカ、皆と早く仲良くなりたいな~……って思ってます。……みんな、よろしくね?」
「よ、よろしく!」
「うん、よろしくねモナカちゃん!」
「八代先生、モナカちゃんの席どこにするの!?」
「困ったことがあったらなんでも言ってね!」

 驚くほど、人の心を掴むのが上手い娘だった。
 これは、暁が抱いた感想ではない。この転校生を監視するために校内へ入っていた、アーチャーの感想だ。
 暫し静まり返った教室は今や席替えのくじ引きを遥かに凌駕する盛り上がりを見せ、隣のクラスから何だ何だと覗きに来ている子供達までいる。
 アーチャーのマスターである暁の表情には、安堵の色が窺えた。恐らく「なんだ、いい子じゃない」とか思っているのだろうと、アーチャーは推測する。
 一方、要注意人物――光本菜々芽は相変わらず仏頂面を崩していない。何を考えているのかは分からないが、この状況でもいつも通りの調子を崩していない辺り、彼女がマスターである可能性はまた高まったように感じられる。
 だが、やはり今最も注視すべきなのは……塔和モナカ。車椅子の転校生だろう。
 アーチャーには、あれがただの訳ありな転校生だとはどうしても思えない。聖杯戦争の存在も知らないNPCと考えるには、彼女はあまりにも異質すぎた。

(カリスマ……という奴だな)

 まだ一言しか発しておらず、笑顔で会釈しているだけなのに、周りからの好感度が自然に上がっている。
 転校生という物珍しさの補正を抜きにしても、この好かれぶりは明らかに異常だ。
 何より件のモナカ自身が、この光景に何ら驚いた様子を見せていない。さも、見慣れているかのよう。それどころか、当然だと思っているようにすら見える。
 ……現状の時点であれを排除すべきと考えるのは早計としても、暁と彼女が接触するのは可能な限り避けるべきだ。
 改めてそう思い直したアーチャーは念話を飛ばし、周りに釣られて盛り上がり始めているマスターにその旨を伝えるのだった。




 一方で担任教師であり、マスターでもある青年……八代学は、塔和モナカに対して然程の危機感は抱いていなかった。
 八代は"蜘蛛の糸"を追っている。人の頭上に見える、天から垂らされた糸を追いかけて生きている。
 それが本当に天上の神が垂らしている糸なのか、それとも精神を病んだ八代が見ている幻覚なのかは、この世の誰も知り得ない――そして塔和モナカの頭上には、この糸が見えなかった。だから八代は彼女に必要以上に干渉するつもりもないし、気にかける必要もないと切って捨てたのだ。
 だが、異常な少女だとは思った。人心掌握術に長けると同時に人間を観察するスキルも高い水準で持つ八代は、モナカを一目見た瞬間そこに気付いた。
 目だ。彼女の目は、普通の人生を生きてきた人間のそれではなかった。
 瞳の奥に深い、深い淀みを飼っている。闇と呼ぶにも生易しい、真実形容のしようがない"何か"を潜ませている。

(聖杯戦争の関係者、か。だとすると少し無策な突っ込み方だが……)

 この時期に、ましてルーラーの通達があった次の日に転校してくるなど、あまりにも怪しすぎる。
 もしも意図せずこうなっているのだとしたら阿呆としか言いようがないが、八代はそうは思わない。

(まあ、狙っているんだろうな。わざと分かりやすく自分の異常性をアピールして、敵を誘い出そうとしているんだろう)

 では、何のために? そう問われると、流石の八代もお手上げだ。
 ただでさえ、八代は聖杯戦争に対し消極的なのだ。向こうから向かって来ない限りは放置でいいとすら考えている。
 今無害ならば、別にあれこれ考えて根回しするつもりはない。将来彼女が何か大きな事態を生み出すとしても、その時はその時で対処するまでだ。
 そう、全てはいつも通り。あの街で暮らしていた頃と、何も変わらない。
 自分はただ糸を追い、見たいものを見ながら生きていくだけ。今は傍観者気分で、塔和モナカという異物が巻き起こす異常事態を楽しんでいればいい。

 朝の会が終わり、授業が始まるまでの時間。興奮気味な生徒達に対応しながら、八代はそう考えて思考を打ち切った。
 いや、打ち切ろうとした。そこで不意に、件のモナカが周りを囲んでいる級友達に何か質問しているのが目に入った。

「あのね? モナカ、実はアイドルに興味があるんだー。モナカは車椅子(これ)だけど、歌うことは出来るから頑張ってみようかなって思って」
「へえ、モナカちゃんもアイドル志望なんだあ!」
「あー、でもなんか納得だよな。モナカちゃん、その……すごいか、可愛――」
「でねー? この学校にはアイドルをやってる子がたくさんいるって聞いたんだけど……皆、その子達についてモナカに教えてくれないかな? アイドル活動の先輩さん達に、お話を聞いてみたいんだー」

 この学校に通う児童には、学業の傍らで芸能活動をしている子供が何人か居る。
 八代もご多分に漏れずそのことは知っているし、そもそもここの関係者でそれを知らない者はまず居まい。
 中には熱烈なファンをやっている教師も居ると聞くが、少なくとも八代は、そういった芸能方面には興味がなかった。

 八代学という男にとって興味があるのは、彼女達の頭上にあるものだ。
 この学校に通うアイドルは六人。市原仁奈、佐城雪美、結城晴、的場梨沙、櫻井桃華。そして――

橘ありす、か)

 八代の口元が、薄い弧状を描いた。
 それは端から見れば転校生に沸く児童達の可愛らしい姿に思わず頬を緩ませたとしか見えない些細な変化。
 八代学の本性を知る人間が誰も居ないこの空間、この世界において、彼の腹の中を理解することは誰にも出来ない。


 ――八代が橘ありすという少女を初めて知ったのは、冬木の小学校教諭という役割を演じ始めて三日ほど経った頃だった。
 まだ痛ましい事件が起きていない頃。日が傾いて薄暗くなった放課後の廊下で、忘れ物を取りに来たらしい彼女と挨拶を交わしたことがある。
 逆に言えば八代とありすの間に存在する縁は、橘ありすの方にしてみれば"それだけ"。
 しかし八代にしてみれば、それだけではないのだ。彼はその一瞬、確かにそれを見た。夕陽の光に照らされてキラリと輝いた、艶やかな黒髪の天辺から伸びる一本のか細い糸――幾度となく見かけては追いかけてきた、"蜘蛛の糸"を。
 それから八代は、飽きるほど繰り返してきた準備段階に移り始めた。
 今まで担当していた生活委員会を意図的に作り上げた"事情"で他の教師に譲り、橘ありすが所属している園芸委員会の担当教員になった。惜しむらくは彼女の学年を担当できないということだが、それならそれでアプローチの掛けようはいくらでもある。そう、本当にいくらでもあるのだ。
 あとはただ、詰めていくだけ。味方を演じ、関わる機会を増やし、彼女の心の内側に潜り込む。
 そして遠からず全ての警戒心を解きほぐし、その小さな心を手の内に収め、最後に――……

『――マスター。今、少しだけいいかな?』
(……セイバー? どうしたんだ、こんな時間に)
『少し……気になることがあるんだ。だから今日はいつもの索敵ではなく、町の方に探索に向かってみようと思う』
(それは別に構わないが……)

 聖杯戦争を脱出するための手がかりでも見つけたのかと思ったが、どうもそういう様子には見えない。
 脳裏に響く念話の声はいつになく硬く、強い覚悟を持って紡がれているように思えた。
 大方"気になること"とやらは彼の私情絡みのことだろうと、八代は声には出さずにそう分析する。
 セイバーは誠実な男だ。もし問い質したなら、自分が何を目的に動こうとしているのかを嘘偽りなく語ってくれるだろう。
 仮にもマスターとして、サーヴァントの動向はよく把握しておくべきかとも思ったが……結局八代はそれを訊くことなく、「わかった。あまり深追いはしすぎないようにな」とだけ答えて念話を打ち切った。
 聖杯戦争自体には興味のない八代は、同時にセイバー……ジョナサン・ジョースターという英霊の過去にもさしたる関心はないのだ。
 それに、彼は馬鹿正直な善人ではあっても阿呆ではない。
 事の引き際は彼なりに弁えるだろうし、まさか無策に突っ込んだ挙句初日で戦死、なんて間抜けな末路は晒すまい。

 付け加えるなら――八代に言わせれば、そうなっても別に構わない。
 サーヴァントを失って元の世界に帰れなくなるのは御免だが、いざとなれば他のマスターを見つけ出し、強引にサーヴァントを奪えばいいだけだ。
 確かに、英霊を連れた人間を嵌めるのは多少骨が折れるかもしれない。だが、不可能ではないと八代は思っている。八代学(かれ)ほど、八代学という人間の手際と頭脳を知り尽くしている人間はこの世に一人もいないのだから。
 とはいえ、面倒事な事には変わりない。出来ることなら避けたい手間ではある。にも関わらず八代が場合によってはそれも良しと考えているのには理由があった。
 ひとえにジョナサン・ジョースターという英霊は、八代にとって少々厄介な相手であるからだ。
 重ねて言うが、彼は阿呆ではない。むしろその逆だ。冴え渡る頭脳と窮地における神がかり的な直感、短いながらも波瀾万丈の人生の中で培った多くの経験。
 山程の強みを持ったサーヴァントこそが彼だ。そしてそれだけ、ジョナサン・ジョースターは八代学の"真相"に辿り着く可能性が高いということでもある。
 令呪の束縛にも限度というものはある。後々面倒なことになるくらいなら、八代としては適当なところで彼に退場してもらった方が都合がいい。
 ……流石にこんな序盤も序盤でそんなことになった日には、呆れてしまうが。

「おっと……さあみんな、席に着けー。モナカと仲良くなるのも大事だが、授業も同じくらいには大事だぞー」

 ちぇっ、と唇を尖らせながら、渋々といった様子で席に戻っていく児童達。
 もみくちゃにされる勢いで囲まれていた当のモナカは、それに疲れた様子もなくにこにこと笑っている。
 ひとしきり教室を見回してみて、さあ授業を始めようと思ったその時だ。ふと八代は、教室の隅の空席に気付く。
 新年度が始まって一ヶ月どころか半月も経てば、教師はクラス全員の名前と座席を暗記しているのが普通だ。表面上は真面目で模範的な教師である八代もご多分に漏れずそうだった。だから誰がいないのかはすぐに分かった。

「ん……菜々芽はどうした?」
「光本さんなら保健室に行ったよ。頭が痛いんだって」
「あの光本がぁ? 仮病じゃねえの?」
「こら、そういうことは言うもんじゃないぞ。……しかし、一言声くらいかけてくれればいいのにな」

 ここで余程体調が悪かったんだろうかと、楽観的な感想を抱く八代ではない。
 大盛り上がりの朝の会の中でも既に、八代は光本菜々芽という少女の様子が"やや"おかしいことに気付いていた。
 苦虫を噛み潰したような顔。そう表現するのがきっと一番正しいだろう、難しい顔をしていた。いつもの仏頂面とはまた違った硬い表情だ。

(だとすると、原因は……)

 そんなもの、一つしか考えられない。八代は眼球だけを動かして、一瞬転校生――塔和モナカを一瞥する。
 その後すぐ、何事もなかったかのように手元の出席簿に菜々芽が保健室に行った旨を書き、授業を始めるのだった。


【一日目・午前(8:45/授業中)/C-5・小学校教室】

【八代学@僕だけがいない街】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] ペンや手帳など、教師として必要なもの一式
[所持金] 手持ちは数万円程度。預金も含めれば数十万~百万弱?
[思考・状況]
基本:"蜘蛛の糸"を追う
1:聖杯戦争に興味はない。様子見をしつつ脱出を狙う。
2:モナカは"異常"。だが、蜘蛛の糸は見えないのでひとまず様子見。
3:菜々芽は少し怪しい。要観察。手を出すつもりは現状ない。
[備考]
※現在の標的は『橘ありす』です。彼女の頭上に蜘蛛の糸が見えています。


【一日目・午前(8:45)/C-5・小学校周辺】

【セイバー(ジョナサン・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 数万円程度は所持。
[思考・状況]
基本:聖杯戦争を止める。人殺しは極力控えるが、場合によっては躊躇しない
1:都市部へ出向き、散策する。主目的は『彼(ディオ)』の捜索。
2:もしも本当にディオが呼ばれていたなら、何としてもこの手で討つ。
3:討伐令の対象とは一度接触してみたい。ルーラーのことを信用していない為、直接話をして見極めたい




 クラスメイトの一人は、菜々芽が保健室に行ったと聞いて真っ先に仮病を疑った。
 担任の八代はそれを窘めたが、事実としてその推測は当たっていた。
 今日の菜々芽は頭痛など抱えていない、すこぶるの健康体だ。ただ、気分まではそうではなかったが。
 保健室に行くと隣の(大して仲良くもない)女子に伝えてから教室を出て、今は保健室のベッドの中にいる。

『あまり褒められた行動じゃないな。あれは勘のいい奴なら気付くぞ』
(……解ってる)

 アサシンの呆れたような声を聞きながら、菜々芽は何ともいえない模様が描かれた天井を見上げて念話を返す。
 菜々芽自身愚行だったとは思う。あの状況で教室を離脱するというのは、あまりにも不審すぎる行動だった。
 児童の中にマスターが紛れているかもとかそういう話以前に、あの『塔和モナカ』に何かを気取られる可能性がある時点で落第点必至の行動だと思っている。
 ただ、あのまま教室に居続けたならもっと不審な素振りを見せてしまいそうだというのも確かではあった。
 何が菜々芽をそうさせるのかといえば、やはり言うまでもない。その塔和モナカ、転校生の存在である。

(アサシン。どう思った)
『最近のガキってのは皆お前やあいつみたいにどこかおかしいのか?』
(……)
『……冗談だよ。でも、おかしいってトコは本音だ。特にあのモナカってガキの方はな。白黒付けんなら一対百でクロ。それに、ありゃまず隠す気がないと見える』

 隠す気がない。間抜けだから自分の行動の迂闊さに気付いていないのではなく、あちらは分かりやすい怪しさを疑似餌に、学校の中に潜んでいるであろうマスターやサーヴァントを炙り出す算段なのだとアサシンは分析していた。
 呆気なく殺されて終わる可能性の方が圧倒的に高い、本来賭けと呼ぶにも危険すぎる手。
 それを躊躇なく打ってくるということは、あの娘……塔和モナカには、奇襲の可能性という大きすぎるリスクを帳消しに出来るだけの力があるのだろう。
 どちらにしろ、危険であることには変わりない。
 今の所概ね平凡と呼んでいいだろう進み方をしていた菜々芽達にしてみれば、いきなり頭上に稲光をあげた黒雲が現れたようなものだ。

『それと、もう一人怪しい奴が居た。こっちは……まあ、気付けさえすれば大分分かりやすい奴だったな』
(誰?)
『暁、だったっけ。そんな名前のヤツだよ』

 アサシンが出してきた名前に、菜々芽は少し驚いた。
 名前自体はもちろん知っている。だがその少女は、聖杯戦争なんて物騒なワードとは無縁の人物だったからだ。
 子供らしく些細なことで一喜一憂し、大人のレディぶろうとして空回りし、クラスの誰からも愛されている人気者。

『いつもは服の袖で隠れてたみたいだが、片腕に包帯を巻いていた。ただの火傷って可能性ももちろんあるが、令呪を隠すための手段と見るのが妥当だろうな』

 令呪を隠すのは、日常生活の中では結構骨が折れる。そのことは菜々芽も冬木での生活の中で思い知らされていた。
 あの五月蝿い母親に見つかればどうなるかなど言わずもがなだし、クラスメイトや八代にバレても面倒臭い。
 極力袖で隠すようにしたり、着替えの時には人目をかなり気にするようにもなった。菜々芽自身、包帯で隠そうかと思ったことはあったが、流石にバレるだろうと思ってやめた経緯がある。しかし暁は、そのまま案を実行に移したらしい。

『まあ、まだ確証があるってわけじゃない。もう少し観察してみて、大丈夫そうなら同盟を打診するって手もある。
 今は八方塞の状況だが、いつまでもこのままじゃいられないからな。停滞してる現状を動かすって意味でも、早い内に他のマスターに接触したいところだ』
(……わかった)
『で。いつまで寝てるつもりでいるんだ?』
(一時間くらいは。ちゃんと授業に戻るつもりはある)

 アサシンは菜々芽の答えに呆れたような声を漏らしたが、あまり早く戻っても逆に怪しまれるだろう。
 それに、菜々芽は何も授業をサボタージュしたいから保健室に逃げてきたわけではない。
 こうしてアサシンと、念の為人目のない場所で意見交換をしておきたかったというのもあるし、何より――日常に紛れ込んできた『異物』についてだ。

 塔和モナカ。愛くるしい風貌に言動。教室の人気者(アイドル)となるに相応しい輝きの持ち主。
 もしも菜々芽が彼女の『超小学生級の学活の時間』という異名を耳にしたなら、なるほどと肯いたに違いない。
 彼女には、空間を、世界を変える力がある。学校という一つの狭小な世界の中にある、更に更に小さな世界。
 『学級』という最小単位の閉じた世界を、自分の思うがままに変えてしまう力がある。菜々芽にはそれが、あのわずかな時間だけでよく分かった。
 そしてそれには理由がある。光本菜々芽は、そういう人間を一人知っているからだ。愛くるしい容姿で世界を狂わせ、異質化させた"白い悪魔"を知っている。
 ――蜂屋あい。菜々芽が倒すと決めた宿敵の少女に、あの塔和モナカはよく似ていた。
 見た目が、ではない。性質が、だ。天使の仮面を被った悪魔、子供達の学び舎に紛れ込んだ異物。本能の部分が、彼女と蜂屋あいをダブらせてくる。

(……塔和、モナカ――)

 菜々芽は知らず知らずの内に、自分の唇を噛み締めていた。
 それはまるで、絶望色の悪魔が後に引き起こす災厄を、予知したかのような動作だった。
 菜々芽の推測は全て正しい。だが、それが判明するまではややしばらく時間がかかる。そして、明らかになった頃には……もう何もかもが手遅れだ。


【一日目・午前(8:45/授業中)/C-5・小学校保健室】

【光本菜々芽@校舎のうらには天使が埋められている】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康、塔和モナカへの不快感
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 手持ちは数千円程度。自宅には恐らくもう二~三万はある
[思考・状況]
基本:聖杯戦争からの脱出を目指す。
1:塔和モナカに最大限の警戒。
2:暁についてはひとまず保留

【アサシン(軀)@幽☆遊☆白書】
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本:菜々芽を聖杯戦争から脱出させる。
1:討伐令には今のところ興味なし




(……全然いい子じゃない、転校生)

 暁はノートに板書を進めながら、心の中でそうぼやく。
 アーチャーが怪しいと言っていた上に、改めて警告してきたものだから警戒していたが、転校生――モナカは蓋を開ければとても可愛らしく親しみやすい、ごく普通の明るい子供だった。
 車椅子に乗っていて体が不自由だというのに、全然翳りというものがない、そこにいるだけで皆を幸せな気持ちにするような女の子。
 それが、暁が塔和モナカに対して抱いた嘘偽りのない印象である。つまり、好意だ。少なくとも今の時点では、暁はモナカが悪い子だなんてとても思えない。
 ルーラーの通達が行われた日にやって来た転校生。これだけ聞けば、幼い暁でも怪しいと思う。それが普通だ。
 …………しかし実際に彼女と会ってみて、黒い疑念はほとんど掻き消えた。
 その怪しい要素もすべて、間の悪い偶然だったに違いない――仮にモナカが聖杯戦争の関係者だったとしても、ルーラーと内通した悪人ということはないはずだ。
 今、暁はそう思っている。出会って精々十数分しか経っていない相手のことを、既に信頼してしまっている。 
 『超小学生級の学活の時間』という抜きん出た"才能(チカラ)"の傀儡糸を、背中に繋がれてしまっている。

 アーチャーは霊体のまま暁を見つめ、難しい顔をした。このままでは不味い。早急に手を打つ必要があると、サーヴァントとしての本能的なものが告げてくる。
 ……モナカを暗殺するか? そう考えて、しかしアーチャーは自ら頭を振って否定する。
 暁が彼女にある程度の好感情を抱いている以上、強行は主従関係に溝を生む可能性がある。危険への対処としては良案でも、聖杯戦争を勝ち抜く上では愚案だ。
 となれば――彼女を説得しつつ、いざという場面に備えての手札、即ち協力者を得ておく必要があるか。
 静かに、電光のアーチャー・アカツキは思考する。幼い者達が集う学び舎の空気が、確かに変質したのを感じながら。



【暁@艦隊これくしょん】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] ランドセル(勉強道具一式が入っている)
[所持金]孤児院から渡されているお小遣い程度しかなく少ない
[思考・状況]
基本:聖杯で全てを解決していいのか決めかねている。
1:討伐令に関してはとりあえず様子を見る
2:モナカは悪い子じゃない……と思う。
3:食事時にはできるだけアーチャーにも食事をさせる
[備考]
※艤装は孤児院のロッカーに隠してあります。
※塔和モナカに好感情を抱いています

【アーチャー(アカツキ)@アカツキ電光戦記】
[状態] 健康
[装備] 『電光機関』
[道具] なし
[所持金] マスターに依拠
[思考・状況]
基本:サーヴァントとしての使命を全うする。
1:塔和モナカに警戒。早急に排除したい
2:その為にも協力者を確保し、外堀を埋めたい
3:インフーは奴に似ている…?





「あのね? モナカ、実はアイドルに興味があるんだー。モナカは車椅子(これ)だけど、歌うことは出来るから頑張ってみようかなって思って」
「へえ、モナカちゃんもアイドル志望なんだあ!」
「あー、でもなんか納得だよな。モナカちゃん、その……すごいか、可愛――」
「でねー? この学校にはアイドルをやってる子がたくさんいるって聞いたんだけど……皆、その子達についてモナカに教えてくれないかな? アイドル活動の先輩さん達に、お話を聞いてみたいんだー」

 退屈な日常を切り裂くように現れた"転校生"の席は、興奮した様子のクラスメイト達に囲まれていた。
 普通なら気圧されて然るべきだろう絵面であったが、当のモナカは何ら動揺した様子もなく、ただにこにこ笑っている。
 車椅子というアイテムは、差別意識などという薄っぺらな単語よりもずっと深い部分で、見る者にか弱い印象を抱かせる。事実としてモナカの車椅子は、何も知らない無垢な小学生達に強い視覚的インパクトを与えた。
 彼らがもしここで誰かから「モナカは足など悪くない」と聞かされたとしても、嘘をつくなと笑い飛ばされるか、彼女に謝れと怒りを買うことだろう。
 しかし、それが真実だ。モナカは健常者で、車椅子などなくても一人で悠々と歩くことが出来る。
 あの町――塔和シティで一度は降りた筈のそれを再び乗り回している意味は、単なる気まぐれではなかった。
 ひとえに、"焼き直し"をするためだ。一度試してみて、最後には失敗に終わったとある悪巧みの焼き直し。
 とはいえ、ただ馬鹿正直にやり直したのでは、辿る結末を変えることは出来ない。塔和モナカは聡明な娘だ。その程度のことは言われるまでもなく承知している。

 クラスメイト達は、モナカに対してとても親切にしてくれる。そういう風に演じているのだから当たり前だ。
 モナカがアイドルの先輩に会ってみたいと言えば、この学校に通っているアイドル達の情報を懇切丁寧に教えてくれた。
 市原仁奈、佐城雪美、結城晴、的場梨沙、櫻井桃華、そして橘ありす。
 目の前の転校生が何を考えているかに考えを向けることもせず、アイドルになりたいのだという言い分を信じ、それどころか不自由な身体で頑張っていて凄いなと尊敬の念すら抱きながら。彼らは親切心で、偶像(アイドル)達を悪魔に売り渡したのだった。

(楽しみだなー、楽しみだなー♪ 希望の戦士は一回やったしー、次は希望の歌姫……とかになるのかな?)

 黒板の内容を写すふりをして、モナカはノートに、ステージの上で歌う自分とまだ見ぬアイドル達の姿を描く。
 皆楽しそうに笑っている。真っ赤に、真っ赤に塗られたステージの上で。バックダンサーのクマ達と歌って踊っている。
 舞台の上に置かれたモニターには、ルーラーの代弁者……モノクマの引き裂いたような赤い眼差しが爛々と輝いていた。
 テレビの影響力は何時の時代も絶大なものがある。特に、この昭和時代は平成に輪をかけてそれが顕著だ。
 モナカの頭の中には既に、そのビジョンがあった。自分がアイドルとして、ステージで歌っているビジョン。
 それが電波に乗って街中に届けられ、無辜の市民達が、令呪を持った異邦人達が、狂ったように踊り喚いている様が。

(それってー、とっても。――ワックワクの、ドッキドキだよね~♪)


【塔和モナカ@絶対絶望少女 ダンガンロンパ Another Episode】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] ランドセル(勉強道具一式が入っている)
[所持金] 数十万円。手持ち以外を含めれば数千万以上?
[思考・状況]
基本:聖杯戦争を引っ掻き回しちゃおう!
1:『希望の歌姫』を結成するために、まずは学校のアイドル達と接触したい
[備考]
※小学校に通うアイドル達の名前、学年、大まかな性格を知りました。

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最終更新:2016年11月05日 19:25